ラビット・アンダーグラウンド 17 話
狐理子は 10 秒ほど考えブラックヴァリーになりきる事にした。
「……やるよ。シャパリュはどうするの?」
「まぁ見てオケ」
メキメキと音を立て身長が伸びていくシャパリュ。やがて細見の成人女性の姿となり獣らしさは牙と尻尾のみとなった。全体的に薄い緑がかった肌、青緑の長髪、幼さを残しつつも整っている顔、手の爪は少し伸びている程度、趾行性の足はハイヒールに変わった。
「驚いた……でも服は? そんな破れそうなくらいぴちぴちの T シャツとギリギリの短パンのブラックヴァリーいるかな?」
「鼻と口を隠す布を付ければニンジャに見えるだろう。どうせ院瀬見の社員は始末するから問題ない。さぁ行くぞこの形態は疲れる」
狐理子はコンキチに命じてダークブルーの忍者装束に着替える。
マンションの隣のビルの非常階段を登り屋上から飛び移る二人。ワイヤーを使って目当ての階の廊下に入り込んだ。
「 1109 号室」「ああ」
1109 号室の金属扉を目の前にする。狐理子は電子ロックの解除を始めるがシャパリュが制止した。
「そんな事をする必要はない」
ランドセル型バックパックから札を取り出し扉の四隅に張り付ける、そして印を組むと札同士が熱線を伸ばし四角を描くと切れ込みが入って行く。シャパリュは扉を強く蹴り倒した。
「爆砕呪はこういう使い方もできる」
「おお~」
突撃する二人。ベッドで裸の男女が携帯を持って震えていた。
「ブラックヴァリーだ……通報すればその場で殺す……」なりきった狐理子がナイフを構えていった。
「携帯をよこせ」
シャパリュが手で仕草をすると男は黙って投げてよこした。それを尻尾で受け止め捻り潰した。
「秘伝書を渡せ。さもなくば命は無い」
「ひひひひひひ、秘伝書? なななななな何のことだ?」
「テンゾウ殿から受け取っていたはずだ。警察に押収されるまえに我らが回収する」
「あああ、あれか! 中身は何か知らんが院瀬見の資材倉庫にある」
「場所と鍵は?」
「テンゾウさんから知らされてないので?」
「あの人は襲撃された、聞く暇はなかった。早くしろ、追手がここに来るぞ?」
「そそそそっか……第五地区の8番倉庫だ……キーはそこの引き出しにある」
ナイフを構えたままの狐理子、シャパリュが引き出しからキーを取り出す。
「この部屋臭うな……薬の匂いだ。窓を開けるぞ」
シャパリュが窓を開けると風が一気に入り込んで来た。
「さて……」
怯える院瀬見の男と横で震えてる女。二人とも失禁している。
「女、お前はなんだ?」シャパリュが言った。
「こここ殺さないで……」
「何者か答えろ」
「この男の人に買われた者です……親の借金のかたに……」
「そうか……」
シャパリュは尻尾で突いて男を立たせて窓からベランダに移動させる。そしてランドセルから銃を取り出し女に握らせ自分の手を重ねて握る。
「ななななにを?」
「あの男を撃てそうすれば解放されるぞ?」
「……え !? 」
「や、やめろ!」男は両手を上げている。
「あの男が憎ければ撃て。これからも支配されたければ撃たなくていい。 5 秒で決めろ」
「……でも人殺しなんてそんな……」
「4、3、2、 1 」
「あああああああああっ!」
引き金を握りこむ女。しかし何も起きなかった。
「え?」「た、たすかった……」
「いいや?」
シャパリュは尻尾で男の首を締め上げながらベランダの外に吊るす。
「く、苦しい……」
「逝け」
横蹴りで男を吹っ飛ばすシャパリュ。放物線を描き落下していく、地面に落ちる前に体が爆発四散。肉片が下に降り注いだ。
「アハハハハ」
「……秘伝書を取りに行こう」ナイフを納めた狐理子がシャパリュに言った。
「ああ」
ベランダからワイヤーで降りていく狐理子とシャパリュ。女は濡れたベッドで座ったまま呆然としていた。
「シャパリュ、あの女も始末するのかと思ったよ」
「生かしておいた方が面白いと考えた。強烈な場面を見せつけたうえでな……」
「何を考えている?」
「心配するな」
狐理子はシャパリュの事を殺戮戦闘獣だと思い込んでいた。実際は獣と人間の思考を合わせ持ち実験、研究を好む性格である。
「(シャパリュは他の LOKI の幹部とは何か少し違うように感じる……クリムゾン様の為に動いているというように見えない)」
他のメンバーと違いシャパリュはクリムゾン秋馬昊菜の親友である神名燐火が連れて来た者である。
偽造 ID (マンションで爆裂した男の ID をコンキチでコピーした物)でレンタルバイクを借りた狐理子はシャパリュを後ろに乗せ第五地区の 8 番倉庫を目指す。
「第五地区の倉庫街・院瀬見の所有エリアは警備が厳しい。以前のドラゴン事件があってからな」
シャパリュが言った。
「どの程度?」
「プラズマ装備の軍用戦闘フレームに武装ドローン、自走式タレット……まるで軍基地並みだ」
「キツイね」
「自分が警備を引き付ける破壊活動を行う、お前は 8 番倉庫から秘伝書を回収しろ。十分警戒しろ院瀬見の戦闘エージェントもいるはずだからな」
「援軍呼ばなくてもいけそうなの?」流石に二人は心許ないと感じる狐理子。
「ここを制圧するんじゃない、だから必要ない。自分は本気を出してここを滅茶苦茶にする、ドラゴンに負けてられない」
「……そういうことなら、任せる(都市伝説のドラゴンに張り合いたいんだ)」
憎き敵のテンゾウを討った今、狐理子は秘伝書を取り戻す事が今の最優先事項。シャパリュの事が心配でも止めるわけには行かない。クリムゾンへの連絡は SliME ネットでコンキチが送信済みであった。
***
オープンカンパニーに参加している兎川伊奈に扮したなゆか。講堂には 100 人程度の学生が集まって壇上に居るターゲットの生城山もみじの話を聞いている。
「(兎川伊奈本人って前のオープンキャンパスの後行方不明になってんじゃん。事情を知る人間が今のこの兎川伊奈見たらビックリするんじゃないの? ポポリン?)」
『だろうね。でもそれをチェックできるのは大きいよ』
携帯に変身したポポリンが答えた。
「(なんとか生城山もみじに接触して情報を得ないと)」
『監視カメラの数が物凄く多いから下手な動きは出来ないよなゆか』
「(サキュバスハーフの力を使うしかないね)」
『ホストに狂ってる生城山もみじに効くかな?』
「(どうだろう……やってみる)」
なゆかの目が桜色に変わり生城山もみじをじっと見つめる。壇上でスピーチをしている生城山と目が合う。生城山は一瞬目を反らしたがその後もチラチラとなゆかを見ている。
「(うーん……どうかな……もっと強く念じないと駄目かな)」
なゆかは強く、これまでにないほど強くサキュバスハーフの力を意識する。
「なんか良い匂いしない?」周囲を嗅ぐ後ろの女学生。「体がなんかポカポカする」襟に指を当ててぱたぱたと空気を体に送り込む隣の女学生。「やべっ」前かがみになる前の学生。
周囲が騒めき始める。甘い匂いを感じた警備の院瀬見エージェントが戦闘スーツに搭載された毒ガスセンサーを確認するも異常なし。
壇上の生城山もみじは汗を垂らしながらなゆかをじっと見つめたままスピーチを終えた。場は解散となりそれぞれ気になる部署に移動する事になっている。
なゆかは片付けをしている生城山に近づく。
「(なんかみんなが私を見ている気がする……)」
『そりゃあ今までで一番強い力の発動だからね、影響された人間がなゆかを見るのは仕方ないよ』
「(……私って完全なサキュバスでもないのにこんな大勢の人たちに影響与えるのちょっと怖いよ)」
『完全なサキュバスの例が無いから解らないけど……なゆか以上の力を持つサキュバスが大勢いるのならもっと世の中にサキュバスの脅威が伝わっているはずだね』
「(そうするとサキュバスってやっぱり夢魔って呼ばれるくらいだから限定的な状況でしか力を発揮できないのかも? 私のおばあちゃんが特別な存在だったのかな)」
『とにかく今は任務に集中しようなゆか』
「うん」
なゆかは生城山の前に立つとじっと目を見つめる。
「あの……」
「なにかしら……」
「どこかでお話しできますか? できれば他の人に聞かれない場所で……」
「それは……どうしてでしょう?」
「……」
なゆかは唾液を飲み込んで――
「ホストクラブとの関係について色々と聞きたくて……」
と、耳元で囁いた。
「……い、いいでしょう。では 13 会議室に行きましょうあそこなら誰も来ないはずです」
なゆかと生城山は二人で院瀬見社員専用エレベーターに乗り上級役職しか立ち入れない階に向かう。
エレベーターの扉が開くとそこは高級ホテルのように絨毯が敷かれ大理石の壁と彫刻の装飾が施された柱が見えた。
「(これが企業のフロアー? ホテルじゃん)」
「さぁこちらです」
13 会議室に向かう二人。途中二人の屈強なビジネススーツにサイバーゴーグルの男らとすれ違った。
「(あれってきっとセキュリティの人だよね)」
『体内温度からサイバネ率 50 %程度の強改造者だね』
「( 50 %……ヤバ。精神的な病発症するギリギリのラインだね)」
『ごくまれに 90 %を突破できるくらいの人間もあらわれるよ。なゆかも調べたこの街の歴史の中に登場する【キャリバー】とかね』
「(反院瀬見体制の象徴となった伝説のサイバネ少女……兜金蒐魅ことキャリバー……)」
『キャリバーはもういないけど反院瀬見体制の盛り上がりはこの街ができて以来一番の熱量だと思われるね。院瀬見の実行部隊の弱体化も繋がってるし』
「(そのっきかけが龍の気を纏いし者の伝説!)」
『うん伝説のドラゴンだね。今は関西に戻って大人しく日常を送っている諸田和音と亜瑠の双子の兄妹の事。院瀬見は二人のドラゴンを監視しているね』
「(院瀬見の実行部隊を潰したんだっけ?)」
『色々事情は複雑なんだけど……諸田和音は所謂正義の味方で、妹を追ってたまたま来たこの街で降りかかる火の粉を払い続けた結果周囲を巻き込んで院瀬見の実行部隊は大きく弱体化したんだ。和音の妹の亜瑠と兜金蒐魅は親友でね、縁があったんだ』
「(反院瀬見の蒐魅と親友の亜瑠(ドラゴン妹)がきっかけで院瀬見は弱体化したんだね)」
『その流れにのってクリムゾン様は LOKI を結成して裏社会の支配を進めたんだよ。今、この街のパワーバランスは院瀬見と反院瀬見で半々位までになったよ』
「(私も LavaGraden 所属になったから反院瀬見でクリムゾン様に絶対勝ってもらわないと駄目な立場になったんだね)」
『うん。もうなゆかは一般人じゃないよ。アンダーグラウンドの住人だよ』
「(そうだよね……でもまぁ……この力を思う存分に振るえるのはここしかないし後悔はしてないよ)」
『 LavaGraden のラビットとしてなゆかの活躍をずっとサポートするよ』
「(よろしくね)」
ラビットとしてアンダーグラウンドな世界に身を投じてしまった事を少しも後悔していないといえば嘘になる。しかしサキュバスハーフの特性を生涯隠し続け押さえたまま生きていくのも無理だと最近は特に感じていた。理想のサキュバスハーフライフになるか解らないけれど、この街でクリムゾンに出会わなければサキュバスハーフの力の使い方を誤りつまらない小悪党のトラブルに巻き込まれ死んでいたかもしれない。
「失礼します」
生城山もみじに続いて 13 会議室にはいるなゆか。高級スーツを身に着けた顔立ちが整った男ら 5 人が座っていた。
「やぁ、最高ホストクラブ PPP の最強プリンス 5 人組の王子 V (おうじふぁいぶ)ダヨお姫様」
「カイザーはなんか連絡取れなくったなったけど……俺たち 5 人がいれば心配ない」
「ちょっと前まで第二地区は PPP の天下だったんだ。取り戻すぜウェーイ ! 」
「言っとくけど半グレの G/T も LavaGraden も怖かねえから!」
「第二地区のワルは大体みんな PPP の配下だぜ? 最強マフィアのドン後路須ファミリーがいなくなった今第二区の覇権は PPP よ! なにが LOKI だ! ぽっと出の新参ものがちょーしこいてんじゃねえっての」
続く。
ラビット・アンダーグラウンド22話 Jul 21, 2026
ラビット・アンダーグラウンド21話 Jul 18, 2026
ラビット・アンダーグラウンド20話 Jul 15, 2026
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