ラビット・アンダーグラウンド 22 話
***
――翌日。
大澤垓は記憶を失って警察病院で目覚めた。日常生活を送れる程度ではあったが子供のころから今までの思い出は全て消えていた。
「ウガアアアアアアアアアアア……」
何かを思い出そうとすると血が煮えたぎるような感覚があり自分を抑える事が出来なくなっていた。病室で暴れまわりナースに怪我をさせた為当分退院は見送られる事となった。
その様子をモニターで見ていた刑事課長の碇は大きくため息を付いた。
「あいつは現場復帰難しいだろうな……」
「何があったんすかね?」横に立っている井之頭刑事が言った。
「銃をぶっ放した痕跡がある……何かトラブルが起きたのは間違いない……この街は色んなのが居るからな、やられちまったんだろう」
「 LavaGarden を出た後にトラブルに巻き込まれたんですよね。カメラにも姿は映っています……だけどまた誰かの都合のいいように大澤が倒れていた場所の監視カメラの映像は出てこない……迂闊な事は言いたかないですが院瀬見がらみと俺は考えています」
「まぁ、そうだろうな。この先突っ込んで調べるのは我々には難しい証拠がない上に容疑者も居ない。上もこの件に関しては何も言ってこない、刑事がやられたってのにな」
「チクショウ、こうなるからこの街では探偵がデカい顔してやがるんだ!」
「……探偵な。一応俺にも使える奴は居るんだ、そいつに探らせるのもありかもな」
「流石です課長! そいつは信用できるんで?」
「いや全く信用ならん、だが仕事はキッチリこなすし期待以上の成果を出してくる」
「……そいつの名前は?」
「七曲キョウヤだ。こいつに大澤の事件の事調べさせるか、何か出てくるだろう」
***
七曲キョウヤが目覚めたのは一面真っ白で何も無い部屋だった。ストレッチャーに寝かされていた。
「……」
目覚めて最初に気が付いたのは【全身生身】であった事だった。
「どういう事だ? 俺っちは確かハートに捕まって……」
「目を覚ましたか」
声がした。
「誰っすか?」
「神名燐火だ。お前の脳内に話しかけている」
「神名燐火……この街の超大物じゃないっすか。 LOKI のクリムゾンこと秋馬昊菜と子供の頃からの親友で 50 年ぶりに再会したんですよね?」
「流石によく調べている。そして目覚めてすぐなのによく口が回る。お前に色々説明しても面倒な会話が続きそうだから事実をハッキリ言っておく。お前は私の駒になった」
「は?」
「生殺与奪は私にあり、逆らう事も逃げる事も死ぬことも出来なくなった。お前は私のサポートを受けられるしこの先病気も怪我も心配する事は無い」
「なるほど、俺っちを駒にする為に何らかの処置をして生かされていると」
「そうだ。処置内容を聞いてどうにかしようと考えても無駄だと言っておこう。お前が考えていることは全て筒抜けで全て対処できる」
「……完全奴隷っすね。で、何をさせたいんすか?」
「今まで通り街で動け。私は私の都合でお前に干渉する」
「今まで通りつっても生身じゃあちとキツイっすけどねぇ」
「厳密には生身ではないな……神名製の高価なバイオボディだ。それはともかく、お前には神名の開発したスーツを渡す。実験をかねてな」
「それはどこに?」
「お前が寝ているストレッチャーだ」
ストレッチャーは七曲キョウヤを撥ね飛ばして変形。七曲キョウヤ瓜二つの姿となって落下してくる本人を受け止めた。
「そいつがお前のスーツだ」
「こいつは一体……」
「元は医療用の流体マシンを改良したものだ。 AI 搭載でお前の相棒となるだろう」
「へぇ……そいつはありがたい。でもコイツを使ってアンタに叛逆するかもよ?」
「挑発しても無駄だ。お前はそいつを受け取り街に戻り今まで通り過ごせ」
「クリムゾンさんにはどう言う顔して会えばいいっすかね?」
「いままで通りでいい。お前が昊菜の事を気にする必要はない」
「またハートにやられるかも?いや、ハートを返り討ちにするかも?」
「できるものならな。私を、神名を甘く見るなと言っておこう」
***
七曲キョウヤが次に目を覚ましたのは第六地区のアジトだった。
「いつの間に……」
『ハローキョウヤ! ヨロシクね!』
「ん?」
椅子で目を覚ましたキョウヤの横にはスレンダーで黒髪色黒の若い女性が立っていた。
「アンタは?」
『キョウヤのスーツだヨ! 早く名前付けてよ!』
「……じゃあエミで」
『駄目デース! 兜金蒐魅を思わせる名前なので拒否します!』
「拒否とかすんのかよ、そんじゃキョーコで」
『キョウヤからのキョーコって安直すぎー! 拒否デース!』
「は? お前元医療用のマシン AI じゃねえの?」
『従属イコール AI じゃあ無いんですよねー。特に最新モデルの私は対象に合わせた性格を取りますので。今のこの私はキョウヤに合わせた性格ってコト』
「ち……」
『マヤ』
「おい……」
『キャハハハハハ! 次にマヤって名前つけようとしたでしょう? いいよ、私は……あたしはマヤ! キョウヤが消滅する日までヨロシクね!』
次の瞬間キョウヤの全身を引き裂くような痛みが襲う。
「ぐあ……」
『キャハハハハ……! なんでそうなったか解るかなー?』
「まさか神名燐火が……」
『ぶっぶー! あたしはマスター神名燐火様からキョウヤを好きにしていいと言われているの。キョウヤも好きに過ごせるけどアタシもセットて訳、仲良くしようね!』
「テメェ……どういう性格だ」
『小悪魔かな? キョウヤに合わせた設定だよ? キャハハハ! 破滅しちゃうかな?』
キョウヤの右手が意志とは関係なく動き自分の首を締め始める。
「俺の体……が……」
『違うよー? それあたしのからだの一部だから。キョウヤはもう本体ないの、わたしとキョウヤは一心同体。目の前にいるあたしもまた一部。逃がさないぞっと』
「クソ……」
『理解して貰えて何より。さぁお仕事しよ? メール一杯来てるよ?』
「お前もやってくれよ? メール全部開いて優先度順に並べてくれ」
『しないよ。キョウヤがやれば? あたしはあたしの判断でサポートするし邪魔もする。あたしは便利なお助けアイテムじゃないから。相棒だよ。あ、い、ぼ、う! キャハハハハ!』
「クソッ!」
キョウヤは缶をマヤに投げつける。マヤは片手でキャッチした。
『コーヒー淹れてあげるよ。超クソマズくなるかもしれないケド』
「好きにしろ」
しばらくするとマヤはマグカップに一杯のブラック珈琲を持ってきた。
『どうぞ』
「ああ」
珈琲を口に運ぶキョウヤ。
「……いい香りだ、それに味が……」
『気が付いた? 元のキョウヤは味覚がほぼ死んでたから標準レベルにしておいたよ』
「てっきり泥水もってくるんじゃねーかと」
『そんな予想通りの事するわけないじゃん』
「なぁマヤ、ずっとお前は脳内で話しかけるのか?」
「おっと……場面によって使い分けるつもりだけどね」
「ならいい」
『そんな事より……この依頼はどうかな?』
「……なんだ優先順位解ってるじゃねーの」
『当たり前だって。一応やることやってその上でキョウヤとどう接するか決めるんだから』
「つまりウザがらみは俺っちに合わせての行動か」
『正解。あたしを信用して貰っていいけど、サポートする範囲はあたしが決めるから』
「いいぜ、正直弟のシンヤの馬鹿よりも遥かに使える」
『キャハハハハ!』
***
なゆかは垓に襲撃されサキュバスハーフの力を全開にしたあの夜から三日間眠り続けた。
「……」
目を覚ますと全身の筋肉が痛んだ。しばらくまどろんでいた後、自宅のマンションに居ると認識できたなゆか。ベッドのそばにミニチュアピンシャー姿のポポリンが座っていた。
「なゆかおはよう。栄養と水分補給はしておいたよ」
「ぽぽりん……おはよ……えっとどのくらい寝てたの?」
「 55 時間だね。大学は心配しなくて大丈夫、狐理子がなりきって出席してくれたよ。授業もコンキチが録画してるしノートも」
「え? あ、そう……うん、そうだね大学生だもんね」
「なゆかは大学生だよ。それがどうかした?」
「いや……その……垓の事とか LavaGarden の事とかは?」
「大澤垓は警察病院に入院したよ。命に別状はない、記憶喪失の症状があるとのこと。 LavaGarden は平和だよ。第一区の新しい店にパティシエと夜のレストランのシェフが雇われて行列が出来ているよ」
「そっか垓は記憶喪失……私の力成功したんだ、命にも別条なくてよかった。 LavaGarden も怖い人たちとの抗争になってなくて安心した」
「大澤垓の事に関して警察も捜査するだろうけどもう容疑者は逮捕されてるし大澤垓も色々懲戒処分に当たる行動が発覚したから表には出てこれないだろうね。出世の道も消えたしずっと内勤で監視下に置かれると思うよ」
「容疑者って?」
「イプシロンって怪人の事なんだけど普通には警察に渡せないから以前 LOKI が捕まえた者を大澤垓と揉めた人物として警察に渡して裏で怪人とか専門の部署の者にイプシロンを渡したんだよ。表向けは警察のメンツも保てるし裏での取引も継続できるからね」
「そうなの……」
「警察も一枚岩じゃないからね」
「イプシロンって警察に渡したらヤバいんじゃないの? ほら私の正体見てるし狐理子ちゃんとか LavaGarden の中の事とか……」
「問題ないよ。何も答えられない状態で渡したからね。大澤垓がイプシロンの頭部を撃ち抜いた事になってるんだ、死んではいないけど二度と目を覚ますことも無いよ」
「そっか……」
なゆかはすっかりアンダーグラウンドの世界のやり方に慣れてしまっていた。ラビットとして生きると覚悟を決めた時に意識と価値観が変わった。
「大学出た後は……クリムゾンさんの傘下のグループで働くことになるのかな。前も言ったけど結婚相談員とか占い師もすてがたいんだよね」
「どうかな。なゆかはその力を買われて院瀬見の内部にスパイとして送り込まれるかも」
「スパイ……中々危険でゾクゾクするね」
「なゆかはこれからどんどん院瀬見の企業のオープンカンパニーに参加する事になるはず。それで 3 年になる頃にはターゲットを絞ってインターンかな」
「その間に一杯魅了して使える人材を増やせばいいんだね」
「うん。なゆかの力は説得、駆け引きを無視して一方的に要求できる立場になれるしそれは大きいよ。洗脳じゃなくてなゆかの事を好きになって本人がそうしたいって考えるんだから」
「スパイとかめちゃくちゃ忙しくなりそう!」
「狐理子と一緒に行動する事が増えると思う。彼女はなゆかとよい協力関係になれるね」
「うんうん」
「さ、なゆか。久しぶりに足を床につけるんだから朝食とったあとは散歩してリハビリしよう。今日一日はのんびり過ごして明日から大学と LavaGarden のアルバイト頑張ろう」
***
「ふー……なゆかの代わりも今日で終わり。三日間もなゆかになりきってたせいで食事の好み代わりそうだったよ」
狐理子は相棒の SliME コンキチに漏らす。
「なゆかは濃い味好きだもんね」
「好きな料理は同じもの多いんだけど……味付けがね」
なゆかも狐理子もラーメン好きだがなゆかはドロドロか濃厚系で狐理子はさっぱりか激辛系という好みの違いがあった。
「今ポポリンから通信が入った。なゆかはマンション近くの公園にいるみたいだよ」
「丁度良かった」
狐理子が公園に到着するとなゆかはバスケットボールをついていた。
「なゆか!」「あ、狐理子ちゃん!」
手を上げるなゆか、バスケットボールをパスしてくる。
「あんなに寝てたのに元気だねー」
「ちょっと散歩したら元気になってきて……このボール誰かの忘れ物みたい。ちょっと借りて遊んでたの。狐理子ちゃん……やる?」
「いいよ、バスケは殆どやった事ないけどニンジャだからね、なゆかには負けないよ!」
いきなりジャンプしてダンクを決める狐理子。
「あ、ずるい!」「もう始まってるんだよー!」なゆかボールを渡す狐理子。
なゆかはドリブルをしながら狐理子を視線移動ミスディレクションを使うもシュートの瞬間反応されてボールを叩き落される。
「うっわ……身体能力の違いが凄い!」「危な! もうちょっとなゆかが鍛えてたらやられてたよ!」
二人はしばらくバスケを楽しんだあとボールを元の場所に戻して歩き始める。
「お昼どうする?」
「ラーメンかなやっぱり」
「じゃあ牛豚鶏 MIX 濃厚ラーメン!」「激辛酸辣湯ラーメン!」
「あはははは!」「ははははは!」
「両方食べられるラーメン横丁が入ってるビル行こ!」「了解っ!」
二人は物陰で SliME でラビットとフォックスに変身する。
「やっぱりこれで移動するのがいいよね!」「すっかりこっち側だね」
「ラビット&フォックス! ラーメン作戦開始!」「おー!」
二人はパルクールを決めながら建物の壁、屋根を走っていく。
なゆか(ラビット)と狐理子(フォックス)の生活は新たなスタートを切った。
終
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