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自分の限界を思う。体力の壁は、何を意味するのか。疲労が続いて、心臓が波打っている。このまま、終わりだとすれば、何も生み出していない。それではあんまりだと一瞬、抗議しかけたが、そこに何か、大いなる意思があるのだとすれば、それはそれで、仕方の無いことかもしれない・・と思った。自己実現のために夢を追求するのではない。自分に求められている、なすべきことをしよう。自分が試されている。納得のいくところまで行き着きたい。
2004年05月28日
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夜10時過ぎまで残業。サンドウィッチとチョコレートで空腹感を紛らわして帰宅した。精神的に物足りなくて、マイタケ、エリンギ、レタス、ソーセージの炒め物を作る。あっという間にたいらげて、漸く落ち着いた。 それにしても、葉物の値段がとても安くなっている。レタス、キュウリ、キャベツ、ホウレンソウ、小松菜・・。値段を気にしないで買い物出来るのがうれしい。ここのところ、仕事先と家とを往復する毎日で、外気を十分に味わう時間があまり取れない。せめて、買い物の時ぐらいは季節を感じたい。 レタスに対する認識が、この半年で大きく変わった。それまでわたしは、レタスを生で食べるものだと思い込んでいた。ところが、初めて入った店でレタス入りのラーメンを食べて驚いた。しゃきしゃきとした歯ざわり。しかも繊維にスープの味が染み込んでとてもコクがある。こんなに美味しい食べ方を知らなかったなんて。スープだけでなく、いためても蒸しても美味しい。こういう風に先入観に捉われて、大きな楽しみに気づかないでいること、結構あるかもしれない。 友人から税金の相談のメールを受け取った。企業から協賛金をもらってプロジェクトを進める任意団体を設立したのだという。非収益事業だから、届出も何もいらないと思っていたが、税務署に問い合わせた結果、法人事業税の均等割の関係で、都税事務所に設立の届出をしなければならないことが判明した。こんなに忙しいのに、相談事なんて受ける暇ないよ・・と思わなくて良かった。自分の知らないことを発見する大きなチャンスにつながった。
2004年05月25日
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同僚が梅酒に半年間漬けたという青梅を袋いっぱいくれた。まだ果実が硬くて、カリカリ梅のよう。さすがに10個も食べると、お酒が回ってきた。 大学院の建築科に通っている友人と、久しぶりに会った。コンペが続くと、終電帰りはもちろんのこと、寝袋を持ち込んで研究室に泊り込むというから驚いた。「建築業界って、重労働だし賃金は安いし、待遇は最悪なのよ。けれど、何かを残したいという思いが強いから、志望者が後を絶たないのかな・・」と彼女は言う。よく分かる気がする。 しなければならないことはたくさんあるが、いまいち、力が入らない。今日はもう寝よう。
2004年05月24日
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昨日から冷たい雨が降っている。本屋をのぞきたくて神保町界隈を歩いたが、閑散としていた。ふらりと入ったロシア料理店が、思いもかけず美味しくて得した気分になった。キャベツの酢漬け、ボルシチ、ビーフストロガノフ。ここのところ、ずっと夜はマクドナルドのハンバーガーだったから、ゆっくりとした食事で気持ちがほぐれた。その後、九段下まで足を伸ばした。お堀端の桜の葉が青々と生い茂っている。こんな曇天の方が、深緑の猛々しさが鮮明に浮かび上がるかもしれない。道端で、淡い紫色のアジサイが満開になっていて、もうそんな季節なのかとはっとした。 わたしの誕生日は6月10日で、毎年、自分の誕生日が過ぎると梅雨入りするのが恒例だった。だから何となく梅雨に親近感を抱いていて、雨が降り出すと長靴を履いて外に飛び出したものだ。それが今や、5月に梅雨入りするというのだから・・。頭の中に刷り込まれている歳時記が、だいぶ実態とずれてきているような気がする。俳句を詠むひとたちはどうやって折り合いをつけているのだろう。 ずっと中断していた英語の勉強に取り掛かる。勘が鈍っていて、英文を書こうとしても単語が出てこない。けれど、こういうことにいちいち落ち込んでいたら、身がもたない。開き直りがずい分うまくなったな・・と自分で可笑しくなる。 昨日のコンサートに触発されたか、音楽が恋しい。引越しのときに詰めた段ボール箱を探して、プーランクのピアノ曲のCDを見つけ出した。学生時代、乏しい小遣いをやりくりして購入したもので、曲の解説に「やっと買えた」という書き込みがある。当時の思い出がいろいろと蘇った。
2004年05月23日
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昨日、仕事の締め切りを迎えた。借金取りから解放されたような気分。ほぼ2週間、終電帰りの日が続いて、くたびれた。無事に終わってほっとした。 今日、父から眼の手術が成功したというメールが届く。文章が珍しく、はずんでいた。「医学の素晴らしさに感動しています」・・これで、父の抱えている漠然とした不安が拭われることを願う。 もうひとつ、今日は嬉しいことが重なった。招待券をもらったからと友人に誘われて、新日本フィルハーモニーの定期演奏会に行った。会場は東京・錦糸町のすみだトリフォニーホール。ホールの音響が見事で、楽器の音が極めてクリアに聴こえる。この日のメーンプログラムは「ショスタコーヴィチの歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」より 5つの楽章による交響曲」。作曲家アスネルが編曲したのは1994年ということで、わたしも、今日までその存在を知らなかった。どきどきしながら聴いたが、団員の方々が、非常に神経の行き届いた演奏を披露してくれて、50分間の演奏時間があっという間に過ぎた。丹念に練習を重ねたことが伺える、緻密なパフォーマンス。まるで競馬で大穴を引き当てたような(これでは新日本フィルに失礼だろうか)心持ちで、興奮してしまった。こういう演奏を聴くと、とても励みになるなァ・・。 プログラムの前半では、ヴァイオリニストの諏訪内晶子さんが登場。バルトークのヴァイオリン協奏曲第一番が演奏された。彼女は、1714年製作のストラディヴァリウスを使っている。低音が豊かに広がり、大木に身を委ねたような心地良さがある。思わず「なんて素晴らしい楽器だろう」とうなった。約300年間の間、数々のヴァイオリニスト達が大切に扱ってきたからこそ、この音がある。諏訪内さんの実力は本物だけれど、まだ、この名器を弾きこなす段階までは至っていないのだろう。楽器の器量を必死に追いかけている様子が伝わってきて、痛々しかった。 わたしたちの一生は数十年間で終わりを遂げる。しかし、時代を超えて受け継がれるものの確かさがある限り、わたしたちは、遥かに充実したものを受け取ることが出来る。ルーベンスの祭壇画にまつわるエピソードを思った。 ルーベンスの故郷、アントワープ地方は、宗教戦争で致命的な痛手を被った。ひとびとの荒廃した気持ちを鎮めるため、各地で教会が造られることになり、信仰の核となる祭壇画が必要になって、当時、イタリアへ絵画の修行に出かけていたルーベンスが故郷へ呼び戻されたのである。「生きるということは、魂の巡礼である。自分の使命は、祭壇画を描くことによって、故郷のひとびとに再び安寧をもたらすことだ」。彼はそうつぶやいて、製作に打ち込んだという。 1800年代になって、ナポレオンがアントワープ地方に攻め込み、教会を破壊して、ルーベンスの祭壇画を戦利品としてフランスに持ち去ってしまった。ルーブル美術館に納められた一連の絵画の返還を求めて、粘り強い交渉が続けられた。漸く絵画が返還されたとき、アントワープのひとびとは歓喜の中で「我々は永遠にこの日を忘れまい」と誓い合ったという。 この世の中で、取り返しのつかないものは時間である。歴史の中で生み出された傑作は、長い時を経ることでさらに輝きを増す。私たちが生きられる期間はたった数十年だけれど、長い時間によって磨かれた数多くの傑作に触れることによって、人生は遥かに充実したものとなりえるのだ。 お金でカタがつくものは、それだけの価値しかない。つくづくそう思う。後世のひとびとに引き継がれるような何かを産み出せたらどんなに幸せだろう。
2004年05月22日
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脳にも持久力があるのかもしれない。単語カードをめくって、英単語を覚えようとすると、20分もしないうちに、猛烈に眠くなってくる。しかし、そのまま横になって熟睡できるかというとそうではなくて、しばらくするうちに、眠気もおさまってくる。どうやら、頭がヒートアップしてくると、その状態を中断させようとして、眠気が襲ってくるらしい。 日記を書き始めて気がついたことがある。精神状態の良し悪しが脳に与える影響は非常に大きいということ。仕事でストレスを受ける→精神状態が悪化する→脳が疲れる→無気力になる→休む→精神状態が改善する→脳が再び活性化する。どうも、このサイクルを始終、繰り返しているらしいのだ。 日記を書いていてもそうで、書きたいことが全く頭に浮かばなくなったら、脳がかなり疲れているとみて良い。普段、ノートパソコンを持って自宅と勤務先を往復しているのだが、脳が疲れてくると、自宅に持ち帰るのが億劫になってくる。それで一週間ぐらい、日記も休む羽目になる。ほかのサイトをのぞくと、一日も欠かさず、日記を書きつづけている方もいらっしゃる。どうやって、脳の浮き沈みをコントロールしているのだろうか? 日常の生活から、もしかして人生のあり方のかなり大部分まで、脳に左右されているというのに、実は自分の身体の中で、脳のことが一番よく分からない。脳を専門に研究しているひとと友人になれたら良いな・・なんて、勝手なことを考えている。
2004年05月16日
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1ヶ月ぶりに、実家に帰った。父も母も仕事が休みで、嬉しい夕食だった。ソラマメの煮たの、グリーンピースご飯、ブリのアラ煮、鯵の塩焼き、大根の菜っ葉の煮浸し、オクラと納豆とシラス干しの和え物、豆腐と茗荷のお味噌汁。お腹いっぱいになったが、胃もたれは全く、ない。普段からこういう食事を取っていれば、今苦しんでいる体の不調の7,8割方は消えるだろう。 最近、食べ物の体に及ぶ影響がますます、直接的になってきている。体力が無くなっているせいなのか、それとも、体が素直になってきているからか。以前から、いらいらする時はカルシウムを取れば良いと聞いていたが、それを実感している。クライアントのすぐそばにスターバックスがあって、昼食後、オーダーしたものが出来上がるのを待つ間に、共用スペースに置いてある魔法瓶から牛乳を紙コップに入れて飲むことを覚えた。牛乳を飲んだだけで、精神の安定度合いに大きな違いが出てくる。仕事先のひとから無理難題を言われても、感情が乱れないから助かる。 もずくや食物繊維のたっぷり入ったシリアルを食べるようになってから、胃腸の調子が見違えるように改善した。あんなに長年、苦しんでいたのが馬鹿らしくなる。もっと早くから、食べ物に注意を払うべきだった。もしかしたらこれまであった、体力というバッファーが無くなりつつあるのかもしれない。 今日の昼間は、70代の友人宅へ遊びに行って、インターネットの検索方法や印刷、電子メールの送受信の方法を説明した。普段から好奇心の旺盛なひとで、2度、3度手を動かすと、瞬く間に覚えていく。気持ちの持ち方いかんで、こんなに瑞々しく頭脳を保っていられるのだと、目を見張るような気持ちだった。ちょうど、今日の朝日新聞の夕刊で、糸井重里さんが、老人の話を聴く価値というテーマでエッセイを書いていた。今、日本では「儲かる○○の方法」「こうすれば絶対に営業はうまくいく」といった、功利に直結した本がおおはやりだけれど、それはおかしいのではないか、さまざまな経験を経て生み出されたお年寄りの話に耳を傾けることで得られるものは、想像以上に大きい・・といった内容だった。共感する部分が多い。 記者を経験して以来、友人の範囲はそれこそ、高校生から70代まで広がった。特に、6、70代の方から聴く話は非常に示唆に富んでいる。わたしだけがこんなに面白い話を独り占めして良いのだろうか・・と思うことがある。
2004年05月15日
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高校時代の友人が、1年間の英国留学から戻ってきた。「10年間、会社で色々なことを体験して、社会のことは大抵、分かった気でいたけれど、向こうに行ってそれが全くの誤りだって痛感した。何があっても何とかなるって思えるようになったのが一番の収穫」というメールをくれた。昔から話は合うひとだったけれど、これからもっともっと、仲良くなれるような予感がする。再会が愉しみ。 今や、朝晩、通勤電車の中でしか単語カードをめくっていないが、その短い時間の中でも英語と日本語の発想の違いに当たると、いちいち反応してしまう。最近、deliver という単語の様々な使い方に感心している。この間、チェチェン共和国の大統領が爆弾テロ事件で暗殺されたとき、New York Timesの記事は、「チェチェン共和国で爆弾が爆発した。その事件はチェチェン共和国の大統領を殺し、ロシアのプーチン大統領に深刻な精神的ショックを与えた」という書き出しだったのだが、「精神的ショックを与えた」というくだりで、”delivering a severe blow to”という表現を使っていた。”deliver”と聞くと真っ先に、配達ピザを思い出す。品物の配達というイメージが強いので、こういう抽象的なものにも使えるとは知らなかった。 英語の堪能な上司にその話をしたら、「出産するときにもdeliverを使うんだよ」と言われてさらに、驚いた。日本語の世界では、出産することと、郵便物を配達することが同じ動詞で表現されるとは信じがたい。日本語は、送られる「もの」を重視して動詞の範囲を決めているのに対し、英語は送るという「行為」そのものを重視して動詞を割り当てているような気がする。 英語の発想法を何とか、身につけたいと願っていながら何度も挫折しているが、その辺にヒントがあるかもしれない。もう少し、考えてみよう。
2004年05月14日
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ここのところ、仕事が立て込んでいて、終電で帰宅する日が続いていた。今日、久しぶりにひと息ついた。 アメリカの民間人虐殺の映像がインターネットを通じて、配信されたというニュースをテレビで見る。幸福感と憎しみ。どうして、こんなにも伝播力が違うのか。もし、憎しみの連鎖を防げないのだとしたら、幸福が、同じように強い連鎖を伴うことは不可能なのだろうか。Win-winのあり方が、生き物が呼吸したり、食べ物を摂ったり、眠ったりといったことと同じレベルまで自然なことになる方法はないのだろうか。 十数年来、右目の不調に悩んでいた父が昨日、手術で眼の水晶体を取り換えた。先ほど、病院へ見舞いに行ってきた。「お前、そんなに白い肌をしていたのか」と開口一番、言われる。眼球の黄濁がかなり進んで、にごった黄色のフィルターを通してものを見ていたという。眼が見えないとこぼすのは聞いていたが、それほどひどかったとは知らなかった。 眼が悪くなると、集中してものを考えるのが難しくなるらしい。自由に字を読めない不安が拍車をかける。緑内障を患っている友人がいて、お酒に酔うといつも、カウンターにはいつくばって眉根をぐっと寄せる。「ものを考える部分が静かに壊れていくんだ。絶対に逃れられない。こんなに怖いことってないよ」って、うめいていた。 父方の祖父は64歳で亡くなった。父も来年、同じ年になる。眼の悪さと、祖父の享年に並ぶ不安が重なって、60歳を過ぎてから、父はめっきり気弱になった。何かに挑戦する楽しみを教えてくれた当の父が「疲れた。これからは日々平穏に暮らせさえすればいい」というのを聞いて、わたしまで心細くなった。途中で諦めて放り投げることをあんなに嫌がっていた父が、こんなことを言うなんて。けれど、今日の一言で、心が明るくなった。 仕事で疲れて、頭がぼーっとする。勉強は進まないのに、月日は確実に流れていく。けれど、諦めるのだけは、絶対に止めよう。
2004年05月12日
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仕事が佳境に差し掛かっている。ここのところ、帰宅は午後11時過ぎ。明日も出勤しなければならない。けれど、漸く自分自身のエンジンがかかったようで、ほっとする。 今やっている仕事は、まるで推理小説を読み解くようなもの。クライアントの会社が帳簿に計上している債権、債務の残高について、その相手先に確認状を送り、回答をもらう。帳簿の計上金額と先方の回答金額が一致すれば問題ないのだが、売上や仕入の期ズレなどが原因で大抵、差異が生じる。それをクライアントの経理担当者のひとと一緒に確認していく。 経理の仕事は、皿回しに似ている。いつも手を添え続けていれば快調に回るが、いったん手を引っ込めたら、即座に勘定が荒れる。半年前、経理担当者が交代したばかりで、あちらこちらで間違いが見つかった。それをひとつずつ、訂正して資料を置いていった。今は、勘定残高がすっきりとした姿を見せている。中間決算以降の半年間、新しい担当者が、根気良く、チェックを重ねて数字を正していったのだ。気の遠くなるような作業を重ねて間違いを見つけ、つぶしていったのだろう。こういうひとと一緒に仕事すると、こちらまで嬉しくなる。 経理の数字は、全て正しくて初めて、完璧な美しさを帯びる。ひとつでも間違いが内在すると、どこかで必ず、歪みや狂いが生じる。All or nothing という言葉をかみしめる。損益計算書は当期限りで、翌期になればリセットされるが、貸借対照表の数字は、過去の出来事をすべて、引きずる。担当者は変わっても、会社の残高の数字は動き続ける。少なくとも、自分がかかわる残高は出来るだけ、あるべき数字に近づけたいと思う。
2004年05月07日
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新しいパソコンは快調で、使い始めると、買い換えて良かったと思えるようになった。パソコンいじりの得意な友人が、ハードディスクの交換をしてあげようかと言ってくれたので、喜んでお願いした。まあ、物事はなるようになるもの。そんな気がする。無線LANが内蔵されているので、登録の方法を探してみよう。 ここのところ、神経がぴりぴりしていて、その緊張が胃腸に来ている。人間は本当に「気」に左右される動物だと思う。まさに、人間のかかる病気の多くはもしかしたら、ひとが自分で作り出したものかもしれない。今日はもう、寝よう。
2004年05月06日
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今朝になって、突然、パソコンが起動しなくなった。再インストールしても、起動できない。修理窓口に電話したら、ハードディスクが壊れているので、修理が必要だという。日数は10日前後かかると言われて、泣く泣く、新しいパソコンを買った。この忙しい最中に、ノートパソコンを10日も使えないのでは、仕事に支障が出てしまう。データのバックアップを取っていなかったことがとても悔やまれる。今まで、パソコンのことは本当に疎かったが、こんなに実害が出たのは初めて。きちんと、自分で学ぼうと誓った。 買ってきたばかりのパソコンのセットアップを済ませて、ネットに接続した瞬間に、例の新型ウィルス「サッサー」に感染したとウィルス検索ソフトが教えてくれた。思わず、唖然とする。マイクロソフト社のホームページにアクセスして、インストールすべき最新のソフトを検索したら、なんと、9つもあった。今日、買ったばかりのパソコンなのに!ウィルス攻撃の執拗さに改めて、あきれた。 今日は、出社したものの、パソコンが壊れて仕事にならなかったのでそのまま、帰宅した。結局、新しいパソコンを買う羽目になって、夜になると、自分自身が情けないやら、悲しいやらでひどく、落ち込んだ。ところが、NHKをつけたら、カルメンを作曲したらビゼーの生涯が紹介されていて、見入ってしまった。 彼は、カルメンが初演された3ヵ月後、36歳でこの世を去っている。原作と出合って強く惹かれるものを感じたビゼーは、カルメンの作曲に渾身の力を込めたものの、初演で酷評を浴びて、そのまま体調を崩したのであった。ビゼーの死とともに、カルメンの評価は180度変わり、その4ヵ月後ではウィーン国立歌劇場で歴史的な成功を収める。ビゼーは自らの命と引き換えに、作品に永遠の命を吹き込んだのだった。 こんなことでぐずぐず悩んでいるようでは、まるで話にならない。今日も、音楽から、大きな勇気をもらった。
2004年05月05日
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今日は、仕事を午前中で切り上げ、英語の単語カード作りに没頭した。単語帳から重要単語を抜き出し、辞書で例文を探してカードに記入していく。 改めて、英語と日本語の構造の違いに驚く。物が主語となる文章を見る度にはっとする。今回記入した例文で一番気に入ったのは以下のものだ。His words affected me deeply. 彼の言葉が、私の心を強く動かした。 もし、先に日本語があって、それを英訳せよと言われたら、辞書をひっくり返す羽目になっただろう。それがこんなに簡潔な言い方があったとは。日本語の文章を見ると、次にどんなドラマティックな文章が続くのかと、わくわくする。ひとの心を強く動かす言葉なんて、普通は、滅多に無いものだから。英語で読んでも、同じような興奮を感じるようになりたい。 もしかしたら、私は自分の頭の中で、勝手に、英語を難しい存在に作り上げているのかもしれない。この英訳を見てふと、そう思った。仕事が立て込んでいて、勉強の計画が滞っているけれど、焦らないようにしよう。 先日、アメリカの志望校を訪れて、建物がケヤキ並木に取り囲まれているのを知った。仙台に住んで以来、ケヤキ並木はとても身近な存在になった。東京に住んでいる今、通勤する際に近所の大学の構内を通り抜けているが、そこにもケヤキ並木がある。今朝は風が強くて、大きくなった若葉がさわさわと音を立てていた。ケヤキを見る度に、志望校を思い浮かべる。落ち込んでくじけそうになったら、ケヤキ並木の下を歩こう。
2004年05月04日
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ここ2、3日、パソコン上でネット接続するとすぐに、シャットダウンすることが続いた。パソコン、壊れたかな?と心配していたところ、日経新聞のホームページで「新型ウィルス『サッサー』、猛威をふるう」という記事が配信された。慌てて、マイクロソフト社とシマンテック社のホームページにアクセスする。どうやら、ウィルスに感染していたらしい。駆逐ツールを稼動させ、再起動したら漸く、シャットダウンから解放された。ウィルスを解説するサイトを見たら、パソコンの中身を外部から覗かれるリスクもあるらしい。それは困る・・と思った。 PHS端末を購入して、インターネットに常時接続できるようになってから1ヶ月経ったが、相次ぐトラブルに見舞われている。自慢ではないが、パソコンやシステムには本当に疎いので、いつも対策が後手に回ってしまう。自分は自宅にいて安穏としているが、ネットに接続した瞬間、パソコンは世界とつながる。もっと、本格的にセキュリティ対策を取らなくてはと、反省した。 常時接続ならではのメリットも、十分に享受している。ニューヨークタイムスに一昨日、記事閲覧の登録をした。それ以来毎日、その日の記事のヘッドラインを掲載したメールが届く。辞書を引きながら、英文の記事をざっと読む。日本に居ながらこんなことが出来るのだから、本当にありがたい。今は、イラクに駐留する米軍のイラク人捕虜に対する虐待問題が大々的に取り上げられていて、数時間遅れで、日経新聞のホームページに日本語の記事が掲載される。それを読むと、英文の記事をどれだけ理解したかが分かる。予想通りというべきか、表層的な部分しか把握できていない。けれども、海外の記事を直接、読むことが出来るだけでも、とても嬉しい。 今日は早めに仕事を切り上げて勉強しようと思ったのだが、次々と懸案事項が見つかって、気が付くと午後8時を過ぎていた。昨日の長距離の散歩が思いのほか体にこたえていて、足を引きずるようにして帰宅した。疲れがなかなか取れない。仕事が切羽詰ってくると、料理する気力がわかなくなるから困ってしまう。胃腸の働きが鈍っていて、足底の土踏まずの辺りを指で押すと、ごろごろする。老廃物が溜まっているのだろう。実家にいたとき、胃腸が疲れるといつも、母がとろろをすってくれた。スーパーで長いもに手を伸ばしかけたが、自分で擂っている姿が想像できず、代わりにもずくを買った。母の手料理が、恋しい。
2004年05月03日
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友人とおちあって、久しぶりに長距離を歩いた。晴れているが雲が多く、幾分、肌寒い。歩いても汗ばむことなく、ちょうど良かった。浅草からスタートして、隅田川沿いに北上する。綾瀬川を越えて右折。荒川の陸橋を渡って堀切菖蒲園まで行った。万歩計を見たら、2万2千歩!足首を回したら、痛かった。 途中、向島百花園に立ち寄った。百花繚乱、あるいは百貨店もそうだけれど、「百」という漢字が「たくさん」を表していた時代の慎ましさを思う。今は、億でも「たくさん」という気がしない。億万長者も今や、「兆億長者」でなければ本来の意味が出ないかもしれない。 詩経や万葉集など、中国、日本の古典に登場する珍しい植物が沢山、植わっていた。「やぶつばき」という樹木があって、椿の木がクスノキのようにこんもり茂っていて面白かった。「うめもどき」という名の木もあった。「もどき」と名付けられては何だか、気の毒であるが。江戸時代、ひとりの骨董商が発案して、付近に住んでいた文化人(「文人墨客」といったらしい)が資金を出し合って植物園を作ったらしい。 隅田川を挟んで、街の様子ががらりと変わる。ごった煮といったら良いのだろうか。住宅地と花街と商店街が入り混じっている。江戸時代はもしかしたら、川向こうは幕府の目が届かない開放の地だったのかもしれない。 帰りは、京成線の堀切菖蒲園駅から電車に乗って上野まで行った。6駅180円。3時間ぐらいかけててくてく歩いたのに、電車だとあっという間で、複雑な気分だった。
2004年05月02日
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