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今、自己嫌悪に陥っている。 以前、お世話になった上司の奥さんから、「相談したいことがある」と呼ばれて、一緒に食事をした。その方は高校の先輩に当たる方で、バッググラウンドや性格に似通っているところがあって、会うと話が弾む。今日も、愉しい会話が途中まで続いた。 相談事はささいなことだったから、すぐに引き受けた。ところがその後がいけなかった。 相談の背景にあるのが、再就職に関する話で、ある資格を取ったのでそれを活かす方法を探していらっしゃったのだ。その資格保有者はたくさんいて、何らかの差別化をしなければ大して仕事は出来ないこと、その資格を足がかりに、他の資格に挑むひとが何人もいることを知っていたものだから、思わず、「プラスアルファとして、別の資格にも挑戦したらどうですか」と勧めてしまった。 けれど相手の方はそんな情報を求めてはいなかったのだ。相手の顔色が変わったのに気付いて、しまったと思ったが後の祭りだった。 結婚する前までずっと、大企業で総合職として働いていたのに、一度退職して子供を生んでしまうと、選択肢が驚くほど狭くなる。私の過ちは、その狭い選択肢の中で物事を判断せずに、今の自分の選択肢の中で答えてしまったことだ。別れてからもずっと、しょんぼりした相手の表情が気になって、余計なことを言わなければ良かったと繰り返し、思った。 ひとと関わり合うと、傷つけたくなくても傷つけてしまうことがある。何とか相手の方の参考になるようにと思って話した結果が、一方をしょんぼりとさせ、当の自分も自己嫌悪に陥る。どこで歯車が狂ってしまったのだろう。ひとから相談されるというのは、とても難しい。
2004年03月30日
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今日も、千鳥ヶ淵へ行った。平日の昼間とは思えない混み具合に驚く。さすがに二日目になると幾分冷静になり、桜の白の質感が景色の中でくっきりと浮かび上がるのをじっと、見つめた。 桜を樹木として眺めてみると、性格やこだわりがはっきり伺えて面白い。川の土手や堀沿いに植わった桜は、水面に向かってひたすら枝を伸ばす。小さな子どもが母親に向かって懸命に手を伸ばす場面が思い浮かぶ。こちらから見ると、扇がぱっと開いたような豪華さであるが、桜の気持ちからすればきっと、切実な問題なのだろう。 小石川植物園の桜は放埒な感じがする。ほかの場所に比べて、花の位置が高いのだ。ほとんど真上を見上げても、花の色が空と混ざり合ってはっきりしない。きっと、枝を形良く剪定することをしていないからだろう。枝も大きく曲がっている。本来はこれほど、自己主張の強い木なのだ。つまり、普段見慣れている桜は相当、矯正されているに違いない。 落葉樹が葉を落とすと、幹や枝ぶりが顕わになって、あたかもひとの本質を透かし見てしまったような落ち着かない気持ちにさせられる。神宮外苑の銀杏並木で、一本だけ、幹が右側に湾曲している樹木がある。葉をまとっている時は、他の樹木と一緒である。ところが、少しずつ葉が落ちて来るにつれて違いが明らかになっていく。この木だけ湾曲したのはなぜだろう。 桜は毎年、同じように咲くのに、異なった印象を受けるのは、自分の心情が変化しているからだろうか。今日はコートを着なかった。本格的な春だ。
2004年03月29日
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とうとう、都内の桜が満開になった。 昨日はまだ、三~五分咲きだったから、今日の花見は、メインデッシュの前に味わう、前菜のつもりだった。文京区の小石川植物園を皮切りに、徒歩で播磨坂を上って飯田橋に向かう。いずれも五分咲きで、満開は数日後かな・・と眺めていた。ところが昼下がり、北の丸公園に到着したら、あちらこちらの桜がいっせいに花びらを開いていた。白のこんもりとした質感が枝にかぶさる。満開の桜を直に見ているのが信じられない。しばらくぼーっと立ち止まっていた。 千葉に生まれ育って、季節とは順序良く巡って来るのが当然だと思っていた。冬が明けて春に近づく。最初に桃、次に梅、そして桜が咲いて、ツツジで初夏を迎える。ところが、札幌では、ゴールデンウィークになっても花が咲かない。5月下旬、怒涛のように春が訪れ、梅と桜とツツジがいっぺんに咲く。自分の中で春を消化する間もなく花が散って、短い夏になる。体のリズムが追いつかなくて、心臓が痛んだ。 今日、久しぶりにあの痛みを思い出した。4年ぶりに見る、満開のソメイヨシノの並木。1本、1本の桜の木をじっくり見るというより、全体として、ぎっしりと咲く桜の存在感を受け止める。あの景色の中に自分を溶け込ませる方法を忘れてしまったのだろうか。あっけに取られ、感情がうまく動かなかった。 何か刺激を受けたとき、感覚のフィルターを通って、ある感情に収斂する。その機能のスピードが落ちていて、びっくりする。多分、何かを汲み取る機能だけが、突出していて、ほかとのバランスが崩れているのだろう。古語で、「愛しい」と書いて「かなしい」と読む時期があったのを思い出す。桜の花に恍惚となりながら、その一方で胸が痛くなる。美しさと悲しさが、こんなに近いものだとは。
2004年03月28日
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六本木ヒルズの回転ドアに挟まれて、子どもが亡くなったという事故に、衝撃を受けている。 49階にライブラリーがあって、高い天井と広々とした空間、窓からの眺めが気に入って、時々、読書しに行っていた。何時行っても、人ごみに溢れていて、新しい名所が誕生したのを喜んでいた。あれだけ地権者が入り組んでいる土地で、あのような大規模な再開発事業が成功したのは、問題を先送りし続けている日本の中で、ひとつの光明をもたらすような気がしていた。 この世の中は、すべて、光と影、表と裏、清と濁というように、正反対のもののペアから成り立っている。何か、大成功した時というのは、それに伴って大失敗が起こる可能性も非常に大きくなっており、用心してかからなければならない。 一挙に事業を拡大するとそれだけ、事業が萎む時期が早くなってしまう。ブームが長続きしないのも、それが原因である。下積み期間が短いと、春が来てもそれほど長く持続しない。細々と営む事業が実は、一番確実だ。正反対のもののペアによってこの世の中を捉えると、物事がすっきり整理されてみえる。 六本木ヒルズを成功させて休む間もなく、森ビルは上海に世界一の高層タワーを建築中だ。矢継ぎ早に次を、そしてそのまた次を追い求めていくうちに、大成功に必然的に伴う大失敗を引き起こしてしまったのだろうか。 それにしても、こんなに痛ましい事故が起きるなんて。亡くなったお子さんのご冥福を祈った。ご遺族の気持ちを想像すると、体がこわばる。
2004年03月27日
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やはり、米国留学しようと決心した。漸く、自分の体内スイッチが入ったような気分だ。 ここ数ヶ月、ずっとうつうつ悩んでいた。英語の壁を乗り越えられないのではないかというおそれ、30代という自分の年齢から来る体力的な不安、金銭的な問題が頭から離れなくて、留学しなくても済む方法はないか、考えていた。けれど、どうやっても最後は、英語の壁につきあたってしまう。 日記の効用ってこんなに大きいとは思わなかった。私は割と忘れっぽい方だから、毎日毎日、何かしら考えていても、それが今日、突然浮かんだものなのか、それともしばらく前から考え続けているものなのか、区別があまり付かなかったのだ。しかし、日々、書き続けていて「日記一覧」を見ると、はっとする。書き出しは全く違うことでも、結局は同じ結論に至ってしまう。どうあがいても、ここから逃げることは不可能なのだと悟った。 35歳から英語に挑戦して、見事、大学院入学を果たしたひとの体験記を書店で見つけた。英単語や英文法をひたすらカードに転記し、ストップウォッチ片手に、来る日も来る日もカードを捲り続ける。ここまでやらないと、壁は乗り越えられないよね・・とため息が出そうになったのだが、「英語の壁はエベレストぐらい高いと思っていたが、実際は高尾山のレベルだった」という文章を読んで、はっとした。 そうよ、暗記してボキャブラリーを増やせば、相当可能性は広がる。それに挑戦することさえしなくて、敵前逃亡の道ばかり考えていたら、精神衛生上良い訳がない。 考えてみたら今までずっと、何か大きな決断をする際は必ず、ひどく落ち込んでいた。飽きるまで悩むという過程が、自分には必要不可欠なのだと思う。さあ、あと9ヶ月。行けるところまで突き進もう。
2004年03月25日
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割り当てられていた翻訳がやっと、終わった。 ずっと、作者と対話しているような気分だった。不思議なことに、翻訳の進むスピードが、文章によってまるで違う。作者が高揚した気分で書いている箇所は、肉声が頭の中に響くような心地がして〈不思議なことにその肉声は日本語なのだが〉、すいすいと言葉をつむぐことが出来た。けれど、作者自身がため息をつきながら書いている部分は、訳するのもしんどかった。インターネットの英和辞典や会計辞典を使いながら日本語にしていくのだけれど、ついつい、ほかのサイトを覘きに行ってしまった。目頭と首の付け根がずきずきするが、これは自業自得である。 最初にどきっとするような結論をぽんと提示し、驚きひるむ読者を予想しながら、その根拠を順序良く示していく。この本を書いた当時、作者はすでに80代になっていたと思うのだが、その大胆さにはほとほと感心した。ハーバード大学MBAの名誉教授だというから大御所だろうに、こんなにしなやかな論文を書くなんて。変な連想だけれど、料理番組で奇想天外な調理方法を披露するシェフの姿が頭に浮かんだ。試食する出演者たちの感激ぶりをいたずらっこのような表情で眺めるようなものかもしれない。 Web SPAに長野県の田中康夫知事が掲載したコラムに、以下の記述があった。「弱い者-槍玉に挙がり、この対象は打って良いのだと世間が認めた者に対しては、マスコミは非常に強く出ます。けれども、強い者-未だ、この対象は打って良いと世間が認めるに至らない者に対しては、マスコミは黙っています。」記者をしていたとき、何度も、この見えない壁にぶち当たった。どんなに原稿を書いてもデスクの段階で文章が削られてしまう。しまいには、デスクとの論争が嫌で自己規制するようになって自分に愛想が尽きた。 議論も何もなく、平穏に淡々と時間が過ぎていく。私たち日本人はそういう状況をとても好むが、危機的状況はじわりじわりと深刻度を増していて、気付いたときには後の祭りになっている。 基本的な信頼関係を築いている相手とは、どんな白熱した議論をしても関係に影響が及ぶことはないし、むしろ、より良い方向へ進んでいける。やっかいなのは、根本的に信頼できない相手と議論をしなければならない場合だ。平穏を選ぶというのは、相手と根本的な信頼関係を築いているかどうかを考察しなくて良い、とても楽な選択なのだと思う。けれどそれは短期的な視野で見た場合に過ぎない。長期的には手痛いしっぺ返しが来る。 少なくとも、自分の交流範囲では、白熱した議論をしても何ら影響が及ばないような人間関係を作りたい。上辺だけの関係はもう、いらない。
2004年03月22日
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2ちゃ裏さんお勧め、開高健の「最後の晩餐」、とうとう読み終わってしまった。 「腹のことを考えない人は、頭のことも考えない」。その格言に導かれて綴られる食談の数々。読んでいて唾液をごくりと飲み込むようなご馳走から戦時下のどん底の食事、最後はカニバリズムまで本当に幅広い食を取り上げている。味覚の描写に使っている比喩が独特で具体的で、何度も字面を追った。 けれど一番印象に残ったのは、敗戦当時、少年だった開高さんが味わった「峻厳、苛烈をきわめた」体験である。父を亡くし、満足な食料を手に入れられず、来る日も来る日も、昼食代わりに水をたらふく飲んで空腹をごまかしていたというのである。どんな珍味や美味を目の前にしても、根底にその原点があるから、決して表層的なグルメ論に流れない。ご馳走と向き合ってもすっかり夢心地になることはない。どこか冷めている。1977~79年の連載であるが、すでに、飽食や食のインスタント化は相当進んでいて、それに対する警告を繰り返し、述べている。「食」の揺らぎへの不安はきっと、私の想像を遙かに超えたものだったに違いない。 体験、そして視点の幅が文章に与える影響の大きさ。自分が文章を書いていてよく壁にぶち当たるのが、inputとoutputの差だ。何かを表現する能力に比べて、何かを感じ取る能力の方が先に行っているから、表現が追いつかないと思っていたが、そうではなくて、体験が全然足りていないのかもしれない。まだ、何かを吸収する過程にあるのだとしたら救いがあるが、これが自分の限界だとしたら、天を仰ぐしかない。いつか、自分の中で蓄積したものをoutputへ転化する時期が訪れるのだろうか。 2ちゃ裏さん、「最後の晩餐」を紹介して下さって、どうもありがとうございました。
2004年03月21日
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明日の朝までに、仕上げなければならない会計専門書の翻訳が、なかなか進まない。事務所でうんうんうなっているうちに、そろそろ、終電の時間が迫ってきた。こ、困る。 先程、へとへとになって、近くのラーメン屋さんに駆け込んだ。塩ラーメンを頼んだら、真っ白の豚骨スープでどきりとしたが、思ったよりあっさりしていて、嬉しかった。テーブルにニンニクのすり下ろしの入った容器が置いてある。今日はひとりだし、とにかく体力を付けなきゃいけないのだし・・と言い訳を考えながら、ひとさじ掬って、ラーメンに入れた。そんなに、臭い、きつくない。 なんだか、気力が湧いてきたような。風邪の引き始めのような悪寒が去ってくれたので助かった。あともう少し。
2004年03月20日
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今日たまたま、ある単語をグーグルで調べたら、楽天日記のサイトが出てきたのでびっくりした。そうか、ホームページ形式だから、検索サイトでひっかかるのだ。 名前や住所など、個人情報は伏せているが、自分の心の中の動きはつぶさに書いている。楽天日記の中では、私のサイトにたどり着くのは大変なので、なんだか閉じられた空間にこもっているような気楽さを感じていた。ところが、特定のキーワードをグーグルに入力すると、突然、自分のサイトが出てくる。頑丈な壁に囲まれていると思ったら、実はガラスの壁だった・・そんなとまどいがある。 このとまどい、初めてのような気がしないな・・とぼんやり思った。そう、飛行機で北海道や沖縄に行った時の感じによく似ている。3時間ぐらいであっという間に到着してしまうのだけれど、飛行機を降り立った途端、空気や気温の違いにびっくりする。たぶん、列車でごとごとと時間をかけて旅行したら、体は徐々に、空気や気温の変化に慣れるだろう。けれど、飛行機でひとっ飛びだから、順応しきれない。 自分が何となく把握している感覚が、実はかなり、実態から乖離しているのかもしれない。だとすると、それはとても怖いことだ。なぜって、普段、自分は無意識のうちに多くの判断を下しているのだし、それはたいてい、自分の感覚を判断基準に置いているから。 中でも、危機感をリアルタイムで感じとることって、とても難しいことだと思う。たいてい、危機的な状況はある時いっぺんに起きるのではなくて、じわりじわりと深刻度を増していくものだから。気が付いた時には取り返しが付かなくなっている。そんなケースはよく耳にするし、自分もそれに陥りそうではらはらする。
2004年03月19日
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昨夜、友人から「第二思春期」という言葉を教えてもらった。社会に出て10年前後経つと、ふと、これで良いのだろうかと我に返る一瞬がある。不安定な心理状況が続いて、その過程で次の道を探し当てると治まるのだという。 そう考えると腑に落ちることがたくさんある。今、神経が過敏になっていてよく言えば感動しやすくなっているし、悪く言えば過度に感情が振れるため、とても疲れやすくなっている。自分を守るためにまとっていた鎧を一枚ずつ脱ぎ捨てているからだと思う。いったん自分自身をばらばらに分解して、再構築しようとしているのか。 昔から、自分の中で理性と感情がいつも葛藤していて、それをどうマネジメントするのかが大きな課題だった。幸か不幸か、中学時代は、同級生たちがずば抜けて優秀で、日常生活の具体的な場面で一つずつ、自分の能力の限界を確認させられる毎日だった。当時は感情に比べて理性の発達が遅れていたから、一日に一度はひどい自己嫌悪に陥った。中学時代の日記を読み返すと、あの頃には絶対に戻りたくないと思う。自分を守るには、理性を育てるしかなかった。高校時代からずっと、感情を押し殺して生活していたのだが、社会人4年目になって反動が来た。ひとの感情に触れたくなって、記者になった。 中学時代が第一の思春期だとすれば、今の状況は全く、逆の方向に動いている。感情が行き過ぎて、自分自身がついていけない。感情にふれ切った振り子が、再び理性の方向へ動き出そうとしている。今度は中庸が来るのだろうか。 今の状況だけを切り取ってみれば、まるで停滞しているように見えるが、次へ進むために欠かせない段階なのだと分かってきた。見通しがつくと、精神的にとても楽になる。 自分の感受性は、年が経つにつれて、衰えるどころかますます鋭くなっている。どうしてなのだろうと友人にこぼした。それをおかしいとか、嫌だとか思う必要は全くない。むしろ、得がたい才能なのだと捉えた方がいい。その言葉を聞いて、ふっと気が軽くなった。
2004年03月18日
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大きな変化の直前に来ているのに壁を越えられない。最近、そんな気がする。 1、2月とずっと、冬ごもりのような生活を続けていたが、一昨日から、久しぶりに仕事に出ている。これまで私は、好奇心が強くて、ひとの話を聴くのが好きだったから、同僚やクライアントの方々に色々な質問を投げかけ、返してくれる言葉を反芻し、さらに言葉を紡ぐというのが全く、苦にならなかった。相手が、自分と会話することでどのぐらい愉しんでくれているか、見るのが楽しみだった。 ところが、今は、ひとと会話するのが苦痛でたまらない。多分、相手の感情の揺れがよく分かるようになってしまったからだと思う。具体的に考えている中味までは分からない(これが分かったら大変だ!)が、そのひとの感情のエネルギーの強弱を感じるので、うかつに口を利けなくなってしまった。おまけに、油断すると、すぐに相手の根源的な部分に近づいてしまう。相手がとても安定しているのであれば良いのだが、そういうケースはまれで、不協和音を発していたり、苦痛を耐えていたりというひとの方が圧倒的に多い。 ストレスへの耐性が大きく下がってしまったのだろうか。以前はなんでもなかったことが、今はやり遂げるのに大きな努力が必要になっている。自分という人間の性質が、ここ数年で全く違う方向に向かっている。自分自身でも信じられないほどだ。 さらに、過去が様々な形で立ち上ってくる。14年前、シューベルトのCDと一緒に、芝木好子さんの「貝紫幻想」という小説を図書館から借りた。芝木さんの作品はそれが初めてだったが、二つの世界がぴたりと符合して恐ろしいほどだった。その後、何度も読み返したいと思ったが、こちらもすでに絶版になっていて、見つからなかった。しかし、数日前、友人も同じ曲のCDを持っていることが分かって、どうしてもあの小説を読みたくなった。アマゾンのサイトで検索したらなんと、古本屋さんから1冊、出展されているではないか。すぐに注文したら一昨日、家に届いて、夢中で読んだ。 今見返しても、非常に質の高い作品で、シューベルトのCDとの相性が非常に良い。CDと小説があったからこそ、大学受験を乗り越えられたのだと分かる。となれば、今、このタイミングで再び、CDと小説が私の目の前に現れたというのは、何を意味するのだろう。壁を越えなさいと励まされているのか。
2004年03月17日
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昨日、ノートパソコンに差し込むPHS端末を購入した。とうとう、常時接続である! 本当に旧石器人みたいだけれど、これまで自宅では、ダイヤル接続でインターネットを使っていた。使った時間に比例して料金が上がるというのはどうも、心臓に悪い。今まで、常に時間をにらみながら接続していただけに、常時接続になって、とても気が楽になった。 ランダムで色々な方の日記サイトにお邪魔した。これもある種、店のようなものなのだと初めて(遅すぎるか?)気付いた。トップページから凝っているサイトは、どんどん、階層を下がりたくなる。 楽天日記のサイトって、基本構造は同じだけれど、ひとによってこんなに使い方が違うのに驚いた。通販サイトや占いサイト、起業日記、会社の宣伝、フラワーデザイナーの作品展示サイト・・。恥ずかしながら、私は「日記」に特化していて(というより、サイトのデザインが出来ないというのが正しい)、非常に素っ気ないサイトになっているが、これはむしろ、少数派のようだ。最初に楽天日記のアイデアを考えたひとはどこまで、この広がりを予想したのだろう。 ファッション雑誌のページをめくった時に受ける印象と似ていると思う。ジャケットやスカート、パンツ、ブラウスなど、限られたアイテムを使って色々と、組合せを展開する。「1ヶ月のスタイルはこれで決まり」といったコーナーで30通りの着こなしの方法を見ると、雰囲気がまるで違うのに驚く。パーツそのものの数をそろえるというより、パーツの組合せの工夫に力を入れていて面白い。 楽天日記の中に、検索サイトがあったら面白いのにと思う。気になるキーワードを入力してenterキーを押せば、キーワードを含んだサイトがずらりと掲示される。そうするともっと、日記サイト間のコラボレートが進むような気がするのだが。それとも楽天市場はあえて、そうしない戦略的な理由があるのだろうか。
2004年03月15日
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シューベルトのピアノ三重奏曲第二番変ホ長調作品100。シューベルトの作品の中でも特にマイナーな作品だけれど、無人島にたった一枚、CDを持っていくとしたら、迷わずこの曲を選ぶだろう。この間、久しぶりに、この曲について、ひとと語り合った。 ピアノ、ヴァイオリン、チェロの三重奏曲で、4楽章から構成される。死の前年、30歳の時に作曲された。シューベルト自身、死期の近いことを予感していて、不安や嘆きがはっきりと影を落としている。中でも、第二楽章の、葬送行進曲に似たリズムに支えられてチェロが奏でる主旋律が、一度聴いたら耳から離れない。 この曲と初めてめぐり合ったのは浪人時代の12月。その時、わたしは大きなスランプに陥って、第一志望大学の模試の合否判定でEランクを取ってしまった。平日の昼間、予備校をサボって図書館に行って、このCDと出合った。ロシアのボロディン・トリオによる演奏で、リューバ・エドリーナのピアノがヴァイオリンとチェロの音色を優しく包み込んでいた。 第二楽章を聴くと、作曲当時のシューベルトの心情や彼の不遇な人生と、自分自身の心情が重なって、いつまで聴いていても飽き足りなかった。CDは既に絶版になっていたが、当時、CDにコピーするなんて技術は無かった。カセットテープに録音して聴きつぶすというのを10本ぐらい繰り返しただろうか。 3年後、東京タワーの近くで開かれたCDの再販セールで漸く、そのCDを見つけた。ずらっと並んだ中から発見したとき、手が震えて危うく、CDを落としそうになった。私の所有物の中で、これほど望んで手に入れたものはほかに無いような気がする。あの時点でもしかしたら、一生分の物欲を使い果たしてしまったのかもしれない。 28歳のとき、後輩の死と失恋が重なった。どうしてもシューベルトに近づきたくなって、ウィーンへ行った。彼の生まれた家、亡くなった家、お墓、よく通ったレストラン。1週間、とぼとぼと歩き回って日本へ帰る当日、広場のベンチに座って、最初から最後まで通しで、この曲を聴いた。 第四楽章が終わってはっとした。シューベルトは第二楽章の悲痛なメロディを、第四楽章でも繰り返しているのだが、最後、ふわっと明るくなって曲が終わっている。人間の力ではどうしようもならない深い孤独と悲しみ。けれどそれらと正面から向き合って初めて実感できる生への憧れが確かに存在する。おそらく、シューベルトはそれを表現したくてこの曲を作ったのだろう。31歳という短い人生だったけれど、そういう境地にちゃんと達したシューベルトは、不遇だったどころか、とても充実した生き方をしたひとだったのだ。ぽたぽたと涙が膝に落ちて、両手を顔に押し当てた。30分ぐらい、そうしていた。 数日前、友人からメールで、父親がビジネスに失敗して自己破産を申請中なのだと打ち明けられた。どうしても、友人に第四楽章を聞いてほしくなった。「苦しみと真正面から向き合うことで初めて得られる実りが必ずあるから。今度、シューベルトのピアノ三重奏曲第二番のCDを持っていくね」とメールを送った。 驚いたことに、友人はこの曲のCDを持っていた。知り合って1年経つが、この曲の話題が上ったことは無かった。二人で一瞬、絶句してしまった。泣き笑いというのはこういう感情を指すのだろうか。
2004年03月14日
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今日、所用で初めて、東急東横線の学芸大学駅に降りた。 午後1時に、ひとと会う約束があって、昼食を取れないまま現地へ出かけた。用事が終わったのは午後2時。商店街を歩いたがランチタイムは既に終わっていて、めぼしい店は「仕度中」になっていた。路地裏に入ったら、旭川ラーメンののぼりが目に留まって、店にふらりと入った。 カウンターだけの造りで、先客は6人で店内はいっぱいだった。キッチンに50代ぐらいの男女が入っていて、男性は麺をゆでながらフライパンで炒めものをしており、女性はまな板に向かって、野菜をトントントンと速いリズムで切っていた。 先客のひとりが、ラーメンを食べ終わって、どんぶりとコップをカウンターの上に載せた。すると、キッチンの二人は手を止めて「ありがとうございます。助かります」と揃って頭を下げた。チェーン店で見られるような、マニュアル通りのお辞儀と違って、丁寧ですばやい仕草だった。1秒後には二人ともすっと、作業に戻った。 キッチンの中のせわしない作業の中に、丁寧でやわらかいお礼の挨拶が、何の軋みも無く差し挟まれている。何だか感心してしまって、先客が食べ終わる度に、キッチンを盗み見てしまった。そのうちのひとり、20代前半らしき女性は、携帯電話のメールを打ち終わると、どんぶりをカウンターに載せつつ、ティッシュペーパーで自分の食べたところをきゅきゅっと拭いてゴミ箱に捨てた。そのまま「ご馳走様」と言って外へ出て行った。 多分、みんな常連なのだろうが、キッチンのふたりも、お客も親しげな会話はしない。しかし、食べ終わった後の客の作法と、それに対するふたりのお礼のどちらも、年季が入っていて「親しき仲にも礼儀あり」の好例を見たような気がした。 良い店って一口に言っても、定義は様々だろうが、店のひととお客が一緒に作り上げるものであるのは間違いないと思う。 ふたりの丁寧なお辞儀に送られて店を出て、駅に向かう途中、「平均律」という名の喫茶店を見つけた。J.S.バッハの作品から取った名前に違いないと思って近づいてみると、「バロック音楽をこよなく愛する皆様へ」と題したメッセージがあった。10数年ぶりに復活した店のようだ。時間があれば立ち寄るのに・・と残念だった。 学芸大学駅を降りたのは初めてだったが、ここに住むのも悪くないと思う。
2004年03月09日
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今日、ドイツ出身のひとと話す機会があった。 現在、オランダに住んでいて、仕事で1ヶ月に1回ぐらい来日しており、日本語も堪能である。聞くと、その方はアメリカが大好きなのだという。「自分のような外国人も、きちんと意思表示さえすれば、自由に社会の中に受け入れてくれる。ヨーロッパではそうはいかないからね。日本もそういう不自由なところが、共通しているかもしれない」という。そこで「日本では、議論がなかなか起こらなくて、問題点を先送りし続けて結局、10年を失ってしまった。最近、これではいけないという考える人が増えていますが、ヨーロッパではどうですか?」と質問した。 それに対する答えがとても面白かった。ヨーロッパの雑誌ではここ数年、定期的に日本を特集するのが流行っていて、それは大きく2つに分かれるのだという。ひとつは、「エコノミック・アニマルと言われていた日本人も、漸く、我々と同じ不況を味わうようになった。彼らも私たちと同じ人間だったのだ」という論調。そしてもうひとつは、「今、日本は鳴りを潜めているが、近い将来、きっとまた復活するに違いない。なぜなら彼らは、我々とは異質の生き物だから」という展開を取るのだという。どちらにも、その根底には、日本人を異質と見る視点が根強くあるのだと聞いて、考えさせられてしまった。 日本人を外から見ると、行動のアンバランスさに驚かされるのが多いという。例えば、昨年、宗教、あるいは政治的理由で亡命した難民のうち、日本が受け入れた人数はたったの11人だったという。その一方で、イラクに自衛隊を派遣したり、巨額の財政援助をしたりしている。どう解釈しても、同じ国の意思決定には思えないというのだ。 恥ずかしながら、私は、日本が昨年、たった11人の宗教・政治的難民を受け入れなかったという事実を知らなかったけれど、それを聞いて驚きはしなかった。ただ、ショックだったのは、日本では単に、外務省のそれぞれの担当部署がばらばらに意思決定したに過ぎないアンバランスさなのに、外国ではそんなに大きく受け止められたということだ。逆を言えば、そのアンバランスさこそ、日本で全体のバランスを図るという議論が行われていない証拠なのだと思う。 日本人は今も、鎖国状態に置かれていると思う。壁を作るのは、日本語である。例えば、これほど多くの産業が外資企業に脅かされながら、マスコミだけはのうのうとしている。日本語が大きな参入障壁となっているからだ。私たちもインターネットや雑誌、テレビ、ラジオなどがありながら、英語が分からないため、向こうで一体、日本がどのような報道のされ方をしているのか、全く知らないでいられる。けれど、このまま放置していて良い問題ではないのだ。
2004年03月08日
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仕事が思いのほか早く終わって、夕方、時間が空いた。前髪が2、3日前から鬱陶しくなっていて、髪の毛を切りに行こうと思い立った。 いつもお願いしているのは、私と同世代の女性で、10数人のスタッフを束ねている。彼女に出会う前はいつも、自分の真っ直ぐすぎる髪の毛に悩まされていた。何をしても髪の毛がすとんと落ちてきて、ヘルメットのような髪型になってしまう。 ところが彼女は、カットだけで後頭部を丸く形作る。ブローしなくても形がまとまるのは何故だろう。1本のはさみで、10通りぐらい、違う切り方を使い分ける。合わせ鏡で、自分の後姿を見る愉しみが出来た。 プロの彫刻家は材料の木を見ただけで、出来上がりの形がまぶたに浮かぶそうだ。彼女を見ていると、そんなエピソードが思い浮かぶ。一言、二言、注文するだけで、自分がうまく表現できなかった形を見事に具現化してくれる。私の頭を見るとすぐにいくつもの髪型のアイデアが浮かぶのだという。彼女に髪を切ってもらうと、自分の頭の形が斬新に見える。 以前、ひとに花束を贈ろうと思って、花屋に行ったところ、「花束に入れる花を選んでください」と言われて困ってしまった。色、イメージ、そして予算を言えば、アレンジしてくれるものだと思ったが、たまたま、ベテランの店員さんが休みだったらしい。一本、一本の花が自分のイメージに合っているかどうかは分かるのだが、組み合わせによる相乗効果の計算が出来ない。これとこれを組み合わせるとくどすぎるとか、逆に寂しすぎるといったバランスが分からないのだ。結局、自分のイメージに合った花の組み合わせが分からなくて、別の花屋さんに行った。 プロとは、個と全体を行ったり来たりできるひとなのだと思う。仕事しているときはいつも、個と全体、二つの視点を同時に持てるのが自分の目標だ。
2004年03月06日
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今日は、久しぶりに自分で食事を作って食べた。 ここのところずっと、仕事が立て込んでいて、駆け込むような食事の取り方をしていた。早くて安いお店。職場のすぐ近くに、讃岐うどんのセルフの店があって、そこには1週間で6回ぐらい行った。かけうどんに、かき揚げやてんぷら、きつね、わかめ、生卵といったトッピングを選んでのせていく。店の扉を開けてから食べ終わって出てくるまで、10分も掛からないので、時間が無いときは重宝する。今ではすっかり、顔なじみになってしまった。 最近、キャベツやアスパラ、菜の花といった春野菜が店頭に並ぶようになって、それが嬉しいものだからついつい、野菜を買い込んでしまう。この間も、真っ赤なパプリカがあって、後先考えずに買い物籠に放り込んでしまった。けれど、3日も外食が続くと、冷蔵庫を開けて、腐っていないか確かめずにはいられない。食材を腐らせて捨てるとき、本当に罪深い気持ちになって落ち込んでしまう。 今日も、もやしは賞味期限を4日過ぎていた。おそるおそる、ざるに開けてみる。水洗いして一本を口に入れる。まだしゃきしゃきという歯ざわりが残っている。間に合った。次に生しいたけ。幾分、干からびているが、これも大丈夫そうだ。レタスも茶色く変色した部分を取り除けばOK。斜め切りしたソーセージと一緒にみんな、水を張った鍋に放り込んだ。お湯が沸騰したころには、野菜も生しいたけもソーセージもレタスも、水分をたっぷり含んで、やわらかな光沢を放っていた。中華スープの素、塩、コショウを入れて出来上がり。うどん玉をあたためて、どんぶりに入れて、長崎ちゃんぽんの変形のような料理が出来上がった。 私は料理の中で、色々な食材をいっぺんに煮たものが一番好きだ。豚汁や筑前煮、実だくさんのスープ、ほうとうなどなど・・。何ていうのだろう、食材がそれぞれ持っている味や栄養分が溶け合って、胃にやさしい一品が出来る。鍋料理をみんなで囲むときの愉しさ。火の恵みを感じる。それに対して、お刺身は、嫌いというわけではないのだが、何となく寂しい気分になる。 私の両親はずっと、共働きである。それでも母は、いつも手料理を作ってくれたのだが、仕事が遅くなると、かならずお刺身が食卓に登場した。母はお刺身が大好物で、仕事が遅れたことに対する子供たちへの謝罪と、調理時間がかからないことの二つがあったのだろう。けれど私は、母がなかなか帰って来ない不安と、火を通していない物足りなさをいつも、感じていた。 食べ物に関する記憶って、味覚以外に様々な感情を伴っている。中学校の頃、クラスの人たちと合わず、学校に行くのがつらかった。今から考えると、不登校の一歩手前まで行っていたと思う。毎朝、ふとんから起き上がると胃がぎゅっと痛んだ。家族には何も言わなかったけれど、母は私が何を感じているのか、察していたのだと思う。特に、しんどい日に限って、朝食のとき「今夜は、○○を作るから」と、私の好物の料理を告げるのだ。私はその頃から食い意地が張っていたから、○○を食べたい一心で、一日を耐えた。いつも料理という綱で、母と綱引きをしていたような気がする。こうやって元気に生きながらえていられるのは、母の料理が、私をこの世に引きとめ続けてくれたからだ。 「孤食」という言葉を聞くと、ぎくっとする。子供たちが、家族と生活のペースが合わず、家でひとり、食卓に向かって食べることを指すのだそうだ。色々な事情があるのは、分かる。けれど断言できる。自分が中学生のころ「孤食」をしていたら、病気をしたか、さもなければ、自分で自分の命を絶っていただろう。
2004年03月05日
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今日、大失敗をしてしまった。 仕事で借りていたノートパソコンのそばに置いてあったお茶のカップをひっくり返してしまい、キーボードにお茶をこぼしてしまったのである。パソコンは感電したのか、うんともすんとも言わなくなってしまった。 夜、ひとりで事務所に残って仕事をしていた最中だった。思わず青ざめて、貸してくれた人に真っ先に電話を掛けた。壊してしまったことを詫びて、修理費はこちらで負担するが、直るまでの間、パソコンを使えないので業務に支障をきたすことなどつっかえながら話した。思いもかけず、温かい言葉が返ってきて、涙が出そうになった。 長年、パソコンを使っているが、こんな失敗は初めてである。一体、これはなにを意味しているのか。その時私は、翻訳をしていた。今日分の作業として割り当てた分量のうち、まだ半分しかこなしていなかった。しかし、目が疲れて、集中力も途絶えがちで、20,30分ごとに翻訳作業を中断してネットサーフィンをしていた。 そんな中途半端な姿勢では、英語の壁は越せないぞ。そんな厳しいメッセージが聞こえたような気がした。もっと真剣にやれということかもしれない。何だか、頭を上げられなくなりそうだった。 これまでずっと、走り続けてきた人生だった。毎日、多くのひとと出会い、一箱100枚の名刺は、1ヶ月も経たないうちに無くなる日々を送ってきた。しかし、昨年9月以来、どこにも出張に行かず、半年経つのに、作った名刺はまだ、50枚も残っている。1ヵ所に蟄居しているのが重苦しく感じられて、自分のエネルギーがどんどんしぼんでいくような焦りを感じていた。 パソコンが壊れて落ち込んでいたとき、ふと、ひらめいた。今はもしかしたら、英語の壁を乗り越える力を得るため、こうやって同じ場所に留まり続けているのかもしれない。圧力鍋の画像が浮かんだ。フタをぎりぎりと閉めれば閉めるほど、中の圧力は高まっていく。そうか、そのための閉じこもりなのに、その意味を知ろうともしないで、嘆いている私が間違っていたのだ。今は動く時期ではない。動いては、越えられる壁も越えられなくなってしまう。強く、そう思った。 何事にも意味がある。けれど、その意味を感じ取れるか否かは自分次第なのだ。さあ、今晩は早く寝て、明日、9時前に事務所に行こう。そして早速、パソコンメーカーの修理窓口に連絡しよう。英語の翻訳、1日分の分量をもっと増やしてみよう。
2004年03月03日
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牛丼チェーンの吉野家の2月売上が発表された。前年同月比2割の減収という。代替メニューのさらなる値下げや追加メニューが求められると、新聞記事にコメントがあった。 牛丼のあの安さは、仕入れのスケールメリットや様々なノウハウが積み重なって初めて、可能になったのだと思う。米国産の牛肉を輸入できなくなった段階で、オーストラリア産の牛肉に切り替える牛肉チェーンが現れなかったのは、味もさることながら、仕入先との価格交渉、物流コスト、保管状況、輸送日数、衛生管理、その他諸々を、あの短期間に、米国の既存の仕入先・物流経路と同じレベルまで持っていける見通しが立たなかったからだろう。いきなり、代替メニューに牛丼と同じレベルの低価格を求められても、吉野家は困ると思う。「牛丼で実現できたのに、なぜ別メニューでは無理なのか」という議論にはひとつ、欠けている視点がある。牛丼があの値段まで下がった期間だ。少しずつ、改良を重ねていってじりじりと値段を下げることはできる。けれど、ある日突然、あのレベルまで価格を下げろと言われたら、誰だって悲鳴を上げるに違いない。 そういう視点から見ると、今回見せた吉野家の対応の早さはさすが、一度経営破たんして再度、のし上がってきた企業の底力を感じさせる。日本でBSEが発症して以来、いつかは米国でも起こるだろうと予想ぐらいはしていたかもしれない。しかし、その時期までは特定できなかったはずだ。にもかかわらず、矢継ぎ早に対策を打ち出している。しかも、批判を受けたらすぐに既存路線を修正する辺りも、あの規模にしては見事だ。今回の騒動の前は、年に2,3回、利用するぐらいだったが、今は週に1、2回は通うようになった。 前年同月比2割減収というのは、企業にとって、相当打撃を受けるレベルである。今後、吉野家が一体、どのような対策を取るのか非常に注目している。決して、ずるずる落ち込まないような気がするのだ。不謹慎かもしれないが、2度目の鮮やかな復活を見られるのではと愉しみにしている。
2004年03月02日
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この世の中は、目に見えるものだけで構成されていると考えたら、大きな誤りではないか。最近、つとにそう思う。 以前は、心霊写真を見ると「本当かな?」と半信半疑だったり、前世の記憶という話を聞くと「そんな馬鹿な」と思ったりした。けれど、昨年から、自分自身の体験を振り返って、目に見えるものだけで世界が構成されているとすると、どうにも説明のつかないことが多すぎるのである。 昨年6月以降、自分の環境が激しく変わった。勤めていたベンチャー企業の業績が悪化して、社長が東京オフィスの大幅縮小を決定(本社は札幌にあった)。一昨年、社長に引き抜かれる形で入社した私は、肩身が狭くなった。札幌に戻れという内示を受けたが、「もう東京にいるべきだ」という確信が急に高まって、次の仕事も決めないまま、退職した。 辞めて1ヶ月間は、非常に心もとなかった。ところが、私の中で常に目標であった中学時代の同級生の自殺を知ったのがきっかけで、環境がめまぐるしく動き始める。彼女が遺した論文集を読んで、家族をテーマに据えていたことを知った。記者時代、自分も家族問題をテーマとする連載をして、何かにせき立てられるような想いを味わっていただけに、とても偶然とは思えなくなった。家族を取り巻く様々な問題に対応するためにも、もっと、社会起業できるようなインフラ整備が不可欠だろうと確信するに至った。 米国留学を考えて、勉強しながら働くため、非常勤登録できる事務所を探した。そこで、メンターとなる大先輩にめぐり合ったのである。その方のお蔭で、自分が何をなすべきか、道がかなりはっきりと見えてきた。また、日記に書いた、父の入社時の直属の上司の息子さんも、その事務所の一員である。ベンチャー企業の業績があんなに悪化しなければ、中学時代の同級生が自殺していなければ、米国留学を考えなければ、生活費を稼ごうと考えなければ、この出会いは絶対に無かった。本当に神様の思し召しを、痛いほど、感じる。よく、イメージすれば、夢は叶うという。以前の私だったら、鼻で笑っていただろう。けれど今の私は、きっとそうだろうと確信している。私たちはそれぞれ、自分に与えられたなすべきことを成し遂げるために、生まれてきたのだと思う。取材を通して、親と基本的な信頼関係を築けなくて、後々まで苦しむひとたちと向き合った。最初は一緒に痛みを味わって泣くことしか出来なかった。けれど、親の代わりに心の底から信頼できるひとと知り合うことによって、その苦しみはいくらでも乗り越えられるのだと教えてもらった時から、そして、自分の体験を通して、性別や年代を超えて、ひとと命綱を握り合う関係を作ることが可能なのだと知った時から、自分のなすべきことが見えた。誰でも、メンターを心から望むひとはメンターと出会えるような環境を作りたい。だれかと命綱を握り合うことによって、そのひとの心の耐性は、信じられないほど強くなる。生活環境を変えることや、かつて追った傷を取り消すことはできないが、心が強くなることによって、それを乗り越えることが可能になる。ひとつの手段だけではリスクが高い。様々な手段でその課題に迫りたいと思う。自分が生涯かけて向き合うテーマは、家族の問題なのだと確信している。世の中はますます、殺伐になっている。しかし、うまく言えないが、世界は、私たちが目で見ただけでは想像もつかないほど、豊かで愛情に満ちている。神様のご加護がこれほどあるのだから。私たちが気付かないだけなのだ。こういう世の中に自分が生まれてきた意味を、忘れまいと思う。
2004年03月01日
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