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2003.10.21
ジュンク堂書店
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「最高にめかしこんでこいよ」
ケータイを折りたたみながら駅前の路上にいるオレに接近してきた女のシルエットしか認識できなかったのは、駅構内の照明がバックライトになっていたためだった。しかしオレはその黒いシルエットだけで、忘れていたmimiの顔や、話し方や動作といったそのほとんどの特徴を思い出していたのだった。京都へ行ったときに彼女が着ていた洋服や、京都の景色、タクシーの運転手の顔、祭りの賑わい、二の腕や距離感、そういったものをほとんど思い出すことができた。オレの記憶の中からmimiに関する記憶を引き出すインデックスは、彼女のシルエットだけで十分だったのだ。これから彼女と話さなければならないことは、恐ろしくたくさんあるような気がオレはしてした。
自転車を移動させるための作業をしていたオレに近づいてきたmimiの気配を感じて振り向くと彼女は、オレの間合いのかなり深い位置、距離にすると30センチも離れていない場所に立っていた。我々の関係でこの最初の立ち位置の距離は、どう考えても近すぎるとオレは思った。この距離ではまるで恋人同士だ。
シルエットが示していた通り、彼女はルーズなファッションで現れた。上には茶とこげ茶の横縞の丈の長いカーディガンのような形のニットをざっくりと羽織っていて、下は足に沿ってスリムなカタチのアースカラーのジーンズだった。
埼玉じゃそういうカッコ、流行ってんの?
「いや流行ってるってわけじゃないよ、どちらかというとmimiオリジナル系?」
なんていったらいいかわからないけど、ヤンキーみたいだぜそれ。
「えーまじで?ヤンキーじゃないでしょ?mimiヤンキー嫌いだし」
ピアスじゃらじゃらしすぎじゃねえの?それが最高にめかしこんできた格好?
「ううん、だって学校帰りだし、いつもと同じ格好。」
どうやら彼女は、「従属」ではなく「友好」を選んだようだった。
誕生日のプレゼントを買うのを忘れたことを告げるとmimiは本当にがっかりしたような声で「まじで?」を連発した。
これの前日カラコと話していて、オレは彼女に本を贈る約束を一方的にしていた。それは司馬遼太郎の「国盗り物語」だったが、なぜカラコにこれを贈ろうとしたのかその理由は少し複雑なので省略するとして、とにかく「国盗り物語」を買うために本屋へ行かなければならなかった。
プレゼント、本でいい?
2つの用事を同時に済ませられるという効率的な考え方を思いついたオレは内心小躍りし、自動的にmimiへのプレゼントは本に決定した。
「えー、本ってなんだよ本て。クルマくれるんじゃなかったのかよ」
なにか誕生日のプレゼントを買ってやると話したときにmimiはクルマか家を要求していた。オレはその要求も、そのジョークから派生するであろう会話も完全に無視し、池袋ジュンク堂書店へmimiを連れて向かったのだった。
「っこれ全部、本屋?」
ビックリガードへ向かう五叉路の中央分離帯の切れ目に立ってジュンク堂に臨んだmimiは首を上に向けて感嘆の声を吐いたのだった。ジュンク堂7階建てのビルは前面ガラス張りになっていて、内部の照明が外に向かって拡散していた。窓に面したエスカレーターが半透明のエメラルドグリーンになっていて、ビル全体がネオンサインを発光しているようにも見える。
巨大な本屋を目の当たりにして驚きを隠そうとしないmimiにつられてオレも改めてジュンク堂を眺めた。幻想的な近未来のメトロポリスを象徴しているようにもこの建造物は見えた。これほど存在感のある本屋のたたずまいをオレは他に知らないかもしれないとも思った。
「へぇ、なんか高級そうな感じ」
横断歩道を渡り自転車を停めてジュンク堂店内へ入った。
常にオレの後ろ50センチの距離を保ちながら歩いているmimiは店内に入ると少し声のボリュームを下げてそういった。
1階にある15メートルもの長さを持つフロントには、会計をするためだけのスタッフが20名以上並んでいる。20台以上のレジの前にはいつも会計を待つ客が列を作っている。7階もあるフロアの書籍の全ての会計が1階で行われているのだった。レジを打つ若いおねいちゃんはみな一様に黒髪だった。たとえばカラオケ屋のバイトによくいるような日本語の不自由そうなおねいちゃんは一人もいなかった。ワゴンには新刊が平積みになっていて、飾り棚には注目本コーナーがある。無駄なスペースを使って本が並べられている。立ち読みならぬ座り読みするためのサロンが端のほうにあって、そのほとんどの席が難しい顔をした読者で占められている。
「カゴで本買うの?」
「国盗り物語」は全部で4巻あるし、mimiにもなんとなく2冊ぐらいは買ってやるつもりでいたから、人に贈る本を汗や手垢で汚さないためと、多くの本を持ち歩くための利便性を考えてカゴを手に取ったのだが、mimiはそのことについても「カゴで本買う人初めてみた」というふうにいちいち驚いた。
100坪もあろうかという3階の「日本文学」のためのフロアに並ぶ本棚は出版社・作者順にソートされていて、オレはまず新潮文庫の「し」の棚を探したがそのときもmimiはオレの後ろ50センチのところをぴったりとついて離れなかった。
人に本を贈るときに一番困るのは、本にはいつも生々しく値段が刻まれていて、商品としての価値を贈る相手にはっきり知られてしまうことだった。出来れば価格やバーコードやナンバーは本の外観を損なうし、見えないところに書いて欲しいと常々思っている。
国盗り物語を全巻とってカゴにいれた。1、2巻には斎藤道三、3、4巻には織田信長のことが書かれている。どちらかというと斎藤道三編の方が面白い。これはカラコだけではなく、こすりつけにもぜひ読んで欲しい。
mimiも読むか?というと「えー、国盗り物語?読まないよそんんなの、だって国盗りだぜ?ダサくない?」いやこれが面白いんだって、歴史エンターテイメントの最高峰だぜ?「いや、やめとく。国盗りに興味ないもん」
実はmimiに贈る本は最初から決めていた。
正確には、贈る本の作家だけ最初から決まっていた。次にオレが向かったところは村上龍の本棚だった。ジュンク堂における村上龍コーナー、ハードカバーの本棚の場所も、出版社毎に分散して置かれている本棚の場所も熟知していたから、オレは迷わなかった。
先ごろmimiは、偶然手にした村上龍著による本に挟まっていた名刺に書かれていたメールアドレスにアクセスして、その顛末をこの楽天日記で克明に報告していた。平行世界ゼロ、という奇妙な名前の名刺が生んだmimiの物語を、オレは楽しみにしていた反面、リスクを省みない彼女の鋭角な行動力に、内心はらはらしてもいたりした。
しかし平行世界ゼロの件があったからmimiのために村上龍を選んだというわけではなかった。この日記サイト「リバース」の冒頭で引用している文は全て村上龍の名前が書かれた書籍からのものであることが示しているように、村上龍はオレが尊敬している作家の一人であり、だいぶその影響をオレは受けていると思う。
mimiに贈ろうと思いオレが手にした村上龍の本のタイトルは「希望の国のエクソダス」と、そして「愛と幻想のファシズム」だった。
「愛と幻想のファシズム」を最初に読んだのは、夏休みの読書感想文コンクールで入賞した記憶があるから、中学か高校かそれぐらいの頃だったと思う。「愛と幻想のファシズム」というタイトルだけに惹かれて読み始めたものだった。CDのジャケ買いと同じような感覚かもしれない。以来、オレな幾度となくこのファシズムを読み、もはやオレにとってのバイブルといっていいだろう。
1年かそれぐらい前にフランスにこの本を薦めたが、彼は買ってもなかなか読み始めず、読み始めてもなかなか進まず、しかしやがてついに、先日読み終えたらしく、「俺なりに楽しめたぞ!!」というメッセージが届いた。次に彼が挑戦するのは「姑獲鳥の夏」という分厚い本だがそんなことはどうでもいい。オレはmimiに、フランスとファシズム談義ができるかもしれないぜ?という触れこみでこの本をアッピールした。
贈り物としての体裁を整えるためにサービスカウンターで包装してもらう時間と、これからmimiと話すべき時間の重さを考えた場合、どちらかというと重要なのは後者のほうだったから、ビニール袋のまま彼女にプレゼントとして差し出した。包装されていない緑色のビニール袋を見てmimiは少し不服そうな顔になったがオレはあまり気にならなかった。キミといる時間のほうが大切だと思ったんだよ。そういうとmimiは納得したように「確かにね、包装紙は破られて捨てられる運命だけど、時間はいつまでも思い出になって消えないもんね」
mimiはまれに、はっとするような言葉を使うことがある。オレの言葉を補完するようなセリフをこのときmimiは言って、一瞬オレを驚かせたのだったが、そのことをすぐに伝えなかったのは、次に食事をする店をどこにするか考えていたからだった。
ジュンク堂から駅前に引き返すための道のりの途中に、コ洒落た店が建ち並ぶ一角がある。そこを目指してオレは歩いたが、mimiは今自分がどこにいるのかわからないような顔になりながら、やはりオレの50センチ後ろをぴったりと歩いているのだった。
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最終更新日 2003.10.21 21:57:41
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