2005.09.18
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 仕事を終えたジャージと合流したのは、松本城の大手門前だった。
 薄明かりの街灯の下で待つ我々を見つけもジャージは、軽く顎を揺らして確認したことを知らせるだけだった。ルーフキャリアのついた大きな紺色のワンボックスから降りてきたジャージは、笑顔を差し向けるでもなく、助手席の荷物を無造作に後ろへ移動させて、フロントシートを空ける作業をした。再会を祝うでもなく、長旅の疲れをねぎらうでもなく、「2人とも前や」とだけ短くいった。身のこなしには隙がなく、表情には無駄がなく、ただ淡々と必要なことだけを指示し、必要なことだけを話すジャージが、私は嫌いではない。

「メシはどうする?前にゆうてた中国薬膳ならすぐこの近くやねんけど」
「ビール飲みたいんだけど、飲んでもいいと思う?」
「あかんやろな」
「ヤクゼン食べたい。ヤクゼンってどんなの?香草とかあたし好き。体にいいんでしょ」
「ビール飲まずに中華ってのはちょっと考えられない。別荘についてからメシ、てのはどう?」
「どっちでもええで」
「ヤクゼンにしようよ、絶対ヤクゼンがいい。だっておいしいんでしょ?わたし運転するから。こうみえても運転好きだもん」


 ジャージに誘導されて川沿いの小さな店に入った。店内は虎を描いた水墨画や、エキセントリックな骨董品や、黒檀の家具で調度されていた。よくある中華料理屋と何も変わらないんじゃないかとも思った。
 大皿が次々と運ばれてきた。注文した時点ですでに多すぎるような気がしていた。食いきれるかどうか、自信がなかった。
 麻婆豆腐を口にした。皿の上に乗っかっている麻婆豆腐をしばらく見た。ミミと目を合わせた。「おいしい!」ミミは何を食ってもおいしいというに違いなかった。ジャージを見た。すこしニヤリとしながら、彼は顎を揺らすだけだった。咀嚼した。経験したことのない味だった。甘くもなく辛くもなく、濃くもなく薄くもなく、新しくも古くもなく、全ての目盛りがゼロを指していた。特徴がつかめないのに、おいしいと感じた。不思議な味だった。中国茶のような香りがしていた。それも薬膳という先入観があったからかもしれない。
 豚の角煮もおいしかった。なんだろう、味の粒子が舌を刺激し脳に信号を送った挙句の「おいしい」という感覚ではなく、どちらかというと映画を見ているときになんだかわからないけど涙腺が緩んでしまった、という感覚に似ていた。

 食いきれるはずがないと思われた料理は全てなくなり我々は店を出た。
 ジャージのワンボックスが先導し、ミミが運転するキューブでジャージの家へ向かった。ミミの運転は予想したほどあぶなっかしくはなく、左に寄りすぎて路肩スレスレだったこと以外は安心していられた。
 ほどなくジャージ邸に到着した。一軒家、それも2LDKという贅沢な間取りの家だった。都会だったらいくらの家賃で借りられるだろうか。
 ジャージがシャワーを浴びている間、外に出てタバコを吸った。きれいな空気をタバコの煙で汚しているような罪悪感を少しだけ感じた。
「あたし長野に住もうかな。だってこんな家にすめるんだよ、絶対長野だよ」
 たしかに仕事さえあれば、こういうところに移り住むのも悪くはない。しかし私はミミと違い、よく考えてからでないと大事なことは言葉にできないタイプだ。

 ジャージの荷物をクルマに積んだ。別荘を目指して出発した。


 間取りでいえば2LDK。しかしリビングダイニング20畳、洋間10畳、和室10畳、森林を一望できる露天を兼ねた浴室には、3人ぐらいは一緒に入れる浴槽が配置されていた。ミミはダイニングに備え付けられたのカウンターに腰をかけて、「あたしここに住みたい!」と無茶なことをいった。私は掘りごたつ式のテーブルを囲む畳敷きのリビングに横になっていた。「ここ気に入った。住みたくない?住みたいよねえ?」とミミはしつこく話しかけてくる。
 確かにこんなゴージャスな家に住みたくないわけはないんだけど、そもそもここは他人の家だし、住むとしても仕事とか金とかどうするの。という現実的なことを言うは面倒だったし野暮ったい。「うん、住め」とだけいって。畳と座布団に寝転がる心地よさにしばらく浸った。

 別棟から布団を運び出したり、シンデレラ城を探検に行ったりした。シンデレラ城は、ジャージが勤める会社社長しか使えないとのことだった。4つあるゲストルームの全てがホテルのような内装になっていた。
 ひとしきりの仕事を終え、リビングに戻った我々は、あとは大阪から来る連中を待つだけになった。ウノとオセロを持ってきていて、鞄から取り出して遊んだ。ルールが全員うろ覚えだったため、説明書を読むところから始めたウノは、神経質な駆け引きと大胆な戦略が必要な複雑で面白いゲームだったことを再認識した。
 ジャージの携帯が鳴った。大阪組が到着したらしい。まだ深夜1時前だった。

 水割りを飲み干したミミは新しい酒を作りにカウンターへ向かいながらいった。
「願いがかなったんじゃないの」
「まあね、キラーン☆」





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最終更新日  2005.10.09 00:07:02
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