2005.09.19
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 タイヤが砂利を踏みしめる音が静寂を破った。
 もう1台のクルマが到着したようだった。やがてドアの音がして、にぎやかな話し声が聞こえてきた。解放感が気配で伝わってくるようだった。出迎えることも考えたが、やめて待つことにした。玄関の扉が開いてにぎやかさのボリュームが上がった。ミミが入り口のほうに目を向けた。ぞろぞろという足音がした。

 《こすりつけ最高》と《カラコ》と《PCB》が入ってきた。
 丸い顔をさらに丸くしたこすりつけは、視線を私に向けたまま放さなかった。荷物を置くときもビールを開けるときも、座るときもしゃべりだすときも、ずっと私の目を見たままだった。逸らしたほうが負けというルールのゲームを仕掛けているようだった。こすりつけの表情は笑っていたが、態度はひどく挑発的だった。
 PCBはどういうわけか、最初から座る場所が決まっているかのように、迷わず窓に近いところに座った。輪の中に積極的に関わるでもなく、外れてふてくされるようにするでもなく、どっちつかずの見えない線上に位置取りPCBは寝そべった。南海の黒豹のような風貌を持つ彼は、自身の存在感を打ち消そうとしているかのようだ。
 カラコは髪の毛を柔道のヤワラちゃんのようにまとめている。モデルのように長い手足と白い肌は、ヤワラちゃんとは似ても似つかない。しかし今日は白い肌が余計に白さを増しているようにも思えた。それが車酔いのためなのか、美白ファンデーションのためなのかはよくわからなかった。カラコはリビングではなく、台所を背にしてカウンターの中に立った。あたかも自分の領分だというように腰に手をあて、リビングにたむろす我々を俯瞰するポジションについた。

 「おーう、ちょっ!なんやもう飲んどるん?!」
 50メートル離れた隣の別荘にまで聞こえそうなぐらいの大きな声がした。《おおフランス》が入ってきた。どういうわけか、アコースティックギターを持って現れた。ギター以外の荷物は誰かに運ばせたらしい。ブルーズを4ビートのスイングにして刻みながら、プレスリーのような足取りで入ってきたフランスは、完全に自己陶酔しているようだった。サビを決めてポーズをとって、じっくりとリビングを見渡すフランスの顔が、いつもよりちょっとシャープになっていた。
 「ま飲もうや、ちょおれにもビール持ってきてんか?や、その前に荷物置かんとな、あそうやこの別荘どんな間取りやん?どんな間取りなん?どないなっとん?ちょジャージいつまで飲んどるんはよ来いや、え?結構ひろいやんけ、な、な、こんらなんでもできるなあ、なジャージ何してもええんやろ?ええな。あジャージこら結構広いやんけ」

「フランスちょっと痩せた?」
 シャープになった顔つきのことをきいてみた。
「そうやって言われるのがな、めっちゃうれしいねん」
 フランスの代わりにこすりつけが答えた。
「最近ジムに通い始めて、めっちゃ健康的になってる」
 カラコが補足説明を入れる。
 フランスは照れくさそうに笑いながら部屋を出た。

 邸内をひとしき探索し終えたフランスが席についた。すると自動的にビールやつまみが運ばれてきて宴会が始まっていった。自動的にといっても、飲みたい者が勝手に冷蔵庫からビールをとりだして誰かに振る舞い、カラコやカラコの指示を受けたジャージが、つまみの袋を開けたりした。
 松本城ではおもいがけずロマンチックなイベントに遭遇したことや、中国薬膳が思いのほかおいしかったことなどを報告したが、彼らは話の内容など聞いておらず、人の顔を見ては笑いものにしたり、標準語がそれほどめずらしいのか、話し方を真似ては大喜びしていたりした。
「なんだよバカにしてんの」
 そうやって彼らの挑発に乗ることが、逆に増長を招くのだということを知りながらも抵抗してしまう私も、あまり成長はしていないようだ。


 いつの間にか風呂上りのような洗いざらしの髪になっていたカラコはパジャマで、必要なぶんのつまみを用意し、足りなくなったビールを補填し、疲れて酔って昂ぶった男どもの話に相槌をうった。ミミは酔いつぶれた。私は飲み続けた。
 全員が、好きな時間に好きなことをしていた。「集団」としては、全く機能していなかったが、それに対する危機感は誰も持っておらず、私もこの状態が妙に気に入っていた。

 ベッドを二つ繋げてキングサイズにしたフランスは満足そうだった。酔いつぶれたミミもベッドに運ばれた。リビングには、カラコ・こすりつけ・PCBと、私が残った。まだ飲み足りないといえば飲み足りなかった。
「中村不思議の言うことにはな、かなり無理がある」
こすりつけが挑発的に、かつ真剣に語り始めた。

PCBもやんわりとこすりつけの意見に追随した。
「私」の名前が《中村不思議》だ。
 これから中村バッシングを始めようとでもいうのだろうか。

 彼らのいう中村不思議とは、間違ったことを平気でいうが、間違ったことを言ってるとわかっていても、最後まで自分の意見を押し通そうとするのが特徴だという。そしてそれが嫌われる原因であるとも、好かれる理由であるとも。
 その観測はあながち外れてはいないと思われたが、根本にずれがあった。中村不思議は自分の意見を、間違いと思って伝えてはいない。正しいと思っているから曲げようがないのだし、正しいと思う論理があるから押し通される。
「じゃああれか、戦争に行けといわれたとする。死んでこい言われたようなもんや。しかしそこで逃げたら捕まって銃殺刑になる。どっちにしても死ななあかん。そんな選択を迫られる局面でも、自分の意見を曲げないといいきれるか?そんな状況になったらな、個人の正義なんてクソミソやで」
 自分を守り、生き延びるために戦争に行く道を選ぶだろう、と私はいった。こすりつけは、家族を守るために身体を鍛え、逃げられるところまで逃げるといった。現代のミサイル戦争では、逃げられるところなんかどこにもない、とPCBは分析した。パジャマ姿のカラコは、男どもの話聞くともなく聞いていた。
 結論など出るはずもないテーマで話した静かな宴会は、明け方近くまで続いた。いい酒を飲んだような気になった。






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最終更新日  2005.10.09 00:07:41
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