2005.09.20
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 目が覚めた。口の中が酒臭かった。身体は睡眠を欲求していた。周りのベッドはどれも抜け殻だった。起きたくなかったが、起きることにした。腹が減っていたし、リビングがだんだん賑やかになってきたからだ。
 お湯が沸かされていた。カウンターにはコーヒーが準備されていた。窓の外を眺めながらストレッチをしていたのはフランスだった。彼にとってこの朝はとてもすがすがしいようだった。コーヒーが運ばれてきた。まだ完全に目をあけられなかった。口の中のねばねばした感じを、コーヒーでぬぐった。するとどこからか、ピアノの音が流れてきた。この曲は、「ラジオ体操第一」だった。
 一人二人と、自動的に立ち上がっていった。つられた私も立ち上がってしまった。
「最初どんなんやったっけ」
「聞いてたら思い出すやろ」
 全員がテーブルを囲むようにして立ち上がり、広げた手がぶつからないような距離を保って、等間隔の輪になった。
「はい腕を伸ばして背伸びのうんど~う、いち、に、」
ラジカセから流れるほがらかな声とピアノの伴奏につられて、全員が一斉に動き出した。みんなオトナなのになぜラジオ体操なのかと考える猶予もなく、疑念を差しはさむ余地もなく、ただ示されるまま動き、伴奏につられて踊った。
 そして踊り終わってもみんな照れくさそうにするでもなく、次の行動に切り替えたり、踊り足りなかった者はラジオ体操第二のほうもやろうとしたが、誰も振りを思い出しきれず、やがてうやむやになっていったりした。


 髪の毛を洗っていると、こすりつけの笑い声が聞こえた。なにか不穏な気配を感じてつむっていた目を開けた。すると開け放たれた窓の外から、フランスがベランダを伝ってやってきていて、ちょうど手にしたカメラを構えたところだった。レンズはまさに下腹部を向いていて、カメラマンフランスの表情は、サバンナのライオンかカナディアンロッキーのエルフを追い詰めたときのハンターのようになっていた。銀色のデジカメの持ち主はカラコかミミのはずだった。ことの重大さに気付いた私は、何食わぬ顔でベランダ側の窓を開けにきたこすりつけの老獪さと、それに気付かなかった自分の愚かさとそして、フランスのイタズラにハメられてしまった悔しさに舌打ちした。
 まだ髪の毛しか洗っていなかったが、写真に撮られてはかなわないと、逃げるように浴室から出た。しかしそのとき遠くから、「もう撮らへんて、撮らへんからゆっくりシャワーでも浴びたらええがな!!」という言葉をきいた。
 その言葉が天使のささやきのようにも感じられ、安心してまた浴室に戻って、洗い忘れていた身体をまた洗いはじめようとしたそのときだった。
 またしてもベランダに黒い影があらわれた。フランスだった。天使のささやきは悪魔の誘惑。今度は違うカメラを持ってきていた。「なんでおまえおるんっ?!さっきあがるゆうてたやんけ!!」フランスは少し戸惑いをみせたがそれでも容赦なくカメラをかまえた。
 ゆっくりシャワー浴びろといったのはそっちのほうだろう、とは言う暇もなく、赤いレーザーポインターがへその下5センチあたりを指し、レンズは至近距離で私の急所に射程をあわせていた。
 逃げるようにして、こんどは本当に浴室から出た。
 カラコやミミのデジカメに納められたはずの写真の存在を確認しようと彼女らに懇願すると、2人とも口裏をあわせたように「もう消したから」とか「カメラの調子が悪くて」とか、明らかに誰かに入れ知恵されたようなせりふを並べてつれなくそっぽを向いた。それきりまともにとりあってはくれなかった。
 絶望的な朝だった。

 腹が減ったからということで、クルマで出かけることになった。温泉に行くだとか、観光に行くだとか、色々な噂はもれ伝わってきていたが、何一つ確かなことはわからなかった。
 いくつかの候補を挙げて全員の希望を聞き、最大公約数的なプランを打診して決定し、決定事項を報告する。といった手続きは一切なかったし、そもそもプランを用意しているはずのジャージからして、「とりあえずメシ。その後のことはクルマの中で決めたらええ」というような感じだった。
 フランスのクルマに7人全員が乗り込んだときも、荷室にはわずかなスペースしか残っておらず、買ってきた食材や飲み物を置くスペースはないように思われた。


「なんやあれ、思い出グラスて、ほりえじゅんか!?」
 フランスが道路沿いの施設を指してジャージにきいた。真新しい観光施設だった。
「このへん空気がきれいやろ?ガラス工芸もさかんなんや」
 ジャージがこたえた。
「ここ帰りよったらええやん?!パターゴルフもあんねんな、パターゴルフもやったらええやん?!やったらええやん?!」

「そうやな」
 ジャージは余計なことはいわなかった。
「あの、稲が全部横倒しになってるのは何?台風でもあったん?」
 こすりつけがきいた。見ると水田一区画だけ、ほとんどの稲が倒れていた。
「いや、あれは風とか、根が弱くなる肥料を使ったからとかやな」
 ジャージがこたえた。
「ミステリーサークルじゃない?ミステリーサークルって、人が踏みつけてるんだよね?なんでそんなことするんだろう、UFOじゃないって知ったときちょっとショックだった。UFOであってほしかった!」
 ミミは人の話をほとんどきいておらず、話題を超常現象に切り替えたがった。

 水田地帯のど真ん中、御殿のようにそびえたつのはジャスコだった。
 これがニッポンの豊かさの象徴かそれとも搾取の前線基地か、というようなことも考えられないほど腹を空かせていた我々は、眼が欲しがるまま高カロリーな洋食セットを注文し、運ばれてくるや否や瞬時にほとんど食べつくした。このときほど、多様化する消費者のニーズにこたえてくれる巨大資本のサービスに感謝したことはなかった。というのは言い過ぎかもしれないけれども。

 バーベキュー用の食材を買ったら一旦別荘に帰る。その後温泉に行き、行けたら他の観光地もまわる、という予定が組まれた。たぶんそんな時間はないと思われた。できることなら別荘でだらだらとゆっくりして、あまり余計なことはしたくなかった。口に出しては言わなかったが、そういうスケジュールになることを強く願った。強く願えばなんでも叶うと、割と本気で信じている。






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最終更新日  2005.10.09 00:08:18
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