2005.09.26
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「な、やっぱりメールにしよか?今1時やろ?返事かえってくると思う?微妙やな、おまえこの中から誰か選べ」
 ジャージの携帯を差し出してフランスはいった。いたずら電話ではなくいたずらメールになった。確かに、携帯の持ち主本人になりすまして相手をだますには、電話よりメールのほうが簡単そうだった。
 「標的」の性別は女性に絞られた。悪戯の効果や衝撃が大きいのは、同性より異性だからだと思う。メール送受信の回数や、その日付が近いかどうかなどが標的抽出の条件となった。名前で性別を判断し、文面で親密度や距離感を測った。
 やがて一人の候補があがった。「小笠原 綾」という名前だった。
「よし、あやちゃんいっとこか。どんなメールにしたろ?」
 フランスがメールを入力した。表情は次第に鋭利になっていった。当人に深刻な被害を与えるかもしれないいたずらを仕掛けるときにフランスは必ずこんなになった。今朝風呂で盗撮していたときも同じような表情をしていたことを思い出した。そうかあれは今日の朝に起きたことだった。破天荒な行動、抑制の効かない思考。フランスを脳科学で分析したらきっと、犯罪者として分類されるに違いない。

「できた!!おくっちゃう?な、おくっちゃう??やっぱやめとく?どうする?」
 フランスが躊躇した。判断をゆだねられても困る。この件に関しては極力責任を放棄したい。常識的に考えたら止めるべきだろう。しかし続きが楽しみでもある。
「あー送ったった、送ったった!!どないしよ、大変なこっちゃー、大変なこっちゃでー!」

『そんな話はどうでもよいので、とりあえず今すぐチンコしゃぶりにきてください!!』
 とりあえず、大笑いした。

 余韻の静まる間もなく、次の人選が始まった。リストから「標的」を抽出するのが、どういうわけか私の仕事になっていた。受信フォルダだけではなく、送信フォルダにも着目した。口説き途中の女がいないか調べるためだった。すると、
『ダブルベッドが届いてやっと部屋らしくなりました。快適ですが、ひとり寝の寂しさが身に沁みます。』
 というメールを見つけた。
 要約すると、「私の部屋に泊まりにきませんか?」ということだった。しかも同じ文面で5人の女に送られていた。「こいつ悪いやつだなあ。」と思わず口をついて出た。
 たしかに、それほど悪いこととは思えない。同じ男だからよくわかる。しかし女の倫理観で照合すると、大罪になる行為だった。おねいちゃんと遊ぶことに罪はない、でも彼女にバレたら大変だ。それと同じ理屈である。
 フランスも同様の反応を示した。
「なんやこいつ!同じメールを5人に送っとんのか!必死やながはははははは」
 ふと見ると1件、微妙に違う文面のメールがあることに気付いた。
『・・・身に沁みるとです。。(ヒロシ風)』

「ヒロシ風やて!明日ジャージの前でさりげなく、『○○するとです。。カッコ・ヒロシ風』てゆうたろか?わざと。あいつ気付くと思う?」

 ジャージの携帯が鳴った。ドラクエの主人公がレベルアップしたときに流れるファンファーレだった。
「なんや、返事きたのか!」
 フランスは大喜びした。受信フォルダには「小笠原 綾」とあった。『今すぐチンコしゃぶりにきてください』というようなことを送った相手だった。
『無理です!そういうことは河上先生にしてもらってください!』

『無理は承知のお願いです!!もうパンパンに破裂しそうなんです!!』
 フランスはすぐに返信した。そういったやりとりが何度か交わされた。その都度、ノリのいいシャレのきいた返事が返ってきた。
 ふと、調子がよすぎる、と思った。女だと思っていた「小笠原 綾」は実は男なんじゃないかという仮説が立てられた。

 フランスはメールを送り続けた。送信ボタンを押すたびにフランスは、
「あー送ったった、送ったった!!どないしよ、大変なこっちゃー、大変なこっちゃでー!」と必ず言ったが、大変なことをしている自覚は最後まで芽生えなかった。
『大人のチンコ博覧会のチケットを2枚入手しました。もしよかったら一緒に行きませんか?大人のチンコ博覧会に。』
と送ったメールの返事は、『はあ?』だった。
 確かに「はあ?」というしかない。最もまっとうな反応に、フランスは大喜びした。私も大笑いしてしまった。フランスのイタズラは確実に誰かに伝わっていて、その影響は計り知れなかった。

「最後にイタ電して終わりにしよか?おまえこのユキちゃんに電話かけろ」
 ユキちゃんは、ジャージの携帯の中で、近頃最も頻繁に送受信が行われていて、かつジャージのことを尊敬しているような態度を示す女の子だった。「標的」としては、一番得点の高いところにランキングされ、すでにフランスのいたずらメールは送られていたが、それに対する反応はこれまでになかった。
「マジっすか隊長、私には無理であります。」
「いいからはよかけろや、歯磨いてくるから、その間にかけとけよ!」
 フランスによる最後の命令が下った。
 兵士が戦場で、「右を向け」と命令されたとする。
 なぜ右を向かなければならないのだろうか。右を向く行為がここで本当に必要なのだろうか。そもそもこの命令は信頼がおけるのだろうか。そもそもなぜ命令に従わなければならないのだろうか。というようなことを延々と考えていたら、確実にアタマを撃ちぬかれる。だから兵隊は、上官の命令に即座に反応するためのトレーニングを繰り返して、命令にたいして即座に反応できる身体をつくりあげる。そうしないと生命を維持できないからだ。

 電話をかけた。3コール目で相手が出た。「はいもしもし?」女の声がした。知らないはずの女の声が懐かしく感じられた。自分の声がこれから誰かに影響することになるかもしれないと考えたら怖くなってきた。
「まいど」
 ジャージの声色を真似て言ってみた。すると女は深夜2時、迷惑がる風でもなくむしろ嬉しそうに「まいど」といった。こんなに嬉しそうに、深夜2時の電話を受けてくれる女がいるだろうか。すこしジャージに嫉妬した。
「めっちゃ好きやねん」
 下手な関西弁を真似ていった。これはイタズラだ、ということはわかっていた。わかっていたはずだったが、電話の声がいつまでも耳に残っていた。めっちゃ好きになったのかもしれなかった。

「どや、かけたんか。」
「うん、かけた。」
「なんてゆうたんや。」
「めちゃめちゃすきやねん、て。」
「そしたらなんて?」
「知らん。切った。」
「あほか!」
 フランスは、ジャージの携帯を正確な元の位置に戻した。
 そうして夜は終わっていった。






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最終更新日  2005.10.09 00:12:21
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