小説を書こう!

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2007.09.22
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 仕方がないので、私はもう少しだけ記憶を拾い集めていくことにした。

 小学校一、二年生の頃の記憶は、やはり私にはほとんど無かった。それでは小学校三年生の時は……。

 私は思考の流れをストップしようとした。三年生の時のあの出来事を思い出してしまいそうだった。あの出来事の記憶は、自分の心の底に何重もの箱で囲って閉じ込めていたのだ。もし思い出してしまうと、あの言葉を今言われたかのように鮮明によみがえってきて、体の震えが止まらなくなった。
小学三年の時のあの出来事……。

 私はあの日、給食当番だった。
 私はその日のデザートの担当で、白衣を着てリンゴが一杯入った銀色のアルミ製の入れ物を調理場で受け取り、二階にあった私の教室まで運ぶことが私の仕事だった。
 調理場の前の受け渡し場は他のクラスの給食当番もたくさんいて、混雑していた。四時間目の授業が早めに終わった時は、誰もいないガランとした受け渡し場に一番乗りすることができたのだけど、その日の四時間目は、チャイムが鳴って少したってから終わったのだ。
 私は両手で、台から慎重に入れ物を持ち上げる。そして振り返ろうとした時だった。運悪く私のすぐ後ろに立っていた他のクラスの給食当番に腕が激突してしまったのだ。後ろをよく確認しなかった私のミスだった。その衝突の衝撃で、入れ物の片方をつかんでいた右手からアルミの取っ手が滑り落ちる。そして、アルミ製の蓋の床に落ちるガターンという音と一緒に、リンゴが全て床に落ちてしまったのだ。私には一瞬何が起きたのか分からなかった。
 給食を床にぶちまけてしまうという「事故」は、学校でも時々発生していて、その時の給食当番がしなければならない事はまず給食で汚れた床をきれいに掃除して、それが終わると他のクラスを一つずつ回って、その給食のあまりを少しずつ集めてくる事だった。
 当然私は、手を震わせながら床に落ちた全てのリンゴを拾い上げた。そして今度は足を震わせながら、「リンゴ余ってませんか?」と言って他のクラスを回って行った。逃げ出しそうになる自分の体を懸命に押さえつけて、イントネーションのおかしい声で、「リンゴを床に落としてしまったんですが……」と言い続けた。
 死ぬような思いをして、結局リンゴは二分の一くらい集めることができた。いや、二分の一くらいしか集めることができなかったと言うべきかも知れない。当然、クラスの全員が食べれるわけがない。そこでジャンケンをすることになった。このジャンケンは、先生とクラス全員が一斉に出して先生に勝った者を勝者とするもので、うちのクラスでは、何かを決める時によく行われたのだ。
「ジャンケンポン!」
 先生の声がクラスに響く。
 結果は、三分もたたないで決まった。私は別に勝ちたいとは思っていなかったけど、「私いりません」と言う勇気がなかった、ただそれだけでそのジャンケンに参加していた。そして、運悪く勝ってしまったのだ。
 クラスの当番の男子と女子の二人が、前に出てきて、「いただきます!」と言う。やまびこのように、その後に続いてクラス全員が「いただきます!」と言う。その直後だった。
「え?」
 私が顔を上げると、すぐ横に誰かの人影が立っていたのだ。
「誰かさんのせいでリンゴが食えなくなったのに、誰かさんは食ってやがる」
 私は驚いて横を見上げると、ジャンケンに負けた男子生徒が一人、憎々しげに私の顔を見下ろしていた。
 クラスは、水を打ったように静まり返った。
 それに反比例するように、私の耳の中に聞こえる私の心臓の音は、大音響で私の鼓膜を震わせる。私は体の中が燃えるように熱くなっていく。そして、顔をうつむかせ、スカートごと足の肉を思い切りつかんだ。
「私、いらない……」
 私は精一杯の勇気を振り絞ってリンゴの入っている器を上に持ち上げる。こんな時にどのような顔をしたらいいのか分からなくて、引きつった作り笑いを顔に浮かべながら。
 男子生徒は、リンゴをつかんだ。だけど、リンゴの入っている器をつかんだというわけではなかった。リンゴをそのまま右手でわしづかみしたのだ。そして、そのリンゴを力一杯私に向かって投げつけたのだ。
 リンゴは私の頭に当たって跳ね返り、どこかへ飛んでいった。
 すべてが一瞬の出来事だった。だから私は、一体自分の身に何が起こったのか理解できずに、その男子の顔を茫然とみつめることしかできなかった。
「お前ごときにめぐんで欲しくない!」
 男子生徒は片目を極端に細め、ゴミを見るような目で私の顔を見下ろし、そのゴミの上に吐き捨てるように言った。

 その後私がどのような態度を取り、その男子生徒がどのようにして自分の席に戻ったのか、そのシーンだけは私の頭の中からどこかへ落としてしまったのか、全く憶えていない。もしかしたら、どこかへ落としたという以前に、あの時のシーンはもともと私の頭の中へ詰め込まれなかったのかもしれない。電気のブレーカーが落ちるように、あの時の私の目や耳は働きを止めざるを得なかったのかもしれない。
 だけど、ブレーカーが落ちる前の光景は何度でも私の前によみがえってきた。学校で国語の授業を受けていて教科書を音読している時も、学校から帰る途中の通学路を歩いている時も、今で家族で夕食を食べている時ですら目の前に幽霊のように姿を現した。そして、あの時のあの男子生徒の顔が、何度だって私に、「お前のめぐみなんか受けない!」と言うのだ。しかもその声は、まるでリアルタイムで吐き捨てられているかのような生々しさをいつも備えていた。






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Last updated  2008.11.03 20:48:17


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