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【群ようこ/ぬるい生活】◆ほどほどの生活が一番心地よいこれまで数々のエッセイを読んで来たけれど、庶民的で共感が持てて、何よりおもしろいなぁと思ったのは群ようこのエッセイである。群ようこは小説も書いているし、それなりに読める内容だが、私個人としてはエッセイの方がだんぜんおすすめだ。 『ぬるい生活』は群ようこが50歳を迎えようとしているころから、ちょうど50歳を迎えたころまでの連載を文庫化したものである。女性なら必ず通るであろう更年期についても触れられていて、ものすごく参考になる。たとえば「精神の健康」という章では、更年期障害の酷い友人について書かれている。シングルで仕事もバリバリやって何事にも一生懸命の彼女は、あるときパニック障害を起こしたと。体が丈夫だとうまく更年期と付き合っていけてるような錯覚に陥りがちだが、実は肉体の健康もさることながら、メンタルの健康もさらに大切なのだと語っている。 「現代は体よりもまず精神が丈夫でないとやっていけなくなっているのである」 なるほどと思う。当たり前のことだけれど、これだけストレスにさらされていると、自分のメンタルがマヒしてしまい、知らず知らずのうちに自分に対してムリを強いている場合もあるのだ。心と体のバランスを取るのは意外にも難しい。(更年期ではない世代だって難しい。) さらに、「少し希望がみえてきた」の章では、更年期障害の酷い友人が、それこそ藁をもつかむ思いであの手この手の治療に挑戦したことについて書かれている。こんな治療があるのかとびっくりしたのは、ホメオパシーというものだ。これは、「病気に対する同毒療法」とのこと。つまり、ヒ素やトリカブトなどの毒性のものを利用して、体内の毒素を排出するらしいのだ。(人間が持っている免疫を利用するものなのか?)これが画期的に効いたらしい。このように、群ようこを取り巻くシングルの友人たちとのユニークな交流や、ひそかに始めた小唄と三味線のお稽古事についても、おもしろおかしく描かれている。 結婚する自由もあるし、しないという自由もある。シングルでも充実した毎日を過ごせれば、それはそれで良いのではないか?群ようこは三十代以上未婚で子どもなしの、世間で言う「負け犬」の部類に入るのかもしれないけれど、可愛いネコちゃんに支えられてそれなりに楽しい生活を送っているようだ。シングルで中年に差し掛かった女性には、癒しともなり得る必読の書である。 『ぬるい生活』群ようこ・著★吟遊映人『読書案内』 第1弾はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾はコチラから
2016.01.27
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【仏レポ/玉宝寺 五百羅漢】 小田原まで足をのばしたのはすでに一か月も前のこと。小田原城見学が目的で出かけたのに、なんと耐震工事中だった!北条早雲が小田原に城を構えて関東八州を掌握したのは有名だが、その天守閣から眺望を楽しもうと思って出向いたのに、、、残念。 昨年末の12月は本当にあたたかく、冬とは思えない小春日和が続いた。おかげで着ていたコートを脱いで歩くほどだった。散策するには持って来いの、風もなく穏やかな天候。小田原は年末の活気にあふれていた。 「さて、どうしよう?」と、次なる目的地を考えたところ、市内に五百羅漢で有名なお寺があることを思い出した。天桂山玉宝寺である。玉宝寺までのアクセスは至って簡単。小田原駅より伊豆箱根鉄道大雄山線で五百羅漢駅まで5分ほど。下車後、歩いてすぐのところにある。 私が出向いたとき、本堂の扉は閉められていたが、おそるおそる中に入ってみた。すると、なんということだろう!ところ狭しと並んだ羅漢像に、思わず笑いがこみ上げて来た。なんだかわさわさした賑やかさなのだ。パンフレットによれば、合計526体もの羅漢像が安置されているとのこと。立像の方は高さ36~60cm、座像の方は20cmあまり。とにかくおかしな表情をしている羅漢像ばかりで、こちらまで愉快な気持ちにさせられる。ホンネを言ってしまうと、手をあわせて拝みたくなるような重厚感とか威圧感のようなものはない。どちらかと言えば、大勢のご隠居さんたちが暇を持て余して誰かが来るのをてぐすね引いて待っていたような気さくなものを感じた。 重要文化財として指定されてはいないようだけれど、仏像入門とでも言うのか、楽しく拝観するには最高のモチーフだと思った。羅漢像以外では、弁財天・毘沙門天・十一面観音などが安置されていたが、さすがに風格があって頼もしい存在である。とはいえ、様々な表情を見せて癒しを与える羅漢像は、圧倒的に庶民の味方!おもしろいものが好きな方、こちらの五百羅漢を眺めてぜひともユニークな気分を味わっていただきたい。 作家のいとうせいこうが、その著書の中で語っていたように、「仏像は帰化しないガイジンであり続けている」のだから、珍しがって眺めるだけでも充分にまっとうしているのではなかろうか。あられもない言い方だが、功徳のための拝観というより、遊山のための観光の方が健康的かもしれない。興味のある方は、ぶらりと出かけていって本堂の中をゆっくりご覧下さい。
2016.01.17
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【万能鑑定士Q モナ・リザの瞳】「あ、万能鑑定士QのQって、どういう意味ですか?」「取材はお断りします。絶対に答えません」「えっ、それくらいいいじゃないですか、Qの意味・・・」「それは言いたくないんです!」「いや、名前の由来くらい教えてくれてもいいんじゃ・・・」このお正月に見ることになった作品としては、ちょっと軽すぎた。前回が『セッション』でメンタルを痛めつけられるハードな内容だっただけに、今回見た『万能鑑定士Q』はお茶の間向けドラマにも思えてしまった。原作は松岡圭祐で、数年前からその名を度々見かけるようになった人気作家である。『ダ・ヴィンチ』ブック・オブ・ザ・イヤー2015とか『本の雑誌』、あるいはブックリスタ年間ランキング2015などで見かけるヒット・メーカーだ。(ウィキペディア参照)松岡圭祐の作品は入試問題への採用も多いらしく、受験生の皆さんにとっては要チェックの作家であろう。とはいえ、今回は原作を読んでいないため、映画としての評価、感想を言わせていただくことにする。 キャスティングを見ても、決して重々しい作品ではなく、むしろ万人受けするように明るくユニークなテイストに仕上げられている。もちろん内容はミステリーなのだが、そこにこだわりは見受けられず、徹底してお茶の間を意識したものに感じた。 ストーリーはこうだ。万能鑑定士Qとして働く凛田莉子のもとに、ルーヴル美術館アジア圏代理人兼調査員である朝比奈がやって来た。朝比奈は、莉子の卓越した鑑定眼を見込んで、臨時学芸員の採用試験を受けるよう推薦に来たのだ。というのも、フランス・ルーヴルが所蔵するレオナルド・ダ・ヴィンチの名画『モナ・リザ』が40年ぶりに来日することとなったからだ。冴えない雑誌記者の小笠原悠斗は、さる事件で莉子の天才的鑑定眼に興味を持ち、密着取材を続けるが、莉子の渡仏を知り、自費で追って行く。パリでは見事試験に合格し、莉子はもう一人の合格者、流泉寺美沙とともに研修を受ける。そんな中、莉子は講義を受けているとしだいに体に変調を来たし、持ち前の鑑定眼が狂っていくのだった。一方、来日した名画『モナ・リザ』は、陰謀を企むフランス人窃盗団に狙われていた。 「日本映画として初めてルーヴル美術館での撮影に挑む」というふれ込みだったので、かなり話題になった。ルーヴル美術館でのロケは、『ダ・ヴィンチ・コード』以来というから凄い。日本映画もなかなかやるじゃないかと褒めてやりたい。興行的にもまずまずだったようなので何より。好き嫌いがあるから、一方的な批評はしないつもりだが、パンチの弱いサスペンスはせめて演技力でカバーするかどうにかして欲しい気がした。いろんな制約があるのかもしれないが、フランスの街並とかスタイリッシュなムードをもっと押し出しても良かったように思える。日本のどちらかの美術館を貸し切ってルーヴル的なセットをこしらえたように見えるのでは意味がない。ルーヴル美術館のかもし出す、格調高く優雅な雰囲気がそこかしこから漂う映像美を期待していただけに、残念でならない。とはいえ、キュートで屈託のない綾瀬はるかや、粗削りだが野心の見え隠れする松坂桃李ファンにとっては、必見の作品であろう。 2014年公開【監督】佐藤信介【出演】綾瀬はるか、松坂桃李
2016.01.09
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【セッション】「あなた、ショーン・ケイシーを知ってるかしら? 亡くなったの。先月、部屋で首を吊って」「そのことと僕と、何の関係が?」「彼は鬱病を患ってたの。フレッチャー先生の生徒になってからよ。彼の遺族は経済的に厳しいから裁判にはしないと言ってるわ」「・・・じゃあ、何を望んでいるんだい?」「二度と同じような生徒を出さないことよ」新年最初の映画はこれ、『セッション』である。昨年のうちに視聴する機会はいくらでもあったのに、いろいろとあって今に至る。お正月、家族で見る映画としてはどうだろう?たまたま私は一人で見た。居間のこたつに足を伸ばし、ミカンをパクつきながら。アカデミー賞で5部門にノミネートされ、3部門で受賞したということなので、それはもう大絶賛の作品であることはよく分かる。(ウィキペディア参照)とはいえ、軽いノリと初笑いの感覚で楽しもうと思ったら、この作品はエントリーミスである。青春映画というカテゴリにはムリしても入らず、ヒューマンドラマと言うならあまりに壮絶で激痛が走る。才能とは努力の積み重ねの上に成り立つものなのだという単純なテーマなら何も問題はない。もっとパラノイア的な狂信性を伴うものだから厄介なのだ。 『セッション』は、19歳の音楽学校の学生であるニーマンが、偉大なドラマーになるのを夢見て、日々血の滲むような練習に励むストーリーである。 あらすじはこうだ。19歳のアンドリュー・ニーマンは、名門シェイファー音楽院に入学し、偉大なドラマーになりたいと練習に励んだ。ある日、ニーマンが一人でドラムを叩いていると、伝説の鬼コーチであるフレッチャー教授が現われた。少しだけ期待を持ったニーマンだったが、フレッチャーはニーマンのドラムを数秒聴いただけですぐにその場を去ってしまう。その後、ニーマンの所属する初等クラスにフレッチャーが突然顔を出すと、メンバーの音をチェックするかと思いきや、ニーマンだけを引き抜き、フレッチャーのバンドに移籍するのを命じた。再びニーマンは期待感と優越感を抱きつつ、フレッチャーのバンドに参加するものの、そこは緊張と恐怖に支配された過酷な現場だった。さっそくスティックを握ることになったニーマンは、テンポが違うとフレッチャーにさんざん罵られたあげく、ビンタされ、椅子を投げつけられ、矯正された。ニーマンは悔しさから必死で練習を重ねた。手の肉が裂け、血が噴き出し、何枚もの絆創膏を貼り直しながら、ドラムを叩き続けた。やがて、ニーマンの努力が報われたかと思いきや、フレッチャーは有能な新人ドラマーをつれて来た。ニーマンに心休まるヒマなどなく、フレッチャーによってギリギリまで追い詰められていくのだった。 『セッション』を見ている間じゅう、肩に力が入り、手が汗だくになる思いがした。それだけ視聴者を夢中にさせる作品だという証拠だ。主人公は、鬼コーチによって有頂天にもどん底にも突き落とされる。個人的には、この鬼コーチの行為は虐待とかパワハラとかSMとも受け取れる。血の滲むような練習が必ず花を咲かせるのだというメッセージが込められているのなら、100倍救われた。だがこの作品は違う。才能が芸術として開花するのは、周囲を蹴落とし、自分だけの世界観を確立し、狂信的深みにどっぷりと浸かることなのだと。将来のことなど考えてはいけない。親兄弟はもちろん、他人のことなどこれっぽっちも考えるな。自分・自分・自分!なりふりかまわず、開き直れ!ラストのドラム・ソロからは、仏教でいうニルヴァーナを見たような気がした。 年頭に視聴するには多少ハードな作品だが、何かにギリギリまで打ち込みたいと思っている方ならば、骨の髄まで励まされること間違いなしだ。 本年も吟遊映人をよろしくお願い申し上げます。 2014年(米)、2015年(日)公開 【監督】デミアン・チャゼル 【出演】マイルズ・テラー、J・K・シモンズ
2016.01.02
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