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暑いですね!ほんと、ここ数日の暑さはバリバリの夏って感じ。これまで涼しかったので、余計に暑く感じるのでしょう。極端に短い夏を惜しむように、こんな夜、遅い時間なのにセミが鳴いています。セミも面食らっているのでしょう。いま、2階のベランダに出て、火星を見てきました。天体望遠鏡、壊れて使い物にならないから10倍の双眼鏡で見ました。今夜はよく見えています。くっきり西側が明るく輝いていました。望遠鏡ならもっと大きく見えたのになぁ。でも6万年ぶりの火星大接近って、すごくロマンがあります。今から6万年前の地球ってどんな時代だったんだろう?新聞によるとネアンデルタール人がいた時代だそうな。
2003.08.25
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暑~い、厳しい暑さの日曜、小田原・畑の学校で、畑で育てた藍を使って、生葉染めをした。参加者17名程度、夏休みなので3家族が休みとなった。今年は天候不順だったので、生育があまりよくなかった。というより初めての場所だったので、土そのものの状態がはっきりわからず、タデアイの方は、肥料を施さなかった。そのため片方は、まあまあの生育状況、もう一方は全然、定植した状態より少し育った程度、土の悪さがもろに生育に影響した。それでもなんとか必要量の藍を確保し、藍染めを行なった。染め方は9/10の日記を参照してくださいね。画像でその雰囲気を紹介します。夜に画像アップします。
2003.08.24
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弊店の8月はほとんど教室をしませんが、今年は二つあります。一つは今日の起業セミナー(第8回)、これは毎月第三水曜日、開催しているもの。もう一つは、24日の小田原の畑の学校、これも毎月やっているもので、レギュラーコースはこの二つ。教室の準備をし始めると、夏休み気分が抜けていきます。正直いうと、8月いっぱいは夏休み気分でいたいな。怠け者のクマはいつもそう思います。秋は、春と並んで教室やセミナーが目白押しとなります。秋風が吹いてくると俄然、楽しい仕事のやる気がわいてくるんですよ。いま、秋からのわくわくする企画を、真面目に頭の中でぐるぐるめぐらしている一番楽しい時期。これからワクワクする企画、少しずつ日記に書いていきますね。蒸し暑い中、起業セミナーに5名の受講者(夏休み中なので、子供さんのことでお二人、あと仕事が休めない方がお一人欠席)があり、ありがたいことです。今日のテーマは「個人でいくか、法人でいくか、会社の作り方のポイント」。いつものように受講者と一緒に楽しい2時間のセミナーでした。
2003.08.20
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9日の土曜日は台風で大荒れの天気だったので、店は開けませんでした。それ以後、夏休みでしたので、今日が10日ぶりの店の営業開始日です。これだけ間隔が開くことは、まずありません。ということで今日は、すごく新鮮な気分で仕事をすることができました。やはり人間には、時々、非日常的なことをしたほうがいいのではないかと思います。さあ、初心に戻って、一生懸命、楽しい仕事をやろうっと!秋からわくわくする新企画の仕事を考えています。その前に、片付けなければならない仕事が山のように残っています、フーッ!
2003.08.18
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今晩、越前・福井から戻ってきました。北陸は1週間のうち、1日だけ雨に降られましたが、それ以外はカラッとした夏の日で、地元のニュースでは「海水浴日より」といていました。Uターンラッシュといわれて高速道路の渋滞が心配でしたが、一宮~小牧、浜松、吉田IC付近での10キロ程度の渋滞だったのと、沼津では30キロだったので、清水ICで出て裾野ICでのるという迂回策が功を奏し、順調に帰ってこれました。楽天日記、1週間ぶりです。久しぶりに皆さんの日記を楽しく読ませてもらいました。越前、加賀、能登の旅行記、明日から思い出しながら綴ってみたいと思っています。
2003.08.16
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気の抜けた旅行記第二弾。6日間の北陸旅行で唯一、雨の1日(8/14)に加賀・金沢を散策しました。東山の茶屋町、兼六園、金沢の台所・近江町市場、繁華街の片町、香林坊。昨日の能登と違って、加賀百万石の都・大都会の散策は雨傘と一緒、しっとりした雅の街をゆっくり歩きました。東山の茶屋町は一瞬にして江戸時代へタイムスリップさせてくれます。加賀百万石の華やかな面影が随所に見られる町。お腹が減ったので、金沢の台所・近江町市場へ、ここは元気な声が飛び交いすごく威勢がいい、20分くらい並んで、能登牛丼、いくらうに丼、海鮮丼を注文、並んで待った甲斐がありました。兼六園はお盆の期間、無料開放日で運がいい。何だか得した気分。傘をさしながら、しっとりした庭園をゆっくり散策。金沢の一番の目当て、工芸品を買いに片町の石田漆器店へ。漆器に加賀友禅が組み込まれた工芸品を買いました。クマはこれから愛着持って使うペンにしました。ニコニコ!いよいよ明日は乗馬だ!
2003.08.15
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気の抜けた旅行記になってしまった。これを書き込みしているのは9月の9日、半月も経っていまさらでもないだろうと思う。日記一覧で見ると8月は夏休みだったせいで、日記の書き込みが半分くらい、怠けていたのが一目瞭然、でも、約束している部分があるから一気に書き込みしないと。8/13は能登半島一周、福井~北陸道~金沢~能登有料道路~穴水~ボラ待ヤグラ~宇出津~恋路海岸~珠洲~蛸島~禄剛崎~奥能登塩田村~曽々木海岸~時国家~千枚田~輪島~キリコ会館~金沢~福井 約400kmの行程だった。時間切れで、能登金剛へは行けなかった。15年ぶりの能登、観光客も少なく全般に元気のない能登だった。しかし日本海の深い藍色が旅情を誘ってくれた。千里浜のなぎさドライブウエイ(浜辺のただの砂浜上・8kmの砂道)一度走ってみたかったからいってみたが、延々と海水浴客が道の両側にテントを張って、海水浴を楽しんでいた。小さな子供達が多いのでゆっくり車を走らす、海水浴シーズンをはずさないと。・禄剛崎(朝日と夕日の見える奥能登先端の岬)http://www.nsknet.or.jp/~akira_n/DC_suzu_rok2.htm ・恋路海岸http://town.uchiura.ishikawa.jp/kanko/kanko.htm ・観光スポットの感想ははしょって、輪島に近い白米の千枚田の駐車場で地元のおみやげを売っていたおばあちゃんと仲良くなった。山本さんという「この絵葉書のこの人がわしなんよ」という話しから、ペチャクチャ話しが弾んだ。小物をもらってしまったので、一緒に写真を、茅ケ崎へ帰ってから、礼状と一緒に送った。旅は知らない人と知り合えるのが一番うれしいこと。http://www.city.wajima.ishikawa.jp/kankou/senmai/senmai.html 揚げ浜式塩田で塩作りの一部を体験した。あたらめて海水から天然塩をつくるの先人の知恵に感心した体験だった。砂の上へ木の桶をつかって、弧を描くように海水をまくのが楽しい。「初めてやってそれだけできれば、上等!」と師匠から誉められたのがうれしかった。妻と長女は海水が均一ならず苦労していた。http://www.suzu.co.jp/suzucci/kigyou/enden/enden.htm 輪島・キリコ会館で幻想的なキリコをみれたこともうれしかった。閉館まであと数分というときにかけ込み「もうおしまいですか?」と聞くと「いえいえ、大丈夫ですよ、ゆっくりご覧下さい」とやさしい言葉、「神奈川からいらしたんですか、それはそれは、映画を見て祭り気分も感じてください」と、お言葉に甘えて映画も見た。私達だけのために40分も閉館時間を延長してくださり、恐縮してしまった。ありがとう、館長さん。http://dir.yahoo.co.jp/Regional/Japanese_Regions/Leisure_Facilities/Art_Museums/Ishikawa/003510/ 一日動き回ったので、お腹もぺこぺこ、輪島・日本海の海鮮料理をだすこじんまりした店、弥生町の「季節料理・おなじみや」へ、頑固な主人とかわいい奥さんが切り盛りしている店。美味な海鮮丼を堪能し、暗い道を一路、福井へ。 明日は金沢!http://www.wajima.or.jp/
2003.08.14
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前日、書ききれなかったので、日にちを越境しました。「りうぜんそば」を食べたあと、曹洞宗の総本山・永平寺へ(正確にはいまは総本山は鶴見の総持寺です)門前にお土産屋さんがいっぱい軒を連ねています。私も店をやっていますから、つい門前町のお土産屋さんたちを見て、商売繁盛しているかなと思ってしまいます。かつてのように物見遊山の旅行はドンドン減っているから、商売は大変だろうなと、余計なことを案じてしまいます。お盆ですが、旅行客は少ない感じ。永平寺は行かれた方は多いのでは、私は初めてでした。厳しい修行の場でしょうが、見学する人が多く、こんなにざわついていて修行なんぞできるのかなと変な心配をしてしまいます。現在260名余の修行僧が日夜、修行に励んでいるそうです。しかし七堂伽藍の見学も壮大で、歴史を感じ、感銘するんですが、何だかシスティマティックになり過ぎていて、大いに違和感を受けました。ただ感心したのは仏教の教えの貴い言葉がいくつも紹介されていて、「う~ん!なるほどな」と気づかせてくれたことです。その中の一つの言葉「無常ならざるもの」を紹介します。 生まれたものは死に 会ったものは別れ 持ったものは失い 作ったものはこわされます 時は矢のように過ぎ去っていきます すべてが「無常」です この世において無常ならざるものはあるでしょうかこの後、一乗谷の越前・朝倉家の遺構を訪ねましたが、この「無常ならざるものが」の言葉がそのまま見事に一致して感慨ひとしおでした。もう一つ感銘を受けた仏法の言葉「どう生きるか」 生まれて死ぬ一度の人生を どう生きるか それが仏法の根本問題です 長生きすることが幸せでしょうか そうでもありません 短命で死ぬのが不幸でしょうか そうでもありません 問題はどう生きるかなのですまだまだ興味深い教えがたくさんありました。書ききれないからこの辺で打ち止めしておきます。永平寺について詳しくはつぎをクリックして見てください。http://www.mitene.or.jp/~katumin/eiheiji/soutou.htm 永平寺んぽあとは一乗谷・朝倉家の遺跡を見に行きました。福井へいったらここはぜひ行きたいと思っていたところ。約500年前に織田信長に滅ぼされた朝倉家の遺構と文化的に高い価値のある家並みを復元した谷あいです。信長に滅ぼされて焼き払われた一乗谷の城下町は、街道筋から離れていたため、その後、草木に覆われ土が堆積し、時代から忘れられた谷となり、現代まで土の下で静かに眠っていました。昭和42年以降に発掘調査が始まり、町の復元が始まったのは平成に入ってからだそうです。まるでポンペイの遺跡のようですね。http://edu00.f-edu.fukui-u.ac.jp/~andou/sakagawa/bukeyashiki.htm時代から取り残された山あいだったので、城下町の遺構がそっくりそのまま残っていたというから驚きです。遺跡や復元した屋敷町にたたずむと、本当にタイムスリップしたような錯覚にとらわれ、ぞくぞくしました。http://edu00.f-edu.fukui-u.ac.jp/~andou/sakagawa/hukugenmachinami.htm こんな山あいに京都にも負けないほどの文化の高い町が存在したとは驚くばかり。今度は朝倉家五代と浅井家の本を読んでみよっと!歴史のきらいな方にはおもしろくない日記になりごめんなさい。クマは名古屋の武家屋敷の町で育ったので、歴史はめちゃくちゃ好きなんです。すみません。キャーッ、字数が足らなくなってきた。能登の旅の話、馬に乗った話までは、なかなかたどり着けそうもありません。どないしょ!字数が足りたら書き加えますね。
2003.08.13
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越前・福井に来て2日目。昨日の長距離ドライブの疲れと三国の花火大会での疲れをとるために、午前中はゆっくりしていた。今日の予定は遠出しないということで、永平寺と一乗谷の朝倉家の遺跡と復元家並の見学。昼食は永平寺近くの「古跡館・りうぜん」。2百有余年前からつづく永平寺流そばを食べさせてくれる店。古くから皇族を始め、文化人、作家、芸能人など著名人がいまなお数多く訪れる店、店内に飾られた写真や色紙がそれを物語っている。この店は長女が「おいしい団子もあるから」と連れてきてくれた。「りうぜんそば」なめこ入り大根おろし、じゅんさい入りとろろそば、ごま風味の三種類の味が楽しめる「りうぜん」を代表する一品。「雲水そば」なめこ入り大根おろし、じゅんさい入りとろろそば「せいろそば」の三品を注文、名人が打ったそばはいわずもがな、地元で採れた材料を贅沢に使ったたれとあいまって絶品でした。なかでも「精進しぐれ」「これは貝のしぐれではありません。古くから永平寺の精進料理として知られて参りました「生ふ」で出来た精進のしぐれです。やわらかくて風味よく栄養豊かな珍味です」と説明が書かれてあった。食事が終わったころ、偶然、店主の山本平義さんが後片付けにでていらしたので、「あの~、額に入っている言葉いいですね」と話したら、ニコニコされて、「書いたもの、差し上げましょうか」という、「エッ、いただけるんですか」「えー、どうぞどうぞ」といって館の方へ案内してくれた。「そうですか、茅ヶ崎から、それは遠方から、どうもどうもありがとう」と山本さん。「娘が案内してくれました」というと「それはよい娘さんをお持ちだこと、親孝行して」と誉めてくれた。それから「これもどうぞ、これも、こちらももっていってください」とどんどん心に響く言葉が書かれた書(八種)をくれた。すごく嬉しい。お忙しいのにそれから20分ほどお話をさせていただいた。「茅ヶ崎といえば、寒川さんの門前に団子屋さんがあるでしょ、私は、いまでもそこと交流させてもらっています」と意外な話まで広がりました。穏やかに話される山本さん、一緒に写真をとらせてもらった。そのとき「こんな格好じゃだめだから、いま作務衣を着てくるからちょっと待ってて」とこまやかな気配りをしてくれました。ジェントルな山本さんは多くの著名人に愛されている方です。 ありがとうございます山本さん。お礼の手紙書きますね。「また訪れるのはいつになるかわかりませんが、いつまでもお元気で」といって握手させてもらったら、力強く握り返してくれて、ひんやりした手の感触が気持ちよかった。「そうか、やはり、そばを打つには冷たい手の方がいいからだろうなと納得」越前の初日からいい出会いがあり、とても幸せだった。八種の書については、機会あるたびに紹介します。食事を終えて、隣の「だんご茶屋」へ、永平寺の団子だそうだ。甘さ控えめで、お餅といい、うまい!http://www.jeims.co.jp/riuzen/ 永平寺と朝倉家の遺跡(一番のおすすめ)は、書けなくなってしまいました。後で書き足します。画像もあとで。
2003.08.12
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今日から1週間かけて、越前、加賀、能登の国めぐりのはじまり。北陸は旧地名で呼んだ方がしっくりするような気がする。越前、能登はよほど縁があるか、目的がないとまず一生、行けない地域、わたしもこれまでの人生のうちで、一回しか行っていない。もっと遠い北海道なんか数十回行ったことがあるのに。今回も長女が福井にいるから、行けたようなもの。(長女に感謝)妻と一緒に久しぶりに550キロの長距離ドライブ。7:30茅ヶ崎発、朝の通勤ラッシュにぶつかり、東名・厚木ICへは8:22、普段の倍もかかってしまった。愛知県小牧付近の事故の影響で、渋滞、名古屋ICで出て東名阪道路で一宮ICへ迂回、15:45、長女のマンションに着、8時間かかった。フーッ!長女は馬術部の仲間と越前・三国の花火大会へすでに出かけていた。電話があり「三国の花火大会、すごいから、見においでよ」「う~ん、疲れているから、家で休んでいるよ」「もう見れないだろうから、絶対見たほうがいいよ」というので「じゃ、行くよ」ということで、6時前にマンションを出て、九頭竜川の河口へ、もう三国は車の乗り入れが禁止されていたから長女とは、別々に川を挟んだ対岸で花火を見ることになった。すごい人、臨時駐車場に車をとめて、延々、2キロは歩いただろうか。http://www.mikuni.org/ そういえば東名の浜名湖SAで、なんと「三国花火大会ツアー」という東京の観光バス数台を見かけた。ということはそれだけ何かがある花火大会なんだなと思った。気持ちのいい川面の風に身をゆだねていたら、7時半ころ、突然、見事な大輪の花火、2尺玉だそうで、それはそれは見事だった。それが海中花火大会の序章で、あとはもう大玉と海中花火の饗宴が1時間続いた。とくに海中花火は圧巻で、海面から扇形の花火が度肝を抜く迫力、茅ヶ崎や横浜、熱海も見たけど、三国に比べればかわいい花火。http://www.sunset-beach.net/msb/hanabi.html 「う~ん、これなら東京から観光バスを仕立てて見に来ても、大満足、期待を裏切らず、見に来た甲斐はあるなあ」と思った次第。後半はこれでもかこれでもかといった感じで、大玉の海中花火で圧倒されてしまった。いまだに花火の爆裂音が頭に残っている。毎年8月11日と決まっているそうだ。来年、夏に北陸へ行かれる方は、ぜひご観賞下さいね。画像は下記をクリックしてください。http://www.sunset-beach.net/msb/hanabi.html
2003.08.11
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10日から17日まで、夏休みとなります。金沢、能登、福井、若狭へ、妻とゆっくり旅してきます。(福井に長女がいるから)美味しいものと温泉が目的、若くないって証拠かな。若い頃の旅って、アウトドア派だったから、まず体を動かす目的が第一でした。海があれば、ヨットか、カヌーか、潜るか、波乗りは苦手、でダメ、あとキャンプしながら温泉三昧(北海道ではほとんどこのパターン)、それとマウンテンバイクか有名な山があれば、山歩き、気持ちのいい草原や高原があれば、ぽくぽくトレッキング、ほんとにこんなことしていたのかと懐かしい。結婚してからは妻もほとんど連れて行ったし、子供ができたら、いろいろな経験をさせようと、1歳未満でも連れて行きました。いま思うと冷や汗ものだけど、そのお陰で、娘達は一人で生きていく術を身につけたと思っています。ちょっと脱線したけど、独立してから、海外旅行以外で、1週間家を空けるのは、初めてです。どうなることやら。日記の更新、17日までお休みとなります。
2003.08.09
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クマは、いろいろなメルマガを購読しています。その中で、今日、フムフムと思った内容のものが、ありました。その中の一部を転載します。タイトルは『スマートライフでいこう~楽しむ人の考え方~』こんどの弊店の起業セミナーで使わせてもらおっと!石井式(*^_^*):石井章子さんの文章です。つぼみ”になっちゃおう! 最近の私… 「やってみたら?!」といってくださることは、 自分の実力関係なく、『やりたいと思ったら』させていただこう! と受けています。 傍目から見ていて、実力があるのに何故? やろうとしないんだろう… と思う方がたくさんいらっしゃいます。 私は皆さんに『やりたいと思ったなら、とにかく、やっちゃおう!』 といいたいです。 例えば… どんなに今の自分が小さくても、 旗を揚げると(起業する・何かをするために動くなど)見えてくるこ とがあります。触発される方々に出会う機会も多くなる。 最初は、どぎまぎして… 自分が小さく見えて、さらに自信がなくなるかもしれません。 でも… 先に旗を揚げた方々は、 決して一生懸命やってる者を見下すことはされません。 いろいろアドバイスくださいます。 チャンスをたくさんくださるんです。 最初から咲いてる花はありませんものね。 『何かやろう!』と思った瞬間に “つぼみ”になっているのだと思うんです。 その世界に初めて出るから、 自分を守るために固い鎧を着いて小さくなっているだけ。 もらったアドバイスやチャンスを栄養として受け取って 膨らんで咲いて欲しいと思います。 そう思うんです。 皆さんが、それぞれの色で、それぞれの個性で咲いていたら 素敵だなぁと思う私です。 (自分への言葉でもあります(^_^;)) まずは、“つぼみ”になりませんか? どんな花になるのか? 自分を楽しみたいと思う最近の私です。 ではでは(^^)/またねWebにも、載ってるよ~♪http://www.eikousha.com/webbook/ishii/
2003.08.07
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「くまがいの家族のもですが」「はい、ちょっとまってくださいね。M先生、ここにいませんから」このM先生、父の主治医、ホスピスへ入所するまでお世話になるドクターだ。看護師が電話で話している。「明日いらっしゃる予定だったのではないですか?」「ええ、でも、心配だったので、今日来ました」「そうですか、先生、今日は病院内にはいませんから、話は明日になりますよ」「ああ、そうですか、父の様子は、どうなんですか?」「本当は先生と話をされてから、面会してほしいのです~」「えっ!面会できないんですか?どうしてですか?」「くまがいさん、何だかむずかしいこといっていますから」と何だか要領の得ない話。「先生からの話は、明日聞きますが、面会できないって、どういうことなんですか?」とちょっと声を荒立てた。「ええ、あのう、そういう風にいわれていますかので・・・・」話がややこしくなるので、要領よくまとめると、次のような訳があった。父は病院のスタッフに「息子に心配させないように、絶対、勝手に連絡しないように」と強くいっていたそうな。息子が見舞いに来るなどと予想だにしていなかったはず、ところが、そんなところへ、のこのこと見舞いにきたら、話が違うんじゃないかということになってしまう。ということで病院のスタッフは歯切れが悪かったのだった。
2003.08.06
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昨日の不吉な電話の声が、ずーっと、頭から離れない。いつもは脳天気な私もさすがに気持ちが落ち込んでしまった。「どうして父からの電話でなくて、病院からなのか?」「電話も出来ないほど重態なのか?」「意識がないのか?」「いったいどうしたのか?」悪い方へ悪い方へ考えは巡ってしまう。そうした確認の術を持ち合わせていなかった。頑強な父は、浜松で一人で生活していた。母は七年前に他界している。姉は名古屋、兄は長野とみんな離れている。今年のお正月に「おやじ、今年こそは、茅ヶ崎で一緒に暮らすように準備するから、涼しくなった秋にするよ」と話した。すると父は「おお、そうか、そろそろかな、ゆっくりでいいから」といった。「おや?いつもとちがうな」去年までは「まだいいよ、こっち(浜松)でゴルフとか、好きなことをやっているから」というのが口ぐせだった。そんな父と5日前に電話したばかり。私は自営だから、時間は自分の思いどおりになる。自分が父の面倒を見ないと、というより、このときくらいしか親孝行はできないと思った。明日(6/1)浜松へ行く予定を早めて、今日にした。やはり心配だったから。午前中、開店の準備をしてから、私は東名にのり、一路、浜松へ向かった。こうした理由で浜松へ行くなどとは夢にも思っていなかった。東名はトイレ休憩しただけで、浜松三方原聖隷病院へ直行、午後2時半頃に到着。呼吸器病棟のナースステーションへ向かった。母もこの病院に入院したので、七年前の情景が急によみがえった。心臓の動悸が少しずつ速くなっていった。
2003.08.05
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昨年の7月23日、父は天国に召されました。やっと1年が過ぎました。長かったような短かったような、昨年の今頃は、ポカーンとした脱力感で夏を過ごしていたような気がします。1年経って、父と暮らした2ヶ月を、何も書き込みしない日に、書き綴っていこうと思っています。よろしくお願い申し上げます。02年5月30日それは誰の身の上にも、いつか必ず起こることだけれど、誰しも。もっとずーとずーと先に来て欲しいことでもある。それは一本の電話から始まった。店へ家の義母から「もしもし、いま浜松の病院から電話があったんだけど、電話欲しいといっていたよ」という極めて何の変哲もない電話だった。しかし、その言葉を聞いて私は一瞬、背筋が凍りついた。体の中に、青空だった天気が一転、かき曇って、真っ黒い雲が拡がっていくような、なんともいえないような不安というより、怯えた気分を抱いた。「何だろう?親父に何かあったのだろうか?つい4日前、電話で話したばかりなのに」心臓がドキドキした。しばらく経ってから病院の担当科へ電話した。「もしもし、熊谷ですが」「ああ熊谷さんの息子さんですね。あのー、主治医のMがお父さんの事でちょっと話したいことがあるんですが、こちらへこれませんでしょうか?」「え!、父の事ですか?」「ええ、28日から入院しているんですよ、まだ息子さんへは絶対、連絡しないようにと、いわれているんですけど、ちょっとお話したいことがあるんで」「そうですか、わかりました。明日、そちらへ行きます」と答えるのがやっとで、足ががくがくした。これが、それから2ヶ月、怒涛の日々が始まるプロローグに過ぎなかった。(つづく)
2003.08.04
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二日つづきの花火の話題です。ちょっと自慢になってしまいますが、すみません。クマの家は平坦な茅ヶ崎では特異なところにあり、標高が40mくらいあります。急に高くなった高台です。眺望は2階のベランダや、ちょっと頑張って屋根(陸屋根なので踏み台があれば楽にあがれる)に登ると、左から鎌倉の丘陵、江ノ島、三浦半島、茫洋とした相模湾、湘南海岸、伊豆大島、利島、平塚、大磯の湘南平、小田原、真鶴半島、伊豆の川奈崎が見えます。西北側には、箱根連山、富士山、丹沢、厚木方面とぐるっと一望できます。家(旭化成ヘーベルハウス)を建てた当時は、屋上仕様がなかったので、残念でしたが、こんど、リフォームできたら、屋上をつくろうかと思案中です。ということで、夏の各地の花火大会、逗子、鎌倉、江ノ島、茅ヶ崎、平塚、寒川、厚木、大磯、熱海の花火、全部、家から見えるんですよ。ただそれだけのことでなんの内容のない日記でごめんなさい。夏の暑さでボケてるかも!
2003.08.03
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今日、やっと梅雨明け、いま、サザンビーチの花火大会、見終わって帰ってきたところです。潮風に吹かれて、気持ちのいい宵でした。今年は例年の倍の打ち上げ数(4000発、でも淋しい)で、例年よりは賑やかでした。クマの育ったところは名古屋。尾張、三河地方は花火の大生産地、よって、花火大会と名がつくものは、最低でも1万発以上、大きな大会は3万発以上、そんな花火大会で子供時代を育ったから、千発単位などという花火大会は、大会といえない。神奈川県では横浜、厚木が1万発で、それでも淋しい。まあ、夏の風物詩なので、ポン、ポンと打ち上げられていても、それはそれで楽しみましょう。夕方、5時くらいから店の前は、ぞろぞろ海岸へ歩いていく人たちでいっぱい、車もずーと、数珠つなぎ。店の前から、サザンビーチで打ち上げられる花火よく見えますよ。ドーン、ズシーン、と音がおなかに響きます。茅ヶ崎駅の近くでは、弊店の前の道が南北に見通せるので、駅近くではベストのビューポイントです。毎年、ビーチまで行くのが面倒な人や、時間的に間に合わない人が、あるいは浴衣やアロハシャツを着たカップルや家族連れ、通勤帰りの人たちが、しばらく立ち止まって見上げています。弊店もイスをだして、ビール片手に、「玉屋~!」とまでいわないけど、夕涼みがてら花火を楽しみます。今回も私達(妻と)は店の前にイスを出して、ゆっくり花火を楽しみました。浴衣を着た次女は彼氏と海岸へ、花火デート、こんな感じです。普段は花火を見ると夏が終わる気がするのですが、今年は、梅雨が長かったので、「今夜から夏が始まった」と感じました。
2003.08.02
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