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15キロ地点まで、ずっと街の中である。沿道で走者を応援する人たちの波が途切れる様子もない。アフリカ出身の高速ランナーの一群や千葉真子さんのような招待選手のトップ集団はもうとっくの昔に通過したハズなのに、沿道を去ることなくオイラたちのような関門ギリギリのシロウト走者たちにも懸命に小旗を振って惜しみのない応援をしてくれる道民に、ちょっぴり感動した。そうこうしているうちに、走り始めてまだ1時間半くらいしか経っていないはずなのに、進行方向からトップ集団が突進してきて猛烈なスピードで対向車線を走り過ぎて行った。オイラの全力疾走のときのスピードと変わりない(笑)。それから数分して、男子選手の第2、第3集団の後を、ストーカーまがいの多数の野郎どもに囲まれた千葉真子選手が走り去っていった。ムサいオッサン・ランナーたちに囲まれて、なんだか迷惑そうだった。そういうオイラも、走り去る千葉選手の背中に「千葉さん頑張れ!」などと応援の声をかけているメーワクなオッサンのひとりではあった。やがてハーフ地点を過ぎ、そろそろ知り合いのランナーとすれ違う頃かと思いつつ対向車線を注意して見ていたところ、第1折り返し地点に向かう途中でMickeyKさんがちょっと驚いた表情でこちらに手を挙げて合図してくれた。4月のレースで3時間40分を切った彼は、すでにオイラより3キロ先を走っているのだった。しかしそれから折り返し地点までの約1キロは、中央分離帯の植え込みに遮られて対向車線を走る仲間の姿は確認できなかった。この第1折り返し地点を過ぎると、コースは極めて緩い上り坂になるとともに、往路では追い風だったものが強い向かい風となって吹きつけてきた。周りのランナーも目に見えてペースが落ちている。数百メートル前方で、レースの係員が25キロ関門閉鎖まであと2分何十秒というアナウンスを始めた。35キロ関門をゴールと考えているオイラにとっては目標どおりのタイムであったが、完走を目指しているほかのランナーたちはそれを聞いてかなり慌てたハズだ。ここでペースの落ちているみんなと一緒に走っていたら35キロ関門突破は覚束ない。オイラはここで誰も走っていない道路の中央側に寄り、潰れるのを覚悟の上で、キロ15秒くらいペースを上げた。残り17キロは維持できなくとも、35キロ地点までの10キロまでであればこのペースで走れる自信はあった。(つづく)
2004.08.31
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よかったよかった。北海道マラソンはよかった。ここ数週間忙しくでロクに走れなかった上、週末も社用で休めない可能性があったため、出走をなかばあきらめかけたオイラであったが、さいわいなことに週末の2日間の両方を休めることが判明し、「とりあえず、完走できなくとも出走することに意義がある」と自分に言い聞かせ、札幌までやってきたオイラ。...とにかくオイラは走る前から疲れていた。何んせ前の週末は仕事で徹夜だったし、ここ1週間も帰宅できるのはせいぜい9時。過去数週間の疲労もこの1週間ではちっとも取れず、土曜日に札幌に着いたオイラは42キロを4時間以内で走るには疲れ過ぎていた。「やっと土曜日に休める!」と思ったら、翌日はフルマラソン、という皮肉(笑)。そう、「市民マラソン」ではなく、国内外の一流選手を招待して開かれる由緒正しい本格的な大会である北海道マラソンは、「出場資格」がある上に「関門」のある大会なのだ。1キロを5分35秒ペースでコンスタントに42.195キロを走りきらないと、関門封鎖で強制的にバスに収容されてしまう。「マイペース」で入れる大会ではないのだ。前日の晩ホテルで開かれた「開会式」に出たオイラは、疲労のためずっと頭痛がしていた。こりゃ、明日は完走はムリだ。とりあえず「35キロ関門通過」を目標に走ろう、と決めた。当日朝。6時間半も寝たのは何週間ぶりだろう。ベッドの中で、身体の芯に疲労感が横たわっているのを感じる。このまま一日中ベッドの中でじっとしていたような気分。オイラは目を覚ました後もベッドの中でギリギリまでウダウダしていた。楽天広場のマラソン仲間とスタート会場である真駒内競技場に到着すると、スタートまでまだ2時間くらいあるというのに、参加者達は早々とウォーミングアップで走り回っている。これまでいわゆる「市民マラソン」しか走ったことのないオイラは、参加者のほとんどがスタート数時間前に会場に到着してウォーミングアップしている様子にショックを受けた。そう、オイラはこの大会への「出場資格」である「フルマラソンを4時間以内で走った記録があること」という条件を何とかギリギリで満たすことでこの大会に申し込むことができたクチであった。ほかの参加者は、招待選手は勿論のこと、いわゆる「市民ランナー」たちもそのテの趣味の人たちとしてはかなりレベルの高い連中なのだ。オイラは自分がこの大会で一番レベルの低い部類に入る事実を痛感した。正午を10分まわって、レースがスタートした。気温は17.5℃、しかも小雨。この季節のマラソン大会としては最高のコンディションである。「暑さ」を言い分けに途中棄権できなくなってしまった(笑)。しかし、真駒内競技場のトラックを半周まわって競技場を出るとき、オイラの後方には誰もいなかった。最初の2-3キロも、オイラはずっと最後尾の集団の中にいた。3キロを走って、「もうイヤだ」と思った。ここ数週間、せいぜい5-6キロしか走っていなかったし、前々日は2キロ走っただけでバテてしまい立ち止まったくらいスタミナが消失していたのだ。オイラはまだ10分の1の地点を走っている段階で、残り10分の9の距離を想像し早くも「リタイヤ」を真剣に考えていた。それから2-3キロ我慢して走りつづけるうちに身体が温まってきたのか、マラソンでいう「セカンドウィンド」というヤツであろうが、「もうイヤだ」という感覚の峠を越えて不思議と調子が出てきた。35キロは分からないとしても、「ハーフまでは行けるな」という気がしてきた。ススキノの大通りを通り抜け、三越の横の10キロ地点を通過したとき、オイラは依然として最後尾のひとりではあったが、関門時間の1-2分前に通過することができた。スタート時の渋滞による時間のロスを考慮すれば、まあ、許せる範囲内のタイムであった。(つづく)
2004.08.29
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今日、たまたまこのHPの管理ページをのぞいてみたところ、なんと父親から「メッセージ」が届いていた。言っておくが、オイラの父親は「着信したEメールを開き、返信ができるようになった」などと本気で自慢しているようなパソコン音痴である。これはちょっとした快挙だ。...きっと、このメッセージがオイラに届いたものか、半信半疑でいるに違いない。ちなみにうちの実家にはパソコンもなく(むかしオイラが使っていたものを実家に置いてきたことがあったのだが、物置に片付けられていた)、母親は「インターネット」と「ホームページ」と「Eメール」の概念弁別もできず、「インターネットをすると、薬物を買ったり七輪で自殺したりようになるから危ない」とか本気で信じており、パソコンの使用を積極的に拒否している。それはそうと、父親のメッセージの内容だが、ひとこと「君.日本に来て1ヶ月も経つというのに、実家に何の便りもしないとは、常識的にしても変ではないか?」というものである。「君」の後が句点(。)や読点(、)でなく、ピリオド(.)であるところが父親のパソコン・リタラシーのレベルを物語っている。この一文をキーボードで入力するために、きっと5分くらいは余裕で掛かっているよな、…とか思いつつ、日本に着いてから過去4週間近く実家に何の連絡も入れていなかった事実にようやく気づいた。…だってさあ、ホントに忙しかったんだから、しょーがないじゃん。仕事以外では、たまーにふとマラソンのことを思い出すほか、仕事以外のことを考える余裕さえなかったんだって。…ハッキリ言って、オイラは実家はもちろん、日本に住む(数少ない)知人にも何の連絡も入れていない。父親はたまたまこのHPの日記を読んでオイラが日本出張中であることを知ったようだが、このHPのことを知る(限られた数の)知人を除けば、その他のオイラの(数少ない)知人はオイラが日本に来ていることさえ知らない(ハズだ)。オイラは根本的に、自分がどこで何をしているかなんて他人にとってどうでもいいことだと思うので、「今日あったこと」とか「さいきんやっていること」などを知人と電話で話すとかEメールで伝え合うような習慣がもう過去20年以上、ない。そんなことがあるとすれば、それはたぶん1-2年に1回くらい、住むところとか職が変わったときくらいだ。オイラは30歳のとき日本に6年ぶりに帰国して家族と再会した時、最後にあった時はまだ高校を卒業したばかりだった妹に、2歳の娘が居るのを見て驚いたことがあるが、オイラもそのうち突然「青い目の隠し子」とか連れて実家や知人の家を訪問したら、ウケるかなあ。まあ、ありえないけど。
2004.08.25
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あれ、今何時?正午?…だいだい何曜日よ、今日。…あ、土曜か。先週から続いている連日の早朝までの残業、そしてその締めくくりが昨日、花の金曜日の徹夜残業。夕メシも朝メシも喰わずに、ほんの1時間机に突っ伏して仮眠しただけで、土曜の昼までぶっ続けに翻訳&文書作成作業。…もう疲労だの睡魔を通り越して、自分が何を感じているのか分からない。これって、雪山で遭難して凍死する時と同じような感覚か(笑)。昨日はついに上司のひとりが倒れた。当たりまえだ。2週間通して連日深夜残業+休日出勤、しかも尽きない難題の山。ひとつ山を越えたと思ったら、さらに大きな山が次から次へと立ちはだかる。これは悪夢の山岳マラソンレースか(笑)。最初は上司たちもお得意のアメリカ仕込みの「楽観主義」で自己防衛していたが、どんなバカでも自分を誤魔化せないくらい深刻な状況に自分たちがはまり込んでいることを否定のしようがないところまで追い詰められたのだ。…しかしなあ、オイラがノホホンとアメリカで仕事してた時も、日本ではみんなアメリカ本社のヘマをカバーするために日々必死になって奔走してたんだよなあ。カバーしてくれてたことがアメリカ本社には見えないから、まるで放っておいても順調であるかのような錯覚を持ってて、自分らの重度のヘマに気づかなかったのだよな、事態が最悪の結果に至るまで。いままで日米のはざまで仕事をすることで口を糊させてもらってきたオイラだが、今回ばっかりは「日米のギャップ」の埋めようのない深さに絶望だ。最悪の結果を真摯に受け止めて反省するどころか、アメリカ本社側はこの日本国でアメリカ的な方針をあくまで突き通すために、日本側と全面闘争する構えらしい。もはや日本の社員たちがいくら声を大にして「日本の事情」を必死に訴えても、聞く耳もたず。さすがオーナーはブッシュの知人だけあるワ(笑)。...あとは会社を辞めるか、馬鹿バカしいのを承知の上でアメリカ本社の言うことにただ従うか、どちらかしかない。…え、オイラがどうするかって?とりあえず、今日は部屋帰って寝るわ。
2004.08.21
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2週間ほど前にようやく修羅場を切り抜けたかと思ったら、今週になってコレに輪をかけたような全社的なドデカい修羅場がまたやってきた。今回のはホントにスゴイ。全支店のあらゆる部署がテンパっている。難題に次ぐ難題。通常業務でさえ手が回らない状態だったところに、その倍以上の手間を要する緊急業務が複数、同時に押し寄せてきている。オイラを含む管理職は、毎晩TV会議で米国とつないで、これらの難題を解決するために夜中まで本社スタッフと喧々諤々の論争を続ける。だいたいは堂々巡りで、気がつくと両者とも同じ主張を延々と繰り返している。長ーい平行線。特に睡眠不足の日本のスタッフは、深夜0時を過ぎると次第に英語で論争する元気がなくなり、回らぬロレツで意味不明な英語を繰り出しては、テレビの向こう側でアメリカ人スタッフが首を傾げているのを見てコミュニケーションギャップに対する絶望感を深める(笑)。先週土曜は休日出勤して終電で帰宅し、日曜は不足していた睡眠を何とか補給したが、月曜(実際は火曜)は午前2時過ぎ、火曜(実際は水曜)は0時半、昨日は午前3時に仕事を切り上げてオフィスを出た。今週の睡眠時間、計13時間半。毎晩夜中にオリンピック見てるヤツだってオイラよりは寝てるに違いないゾ。...関係ないけど、昨日深夜にオフィスで慌てて文書を作成しながら、15年前の卒論でほぼ2晩徹夜した末に提出期限の時刻ギリギリで論文を提出したのをふと思い出した。オイラは提出期限が12時と聞いていたのでてっきり日付の変わる深夜0時のことだと思い、かなりテンパっていたにも関わらず最後の晩も「…まだ20時間以上あるな…」なんて若干のヨユウをかましていた。しかし、研究室で同じく論文を作成していた旧友にたまたまその「20時間以上」のことを話したら、「...オマエ、何ゆうとんねん。あと10時間切っとるやないかい。」と言われ、はじめて期限の時刻が「正午」であることに気づいた瞬間、パンツの中に「ジュッ」と15ccくらいオシッコをチビッってしまった。小便をチビるくらい焦ったのは、小学時代に、まだ半分しか終わってないのに先生から音楽の試験問題を回収されそうになったとき、たった一度だけパンツの中でちょっぴり「ジュッ」となってしまったのを除くと、今のところあの大学の卒論が最後である。…オイラの神経も多少は太くなったんだろう。小便をチビるどころかオフィスでひとり屁をこきながらキーを打ってます。
2004.08.19
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すんません、数少ない訪問者のみなさん。日本に出張に来てからというもの日記を更新するヒマがないほど忙しく、また更新しようと思っても仕事以外のネタがほとんど思いつかないし、何か書こうと思ってもロクなことが書けない状態です。これから書くことも別に面白くもなんともないので、ご了承下さい。オイラは現在、再来週の「北海道マラソン」完走を目指して日々走り込んでいなければならない時なのですが、連日深夜までの残業に次ぐ残業、おまけに週末も毎週のように休日出勤。日本に来てからロクに走れていません。先週1週間の走行距離7キロ(涙)。今日は会社のビルが整備点検で終日閉鎖なので休日出勤からも開放され、「今日こそは走るデー!」と思って目を覚ますと、見事にも雨。月曜からはまた連日朝から晩までイロイロと緊急招集の社内イベントがあり、1週間で何時間寝れるのかわからないくらい忙しくなる予定。これらのイベントの結果次第では、ヘタすると北海道マラソン出走を断念しなきゃいけないかも…。ああ、こんな状況になったのももともとアメリカ本社の怠慢のせいなんで、オイラは日本の現地スタッフの誰をも恨めない。…どころか、本社所属のオイラ自身にも一部責任があったりするんで、…すんません、オイラのせいです。アホーな米国本社のせいでお盆休みがなくなった日本法人の皆さん、太平洋戦争中にアホーな大本営の方針と鬼畜な米英の攻撃のせいで命を落とした戦死者・戦災者の皆さん、オイラが代表して謝ります。...こういう時は、とりあえず念仏でも唱えるか。ヒジョーっに、厳しィー!人生、イロイロ。これで、いいのダー!。
2004.08.15
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そうそう、きのう上司に“彼女”の有無を問われて「いない」と答えた際、前の“彼女”が日本人だったのか何人だったのか重ねて聞かれたので、正直に「そのとき住んでいた場所(欧米)の現地人」と答えた。上司はそれを聞いてすぐに「ガイジン」と解釈できたらしいが、同席していた別の社員は「現地の日本人社員」と解釈していた。面倒くさいのでそれ以上説明しなかったが。オイラは大概の事物は“現地調達”に徹している。例外は書籍くらいか。学生時代は書籍さえ現地のモノ以外に目を通すことはなかった。NYの日本食レストランでバイトをしていた半年を除けば、アメリカにいた頃は30近くになって日系企業に就職するまでは日本人の知人さえいなかったよなあ。ましてやわざわざ海外に住んでて日本女性と交際するなんて考えもしなかった。うだつの上がらない中年のオッサンとなり果てた今、オイラが「ガイジン」と「交際」してたなんて日本の同僚にしてみたら想像するのが困難なのに違いない。いや、オイラ自身、いま鏡を見たら「ガイジンと交際」してる姿なんて想像するのはかなり困難だ。若い頃はなあ、オイラだって黒いエキゾチックな長髪をなびかせた「魅惑的なアジア人野郎」だったんだよな。ましてや「ジャパニーズ」だというと、バブルの余韻の残る当時は世界中どこに行っても多少は興味を持ってくれたものだ。ジャパニーズの男が、接近してくる異国人女性と「物怖じせずに話す」というだけで、仲のよい女友達がすぐにできたのだ。おまけに当時はスケベも絶好調だった。チンコとかマンコとかアイエキ・セーエキとかシラフで平気で(英語で)口にしてたし、とくに大学時代は「ボッキした自画像」とか「大股開きの女性像」とかの肖像を描くヘンタイ日本人留学生という触れ込みだったため、大胆な行動を容認してもらえたんだよなあ。日中にシラフで堂々とクラスメートのケツやチチを触ったりして、よく問題にならなかったよなあ。「ケツやチチ」がエスカレートすると、そのうちそれがいわゆる「肉体関係のある友達」になってしまい、一部はそれと前後して恋愛感情が発生する。すれっからしのオイラだって、人並みにときめいたり、胸を熱くしたり、嫉妬に狂ったり、葛藤したり絶望したりという「普遍的な恋愛感情」の世界に生きたこともあったのだよなあ。…ああ、わが太く短き青春。別に「タイセツな思い出」の世界に生きているわけではないが、どう間違ってもいまさら「日本でお見合いして恋愛」とかって、ゼッタイにありえないとあらためて確信するオイラであった。
2004.08.12
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きょう、上司から、彼女はいないのかと尋ねられました。「彼女」ということばはちょっと恥ずかしいなあと思いましたが、とくにそのことには拘泥せず、「まったくいません。」と答えました。うちの会社には独身の男女が異常に多いので、さいきんこの上司はその人脈を活かし、結婚相手を探している独身社員に適切な相手を探してあげているようです。オイラはもともと結婚する意思のないことを比較的おおっぴらに公言しているのですが、その上司は念のためオイラが「いちおうそれらしき相手はいるんだけど、結婚という制度を選択していないだけ」なのか、「そもそも相手自体がいない」のかを確認したかったのでしょう。ハッキリ言って、マラソン関連以外の目的で日常的に外出する習慣のない中年男性が、「そのような相手」にめぐり合う可能性は0.5%に満たないし、またその0.5%が仮に実現したとしても、その相手と関係を維持できる確率は5%を切ると思います。...つまり、オイラに彼女のいる確率、0.025%未満(笑)。そういえば、オイラの所属する部署は女性が約10名、男性がオイラを含めて3名いるのですが、ほんの数ヶ月前までひとりを除いて全員が独身でした(うち1名を除いてみんな30代)。ところがここ数ヶ月で3人が相次いで結婚し、それにほかの社員たちも気を惑わされたらしく、それまで「結婚」関連の話題はほとんど禁句だったはずなのに(笑)、突然結婚願望をあらわに口にする人たちが部署内に出てきました。趣味はマラソンだし、「飲まない、打たない、買わない」のケッペキぶりで知られているオイラ自身が部門長を務めるこの部署を、オイラは勝手に「精鋭のプロフェッショナルが集まる修道院のような部署」としてイメージしていたのですが(笑)、相次ぐ結婚話のせいで、なんだか社員たちの心中に気の迷いが生じてきたような気がします。いかんいかん。…でも、オイラの場合はほぼ100%、残りの人生で独身を貫くことに関して腹が決まっているのですが、まあ社内のほかの部署の独身連中はもちろん、部署内の部下たちも、じっさいには主義や計画によって独身でいるわけではなくって、ほんとは結婚したいんだけど、そのチャンスのないままこの年になってしまった…という“葛藤“を抱えて独身生活をしているのだよなあ、といまさらながらに思いました。…うーん、でもそれって、ツライんだろうなあ、きっと。内面に暗黒のような孤独を抱えて日々生活しているってことだもんなあ。オイラみたいに「腹を決め」ればいいのに、とは思うんだけど、「ひとりでもぜんぜん平気」だとか「むしろ一人でいるほうがいい」とかいうオイラみたいなヤツは、どうせ人口の数%に過ぎないんだろうなあ。誰かも言っていたが、オイラみたいなヤツが世界にひとりでも増えたら、そのぶん世の中がヘーワになって、かつすごくタイクツになると思う。...するとアレか、オイラのユートピアは、みんなが孤独に野たれ死にしたり、自分の選んだときに自殺するような世界ってことか(笑)。でも、オイラみたいな人生って、もしかすると核や化学物質の影響で生殖能力を失った人たちが多数派を占めるような近未来を先取りしてるのかも知れないと思いました。
2004.08.11
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しばらく自分のHPを訪問してなかったら、なんだか楽天広場の様子がいつの間にかすっかり変わっとりますなあ。トップページに掲載していたオイラのお気に入りのキャラ「バーロー・ギディ(Hey, fuck you! Giddy)」も無残に四方が切れちゃってましタ。このまま放っておくのも忍びないので、週末にネットカフェのPCでちょっとだけデザインを変更。ちなみにプロフィールの画像は「オイラのお面を被ったアメリカ人の級友(1992年当時)」である。たしか、ハロウィーンの頃に課題で描かせられた「怖い顔の自画像」を切り取って作ったんだよな、このお面。もちろんオイラは金髪でスカートをはいたりもしてなければ、青い顔もしていないケド。関係ないけど、この週末にまた無駄遣いをした。3週間後のマラソン大会用にと思って購入したランニングシューズは、たぶんこの1年で10足目くらいにあたる(笑)。今日ためし履きしたら、幅広サイズ(4E)なのに横幅がキツくて小指にマメができてもた。また本番までに別モノを探さねば。これも本番用にと思い、11500円もする半ズボンタイツ(コレ→http://www.wacoal.co.jp/sight/jsp/WacoalServlet?Event=DetailPicBack&NowPage=1&ArticleNumber=HZO615&PageFLG=&StaticBrand=91)も買った。店員に「骨盤がサポートされ、フォームが安定する」とか言われて、つい買ってしまったヨ。今日走ってみて、短い距離を疾走する分にはたしかにフォームが安定するのが分かったが、マラソンみたいな長距離でも効果があるのかは不明。あと、ラップやスプリットタイムが計れる腕時計を持ってなかったので、ランニングウォッチを購入。それと、過去に試供品を使用して酸化チタンの効果を実感していた、チタンテープとネックレスを購入。合わせて4万円弱也。計算してみたら、日本に来てたった1週間で早くも7万円くらい消費してたゾ。北米にいるときの(電気代とか家賃を別にしたときの)1ヶ月分くらいの額かあ。日本って物価高過ぎ。
2004.08.08
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日曜出勤の末、終電で午前1時頃帰宅。米国本社社長と重役の急遽訪日及び監督機関への訪問が水曜日に決定。月曜日は通常出社。米国本社が始業時間になる夜11時頃まで待って国際電話で長々と議論した後で、深夜0時過ぎに文書翻訳・作成に着手。一段落するまで午前4時半まで掛かり、夜明けのタクシーで帰宅して5時から数時間仮眠して出勤。火曜日は米国本社の社長と重役が夕刻になって日本に到着。その後作業を分担して進めるとても手に負えず、結局関係者一同オフィスで夜を明かす。火曜のつづきの水曜は、滞在先に帰って着替える暇さえなく、同じパンツを3日はいたままだったなあと思いながら、社長&重役に同行して監督機関を訪問し、意識が朦朧としロレツの回らぬアブナい通訳を務める。訪問先からオフィスに戻り夢うつつでその日の仕事を片付け、1時間早めに帰宅させてもらってまだ外の明るい午後6時に就寝。木曜日。目を覚ますが今日が何曜日か思い出せないし、今が朝なのか夕方なのかも一瞬分からない状態。なんとか通常出社して米国からの客人を見送り、この緊急の職務からいったん解放される。残業1時間程度で退社するが、その後結婚退職する部下のお別れ会参加のため帰宅は結局10時過ぎ。金曜日。朝5時半に掛けておいた目覚ましで目を覚ますも、イヤーな疲労感が心身に残っている。なんとかベッドを出て4日ぶりにジョギングに出る。明日また休日出勤する予定の上司のために資料作成が終わったと思ったら、もう午後9時になっている。息抜きにこの日記を書きながら、あ、そうか、まだ日本に来て5日しか経っていなかったんだと気づく。なんだかもう半月くらい過ごしているような錯覚がある。...今後の日本滞在が思いやられる。
2004.08.06
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