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2021年05月23日
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「一年有半」中江兆民 鶴ケ谷真一訳 光文社古典新訳文庫

中江兆民について思い出したので、新訳文庫に入っているのを発見して、紐解いた。原文は漢文調とはいえ学の無い大学生でもなんとか読めたのだから、何をわざわざ訳する必要があるのだろう、悪口を言おうと目論んでいた。

そうすると、訳文と同量の注がついていて、この40年間に画期的に進んできた中江兆民研究の成果を惜しみなく注いでいた。「コレは買わなくては!」となった。感想を書く(当然小論文ではない)。

とはいえ、「一年有半」は万民に膾炙している著作ではないので、簡単に説明する。明治34年、自由民権活動家・中江兆民は喉頭癌を患う。医師から「あと一年有半だ」と告知され、その後約4か月の間に「生前の遺稿」として、告知後の経緯、世の中の凡ゆる人物評、社会評、そして世界観などを著し纏めて弟子の幸徳秋水に託す。秋水はすぐさまそれを刊行。著作は忽ちのうちに一年で二十三版を重ね、20万部、明治の大ベストセラーとなった。「奇人変人中江兆民の書き殴りだ」という評価も、後世までない事はないが、一読、やはり名作である。今回慎重に読み解くことで、私がとうとう書き得なかった「卒論のテーマ」になり得る様な論点が幾つも浮かび上がった。

少し長いが、幾つか述べてみる(近代日本思想史に関心ない方はスルーした方が賢明です)。

⚫︎兆民は余命を告知された後に徒(いたずら)に深刻にならず、妻と共に文楽座に何度も通っている。この積極的に死を受け止める死生観(cf.加藤周一「日本人の死生観」)は、忠義に死す「葉隠」とも一線を画す「新時代」のものであり、現代においてもかなり卓越したものである。非常に現代的な死生観と言えよう。
⚫︎同時期に生死を彷徨い、文章を書いていた者に正岡子規がいる(『墨汁一滴』)。子規の辛辣な「一年有半」評がある(『日本』に「平凡浅薄」と述べた)。そのことの意味を鶴ケ谷さんは、かなりページ数をとって分析している。同意する。
⚫︎星亨の暗殺事件に関わり、兆民は2点重要なことをサラッと言っている。「死刑制度には国際的からみても反対」もう一つは、しかしそれでも「テロはやむ得ない時には必要である」。後者について鶴ケ谷さんの「注」はない。だからこそ、研究する必要がある。
⚫︎井上毅は、兆民の人生に立ち塞がった帝国憲法を、起草した人物である。同時に留学時代の知人である。兆民は、既に故人だった井上を評して、「真面目な人物、横着でない人物、ずうずうしくない人物」と滅多にない高評価を与えている。この2人の関係はとっても面白い。伊藤博文に対しても、「下手な魚釣り」とかなりな低評価なのだが、「(憲法をつくったことは)功績があった」と評している。皮肉的ではあるが、井上毅評価の裏返しだろう。
⚫︎兆民の自由党、進歩党評価は、かなりな辛辣さがある。兆民の想いを解説すれば長くなるだろう。そもそも、日本史上初めての政党政治が始まった時代である。西欧政治史に詳しい兆民はその意義、または歴史の反省点を踏まえてか、生涯政党とは距離を置いた。何故その態度をとったのか?では、日本のグランドデザインにおいて、兆民は政党政治をどのように位置付けていたのか?その点を詳しく論じた論文は、これまであったろうか?

⚫︎第一章は7月11日に書き終えた。ガン告知は早くても3月28日。3か月ちょっとで書き上げた事になる。借金まみれで、妻と子供を遺して逝くのは可哀想に思ったのだろう。筆は速かった。兆民本来のジャーナリステック精神の本領発揮だろう。その後、秋水に原稿を渡す8月4日までの一月以内に残り2章3章を一気呵成に書いている。そのためか、第1章と比べると、病状の進行と相まって論考の密度は低下している。
ただし、いくら再販を重ねても兆民には印税は払われなかったらしい。この頃は最初の原稿代しか払われなかった。原稿料は医者代金に費やされただけかもしれない。兆民が無理して「続一年有半」を書いたのは、その辺りが大きな理由だったろう。流石に博文館は後年、遺児の教育費を援助したという。
⚫︎「権謀は悪くない」。「目的を達成するための手段だからだ」ただ、「事」に施すべきで、「人」に施してはいけない。と書く。この時、兆民は忠臣蔵を例に引いたが、ホントは帝国議会の駆け引きやこのら10年の金策の失敗について思っていたのかもしれない。
⚫︎大物政治家を外国人を例にとって述べた後に、大久保利通が出てくる。外国の政治家含めて、私は理解できない。しかし、おそらく本気で書いているのだろう。全て権謀を得意とする政治家だった。兆民の政治観が非常に良く現れた部分と思える。
⚫︎ローマ字国語化論を述べているのは、意外。
⚫︎しっかり管理された売春制度は、人間の性であるから必要だ(梅毒蔓延の観点から芸妓は廃止すべきだ、とも書いている)。とハッキリ書く。ジェンダーの視点から、これをもう少し掘り下げた部分を読みたい。実際、兆民ほどの愛妻子家はいないのである。
⚫︎政治上の自由と経済上の自由は別問題である。と述べて産業の保護干渉は必要だと断じる。これも現代と通じる。兆民の産業論は現代でも見るべきものが多い。金策に明け暮れた北海道時代ではあるが、もし成功し、身体も健康で政界に復帰していたならば、どういう政治家になっていただろうか。
⚫︎西園寺公望、井上毅、馬場辰猪がフランス留学時代の知人であることはすでに述べたが、注を見ると「東洋自由新聞」を共に立ち上げた松田正久も留学仲間だった。果たしてどういう人物だったのか。
⚫︎馬場辰猪は「三酔人経綸問答」における理想家・洋学紳士君のモデルだとされる。アメリカで客死(「問答」刊行1年後)したのも、それに相応しい。
⚫︎兆民の漢文素養について、本書著者の詳しい注有り。思うに、私は究めないが、近代漢文史における大きな貢献也。
⚫︎「近代非凡人物31人」の政治家・文化者の中で、政治家・経済家・文筆家に藤田東湖、坂本龍馬、橋本左内、大久保利通、勝海舟、西郷隆盛、岩崎弥太郎、福沢諭吉、星亨、大村益次郎と挙げるのには異論はない。その他、そのあと順不動に親交がある者も短評している。佐々友房、坂本金弥。何故、井上毅がないのか。不思議。

⚫︎兆民は人生に後悔を持っただろうか?実際には、いろんなやり残したことはあったはずだ。「一年有半」に書かれていることが多岐に渡るのはそういうことである。けれども、最後のページは満足して筆を置いている。実際、私の理想的な人生の終わり方だな、と思っている。

私は漢文の素養が無いし、卒論でさえ途中で挫折しているので、訳文の評価は上手くはできない。しかし、「注」は素晴らしかった。折に触れて紐解きたい一冊になった。





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最終更新日  2021年05月23日 07時36分44秒
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