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●今のあなたに魅力はあるか まわりの情報や人脈を活かすためには、自分自身が魅力ある人物、あるいは特長・個性のある人になることが先決です。 ふつう「魅力」といいますと、ルックスですとか、健康ですとか、若さなどを連想します。あるいは明るく気さくで、おもしろい話をする人も、魅力があると考えられます。もちろん、これらも魅力をもつための大切な要素です。 外見、容姿、性格などは生まれつきでどうしようもないと考えがちですが、実は必ずしもそういうものでもないのです。美人やハンサムが意外にもてず、一見平凡な人に人気が集まるということは、私たちのまわりにいくらでも見られます。「でも、見栄えのいい人や口のうまい人は、やっぱり得をする」 自分がルックスや人付き合いに自信がない人は、こう考えるものです。 そうかも知れません。「ひと目惚れ」ということは確かにあるからです。 生まれつきの容姿や外見、それにからだが丈夫か弱いか、そうしたことは本人の責任ではないから、どうしようもないとしても、 日頃から「身だしなみに気をくばる」といったことは、人間的魅力を増すうえの重大なポイントといえるでしょう。 昔から「馬子にも衣装」などといわれる通り、服装をキチンとし身だしなみを整えると、気分も引き締まるものです。 けれども「人間的魅力」の決め手は、やはり「中身」なのです。その証拠に同じ人でも、中身が充実しているときと、そうでないときの「魅力」は大違いではありませんか。 外見や容姿やハッタリなどで、一時的に人の注目を集めたとしても、中身が空っぽでは、よけい惨めな思いをするだけです。 これからは「個性の時代」ともいわれています。これまで以上にそれぞれの個性を活かして、魅力を発揮するのがカギになります。
2009.03.30
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●今、何が求められているのか 現代は情報化社会であり、これからの社会はモノを離れて精神的な「充実感」や「満足感」「自己実現」「ゆとり」といったようなものを、求める社会になりつつあります。 これを経営や仕事の面におきかえてみますと、従来は「人」「モノ」「金」が重要と考えられてきたのに対し、これらの要素によってもたらされる「効用」つまり「目に見えない要素のウエイトが増してきた」ということになります。「情報」の重要性が、これまでになく増してきたといってもよいでしょう。 そうはいっても「情報」は決して単独で論じられるものではなく、当然「人脈」や「仕事」と深く関わり合っています。そして「情報」というものの価値を決めるのは「人」であることを考えますと、「情報」以前に「人間理解」が前提になることは充分に注意していただきたいと思います。 これをもう少しわかりやすく、具体的に示しますと、次のようになります。 仕事をキチンとやれば、それなりの「情報」を提供できるし、そうすれば「人脈」も育ち、それがまた新たな「出会い」をもたらすということです。 もう一歩突っ込んで考えますと、「仕事をキチンとやる」といっても、その仕事自体に価値がなければ何もならないということになるのです。 たとえば「どんなに規格通りに製品を仕上げた」としても、その製品が市場で受け入れられなければ、「規格通りに仕上げた製品」には何の価値もなくなるということです。 これは、とくに先端技術やソフトウェアなどにいえることでして、自分たちがどれほど一生懸命に努力して成功しても、それに代わる技術が開発されれば、旧式の技術やソフトウェアは価値を失うということです。 実際に、技術の進化のペースが速い業界や、ユーザーのニーズの多様化や変化の激しい業界では、こうした現象はいくらでも見られるのです。つまり、すべての前提になるのは、・今、私たちの環境はどんな状況にあり・今後どう変化していくのか・その中で自分たちは、どんな分野、どんな面で存在価値を見いだしていくのか です。これがないとせっかくの「情報」も、紙屑同然になるおそれもあるのです。
2009.03.27
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●言い訳する人には魅力がない「過去を引きずって生きている人」は、ポジティブとはいえません。人は誰でも過去に何らかのハンディを背負って生きているものです。「片親だから」「学歴がないから」「内向的な性格だから」「からだが丈夫でないから」「いい会社に入れなかったから」「いい人脈がないから」「いい家に生まれなかったから」「頭がよくないから」「勉強が嫌いだから」「風采があがらないから」「口下手だから」「もう年だから」 こんなふうに生い立ちや肉体的条件、家庭環境から性格まで、いいだせばキリがないのです。「自分は100%満足な環境だ」といいきれる人は、ほとんどいないのではないでしょうか。 そして「だから、できなくても仕方がない」と言い訳をしたがるのです。しかし、そんなことをいっても何にもなりません。まわりの人を「暗い気持ち」にさせるだけです。「当社は中小企業だから、人材がいない、売上が伸びない、競争に負ける」 こういっている経営者や管理職者、営業マンも同じだと思います。そんなことをいってみても、現在抱えている問題が解決するわけではありません。まして誰かが同情して、救いの手を差し延べてくれるはずもないのです。 まわりの人たちを暗い気持ちにさせ、自分も気持ちが暗くなり、事態はますます悪い方向にむかうだけなのです。 意外なことに、世の中にはこうした人が多いような気がします。こういう人のまわりには、「貧乏神」は寄ってきても、決して「幸福の女神」は微笑みかけてくれません。 どんな逆境にいても、楽天的に考えることです。いいかえれば自分の環境にグチをいい言い訳したがる人は「甘え」があるのです。「自分には○○というハンディがある、だから××できないのは仕方ない」 というように「できないのは自分のせいではない、まわりが悪い(不運なのだ)」 と、環境の悪さや運勢に甘えているのです。こういう人に、まわりの人たちは決して魅力を感じません。だから、いい人も集まらず、人脈もできないのです。そして、ますます事態は改善されないということになります。 いつも「価値ある目標」に向かって前向きに努力し、いろいろな角度から工夫してチャレンジする。しかも「やってみせる」という決意を示し、「やれるはずだ」と楽天的に考える。 ものごとをポジティブにとらえるから、周囲の雰囲気も明るくなってくるのです。 こうした人のまわりには、いつの間にか、いい人材が集まるのです。
2009.03.25
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〇愛される人になろう 日頃から接している相手をよく知って、相手にあった情報を提供することは、確かに「人脈づくり」の有効な方法といえますが、これは歌手にたとえてみれば、いろいろなバラエティの歌を上手に歌って、あらゆるお客様を喜ばせるのと同じことです。そんなことが初めからできるわけがないのです。 やはり最初のうちは一曲でいいから、上手に歌えるようにマスターすることです。いや、必ずしも上手に歌わなくてもよいのです。自分なりの「持ち味」を出すのが先決といえましょう。 たとえば「得意先や上司から何か頼まれたら、速く、正確にこなす」というだけでもよいのです。グズな人が多い中で、これだけでも相当効果があるはずです。「彼(彼女)には、安心して任せておける」ということが評判になれば、これが「信用」につながります。こういうことを積み重ねていけば、それがいつしか「人脈」へと発展するのです。できれば、こうした「受け身」の状態から一歩前進して、相手の望んでいるものを「先取り」できるようになればよいと思います。 それに加えて人から「愛される何か」をもちたいものです。 どの職場にも「何となく憎めない人」がいるものです。なぜだかよくわからないが「その人と接していると楽しくなる」というような人です。生まれつきにもよると思われますが、それだけではないのです。やはり、その人の「心がけしだい」ではないでしょうか。 どういう「心がけ」がよいかというと「楽天的」で「ポジティブ」なことだと、私は思います。「楽天的」といいますと、小さなことにクヨクヨしないとか、失敗しても挫けないということを思い浮かべる人もあるでしょう。確かにそういう面もありますが、それだけではありません。 ただ「明るいだけ」という人は、ときどき人を傷つけても平気でいるような、そうした無神経なところもあり、これはかえって欠点になります。そうではなく、・自分の思い通りにならないことがあっても、あれこれ言い訳しない・どうすればできるかを考えて、前向きにいろいろと工夫する こうした心構えをもつことが大切だと思うのです。何かが思い通りにいかない、たとえば売上が思うように伸びないという場合、たいていの人は、商品の値段が高いとか、景気が悪いとか、○○が協力してくれないなどと、グチが出るものです。 ここでいっている「楽天的な人」「ポジティブな人」は、こういう場合でも泣き言をいわず、「どうしたら売れるか」「こうしてみたらどうか」と、いろいろと作戦をめぐらして、何とかしようとチャレンジする人なのです。
2009.03.24
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● 人との出会いが活路を開く ほとんどの人は、このへんの事情がわかっていますから、「危ない橋を渡るより、手堅くサラリーマンをやろう」ということになるのです。 一般にサラリーマンは、安定しているかわりに、それほど大きな成功もない、といわれてきました。しかし最近では事情は大きく変わり、一生の間には随分と大きな開きができるのも事実ですし、転職や独立したのちに大きな成功をおさめている人も少なくありません。反対に、定年を迎えられる保証もなくなっています。 どんな状態になったとしても、・誰も信頼できる人がいない・喜びや悲しみを分かち合える人がいない ということでは、幸せとはいえないのではないでしょうか。 そのうえ仕事で成功するためには、 仕事そのものの力量や業績よりも、人間関係が大きくものをいうのも事実です。 はじめに「幸せも仕事も、まわりの人しだい」と述べたのは、こうした意味なのです。 サラリーマンの場合には、経営者や上司の評価と周囲の人々の支持が必要です。自営業の場合なら、出資者やスポンサーだけでなく、後援者や得意先・取引先に恵まれるかどうかが、成功を大きく左右します。 どちらの道を選ぶにしても、「人と仕事」は密接に絡み合っているのです。そしてお互いに相乗効果を発揮します。よい人に恵まれれば、仕事もうまくいき、ますますよい人に恵まれるのです。 つまり「人と仕事」はニワトリと卵のような関係にあるといってよいでしょう。どちらが先かということになると、やはり人が先といわざるを得ません。 なぜならば、仕事がうまくいったとしても、「人」に恵まれなければ、どこかで必ずカベに突き当たることになるからです。 逆に仕事はあまり順調にいっていないときでも、「よい人との出会い」で事態は一挙に好転するのです。これは会社の人事でもいえますし、取扱商品や取引先の人についてもいえることなのです。 では、どうやって「よい人」に巡り会うかですが、それを「運」と考える人もあり、あるいは「縁」という人もいます。しかし、よく考えてみると、(1)自分自身がどんな人間であるか(2)人との出会いをどれだけ大切にするか(3)出会いのチャンスをどれだけ活かせるか この三点にかかっていると私は思うのです。「よい人」に巡り会うことはもちろん大切ですが、「あなたまかせ」ではどうにもなりません。まず「自分」が他人にとって、「会ってよかった」と、思われる人になるよう心がけましょう。
2009.03.21
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● 人との出会いが活路を開く ほとんどの人は、このへんの事情がわかっているから、「危ない橋を渡るより、手堅くサラリーマンをやろう」ということになる。 一般にサラリーマンは、安定しているかわりに、それほど大きな成功もない、といわれてきた。しかし最近では事情は大きく変わり、一生の間には随分と大きな開きができるのも事実で、転職や独立したのちに大きな成功をおさめている人も少なくない。反対に、在職中にリストラや退職勧告など、定年を迎えられる保証もなくなっている。 どんな状態になったとしても、・誰も信頼できる人がいない・喜びや悲しみを分かち合える人がいない ということでは、幸せとはいえない。 そのうえ仕事で成功するためには、 仕事そのものの力量や業績よりも、人間関係が大きくものをいうのも事実である。 はじめに「幸せも仕事も、まわりの人しだい」と述べたのは、こうした意味なのである。 サラリーマンの場合には、経営者や上司の評価と周囲の人々の支持が必要。自営業の場合なら、出資者やスポンサーだけでなく、後援者や得意先・取引先に恵まれるかどうかが、成功を大きく左右する。 どちらの道を選ぶにしても、「人と仕事」は密接に絡み合っている。そしてお互いに相乗効果を発揮する。よい人に恵まれれば、仕事もうまくいき、ますますよい人に恵まれる。 つまり「人と仕事」はニワトリと卵のような関係にあるといってよい。どちらが先かということになると、やはり人が先といわざるを得ない。 なぜならば、仕事がうまくいったとしても、「人」に恵まれなければ、どこかで必ずカベに突き当たることになるからである。 逆に仕事はあまり順調にいっていないときでも、「よい人との出会い」で事態は一挙に好転する。これは会社の人事でもいえるし、取扱商品や取引先の人についてもいえることなのである。 では、どうやって「よい人」に巡り会うかだが、それを「運」と考える人もあり、あるいは「縁」という人もいる。しかし、よく考えてみると、(1)自分自身がどんな人間であるか(2)人との出会いをどれだけ大切にするか(3)出会いのチャンスをどれだけ活かせるか この三点にかかっていると私は思う。「よい人」に巡り会うことはもちろん大切だが、「あなたまかせ」ではどうにもならない。まず「自分」が他人にとって、「会ってよかった」と、思われる人になるよう心がけることだ。
2009.03.14
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〇 あなたは誰かに見つめられているー人脈は「量」より「質」 直属上司にとらわれるな 社会に出て最初に出会う、そして最も重要な人物が、職場の上司や先輩ですが、彼らをこちらが選ぶわけにはいきません。会社や役所に入って、どこの職場に配属されるかは、まったく一方的に決められてしまうわけです。 たまたまよい上司・先輩に恵まれた人は幸せですが、反対にダメな上司・先輩のところへ配属された人は、「運が悪かった」とあきらめるより仕方がないようにも思えます。 ところが、実はそうでもないのです。私の経験では、 直属の上司よりも他の部署の先輩や取引先の人がいろいろアドバイスしてくれたり、そうした人たちから影響を受けたということが非常に多いのです。 ですから、直属の上司や先輩に恵まれなかったといっても、決して悲観することはありません。むしろ、直属の上司や先輩に「人生の師」を求めるほうが無理であり、そうしたケースは稀なのだと考えるべきでしょう。 直属の上司や先輩に恵まれなかったからといってクサッてはいけないのです。「誰かがあなたの仕事ぶりをジッと見ている」のです。 社会に出たばかりの頃は、ふつう誰でも、これといった特技をもっているわけではありません。キャリアもありません。つまり「売り物」がないわけです。 若い頃の売り物といったら「若さ」と「誠実さ」だけでしょう。上司や先輩に「とり入る」のがうまくても、そんなものには魅力がないのです。 単なる「要領のよさ」もいただけません。少々要領が悪くても、不器用でも、「バカ正直」といわれるくらい真面目に仕事をすること、これが上司や先輩それに取引先の人たちには、新鮮ですがすがしく感じられるものです。 これは決して教科書的なタテマエ論ではなく、私の体験からこうハッキリ申しあげるのです。そうして過ごしているうちに、あなたに「目を付ける人」が必ず現れるはずです。 要領がよくて、小さくまとまっている人が多くなっているなかで、「基本に忠実に仕事をする」ことはバカバカしく思われるかも知れません。しかし、「急がば回れ」―正攻法こそ、最短の近道なのです。〇 お金より人を財産にしようーお金を貯めてもキリがない「お金が貯まったら、自分の店でも持とう」 と、せっせと貯金している人がいます。将来に備えて計画的に貯える、これは悪いことではありません。でも食べるものも着るものもケチケチして、安月給?の中から貯金したところで、たかが知れています。 たとえば毎月十万円といえば、ふつうのサラリーマンにとってはたいへんな額です。仮に毎月十万円を貯金できたとしても、一年間で百二十万円、十年間続けても千二百万円です。 もちろん有利な利殖をはかれば、二倍や三倍に増やすことも可能でしょう。しかし、最近の金融情勢を見てもおわかりのように、金利はますます冷えこんでいます。投機的な利殖もあるには違いませんが、これには相当のリスクがともなうことを覚悟しなければなりません。予定通りに増えるという保証はないのです。それどころか元も子もなくしてしまう危険さえあります。それに、肝心の昇給も非常に厳しい情勢です。 こんな状態で「お金を貯めてから何かをしよう」と待っていたら、何年かかるかわかったものではありません。 首尾よく十年間で千二百万円を貯めて、それを元手に商売を始めても、それがうまくいくかどうかわかりません。店舗やオフィスを構えて、商品を仕入れて人を雇ったら、元手の何割かはアッという間になくなってしまいます。ゼロからスタートする商売なり事業では、お客様も集めなければなりません。宣伝費や広告費も必要になるでしょう。 こう考えますと、十年間ケチケチしながら貯めたお金は、ほとんど何もできないうちに消え失せてしまいます。そうなれば、どこからかお金を借りるしかありません。今度は借金の返済に追われることになります。一千万円が五千万円でも一億円でも、事情はたいして変わらないのです。
2009.03.12
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「私はあまり社交的ではないし、人付き合いもおっくうだ」 という方もいらっしゃるでしょう。でも、それはたいしたハンディにならないのです。 人との関わりは確かに「量」が多いのに越したことはありませんが、「質」のほうがずっと大切だからです。 いくら大勢の人と付き合っていても、それが上っ面だけとか、お義理でとか、カネが絡んだ打算的な付き合いだけであったら、イザというときには何の役にも立たないのです。とくにこれは「恵まれた環境にある人」にいえることだと思います。 つまり、若い頃から金持ちであったり、社会的に成功したとか、あるいは大企業や官庁など強大な組織の一員になれたという場合、いろいろな人たちがまわりに集まってきますが、その人たちは、「お金や社会的地位や、あなたの背後にある強大な組織の力を目当てに集まってくる」 と、考えるべきでしょう。これを本人の力と思い込みますと、あとで、とんでもないことになるおそれがあるのです。 万が一、お金や社会的地位や組織の力がなくなったときに、打算だけで集まってきた人たちは、その人のもとを去っていくと、充分に考えに入れておいたほうがよいのです。 ふつう、若い頃は「金も力もない」場合が多いので、こんな心配はしなくてよいでしょう。問題は年齢とともに、相応の地位・財産ができたときです。「現職にあるときは大勢の人が集まってきたのに、定年を迎えたとたん急にまわりが淋しくなった」 ということのないように、人脈を育てておきたいものです。また、大企業や官庁に入った人の場合は、若い頃からチヤホヤされることも多いので、「どこまでが自分の実力か」をよくわきまえておくことが必要です。このことは、またあとで詳しくとりあげることにしたいと思います。 ここでは一般的に、若い頃には「金も力もない」という前提で、話をすすめることにしましょう。 そうなると、やはり最初は「よい指導者・上司に恵まれるかどうか」がポイントになります。・個性を引き出し、本人が最も「自分らしさ」を活かせる指針を示してくれる人 そうした上司や先輩に巡り会った人は幸せです。
2009.03.11
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出会いを生かす〇 出会いをチャンスと考えようー周囲の人を大切にしよう 世の中で成功している人、幸せに暮らしている人は、必ずといってよいほど「人」に恵まれています。 経営の神様とまでいわれる松下幸之助氏は、その成功の秘訣を聞かれたときに、「みんなが盛り立ててくれた、よき協力者に恵まれた」 と、答えています。もちろん、この言葉には謙遜もあるでしょうが、単なる社交辞令ではなく、松下さんの成功の真髄を語っている言葉だと思われます。 私たちの身の回りでも、・幸せな生活を送るため・ビジネスで成功するため には、本人の知識や技能そのものよりも、・その人のまわりに、どれだけ「人を得たか」 によるところが大きいと思われます。まわりの人といいますと、・親兄弟、妻(夫)、子ども、親戚、姻戚・仕事上の上司、同僚、部下、取引先、得意先・プライベートな友人、知人などがあります。このうち親兄弟は選ぶわけにはいきませんから、いいとか恵まれないとかいっても始まりません。 また妻(夫)つまり伴侶に恵まれるかどうか。これは確かに、人生の幸・不幸に重大な影響を与えますし、自分で「選ぶこと」ができます。ですから、伴侶の選択は大切なポイントといえるでしょう。しかし、この問題をとりあげますと、それこそ別に一冊の本ができてしまうほど、豊富で難しい内容になるものと思われます。 本書では親兄弟や伴侶(妻または夫)の話はさておくこととして、それ以外の人々との関わりを中心に話をすすめることにします。 実際、「いい上司や指導者、それに仲間、取引先の人たちに恵まれるかどうか」によって、仕事の成功は大きく左右されるものですし、ひいては、これが幸せな人生を送れるかどうかのカギとなる、といってもよいのです。
2009.03.09
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● 与えることから始めよう 次に求められるものは、・人から何かしてもらう前に、何かを提供することです。よく「人間関係はギブ・アンド・テイク」などといわれますが、テイク(もらう)前にギブ(与える)が大事だということです。 これは当たり前のようですが、なかなかできないし、難しいことでもあるのです。「一体何を他人に提供するのか」と、ハタと行き詰まってしまいそうです。 与えたくても「ない袖は振れぬ」ということになりかねません。 そう考えますと「情報」や「知恵」を提供するしかないのですが、では、その「知恵」なり「情報」なりを、どこから仕入れるかが次の問題になります。 そこで先ほどの「機動力」が、再びクローズアップされることになるのです。何しろこちらには金も力もないのですから、金をばらまいて「情報」を集めるわけにもいきませんし、鶴の一声で組織に大号令をかけて「知恵」を絞り出させるわけにもいきません。・自分の足で歩き、自分の耳で聞き、自分の頭で考える それしか方法はないのです。新聞を隅から隅までよく読み、業界紙を徹底的にチェックして情報を集め、いろいろな会合に顔を出して耳寄りな話を集める、常識的にはこんな答が出るかも知れません。これは確かにやらないよりはマシかも知れませんが、今や情報化の時代ですから、たいていのことならみんなが知っています。 せっかく一生懸命に情報を掻き集め、得意先へ行って、「こんな情報がありました」 と、人に与えたつもりでも、「ああ、その情報なら知っている」 と、いわれたら、すべてがムダ骨に終わってしまいます。情報というものは、・人の知らないことを・知りたがっている人に・タイミングよく提供する ということでなければ活きてこないわけです。「それは何か」と質問されても、人によって求めるものはまったく違うわけですから、一概にいうことなどできません。 一般的には次のようなことが考えられます。○ 経営者、管理者、営業マンなどのビジネスマンなら(1)売上や利益を増やす情報、つまり新製品情報や効果的な販売促進のアイデア、加えて大量注文に関する情報等(2)同じ努力でよりよい成果をもたらす情報、つまり省力化やコストダウンの情報、楽に速くいいものができるシステムやノウハウに関する情報○ 一般ユーザーを対象とする場合は(1)より安くて便利で楽しい商品情報、サービス情報(2)心の豊かさを得られる情報、健康や若さを保ち増進する情報。こうしたものが、大多数の人々に提供して喜ばれる情報といってよいでしょう。もちろん価値観の多様化している時代ですから、喜びの度合は人によって違うのでT・P・Oを選んで提供する工夫も必要になるでしょう。
2009.03.08
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●自分自身をよく知ろう 金も力もない、ごくふつうのサラリーマンは、どうすれば「人脈づくり」のために人間的魅力を養うことができるでしょうか。 やはり第一に挙げなければならないのは「機動力」でしょう。 ここでいう「機動力」とは、たとえば営業マンがお客様から「こういうものが欲しい」「こういう情報が欲しい」という要望を出された場合、すぐに用意してもっていくことなどを指します。一般社員の場合であれば、上司の指示や要請をすぐに満たしてくれる部下の行動だと考えればよいでしょう。 こういう存在は便利ですし役に立ちます。得意先や上司にとって、ある意味で魅力のある人物ということになるでしょう。しかし、いわれたことを右から左へ器用にこなすだけでは「便利屋」にすぎません。・相手の期待以上のプラス・アルファになるものを、気を利かしてもたらすこと これができれば「魅力」は倍増します。 しかし、人にはそれぞれ持ち味というものがあり、そういわれたからといって、こういう芸当が誰にでもできるわけではありません。それに、人によってはこうした「親切の押し売り」を嫌う人もあるでしょう。 ですから「機動力」を発揮するには、・相手がどんな人であり、何を望んでいるか よく知ることが前提になります。つまり、「人のいうことをよく聞き、人を理解する」ことが必要です。 それと同時に、機動力を発揮するのが、どうにも不自然で不似合いな人もいるのです。・自分自身をよく知って、その特長を最大限に活かすこと 金も力もない、ごくふつうのサラリーマンは、どうすれば「人脈づくり」のために人間的魅力を養うことができるでしょうか。 やはり第一に挙げなければならないのは「機動力」でしょう。 ここでいう「機動力」とは、たとえば営業マンがお客様から「こういうものが欲しい」「こういう情報が欲しい」という要望を出された場合、すぐに用意してもっていくことなどを指します。一般社員の場合であれば、上司の指示や要請をすぐに満たしてくれる部下の行動だと考えればよいでしょう。 こういう存在は便利ですし役に立ちます。得意先や上司にとって、ある意味で魅力のある人物ということになるでしょう。しかし、いわれたことを右から左へ器用にこなすだけでは「便利屋」にすぎません。・相手の期待以上のプラス・アルファになるものを、気を利かしてもたらすこと これができれば「魅力」は倍増します。 しかし、人にはそれぞれ持ち味というものがあり、そういわれたからといって、こういう芸当が誰にでもできるわけではありません。それに、人によってはこうした「親切の押し売り」を嫌う人もあるでしょう。 ですから「機動力」を発揮するには、・相手がどんな人であり、何を望んでいるか よく知ることが前提になります。つまり、「人のいうことをよく聞き、人を理解する」ことが必要です。 それと同時に、機動力を発揮するのが、どうにも不自然で不似合いな人もいるのです。・自分自身をよく知って、その特長を最大限に活かすこと
2009.03.07
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〇 人間的魅力のつくり方・磨き方 人をひきつける人間的魅力=『徳』を磨く● 力や技だけでは人は集まらない 人と人を結びつけるものは「心」です。「人脈というのは、結局その人のもつ『力』しだいではないか。『力』をもちさえすれば、黙っていても人は集まる」 とお考えの方もあるかも知れません。 確かに、そうした面があることも否定できません。 たとえば大臣や社長になれば、間違いなくまわりに大勢の人が集まってきます。あるいは何かひと儲けして金持ちになれば、いろいろな人が出入りするようにもなるでしょう。しかし、すでに説明したように、これだけでは「人脈」とはいえないのです。人は大臣や社長のもつ「権力」や金持ちの手にした「金力」に集まっているのであり、そこからもたされるであろう「自分の利益」を目当てに集まっているにすぎないからです。 したがって大臣や社長を辞めたり無一文になれば、まわりにいた人たちはクモの子を散らすように、その人のもとを去っていくに違いないのです。 やはり最終的には、その人のもつ「人柄」が決め手になると、私は思います。 ここでいっている「人柄」とは、一般に「人柄がいい」といわれる場合の意味とはだいぶ違います。ふつう「人柄がいい」という場合は、「お人好し」とか「他人に逆らわず、穏やかな心の人」というような意味で使われますが、そういうことではないのです。 ここでいっている「人柄」とは、「人徳」とか「人間的魅力」と考えていただければよいでしょう。 これはなかなか真髄をつかむのは難しいのですが、ここでは、そのことについてご一緒に考えてみたいと思います。「お人好し」という言葉が出ましたが、確かに単なる「お人好し」だけでは「人脈」はできないでしょうし、それどころか仕事のうえで問題を引き起こすことさえあるのです。 社会人として生きていくには、・状況を見極める目をもつこと・正しい決断を下し、ときには敢然とNOといえる勇気をもつこと という一面をもたなければなりません。そのためには、いろいろと勉強すること、情報を集めること、そして力をもつことなども必要となるでしょう。
2009.03.05
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〇運・不運は「出会い」を生かすか、生かせないかで決まる 「親にどれだけ財産があるか、人脈があるか」は、『宿命』―自分ではどうしようもないものです。『自分は貧乏で、名もない親の子として生まれた』とわが身の不運を嘆き、恵まれた家に生まれ育った人を羨んでみても始まりません。世の中をよく見ると(クールに観察してみると)どれだけ、恵まれた環境の家に生まれても、悪い奴に狙われて元も子もなくす人もいます。それどころか、親から受け継いだ莫大な財産をもてあまし、新しい事業に注ぎ込んで、借金に苦しむ人も少なくないことも分かるでしょう。 財産も人脈も、「あるに越したことはない」という考え方もできますが、反対に「あるだけで、上手に活用しなければ何にもならない」前述のように「使い方次第で、その人の人生は天国にも地獄にもなる」のです。・無一文、ゼロからスタートしても、・「志」を抱き、「情熱」と「戦略」をもって、「理想」を掲げ、着々と実現していく人もいます。そういう人の『伝記』を紐解き、見習うのも、成功の秘訣といえるでしょう。ただ、考えなければならないのは、「時代も環境も違い、本人の個性も能力も違えば、努力の仕方もその結果としての『成果』にもおのずと『差』ができることはわきまえる必要があります。本書冒頭で、『鑑識眼』が大切であること、「鑑識眼」とは・今、自分はどういう状況にいるかを判断する力・決断すべきか、耐えるべきかを判断する能力・人を見る目であるといったのは、こういう意味です。 人生を切り開くために大切なことは、自分をよく知り、自身が『魅力ある人物』になること。そうすれば、多くの人との『出会い』に恵まれ、自分の抱いた『志』や『理想』が思いのほか早く実現するのです。言い換えれば、「魅力ある人物」になることが・幸運を招く秘訣なのです。 以下で述べるように、自分を知り、自分を磨くことも大切ですが、同じ努力をしても、報われるか、それほど報われないかは・出会った人のちがい・出会いを生かせるか、生かせないかにかかっているのです。それは、決して、他人を『利用する』というような狡猾な考えを言っているのではありません。なぜなら、そういう『自己中心』の考え方、生き方では、人の信頼を得ることもできないし、人の協力を得ることもできないからです。 早速、「出会いを生かす」大前提になる人間的魅力の作り方・磨き方から見ていきましょう。
2009.03.04
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〇 つきを引き寄せるチカラ=人生=『人の道=生き方』やこの宇宙、世界の『法則』を学び、考える 恵まれた環境に生まれ、育った上に、そういう『幸運を招く力』を身につけた人が『運がいい』といわれるのではないでしょうか。では、こういうごくまれな一握りの人は、どうやって「幸運を招く力」を身につけるのでしょうか。多分、・自分の置かれた状況をしっかりつかみ・その状況がどのように変化していくか=流れを見てとる力を身につけていると考えられます。生まれながらに『素直な目』を持っているのです。・自然に対する畏敬の念を持っている人ということになるでしょう。精神的に、恵まれた環境に生まれ育った人は、非常に『素直』なのです。だから、経験が浅くても、甘やかされて育っても、物事の本質がよく見えるのです。ところが、同じように恵まれた環境に生まれ育っても、『精神的に貧しい環境』ですと、物事を正しく素直に捉えることができません。たとえば、本人の実力もないのに『親の七光』でちやほやされたとします。素直な心の持ち主、自然に対する畏敬の念を持っている人は、それが自分の力でなく親の七光りによるものだということをわきまえていますから、そういう扱いを受けても決して奢ることがなく、従って道を誤ることもないわけです。ところが経済的に豊かでも、精神的に貧しい環境で育てられた人はその『本質』が見えませんから、そこを見誤って自分の力と勘違いする、だから、やがて馬脚を現してしまうことになるのです。一方、経済的、社会的にあまり恵まれない環境に生まれ育っても、精神的に豊かな環境で育った人は、自分の力で徐々に、あるいは一挙にそういう・運を招く力=流れを見て取る力を身につけます。 ですから、やがて頭角を現し、あっという間に幸運に恵まれるようになるのでしょう。 皆さんもこんなことはありませんか。・やることなすことうまくいくとき・反対に何をやっても、ついていないと感じるとき これは同じ人でも時の『流れ』=「運」があることを示しています。 流れに逆らっても決してうまくいきません。それどころかかえって事態はますます悪くなり、収拾がつかなくなります。そういうときは・ジタバタしないで、じっと耐えることです。 いや、正確にいえば、ただ耐えるのでなく、『謙虚に反省して、勉強する』のです。勉強といっても必ずしも知識を増やすことでなく、人生=『人の道=生き方』やこの宇宙、世界の『法則』を学び、考える一種の『瞑想』=メディテーションです。 一般に日本人は、お参りや願掛けが好きですし、初詣などには何千万人もの人出があります。そして『○○しますように』と神様に祈ります。それも悪いとはいえませんが、所詮『苦しいときの神頼み』ほんとうの『祈り』『信仰』ではないと私は思います。 そうではなく、ここでいう『瞑想』をすると、『何かが見えてくる』、 天の声が聞こえてくることもあるでしょう。流れが変わった。時機到来と感じたら、そのときこそ・積極的に、動けばよいのです。 自分流に『瞑想』してもいいですが、私流の方法は 前項でご紹介した『イメージ訓練法』です。
2009.03.03
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〇 運のいい人、悪い人 世の中には「運のいい人」と「悪い人」が確かにいます。あなたは運のいい人ですか、それとも悪い人ですか。その前に『運がいい』とは一体どういうことをいうのでしょうか。 宝くじに当った、とか競馬で大穴を当てたという人のことを『運がいい』ということもありますし、金持ちの家に生まれたとか、社会的に地位の高い親のもとに生まれた人を『運がいい』と考える人もいるでしょう。でも、果たしてそうでしょうか。たとえば、宝くじに当ったり、たまたま道端に落ちていたお金を拾って、大金を手にしても、すっかり贅沢が身について、気がついたときには無一文になっていた。働こうにも、意欲が無く、家族にも見放されてホームレスになったという人。投資に失敗して逆に、借金が手元に残った人もいます。あるいは、悪い連中に狙われて、危ない世界に引き込まれていった人もいます。 金持ちの家や社会的に地位の高い人の家に生まれたことがかえって災いして、不遇な生涯を送った人も少なくありません。 ですから、これまでに述べたような人は、決して運のいい人とはいえないと思います。 もちろん、中には親の地盤や看板、かばん(財産)を譲り受け、若い頃から企業のオーナーや代議士になり、活躍している人もいます。そういう人は才色兼備の人と結婚し家庭的にも恵まれるかもしれません。 このように、ごくまれですが、一生を通じて恵まれた環境の中で生きられる人もいます。そういう人は、「運がいい」というよりも・幸運を招く力を持っているといったほうが、よいような気がします。
2009.03.02
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○全身イメージ法雑誌にこの全身イメージ法を紹介したら、『長年悩まされていた肩こりが治った』など嬉しい反響を多数いただきました。 この方法は、ある時ふと車のラジオから流れてきたリラックス法からヒントを得て私なりに、改良し実践している方法です。この方法は、ある人気作家が肩こりに悩まされていた時、知人から教えてもらってやってみたところ、それ以来全く肩こりに悩まされることはなくなったというものです。 私はかつて医師でホリスティック医療の先駆者として知られる堀雅明先生と知り合い、他の2先生との共著「ガン治癒への道」(創元社刊)を贈って頂き、アメリカのサイモントン療法を知りました。この本には、あるセールスマンが、イメージの力を利用するサイモントン療法と出会って、絶望の淵から生還した記録と手法が感動的に紹介されていました。また、乳ガン患者に対して、サイモントン療法を採用したグループと、しなかったグループの治癒率の間で明らかに大きな有意差が認められ(イメージを活用し治療を受けたグループの治癒率がはるかに高かったこと)サイモントン療法の「効果」が証明されたデータも紹介されていました。 ガンの治療は、患者、発症の部位、症状等ケースバイケースで「これでガンが治った」と、一律に軽々しく論じることは避けたいと思います。ただ、この話を通じて日本でも外国でも、・イメージの力が心身の健康の維持、増進に威力を発揮することが実証されたことだけは確かです。 さて、それでは、私の実施している全身イメージ法を以下に示します。まず、目を閉じリラックスできる姿勢で腹式呼吸をする。ここまではイメージ訓練第1段階と同じです。次に… 空から頭のてっぺんに自然治癒力のある液体が降ってきて徐々に頭の中にしみこんでいく、というイメージを心の中に描く。それから…・目、耳、口の中、咽喉、・(消化器官)食道―胃―肝臓―胆嚢―十二指腸―小腸―膵臓―大腸―直腸―肛門・(心肺・循環器系、排泄系)気管―肺―心臓―血管―腎臓―腎盂―尿管―尿道・(生殖器系)男性=睾丸―前立腺―陰茎,女性=卵巣、子宮、膣、陰門・四肢、肩、肘、手、指、もも、膝、足首、つま先・大脳、小脳、脳幹、脊髄、神経(「気」が滞っているのが、流れるようになる)とからだのあらゆる部位、システムに自然治癒の物質が次第に浸透するというイメージを思い浮かべます。 そして、からだの中の神経、細胞が蘇り、活性化する、と心の中で念じるのです。それからユックリくつろいで目をあけると実に爽快な気分になるでしょう。 こうすることによって、心も体もリラックスし、調整されるものと思われます。もちろん、場合によっては、全身でなく、特定の部位に限定、集中して実施してもかまいません。たとえば、胃の調子がよくないときは、胃に注意を集中し、自然治癒力が高まるとイメージするのもよいでしょう。腰痛なら腰に集中するわけです。ただ、私の経験では、全身について実施した方が効果的のようです。からだはシステムとして働いている、と考えれば、これは至極当然のことかも知れません。それに一か所だけに神経を集中し過ぎると、かえってよくない場合もあります。 実はこの方法の原型は、江戸時代の白隠禅師の「なんその法」として広く知られているものです。現代医学では、データがないと実績として認められないので、治療法、健康法としてオーソライズされたものではありませんが、サイモントン療法をはじめ、ガンが治ったなどの臨床報告もあり、心拍数、血圧への影響は劇的であることは確かです。
2009.03.01
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