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14 会社をステージにしよう もっと身近なところに、人脈をつくる舞台がある。それは、毎日勤めている会社。一般にサラリーマンは、「会社に拘束されている」と、感じることが多い。給料をもらっている以上は、朝は決められた時刻までに出勤しなければならないし、職場では上司の目も光っている。怠ければ文句をいわれるし、あれこれと指示され用事もいいつけられる。確かに「拘束されている」。 しかし、考えてみれば、会社には好都合なところもたくさんある。「毎月給料日になれば、ちゃんと決まったお金がもらえる」こともそのひとつだが、一番よいところは、どんな駆け出しの社員でも、・会社をバックに、かなりスケールの大きな仕事をさせてもらえる という点である。 もちろん新入社員はそれなりの扱いしか受けられないが、それでも間違いなくいろいろな人に会える。キャリアを積み、仕事を任せてもらえるようになれば、さらにこのチャンスは広がる。 私が強調したいのはこの点である。長いこと会社勤めをしていますと、会社に拘束されていることばかりが気になるものだが、会社の看板でさまざまな仕事ができるし、それらの仕事を通して人脈をつくる手がかりは、いくらでもつかめる。 もちろん前にも触れたように、他人の好意や関心が、会社の看板に対してなのか、本人の人間的魅力に対してなのかを、よくわきまえておかないと、あとでとんだ誤算のもとになる。いわゆる脱サラをして失敗する人の多くは、会社の看板と自分の実力を混同しているように見受けられる。 金も力もない一介のサラリーマンが人脈を築くには、「会社」がまたとない「舞台」を用意してくれることは確かである。 こちらに何の実績がなくても、好意的な人がいることもある。「相性がいい」というか、「ウマが合う」というか、そんな人に「目をかけられる」ことも、会社という舞台の中では少なくない。 そういうチャンスを活かすこと、これがゼロからスタートするビジネスマンにとって、人脈づくりの土台になるといって差し支えない。 それともうひとつ、「人脈」というと、自分を引き立ててくれる人、つまり「目上の人」と考えがちだが、「上」ばかり見るのはよくない。事態は時々刻々変わっているからだ。
2009.09.23
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13 人脈づくりを始めよう● 熱意が人を動かす「色男、金と力はなかりけり」という言葉がある。別に色男に限らず、駆け出しのビジネスマンには、金も力もないのがふつうである。だから「持たざる者」は「持てる者」に屈服し、なすがままになるしか手はないのだろうか? そんなことはない。「持たざる者」は「持てる者」と手を結べばよい。あるいは「持てる者」に真似のできない「独特のもの」を工夫すればよいのである。 自分ひとりが小金を貯めて何かしようという考え方は、あまり賢いやり方ではありません。「金」より「人」のほうが大切なのである。 ただ「人脈をつくる」「手を結ぶ」といっても、ふつうのサラリーマンが、資産家や企業のオーナーや、あるいは顔の広い政治家や官僚・ジャーナリストなどと、いきなり手を結ぼうと策を練ったところで、ムダ骨になることくらい誰にでもわかるはずである。 これらの有力者や大物といわれる人たちは忙しいし、一介のサラリーマンと知り合いになってもメリットがあるとは考えないからである。 こちらが相手を利用したり、いろいろと力を貸してもらおうとしても、それは「片想い」にすぎない。 政治家や実業家という大物でなく、もっと身近なところで考えても同じである。たとえば営業マンが取引先で決定権をもつ幹部社員に、何の紹介もなく「とり入ろう」としても、そんなに簡単にいくものではない。 一般に「とり入る」には接待が使われるが、そんな手はもう通用しなくなったといってよい。公的な立場にある人が接待を受けて、その見返りに便宜をはかれば収賄罪になる。そうした政治家や官僚が告発され世間を騒がせているから、彼らも神経質にならざるを得ない。 民間の大企業の幹部を相手にする場合は、規制はもっとゆるやかだが、派手に接待費を使えたのは昔話になっている。その証拠に銀座や赤坂などのネオン街は、灯が消えたようだといわれてから久しい。もう、そんな時代ではない。では、どうすればよいのか。 まず第一に考えられるのは、相手が魅力を感じるような情報やプランをもって当たることである。 しかし、一介のサラリーマンがそんな耳よりの情報をどこから入手するのか、そう考えますとハタと行き詰まってしまう。 そこで第二のカギになるのが「熱意」。 これはひとつの突破口になるが、理解を示してくれる後援者が現れればよいが、実績のない者のいうことだから、なかなか受け入れてもらえないと考えたほうがよい。 そこで必要となるのが「粘り」ということになる
2009.09.22
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12 情報もお金も活かし方しだい「お金持ちのところにお金が集まる」 といったが、まさに情報も人材も知恵も、これと同じことなのである。 では、お金をもっている人、情報をもっている人が、ますます発展していくかというと、必ずしもそうとは限らない。 お金をもっている人で考えてみよう。お金をもっているだけでは、お金を増やすことはできないし、それどころか怪しげな連中に、騙し取られるおそれさえある。そうしたら最後です。元も子もないのを通り越して、借金だけが残ることさえある。 情報や人脈も同じである。「有力な情報をもっている」「有力な人とコネがある」だけでは、何の役にも立たない。 こうしてみると、お金も情報も人脈も、「もっている」ことはさらに発展するための一つの条件であることに間違いないが、ただ「もっている」だけでは何も生まれないどころか、仇や害になることもあると肝に銘じておくべきである。「もっている」だけではダメだとしたら、何が必要かということになる。それは、・「もっている」ものを活用して、「有益なこと」を実現するプラン といってよい。だから、お金や情報や人脈は、あるに越したことはないが、ないとしても決して悲観することはない。・理想やプランそして実現する具体策をもっているがお金がない人・お金はもっていて何か有益なことをしたいと考えているが、プランも具体策もない人 こうした人が出会ったときに、両者の夢は実現するといってもよい。もちろんこの両方をあわせもっている人は、何でも自由にやれるし、ますます発展する。 大企業や成長企業を見ると、この二つのパターンが入り混じっている。お金も情報もプランも備わっていても、それを遂行していくためには人や組織が必要である。いずれにしても、人との出会いと活かし方が、ビジネスを成功させるか否かのカギになる。人脈がなかったら、これからつくればいい、ということになる。
2009.09.21
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11 持てる者の強みと限界● 情報やお金はどこに集まるのか「あるところにはあるものだ」 と、よくいわれる。これは一般に、お金をもっている人のところには、ますますお金が集まるが、貧乏人のところには一向に集まらないという意味で、お金に苦労している人がよく口にする言葉である。 実はお金だけでなく、情報や人脈もこれと共通したところがある。 最先端の情報や有利な情報をもっている人のところには、ますます有力な人が集まり、したがって質の高い情報も集まるという寸法である。 これに対して情報のないところには、サッパリ人も集まらないから、ますます情報のアンテナは錆び付いてしまう。 一昔前までは、地理的、物理的条件が情報の量と質を左右した。日本国内で言えば、東京圏、関西圏、名古屋圏というような大都市圏に、お金と情報と人脈が集中し、それ以外の地域は『過疎』といわれて、お金と情報と人脈から縁が薄いと考えられた。だからこそ、人は大都市圏に集中し、ますます過密と過疎の格差が広がった。世界規模でみれば、ニューヨーク、ロンドン、パリなどへの集中。 しかし、インターネットの普及により、この状況は一変する。中国の経済開放、自由化がこれに拍車をかけることになった。 いまや、先進国、大都市中心のものの考え方は、通用しなくなり、新しい時代の波が押し寄せようとしている。これからどうなっていくのかだれにもわからない。 が、不透明で、先行きがだれにもわからないからこそ、「自立」「状況判断」「感性」がますます大切になったということができると思う。 というわけで、これからは、地理的条件とはほとんど関係なく、ますます、有力な情報をもっている人のところには、さらに有力な情報が集まり、その人の魅力が高まる世の中になるだろう。「○○さんのところへ行けば、いい情報がもらえる」 というウワサは、またたく間に広まり、いろいろな人材や情報が集まる時代であっる。
2009.09.20
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10 人との出会いが活路を開く ほとんどの人は、このへんの事情がわかっているから、「危ない橋を渡るより、手堅くサラリーマンをやろう」ということになる。 一般にサラリーマンは、安定しているかわりに、それほど大きな成功もない、といわれてきた。しかし最近では事情は大きく変わり、一生の間には随分と大きな開きができるのも事実で、転職や独立したのちに大きな成功をおさめている人も少なくない。反対に、在職中にリストラや退職勧告など、定年を迎えられる保証もなくなっている。 どんな状態になったとしても、・誰も信頼できる人がいない・喜びや悲しみを分かち合える人がいない ということでは、幸せとはいえない。 そのうえ仕事で成功するためには、 仕事そのものの力量や業績よりも、人間関係が大きくものをいうのも事実である。 はじめに「幸せも仕事も、まわりの人しだい」と述べたのは、こうした意味なのである。 サラリーマンの場合には、経営者や上司の評価と周囲の人々の支持が必要。自営業の場合なら、出資者やスポンサーだけでなく、後援者や得意先・取引先に恵まれるかどうかが、成功を大きく左右する。 どちらの道を選ぶにしても、「人と仕事」は密接に絡み合っている。そしてお互いに相乗効果を発揮する。よい人に恵まれれば、仕事もうまくいき、ますますよい人に恵まれる。 つまり「人と仕事」はニワトリと卵のような関係にあるといってよい。どちらが先かということになると、やはり人が先といわざるを得ない。 なぜならば、仕事がうまくいったとしても、「人」に恵まれなければ、どこかで必ずカベに突き当たることになるからである。 逆に仕事はあまり順調にいっていないときでも、「よい人との出会い」で事態は一挙に好転する。これは会社の人事でもいえるし、取扱商品や取引先の人についてもいえることなのである。 では、どうやって「よい人」に巡り会うかだが、それを「運」と考える人もあり、あるいは「縁」という人もいる。しかし、よく考えてみると、(1)自分自身がどんな人間であるか(2)人との出会いをどれだけ大切にするか(3)出会いのチャンスをどれだけ活かせるか この三点にかかっていると私は思う。「よい人」に巡り会うことはもちろん大切だが、「あなたまかせ」ではどうにもならない。まず「自分」が他人にとって、「会ってよかった」と、思われる人になるよう心がけることだ。
2009.09.17
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9 お金より人を財産にしよう● お金を貯めてもキリがない「お金が貯まったら、自分の店でも持とう」 と、せっせと貯金している人がいる。将来に備えて計画的に貯える、これは悪いことではない。でも食べるものも着るものもケチケチして、安月給?の中から貯金したところで、たかが知れている。 たとえば毎月十万円といえば、ふつうのサラリーマンにとってはたいへんな額だ。仮に毎月十万円を貯金できたとしても、一年間で百二十万円、十年間続けても千二百万円。 もちろん有利な利殖をはかれば、二倍や三倍に増やすことも可能だ。しかし、最近の金融情勢を見てもわかるように、投機的な利殖もあるが、これには相当のリスクがともなう。アメリカ発の金融危機はその表れだ。予定通りに増えるという保証はないい、それどころか元も子もなくしてしまう危険が大きい。それに、肝心の昇給も非常に厳しい情勢である。 いずれにせよ、こんな状態で「お金を貯めてから何かをしよう」と待っていたら、何年かかるかわかったものではない。 首尾よく十年間で千二百万円を貯めて、それを元手に商売を始めても、それがうまくいくかどうかわからない。店舗やオフィスを構えて、商品を仕入れて人を雇ったら、元手の何割かはアッという間になくなってしまう。ゼロからスタートする商売なり事業では、お客様も集めなければならない。宣伝費や広告費も必要になる。 こう考えると、十年間ケチケチしながら貯めたお金は、ほとんど何もできないうちに消え失せてしまう。そうなれば、どこからかお金を借りるしかない。今度は借金の返済に追われることになる。一千万円が五千万円でも一億円でも、事情はたいして変わらない。
2009.09.16
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8 あなたは誰かに見つめられている● 人脈は「量」より「質」 読者の中には、「私はあまり社交的ではないし、人付き合いもおっくうだ」 という方もいるだろう。でも、それはたいしたハンディにならない。 人との関わりは、「質」が問題だからである。どれだけ多くに人の名刺をもっていても、何の役にも立たないことも多い。 いくら大勢の人と付き合っていても、それが上っ面だけとか、お義理でとか、カネが絡んだ打算的な付き合いだけであったら、イザというときには何の役にも立たない。とくにこれは「恵まれた環境にある人」にいえることである。 つまり、若い頃から金持ちであったり、社会的に成功したとか、あるいは大企業や官庁など強大な組織の一員になれたという場合、いろいろな人たちがまわりに集まってくるが、その人たちは、「お金や社会的地位や、あなたの背後にある強大な組織の力を目当てに集まってくる」 と、考えるべきである。これを本人の力と思い込むと、あとで、とんでもないことになるおそれがある。 万が一、お金や社会的地位や組織の力がなくなったときに、打算だけで集まってきた人たちは、その人のもとを去っていくということを充分に考えに入れておいたほうがよい。 ふつう、若い頃は「金も力もない」場合が多いので、こんな心配はしなくてよいだろう。問題は年齢とともに、相応の地位・財産ができたときである。「現職にあるときは大勢の人が集まってきたのに、定年を迎えたとたん急にまわりが淋しくなった」ということのないように、人脈を育てておきたいもの。また、大企業や官庁に入った人の場合は、若い頃からチヤホヤされることも多いので、「どこまでが自分の実力か」をよくわきまえておくことが必要。 ここでは一般的に、若い頃には「金も力もない」という前提で、話をすすめることにしよう。 そうなると、やはり最初は「よい指導者・上司に恵まれるかどうか」がポイントになる。・個性を引き出し、本人が最も「自分らしさ」を活かせる指針を示してくれる人 そうした上司や先輩に巡り会った人は幸せである。● 直属上司にとらわれるな 社会に出て最初に出会う、そして最も重要な人物が、職場の上司や先輩だが、彼らをこちらが選ぶわけにはいかない。会社や役所に入って、どこの職場に配属されるかは、まったく一方的に決められてしまうわけである。 たまたまよい上司・先輩に恵まれた人は幸せだが、反対にダメな上司・先輩のところへ配属された人は、「運が悪かった」とあきらめるより仕方がないようにも思える。 ところが、実はそうでもないのである。私の経験では、 直属の上司よりも他の部署の先輩や取引先の人がいろいろアドバイスしてくれたり、そうした人たちから影響を受けたということが非常に多いものである。 だから、直属の上司や先輩に恵まれなかったといっても、決して悲観することはないのだ。むしろ、直属の上司や先輩に「人生の師」を求めるほうが無理であり、そうしたケースは稀なのだと考えるべきなのである。 直属の上司や先輩に恵まれなかったからといってクサッてはいけない。「誰かがあなたの仕事ぶりをジッと見ている」のである。 社会に出たばかりの頃は、ふつう誰でも、これといった特技をもっているわけではない。キャリアもない。つまり「売り物」がないわけだ。 若い頃の売り物といったら「若さ」と「誠実さ」だけ。上司や先輩に「とり入る」のがうまくても、そんなものには魅力がない。 単なる「要領のよさ」もいただけない。少々要領が悪くても、不器用でも、「バカ正直」といわれるくらい真面目に仕事をすること、これが上司や先輩それに取引先の人たちには、新鮮ですがすがしく感じられるものである。 これは決して教科書的なタテマエ論ではなく、私の体験からハッキリいえることである。そうして過ごしているうちに、あなたに「目を付ける人」が必ず現れる。 要領がよくて、小さくまとまっている人が多くなっているなかで、「基本に忠実に仕事をする」ことはバカバカしく思われるかも知れない。しかし、「急がば回れ」―正攻法こそ、最短の近道なのである。
2009.09.15
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7.「渦」の中にいると、「自分の座標」がわからなくなる 「感動」を味わういろいろな方法―旅、映画、芝居、読書(詳細は 後の章)・たまには「渦」を離れてみようどういう環境にいても、「渦」の中にいると「自分の座標」=自分がどういう環境に身を置いて、その環境がどう変わりつつあるのか、どちらへ向かおうとしているかがわからなくなるものである。・ そこで、いつもとちがう環境に浸って見ること。海外旅行にでも出かけるのである。「金もなければ、暇もない?」。それなら、別に旅行しなくても・ 現在自分の置かれた環境を客観的に眺めることはできる。そこで、クールになるための具体的な方法としては☆「郊外で、夜空の星を眺める」―すると、「地球もこの大宇宙にきらきら瞬く無数の小さな星屑のひとつ。その地球のこんな小さな島国で、だれが偉い、だれが有名などといっても、大した違いはない」と気づくはずである。 あるいは「半農・半Xという生き方」の著者、塩見直紀さん。彼は、NPO法人半農半X研究所を設立し、京都府綾部市の農村地帯に移住し、自らも、文字通り「半ば」農業に携わりながら、里山ねっと・あやべのスタッフとして、「里山的生活」を発信している。しかも、彼の推奨する「半農半X」とは、嬉しいことに「必ずしも現金収入の少ない専業農家を不本意ながら継いで、アクセクすること」ではない。彼によればー「都会では、与えられたことに慣れきって、やりたいことが見つからない一因になっている。そのせいで自らが何かを考え出すことができないのだ。私はこういう人にこそ、田舎に遊びに来なさい田舎にたまに戻ってきたらどうですかと声をかけてあげたい。住む世界を変えてみれば、それまで気付かなかったことや見えなかったものが鮮明になってくる。田舎は最高の思考空間である。だからといって田舎住みなさいとは言わない。田舎と都会、半々に暮らしてもいいし、週末だけ田舎を訪れるのでもいい。自然の中でふと心によぎる思いを大事にすることである。19世紀のアメリカの思想家ヘンリー・D・ソローは主著「森の生活」で「人間には野生という強壮剤が必要」と言っている。(中略)ソローが多感な時代を迎えた頃のアメリカはイギリスの産業革命の波に乗り、物質主義と金権主主義がはびこっていた。そしてソローは・「たんに金を得るための仕事は何もしないのと同じだ」と当時の風潮を痛烈に批判した。(中略) 因みに、ソローと同時代に生き、日本の近代社会の基礎を作り、実業界に貢献した渋沢栄一は「大金持ちになるのは悪いと考えている。かりに国の財産を独り占めにしたらそれは最大の不祥事である。一人が巨額の財産を築いても決して、社会のためにはならず、要するに無意義なことになってしまうからだ。」(意味、要約 )と。 「これらの指摘はバブルに踊りアメリカンスタンダードに翻弄されてきた現代の日本人にとっての警鐘となるだろう。」(「半農半Xという生き方」より) 「変化」について塩見さんは、経験に基づき、冒頭の金言「世界に変化を望むのであれば、自らがその変化となれ」(マハトマ・ガンジー)を踏まえ、次のような言葉に繋いでいる。「環境問題に携わっている人の多くが最初は社会を変えようと、社会に働きかける。しかし、社会はそう簡単に変えられるものではないと思い知らされ悩む。そこで、気づいたのが、社会は変えられないが、自分は変えられるということだった。一人ひとりがそう思い行動すれば、社会はおのずとカタツムリの歩みのごとくゆっくりと変わっていく。(同著より)● 多くの人と接点を持とう「恵まれた家庭環境に育てば、それだけ有利な学校へ進学できるし、いい会社へ就職することもできるじゃないか。そうすれば、いい仕事だってできることになる。それに、いいところからお嫁さんを迎えることもできるから、ますます有利だ。だから、すべては最初から決まっていることだよ」 こう考える人がいるかも知れない。 しかし、必ずしもそうではない。あとでも詳しく述べるつもりだが、本書でいう「人脈」とは、有名人や実力者と知り合いになることとは限らない。そういういわゆる「人脈」は「親譲りの財産」に似たところがあって、いくら恵まれた環境に生まれ育ち、有名人や実力者を知り合いにもっても、それを維持発展させることができなければ、「食い潰して元も子もなくしてしまう」おそれがある。 また、人によっては、恵まれた環境が逆にアダになる場合もある。たとえば創業経営者の息子が父親の会社を継いだ場合、周囲から何かにつけてオヤジと比較されて、「ダメな奴だ」と見限られることは珍しくない。 反対に生まれ育った環境はあまり恵まれていなくても、本人しだいでどんどん人のつながりの輪を広げていく人も大勢いる。 では、「人に恵まれるかどうか」は、何によって決まるのか。 第一には、やはり「よい環境」。 豊富な人材のいる会社に入れば、それだけ有能な人と巡り会うチャンスも多くなる。しかし、どんなに一流企業・成長企業に入り、まわりに優秀な人材がいても、ただそれだけでは何にもならない。したがって、 第二には、人を見抜く目をもつことも必要。 そして第三には、自分の周囲の人々と、どれだけ心のつながりを深めることができるか、だと思われる。 そうしたことには、世の移り変わりも大いに関係がある。社会人になるときには一流企業に入り、「まわりに優秀な人材がたくさんいる」 と思っても、業界自体が地盤沈下をおこしたら、どうにもならない。 反対に、入ったときは中小企業で、まわりにはあまり優秀な人材がいるとも思われなかったのに、業界や会社自体が急成長したために、社外から続々と優秀な人材を迎え入れ、また社内の人々もそれにともなって成長した、というケースも少なくない。 さらに、自分の周囲の限られた付き合いに終始していれば、当然視野も狭くなり、井の中の蛙になってしまう。 よい環境に身をおくことも結構だが、それよりはるかに大切なのは、自分のほうから積極的にいろいろな世界の人たちと会い、話し、何らかの「接点」を持つことである。 できるだけ多くの人に会う。これは確かに私たちの人脈を広げ、ビジネスを成功させ、ひいては心豊かで「感動的な」人生を実現するための一つの条件といえる。
2009.09.14
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6.都会のホワイトカラー、未曽有の試練都会のホワイトカラー、未曽有の試練は、どういう背景から起きているのだろうか。成果主義、リストラの大合唱の下、終身雇用、年功序列は、音を立てて崩れた。終身雇用、年功序列は「高度成長」「ピラミッド型年齢構成」を基盤として成り立っていたので、これらの基盤が二つともなくなった今、すべてが大きく変わるのは、むしろ「必然」といってよい。 そこへ百年に一回というアメリカ初の金融危機、経営危機。具体的には、まず、派遣社員のリストラから始まり、それは正社員にも及んできた。今後、早期退職勧告、出向、配置転換、管理職定年制、降格人事、退職勧告、解雇などいろいろな形でシニアホワイトカラーを襲うことになるだろう。年功序列の賃金体系の中で、「高給取り」になってしまったシニアホワイトカラーは、企業にとっては、最も大きなお荷物(人件費負担)だったからむしろ当然のことである。「企業に貢献してきた人材を、企業側だけの論理と都合で、今になって邪魔もの扱いするのは言語道断、理不尽だ」という考え方もある。理屈はそうであっても、「背に腹は代えられない」というのが企業側の実情。 こうして、リストラの嵐は、50代以上のシニアを一巡した後、さらに40代、30代と次第に「低年齢化?」しつつある。若い世代も、もはや「他人事」ではなくなった。だとすれば、30歳になったら、社員の側もリストラ対応策を考えていかなければならない。いや、今は就職内定者が、内定取り消しの心配をする世の中なのである。経営側は経営の危機を理由に「ワークシェアリング」を提案して組合側の昇給要求に否定的な対応を示している。企業側の求める給与べースダウンの要求を甘んじて受ける希望退職、出向、転職の要請に応じる等いろいろなことが考えられる。会社の要求を素直に受け入れるのが、次善の策かもしれないが、これにも限度があるだろう。少し前までは、大企業や官公庁では、関連企業[法人]への出向、転職が一般的だった。しかし、いま特に、役所では日増しにいわゆる『天下り』に風当たりが強くなっていてこれもなかなか難しい。いずれにしても、会社、職場に世話してもらえなくなった大多数のホワイトカラーは、「自分で転職先を探すしかない」と考えたほうがいい。こうして運良く、出向、転職できた人も、新しい職場で意外にうまくいかない場合も多い。今日、出向、転職などホワイトカラーの「転身」においては、経済的自立も大切だが、それにもまして、●精神的自立=意識の切り替えこそが大切だ、ということになる。〇出るも地獄、残るも地獄?そこで、・自分自身の棚卸=自分の能力、キャリアが世間一般に通用するかと「再評価する」・自分の「磨きなおし」=通用しないとすれば、通用するように磨きなおす・現在、貯金や労災保険が使えれば、それで凌ぐ・それができない場合は当面、「生活を維持する方法」・を探すということになる。
2009.09.13
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5.都会の生活は、楽で便利だが、金がかかる、ストレスも多い。 都会の生活は前述のように、非常に便利で楽な面も多いが、何しろどこへ行くにも金がかかり、ストレスも多い。 マンション生活では、近所の「音」。ピアノやラジオ、テレビ、プレイヤーなどの騒音でトラブルになることも多い。一戸建ての家も隣近所が近いので、ごみ問題やだれかに見られているというプライバシーの問題など対人的なストレスを気にしていたらきりがない。何しろ、都会の生活は「街全体」が不夜城で、自分が眠りたい時間が他人は起きて働く時間なのかもしれない。朝は5時から車のエンジンの音、夜は12時、1時を過ぎても、明るいし、車もひっきりなしに走る。午前4時過ぎにようやく静かになる。が、コンビニは24時間営業、オフィス街は時差の関係で商社などは、眠ることはない。 慣れたコースで慣れた交通機関を使って出勤すると、誰か職場の人と顔を合わせ、慣れた仕事に取り掛かる。順調なうちはいいが、人間関係に疲れたり、仕事上のトラブルなどがあると、気が重く、意気が上がらない。「こんな生活がいつまで続くのか」と思うと、うんざりである。 それでなくても、不景気で人員削減、仕事の負担は過重になりがちで、残業も増えている。が、管理職登用は体のいい人件費節減策で、役付き手当一本にされどんなに残業しても、残業手当は切り捨てられ、いわゆるサービス残業になる。 リストラされた先輩や同僚も多く、「明日は我が身」という不安もある。・辞めても地獄、残っても地獄のような気もする。 休日は多いが、外出すれば金がかかるし、家にいても別のストレスがかかるばかりだ。それも、独身者と家族がいる場合では、かなり事情がちがう。独身者の場合は気軽だが、何もかも自分でやらなければならないから、家事が面倒だし、孤独だ。 家族がいれば、妻がストレス源になることもあるし、子供が小さければなかなか寝られないという悩みもある。子育てが一段落すれば、ほっと一息つけるはずだが、進学には金がかかるし、学校でいじめや非行の問題も気がかりだ。 都会の住まいは、借家にすれば、スペースは狭い割に家賃が高いし、ローンで購入しても毎月の返済額は半端ではない。親の家があって同居すれば、家賃がかからなくて済むが、その代り、やはり、家族との人間関係が他人以上に、煩わしく感じられることもある。とうわけで、都会生活は便利で楽だが、いろいろデメリットがあることも否めない。そうかといって、郊外に住んで、遠距離通勤にすれば、通勤にかかる時間、 満員電車で心身ともにかなり疲労する。一日や二日なら我慢できるが毎日のこととなると、疲れがたまってくる。 順調なうちはいいとして、何かトラブルやつまづきがあると、もう、お先真っ暗に見えて、出口が見つからない。 最悪の場合は―下手をすると病気になったり、精神的な「うつ」になる。そうなったら、問題は深刻である。 「どうしたらいいか」ふさぎこむが、心を打ち明けて話す相手もいない。 実際に、こういうプロセスで、長期欠勤に追い込まれるビジネス・パーソンもかなりいることを私は知っている。 まさに、都会のホワイトカラー受難の構図である。 あなたならどうする?
2009.09.12
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4 ブレない生き方を発見しよう いずれの道をとるにせよ「あっちの水が苦いぞ」「こっちの水は甘いぞ」と不和雷同するのは、もっとも愚かな生き方である。高度成長からバブル(崩壊)までは、それでも、他人の後塵を拝しても、「落ちこぼれがもらえた」ものだ。パイが拡大していたからだ。しかし、今はそうはいかない。人の後についていっても、おいしい収穫物は先発にとり尽くされ、ペンペン草も生えていないからである。 多少、損に見えても、「じっと時期を待つ」という姿勢が必要である。 バブル時代に「うまい投資話」に目もくれず、「儲けそこなったように見えた時バブルが崩壊して、一斉に投資家?が撤退したあと、満を持して、資産を買いあさり、メジャーに成長していった企業や企業化を私は少数だがよく知っている。実に賢明なやり方に見えたものだが、考えてみれば、彼[賢明な投資家]は賢いというより、起業や人生に対する考え方が、一本しっかり通っていて、「ブレない生き方」をしていたに他ならない。 これは戦後GHQと渡り合って、日本の復興に貢献し、アメリカの一方的な占領政策にも一矢報いて語り草になった白洲次郎のいう「プリンシプル=生きる原理」に他ならない。白洲については最近いろいろな本も出版されベストセラーにもなり、またNHK初めTVドラマやドキュメンタリー番組にもなっているので、戦後の白洲については、改めて説明を要しないだろう。が、戦前、若き日の白洲については、あまり知られていない。実は私にとっても個人的にいささかかかわりのある人なので、ちょっと触れておこう。白洲を同じ英国留学帰国組の先輩という縁で、父が「この若モノは見所あり」と見込んで、僅か35歳の若さで、自分の会社(当時世界有数の水産会社に成長していた日本水産=当時の日本食料工業)にスカウト、役員として抜擢したという「縁」はあまり世間に知られていない。つまり白洲にとってこれが日本におけるビジネスマンとしてのデビューだったことになる。この会社で白洲は英国出張、滞在の機会を得て駐英大使吉田茂の知遇を得るチャンスをつかむことになったのだ。ところがその後間もなく国司浩助は夭折する。当時の新製品として日本で初めて開発に成功した冷凍えびを、担当役員の白洲は国司家を訪れた。母に報告方々の弔問だった。「国司(浩助)専務の命で取り組んでいた冷凍えびが出来ました。専務の仏前に供えてください」といって白洲氏が我が家に届けてくれた話を母から聞いたことがある。「えびは本来仏前の供え物としては、ご法度なのですが、この仏は例外ですから」と白洲はいったそうだ。予てから葬式無用戒名不要といっていた白洲だが、さすがに、国司の葬儀や法事には仏頂面をして列席いていた、と兄直彦は語った。国司が亡くなり、戦争に協力体制をとる会社には魅力を感じなく立った白洲は、町田郊外に引っ込み、農家を買って移り住み、農業をしながら隠棲する。これが後の武相荘。そういえば、国司浩助が、若き日の白洲次郎氏を買っていた、ということを物語る第三者の記事がある。国司浩助は『人を読む力の卓越した人物であった』と、鮎川義介(日産コンツェルンの総帥)が書いている。*鮎川義介『百味箪笥』より引用国司は、鮎川が日産をつくった時、三人の人物を紹介して次のように述べた。「これからはいろいろたくさんの会社を操縦されるだろうが、どうしてもいろいろのすぐれたトップ・クラスの人物がいることでしょう。それには、あなたの子飼いだけではできぬ相談だから、急いで各方面からスクープされねば間に合いますまい。ついては、今、あなたにぜひとも会っていただきたい三福対の人物がいます」(原文のまま)そして名前を上げたのが、白洲次郎、井野碩哉(後農林大臣、法務大臣など)、高碕達之助(東洋製罐創業者、経済企画著長官、通産大臣、日中国交回復にも尽力、AAバンドン会議首席全権)の三人。いずれも国司が見抜いた偉材で、鮎川には未知未開の人たちであった。(小島直記著「松永安左衛門の生涯と人物」より) 国司浩助は、人の面倒見も良く、それは、自分が世話になった人に直接ご恩返しをするというよりも、「社会還元」である、と心得ていたようだ。因果応報、この辺は彼の仏教思想に基づくものだったのかも知れない。白洲の生きた戦前、戦中、戦後の時代と今とは異なるので、彼の生き方がそのまま現代、近未来にも当てはまるかどうかはわからないが、・どんな時代に生きても、「芯」がしっかりしていて、ブレないことは、本書のテーマである「楽を捨て、楽しく生きる」ことにつながるのである。 これは、小林一三がいう事業の精神にも通じるだろう。 小林は宝塚、阪急、東宝などの企業グループの創業者として知られているが、彼の事業は「大衆の喜ぶ事業」が中心で、「金儲け」は2の次ぎであった、といわれている。 グループのある企業の社長が「インサイダー取引まがいの株式投資をすすめて、「君たちは、そんなに金儲けがしたいのか」と一括されたというエピソードが伝えられている。 「金儲けして悪いのですか」と開き直ったファンドで違法行為をして逮捕、起訴された拝金主義の投資家に、小林の爪の垢でも煎じて飲ませたいところだ。 小林の遺訓には「平凡の積み重ねは非凡」という金言がある。 どんなにつまらなく見える仕事でも「積み重ねていけば、それなりの実績が残る」という意味だろう。白洲のいう「プリンシプル」と一脈通じるものがある。 「儲かりそうなものはないか」とあちこちつまみ食いしても、手元に残る実績は少ない。それどころか、結局借金だけが残る、ということになりかねない。 日本の企業の特徴である下請け。「寄らば大樹の陰」で、ひとつ親会社をつかんでおけば「半自動的に受注できる」。それに比べて、自主独立路線の中小企業は、何もかも自前で受注しなければならないから、非常に苦しい。しかし、下請けは、日本の人件費高騰などの経済的要因で、相次いで、海外に生産拠点を移す過程で、深刻な受注難に陥った。自主独立路線の企業は、堅実に業績を上げていった。この点については改めて後の項で取り上げる。個人の場合も同様で、しっかりした信念、持ち味があれば、世の中が変化しても影響は受けないで生きられる。
2009.09.11
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-昨日からの続き(職場での、熾烈な出世競争、足の引っ張り合いはあるが) 競争の敗者は、フリーターや派遣社員になり、不景気になれば、真っ先に首を切られて、「失業者」? 失業して、住む家もなく、すべき仕事もない、話を聞いてもらえる仲間もいない、それでも「感謝」しろというのか。何に感謝するのか、どうしろというのか。 面白くない、むしゃくしゃした、それで、「誰でもいいから傷つける、殺して誰かを道連れに自分も…」 こういうことが、愚かで、惨めで悲惨であることは、少し頭を冷やせばだれでもわかることだ。 一番いけないのは、・関係のない人を「巻き込むこと」 そしてその関係のない人の家族や関係者の人生までも、「破壊すること」だ。 だから、前記のような道の、・どこかで、スイッチを切り替えることだ。3.人生の展望=少し、道を遡ってみよう アスリートやプロ選手のように、猛練習や血の滲む努力をすることもできない、と考えた結果、安全で楽ができそうな、道=みんなと同じ学校へ行き、それも、塾などへ通わせて少しでも、学力、偏差値の高い銘柄校を目指し、いわゆる一流会社や官公庁への道を選ばせる。競争の勝者となり、志望校への入学、希望する就職先へ就職できれば1.いわゆる一流会社や官公庁への道が開け、平凡な生活が始まった。2.あるいは競争の敗者になって、二流以下の中小企業かフリーターの道へ。 この1.2.のいずれかに該当する人が、かなり多いのではないか。 12いずれの場合も、所属する組織の中で、「果てしない」競争が始まっている。その中で ・「少し苦労して、少し楽しみを得る」ことである。 それが何を指すのか。・ 組織の中で、上昇志向のレースに参加して、「出世」する。・出世しなくてもいいから、「人間関係」の中を巧みに泳いで、組織の中で生き残りを図る。・組織の中で、「採取できるものは収穫して、自分の存在価値=人財?としての価値を高め、他社に売り込む。・上記と同じだが、「再就職」は考えず、ベンチャーとして独立する。・「元手」を貯金し、それを資金に、資産運用を考える。(親譲りの資産があればなお望ましい)・資格を取得しそれを武器にビジネスをする。・手に職をつけ、職人=大工、左官、板前、庭師、菓子職人、ソムリエなどとして一匹狼としてやっていく。・田舎へ帰って、農業、漁業、林業、商店を営む。 このどれかを選んで、・「少し(中程度の)苦労して、少し(中程度)楽しみを得る」という道を選んではいかが? そのどれも嫌だと言うなら、成行きに任せて、行き着くところまで行くしかない。 ある程度うまくいって、それなりのポジションと収入を得られるようになるかもしれない。 しかし、万一うまくいっても、肩書きを外せば「ただの人」以下、なぜなら組織の力に依存して生きてきた人は、実務には疎くなり、人を頼らなければ生きていけなくなる。年をとって、ある程度のステイタス、地位、収入を手にしてから、「少し苦労して、少し楽しみを得る」道を選ぶのは、容易なことではない。 なぜなら、「楽をして生きること」に慣れきってしまうからだ。 私自身は、30代の後半から40代にかけて、「やり直し」をした。すなわち独立するまでは、自分で営業活動をしたことがなかったので、自分で自分を売り込んで、顧客を獲得する実務経験を積もうとしたのである。これは容易なことではなかった。 まして、50代~定年の60代になってから、やり直すことは、大変な努力を必要とする。 だからこそ、できるだけ若いうちに「少し苦労して、少し楽しみを得る」道への切り替えをはかることが賢明である。
2009.09.10
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2 ・「困難」を克服してこそ「喜び」がある前述のように、便利で楽な都会生活を送っていると、・与えられること、受け身の慣れた環境の中では、「楽」だが、「退屈」になり、その反面・喜びを感じなくなる。それだけではない。・毎日の生活や環境を恨めしく感じたり、不満を抱くようになる。都会生活に限らず、平凡で平穏な日常生活を送っていると何事も ・感謝することを忘れ、現状をありのままに受け止めることができなくなる。 考えてみれば、五体満足で戦争もないこの日本で、健康に暮らしていることがどんなにありがたいことか。戦乱や飢餓で苦しむ何万、何十万あるいはそれ以上の人々がこの世界にはいる、ということを忘れて、なんと罰あたりの輩がこの日本には多いことか。 こう考えれば、ほとんどの悩みや問題が解消するはずである。が、そうはいかないところが、人間の厄介なところ。 そこで、ごく普通の人が、現状に感謝するのがわかっていながら、それでも、不満を抱えたり、退屈したり、何か目先の悩み問題を抱えたときに、どうすればよいか、を考えてみよう。 結論を出す前に、まず、一般のごく普通の人がたどる道をトレースする。 前項で述べたアスリートやプロ選手のように、猛練習や血の滲む努力をすることもできない、と考える。たとえできたとしても、体力や素質の問題で結局は挫折する、だから初めからあきらめてしまう。あるいは、挑戦しかけても途中で断念するケースが99%だろう。そして大多数の人々はそれがはじめからわかっているから挑戦さえもしない。 親や周囲もそんなことを勧めたりはしないのだ。結果として、みんなと同じ学校へ行き、それも、塾などへ通わせて少しでも、学力、偏差値の高い銘柄校を目指し、いわゆる一流会社や官公庁への道を選ばせる。競争の勝者となり、志望校への入学、希望する就職先へ就職できれば・こうして、今の平凡で退屈な生活が始まったわけだ。
2009.09.08
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楽あれば苦あり、苦あれば楽あり1.「楽」と「楽しむ」は違う ・「登山」や「マラソン」、アスリートたちは、なぜ、苦しいのに挑戦するのかオリンピックや世界選手権、各種のスポーツの祭典で、アスリートたちが脚光を浴びる。文字通りの「スター」である。しかし、彼らは、文字通り「血の滲むような努力」努力の結果スターの座を占めたのである。一般の人たちが遊んでいる間も青春のすべてをかけて練習に励むのだ。 登山に関心のない人は「なぜ、あんなに苦しい思いをして、山登りをするのだろう」と思う。が、山の魅力を知った人にとっては、頂上を極めた時の何とも言えない爽快感、達成感が忘れられなくなり、何度でも挑戦するという。マラソンもそうだ。経験のない人には、42.195キロを走ることなど到底考えられないことだ。でも、オリンピックから市民マラソン、あるいは駅伝など、マラソンや長距離レースに人気が集まるのは、「完走」した時の爽快感はこたえられないものらしい。 いつも「楽」をする癖がつくと、「苦しい思い」をしてまで、何かをすることが億劫になってくる。 都会生活は「便利」だ。スイッチ一つで、照明、炊事、洗濯、入浴など日常生活に必要なインフラが完備している。湯沸かし器からお湯も出るし、電気や都市ガスで冷暖房も完璧な住環境。テレビにパソコンに携帯電話。ちょっと外へ行けばコンビニやスーパーで必要なものは何でも手に入る。(お金があれば、だが…) 電車やバスの公共の交通機関、特に、電車はラッシュアワーには3分―5分ごとに長い編成の電車が運行されている。それでも、運びきれないほどの人を乗せてひっきりなしに走っている。1時間に1本いや、半日に1本か2本しか公共機関がない田舎に住んでみれば、都会がいかに便利で楽かが分かる。もっとも、ラッシュアワーの混雑は「通勤残酷物語」。そのうえ最近では、痴漢騒動もストレス源になってはいるが。 こんな便利で楽な都会生活も、いったん慣れてしまうと「当たり前」になる。それどころか、「過密」「人間関係」からくるストレスに押しつぶされ、逃げ出したくなることもある。考えてみれば、人間とは、勝手なものだ。
2009.09.08
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新連載「変化を望みながら、何をしたらよいかわからない人」へ「人生」を「感動」のドラマに―閉塞を突破する「感動」のシナリオ=「起業」「転職」から、ライフスタイル革命まで URL集付き 国司義彦 プロローグ 企画趣旨あなたは、どんなドラマに感動するだろうか。何不自由ない環境に生まれ、何もかも与えられ、何事も「望めば叶う」。欲しいものは何でも手に入れられ、何ごとも思い通りに行くーそんな主人公のドラマに、あなたは感動を覚えるだろうか。おそらく、こんなドラマには、何の面白みもなく、感動も沸かないだろう。平和な時代に生まれ育ち、満たされた状態の中で、現代人特に都会生活者は「楽」と「便利」に慣れすぎて、面白くないドラマの主人公を演じている。そして、かえって出口のない閉塞感を味わい、「苦しんでいる」のではないか。一例をあげれば運動不足による「生活習慣病」。楽に安全に稼ごうとして大企業や役所など組織で働く「人間関係や仕事のストレス」。起業や資産運用で「楽をして稼ごう」として、かえって「金」に追いかけられ、「借金地獄」。 19世紀のアメリカの思想家ヘンリー・ソローはいう。「単に、金を得るための仕事は何もしないのと同じだ」と。 また、同時代に生き、日本の近代化の祖といわれた渋沢榮一は「大金持ちになるのは悪いことだと考えている。極端な話し、かりに国の財産を独り占めしたらそれは最大の不祥事である。」といって、余分な蓄財を戒めたといわれる。この本では、「楽」と「楽しむこと」は、字は同じでも、全く違うことに気付いていただき、現代人が陥りがちな、「閉塞地獄」閉塞スパイラルから、脱出して「楽しむ生き方」=人生というドラマに「感動」を味わうきっかけを与えようとするものである。 また、究極は「不本意な宮仕え」から脱出して、精神的・経済的自立を獲得し「楽しく、充実した人生」の実現を目指すことを目標とする。それは必ずしも「脱サラの法」ではない。脱サラしても、何かに依存し、従属していては「自立」したとは言えないからだ。逆に、会社や役所に勤めていても、自立していれば「楽しく、充実した人生」の実現は可能である。私自身は、独立自営の道を選び「自立」と充実の人生を実現したが、勤め人でも、可能と考えている。-
2009.09.07
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