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「挫折」は、「もっと他に相応しい場がある」と、高い視点から教えていると心得よ こういうときは本人も、当面の願いが実現せず気がついていないのですが、「大きな流れ」「広い視野」から見ると、実現しなかった「願い」は、あなたに相応しくなく、「もっと、あなたにピッタリの理想=「ゴール」や「プロセス」があったのに、「本人には見えていなかった」だけだった。そのことが、後になって本人にも分かるのです。 たとえば、「タレントになりたい」「プロ野球の選手になりたい」と思っていても、その願いが実現しなかった場合、「君にはもっと相応しいことがあるよ」あるいは「そうなるためには、もっと努力や経験が必要だよ」という天の「啓示」と考えるべきです。その証拠に、歌手でもスポーツマンでも、たまたま最初はうまくいっても、その後ジリ貧になって消えた人は大勢います。初め苦労して、下積みが長かった人は、頭角を現すと、長く、その世界で活躍し、貢献し人を喜ばせ、感動させるものです。 以下は、15~20年前に、私が発表した単行本で、『予兆』を感じて書いた内なので、参考までにその一部を紹介します。ここには、『現在そして、これからの日本と世界の重要な課題』を示唆する内容が書かれているからです。そして「心がけ次第で、先を見通し、それに備えることができること」を私は確信し実感しているのです。このように、古い話を引き合いに出したのは、自慢話を披露したいからではなく、この問題が、今なお日本の「重大な社会問題」だからです。日本は今も昔も・『人を大事にしない社会』です。・社会のリーダーがビジョンを持たず、・国家百年(といわずとも、10年のビジョンさえなく、)の計がなく、姑息な手段で、折角の市民の努力と汗の結晶を生かそうとしないから・個人、一市民としては、自分の身は自分で守り、備えなければならいからです。・「失われた10年」の政権下では、高度成長、バブル経済で獲得した日本の蓄積をいたずらに、無駄遣いし、『水ぶくれした国や企業(特に金融機関)の体制建て直しに何らの手を打たず、世界市場から取り残されました。さらに・『改革』に名を借りた5年間の小泉政権下では、本当に改革すべき官僚の汚職、保身、天下り体質には何らの手を打たず、ひたすら「郵政民営化」というピンと外れの政見とパーフォーマンスで国民を誤った方向に誘導し、『人間性軽視』の傾向には拍車がかけられ、事態はますます『悪化』し、ました。
2009.01.31
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● 縁と縁とを結ぶもの 私と佐伯社長との出会いには、演出してくれた人がいました。佐伯社長の部下であった石川貞昭氏です。部下であったというのは、石川氏が不慮の事故で帰らぬ人となったからです。 私にとっては生涯忘れられない一人です。 私が石川さんと最初に会ったのは、大野さんに触発されて、「自分の仕事は自分で探そう」 と、あちこちの会社の幹部を、手当たりしだい訪問していた頃です。東洋ガラスで応対した人が石川さんだったのです。 そのときは具体的な成果もなく、名刺交換をした程度でした。石川さんと私は何かお互いに親近感をもったものの、それほど強い印象は残りませんでした。 そしていわば「付かず離れず」の状態で何年か経ち、その間私は著書を出版するたびに石川さんに案内のハガキを送っていました。それも「売り込んでやろう」とか「本を買ってもらおう」などの魂胆があってしたことではなく、私は名刺交換した人の多くに出版の案内をハガキでしていただけなのです。 そのうちの一冊が『強いリーダーシップ100のヒント』ということであり、石川さんはこのハガキに興味をもち購読してくださったのです。その結果、「社長、こんな本を読みました。おもしろかったですよ」 と、佐伯社長に本が回覧され、私と出会うことになったのです。 私は、こうした何気ないやりとりの中に、実は人と人を結びつける「縁」というものの不思議があるような気がしてなりません。 つまり、人と人の「出会い」などというものは、「こうしてやろう」と思ってできるものではなく、日頃の何気ない触れあいの中から「自然に育つ」ものだと思うのです。 こうして一冊の本を媒介として、佐伯社長と石川さんと私は、きわめて自然に結びつけられていったのです。 これがキッカケで、私は東洋ガラスの関連会社で社員の能力開発や改善運動のお手伝いをすることになり、また佐伯社長が月一回開催されていた二火会(毎月第二火曜日に開催される昼食会)のメンバーにもなりました。石川さんもこの会のメンバーでした。
2009.01.30
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● ある経営者から教えられたこと『強いリーダーシップ100のヒント』という本が縁になり、私は東洋ガラス社長・佐伯邦男氏と知り合うことができました。佐伯社長との出会いで私が何を得たかは『問題解決の基本がわかる本』でご紹介しましたが、ひと言でいえば、佐伯社長は優れた経営者のみならず、人間性心理学やY理論の実践者であります。 佐伯社長の素晴らしさは、Y理論という言葉はいっさい使わず、したがって本の受け売りをしているわけでもなく、文字通り身をもって自分の立てた仮説を実行し、成功に導いていることでした。 一例をあげればTQCなどと銘打たずに、第一段階として「3S運動」を提唱して、整理・整頓・清掃を中心にボトムアップの小集団活動を開始しました。これは受け皿である社員の側の風土を見て、それに合った活動を定着させることを狙ったものです。 第二段階としてムダ・ムリ・ムラをなくそうとする「3M運動」に引き継がれ、第三段階として変革を目標とする「3C運動」を展開して、知覚・知恵・挑戦をスローガンに掲げました。いずれも現場から生まれた発想ですから、自然に受け入れられたのです。 佐伯社長に紹介されて、東洋ガラスの関連会社である東洋ガラス機械とコンサルタント契約したときのことです。佐伯社長は同社の社長も兼任されていました。開口一番に、「私はこの会社の社長だが非常勤である。あなたも外部コンサルタントとして、これから月に何回か指導していただくわけだが、同じ非常勤のアドバイザーとして、どちらがこの会社を盛り立てるか競争してみようじゃないか。その意味で私とあなたはライバルだ」 と、おっしゃるのです。私もいろいろな会社のトップの方々から、能力開発や業績向上の指導および助言のご依頼を受けてきましたが、こんな依頼をされたのは初めてでした。 こんな話もありました。契約を結んでしばらく経った頃、私自身には得るところも多かったのですが、目に見えた業績の変化はパッとせず、私はちょっと焦り気味でした。「今までのところ、あまりご期待に添えていないようで、申し訳なく思っています」 という私の言葉に、佐伯社長からの答えは「いや、初めからあまり期待していなかったよ」 と。ふつう会社のトップというものは、外部のコンサルタントに仕事を依頼すると、「どうだ、効果はあったか」 といいたがるもの。そして口に出していうかどうかは別にして、内心では、 「高い金を払っているんだから、早く効果をあげてもらいたい」 と、思うものです。ところが佐伯社長からは、「初めからあまり期待していなかったよ」 という、実に意外な答えが返ってきたのです。 これは随分と逆説的な発言のように思えますが、よく考えてみると、これほどコンサルタントを発奮させる言葉はないのです。 こういわれたら誰だって、内心では「よし、頑張って目にもの見せてやろう」 と、思うでしょう。外部の人に対してだけでなく、佐伯社長は社員に対しても、「ゆっくり行こうよ」 と、いわれるのです。こういわれた社員が、どう思うかを考えていただければ、このひと言の重みがわかるでしょう。いかに人の心の機微を理解し、人づかいがうまいかを知ることができると思います。
2009.01.29
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チャンスは連鎖的に訪れる 小川君との再会と相前後して、私は同業のコンサルタント稲田太作氏から、ある出版社の社長を紹介され、『管理能力の伸ばし方』と並行して、別の単行本の企画が進んだのです。それが『心豊かな営業マンの人生設計』で、この二つの本がいわば私の処女作です。 処女作が二つあるというのもおかしな話ですが、実際に書き上げたのは『管理能力の伸ばし方』が先であり、後から書き上げた『心豊かな営業マンの人生設計』が一ヶ月先に出版されたのです。そんないきさつが、この二冊にはあったのです。 このように「チャンス」というものは、「相乗的に」あるいは「連鎖的に」訪れるのです。そして、「ひとつの結びつきが、また次のものに実を結ぶ」ということなのです。『心豊かな営業マンの人生設計』を縁にして、その出版社からは八冊の単行本を出版することができました。その中には大野さんとの共著『飛び込みセールスで成功する秘密』も含まれますが、この本のおかげで私は大野さんと一層の絆を強めることになりました。 こうして私は、執筆・出版という仕事への足がかりを得たわけですが、それも平坦な道とはいえませんでした。何しろ本はありあまるほど出版されており、そのほとんどは初版で消えていってしまうのです。ご多聞にもれず私の本も、それほど版は重ねられませんでした。そうした中で私の次の転機になったのは、『強いリーダーシップ100のヒント』であり、その出版元のU社長との出会いでした。 U社長とは小川君の知人の知人からの紹介で知り合いました。同社長からはビジネスマンが求めているテーマを、コンパクトにまとめる方法を、徹底的に教えてもらいました。 私にとって七冊目の単行本でしたが、おかげさまで版を重ねることができ、その頃から大手の出版社や雑誌社から声がかかるようになり、私の執筆活動もようやく地に足がついてきた形になってきました。
2009.01.28
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「出会い」は「出会い」を連れてくるーチャンスは連鎖的に訪れる 小川君との再会と相前後して、私は同業のコンサルタント稲田太作氏から、ある出版社の社長を紹介され、『管理能力の伸ばし方』と並行して、別の単行本の企画が進んだのです。それが『心豊かな営業マンの人生設計』で、この二つの本がいわば私の処女作です。 処女作が二つあるというのもおかしな話ですが、実際に書き上げたのは『管理能力の伸ばし方』が先であり、後から書き上げた『心豊かな営業マンの人生設計』が一ヶ月先に出版されたのです。そんないきさつが、この二冊にはあったのです。 このように「チャンス」というものは、「相乗的に」あるいは「連鎖的に」訪れるのです。そして、「ひとつの結びつきが、また次のものに実を結ぶ」ということなのです。『心豊かな営業マンの人生設計』を縁にして、その出版社からは八冊の単行本を出版することができました。その中には大野さんとの共著『飛び込みセールスで成功する秘密』も含まれますが、この本のおかげで私は大野さんと一層の絆を強めることになりました。 こうして私は、執筆・出版という仕事への足がかりを得たわけですが、それも平坦な道とはいえませんでした。何しろ本はありあまるほど出版されており、そのほとんどは初版で消えていってしまうのです。ご多聞にもれず私の本も、それほど版は重ねられませんでした。そうした中で私の次の転機になったのは、『強いリーダーシップ100のヒント』であり、その出版元のU社長との出会いでした。 U社長とは小川君の知人の知人からの紹介で知り合いました。同社長からはビジネスマンが求めているテーマを、コンパクトにまとめる方法を、徹底的に教えてもらいました。 私にとって七冊目の単行本でしたが、おかげさまで版を重ねることができ、その頃から大手の出版社や雑誌社から声がかかるようになり、私の執筆活動もようやく地に足がついてきた形になってきました。
2009.01.27
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「挫折」は、「大きな力」=「天」が、「試練」を与えていると考えよ私の場合がそうでした。大企業に就職して、系列会社の経営、販売の指導に携わっているうちに、自分は「指導の能力がある」と思い込んで会社を飛び出したものの、なかなかうまくいきませんでした。それは、天が「まだ、修業が足りない。もっと、試練に耐え、経験を積むことが必要だ」と戒めていたことが後になって分かりました。もし、あのまま、すんなり、経営指導や本の著者としてデビューしていたら、恐らく、どこかで、つまずいて後で大変な苦労をすることになったか、立ち上がれないほどのダメージを受けていたに違いありません。「大きな力」がそうならないようにブレーキを掛けていてくれたのです。 独立を志して間もない頃、飛び込みセールスにやってきた大野秀規という人との出会いで、私は営業力の大切さを教えられました。それと同時に、抜群の営業力をもつ大野さんに少なからず世話になり、また反面、「とても彼にはかなわない」と、ある種の引け目を感じていたことも事実でした。しかし、大野さんとの付き合いを重ねていくうちに、私の持ち前の負けん気が顔を出しました。最初は彼に対抗して飛び込みセールスもやってみたのですが、とても敵ではないと思い知らされただけでした。そこで、「彼にはない自分の取り柄は何か」と、考えるようになったのです。 私の気持ちに迷いが生じていた頃、中学校時代の同級生であった小川明氏と再会したのですが、このことが私に大きな転機を与えてくれるキッカケになりました。 彼は私に執筆と出版をすすめてくれたのです。小川君が以前に連載執筆した雑誌の編集長を紹介してくれ、これが私の執筆活動の始まりになったのです。月刊『総務』に十二回連載された「管理者教育の進め方」は、私の原稿が初めて活字になったものであり、この連載をもとにして、翌年には単行本『管理能力の伸ばし方』が刊行されました。 こうして旧友・小川明君との「出会い」により、私は自らの道を執筆に求めました。私は自分の体験や考えを、活字にして世に問うという、表現のチャンスを得たのです。
2009.01.27
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「ツイてる人」も、「挫折」を経験している ついてるひとといっても、することなすこと思い通りにいくというわけではありません。ツイてる人も、「願い」が実現しないで、失望落胆することがあります。私も、何度もそういう経験を味わっています。しかし、そういう時は、第一に・ あきらめないことです。そして、あきらめずに努力しても、どうしても、願いが実現しなかったとき「自分はついていない」とか「自分はだめな人間」「ついていない人」と思わないことです。そういう時は・ 天が、自分に相応しくない。・ お前には、もっと相応しい道があると、「気がつくように諭している」のです。 あるいは・ お前が目指していることをするには「まだ、修業が足りない。もっと、試練に耐え、経験を積むことが必要だ」と教えているのかも知れません。
2009.01.26
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「ツイてる人」は、「予兆」をつかむカンが働く 世の中にはいろいろ思いがけないことや、アクシデントに巻き込まれることもあります。が、ついてる人は『予兆』を捉えるカンが働くので、難を逃れることができます。それは『虫が知らせた』というような動物的なカンが働くとも思われますが、それとは違ってなんとなく無意識にとった行動が後から考えると、「災難を免れた』ということの方が多いのです。それは理屈では説明ができないものでやはり・大きな力が働いて「そう」なっているとしか考えられません。これを『背後霊』という人もいますし、亡き人の霊がそう1しているという人もいますが、私には分かりません。私自身は父の記憶がないほど幼い頃に、父が死別しているので、亡父の導きを感じることもあります。実は、数年前から、「生き方探検倶楽部」という交流会を、私利私欲を捨て、善意で継続して来ました。しかし、私の好意を悪意で誤解し、予期せぬ中傷に遭い、挫折を経験しました。しかし、めげずに「わかってくれる人が一人でもいれば継続する」と覚悟し、続けました。本当にメンバーが一人だったこともありました。でも、続けているうちに、メンバーが一人増え、二人増え、最近になって、その交流会のメンバーの紹介で、「亡父の話を本として出版する話」が舞い込みました。誠に不思議な気がしているところです。
2009.01.25
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「ツイてる人」は、人に施した恩恵を忘れ、人から受けた恩恵は忘れない。これは、人に施したことを恩に着せたりしない。その反面人から受けた恩恵は忘れない。ということです。 ついてる人は、人柄がよく親切で人の面倒をよく見ますが、それは、『下心』があってしたことではなく、『見返り』を期待してやっていることでもないので、恩着せがましい言動はないし、態度に『いやみがなく、自然体』なのです。また、結果が期待に添わない場合も、相手を恨んだり、人間関係にもトラブルを起こすことはありません。そういう自然体が、本人の『人間的魅力』をかもし出し、多くの人に慕われるのです。 ついてる人はまた、自分が受けた恩恵は忘れないで、何とかそれに報いようとします。それは必ずしも恩恵を受けた本人に対してとは限らず「人間関係はめぐりめぐっている」ということを知っているからです。ですから、その気持ちは、めぐりめぐって、本人に還流し、「ツキ」となって戻ってきます。
2009.01.24
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「ツイてる人」は、仕事が好きである ついている人は『仕事』が好きである。文豪ゴーリキーは言っている。『仕事が好きならば、この世は楽園だ。仕事が義務ならば、この世は地獄だ」と。仕事が好きな人は、仕事に興味をもち、楽しむことができ、情熱を傾けるから、好奇心と関心をもち、アイデアも豊富、だから、人を喜ばせることができます。ですから、仕事にも成功を収め、多くの支持者にも恵まれます。そしてますます、ツキを呼ぶことができるのです。「ツイてる人」は、『夢』をあきらめない 仕事が好きな人は、『夢』をあきらめない人です。理想を掲げ、夢を持っているから、夢が実現できなくても、あきらめず、粘り強く、夢を実現する方法を工夫します。だから、普通の人では考えられないような夢でも、いつの間にか、実現しているのです。事情を知らない人には『ついているように見える』のです。しかし、彼(彼女)は、ついている人ではなく、・努力を続けることができる人であり、・粘り強い人であり、・情熱を持ち続ける人 なのです。 「ツイてる人」は、ビジョンをもち、それに沿った理想を持っている、といいました。ですから、周到な準備をして長い間かかって、理想を実現する作戦、戦略を展開していくのです。この間の陰の努力は、多くの人にみえません。
2009.01.23
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「ツイてる人」は、『夢』をもち、機会あるごとに、夢を語るつきを呼び込むには、いずれにしても、・まず「自立」することです。精神的、経済的に自立していれば、怖いものはありません。学生の場合は、『自立』に備えて、着々と準備を整えることです。今、親の世話になって、『すねをかじっている』場合は、『そのこと』を自覚し感謝すること、『自立を目指して今から備えて努力すること』です。仮に社会人になって経済的に自立しても、何かに従属し、依存していると、利害、打算が先に立ち「妥協」を余儀なくされ、卑屈にもなるのです。・自立していれば、権威や圧力にも屈することなく堂々としていられます。 いや、自立し、存在価値があれば、先方からアプローチし、協力を打診してくるでしょう。そうしたらこちらが『選べばよい』のです。・精神的、経済的に自立するには・他の追随を許さない『何か』をもつことです。それは個人にしても会社にしても、しっかりした理念、ビジョンをもつことから始まります。 それは『今の世の中、これからの社会には、こういうことが求められている』ということを常に考えて毎日を過ごすことから生まれます。 そのビジョンに基づいて、「理想をどのように具体化するか」ーこれを考えてみてください。そうすることによって、あなたの「存在価値」が生まれるからです。『夢』をもち、機会あるごとに夢を語り続けるのです。そうしているうちに、『夢』に『共感する人』が現れます。そういう人の中には、『支援してくれる人』も必ずいます。こうして、ついている人は、着々と支援者を増やし、夢を実現して行きます。また、支援する人を通じて、夢はさらに大きく広がっていくのです。
2009.01.22
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「ツイてる人」は、お金の使い方を知っている ツイている人は、お金の使い方を知っている人です。 たとえば、あるいは何かの拍子たとえば、・親から遺産を相続して・ギャンブルをやって、そして・仕事に成功して『意外なお金』を手にしたとします。そういうときに、あなたは「何に使いますか」 ツイている人は、手にしたお金の使い方を知っている人です。 有効に『多くの人のためになること』に使うのです。 逆に、有効な使い方を知らない人は、「無駄な使い方」をして、折角の『虎の子』を『散財』してしまうのです。 金額の規模にもよりますが、豪邸や別荘、ヨット、スポーツカーなどを購入したり、好きな異性の関心を買うためや息子や娘との遊興費にあててしまったり、もっとひどいのは、「サギまがい」の「儲け話」や「不毛な投資」に引っかかって、元も子もなくすだけにとどまらず「多くの借金」だけが残ったり、ということに使ってしまうのです。 多くの人のためになる『お金の使い方』は、後の章で紹介するような、有為の人材育成のためにお金を使うのです。 でも、最初からお金のない人は、この話は関係ない、と思うかもしれません。 そうではないのです。先ほどの話を逆転させれて考えていただけばよいのです。 つまり、あなたが「有為の人材」になるのです。その方法はこの後詳述し、後の章でも改めて取り上げますが、一言で言えば、・『夢』をもち、機会あるごとに、夢を語る、『夢』をあきらめない そうしていくうちに、・支えてくれる人=サポーターになってくれる人が見つかるというプロセスを辿ります。 まず、『夢』を持ちなさい。それを具体化する『戦略』を立てるのです。「ツイてる人」は、「ツイてる人」とめぐり合う 後の章でも紹介するように、ついてる人は必ず、「いい人」にめぐり合っています。それに、私自身の体験からも、ついてる人にめぐりったことが、幸運の始まりになっています。また、逆に、ツイてる人は、よくない人にめぐり合っても、その人の付き合いは、自然に避けるように、難を逃れるように導かれていくものです。また、相手も「この人とは縁がない」ということを自然に悟って、ついてる人の許から「去っていく」のです。 ついてる人は、ついてる人とめぐり合い、ついてる人のサポーターになります。あるいは、本人がサポートできる立場でなくても、サポーターになるような人を「引き合わせてくれる」こともあります。
2009.01.22
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これを実行すれば、あなたもツキを呼ぶ人 「ツイてる人」は、『大きなチカラ』『不思議なチカラ』を感じ、味方につける ついている人は、必ず、「大きな力」の存在を感じ、信じ、それを味方につけている。人生は自分の思うように行かないこともあり、邪魔が入ったり、障害に遭遇して立ち往生することも少なくありません。しかし、そういうときに、何らかの、大きな力を感じ、導かれてカベを乗り越え、成功、幸せを手中にしています。それを『天の声』という人もあり、宗教を信じる人は、神、仏ということもあります。私は、特定の宗教の信者ではありませんが、この宇宙、この世界を動かしている「見えざる手」「大きな力」を感じて、ツキを呼び寄せることを体験しました。それは、後で述べるように、「これだ!」という「信念」「理念」と言い換えてもいいと思います。このように言うと、難しく考えるかもしれませんが、『自分の理想』に忠実に、情熱を傾けることです。 私の場合も、『人間性の尊重』に目覚め、同志にめぐり合い、それを、機会あるごとに、語り、それをあきらめないことです。 すると不思議に、『大きな力』が働き、成功へ導いてくれるのです。しかも、この不思議な現象、ツキ=支援は、『波状的に』起こってくるのです。とどまる所を知らないほどの勢いでやってきます。 私の場合は、長い間苦労して、目指していた長期コンサルタント契約があっという間にまとまり、複数の出版社から、新刊の話が持ち込まれ、しかも、出せば次々に増刷ーという今から考えたら『夢のような話』=ツキが舞い込みました。 この『夢のような現象』は、その後約20年も続きました。 が、その間に、世の中は大きく『変わりつつあった』のですが、それが現実の形となって姿を現したのは、ずっと後のことでした。 実は、この辺に、「ツキを逃す」ポイントもあるのですが、「ツキを呼ぶ人」は、『時代の流れ』をつかむ『予兆』をとらえる『感覚』を磨いています。 もちろん、時代の流れが変わっても、『不変の法則』はあり、一時的には、『埋もれて目立たない時期もあります。 ですから、一時的には「ツキに見離された」ようでも、後から振り返れば、それが、正しい『選択』であったことが分かります。そういえば、今日はアメリカでオバマ大統領が誕生した日でしたね。アメリカの大統領に黒人で初めてなったのですから、ここまでは、ツキまくっている男というべきでしょうが、?????オバマがついてるのか、ついてないのかーそれは、これからのお楽しみ(*^_^*)?
2009.01.21
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営業ができれば、「不況」も怖くいない?つまり、どんな世の中になっても、顧客開拓のできる人なら、年齢、学歴に関係なく食っていけるということです。ところが、皮肉なことに「営業」は多くの人が「苦手」とし敬遠する傾向があるのです。 でも、他方には、「営業が好き」という人もいます。そういう人たちは、必ずこの仕事に「喜び」を見出しています。このタイプの人々に言わせると「いろいろな人に会って話ができる」ことを好きな理由としてあげることが多いのですが、「人に会うのが苦手」という人にはこれは、どうにも理解できないことでしょう。特に、営業活動をした挙句、断られ、門算払いを食わされたりして「対人恐怖」になっている人もいます。そんな人に営業に興味をもて、好きになれといっても無理なことに思われます。しかし、意外にそうでもないのです。・ 世の中にはいろいろな人がいる。今日はどんな人に会えるかなと考えて訪問するようにすると、意外に人に会うのが楽しくなるものです。 私の場合は、若い頃営業実務の経験がなく、コンサルタントとしていきなり営業マン教育を担当するようになりました。ところが、「理論」「理屈」だけでは、通用しないのが、この世界。受講生の中にはベテランセールスマンもいて「先生、この商品を売る自信がありますか」などという意地悪な質問をする人もいて、内心「ギクリ」とする経験も味わいました。 しかし、40歳近くなって「これではいけない。ホンモノの営業社員教育、人材育成を自信をもって実施するためには実戦経験が必要と一念発起、「飛び込み訪問」も実際にやってみました。 40歳に近い中年男が、見知らぬ客を訪問して、たいていは門前払いを食わされながら、飛び込み訪問をやっている姿を想像してみてください。屈辱感や劣等感が先にたって、はじめはなかなかうまくいきませんでした。自信を失いかけた頃、あるお客さんから、親切に声をかけられ、お茶を入れてくれたり、新しい見込み客を紹介されたりしたのがきっかけで、自信がつくと同時に『今日はどんな人に会えるかな』と気持ちを切り替えて営業活動を続けました。こうして、一人のお客との出会いがきっかけとなって、次第に実績を上げることができるようになりました。
2009.01.20
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〇仕事の「楽しみ」の見つけ方仕事が面白くない、張り合いがないという悩みを解決するには・クールになろうと前にも呼びかけました。確かに、むしゃくしゃ、イライラしているときは、現実の生活から少し離れた角度から自分と周囲をクールに見直すことが先決です。 問題は、その「後」であり、そこから「先」です。・毎日の仕事の中で「楽しみ」を見つけるように心がけることです。「楽しみ」といっても、必ずしも「面白おかしく」という意味とは少し違います。・毎日の生活の中で「意義」を発見すると言い換えてもよいと思います。・いま、担当している仕事が、「関心の持ち方」次第で将来、役に立つとしたらどうでしょうか。〇嫌いな仕事にも関心を持とう*経理は推理小説よりも面白い? 私は、20代の頃、経理や数字、統計が大嫌いでした。あるとき、先輩から「会社の経理は技術だよ」と教えてもらって、考えが変わりました。「経理は事務」と考えるのが常識ですが「経理は技術」という視点で見ると・経理を知ることで、会社の経営状態がわかったり「経営」全体がわかる技術だとその先輩は教えてくれ、さらに、経済新聞などに決算期に紹介される「決算書」の見方を手ほどきしてくれたのです。一見無味乾燥に見える決算書ですが、損益計算書と貸借対照表を見ることによって、会社の現状(損益や資産内容)が手に取るようにわかる――これは実に楽しく有意義で、いろいろな意味で役に立つことがわかりました。 そして、まず、自分の会社が上場会社の場合は、会社の財務諸表に関心をもって、現状や将来性を診断すること。これは、その会社が自分の一生を託す価値があるか、それとも、転身を考えるべきかの重要な手がかりになります。次に、公開されているよその会社の経理報告を分析しても、いろいろ面白いことがわかってきます。中には、実際に儲かっていないのに、儲かっているように見せかけたり、逆に儲かっているのに、儲かっていないように「所得隠し」をしていることもあるというのです。もちろん、それは、企業にとって、「トップシークレット」であり、万一うそが発覚したら、刑事罰で告発される大問題ですから、外部のものにはわからないように上手に「加工」してあるに違いありません。しかし、損益計算書と貸借対照表を仔細に見ていくと、ある程度「推察」」ができるようになるのだそうです。そのノウハウは、ここで、一口ではいえませんが・不自然なところが読み取れる決算書は、「灰色」、つまり、「怪しいな」ということが推察できるらしいのです。 これは、先輩に言わせると「推理小説」よりも面白いことだといいます。実際に、こういう方法で「怪しいな」と検討をつけておいた会社が後に問題を起こし、倒産に追い込まれたり、不正経理で告発されたケースがわかったりすると一種不思議な興奮を覚えるのだとその先輩は言っていました。 この先輩のように他人のあら捜しをすることは、あまりお勧めできません。が、これを次のように考えてみたらどうでしょうか。・あの、ライブドアの粉飾決算が見抜けたか・リーマンブラザースの破綻が予測できたかどうか?・公開されている「財務諸表」を手がかりに、将来有望な会社を見抜いたり、株価の値上がりを予想して、実際に株の売買で利益を上げることができる。 私の場合は残念ながらそこまで「実益」を上げることはできませんが、少なくとも、嫌いだった経理を毛嫌いせず、経営の勉強の有力な手がかりに活用する「技術」と考えられるようになりました。
2009.01.19
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「鑑識眼」とは1今、自分はどういう状況にいるかを判断する力2決断し行動を起こすべきか、耐えるべきかを判断する能力3人を見る目といいました。1今、自分はどういう状況にいるかを判断する力2決断し行動を起こすべきか、耐えるべきかを判断する能力については、「複眼の視点」を持つことといったらよいでしょう。 車の運転をイメージして下さい。 安全運転には、目先、足元を確認して適切に対応することが必要です。が、それだけに、こだわっていると、車自体がどちらへ向かっているか、わからなくなり、そのうち、考えもしなかった迷路に迷い込むこともあるのです。いま、多くの人が、このような過ちを犯して、右往左往しています。 足元、目先に注意すると同時に「少し遠くに視線を向ける」ことです。 そして、「自分はどちらへ向かおうとしているか。どちらが望ましい方向かを判断して、そちらへ『進路』をとることです。」たとえ大多数の人が向かっている方向と違っていても、自分の信じる方向へ進路をとることです。 その進路決定に重要な役割を果たすのが、「3の人を見る目」です。 職場で、人を見る目を養うことはもちろんですが、異業種交流会などで、いろいろな所へ顔を出して、「この人は、信用のおける人か」という目で、人を見る目を養う練習=シミュレーションをすることです。次に、自分の能力は「世間一般に通用するかどうか」と判定することです。自分の担当職務を一通りこなすというだけでなく、「世間一般に通用する知識技能を習得すること」を意味します。一般に、企業の規模が大きければ、仕事は細分化されているのが普通で、担当業務をマスターするだけでは世間に通用することは難しいと考えた方がよいでしょう。これは特定の職務だけに限った話ではありません。たとえばコンピュータ関係の仕事でもこんな例がありました。Cさんは10年前、ある食品会社でコンピュータの導入を手がけました。導入当時社内には、Cさんをおいてコンピュータのエキスパートは1人もいませんでした。ところがそれから十年たった頃、コンピュータは飛躍的に進歩し、業務の方も、Cさんが導入したシステムでは処理しきれないほど情報量が増えたのです。Cさんは、日々の業務に追われ、それ以上のことは何もしませんでした。そんな時、あるコンピュータソフトが紹介され、そのソフトが会社の現状にピッタリ合っていることが分かりました。ところがいざ導入段階になって、Cさんの知識では全く役に立ちませんでした。後輩のDさんが代わりに導入にあたることになったのです。Dさんは他社から中途入社した人ですが、この会社の機種だけでなく、他のメーカーの機種や新しいソフトなどを幅広く知っていたことがここで役立ちました。CさんとDさんーひたすら目先の業務に追われていたCさん。自分の会社以外の機器・最新ソフトに関心を持ち、その情報を集めて「応用力」を身に付けたDさん、その差がはっきり出たのです。今のうちに、一般社会情勢や世界の動きなどにも関心を持って、「広い視野でモノを見る」習慣を身に付けておいた方がよいでしよう。その際、人があまりやりたがらないものにチャレンジすべきです。多くの人がチャレンジするテーマは競争も激しくPI(パーソナル・アイデンティティ=個人として、他の追随を許さぬ特性)も確立し難いからです。 自分は世間一般に通用する能力を持っていて、しかも、今の職場ではその能力を十分に生かせない、と判定したら、「決断し行動すべき」でしょう。そうでないなら、通用する自信がつくまで「耐える」ということも必要です。 とにかく、世間一般に通用する能力が身についたら、「選ぶのは、こちらであって、決して企業が選ぶのではない」と考えて下さい。
2009.01.18
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あのハムレットの名せりふ「to be or not to be=生きるべきか、死すべきか」ほど深刻ではないにしても、人が生きていくには、これに準じた判断を必要とする場面がいくらでもあります。 たとえば、「今の仕事はつまらない。会社を辞めるべきか、もう少し辛抱すべきか」「今の夫(妻)とはしっくりいかない。別れるべきか、もう少し様子を見るべきか」 「現代の若者は辛抱が足りない」とお年寄りやシニア世代(50代以上?)の人たちはいいます。確かにそういう面もあります。(もう少し、辛抱していれば、仕事も覚え、面白味も出てくるのに。技術も習得できて『一人前』として世間から認知してもらえるのに)という状況なのに、自分のわがままで軽率な判断をして、会社を辞めてしまい、また、ゼロからやり直しーの繰り返し。 これではいけませんね。先にも呼びかけたように、むしゃくしゃ、イライラしているときは、現実の生活から少し離れた角度から自分と周囲をクールに見直すことも必要です。 が、前に紹介したようなシリアスな場面では、一刻の猶予も許されず、決断すべきです。〇『鑑識眼』を持つー人生の王道を歩くための「人生の宝」「鑑識眼」とは1今、自分はどういう状況にいるかを判断する力2決断し行動を起こすべきか、耐えるべきかを判断する能力3人を見る目を含みます。これこそ、まさに『魔法の杖』ともいうべき人生の宝。これさえ手に入れたら「毎日を生き生きと楽しく過ごす」ことができ、人生の王道を歩むことができます。『鑑識眼』は非常に重要なので、今後、機会あるごとに何度も出てきます。言い換えれば、その宝とは、いつもハラハラし、失敗と後悔の連続で過ごすことのないようにするための『鍵』、さらに進んで『幸運をつかむ鍵』を手に入れたことになります。 ところが、大多数の人は、こういう鍵を手に入れる道を求めようとせず、・どうしたら、成功できるか、有名になれるか、金持ちになれるか、出世できるか逆に・どうしたら、今の災難や悩みから逃れることができるかという安易な道を求め、・結論を急ぎ、かえって、『茨の道』に足を踏み入れているように思われます。これから、「仕事の悩み」解決法から、「日常生活の楽しみ方」を充実させるヒントまでさまざまな角度から考えていくことにしましょう。
2009.01.17
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毎日の暮らしの中の『悩み』?―心の中を整理してみる毎日の暮らしの中の悩みーといっても、人により状況により千差万別です。・仕事がうまくいかない、面白くない、張り合いがないという悩み、それ以前に・『仕事が見つからない』という失業の悩みもあります。・家庭や職場での人間関係の悩み、中でも夫の暴力や妻の浮気それに子育ての悩み・お金の悩みもあるでしょう。これらの悩みや問題を「十杷一からげ」に「えい、やあ!」と一刀両断に、ズバッと解決できる『魔法』?もちろんそんなものはありません。 でも、実はその『魔法』に近いもの、いやもっと、決定的な解決の『秘訣』があるのです。 それは何か。『心構え』を変えることです。言い換えれば、・心の中を整理してみることが先決です。 たとえば、新聞やテレビなどで「夫の暴力や借金などで生命の危険にさらされ、早く手を打たなかったために、命を失い、負傷し、心の傷を負った」という事件などが時々報道されます。いや、最近では、日常茶飯事といっていいほど、毎日のように悲惨なニュースが流されています。 こういう事態になりそうだったら、もちろん・一刻も早く『決断』し『行動』しなければなりません。「そんなことは当たり前だ」とあなたは思うに違いありません。そういう判断ができるだけ、あなたは今、この問題に関しては、冷静な立場にいることを意味しています。前に・ クールになりなさいとアドバイスしたのは、こういう意味があったからです。 多分、大多数の読者は、事件や犯罪に巻き込まれるほど『切実な状態』にいるわけではないでしょう。 しかし、ここでいう「状況判断」そして『決断』は、どんな状況になっても不可欠なことです。心の中がクールな状態になったら、会社や周囲やあなた自身を、じっくり「ウォッチ=観察、評価」するのです。すると、世の中も自分も「愛おしく=いとおしくなる」、そして「事態も大きく変化する」はずです.
2009.01.16
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☆「今の職場や仕事上の『面白くないこと』を紙に書いて眺めて見よう。「こんな生活は何の価値があるのだろう」「彼(彼女)は何様だと思っているのだ。」「すべてが面白くない」など、思う存分、心に浮かんだことを紙やカードなどに書いて、眺めて見るのです。すると、そんなことで悩んでいる自分自身を笑い飛ばせるはずです。かつて私もやってみて、私は思わず吹き出してしまったことがありました。 でも、次のように考える人もいるでしょうね。(こんなのはごまかし。目先を変えても実態は何も変わらず、何の解決にもならないではないか)と。あるいは(だから、フリーターでもNEETでも、気ままに生きたほうが勝ち)と。 そうかもしれませんね。でもこんな風に考えることもできます。そんな大宇宙の中のとるに足らない小さな存在だからこそ、「あなたも私も奇跡的な存在」だと。 あなたという人物は、あなただけの意思でこの世に生まれたわけではない。何億分の一の確率でこの世に生まれてきたのです。それに、・今まで、面白いこと、感激したことも少しはあったのではないですか。・「これをしているときはわれを忘れる」ということはなかったですか。・生まれたばかりのあなたをここまで育ててくれたのはだれですか。・それに引き換え、ほかの人に「してあげたこと」はどれだけありましたかこう考えたとき、あなたには、「やるべきこと」がまだまだたくさんあるはず。・「あの人のようになりたい」という理想像や憧れはありませんか。・一番あなたらしい姿は?こんなことを考えたら、・やるべきことが山ほどあったことに気づくことでしょう。これは以前にも書いたことですが、大事なことだから、何度でもいいますよ。(*^_^*)
2009.01.15
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*今日から文体が変わります。<私も、毎日が辛くてたまらない、という経験をしたことが何度かありました。そういう時は、まず、クールに、そして次に「周囲とあなた自身をじっくり観察する」のです。すると、何もかも違って見えてきて、すべてが面白くなってきます。が、とにかく、ここは焦らず「クールになること」。今、職場で働く社会人には、正社員からパートタイマー、アルバイト、派遣社員いろいろな立場の人たちがいると思います。が、その中で、『本当に毎日が充実している』『楽しい』と感じている人がどのくらいいるでしょうか。おそらくそんなに多くはないと思います。「だから、あなたも我慢しなさい?」いいえ、そんな答えは出しません。それでは何の解決にもならない? そうですよね。では、どうしたらいいか。「クール&ウォッチ」=「冷静な判断ができる状態をつくり、よく観察せよ」と私は提案します。実は「会社を辞めるか辞めないか」そんなことは、大きな問題ではないのですが、それはひとまずおいて、まずクールになること。相談者は、会社や職場やそして家庭の環境にさえ、うんざりしています。そんな心境が痛いほど伝わって来ます。・現状に対して、ホットな(カッカとしている)状態です。落ち込んでいるときは、クールで冷めていると考えがちですが、実は内面はホットで『冷静さを失っている』のです。人間は感情的になっているときは、冷静さを欠いています。そんな心の状態で、「よい判断」ができるはずはありません。 まずは、・いつもとちがう環境に浸って見ること。海外旅行にでも出かけるのです。忙しくて、とてもそんな暇のない人もいるでしょう。別に旅行しなくても・現在自分の置かれた環境を客観的に眺めることはできます。そこで、クールになるための具体的な方法を示します。☆「郊外で、夜空の星を眺める」―すると、「地球もこの大宇宙にきらきら瞬く無数の小さな星屑のひとつ。その地球のこんな小さな島国で、だれが偉い、だれが有名などといっても、大した違いはない」と気づくはずです。☆そして、信じなさい。祈りなさい。この大宇宙を動かしている『大きな力』によって、父母の力を『借りて』私はこの世に生まれてきた『奇跡の存在』です。その『大きな力』によって、素晴らしい道へ導かれてゆくのです。今、逆境にあるように思えても、それは『大きな力』があなたに与えた『試練』です。必ず、道は開けます。災難に遭遇しても『大きな力』は、必ず、私を『守ってくれている』と。これは、宗教ではありません。宗教を信じる人は、この『大きな力』を神といったり、仏といったりするようです。神でも仏でもいい、とにかく『大きな力』が、あなたを生み、あなたを育て、導いている。決して、間違った方向に導くことはない、と。『自殺』などを考えてはいけない。『自殺』しても誰も喜びません。救われません。親や家族が悲しみ、癒しがたい心の傷を作り、遺します。家族の心の傷は癒えることがなく、心の奥底に残るのです。大勢の人に迷惑がかかります。あなたの無残な遺体は、誰が片付けるのか、考えて見なさい。 道路で車で轢かれた犬や猫の死骸を目にすることがあるでしょう。もし、自殺したら「あれ」があとに残る姿だと思いなさい。まぐまぐ「時代を読む」新構想で復刊 アクセスは下記へ(購読無料)http://archive.mag2.com/0000134629/20090114115431000.html
2009.01.14
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これからの世の中は何が幸いするかわからない。少し前までは大企業や官公庁に入れば一生が約束されたようなものだったあなたはどんな職場で働いている社会人か。それとも学生か。 首尾よく大企業に入っても、今では、そこが倒産すれば失業し再就職さえ難しくなった。一般に、大企業では仕事が細分化されており、よほど意識して努力しない限り、『受身の人生』を送ることになり、生きていくための技術、知識が身につかないからだ。 公務員の最大の保証は「クビにならない」ことだった。だからこそ、既得権を持っている人たちは『天下り先』にしがみつき、それを必死に守ろうとするのである。しかし、この場合も生きる知恵は得られず、「世間知らず」の人間になってしまうことに変わりはない。いずれにしても、大きな組織に依存すれば「寄らば大樹」の体質が身について、組織なしでは生きていけない存在になる。公費、税金を使って贅沢三昧、王侯貴族のような生活、視察と称して贅沢な海外旅行。不祥事、汚職、贈収賄で、最後は告訴され、有罪判決を受けて、晩年は「刑務所の塀の中」―というかつての政治家や高級官僚もいる。有罪、無罪は別にして、裁判所や国会で衆目に晒され、「灰色」=疑惑の目で見られるーこんな一生に、あなたは憧れるだろうか。そんなことはないはずだ。○ 学歴も頼りにならない前回、世界的に識字率が高い日本で、教養や見識があるはずなのに「自分は何をすべきか」「何をしてはいけないか」を認識し、判断する力が麻痺した人々が多くなったことを嘆きました。 では、自分が何をすべきか、何をしてはいけないか、を判断する力、そして自分の身の回りで何が起こり、どうなっていくかを見通す力は、どうすれば身につくのか。明らかに、それは机上の勉強から身につくものではない。そんなに難しく考えなくても、「何をすべきか」「何をしてはいけないか」は、ごく自然に、誰でもわかるはずである。前の日記にも書いたが 論語に次のような一対の言葉があります。1 学而不思則罔 学びて思わざれば、すなわち罔(暗)し2 思而不学則殆( 思いて学ばざれば、すなわち殆(危)うし1は「いくら勉強しても、それを活用しなければ役に立たない」(政府高官や銀行の首脳がいくら高学歴で物知りでも、米国の不良債権に巻き込まれ、財政赤字、原油高に対処できず危機的状態に追い込まれ国の将来を誤らせる。)という意味。役に立たないどころか、大きな災い、害悪をもたらすことが今の世情は示している。2は「経験やカンばかりに頼ると独善に陥り、身を誤ることになる。」(いかに経験豊かな経営者、政治家、実務家も「経験」や「カン」に頼りすぎると独善に陥り身を誤る。)と戒めている。私が実践してきた『幸せ実現の法則』を示そう。「洞察・現状分析」―「展望」―「理想」―「戦略」―「実行」。しかし、イザ、具体的に、いかにして、『洞察し、展望し、理想を掲げるか』また、『戦略』を立てるか、となると、どうしていいか分からない、という人がいることも確か。そこで、このプログラムをもう少し具体化して『日頃の行動指針』と『人生の5つの扉=罠』を列挙してみた。前半には「日頃の心構えや行なうべき日常行動」が示されている。後半には幸せを妨げる5つの扉=罠(欲望の誘惑)=それを克服すれば道が開ける扉が示されている。「幸せ実現の行動指針」心身の健康、感情コントロール、自分と他人を知る、よき友、パートナー『渦』から離れてみる、精神的、経済的自立=プロの技、「感性」を磨く自然への畏敬の念 『志』を立てる=『理想』 「人生を誤らせる5つの罠」=人生の5つの扉思い上がり 自己中心、(差別、偏見) 骨惜しみ、(責任転嫁) 依頼心、(過度の同調欲求) 異常な金銭欲、独占欲 =罠(欲望の誘惑) 幸せ実現のためには、まず「志」=「理想」を立てること。それにはー人の役に立ち、人を喜ばせることで「自分ができることは何か」と考え、『できること』から着手する。しかも、最も『自分を生かすものは何か』と考えてみること。今の所、世間に通用する特技がないとしたら、とりあえずの課題は、「精神的、経済的な自立」かもしれない。 どういう『志』を立てるかはそれぞれの個性、能力、置かれた環境、状況によって、さまざまである。その具体的な手順、方法については、後日、取り上げる。ここでいっておきたいのは、心に何かを決めたら、とにかく行動化することである。『価値ある』と思われる当面の課題を設定して、一歩踏み出して「小さな成功」を収めモノにすること。「モノにする」とは、必ずしも理想像を百%極めることではない。 スタートを切らずに文句、能書ばかりいっている0点とは、雲泥の差。10点~20点の取り方がわかれば、100点に到達するのは、時間の問題だからである。いや、ひとつ弾みが付けば、加速度的に、意外に早く目的を達成できるものである。 以上のような心構えでのぞめば、はるかかなたに見えた『志』、理想、目標も、いつの間にか射程距離に入っている。 ただし、予想外の障害にぶつかって、苦労するようなら、・「立ち止まって、状況を見直すこと」・「作戦の再構築」も必要となる。状況は刻々と変化しているからである。 しかし、ジックリ練ったあげくの目標、作戦ならば、それほど大きな軌道修正は必要としないことが多いはずだ。その場合は「マイナーチェンジ」「時期を待つ」などの策をとるべきである。そして・できるまで「継続」「反復」すること。いずれにしても、・まず「自立」すること。精神的、経済的に自立していれば、怖いものはない。学生の場合は、『自立』に備えて、着々と準備を整えること。今、親の世話になって、『すねをかじっている』場合は、『そのこと』を自覚し感謝すること、『自立を目指して今から備えて努力すること』。仮に社会人になって経済的に自立しても、何かに従属し、依存していると、利害、打算が先に立ち「妥協」を余儀なくされ、卑屈にもなる。・自立していれば、権威や圧力にも屈することなく堂々としていられるだろう。 いや、自立し、存在価値があれば、先方からアプローチし、協力を打診してくる。そうしたらこちらが『選べばよい』。・精神的、経済的に自立するには・他の追随を許さない『何か』をもつこと。それは個人にしても会社にしても、しっかりした理念、ビジョンをもつことから始まる。そのビジョンを具体化することによって、「存在価値」が生まれるからだ。偏見をもたず、思い上がらず謙虚な心で『志』を立てれば、『自己を確立すること』は十分可能となある。『健康』特に『心の健康』は全ての『基本』。『志』を立て、自立し感情コントロールを心がければ、概ね『健康』も実現できるはずである。「5つの扉」とは、言い換えれば「正しい判断を阻む罠」。低次元欲求(異常なほどの金銭欲や独占欲)や他人への羨望を含む5つの『扉』=罠、これらは、私たちの判断を狂わせ人生を狂わせする。これで一生を誤った人は非常に多い。と同時にこれらを戒め、クリアすることによって、幸せ実現、成功に至る「扉」でもある。 日ごろここんに示した「5つの扉」に示した事項を戒め、「行動指針」を実現できるようになる。たとえば「自己中心」を戒めれば「自分と他人を知ること」につながるだろう。「思い上がり」もしなくなる。 「依頼心」を戒めれば、自分と他人を知り、自他の存在価値に目覚め、経済的、精神的に自立し、「骨惜しみ」や「責任転嫁」もしなくなる。「価値ある目標」を発見できれば「基本的欲求へのこだわり」も少なくなり「骨惜しみ」もしなくなる。 「自然への畏敬の念」をもつようにすれば、「基本的欲求への過度のこだわり」もなくなり、「自己中心」傾向も改善される。「思いあがり」もしなくなるーという具合だ。このように、幸せ実現の行動は、全てが関連し合っているので、どこから始めてもよい。幸せに一歩近づき、5つの罠(欲望の落とし穴=誘惑)から身を守ることもできる。 要は形にこだわらず、とにかく「実行」し続けること、そうすれば、心を強化し心身も健康で、自信をもって生きられるようになる。気がつけば、本当に強く幸せに生きられるようになっている。 こういう人が本当の意味で「強い人」であり、心豊かに生きられる。 躓いても構わない。とにかくチャートにある項目を実行すること。そうしているうちに、気が付けば人生の扉を開き本当に強い人たちの仲間入りができ、幸せを実現できる。先に、自己実現のプログラムは洞察・状況判断→展望→理想→戦略→実行である。「現在自分の置かれた状況を知る」「今後どうなっていくか」「自分にとって何が理想か」「その理想を実現するために何をすべきか」を考えること。社会全体の動きや周囲の状況への対応を考えないと、思わぬ障害にぶつかって自己実現が阻まれる場合もあるからだ。 未来のことはだれにもわからない。しかし、「多分こうなるだろう」ということはおおよそ見当がつく「何が理想か」は、それぞれの人がそれぞれ描くこと。「志」「理想」を描いたら、「発信し続けること」「これという人に語り続けること」そういう中から、「真の仲間」=「同志」や「サポーター」「支持者」も見つかるはず。共感しない人はいったん近づいてきても、やがては「離れていく」。これが、人に騙されないコツ、真の仲間を「選別する」コツでもあるのだ。参考までに私の考える理想とは みんなが心身健康で自由で充実感を味わえる社会」「正直者が報われる社会」です。 ところで「自分のことは自分が一番よく知っている」という人がいますが、意外にそうでもない。 それぞれ『自分ができる』と考えていること以外にも、いろいろな可能性を秘めているのだ。人生に、『遅すぎる』ということはない。「幸せ実現の行動指針」に沿って、原点に帰って再スタート、再チャレンジすること。
2009.01.13
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現代社会はストレス社会と言われる。神経症に悩むビジネスパーソンはもとより、学生や主婦など神経症と名前がつかないまでも、日頃から、不眠や言い知れぬ不安、「空しい思い」に悩まされている人を加えると、精神的な悩みを抱えた人の割合は、想像以上に大きいはずである。 神経症と言っても、いろいろあり、たとえば、赤面恐怖症、強迫神経症、不安神経症、閉所恐怖症、性同一性症候群、性的神経症(不感症)不眠などなど多種多様。 不安神経症は、根拠のない不安に襲われるもので、典型として、人に会うと赤面するのではないか、どもるのではないか、あるいは、眠れないのではないか(実際に赤面したり、どもったり、不眠になる)と言う症状。また、静かな演奏会場で大声を出すのではないか、自殺するのではないか、殺人を犯すのではないか、気が狂うのではないか(実際に実行に移されることはほとんど皆無)と言う症状。 強迫神経症は不合理な理由から同じ行動を繰り返さずにはいられない症状。何回も手を洗わないと気がすまない、戸締りを何度も確かめないと安心できない。見るもの全ての数を数えなければ気がすまない。何かをするとき儀式的な行動をせずにいられない、など。 早く言えば神経症とは自分でもおかしいと思いながら意に反する行動を起こす症状。自分はなぜ、こうした変な行動をしてしまうのか、過敏に思い悩んでしまう。ただし、変といっても、精神病が明らかにおかしいことを本人は大真面目でやっているのと異なり、神経症は、本人が気にするほど健常者とのちがいは顕著でないのが一般的といわれている。あなたも私も一つぐらい思い当たることは?
2009.01.12
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・斉藤啓一著「フランクルに学ぶ30章」に次のような、ヒント(太字)が書かれている。この中に混沌の現代に、「希望」を見出し、精神を復活させる「手掛かり」が見つかるに違いない、と思った。・小さなことがきになる人へ 小さなことが気になるのは“自分は神のように完全である”という思い込みから、・「悩み」を抱えている人に 人間は悩みに苦しむのではない。悩んでいる「自分自身」に苦しむのだ。 「思いついたことを書いて「眺めてみよう」自分を笑い飛ばせるかも知れない。 自分自身を笑い飛ばすことが、苦しみから解放される第一歩・不眠症に悩む人へ 「眠らない」努力が不眠症を治す・男女の愛や、EDなどセックスで悩む人へ愛の喜びは「捕まえようとする」と逃げていく。快感を求めると快感は逃げていく(V・フランクル)
2009.01.11
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[前略]われわれはこの地上には二つの人間の種族だけが存するのを学ぶのである。すなわち、品位ある善意の人間とそうでない人間との『種族』である。二つの『種族』は一般的に広がって、あらゆるグループの中に入り込み潜んでいるのである。もっぱら前者だけ、あるいはもっぱら後者だけからなるグループと言うのは存しないのである。その意味でどのグループも「純血」ではない。…だから看視兵のなかには若干の善意の人間もいたのである。強制収容所の生活は疑いもなく人間の奥底に一つの深渕を開かせたのであった。この深みにおいてもなお人間的なものを、すなわちあるがままの人間的なもの、善と悪との合金としての人間的なものを見ることができたのは少しも不思議ではない。あらゆる人間存在を通じ善と悪とを分かつ亀裂は人間のもっとも深いところまで達し、収容所が示すこの深淵のなかにも見ることができたのである。(V.フランクル「夜と霧」みすず書房版、霜山徳二訳文意要約)強制収容所の所長にも、囚人をかばい、暴力を振るわず、病人には、薬を提供した人もいた。 逆に、ユダヤ人でも、ユダヤ人の弾圧・虐待に、ナチスに手を貸し人もいた。―というのだ。つまり、その人の属しているグループ(国、組織、部署)に関わらず、『人間的』なもの=(品位のある言動)を示す人もいれば、そうでない人もいるということだ。Vフランクルは第2次大戦中悪名高きアウシュヴィッツをはじめ、ナチスドイツの強制収容所で、家族を虐殺され、自身も死よりも惨い辛酸をなめ九死に一生を得て生還しその時の記録を「夜と霧」という名著として出版した精神病理学者。というより、「生きる意味」を提言した求道者である。今日の言葉は、国連安保理の停戦決議を無視したイスラエルとパレスチナの人々にも言えること。これがわかれば世の中から、対立も紛争も戦争さえもなくなるのだが…
2009.01.10
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NHK教育TV1月8日21:00-23:00「 青春集合アラハタのすべて」を見た。アラハタとはaround 二十歳、今年成人式を迎える20歳前後の若者という当世流行語だそうだ。昨年around forty 40=アラフォーがはやり、それをもじった英日合成語、今はすぐに勝手な言葉を作り、しかも、あの、NHKが番組のタイトルに使うのだから、何とも、中期高齢者?はやり切れない。ついでに、番組のアンケートに、「現代の日本は、イケテますか?」イケテますかは、辞書(広辞苑)にも出てこない。こんな日本語、私は認めたくないのだが、この方が、アラハタにはよく通じるのだろう。この質問は内容的には重要なのでわざわざこういう表現を使ったに違いない。この大事な質問の答えは、約70%が「いけてない」。これは、「今の日本がよくない」特に「政治家をはじめ国の指導的な立場の人が、どうしようもなく堕落し、頼りない」という意味のコメントを伴ったものだった。が、「未来に希望がもてるか?」という質問の答えは「肯定的な答えが52%、否定的な答え48%」で、予期以上に前向きなのに、少し安心した。もちろん、個々にはなかなかしっかりした考えを持っている人たちも少なくなかった。それにつけても日頃のマスコミのだらしなさ、政治家と同罪か、もっと良くない。今の若者がすべて堕落し、大麻や携帯にうつつを抜かし、無差別にあるいは親を殺すような印象を与える報道はやめてほしい。(もちろん、見なければよいだけの話で現に、私たちは新聞は読まないし、テレビも選んでしか見ない。)マスコミ人に猛省を促した
2009.01.09
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生き方探検倶楽部の初会合。尊敬するS元社長は風邪気味で欠席。わざわざ、自分の所感を述べたFAXが会場に入った。さすが、ドタキャンしても、やり方が行き届いている。「風邪は万病のもとですからお大事に」メールした。Sさんは普段元気といっても83歳の高齢だし、風邪を押して出席すれば、他人にうつすおそれもあることを考えれば、欠席は正しい判断だ。会は冒頭私から「これからの世の中は、生きる意味を見出せば、道は開けるが、生きる意味を見失った人は、『閉塞感』がエスカレートしてますます、行き詰まる。」と述べた。幸い今日の出席者はそれぞれ「生きる意味」少なくとも「目標」を持って暮らしている人たちだ。それから、会食、歓談。今の社会、特に派遣切りなど失業者と雇用不安の問題、犯罪など社会不安、相変わらずの戦争、テロなど不穏な世界などについて、いろいろ話題になった。終了間際偉大なる主婦Oさんから提案。「皆さんから今年の抱負を述べてもらったら」と。それぞれ今年の抱負を述べてもらった。(省略)特に、Oさんが「バブルのころに比べれば収入も5分の1になった。でも、考えてみれば、月に10万もあれば暮らしていける。息子も一人前になったし、少しは人の役に立てれば、いうことなし」とキラキラと頬を少女のように輝かせてそういった。これは、冒頭の私の提言よりも具体的で、説得力がある。人間、「欲張りすぎ」はいけない。今の日本の社会は、便利になりすぎて、なんでも「楽」を求め、労を嫌ってかえって苦しんでいる。「帰農」のすすめ、「半農半Xのすすめ」をしたいところだ。が、農業が嫌いな人もこの精神だけは、大事にして、少なくとも・すすんで体を動かすこと・何か人のためになることを考えること・「楽」と「楽しいこと」は違うこと・楽しいこととは、何か目標を達成したり、困難を克服したとき、得られるものであることを知ってほしいと思った。そういう意味で、出席者全員の志が伝わり楽しい会になった。中でも海外から一時帰国したAさんが、これまでの仕事に加えて、新たに身障者支援のボランティアに情熱を燃やしていル近況報告をした時、その目は、キラキラと輝いて見えた。一年の「計」とする初会合は、楽しく、充実した雰囲気の中で終了。
2009.01.08
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今日は東京で「自分再発見」について話し合う。大先輩のS元社長も出席。今、農村、山村、漁村は過疎に悩み、都会では派遣切りに象徴される失業、就職難、目標喪失「閉塞感」に進路と「夢」「希望」を見失って「漂う」ホワイトカラーがあふれている。このミスマッチをなんとかできないか。大上段に振りかぶれば、「生きる意味」を見失った人々が「それ」を見出すことができるか。見出した人には「活路」が開かれ、見失ったままの人は、行き詰まる。
2009.01.07
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「文章千古事」と「社稷一戎衣」は、唐代の詩聖杜甫のことば。「文章千古事」と「社稷一戎衣」(しゃそく=国)は一戎衣(いちじゅうい=はかない)」 はそれぞれ別の作品の言葉だが、関連付ければ、「文章は永遠の命を保つが、国は、はかないもの。」という意味になる。後世の人々がいろいろな所に引用している。杜甫の代表作『春望』では、安緑山の乱により、荒れた長安の都の風景を歌った作者が、国は威容を誇っても、はかないものであることを痛感する一方で、わが身は幽閉されても、文人として、『書いたもの』は永遠の命を保つ、という信念を持っていたことをうかがわせる。国は(=威容を誇った漢王朝も前漢、後漢合わせて約300年、杜甫が生きた唐王朝も289年)はかないもの。一方古代ギリシャのヘロドトスの『ヒストリエ』と並んで世界の最も古い史書といわれる司馬遷の『史記』と作者司馬遷を讃える唐時代の詩聖杜甫の言葉は、物書きをライフワークにした私に、強い心の支えとなった。日本水産は2年後に創業100年を迎える。同社は、水産業を取り巻く、悪条件の中で、長らく低迷を続けていたが、現社長の垣添直也氏が「国司浩助氏論叢」を発見し、そこに「経営の原点」を見出し、「ニッスイの原点」という本に再編集して全社員に読ませ役員、社員の意識改革を図ったところ、見事に業績回復、復配するまでになった。私は「書いたものは、内容が新鮮ならば生き続ける」ことを見直した。その「国司浩助氏論叢」→「ニッスイの原点」再編集に当たった同社の大田吉一氏とは(同社社史編纂室長」)百年史編集の取材(母や兄など関係者はすべて他界し唯一の生き残りの親族として)を受けたのが縁で、大田さんには、生き方探検倶楽部の中心になってもらっている。大田さんは、私以上に(*^_^*)国司浩助のことをよく知っており、心酔してくれている。この仕事を通じて古い文献や資料を調べて、生き返らせる「才能」があり、私からも「ライフワークにしたら」と勧めているところである。
2009.01.06
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「私には夢がある」これは、人間の「平等」を訴えて、志半ばで凶弾に倒れた(1965)マーチン・ルーサー・キング牧師の1963年8月28日公民権運動のデモ、通称ワシントン大行進におけるスピーチの有名な一節である。*公民権運動とは1950~60年代アメリカの黒人(アフリカ系アメリカ人)が公民権を求めて行った大衆運動。「わたしには夢がある.それは、いつの日か、かつての奴隷の息子と、奴隷所有者の息子が、兄弟として同じテーブルに腰をおろすことだ」この運動のきっかけのひとつになった象徴的な事件の映画化されたものをBSで放映。それは、デパートの勤め帰りに、バスで白人に席を譲らなかった黒人女性の「抗議」から端を発した。当時、市街地のバスは、黒人、白人で「差別」され、同乗できるバスでも、黒人は白人に優先的に席を譲らなければならなかった。その黒人は、バスの椅子に座っていたところ、後から乗ってきた白人に席を譲れと言われて、その申し出を拒否しトラブルになった。これをキッカケに立ち上がった黒人たちの「非暴力」の抵抗がバスボイコット運動。その中心になったのが、キング牧師で、様々の反対派の嫌がらせ、放火、投獄などの障碍を乗り越えて、遂に最高裁の勝訴までの闘いを描いたもの。それを支えたのは、インド独立の父ガンジーの「非暴力」の抵抗と聖書の教えだった。やはり、物事の基本理念が大切だということを再認識した。 こんなことは、日本の社会では考えられないことだし、もちろん、アメリカでも、このところ、国務長官は黒人系(パウエル前長官、ライス現長官)、そして決定づけたのは今回のオバマによる初めての黒人大統領の登場によって差別撤廃は地に着いた感がある。 しかし、「差別」「偏見」はパレスチナの紛争(もはや戦争)やインドのヒンズー教徒とイスラム教徒の対立、抗争、中国のチベット問題など、まだまだ、火種は尽きない。そしてキング牧師のいうもう一つの名言がここで俄然、注目される。「最大の罪は…大多数が傍観することだ」官民の贈収賄をはじめとする不祥事、いじめ問題などが深刻化するのは、問題そのものよりもむしろ、それが起きているとき、あるいは発覚しそうになったとき大多数の人々が、傍観し、関係者が「隠蔽」してしまうことでは、ないだろうか。 何か問題が起きても「傍観」て「隠蔽」工作をみてみぬふりをする傾向。これこそ、キング牧師が「最大の罪」といっていることであり、大きな問題をさらに増幅させて、取り返しのつかない問題にまで、深刻化させる元凶である。私たちは、不祥事=「問題」を「傍観」している人がいかに多いことか。 幸い、戦後60年余り日本は概ね平和で静かに暮らせた。が、ここへ来てアメリカ発の金融破たんが実態経済の不況に波及し、失業などで苦しむ「弱者」は国内外に急増している。ひとたび目を海外に転ずると、飢餓に苦しむ人、戦乱に巻き込まれて親兄弟や自分の命さえ奪われる人々、地雷や、地震、風水害、津波、洪水、旱魃で苦しむ人々は数多くいる。・キング牧師の「最大の罪は傍観」という言葉に、わが身を照らして、恥ずかしくないと堂々といえる人がどれくらいいることか。正直、私自身も、胸に手を当てて考えると、一瞬ぎょっとする。(もちろん私なりに少しは実行してきたつもりだが、同時に「それで十分か」と問われると、堂々と胸を張るわけには行かない。)無力からか、臆病なのか、まだまだ、できるのに実行していないことも少なくないと痛感する。できるところから、ささやかでいい。自分なりに「問題意識」をもって、少しでも「人の役に立とう」と心がけ、「傍観者」でないようにしたい。
2009.01.05
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NHKBS1月3日19:10-21:00放映、「若者が語るどうする日本の平和貢献」は日本の若者、ノルウェー―、アフガニスタン、アメリカの若者も参加してのディベート。日本の若者でNGOで実際にアフガニスタンで平和維持活動に参加した人や中東やアフリカで暮らした人、自衛隊員、それに、大学院、大学生など。特に現地アフガニスタンで活動経験のある人、アフリカケニアで生まれ育ち、日本に帰国、日本とアフリカを行き来している女子大生(野坂さん?)のスピーチは理路整然としているだけでなく平和に対する姿勢がしっかりしていて感動した。「平和が脅かされている地域から帰国すると日本では平和が当たり前になっていて危機感、切実感がない。憲法の価値への認識もない。特に憲法9条は、日本の平和にとって、かけがえのないもの、「海外での平和貢献の邪魔になっているので改正したい」との動きもあるが、むしろ話は逆で、世界に誇るべきものであり、この思想を世界に広めていくことが、本当の平和貢献である」という論旨には百%賛成。クラスター爆弾の廃絶の条約締結にリーダーシップを発揮するなど世界的な平和運動を展開するノルウェーのNGOの青年も彼女の意見を支持していた。それに比べ、アメリカの青年は「日本が平和を維持できたのはアメリカの傘の下にいたからで9条があったからではない」と反論。また、「アメリカから軍隊を派遣しなければ、アフガニスタンやイラクにはタリバンやアルカイダなどテロリストがはびこり、平和は維持できなかった。また、今米軍が撤退すれば、内戦状態になるおそれがあり、テロの温床になる。」とも。これに対して、NGOの一員として実際にアフガニスタンで平和維持活動に参加した日本の若者は、「NGO活動を展開していた当時は現地の民間人から感謝されていた。が、米軍が駐留し、日本が自衛隊を派遣して後方支援するようになって、かえって、米軍の攻撃の犠牲になった現地民間人の恨みを買い、日本がアメリカの片棒を担ぐことによって復讐の標的にされる恐れが増した」という報告は説得力があり、政府や自衛隊の出動が民間の日本人の志や支援活動の邪魔になることも考慮して、慎重を期することが必要だと痛感した。現地の実情や心情も理解せず、霞が関や永田町の論理で、安易な決断を下すな、といいたい。一部の日本の若者の中には日本の政治家や官僚、外交官の意見に影響を受け、「日本の国際的な評価」を気にする傾向もみられたが、これは、危険であり、間違っていると私は日ごろから感じている。現地の事情に詳しい人々が訴えていたように、個人も企業も国家も「他人からどう評価されるか」が第一義ではなく、「人間(個人、企業国家)として、どうあるべきか。自分の(企業、国)の存在価値はどこにあるのか」「現地の人たちは何を求め、何をしてほしいか。何で困っているのか」を問うことが先決である。ひと昔前アメリカの高官からShow the Flag と迫られ、自衛隊の海外派遣の前例を作ってしまった日本の政治家の「愚」を繰り返してはならないと思う。「唯一の被爆国として核廃絶を世界に訴え、戦争放棄、国際紛争の解決手段として武力を行使しない」とした憲法の崇高な精神を世界に「啓蒙」することこそ、日本の平和貢献の基本であること。戦争体験のない日本の若者が予期以上に、この「本質」を知っていること、世界の若者もアメリカの愚かな政治家や軍人の悪影響を受けた一部を除けば、以上の考えを理解していることを知り、少し「安堵」の感を覚えた。
2009.01.04
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有機農法で奮闘中のIさんが息子を連れてやってきた。息子さんは現在はフリーターだが、『農業を継ぐ決意をすべきか』迷っている。親子二人で、オルガニックの野菜を沢山携えてやってきた。Oさんはヘンリー・ソローの「森の生活」や陶淵明の「帰去来の辞」を読んで現代の都会生活とホワイトカラーのライフスタイルに矛盾と限界を感じて、お向いの別荘に一人でやってきて3年目の冬を迎える。現実から逃避の引きこもりではない。京都でやっていたシステムエンジニアの仕事ならここ(那須)でも出来る」と経済的にも自立し、生き方は「前向き」だ。が、『この辺で、何か、まとまったプロジェクトを立ち上げよう』と考えている。彼の友人Aさん。彼は超一流企業に就職しながら、金融業界の「裏」を知れば知るほど、矛盾に満ちた業界から足を洗い、とりあえずOさんのシステムエンジニアの仕事を引き継いで、現金収入を得て生活を支えながら、京都で家庭菜園などをやって、本格的な農業稼動を目ざしている。正月や休みにわざわざ那須の友人を訪ねたのだ。―30代の青年が、「変化」を目指して動き出している。そしてIさんは団塊の世代、私と隣人の小林さんは、70代のシニア(中期、後期高高齢者?(*^_^*)だが、自分たちの経験と企画を若い人たちに生かしてもらおう、という放談会?である。金融不安、雇用不安、政治の矛盾、いろいろ話は出たが、Iさんの息子さんは、新しい視点と発想で農業をやれば、「有意義で面白い仕事になりそうだ」と継ごうと決心が90%固まったようだった。それだけでも、実りの多い「新春放談会」だった。「(今すぐではなくサラリーマンも悪くはないが、いずれは、サラリーマンから農業関連の起業へ」基本的なライフワークの決意表明をした息子は、勤めの都合で放談会には参加できなかったが、人々、特に30代の働き盛りの心の中で確かに何かが変わり始めている。
2009.01.03
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「有機農法、専業農家を継ぐべきか」いよいよ専業農家を嫌ってフリーーをやっていたIさんの息子が、親の農業を継ぐべきかの相談にやってくる。同じように専業農家を嫌って都会の農政事務所のサラリーマンをやっていた父親が定年を機に親の農地を継ぎ、有機農法をはじめた。「奮闘している父親を助け農業を継ぐべきか」という決断のため、私に相談するためやってくる。大学院を卒業して、我が家の向かいに住んで、「森の生活」にあこがれ模索しているOさんと彼の親友で人も羨む超一流企業に就職しながら「将来に希望がない」と、退職して、Oさんがやっていたシステムエンジニアの仕事を引き継いでやっている青年も話し合いに加わる。どういうことになるか!??(*^_^*)
2009.01.02
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昨日から泊りがけで青森から訪ねてくれた息子夫婦に隣人のKさん向いのOさんそれにOさんの友人が加わって未来展望の大討論会?(*^_^*)官僚でも大企業のサラリーマンでも保証のない今日、どうやって、閉塞感を打破するか、「自分のやりたいテーマを見つけてそれに邁進することが必要だ。Kさんの提言は、那須山ろく地域に、牧畜、癒し、エネルギーの総合的なプロジェクトを作ること。群馬県の高崎にクラインガルテン(市民農園)を20年以上も前から企画運営しているTさんの話や京都郊外で展開している『半農半X研究所』の話を紹介した。息子は『やりかた次第で、農業はなりたつ。企業のサラリーマンでもそれなりの生き甲斐はあるがやはり、自分のライフスタイルを確立したいという。明日は、実際に『有機農法を実践しているIさんも加わって、大討論会は続く。
2009.01.01
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