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今日は朝から雨がしっかり降ってとても寒い。 妹を羽田空港まで送っていった。 ANA13:50発のフライトで機上の人となり、15:25分頃に松山空港に無事 到着した。やはり空港職員に車椅子を押してもらった。ほっと一安心。 妹と過ごした10日間をまとめた。 3月22日 晴れ 羽田空港へ出迎え 23日 晴れ ミュージカル「キャッツ」を見て感激した。 24日 雨時々曇り はとバスに乗って一日東京見物 25日 晴れ 東京ディズニーランド 26日 晴れ 東京ディズニーシー 27日 晴れ 千葉県立美術館 千葉市花の美術館 28日 晴れ 東伊豆方面旅行 熱川温泉に宿泊 29日 晴れ 南伊豆方面旅行 30日 曇り時々小雨 帰宅準備 宅配便送付 31日 雨 羽田空港へ見送り 何といっても晴れ女の私の威力で、晴天が必要な場面はすべて晴れだったことが 特筆に価する。 雨とか小雨とかの日もあるが、その日は別に晴れて無くても支障が無い日であった。 伊豆で五ヶ所もの桜を晴れた日に鑑賞できたのもすばらしい。 自分としては精一杯妹を楽しませたつもりである。妹もとても喜んでくれた。 でも日程の後半になるとクライミングに行きたい、山を歩きたいという気持ちが 日々つのってきていたことも確かであった。 さあ、これで責任は果たした。 クライミングに行こう。山にも登ろう。
2008年03月31日
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今日は寒く朝から雨で、妹の休息日には丁度良い。 ベートーベンのバイオリンソナタ「クロイツェル」を聴いた。 バイオリンソナタの中では最高峰と言われる名曲である。 この曲はバイオリンとピアノがまるで、葛藤・相克するように追いかけたり、 反発しあったり、畳みかけたりして曲が展開する。 聴いていると非常に心を揺すられる。 自分の心が今、混沌とした状態なので、共感的に聴けた。 旋律も「スプリングソナタ」のように流麗な旋律ではなく、まるで音の断片としか 言いようの無い短い音の切れ端しか出てこない。 しかし、この音の断片を素材にして作曲者は実に見事な構成力で、曲を組み立てる。 「これぞベートーベン」と納得しながら聴いていたが、突然昨日石廊崎を 巡っていた時、心に浮かび上がった歌を思い出した。 ~ 岬めぐりの バスは 走る 窓に 広がる 青い 海よ 悲しみ 深く 胸に 沈めたら この旅 終えて 街に 帰ろう ~ 山本コーターローの自然な発声とリコーダーの音が素朴な雰囲気である。 この曲は私に足摺岬の青い海と明るい陽の光、一人で四国の最南端を旅したあの日を 思い出させてしまう。ある種の郷愁をともなって迫ってくる。 「過ぎ去ってしまった青春」というような寂しい気分になってしまった。
2008年03月30日
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伊豆の旅二日目はまず伊豆半島の最南端石廊崎を訪ねた。 小さな湾から遊覧船に乗って海側から石廊崎灯台を見、和尚岩や蓑かけ岩などを 見学した。遊覧船がけっこう揺れたので心配したが、妹はそれが面白かったらし くて、デッキにでて楽しんでいた。 海中からそそり立っている蓑かけ岩が迫力があった。 石廊崎から西伊豆の海岸線に出て、堂ヶ島、土肥などを通り、松崎に出た。 ここは川の両側に延々と桜並木が続いていて、薄ピンクの雲がふんわりとたなびく ように春の陽に輝き美しかった。ほとんど全部がソメイヨシノだった。 次は修善寺など中伊豆を通って三島にでた。途中城山のすぐ下の道路を通った。 時間が午後4時過ぎだったせいか、城山には誰も取り付いていなかった。 ここのスクールゾーンを登った日を思い出した。 クライミングに夢と希望を抱き、がんばっていた日だ。 三島大社のしだれ桜が抜群だった。 大社の参道からすでにあたり一面うすピンクの桜の花で埋まり、中に入ってみると 枝垂桜が美しい枝ぶりに小さめの可愛い花びらをたくさんつけて、上品な色合いで 垂れ下がっていた。 それが池をはさんだ両側に競うように咲き乱れ、水面にその姿が映り圧巻だった。 すばらしい眺めだった。 値一刻千金とはこのことだ。 今日はお日柄がいいのか、結婚式があったらしく白無垢と羽織袴の新郎新婦を二組 ほど見かけた。この美しい桜とともに挙式するあまりのめでたさに思わず 「おめでとうございます」と声をかけたら、新郎から「ありがとうございます」と 返事が返ってきた。 この二日間妹は何から何まで珍しく満足していたように見えた。 土産を「誰々の分」と言いつつ大量に買っていた。 楽しい二日間が無事終わった。
2008年03月29日
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今日から妹を連れて伊豆方面に一泊二日の小旅行にでた。 伊豆の五ヶ所の桜を見、温泉で寛ぐことが目的である。 高速道路がかなりの渋滞だったが、そこそこの時間にまず小田原城に着いた。 堅固で真っ白な城に桜が満開で時代劇のような雰囲気を感じた。 桜には城が似合うことを実感した。 次は大室山である。 ここの桜はソメイヨシノ、大島桜、台湾緋桜などいろいろな 種類があって、大島桜はすでに葉桜っぽく、台湾緋桜は赤っぽいピンクがとても 目だちほぼ満開と桜の種類によって咲き方がまちまちだった。 大室山が青空をバックにすっきりとなだらかな山容を見せ、妹はこの山がとても 気にいっていた。 次は伊豆高原の桜並木を見た。桜のトンネルが延々と続いていて、桜祭りがあるのだろう、 雪洞もつるされていてとてもうららかだった。ここはすでに一部は葉桜になっていた。 今日たずねた場所は幕岩の手前の小田原、城が崎近くの大室山、伊豆高原とこの冬に 行った岩場の近くばかりで馴染み深かった。 宿泊地は熱川温泉である。窓下に海が果てしなく広がり、とても静かだった。 はじめて妹と二人で来た旅、ゆったりと過ごした。
2008年03月28日
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今日は休息日として予定を入れていない日だった。 しかしとても天気が良く、妹もそう疲れていなかったので午後千葉県立美術館と 千葉市花の美術館を訪ねた。 県立美術館はほとんど来館者がなく、貸しきり状態で鑑賞できた。やはり浅井 忠の 作品がすばらしく、なじみがあった。 花の美術館は花がデザインされ、計画的に植えられていてとても美しかった。 春の日差しを存分に浴びてたくさんの花が咲き乱れ、それを見ると心が癒された。 どちらも妹を車椅子に乗せ、押して歩いた。 春の一日をゆったりと寛いで過ごせた。
2008年03月27日
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今日は予定どおり妹をディズニーシーに案内した。 昨日に続きすばらしい天気に恵まれた。妹は雨女で人生の節目はいつも 雨だったそうだが、私は晴れ女なので、姉の方が強かったのだろう。 今日は最初から順調だった。 まず4Fの駐車場から妹が杖をついて降りてきたのを案内の青年が見つけて、 1Fの駐車場に案内してくれたので歩く距離が短くて楽だった。 さらに入り口ですぐ車椅子を借りたので妹の足の具合を神経質に気にせず楽しめた。 「ベネチアのゴンドラ」に乗ったら特別の乗り場から懇切丁寧な対応をして もらった。さすが障害者に手厚いディズニーリゾートである。 今日も乗り物は3つしか乗らなかったが、昼間の水上ショー「レジェンド オブ ミシカ」 がすばらしかった。 鳥や動物をかたどった巨大できれいな船にミッキーやミニーなどのアイドル キャラクターやダンサーがたくさん乗っていてとても楽しい雰囲気だった。 これを見た子ども達は幸せを感じるだろう。想像の世界が現実に目の前に 展開するのを感じるだろう。夢やあこがれを持たせるショーである。 でも小さなミッキーの着ぐるみの中に入って踊っているのは誰なんだろう。 大人が入るには小さすぎるし、子どもの動作とは思えない動きだし。 いつも感じる疑問である。 妹に夜のショーを見せたかったが、開始が8時過ぎてしまうので、諦めて帰宅した。
2008年03月26日
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今日はディズニーランドへ妹を連れていった。 朝、9時過ぎに自宅を車で出発し、湾岸道路が混んではいたもののそこそこの時間に TDLに着いた。 でも到着時はまだまだ地面に隙間があったが、どんどん人が増え、午後になると ものすごい大混雑になった。 妹は足が弱く長時間歩くことはできないので、車椅子を探したのだが、 うまくゲットできなくて結局歩きで回ったのが失敗だった。 ゆっくりゆっくり足をかばいながら歩き、アトラクションの前で何十分も待つため、 結局アトラクションを3つと午後のムービーオンのパレードを見たところで、 妹の足が限界になった。 お土産を買うのも人と人との間をかき分けて品物を選び、レジに並びとても大変だった。 しかし、お天気に恵まれ、青空の下でパレードを見れて妹は喜んでいたように見えた。 私は人にもまれ長い時間を費やしてあのような人工物を見て回るのはかなり苦痛だったが、 パレードは楽しめた。 明日はディズニーシーだ。午後に出発して夜景や花火を見せてやりたい。
2008年03月25日
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今日は朝から雨模様であったが、妹を連れてはとバスで一日東京見物をした。 朝9:30に東京駅丸の内南口からきれいな黄色のはとバスに乗って出発した。 主な見学地は皇居、新宿住友ビルで昼食、靖国神社、国会議事堂、浅草、お台場、 東京タワーなどだった。 皇居では坂下門から雨に煙る二重橋まで歩かねばならなかったので、妹の足が心配 だったが、何とかがんばって歩いてくれたのでよかった。 靖国神社は桜がほぼ満開だった。他の場所では今にも咲きそうだがあと一息という 風情なのにここだけきれいに咲いているのが不思議だった。 浅草では雨が上がっていて、妹は仲見世で買い物を楽しんだ。 五重の塔裏側に市川団十郎のブロンズの銅像があった。 歌舞伎「勧進帳」の中で「弁慶」が花道に向かって飛び六方を踏む姿だった。 お台場ではフジテレビの24階まで登って自由の女神やレインボーブリッジ、周辺の 高層ビルが林立する都心の風景を見た。 妹は松山に比べてビルが高いのに非常に驚いていた。 一日あちこち回って結構疲れたが、妹の東京見物をしたいという希望をかなえることが できて私も嬉しかった。
2008年03月24日
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今日は妹と一緒に五反田のキャッツシアターへ「CATS]を見にいった。 久しぶりにミュージカルを見た。すばらしかった。 山ばかり行って文化面に触れていなかったことを本気で反省した。 特に強く印象に残ったのは出演者たちの鍛えぬかれた体の美しさ、身体能力の高さ、 迫力に満ちた群舞、ネコに似せながらその内面を表現している独創性に溢れた衣装、 そして舞台と客席が一体となったキャッツシアターの舞台としてのユニークさなど 総合芸術としてのそれぞれの部分がすべてぬきんでていることだった。 特に群舞の造形は圧巻だった。 また、場面の構成の仕方がこれまでに見たミュージカルや歌舞伎と似ていた部分もあった。 ゴキブリたちが踊る場面はタップダンスがふんだんに取り入れられていたが、群舞の 形や衣装が「ミス サイゴン」のある場面を思い出させた。 シャムネコが登場するシーンで強い雄猫が船の前で多数の兵士に刺されて死ぬ場面の形 は歌舞伎の「知盛」の最後の形とそっくりだった。 またこれとにたような場面は映画「 ? 」でも見た。(不甲斐ないことにこの映画の名前 がでてこない。老化だ。) 出演者はみんな歌唱・ダンスともに優れていて粒ぞろいだった。 中でも黒猫のマジシャンミストフェリーズ役の金子信弛さんのダンスに非常に魅了された。 小柄でスリムであるが、太ももなどには筋肉がしっかりついて、下半身が非常に めりはりがついた脚線美で美しかった。 この人のダンスはクラシックバレエで見た何回も連続するターンや180度開脚の ハイジャンプの連続などものすごく高度なテクニックばかりだった。 さらにそれが完璧な出来だった。ミュージカルダンサーはアスリートだ。 久しぶりにあこがれの男性に出会った気分になった。 妹もとても楽しんで満足してくれてほっとした。
2008年03月23日
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今日は四国の松山から妹が来るので、羽田空港に迎えにいった。 電車の中も空港も人が多かった。 妹は車椅子に乗って空港職員に押してもらって出てきた。 幼少期に股関節が悪かった。 真っ白で大きなギブスを下半身につけていた記憶がある。 今は無き父が一生懸命治療に努め完治していたのだが、 長年の職業生活の末、やはり弱い部分に負担がかかったのだろう、再び 悪化してしまい、数年前に人工関節を入れる大手術をしている。 手術はけっこう大変で何日もベッドの上で動くことが全くできなかった。 その動けない時期に母親が死去してしまい、告別式にもでられないという悲しい目に もあっている。 久しぶりの再開だった。 妹を見ると自分を見るようである。でも妹のほうが私よりずっと優しい。 今日から10日間の滞在、できる限りのもてなしをしてやりたい。
2008年03月22日
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私が最も好きなもの、最も愛しているものは音楽である。 次が山になる。 しかし好きなものはそれだけではない。 どういうわけか、幼少期から「踊り」に関連するものにとても興味を惹かれてきた。 中でもバレエと能が好きである。 ある時期は能に熱中した。喜多能楽堂が確か目黒にあり、そこに毎月通った。 観世能楽堂は渋谷にあり、そこにも結構通った。 当時は一般のコンサートホールに能楽が上演できるところはまだなく、能楽堂に行かな ければ能を見ることはできなかったのだ。 薪能も毎年見にいった。鎌倉宮の薪能は例えようがないくらい風雅だった。 何を謡っているのか判別しがたい謡い、独特の能面に美の極致のような装束をつけて、 あのゆったりとした能の舞を舞う。 シテの動作が停止している時はまるで彫刻のように造形的に美しかった。 とりこになってしまった。 もちろん鑑賞するだけで自分は舞いも謡曲もできるわけではない。 次の時期にはバレエに熱中し、毎月劇場に見にいった。更にビデオを買って何度も見た。 12月は必ず「くるみ割り人形」を見に行った。 男性バレリーナが「海賊」で見せるあの何十回も続くターンに熱中した。 シュトットガルトバレエ団の「ロミオとジュリエット」にも酔いしれた。 草刈民代さんの群をぬいて輝く美しさに陶然となった。 もちろん自分が踊れるわけではない。 この能とバレエにはある時期大変熱中しとりこになったが、鑑賞するだけであった。 大人になった自分が実際に習うにはあまりにも障害物が多く不可能としか思えなかった。 しかるに今、私がクライミングにはまっているのはこの流れの延長にあるような気がする。 昨年9月19日に日和田山で先生のクライミングを見て大きな感銘をうけたが、 バレエや能の動きと重ね合わせていたのである。 クライミングシューズがバレエシューズに似ている気がしてならなかった。 終了点から下降する一瞬の静止のポーズが、能でシテが見せる彫刻のような美しい 姿に見えた。 クライミングは「踊り」ではないが、体で様々なムーブをつくる。 手や足のしなやかな動きや無駄のない美しい動きがなければ滑らかに登れない。 その目的は上に登るためであるが、全身をさまざまに駆使して形を構成し、さらに それを次々と変化させていく。 舞踊と共通点はないだろうか。カウンターバランスなんて踊りの形のようにも思える。 しかもこれは自分でも練習すれば自分なりに何とか取り付けそうな気もするし、 山のひとつのジャンルという考えで大きな抵抗がなかったことがクライミングを始める きっかけになったといえる。 これまであこがれていても実際には飛び込めなかった「踊り」の世界の延長が 私にとってはクライミングのような気がしてならない。
2008年03月21日
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早朝目覚めると空から灰色の糸を引くように雨がしとしと降っている。 外の雰囲気が暗いのでウオーキングに出る気にもなれず、一日中家の中で過ごした。 以前ブログの話題に出てきた二子山弓状エリアにつけられているルート名「春の祭典」 を聴く。 ロシアの作曲家ストラビンスキー作曲でオーケストラの曲である。 私たち音楽愛好家は「はるさい」という略称で呼んでいる。 冒頭は体の芯が無くなってしまいそうな官能的な旋律から始まる。演奏している楽器は コールアングレかオーボエか。超有名な部分である。 これを聴くと春のぬるんだかつ湿った空気の中から蛇がぬーと鎌首をもたげて出てくる イメージが湧き上がってくる。 しかしその後は荒々しいリズムが何度も出てきて感覚を刺激される。 とてもプリミティブで原始的エネルギーを感じさせる。 このリズムに乗って群舞で男性バレリーナのたくましい脚が躍動的に動くのが目に浮かぶ。 規則的にリズムが取れないのでかなりな変拍子であろう。 デァギレフが振り付けをしたというがバレーそのものは見るチャンスがない。 どうしてこの音楽の名前が弓状エリアのルート名につけられているのか。 この曲の何をもってルート名と関連付けたのだろう。やはり不思議に感じる。 でもこんな激しい曲を聴けるなんて私もかなり元気になったものである。
2008年03月20日
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アトラストレック社から封書が届き、この夏のマッターホルン登攀の予定が決まった。 大体以下のような日程である。 7月22日 成田から出発 スイスのジュネーブへ到着後国境を越えてシャモニーへ 7月23日 ガイドとともにエギュー・ドュ・ミディへ。そこから バレブランシュ氷河へ下り氷河歩行トレーニングをしてコスミック小屋泊 24日 コスミック山稜を登り、エギュー・ドュ・ミディを経てシャモニーへ戻る 25日 ガイドとともに鉄道でシャモニを出発し、ツェルマットへ。 村はずれからロープウエイに乗ってシュバルツゼーまで行き、 岩尾根を歩いてマッターホルン東壁下のへルンり小屋まで登り宿泊 26日 へルンリ稜にルートを取ってマッターホルンを登攀後、へルンリ小屋で宿泊 27日 シュバルツゼーへ下りツェルマットから鉄道でシャモニへ戻る 28日~29日 予備日 30日 ジュネーブから帰国の途へ 機中泊 31日 成田着 予定どおり行けば7月26日が登攀日になる。 一般的にマッターホルン登攀の前にはブライトホルンのハーフトラバースを 試験として行うが、私の場合はこれは無しでその代わりにコスミック山稜を登る。 あの展望のすばらしいエギュー・ドュ・ミディに行けることや、そこからドキドキし ながらすっぱりと切れ落ちた急峻な尾根を下ってバレブランシュ氷河を再び歩ける のも嬉しい。 コスミック小屋に泊まるのは初めてでそれも楽しみである。 宿泊地はシャモニがベースになっている。 あのしゃれた小さな山岳リゾートシャモニ。大好きである。 モンブランにシャモニ針峰群、ボソン氷河、教会、天を突いて聳え立つドリュ。 今でもあの街並みを思い出すとわくわくしてしまう。 でも今年のヨーロッパの気象状況がどうなるか、これが一番の問題である。 ああ、神様 私が登る日を晴れさせて下さい。 そのためならどんなことでもします。
2008年03月19日
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何年か前に「ダビンチ コード」という本を読み、面白くて眠れなかったが その中にフィボナッチ数列というのが出ていた記憶がある。 今日そのフィボナッチ数列に関する本を読んだ。 中村 滋さんの「フィボナッチ数の小宇宙」という本である。 数学専攻の人でなければわからない記号ばかりの数式が莫大なページを占めていたが、 その部分は見るだけにして、日本語の部分を読んだ。 とてもおもしろかった。 目が啓けた。 フィボナッチ数というのは1,1,2,3,5,8,13,21,34,55、89 という数で始まり、前の2個の数の和が果てしなく連続する数列である。 この数列が数学の世界に導入されて既に800年という。 特に興味を引かれたのはフィボナッチ数が自然界の花の中に表出してくることである。 梅や桜の花びらは5枚、コスモスは8枚、つわぶきは13枚、マーガレットは21枚。 フィボナッチ数は人が考えだしたものであり、花びらは自然の創造物である。 その二者の間にどうしてそんなことが整合して起こるのか。 謎だ。 どこかに魔法使いでもいるのだろうか。 中でも突出して不思議なのがあのひまわりである。 サンフラワーと呼ばれ向日葵とも書かれるこのエネルギーに満ちた花は、種類や咲く 時期によって異なるが13枚,21枚,34枚,55枚とフィボナッチ数ばかりなの だと言う。 向日葵の花びらにフィボナッチ数が表れることが発見されたのは今からおよそ1世紀半 前だそうであるが、最近科学的な説明が与えられ、実験で確かめられたという。 この本にはその詳しい説明が図入りで載せられていた。 もちろんその専門的説明すべてが理解できたわけではないが、すごく刺激的だった。 数学と花びらの数に関係性があるというだけでも驚きなのに、それが科学的に解明 されるなんてこの世界は何と不思議に満ちた世界だろう。 こういうことを知ると何か畏敬の念に打たれてしまう。
2008年03月18日
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シューベルト作曲のピアノ五重奏曲「ます」を聴いた。 「ます」は魚の「鱒」である。 この曲は歌曲「ます」の旋律が第五楽章に主題と変奏の形で出てくるので、このように 呼ばれている。 とても美しくかつ流動的な曲で、これを聴くととっても心が落ち着き安定する。 今日は山行の翌日で心はとても充実しているが、このCDを出してしまった。 歌曲のほうには「清んだ流れの中でますが縦横無尽に泳いでいた。しかし釣り人が竿で 水を濁してしまったところ、あわれにもますは釣り上げられてしまった」という詩がつけら れていて、シューベルトらしい和声の変化がとても詩に合っている曲である。 しかし、器楽曲であるこの「ます」の第五楽章はピアノが清んだ水の流れを実に巧みに 表現し、チェロがその中でますが悠々と時には力強く泳ぐ様子を表現していて、歌曲とは また違った魅力がある。 主題と変奏の形になっているのも楽しくというより重くなく、シューベルトは「死と乙女」でもそうだが、けっこう主題と変奏の形式が得意である。 もう何十回も聴いたなじみの曲だが、聴くたびに癒される。
2008年03月17日
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4:45分起床 お弁当の朝食を食べて6時赤岳鉱泉を出発した。 これ以上望むべくもないすばらしい天気である。マイナス3度。暖かい。 行者小屋までゆるやかに歩く。小屋前に張られているいくつかのテントを見ながら 文三郎道にルートを取る。 ゆっくりストックで登ってゆくが途中から急坂になる。 7:45分ころ主稜に取り付くトラバース地点に到着。 ここでアンザイレンし、登攀の準備をし、ピッケルを出す。 取り付きに5人くらいの人の姿が見えるが、全く動きがない。その上の岩場にも4人の 姿がみえるもののこれも動きがない。一体何をしているのだろう。 今日は結構主稜に行く人が多く込み合っているようだ。 待つのはいやだがしかたがない。8時頃トラバースを開始し、すぐ取り付き地点につく。 2パーティ5人がクラックに固まっていた。 しばらく様子を見ていたが、一向にすすまないので先生が「いいよと言ったら登ってきて、ここは足を開いて、ここはガバだから」と見本を示し ながらその横から岩を登り始めた。 ロープがするすると全部伸びてしまったところで「いいよ、登ってきて」とコールが あったので、登り始める。 手も足もホールドはしっかりあり、アイゼンで登ることと手袋で登ることの二つをクリアす ればそう難しくはなかった。 アイゼンは大丈夫だったが、手袋が問題だった。 私は手が小さいのでぴったりした手袋がなく大きめである。そのためホールドを掴んだ時、 生の手と手袋がずれてしまった。岩を掴んだ時、手と手袋がずれるとは予測できなかった。 先生はどんどん進み、見る見るうちに高度を稼いでそのあたりを登っていたパーティを 全部追い越して、気がついた時には私たちが先頭になっていた。 確かにそこの付近にいた皆さんと先生のロープワーク、ビレイの技術、登攀のスピードには 素人の私からみても雲泥の差があった。 そのスムースさ、的確さ、迅速さ、洗練された動作。 プロなんだから当たり前といえば当たり前かもしれないが、改めてガイドとしての エキスパートぶりをまのあたりに見た。 で、私たち二人はそのスピードについていくことに集中し、無我夢中になった。 先生が「ちょっと待っててね」と言って次の準備をする間だけがこっそりと 休息するひと時で、Kさんと二人で景色を見たりすばやく飴をなめたりしていた。 しかし、残念ながらそれは全くほんのひと時でしかなかった。 岩が中心になっているピッチでは手だけで登り、雪がついているところではピッケルを 背中から出しては使った。 「岩場はこれで終わりです」と言われ、ほっとして上を見るとすぐ右上が頂上になって いて人が何人か立っているのが見える。 ついに主稜を抜け、稜線に出る。頂上小屋を左に見ていつもの赤岳頂上に着いた。 9時34分到着。取り付きから約1時間半である。思ったより早く着いた。 今日もすばらしい眺望だった。なんという幸運であろう。 ここで一服した後、文三郎道を下降して下山。 慣れた道だが、いつ見ても急である。 途中でロープをはずし、ヘルメットをとって身軽になって行者小屋に到着。 12時30分ころ赤岳鉱泉に到着。中山尾根組は既に帰還してくつろいでいた。 今回デジカメを忘れ、あんなにすばらしい天気だったのに1枚の写真も撮れなかった。 でもついていくのに懸命な状態では、たとえデジカメを持っていたとしても、写真を 撮る余裕はなかったかもと思いなおし、諦める。 写真には残せなかったが、心には強く残った山行になった。
2008年03月16日
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春らしい陽気に恵まれたこの日、今度こそ赤岳主稜に登ろうと家を出た。 いつもの船橋発6:53分の特急あづさに乗り、予定どおり小淵沢に到着。 参加者は主稜に私とkさん、中山尾根にFさんとMさん。ガイドは先生ともう一人Sガイド が加わった。 この暖かさで雪が大分溶けているため車で入るのは危険ということで、美濃戸口から 歩いて赤岳鉱泉まで行った。 真っ青な空に先々週登った大同心、横岳、赤岳、阿弥陀と八ヶ岳の主要な山がくっきりと 見え、幸せを感じる。 時間があったので、またアイスキャンデーでアイスクライミングをする。 アイスキャンデーは春の日差しをあび、氷河のように青みがかってとても美しい。 アイスクライミングも慣れてきたせいか、苦痛には感じなくなった。 アイゼンの前爪が丸みを帯び短いため、氷に突き刺さらず足場が決まらないのはいつもの ことだったが、以前ほどつらくはなくなった。 長短のルート3本を登って終了。 夜は参加者みんなで食堂のテーブルでたのしい話に花がさいた。驚いたのは男性陣は 先生以外は全員独身だったということである。 これにはものすごくびっくりした。 よく山で会う皆さんなので奥様の理解があると思っていたのだが、そうではなかったのだ。 9時就寝。でも眠れない。 「眠れなくても私は登れる」と自分に言い聞かせてベッドで静かに横になっていた。
2008年03月15日
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今日時間があったので、改めて先日ランナウトでお会いした内田陽一さんの著書「五十歳か らの挑戦」~アルブス4000峰36座登頂~を出してみた。 この本は2005年に発行されており、写真を見るとかなりお若い。 お顔も体も先日お会いしたよりふくよかである。 アルブスの名峰の写真がふんだんに挿入されている。 さらに驚いたことには高所馴化の項には先生の著書「海外登山」からの引用も入っている。 この本を買ったころはまだヨーロッパに行ったことがなかったので、知識だけの理解で あったが、その後ヨーロッパアルプスに2回行き、モンブランにも登った今は 36座の場所や登山の状況が具体的によく理解できる。 モンブランやマッターホルンをはじめ、見たことがある名峰が登場してきて改めて 楽しむことができた。 それにしても地図や写真入りでガイドとのかかわりもとても詳しく記述されて おり、参考になる。 内田さんは50歳から36座に登ったが、私がこれから36座登るのは難しい。 私のこれからの目標はマッターホルン、アイガー、グランドジョラスである。 三山を登り終えるのに1年に一度ヨーロッパに行くとして何年かかるだろうか。
2008年03月14日
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ずいぶん久しぶりに市立中学校の卒業式に出席した。 6年ぶりである。 とてもよかった。 生徒が落ち着いていて厳粛な雰囲気が保たれていた。 保護者にも非常識な人がいなかった。 私は卒業式ではいつも歌が気になる。 この学校では在校生がアカペラで「蛍の光」の混声3部合唱、卒業生がこれもアカペラで「仰げば尊し」の混声4部合唱。 最後に混声4部合唱で大木敦夫作詞 佐藤真作曲「大地讃頌」の全校合唱があった。 最近のアカペラブームではあるが、「蛍の光」や「仰げば尊し」までアカペラにしなくても よいと私は思う。 美しいピアノ伴奏で歌うほうが「卒業式」即ち「学校」という雰囲気にあっている。 アカペラはどこかのパートの音程が少しでもずれるとハーモニーの不安定さが丸裸になって 聞こえてしまう。 式の長い沈黙のあとの声だしにもかかわらず音程が下がらず、とてもよくハモっていた。 生徒たちはがんばっていた。どの子もまじめに歌っていた。 1.2年生の在校生と卒業生だと体の成長が大きく異なる。当然声帯の状態にも成長差が 出てくるので、体の大きい3年生の声は圧倒的に在校生より大人の声に近い。 大地讃頌はピアノ伴奏付きで、3年生男子の幅広いバスの低音が上部三声を支え、 重厚なハーモニーが響いた。全校生徒約500名余の合唱である。 合唱が終わったあと、保護者席から拍手が湧き起こった。 不覚にも涙がにじんでしまった。 卒業生で涙を流している生徒は見当たらなかったが、袴をつけた女の先生が泣いていて、 目が真っ赤になっていた。 やはり学校はいい。
2008年03月13日
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今日はいいことがいくつもあった。 まず気になっていた確定申告が短時間で無事終了した。 次に久しぶりにランナウトで気持ちよくクライミングができた。 さらにそこに「50歳からの挑戦」~アルプス4000m峰36座登頂~の 著者内田陽一さんも参加していらっしゃったので、いろいろ話ができた。 でも最も嬉しかったことはこの夏のマッターホルン登攀の日程が決まったことである。 先生から7月22日出発で31日帰国ということを聞いた。 やったあ、ついに決定した。マッターホルンに向かって行ける。 マッターホルンが現実になってきた。 ベストシーズンである上、7月末で終了するから8月がまた目いっぱい使える。 すばらしい。何という幸せ。 もし天候が悪くてマッターホルンに登れない場合は、シャモニー近辺の岩場を先生が アレンジしてガイドしてくださるということになっている。これも超嬉しい。 何だかうまくいきそうな気がしてきた。がんばるぞ。
2008年03月12日
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今日はとっても暖かく、上着がいらないような春の陽気だった。 公園の銀葉アカシアが黄色の房状の花が盛り上がるように豊かに咲いている。 どういうわけか幼少期からこの花が大好きである。 今日は今月2回目のお花のお稽古日だった。 花材は若草色の木葉でまり3本、白のカラー2本、真紅のアネモネ3本、緑の小さな モンステラ2本の四種類である。 またしても今までに無かった取り合わせである。 洋ものと和ものが混在して少々そぐわない気がするが、仕方がない。 若い花屋さんが修行中だ。 木葉でまりはあまり矯めることはできないので素直に入れた。白いカラーと真紅の アネモネの対照的な色彩をセンスよく配置することを考えたが、結局無難な配置に なってしまった。モンステラの葉が小さく根元がいまいち締まらない。 登山や実生活では大胆なのに、華道になるとどうしてこう無難になってしまうのだろう。 結局のところ、自分の持ち前の大胆さを表現するだけの技能がないのである。 そんな自分の花に自己嫌悪するものの、そこから脱却しようという意欲が乏しい。 研究心がない。 私の雅号は翔鳳である。天がけるおおとりである。 よくこんな身の程知らずの壮大な雅号にしたものである。今となれば恥ずかしい。 でもその時は飛翔する鳳のように自由で伸びやかで大きな華がいけられるように 願って雅号にしたのだった。 初心忘るるべからず。
2008年03月11日
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今日は城山へクライミングに行くことにしていた。 しかし悪天候で中止になった。 気が抜けた。とても久しぶりだったので楽しみにしていたのだが。 つい最近あるかたのブログで、郵便物が10円の料金不足で差出人に戻ってきて、 予定通りに相手に届かなくて困るという記事を読んだ。 融通のきかない郵便局のことだから「あり得る」と思っていた。 それが今日自分の身にも起こった。私の場合は逆ケースである。 差出人はアドベンチャーガイズ社なのだが、定形外郵便物に80円切手を貼って投函 している。クライエントあてにこんな非常識な事務処理をしているのは誰だろう。 AさんかTさんかまさかKさんということはないだろうな。 これで2回目である。前回は30円不足で自動的にAD社に返却になり、その後遅れて 配達されてきた。 今回は自宅のポストに既に配達されていたが、30円不足をどう処理するか選択する ようにはがきが貼ってあった。 自分が30円を払ってこのまま受け取るか、受理しないで差出人に返すかである。 この郵便物は私が依頼したのものではない。 しかし30円のことであれこれするのも面倒なので、自分が30円を出せばよいと安易に 考え、封を切ってしまった。 中から出てきたのは何とアコンカグアの登頂証明書だった。 ツアーリーダーの大蔵喜福さん、ガイドのナタニエル、サブガイドのファビエルのサイン がある。 登頂証明書をもらったのはうれしいがイマイチすっきりしない。 AD社の事務処理者、料金にあった切手を貼って投函してくださいね。
2008年03月10日
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市立図書館に行った。 図書館は大好きである。知識と情報の宝庫である。 「山と渓谷」「岳人」「音楽の友」「クロワッサン」「婦人公論」「ナショナルジオグラフ ィー」「ニュートン」など月刊雑誌類はほとんど図書館で読む。 「山と渓谷」には赤岳鉱泉で会った佐藤裕介さんや平山ユウジさんが載っていた。 フランス語の本を2冊、ヨーガ関係の本を3冊、トレーニングの本を1冊借りる。 街の本屋さんも大好きだ。 図書館にはない最新の出版物や話題作が並んでいる。見るだけで楽しめる。 しかし、今日もすばらしい天気である。 今頃みんなは城ヶ崎海岸のオゾンを存分に吸って、楽しく登っていることだろう。 こんな日に図書館なんかにいる私は愚かだ。 寺山修司も言ったではないか。「青年よ、本を捨てて野に出よう」と。 でもいいのだ。これで。私には山に行かない日も必要なのだ。 山に行かない日が山をもっと価値あるものにするにちがいない。
2008年03月09日
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今日は3月8日 朝から春らしい陽が注ぎとてもさわやかな日だった。 昨年は土・日は全部山やクライミングに出かけていて、土日を家で過ごしたことがなかっ た。当然平日に仕事と生活のすべてを片付け、更に山行の準備をしなければならないため 全体的に気ぜわしく余裕がなかった。 今年は月に1回は土日に山に行かない日を設けて、精神的・肉体的に余裕のある状態にしよ うと考えた。 また、今までは山ばかり行って文化的・芸術的行事面にタッチすることがほとんどできなか った。心のバランスを保つには文武両道が私にとっては必要なのである。 そして今日がその月1回の土日の休みである。 しかし、こんなうららかな春の日に家にいると落ち着かない。 しなければならないことを手早く半日で仕上げてしまうと手持ち無沙汰になった。 心に穴があく。やはり山にいないと空しい。 そこでまたしても本棚をのぞき、今日は鈴木昇己編の「海外登山」~氷河をたどって高峰の 頂へ~ を出した。先生直筆の2007・12.5の日付とサイン入りである。 ヒマラヤやヨーロッパの山々の美しい写真と説明に図や絵がたくさん挿入されていて、とて も理解しやすいつくりになっている。 モンブランやグランドジョラス、モンテ・ローザ、モンブラン・ド・タキュールなどこれま でに目にしたヨーロッパの峰々をなつかしい目で見つめる。 来年は行きたいチョー・オユーも載っている。 こたつに入ってメンデルスゾーンの「無言歌」を聴きながら、好きな山の本を見る。 これから行きたい山に思いをはせる。 これはこれでなかなか優雅なひと時であった。
2008年03月08日
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今日は夕方からの予定が何も無かった。 本棚をのぞいていたら「垂直の記憶」~岩と雪の七章~があったので、久しぶりに引っ張り 出して拾い読みした。 この本はサブタイトルにあるように七つの章で構成されており、それぞれ彼が生命を賭して 登攀した困難な壁の記録になっている。 私は特に第七章の「生還」~ギャチュン・カン北壁~という部分をけっこう繰り返して読ん できた。 ここに記録されている過酷な状況でよく生きて帰れたなとそれも驚嘆するが、それ以上にこ の壮絶な生還の様子をよくもこのように詳細に記憶し、さらに文字で表現できたなというの が素直な感想である。 極限状態の中で手足は凍り、視力を失いつつなおも死力を尽くして行動する。 読んでいるだけでも緊張してしまう。 しかし、手足合計10本の指を失いながらも、今もまだ山に登っているのだ。 「すごい」としか言いようがない。 しかしこの人にとって「山に登る」ということは空気を吸って生きる」ということと同じよ うなものだろうから、たとえ指が無くなったとしても、登らないと生の喜びを感じることが できないのだろう。 私が音楽を聴かないではいられないのと必要性は同じようなものだ。 (安全面では天国と地獄の差があるが) 昨年の冬、都岳連主催で彼を招いて確かグリーンランドだったかどこかの登攀報告会があっ た。 会場は行列ができていてとても驚いた記憶がある。そこでの山野井さんはほぼ想像していた と同じというか本のポートレイトと同じ雰囲気だった。 もの静かなどこにでもいる青年という感じで、少なくとも外見的にはたくさんの驚異的な記 録をうち立てた超人アルピニストという本質を見せてはいなかった。 しかし、話し始めると山に対する尽きることの無い挑戦・焼けつくような情熱・単独アルパ インスタイルへのこだわりなどが色濃く出てきた。 話の終わりのほうでで「才能のないだれだれさんはなになにが登れないけど、才能のある僕 は何々に登れる」といようなものの言い方があって、少々驚いたりもした。 だがそのような表現はこの本にもある。 才能のないだれだれさんというのはその場にいた都岳連の役員の男性で当日の司会者であ り、けっこう山に詳しい人である。 私は同性として実際の生活のパートナーであり、クライマーでもあり、ギャチュン・カンに も一緒に登攀した妻の 妙子さんに是非お会いしてみたい。
2008年03月07日
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1900年代の今日、3月6日に私はこの世に生を受けた。 誕生日といっても特に変わったことは何もない。 私を産んでくれた母は既にこの世にいない。 父もいない。 弟も脳腫瘍で早世してしまった。 唯一の肉親は妹だけである。 五人家族で暮らしていたあの子ども時代は何て幸せだっただろう。 でもその子ども時代には自分が幸せとはあまり感じたことはなかった。 しかし長じて様々なことを学び,様々な経験をして自分がいかに両親から沢山の愛情をもら い、慈しまれて育てられてきたということを強く感じるようになった。 生まれては死んでゆき、出会っては別れていく私たちの人生。 父よ、母よ、幸せな子ども時代をありがとう。 精一杯強く生きる姿を見せてくれた父 人に尽くすことを身をもって示してくれた母 そんな両親に育てられた私は今こうして誕生日を迎え元気に生きている。
2008年03月06日
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アトラストレック社主宰のヨーロッパアルプス登頂説明会が高田馬場のかもしかスポーツで 5:30分から開催されるので、仕事が終わったその足で出かけた。 参加者は三人で担当の早川さんと渡辺篤夫ガイドが説明をした。 モンブランとマッターホルンの登頂ルートを画像で見ながら、登頂の注意点や装備等につい て説明を聴いたり質問をしたりした。 先日アドベンチャーガイズでも聞いた様に最初は競争なので「登り優先」とか「お先にどう ぞ」とか言っている場合では無いとのことである。 また上の方では登りと下りの登山者が同じ1本の固定ロープに取り付いている状態なので、 とにかくどんどん進まないとダメらしい。 その時「ちょっと待て」とかドイツ、フランス、イタリアなど各国語でいろいろ言われるら しいが、もし言葉が理解できても譲ったり止まったり待ったりしないで、わが道を遮二無二 すすまなければ頂上まで登れないらしい。 更にここ10年間位不安定なヨーロッパの気候が一番問題で、登頂成功は天気に負うところが 大とのことである。4回チャレンジしても登れなかった人もいるらしい。 次に渡辺ガイドの説く「心がまえ」が秀逸だった。いわく、「皆さんはお金を出してガイド を雇っている。外から見ているとガイドが偉くて客が下のように見えることがよくある。そ うではなく雇っている客がガイドを上手にこき使うことが肝要である」 確かにそのとおりである。しかしガイドを自分の意図どおりにこき使うなんてことはとうて いできない。 特にヨーロッパアルプスではガイドの指示には絶対服従とか聞いているし、自分の体力や技 術に自信があるわけではないから、どうしてもガイドに頼る。結局はガイドの言いなりにな り、「連れていってもらう」という意識になりがちである。 しかし渡辺ガイドの言うとおりではある。ガイドを雇って登山する自分こそが登山の主体者 なのである。 それを忘れてはいけない。 登るのは自分であり、ガイドはそれをガイディングする人なのである。 自分の希望、体力、技能などをガイドによく理解してもらうこと、何でもガイドにおんぶに だっこではなく、自分の欠けている部分を補ってもらうこと。 そしてそのために今から登頂する日まで準備をしておくことが最も大切であるとのこと、同 感である。 最後に装備で具体的に「どんな物がよいか」ということになり、かもしかスポーツ店内をザ ックや手袋、アイゼンなどを見て回った。アイスブレーカーの良いウエアを安く見つけたが 今日はまだ買わなかった。 これでマッターホルンの説明会に2度参加したことになる。 概要は理解できた。 あとはいかに自分が準備していくかそれが課題である。
2008年03月05日
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夕暮れ時になってもまだ暖かさが残る中、お花のお稽古に行った。 花材は小豆柳3本、ピンクのスプレー菊3本、黄色のキンギョソウ2本、シャンデリア2本 の四種である。 菊がもろピンクで品がない気がする。花やさんが変わってから不思議な取り合わせの花材が 登場してくる。 今日はじっくり腰をすえて花と向き合えた。 最初に小豆柳をどういう形に矯めて空間を構成するか考える。 柳を折らないよう気を配った。短気な私は少しづつ力を加えながら柳をたわめていくのが 嫌いで力を入れすぎてよく枝を折ったものである。 次にその曲線の枝の美しさを生かすために花をどう入れるかを工夫した。 結果はいつもとそう変わらなかったものの、集中していけたという多少の満足感があった。 それでよい。 「継続は力なり」である。
2008年03月04日
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3月3日 月曜日 今日は朝一番でベートーベンのバイオリンソナタ「スプリング」を聴いた。 冒頭の第一主題はとても清々しさに溢れた旋律で、これを聴くと気持ちが少しづつ晴れ渡っ て、クリアになる。 初めにバイオリンでうたい、次にピアノが追いかける。 その旋律が決して甘く情緒に流されず引き締まった美しさである。これがいい。 ベートーベンの曲は力強く人間性に富んでいるので、私は気弱になっている時はあまり選ば ない。選んでもチェロソナタのような室内楽である。 今朝は昨日の登山で心を充電し、これまでより元気になった気がしてこの曲を選んだ。 時期的にもぴったりである。 中間部になるといかにもベートーベンらしい、構成的で変化に富んだ展開部があるが、 気にならず3楽章まで聴いた。 その後、春の空気を感じながら気持ちよくウオーキングに出かけた。 一日いい日だった。
2008年03月03日
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3月2日(日)南八ヶ岳縦走の日である。朝食を6:00に済ませ、フル装備で7時鉱泉を出発。同行者はKAさん,kTさんと先生である。先生は今日はガイドである。風は全く無く、朝から阿弥陀がくっきりと見えている。鉱泉前からしばらく行くと大同心稜に分かれる道があり、それを登る。しっかりしたトレースがあり、嬉しい。降雪があったので、ラッセルを強いられるルートが多く、昨日阿弥陀に行ったパーティはラッセル6時間で敗退したといううわさも聞いたりしていたからだ。潅木が茂った大同心稜はすぐ雪の急坂になり、けっこうきつかった。1時間くらいアルバイトしたところで大同心の基部に到着。近くで見る大同心は大迫力だった。こんなに近くで大同心を見たことはない。巨大なオオダコの頭のような岩壁がそそり立っている。ここからアンザイレンして登る。序々に岩稜と雪のミックス地帯になる。アイゼンをキシキシ軋ませながら登る。深い雪をところどころトラバースし、ミックスの登りを続けてやっと稜線にでた。稜線は思ったほど風は強くなく、これはこの山域の通常の強風を考えれば超ラッキー。稜線はあちこちに鎖や鉄のはしごがあったが、そういう所は好きなので結構楽しく歩けた。横岳に9時30分頃到着。山頂からのながめはこれ以上の眺めは無いと言うほどすばらしく完璧だった。引き締まった大気の中で白銀の360度の展望が開けていた。木曾御岳が東洋のキリマンジェロの名のとおり豊かな山頂を見せて広がり、白銀の屏風のような南・北アルプス、加賀の白山など知っている山はすべて見えた。最高だった。何よりも八ヶ岳全山が大きな姿で眼前に迫って見えた。コルから赤岳展望層を経て急な角度で威嚇的にそびえる主峰赤岳、中岳、阿弥陀、硫黄そして北八のなだらかな峰々などすべて雪を頂いて山肌に刻まれた襞までも惜しげな見せている。横岳を出てからは赤岳を目指して急登を行く。ここもいつものことながら傾斜が急でつらい。数を数えながら登る。300ほど数えてついに赤岳山頂へ。11時33分だった。ここからの眺望もすごかった。風もなく穏やかな日和で晴れ、横岳山頂ほどクリアではなくなっていたものの見えない所は何もなく、至福の時だった。登りのしんどさも忘れてしまった。しばし休憩して下山開始。山頂からは岩稜と雪、そのミックスの急な下降が続き、慎重に下る。ロープの向きは常に山側なのに逆になったり、それを直そうとして跨ぐとアイゼンの爪がひっかかったりと2回くらいトラブッたが何度も方向転換しているうちに慣れた。けっこう深い雪のトラバースや急峻な岩場の下降などもあったが、何といってもここは何度も下山しているのでスムーズに下降できた。文三郎道のお決まりの鉄網の階段はよくアイゼンの歯がひっかかるのでいやな場所だったが、今回は全面雪で覆われていて歩きやすくよかった。12時半ころ文三郎道の基部に降り着き、ハーネス、ヘルメット、毛糸の帽子、厚い手袋などを取り、身軽になる。行者小屋を通り1時02分赤岳鉱泉に帰った。朝7時から休憩時間含めて約6時間。けっこういいペースだろう。初め先生から聞いたのは7時間はかかるということだったので到着はよくても2時という心つもりだったからである。アイスクライミングコンペ決勝は既に終了していた。結果は優勝はやはり前評判とおり韓国のシンさん、Yさんは6位ということだった。Yさんは私たちがすばらしい縦走ができて満足している様子を見てとても喜んでくれた。やはり山は登って降りるものである。小屋でステイして体は楽でも満足感はない。久しぶりに苦しかったり疲れたりするような山行ができ、私はとても充実した。元気が湧いてきたような気もする。これからきっと元気になるだろう。
2008年03月02日
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小淵沢駅から赤岳鉱泉めざして入山。大同心稜から横岳~赤岳の縦走の一日目である。 今日は天気予報が良かったせいか、入山者が非常に多い。 赤岳山荘から堰堤広場を過ぎいつもの雪道を歩いて赤岳鉱泉に2時過ぎに到着。 今日は赤岳鉱泉アイスクライミングコンペが開かれている。 既に競技は展開中でYさんやIさん、Kさんたちが競技順番を待っている。 「ガンバ、ガンバ」という元気な声や「エイ、エイ、エイ」というコールなどがさかんにか かり、盛り上がっている。 Yさんの順番になり、かぶった氷壁に取り付く。すごくムーブが特徴的で氷の天井にこうも りが足を上に止まっているようなアクロバティックなムーブがあり、びっくり。 競技で1位、2位を決定するのだからもっと熾烈でシビアな雰囲気かと想像していたが、和 気あいあいで敵も味方もお互いに応援しあってなかなか良いコンペだった。 結果はYさんは予選4位で決勝進出が決定した。とりあえず祝杯だ。 このコンペに関連してアイスクライミングワールドチャンピオンのシンさんという韓国の2 0台の女性や日本チャンピオンの石川さんやそのお友達とお会いすることができた。 夜は佐藤裕介という新進クライマーのスライド報告会があった。 その佐藤さんはいかにもクライマーという鍛え抜かれた体つきがウエアの上からでも伺え た。どちらかといえば男性としては、小柄で顔の筋肉までも鍛えられているような鋭角さを 感じた。 スライドは昨年アラスカでの手付かずの大氷壁にトライした時のものであった。 大自然の大きさを感じさせる写真だった。 佐藤さんは既に結婚していて夫人と赤ちゃんも同宿。 夜中に赤ちゃんがむずかる声で目がさめ、こんな寒い山中へ乳飲み子をつれて来るのはどん な人だろうと思ったが、それが佐藤さんの赤ちゃんで連れてくる必然性があったのだ。 佐藤さんは指をパキッたとかで右手の包帯が痛々しかった。 夜は全く風も無く星がまたたいて、静かな夜が過ぎていった。
2008年03月01日
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