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浅草でデパートといえば、松屋浅草を思い浮かべるのですが、東京スカイツリーの開業も近く、注目の地区にあるにもかかわらず、今の松屋浅草は、地下の食品売り場、1階の化粧品、婦人服売り場、そして3階のユニクロ、くまざわ書店、それくらいしかしか営業していません(2階は東武鉄道のホーム)。どうしてなんでしょう、やっぱり、百貨店、厳しい時代なんでしょうか。屋上の遊園地は日本最古の歴史があると聞くだけに、なんだか寂しい限りです。もう一月も今日で最後、残ったお餅の処理に追われています。
Jan 31, 2011
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サッカーアジアカップで日本が優勝しました。なかなか大したものですね。サッカーの面白さとかよくわからないけど、勝つと嬉しいものですね。これでまた日本のサッカーブームもまた盛り上がっていくのかも。今日はデジカメのホワイトバランスを変えて同じ風景を撮影してみました。なかなか使いこなしが理解できないホワイトバランスですが、こんな効果が得られるということを覚えておくと写真にまた面白味がでるかも。撮影場所は両国の安田庭園で、使用機材はCannon Eos Kiss X3です。いずれもプログラムAE、評価測光で撮影しています。ホワイトバランスはオート、ISO 100、絞り f/5.6、シャッタースピード1/160s見た目には近い発色です。ホワイトバランスは太陽光、ISO 100、絞り f/5.6、シャッタースピード1/200s これも見た目に近いですが、やや黄色味がついています。ホワイトバランスは日陰、ISO 100、絞り f/5.6、シャッタースピード1/160s かなり黄色味の強い発色となりました。ホワイトバランスは曇り、ISO 100、絞り f/5.6、シャッタースピード1/200s 黄色味が強くて見た目とはかなり違う印象です。ホワイトバランスは白熱電球、ISO 100、絞り f/5.6、シャッタースピード1/200s かなり青味の強い発色です。ホワイトバランスは白色蛍光灯、ISO 100、絞りf/5.6、シャッタースピード1/160s 青味のある発色ですが、室内で蛍光灯の下で使うと自然な発色になると思います。ホワイトバランスはストロボ、ISO 100、絞りf/5.6、シャッタースピード1/160s 黄色味が出でいますね白い紙に晴天時の太陽があたっているとき、夕日があたっているとき、電球の灯りがあったっているときでは、それぞれの白が違います。 白いものが白く写るように色の補正をおこなう機能をホワイトバランスというそうです。色々と発色が違うので、たとえば女性の肌の色なんか、色々変わって健康的にみえたりして面白いところです。これはマニュアルで設定していたホワイトバランスで撮影したものです。ちょっと青っぽいですかね。
Jan 30, 2011
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近所の家の軒先にさりげなく咲いていたツバキです。ツバキ、色々な品種があるそうですが、これはなんという品種なんでしょうかね?
Jan 29, 2011
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霞ヶ浦大橋から湖の沖合を見ると、何かの養殖場らしいものがあります。鯉の養殖でしょうか。さて、霞ヶ浦大橋の東の方角をみると、なにやら塔のようなものが見えます。そこは最近あっちこっちで見かける道の駅のひとつ、「道の駅たまつくり」です。単なるお土産物売り場だけではなく、こんな施設もあります。霞ヶ浦ふれあいランドという施設でこの水の科学館の他にも、虹の塔と呼ばれる展望塔もあります。また、遠くには名峰筑波山ものぞめるロケーション是非、ゆっくりと訪れたい所でした。
Jan 28, 2011
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霞ヶ浦(西浦)の真ん中を横断して、かすみがうら市と行方市を結ぶ霞ヶ浦大橋です。二車線の道路橋で歩道もついています。歩いて渡る人はあまりいるとは思えませんが、自転車はいるんでしょうね。二枚とも、逆光で撮影してハレーションが出ているので、失敗作のような。まあ、コンパクトデジタルカメラなので、こんなものかなと思いつつ、水面に太陽の光が反射しているところが、芸術的では(*^^)vなどと勝手に思っています。全長1.1kmの霞ヶ浦大橋、もともとは有料道路として1987年(昭和62年)に開通した橋ですが、もう料金収入で償却が済んだのか2005年(平成17年)に無料化されました。また、出来た時は県道土浦大洋線の一部だったそうですが、1993年(平成5年)に県道が国道354号線に昇格したことにより国道の一部です。この国道354号線、群馬県の高崎市から茨城県鉾田市の太平洋までをつなぐ北関東の東西を結ぶ路線です。ちなみに茨城県の鬼怒川を横断する橋梁は、水海道有料道路として通行料(普通車200円)が必要ですが、利用促進のため、2011年1月1日から3月31日まで半額で通行できるそうです。
Jan 27, 2011
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鳥インフルエンザ:鹿児島・出水で陽性 「本当ですか」日本一の養鶏県、絶句鳥インフルエンザ:松江の野鳥からH5N1型検出鳥インフルエンザ:兵庫・伊丹の野鳥からH5型検出愛知でも鳥インフル陽性反応 養鶏場で大量死、簡易検査鳥インフル:拡大防止を指示 関係閣僚会議で首相等々、鳥インフルエンザが各地で流行っています。で、冬の霞ヶ浦の野鳥は元気なようでした。霞ヶ浦周辺の水田で見かけました。冬なのに水が水田に張っているのは野鳥のための配慮でしょうか。水が張ってあると野犬などが近づいてきた時に音がして、早く鳥たちが逃げ出せるようです。冷たくても水面にいるのが好きなんですね。
Jan 26, 2011
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昨日、諫早湾干拓のことを書いていて、MoMo太郎が管直人が嫌いになった理由を思い出しました。例のギロチンと呼ばれる干拓堤防の閉め切りがあって、管直人が管理事務所に乗り込んで、そこにいた農林水産省の小役人(まあ、現場で働いている人間だから、官僚ではあるけど高級官僚というわけではないだろう)に偉そうに怒鳴り散らしていたのがニュースで報道された。拙も商売柄、小役人の監督の下、仕事をやることもあるので、わかるのたが、大して技術力があるわけでもなく、偉そうにする人もいないわけでもない。しかし、大抵は大した権限も与えてもらえず、まじめにやることだけが取り柄みたいな人達である。むかしの軍隊で言えば、徴兵された兵隊みたいなものである。そういう人たちは、犯罪的な行為をしたかもしれないが、戦争責任を問いかけるべき対象とは思えない。そういうレベルの人たちに、偉そうに言う前に、農林水産大臣に、すくなくとも局長クラスの高級官僚に偉そうに言ってもらいたい。ひょっとしたら管直人に怒鳴られた人は民主党の支持母体の労働組合員かもしれないぞ。結局、下の者には下品に怒鳴りつけても平気な人なんだ。管直人という奴は。そんなわけで、私は、管直人が嫌いです。
Jan 26, 2011
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冬の霞ヶ浦を歩いてみました。今回歩いた所は、かすみがうら市と行方市のあたりです。こののっぺりとした建物は、霞ヶ浦揚水機場です。霞ヶ浦の水をここで汲み上げて、筑波山の下をトンネルで抜けて、桜川市、下妻市、常総市、境町までの利根川あたりまで送水しているそうです。建設と管理は独立行政法人水資源機構です。この水門から霞ヶ浦の水を取水しています。ちなみにこの湖岸堤防をかさ上げ整備したのも水資源機構(多分、前身の水資源開発公団の時だと思います)。霞ヶ浦開発はまさに国家的な国土改造事業だったと思います。そのおかけで茨城県のみならず首都圏全体が今のような姿になったんだと思います。今、話題の諫早湾干拓とか八ッ場ダムとか、こういうものを見習って計画されたんでしょうか?
Jan 25, 2011
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向島というと結構、文化人が住んでいたことがあるようで、この露伴公園も、幸田露伴が明治13年から大正13年まで蝸牛庵と名付けて親しんだ住居跡を記念した公園です。このゆかりの地を永久に記念したいと露伴を思慕される地主の菅谷辰夫氏が区に寄贈され、子供たちの楽しい遊び場としていつまでも保存しようと児童遊園を造ったものだとか。碑に刻まれているのは、この地で書かれた小説『運命』(大正8・1919)の冒頭部分だそうです。ところでこの近くに、都立墨田川高校(隅田川ではないのですね)というのがあり、小説家の宮部みゆきさんの出身校だとか。ついでに言えば、アルフィーの坂崎幸之助さんの母校でもあるそうです。向島、やっぱり、そういう文学を育む雰囲気があるのでしょうかね。
Jan 24, 2011
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大相撲初場所は横綱白鵬の優勝でしたね。まあ稀勢の里が白鵬に土をつけたのは嬉しかったけど、予想されていたとはいえ、白鵬関の優勝は正直言って、つまらないかも。きっと暴力団関係の方も、こんなお断りがなくても、八百長の対象にもできないと思いますよ。もっと、日本人力士だけでなく外国人大関も頑張って欲しいですね。今の両国国技館のあるあたりに、忠臣蔵で知られている俵星玄蕃の道場跡とは知りませんでした。一瞬、俵星玄蕃、実在したのかと思って、解説をよく読んでみたら、やっばり架空の人物だったんですね。よかった。解説を引用します。「槍の名手、俵星玄蕃は忠臣蔵に登場する架空の人物で、彼の道場は、本所横網町のこの辺りにあったとされています。 上杉の家老・千坂兵部が二百五十石の高禄で、吉良家に召抱えようとしますが、赤穂浪士の世を忍ぶ苦況に同情を寄せた玄蕃はこれを断りました。 蕎麦屋に姿を変えていた赤穂浪士の前で、「のうそば屋、お前には用の無いことじゃがまさかの時に役に立つかも知れぬぞ見ておくがよい」と、槍の技を披露しました。 これは、講談や浪曲で語り維がれた物語で演歌の題材にもなっています。」
Jan 23, 2011
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町名でいうと、東京都墨田区向島と東向島の境界付近にある「鳩の街商店街」です。御多聞にもれず、商店街といってもシャッター街の雰囲気ですが、隅田川を歩く(その50)で紹介した、女優・歌手の木の実ナナさんが生まれ育った町でもあります。そして、MoMo太郎の父親の世代なら「鳩の街」というと、いわゆる赤線地帯という認識になるそうです。昭和33年の売春防止法施行までは、このあたりでカフェー風に作くられたそういうお店があったそうで、吉行淳之介や永井荷風の小説にもなり、映画化もされたそうです。まあ、線後派(売春防止法施行後)に生まれたMoMo太郎にはわかりませんが。未だに、鳩の街商店街には、こんな昭和の香りのする建物が残っています。歴史的町並み景観の保全なんかしてもらえないですかね。
Jan 23, 2011
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向島にあるとちょっとした公園です。まだ門松があるのは、1月9日に撮影したからです。ここが有名な向島百花園です。江戸の町人文化が花開いた文化・文政期(1804~1830年)に造られた庭園です。庭を造ったのは、仙台出身の骨とう商を営んでいた佐原鞠塢(さはらきくう)。四季百花の咲き乱れる名所となり、江戸庶民はもちろんのこと、将軍家斉公がお成りになったり、また、太田南畝(おおたなんぽ・蜀山人)や大窪詩仏(おおくぼしぶつ)、酒井抱一(さかいほういつ)といった江戸後期文化を担う文人墨客が、趣味人 佐原鞠塢 のもとに集い、当時の最先端文化の発信源と言えたようです。梅の便りが聞こえる頃に再訪問する予定です。
Jan 22, 2011
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つくばエキスプレスに乗って東京からつくばに戻ってくる時に車窓から撮影しました。利根川を渡ります。むこうに見えるのは並行して走る常磐高速道です。利根川が千葉県と茨城県の県境になっています。この川を渡ると茨城県です。利根川を渡ると守谷の町を通ります。このあたりは宅地開発されて、東京のベッドタウンですね。守谷を抜けて小貝川を渡ると見事な田園地帯と近づいてきた筑波山が出迎えてくれます。車窓から撮影したので、ガラスにうっすらと車内が映り込んでいますね気がつくと、アクセスカウンターが40万回を超えていました。平均一日198名の方からのアクセスがあるそうです。本当に、そんなに沢山の人に見られているんでしょうか?
Jan 21, 2011
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日本各地、寒いですね。でも関東地方は寒いけど晴天です。こんなに天気が続くと、毎日テレビに出ている気象予報士のみなさんもコメントに困るかもしれませんね。
Jan 20, 2011
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MOMO太郎が普段の生活を送っているつくば市にあるLALAガーデンというショッピングセンターの近くで見かける看板です。うちの奥さまが、「女性のための高収入」という言葉にひかれて、検索したら、やっぱり、風俗関係のお仕事紹介でした。ちなみに、この「つくば」の町にも、無店舗営業の派遣型風俗店があることがわかりました。研究学園都市という立派な町にもかかわらず、意外な感じがしました。需要はあるのでしょうかね???
Jan 19, 2011
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桜もちで有名な長命寺の隣にあるのが弘福禅寺です。山門は二重になった急な湾曲の瓦屋根でちょっと珍しいかも。隅田川七福神では布袋尊を祭りますが、本来は京都の宇治にある黄檗山万福寺の末寺ということで、禅宗のお寺さん。勝海舟もここで座禅を組んだそうです。この天丼屋さんは弘福禅寺の向かいにあります。値段はそこそこしますが、美味しい天丼で有名ですね。このあたり、夜になれば黒塗りのハイヤーなんかが横づけになる「料亭街」です。色々とあるみたいですが、こんなお店がいいかも。同窓会や結婚式の披露宴も受け付けています。
Jan 18, 2011
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白鬚神社の近くにある交通公園にも行ってみました。逆光のせいか、きれいには見えませんが、ここからも東京スカイツリーが見えていますよ。このあたり、どこからでも東京スカイツリーが見えるんですね。この交通公園の正式名称は、堤通公園内交通公園というそうです。首都高の向島線の下にあるが、なんとなく都会の公園って感じですかね。これは公園にゴーカートです。ゴーカートといっても、自分の足でこいで乗るんですが、多分、子供用で無料で貸し出してもらえたと思います。ちょっと、子供を連れて遊びに行くには安く済んでいいかも
Jan 17, 2011
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今日の午後5時頃吾妻橋から撮影しました。寒い夕空に月があって東京スカイツリー、絵になるかなと思って撮影しましたが、いつも持ち歩いているコンデジでせかされながら撮影したので、日光の手前、ドンマイな一枚になりました。撮影日時 2011/01/16 17:08:39
Jan 16, 2011
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向島でおやつを食べるなら、東京都墨田区東向島1-2-14にある「吉備子屋」のきびだんごですかね。浅草寺の仲見世にもお店があります。この店のきびだんごは岡山のそれとは、ちょっと違っています。串に刺したきびだんごを茹でたものにきな粉をまぶしてあります。地方発送もしてくれるそうです。また、リアカーを引いて、この近辺を売り歩いたりしています。きびだんごを食べながら、向島の町並みから見上げる東京スカイツリーもまた下町の新しい風情かもしれませんね。
Jan 16, 2011
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向島にある白鬚です。隅田川七福神では寿老人を祭っています。境内の掲示では、「天暦5年(951)に慈恵大師が関東に下った時に、近江国比良山麓に鎮座する白髭大明神の御分霊をここに祀ったと、社伝の記録は伝えている。天正19年(1592)には、時の将軍家より神領2石を寄進された。当社の御祭神猿田彦大神が、天孫降臨の際に道案内にたたれたという神話より、後世お客様をわが店に案内して下さる神としての信仰が生まれた。」とありました。そんなわけでしょうか、しばらくして、参拝の皆様がやってきました。
Jan 15, 2011
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今日、街を歩いていて牛丼が安いのにびっくり。吉野家さんは270円。松屋さんは240円すき家さんはわからないけど、とりあえず松屋で食べました。
Jan 14, 2011
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長命寺と言えば、「桜もち」。享保2年(1717年)初代山本新六が隅田川土手の桜の葉を集め、塩漬けにして桜餅を考案し、向島の長命寺の門前にて売り始めてそれから二百八十年余、隅田堤の桜と共に名物となった銘品です。というわけでやはり桜もちを買い求める人が。さて長命寺の境内に桜色の文字が刻まれた小さな石碑がしだれ桜とともに目を惹きました。よく見てみると、こんな詩がしるされていました。女優で歌手の木の実ナナさんが記念に植樹したものだそうです。木の実ナナさんはこの近くの鳩の街と呼ばれるあたりで生まれ育ったそうで、この長命寺にあったバレエ教室に通っていたそうです。その縁でここ長命寺に記念の植樹をされたとか。追伸:一昨日紹介した「三囲神社」のライオン像ですが、これは三越池袋店が閉店した時に、神社側の希望でここに寄贈されたそうです。なみに三囲(みめぐり)を「みつい」と越後屋三井が誤読して、信仰していたというのは、うちの奥さんの解釈です(多分、本人はギャグのつもりで言っています)。
Jan 13, 2011
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向島で有名なのは、やはり長命寺ですかね。幼稚園も併設されています。隅田七福神では弁財天となっているそうです。長命寺という名前のお寺は全国にあるそうですが、三代将軍家光が鷹狩りの折り腹痛を起こしたが、ここの井戸水を飲んでおさまったことから長命水と名づけられ、それが寺名の由来ということで、長生きにはご利益あるかも。梅の花がもう咲いてました。
Jan 12, 2011
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向島にある、隅田七福神の恵比寿神で知られる「三囲神社(みめぐりじんじゃ)」です。恵比寿神社の本家である西宮神社のような福男を選ぶ行事はありません。ちなみに、祭神は宇迦御魂之命。つまりお稲荷さんです。恵比寿様も祭られているので、七福神の恵比寿神となったのでしょうね。また、三越から寄贈されたライオンの像があります。日本橋三越の屋上にある小さい社も名前を三囲神社と言いうそうです。 三越百貨店の前身は、呉服店の三井越後屋です。江戸の頃から、この地で手広く商売を展開していましたが、三井家では三囲神社を篤く信仰していました。その由緒が現在も守られ、日本橋に限らず、三越百貨店の屋上に行くと、三囲神社が祀られているというわけなのです。どうして三井越後屋が三囲神社を信仰していたかというと、三囲という言葉が三井を守るという意味合いに通じるという説もあるそうです。
Jan 11, 2011
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今日は寒かったけどつくばの空はきれいに晴れ渡っていました。そして、今日は成人式。つくばカピオでは、着飾ったつくば市の成人式が開かれました。そういえば、成人式の振り袖姿の写真が、撮影した写真館で長く飾れたというのが、うちの奥さんの自慢のひとつだったそうですね。是非、この姿、写真館で思い出の一枚として撮影しておくことをお勧めします。今年の新成人の皆さんが生まれた1990年4月から1991年3月というのは、バブル経済が終わった混迷した日本経済の中で育ったトップランナーの世代だとか。まあ、その前年には、ベルリンの壁の崩壊とか、なかったことになっている天安門事件とか、あって、さらに湾岸戦争も起こって、いわゆる世紀末というか、世界の体制が変わっていく時代だったんですね。今に至っても、その清算や総括もできないまま、日本の経済も段々落ち目になっている中で、成人されるわけですね。今の日本の状況を考えると、経済成長の甘い汁を吸ってきた、団塊の世代というか、全共闘世代が、総理や官房長官として、この国を指導し、その後をついてきた、タレント上がりの人物が人気投票のように政治家に選ばれて、団塊の世代はその前の戦争経験をした世代の残した甘い汁を吸いつくして、逃げ切りを図ろうとしてしているようなものです。つまり、新成人の前途にあるのは、しゃぶりつくされた残骸のような日本が残されていて、国債などに代表されるような負債を背負って、ゼロどころかマイナスを負った社会を生きてかないといけない人たちなんですね、新成人の皆さんは。ええ、夢や希望がない? いや、夢や希望は自分でみつけていかないといけないんですね。そんなわけで、MoMo太郎が新成人になった時には、夢や希望が待っていたというか、与えられていたようなものです。例えば、会社員になって終身雇用されて安定した生活を送るとかね。でも、今は終身雇用とかそれは期待できないから、自分で考えて糊口をしのいでいけということです。
Jan 10, 2011
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今日はちょっと暖かったので、向島のあたりをブラブラしてきました。長命寺の裏にある墨堤植桜の碑の近くで、桜が咲いていました。花弁が一重だと「冬桜」ですが、八重なので「十月桜」という品種でしょうね。
Jan 9, 2011
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すき家の牛丼を食べました。いくといつも気になっていたのは、このスプーンです。これで牛丼を食べてみましたが食べにくかったです。このスプーン、一体どのような時に使うといいのでしょうか??
Jan 8, 2011
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これは加山雄三主演の「エレキの若大将」のワンシーン。エレキを初めて弾くわりには、上手すぎるそば屋の出前持ちは「エレキの神様」寺内タケシ。茨城県土浦市出身で、父親の寺内龍太郎は土浦市議会議長を務め、筑波研究学園都市の推進役として知られた映画館や電器屋など手広く手がけた実業家だそうです。
Jan 7, 2011
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今日は寒かったですね。こういう時に寒い外から、ストーブガンガンの暖かい部屋に入るとメガネが曇ってお困りのことがありませんか?最近はストーブなんかではなくエアコンで暖房しているので、そんな経験は少ないのかもしれませんね。こういうの結露っていうんですが、去年の暮れ、高校生にMoMo太郎の仕事の説明した時、この「結露」の話をしたんですが、皆さん不思議そうな顔をされました。エアコンを使う家が多いのか、それとも今の高校の理科では、空気線図とか飽和蒸気圧の話を習わないんですかね。単純に言えば、空気中には水蒸気、つまり気体の水が含まれているんですが、この質量は温度が小さいと小さくなるということです。それで、ストーブを焚いて水蒸気の多い暖かい部屋の中へ入ると冷えたメガネの周りは温度が低くて水蒸気は気体の状態でいられなくなって、水滴となってメガネが曇るというわけです。カメラのレンズでも似たようなことが起こり、寒い外で撮影して、暖かい部屋の中に入るとレンズに結露して曇るということがあります。この曇りの原因は水ですから、特に、最近のデジタルカメラという電子機器の塊には水はいい影響があるわけないので、ちょっと心配ですね。それで、MoMo太郎はカメラはできるだけ、乾燥剤を入れたバッグとか布の袋にしまっておいて、冷やさないようにしておいて、撮影する時だけ取り出すようにしています。また、部屋の中に入った時は、カメラをバッグの中に入れておいてしばらくしてから、取り出すようにしています。まあ、気休めですかね?そんなわけで、話と脈絡はないですが、今日は東京スカイツリーのテッペンの写真です。
Jan 6, 2011
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いつも利用している常磐道の守谷サービスエリアのイルミネーションです。青白い光は寒い冬の夜にはより一層の寒さを感じました。サービスエリアの中にある無料のお茶サービスでも飲んで温まりたいです。
Jan 5, 2011
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大阪に住んでいる従兄弟一家の家族が正月に遊びに来た。なんでも、東京ディズニーランドの近くのホテルに泊まって年末年始を過ごしていたそうだ「初詣はしたのか?」と聞くと、「いや、どっか連れて行ってくれ」と言うので、地元の初詣のメッカ、浅草寺に従兄弟一家を連れて行きました。正月の3日というのに浅草寺には大変な人出でした。仲見世通りも人であふれかえっています。行列にさえぎられて、商店に立ち寄って買い物する余裕もないくらいです。これじゃあ人出の割に儲からないかも。本殿に上がって参拝するのも、いつものとおり人の列を区切って警察が入場制限していました。いや、東京スカイツリー見物と浅草寺初詣がセットで賑わう浅草界隈でした。
Jan 4, 2011
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鹿島神宮の正しいお参りの仕方は、まず、この摂社「高房神社」にお参りしてから、この拝殿にお参りするそうです。大抵の神社の本殿は南向きに造られていますが、鹿島神宮の本殿は、日本の東の外れの国と意識されていた常陸の国にある神社であり、外的からの脅威(きょうい)に対する防衛拠点として、本殿は北を向いて建てられています。そして、この社叢の中を通り抜け、奥宮にもお参りしましょう。ここが奥宮です。1605年(慶長10年)に徳川家康により造営されたそうで、当初は本殿として使われたそうですが、1619年の造替に伴い場所を移し奥宮となった総白木作りの簡素な社殿です。鹿島神宮は、第一代神武天皇(じんむてんのう)が天皇の位についた年に、神武天皇が鹿島の地に使いを派遣して造られせた、と言い伝えられています。 さらにここにも参拝してみましょう。要石です。要石は、地震を起こす大鯰の頭と尾を抑える杭と言われ、見た目は小さいが地中部分は大きく、決して抜くことはできないと言い伝えられています。水戸藩主徳川光圀が6日6晩もの間、石の周りを掘らせたが、根元には届かなかったと伝えられています。こちらの石は千葉県香取市にある香取神宮にある要石です。香取・鹿島両神宮の大神様等は、地中に深く石棒を差し込み、大ナマズの頭尾を刺し通されたといいます。当神宮は凸形、鹿島は凹形です。香取神宮と鹿島神宮は特別なつながりがあるそうで、式年大祭御船祭(おふなまつり)として、12年に1度の午年に行われ、鹿島神宮の御祭神である武甕槌大神と香取神宮の御祭神である経津主大神が水上で出会う鹿島神宮最大の祭典があるそうです。なお、平安時代に「神宮」の称号で呼ばれていたのは、『延喜式神名帳』によると伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の三社だけだったそうです。こちらは香取神宮の拝殿です。
Jan 3, 2011
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初詣には鹿島神宮に行ってきました。車を使えば東京の我が家から一時間ちょっとで到着します。成田山などとは違いますが、やはり人出の多いことには変わりありませんね。屋台も沢山出ていますが、どうも子供の頃からこういう店の食べ物を食べるとお腹の調子が悪くなるので苦手です。東南アジアの屋台の店なら平気なんですが?不思議です。
Jan 2, 2011
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明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
Jan 1, 2011
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