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太陽系の謎を解く ボイジャーの電源は、2020年から徐々に出力を下げていき、2025年ごろに完全に停止する予定だ。その間、太陽系の外にある“何か”を私たちに教えてくれるだろう。最後の力が尽きる、そのときまで。(279ページ)著者・編者緑慎也=著出版情報新潮社出版年月2022年6月発行本書は、NHKが2011年4月から10年以上にわたって毎週放映している科学番組「コズミックフロント」から、太陽系に関する話題を集めて書籍化したものだ。最新の無人探査機の観測結果や各国の天文学者たちの研究成果を取り上げ、分かりやすく取り上げている。図版はないものの(NHKオンデマンドを見よう)、ニュースで取り上げられた話題ばかりだから、その記憶を思い出し、頭の中で最新の太陽系像を整理することができた。幾つになっても宇宙への好奇心は尽きない。1964年、JPLで働いていたカリフォルニア工科大学の大学院生ゲイ・フランドロは、1977年に探査機を打ち上げれば、木星、土星、天王星、海王星のそばを飛ぶ「グランドツアー」が実現できることに気づいた。こうして、1977年に無人探査機ボイジャー1号・2号が打ち上げられた。ボイジャーは多くの観測結果をもたらし、太陽系のあらたな謎がもたらされた。たとえば、火星が小さすぎること、土星の外側に天王星や海王星といった巨大惑星があること――これらは従来の太陽系形成モデルでは説明がつかなかった。2011年5月、サウスウエスト研究所の惑星科学者ケビン・ウォルシュらは、木星は現在とは異なる場所で誕生し、太陽系の内側へ向かって移動してきたとする「グランド・タック・モデル」を提唱した。コンピュータでシミュレーションしたところ、この木星の大移動によって太陽系内が攪乱され、火星が小さくなってしまったこと、天王星や海王星が現在の位置まで遠ざかってしまったことなどが説明できる。さらに、土星と天王星の間にあった惑星が太陽系の外に飛ばされてしまったという可能性が出てきた。2016年7月に木星周回軌道に入った無人探査機ジュノーは、多くの観測情報を送ってきている。木星の内部では液体金属のような水素が猛スピードで回転し、1000万アンペアという強い電流が生まれている。その電流によって強力な磁場が発生している。そして、イオの火山が噴出する二酸化硫黄が木星上空でプラズマとなり、巨大なオーロラとなる。カッシーニは木星の大赤斑を発見したが、記録に残っているのは1710年までで、その後100年間消失した可能性がある。現在の大赤斑も、年々小さくなっている。また、台風と違い、コリオリの力に逆らう方向に渦を巻いている。2004年6月に土星周回軌道に入った無人探査機カッシーニは、多くの観測結果をもたらした。衛星タイタンには、山や砂漠、川があることがわかった。川を流れるのは液体のメタンだ。蒸発したメタンは再び雨となって表面に降り注ぐ大気循環がある。衛星エンケラドゥスは、土星による潮汐力で変形し、その摩擦熱による熱水が存在することが分かり、タイタンに次いで生命の存在の可能性が高まった。1994年にNASAは、「生命とは、ダーウィン進化を起こしうる自立した化学反応システムである」(76ページ)と定義した。液体メタンを利用して、自己複製や遺伝的変化をするものも生命と考える。2017年9月、カッシーニは最後のミッション「グランドフィナーレ」を実行。土星の大気圏に突入して燃え尽きた。これは、地球の微生物を土星の衛星に持ち込まないための、やむを得ない措置だった。太陽系で最も小さな惑星・水星に探査機を送り込むには太陽の引力にひかれすぎないようブレーキをかける必要がある。パドバ大学の天文学者ジュゼッペ・コロンボが考案したスイングバイ航法を使い、1973年11月に打ち上げられた無人探査機マリナー10号は初めて水星に接近した。表面には多くのクレーターがあり、想定されていなかった磁場を捉えることに成功した。2004年8月に打ち上げられた無人探査機メッセンジャーにより、水星表面の鉄が極端に少ないことが明らかになり、それまで惑星の形成仮説とされてきたジャイアントインパクト説が修正を余儀なくされそうだ。次に水星に到達するのはベビコロンボ計画の無人探査機で、2025年12月のことになる。金星は、地球とよく似た大きさの惑星だ。だが、アメリカの探査機マリナー2号が金星の表面温度を観測したところ425℃もあり、ソ連の探査機ベネラ13号は地表の気圧が89気圧もあることを観測した。金星はマグマオーシャンが冷えるのに地球の20倍も長く時間がかかったため、水を失い、いまのような姿になったと考えられている。また、自転周期が243日と遅いにもかかわらず、風速100メートルに達する暴風「スーパーローテーション」が起きることが金星の謎になっている。40億年前の火星は、巨大な海と巨大な陸を備えた地球によく似た惑星だったと考えられている。一方、40億年前の地球には陸がなく、すべて海に覆われていたため、RNAやDNAのような大きな分子を作るのは容易なことではなかった。1992年にスノーボールアース説を提唱したカリフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュビンクさんは、稼いで誕生した生命が隕石に乗って地球にやってきたと考えている。火星には磁場がなかったため、太陽風によって大気が剥ぎ取られ、いまのように不毛の惑星に変わり果ててしまった。だが、探査機キュリオシティは、山の斜面にむき出しになっている粘土質の地層でメタンガスが変動して検出されることを観測した。これが自然現象なのか生命活動によるものなのか、さらなる観測が待たれる。アメリカは2足歩行ロボット宇宙飛行士「ヴァルキリー」の開発が進められ、火星に送り込まれる予定だ。そして、オリオン宇宙船を使って2028年までに人類を火星軌道に送りこもうとしている。宇宙生物学者のクリス・マッケイさんは、火星に工場を建設し、温室効果ガスのフロンガスを大気中に放出する。これにより火星の気温が上昇し、表面にあるドライアイスが気体の二酸化炭素になり大気中に放出され、さらに温室効果が進む。同時に火星全体に超電導リングを張り巡らし、人工的に磁場を作り出し、太陽風を遮る。こうして大気と気圧を上昇させ、地球から持ち込んだ微生物を導入し植物が育つ土壌に改造するテラフォーミングを考えている。ボイジャーはタイタンを観測するため、冥王星観測を諦めた。10代の頃にボイジャーの映像を見て惑星研究者となったアラン・スターンさんが総責任者となり、冥王星探査機ニュー・ホライズンズが2006年1月に打ち上げられ、9年半かけて冥王星に到達した。冥王星には大きなハート模様が発見され、窒素の氷河によって形作られたもので、冥王星内部はまだ活動を続けていると考えられている。1978年に冥王星の衛星を発見したアメリカ海軍天文台のジム・クリスティさんは、新婚間もない妻シャーリーンにちなんでシャロン Charon と名付けようとしたところ、ギリシア神話で死者の魂を冥界の王プルートー(冥王星)に運ぶカロンと同じ綴りだった。冥王星の観測を終えたニュー・ホライズンズは、現在、カイパーベルト天体を観測している。2007年に打ち上げられた探査機ドーンは、小惑星ベスタやケレスを観測した。恒星から距離が離れると、水が氷に変わる温度帯がある。これをスノーラインと呼び、太陽系では、ちょうど小惑星帯がスノーライン上にある。スノーラインの内側では岩石惑星が、外側では巨大ガス惑星が形成されるため、スノーライン上では惑星の原料となる物質が乏しく、小惑星のまま成長できなかったと考えられている。ところがドーンによる観測によって、小惑星の内部に水素と酸素を含んだ含水鉱物が豊富にあることが分かった。スノーライン上で形成された小惑星は、水分を固体の形で内部に取り込んだのだ。その小惑星が隕石となり地球に降り注いだことで、地球に大量の水が供給されたと考えられている。1999年に、カリフォルニア工科大学のマイク・ブラウンさんは、冥王星の外側にある10番惑星の探索を始めた。冥王星より小さい惑星がいくつか見つけたが、2005年1月、ついに冥王星より大きい惑星を発見し、エリスと名付けた。だが、その名の通り、エリスは不和の種をまいた。国際天文連合(IAU)は、当時、惑星の定義を明確にしていなかった。天文学者たちの会議は紛糾した。そして2006年8月のIAU総会で、冥王星やエリス、小惑星は準惑星に分類されることになった。エリスの発見は、結果的に冥王星の地位も降格させてしまった。2003年にブラウンさんが発見した準惑星セドナは、冥王星の10倍以上遠い長円軌道を描いており、その後、同じような軌道を描く準惑星が複数発見された。コンピュータで計算すると、地球の約10倍の質量をもった惑星「プラネット9」の重力によってそのような長円軌道になったのではないかという仮説が、2016年1月に発表された。これほど大きな惑星になると土星の軌道に影響を及ぼしているはずだが、探査機カッシーニの観測データを分析すると、プラネット9の存在を否定する証拠が見つからなかった。プラネット9は存在するのか、天文学者たちの観測は続く――。小惑星プシケは金属でできている。太陽系の歴史のごく初期、小さな天体にとりこまれた放射性元素アルミニウム26が崩壊熱で小天体の内部を加熱し、鉄のコアが誕生したのではないか。これまで惑星は、小さな塵の衝突・合体という秩序だったプロセスで、ゆっくり成長したと考えられてきた。だが、鉄のコアを持つ小さな天体が、激しい衝突をくり返していたかもしれない。この仮説を検証すべく、2022年8月にプシケへ向けて探査機が打ち上げられる。2017年10月、長さ約800メートル、幅3メートルの細長い天体オウムアムアが発見される。その奇妙な形から、その正体は、太陽系外から訪れた氷でできた彗星だった。ハーバード大学教授のエイブラハム・ローブさんによれば、太陽系の外から来た天体が、生命の種をもたらした可能性があるという。子どもの頃に宇宙図鑑で見て覚えた太陽系の様子は、いまのものとは似ても似つかないものだった。小学校の掲示板に子ども新聞が張り出されており、ソ連のベネラ9号(当時は金星9号と呼んでいた)が撮影した金星表面の写真を見て驚いた。翌1976年、アメリカのバイキング1号・2号が送ってきた火星表面のカラー写真は、新聞をスクラップして夏休みの自由研究にした。火星のテラフォーミングは、本書でも触れられているSF映画『オデッセイ』が参考になる。さらに1979年、ボイジャー1号・2号が撮影した木星のカラー写真――そのダイナミックな姿に驚き、衛星イオの火山に驚かされた。その後も、マーズ・オブザーバーなどの火星探査機、ガリレオやカッシーニといった外惑星探査機、ニュー・ホライズンズは2015年に冥王星に到達した。太陽系外からやって来たオウムアムア発見のニュースは、一般ニュースでも大々的に取り上げられた。SF作家アーサー・C・クラークの生誕100周年にあたっており、彼が人類と異星人のファースト・コンタクトを描いた『宇宙のランデヴー』に登場する宇宙船ラーマによく似た形をしていたからだ。この宇宙船説は否定されるが、太陽系外からやって来た天体が太陽系内に千個以上あるという推測には好奇心がそそられる。こうした最新ニュースや写真、科学読本を読みながら、最近ではネット情報も採り入れながら、太陽系に関する知識を更新してきた。時代に恵まれたと思う。ボイジャー1号・2号は、太陽圏の最果てヘリオポーズを超えて、恒星世界へ乗り出した。原子力電池の発電限界は2025年というが、打ち上げ年に公開されたSF映画『スタートレック』のように、何百年の未来に戻ってくるかもしれない。宇宙への好奇心は尽きない。
2022.10.09
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幼女戦記 第08巻 -In omnia paratus- ターニャ「愛国とは、無謀を肯定するものではありません。そもそも、国家を愛するのであれば、国家の平和を守るべきであり、重ねていうならば破滅を阻止することこそが愛国者の義務でもありましょう」(409ページ)著者・編者篠月しのぶ=著出版情報KADOKAWA出版年月2017年6月発行統一暦1927年5月26日、帝都中央駅のプラットフォームでクルト・フォン・ルーデルドルフ中将が見送る中、ハンス・フォン・ゼートゥーア中将は東部戦線へ向かった。戦務参謀次長の職は解かれなかったものの、最高統帥会議に逆らったことで、事実上の更迭となった。2人は、帝国が大規模攻勢に転じるアンドロメダ作戦の成功を誓い合う。ゼートゥーアの来訪を知らないターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は、急な来訪に驚いた。ゼートゥーアはターニャに囮になることを命じる。予備選力としてヴォーレン・グランツ中尉の小隊をゼートゥーアに引き抜かれた上で、ターニャが率いるサラマンダー戦闘団は、作戦通り、ソルディム528陣地で敵に包囲される。一方、連邦はラーゲリに収容していた魔導師たちを復帰させ、東部戦線へ送り込み、サラマンダー戦闘団は窮地に陥るが、航空魔道隊のテオバルト・ヴュステマン中尉や歩兵部隊のクラウス・トスパン中尉の成長により辛くも窮地をしのぐ。ターニャは、「足りぬ、足りぬは工夫が足りぬというが‥‥育てるという努力は怠るべきでないのだろうな。無論、現場の限界はあるが」(141ページ)と自戒する。友軍の救援という名目で、ゼートゥーアはクラム師団に便乗し、ソルディム528陣地へ向かう。サラマンダー戦闘団は、連合王国のドレイク中佐が率いる多国籍義勇軍の攻撃を受けるが、ターニャを憎悪するメアリー・スー少尉の暴走により、これを撃退し、クラム師団と連邦軍を挟撃することに成功する。だが、東部戦線南方の資源地帯の確保は失敗し、アンドロメダ作戦は頓挫する。ターニャらが連邦軍の物資を鹵獲、運用しなければならない状況に陥ったように、帝国の物資欠乏は隠しようのない事実だった。その事実を思い知ったゼートゥーアは、ターニャにとんでもない相談を持ちかける――。サラリーマンには制約が付きものである。上司になったはいいが、部下が全員有能だとは限らない。だが経営陣は、十分な要員を手当てせずに成果を出せと言ってくる。無能な部下を移動させて、他事業部の有能な要員を引き抜けば、今度はその事業部がピンチに陥る。結局のところ、与えられた要員を育てるしかない。部下の成長を褒め、けっしてハラスメントすることがないターニャの言動は、ある意味、理想的な上司像である。戦争という大量殺人業務に携わっていなければ、の話ではあるが‥‥。
2022.10.07
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幼女戦記 第07巻 -Ut sementem feceris、ita metes- 平和とは、恐怖の終焉でなければならないのだ。(254ページ)著者・編者篠月しのぶ=著出版情報KADOKAWA出版年月2016年12月発行ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は、サラマンダー戦闘団を率いて再び東部戦線にあった。だが、連邦軍の物量の前に、帝国軍は消耗戦を強いられていた。一方、イルドア王国による和平工作を視野に入れた参謀本部は、レルゲン大佐を機動戦闘団指揮官として、サラマンダー戦闘団をレルゲン戦闘団と呼称し、イルドア王国のヴィルジオニ・カランドロ大佐が観戦武官としてサラマンダー戦闘団に受け入れることになった。カランドロ大佐は、連邦軍と容赦ない市街戦を展開するターニャの指揮ぶりに驚くが、ターニャは国際法違反ではないことを証明してみせる。いわく、「ルールとは、破るものではない。相手に破らせるものだ」(217ページ)。ターニャたちが軍議を開いていたところ、突然、味方からの誤射を受ける。ターニャは誤射した相手に激怒し、事故を防ぐが、味方の観測魔道士が混乱していることは明らかだった。一方、参謀本部のクルト・フォン・ルーデルドルフ中将は、東部戦線の反攻作戦――鉄槌作戦を計画立案する。同期で兵站を預かるハンス・フォン・ゼートゥーア中将は博打だと、そのリスクを懸念するが、統一歴1927年5月、帝国軍は制空権を掌握し、鉄槌作戦を成功させる。一方、レルゲン大佐はルドア王国の軍政家イゴール・ガスマン大将に、帝国本国からのメッセージとして「糞くらえ」と伝えた。帝国はイルドア王国が示した講和案には応じなかった。鉄槌作戦で活躍したサラマンダー戦闘団は、敵司令部の撃破に成功。なおも連邦軍の抵抗は続いたが、帝国軍はその動きを封じた。帝国軍の完全勝利だった――ターニャも参謀本部も停戦を確信していた。だが、連邦のロリヤ内務人民委員部長官は、帝国の世論を冷静に分析し、内部工作を進めた。その結果、最高統帥会議は国内経済を立て直すために賠償要求は必須だと譲らない。帝国軍は文民統制――参謀本部は、「東部における勝利を勘案し、再交渉により大幅な譲歩を迫るべし」と発令せざるを得なかった。共和国との戦いでは、参謀本部が勝利の活用を誤り停戦に至らなかった。今回の連邦との戦いでは、ターニャも参謀本部も、停戦まであと一歩に迫っていた。だが、連邦による世論操作により、再び停戦の機会を逃してしまう。案外、現実世界における文民統制の弱点も、こんなところにあるのかもしれない。であるならば、平時にスパイ活動防止法を用意しておくに越したことはないだろう。
2022.10.06
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仮面病棟 「それなら、ここにいる全員を殺せばいいだけじゃないか」(269ページ)著者・編者知念実希人=著出版情報実業之日本社出版年月2014年12月発行外科医の速水秀悟は週に1回、狛江市郊外の療養型病院・田所病院で当直のアルバイトをしていた。田所病院は外来で血液透析しているものの、急性期病院とは違い、秀悟にとっては当直室で待機しているだけの楽なアルバイトのはずだった。ところが、たまたま先輩医師の代わりに当直した夜、ピエロの仮面をかぶった男が現れ、自らが撃ったという女性・川崎愛美の治療を要求してきた。秀悟は療養型病院にしては設備が行き届いている手術室を使って、愛美の傷を丁寧に縫合した。ピエロの男は籠城を決め込む。秀悟は警察を呼ぼうとするが、電話線は切断され、携帯電話も通じない。そして、院長や当直看護師の行動がどこかおかしい。第一の犠牲者が出たことをきっかけに、田所病院の本当の姿が明かされてゆく――。作者の知念実希人さんは現役のお医者さんで日本内科学会認定医。2012年から作家として活動をはじめた。以前からTwitterを通じて存じ上げていたのだが、遅ればせながら、初めて作品に触れた。本作品はとても読みやすい――サスペンスに見られる情動的な演出はなく、かといって、ライト・ノベルのようにキャラクターが動くことでストーリーが進んでいくわけでもない。クローズド・サークルに分類される純然たるミステリー作品であり、極めてロジカルな組み立てになっている――にもかかわらず、読みやすい。ミステリーが初めての方にもお勧めする。あらすじのところで「田所病院の本当の姿」と書いたが、文庫本の冒頭に図示されている「田所病院 各階フロア図」が本筋に密に関係してくる。まるで科学読本でもあるかのように舞台設定を明かし、話がロジカルに進んでいく一方、登場人物の心象風景は、そこいらのホラー小説よりもドロドロと溶け出してゆく。小説家は狂気と紙一重だと感じることがあるのだが――本書が発行されたのは2014年12月。その約4年後の2018年8月、狛江市と同じく東京都の郊外にある福生市の公立病院で患者が腎透析を拒否して死亡する事件が起きた――お医者さんは、現実という狂気のただ中で血まみれになりながら、一歩間違えば地獄に堕ちるような現場で働いているという点において、小説家に近い存在なのかもしれない。そんな狂気にあてられて、次の作品の発注ボタンをクリックしていた――。
2022.10.04
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幼女戦記 第06巻 -Nil admirari- ターニャ「多様性こそが、戦争に勝つためには必要不可欠だ」(25ページ)著者・編者篠月しのぶ=著出版情報KADOKAWA出版年月2016年7月発行新兵からなるサラマンダー戦闘団を率いて東部戦線に駐留するターニャ・フォン・デグレチャフ中佐。東部戦線の冬将軍到来で機能不全に陥った戦闘団だったが、連邦の武器を鹵獲して活用することを思い立つ。一方、連邦は連合王国と手を組み、迫害していた魔道士ミケル大佐らを復帰させた。連合王国のウィリアム・ダグラス・ドレイク中佐は大隊長として、連邦のミケル大佐らと多国籍義勇軍を率い、サラマンダー戦闘団と交戦する。帝国と分離主義者(民族主義者)による自治評議会と、連邦と連合王国の多国籍義勇軍――東部戦線の水面下では、両者による政治的駆け引きが行われていた。年が明け統一歴1927年1月、イルドア王国の軍政家イゴール・ガスマン大将が動き出す。視察のため、レルゲン大佐が派遣され、そこでヴィルジオニ・カランドロ大佐からイルドアが講和を仲介すると提案される。帝都に戻ったターニャは、珈琲の供給もままならず、前線との温度差を感じ、帝国が疲弊していることを見抜く。ターニャは、ウーガ中佐に講和の必要性を語る。一方、レルゲン大佐がイルドアへ派遣されたことを知った連合王国だったが、チャーブル首相は連邦と協同して帝国西方へ海軍の展開を命じる。東部戦線に戦力を割いている帝国軍は、西方へ予備戦力を裂かざるを得なかったが、辛うじてこれを撃退した。ドレイク中佐とミケル大佐は北方へ転進し、旧協商連合国のパルチザンと協同し、帝国軍へ反抗に出る。かつてターニャが率いる第203航空魔道大隊がオース・フィヨルドを空挺降下で急襲したが、その意趣返しであるかのように、ドレイクらは潜水艦から出撃して帝国軍を攪乱する。ターニャが率いるサラマンダー戦闘団は北方へ向かうが、か細い補給線と、パルチザンの度重なる嫌がらせ攻撃を受け、次第に疲弊してゆく。
2022.09.23
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幼女戦記 第05巻 -Abyssus abyssum invocat 損害がたった10名と口にできる人間は、人的資本管理の欠片も理解していないアホだけだろう。類例を求めるならば、ベテランの販売員を解雇し、給料の安いアルバイトに全員を置き換え、現場が回らなくなった理由に首を傾げる超弩級の間抜けども。(267ページ)著者・編者篠月しのぶ=著出版情報KADOKAWA出版年月2016年1月発行東部戦線でターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は、連邦からの亡命してきたヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ中尉の言語力を活用し、捕虜から驚くべく事実を聞き出した。彼らは共産党を支持しているのではなく、母国を侵略者から守ろうというナショナリズムで戦っていた。ターニャは考える――イデオロギーと戦っているのであれば、イデオロギーの妥当性や正当性を攻撃すればよい。が、『ナショナリズム』との戦いはダメだ。連邦との戦い方について、ターニャはハンス・フォン・ゼートゥーア中将に意見具申する。こうして参謀本部軍事諜報局は、ターニャに白翼大鉄十字を推薦した。だが、サラマンダー戦闘団は解体され、参謀本部が代わりの戦闘団を組織するという。ターニャが率いる第203航空魔道大隊は、ノルデン北方で連合王国の大型輸送船RMSクイーン・オブ・アンジューの偵察任務に就くが、ウィリアム・ダグラス・ドレイク中佐が率いる連合王国の海兵魔道部隊の攻撃を受け、十数名の部下を失う。ターニャは、「損害がたった10名と口にできる人間は、人的資本管理の欠片も理解していないアホだけだ」と罵る。統一歴1926年10月8日、第203航空魔道大隊は潜水艦隊と協同で、RMSクイーン・オブ・アンジューに再戦を挑む機会を得た。ターニャらは陽動役を買って出て、勝利する。合衆国の義勇兵メアリー・スー少尉は生き残り、連邦の政治将校、クイーン・オブ・アンジュー中尉と出会う。ターニャらは再び東部戦線に戻り、参謀本部が編成した練度の低い戦闘団をどうにか動かしながら、連邦と対峙する。だが、気象班の予報より早く冬が訪れようとしていた。連邦は連合王国と手を組んだ。一方、帝国はターニャの提案を受け入れ、連邦が帝国と敵対させていた分離主義者(民族主義者)と手を組み、連邦への反抗を開始した。参謀本部にサラマンダー戦闘団を取り上げられたターニャにあてがわれたのは、戦場の経験がほとんどない新兵からなる戦闘団――「インストールすれば、その瞬間からプログラムが動き出すという具合に人間はできていないのだ」(272ページ)、「営業の最前線に、自分の取り扱う商品について理解していない新人を放り込むようなものだ。人手不足を補いたいという意図はさておき、酷い混乱を生み出すのは間違いない」(367ページ)、「自己判断を任せることすら危うい新人のアルバイトしか配属されていない繁忙店となれば結局、指揮官先頭とばかりに店頭に店長が立つしかない」(379ページ)と怨嗟の声を上げる。ターニャの中の人は、現代日本の人事部課長なのだ。同情を禁じ得ない。一方で、自由市場経済の信奉者として共産主義者を忌み嫌っていたが、「『ナショナリズム』との戦いはダメだ」(85ページ)という歴史の教訓から、連邦の民族主義者と手を結ぶという合理的な提案をする。サラリーマンとしてはたいへん有能である。
2022.09.22
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知れば知るほど面白い暦の謎 太陽が斜めに昇ることをふまえると、春分の日や秋分の日に太陽が真東から昇り、真西に沈むというのも正しくないこともわかります。(102ページ)著者・編者片山真人=著出版情報三笠書房出版年月2022年2月発行著者は、国立天文台天文情報センター暦計算室長の片山真人さん――わが国の〈暦〉を編纂しているその人である。片山さんは「暦とは1日1日に年・月・週・日などの概念を与え、私たちが計画的に生活するための道具」(3ページ)と定義する。まず、1年の長さをめぐり、古代ローマの暦を振り返る。ローマ暦は太陰太陽暦だったが、政治や経済、軍事の都合や、神官が忘れたなどの理由で閏月が入らないことが多かった。行事を司る暦の日付と実際の季節のずれが大きくなってしまった。そこで共和制ローマを掌握した執政官カエサルは、紀元前46年の1年を445日とする荒療治を敢行。翌紀元前45年からユリウス暦(1年365日、4年に一度うるう年)を施行した。西暦325年のニケア宗教会議で、ユリウス暦を正式採用し、イースターの基準となる春分の日を3月21日に固定した。1週間を7日周期にしたのは古代バビロニアだった。平安時代に弘法大師が宿曜経とともに曜日の概念を持ち帰ったが、日の吉凶を占うために使われただけで、現在のように1週間単位で生活するようになったのは明治以後のこと。現在、国際標準のISO 8601では月曜日はじまり。一方、労働基準法では、他の定めがない場合には日曜日はじまり。1年は12ヶ月だが、1日は24時間――これは古代バビロニアで始まったことのようなのだが、昼の12時間と夜の12時間の数え方が違っており、合算して24時間となった。昼は、日の出から日の入りまでの時間を12分割するが、季節によって1時間の長さは異なる。これを不定時制という。夏至の日の出は北東に行くほど早くなり、札幌は石垣島より2時間早い。逆に、日の入りは南西へ行くほど遅くなるのだが、意外なことに、札幌と京都ではほぼ同時刻に沈む。春分・秋分の日は、経度にしたがって、東へ行くほど日の出が早くなる。また、日の出や日の入りは、太陽の上辺が見かけの地平線や水平線に接する時刻と定義しているため(太陽中心ではないため)、昼と夜の時間差が16分ある。夜明けや日暮れのときに明るくなる薄明時間(太陽の中心の伏角が7度21分40秒となる瞬間)は、太陽の高度によって変わる。つまり、季節や緯度によって薄明時間は変動する。北緯60度以上では、夏至の日に太陽が日暮れの高度に達しないため、白夜となる。太陽の南中高度が最も高くなる日が夏至だが、南中時刻は正午12時とは限らない。地球の自転だけでなく公転運動が影響するためだ。兵庫県西脇市を例にとると、南中時刻は1年で30分近くも変化する。このことにより、夏至の日の出の時刻は、必ずしも1年で一番早いとは限らない。いまでもイスラム圏で使われているが、わが国でも江戸時代までは、新月を1日とする太陰暦(旧暦)が使われていた。新月(朔)から満月(望)を経て、次の新家松までを朔望周期と呼び、約29.53日である。十五夜は太陰太陽暦の15日であるが、これは月齢14.0を含む日と定義されるため、十五夜は必ずしも満月とは限らない。月の直径は太陽の400分の1だが、地球からの距離も400分の1であるため、太陽と月の見かけの大きさはほとんど同じで、このことにより金環日食や皆既日食が起きる。日食は太陽と月の運動によるものなので、約18年11日ごとに、ほぼ同じ場所で同じ条件の日食が起きることが分かっており、これをサロス周期と呼ぶ。紀元前6世紀頃には知られていた。太陽や月の引力が地球を変形させることで潮汐が起きる。距離が近い月の方が2倍ほど潮汐力が強い。潮汐により地球の自転にブレーキがかかっており、100年あたり2ミリ秒ほど1日が長くなっている。ブレーキを掛けた分、月の公転軌道は大きくなっており、月は1年に3.8ずつ地球から遠ざかっている。潮汐の影響や地球の自転・公転の揺らぎにより、1日の長さは24×60×60=86400秒とは限らない。この誤差を埋めるため、不定期に閏秒 (うるうびょう) が挿入される。最近では2017年1月1日に1秒挿入された。閏秒の挿入時期は予測できないため、これを廃止しようという意見もあり、2023年の国際電気通信連合総会で議論されることになっている。スマホの〈狂うことがない〉カレンダーや時計のお世話になっていると、ついつい、日ので日の入りの時刻や季節変化を忘れてしまいがちだが、出張で長距離を移動すると、日の入りの時刻が変わることに気づかされる。年取った身体には堪える。夏至の日の入りは札幌と京都ではほぼ同時刻に沈むことや、南中時刻が正午12時にならないことなど、図解入りで分かりやすく解説されており、小学校の理科の教材になりそうだ。どんなにICTが進歩しても、暦は太陽や月、地球の運動の影響を受けている――「私たちが計画的に生活するための道具」として、基本的な知識は押さえておきたいものだ。
2022.08.30
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なぜ宇宙は存在するのか もし超弦理論の予言と加速膨張する時空の解析とを真剣に取ったとすれば、それは無数の異なる種類の宇宙が次々と作られていくという描像を示唆しているように思われるのです。(222ページ)著者・編者野村泰紀=著出版情報講談社出版年月2022年4月発行著者は、カリフォルニア大学バークレー校教授で、バークレー理論物理学センター長の野村泰紀さん。われわれの宇宙はどこから来て、どこへ向かうのか――ダークマター、インフレーション宇宙、超弦理論といった基礎知識をご存じの方におすすめ。宇宙論の最先端の話題/用語を合理的に整理できる。私は本書を読んで、「人間原理」への誤解に気づいたことが大きな収穫だった。第1章では、宇宙論が扱う範囲を確認し、ダークマターやダークエネルギーについて触れている。第2章では、「宇宙の晴れ上がり」とされるビッグバンから38万年後まで遡る。現在の宇宙をエネルギー密度で見た場合、約69%がダークエネルギー、約26%がダークマター、ガスやニュートリノが約4.6%、粒子として存在しているものは約0.4%しかない。そして、宇宙マイクロ波背景放射を観測するプランク衛星の観測データなどから、晴れ上がり時に10万分の1しかなかった〈揺らぎ〉が増幅し、構成や銀河といった宇宙の構造を形成していく。ダークエネルギーの正体は、おそらく真空のエネルギーで、これは宇宙空間が膨張しても一定に保たれる。一方、空間が2倍に引き延ばされると、粒子のエネルギー密度は8分の1に、放射エネルギーは16分の1になる。宇宙のエネルギー密度は変遷しており、現在は、「放射<物質<真空のエネルギー」という大小関係になっている。これらを時間軸に沿ったグラフでわかりやすく解説している。第3章では、素粒子物理学を応用し、宇宙開闢の直後にまで遡る。ダークマターの正体は不明だが、観測等の状況証拠から、他の粒子と相互作用をせず、晴れ上がり前から〈揺らぎ〉が増幅されていると考えられる。ダークマターの最有力候補はウィンプ(WIMP)だ。宇宙誕生直後は、粒子と反粒子は同数だったが、CP対象の破れにより、わずかな粒子が残ったと考えられている。第4章では、1980年代に開花したインフレーション理論を紹介する。宇宙誕生後10-38秒から10-36秒くらいの間に指数関数的に宇宙が膨張するインフレーションが起こり、宇宙は一様になり、曲率がきわめて平坦になった。そして、インフレーションの膨張が熱エネルギーになり、ビッグバンを引き起こす。野村さんは、宇宙の始まりとビッグバンの間にインフレーションがあったということを平易に説明してくれる。インフレーションが起きたにしても、この宇宙の標準模型はよくできすぎている。たとえば、真空のエネルギー密度と物質のエネルギー密度がほぼ同じ大きさであるタイミングで生命が誕生したのは偶然なのか――第5章で、そうした疑問を提示する。その答えは、第6章で語られるマルチバースだ。電磁気力と弱い力を統合した物理学者のスティーヴン・ワインバーグは、1987年に人間原理に注目した論文を発表した。人間原理とは、「私たちが自らの周りで観測する世界よりも、実はもっと多様な世界がどこかに存在していると仮定する」(199ページ)ことにある。それによれば、きわめて多くの宇宙が存在する中で、たまたま、真空のエネルギー密度がゼロに近い宇宙が、私たちが住む宇宙だという。ワインバーグの予言の通り、1998年に宇宙の加速膨張が観測された。ここに超弦理論を加えると、無数の異なる種類の宇宙が次々と作られていくというマルチバースとなる。野村さんは最後に「マルチバースは、現代物理学が到達した極めて「革命的」な描像ではありますが、諸行無常に慣れ親しんだ私たち日本人にとっては、もしかしたらより自然なものに感じられるかもしれません」(250ページ)と締めくくる。冒頭に述べたように、私は「人間原理」の概念を誤解していた。相対性理論、量子力学、超弦理論といった既存理論を組み合わせ、最新の観測結果と矛盾しない宇宙の姿としてのマルチバースは合理的な考え方である。マルチバースの結果として、〈たまたま〉私たちの宇宙が知的生命体が誕生するのに都合のいいパラメータをとったものだった――と考えるならば、人間原理を素直に受け入れられる。また、インフレーションがビッグバンより前に起きたことが明快に説明されており、私の中の〈宇宙論〉の整理が付いた。「『時間』というものが誰にとっても同じものではない」(227ページ)については、『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ,2019年8月)でも語られている。マルチバース宇宙論は、定常宇宙論でも宇宙の熱的死でもビッグクランチでもない、新しい宇宙の未来像を描いてくれる。
2022.08.17
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幼女戦記 第04巻 -Dabit deus his quoque finem- 神様、どうか私達の中佐殿が私達の敵でないことを感謝させてください。(445ページ)著者・編者篠月しのぶ=著出版情報KADOKAWA出版年月2015年6月発行ターニャ・デグレチャフ少佐が率いる第203航空魔道大隊は、連邦との東部国境への偵察を命じられる。密かに連邦領に降り立つと、巨大な列車砲が帝国領へ向けて火を噴いた。連邦との戦争が始まったのだ。資本主義のごんげたるターニャは、コミー(共産主義者)に容赦がなかった。連邦に航空戦力が乏しいことを見て取るや、首都モスコーを急襲。上空から帝国国歌を歌い、帝国旗を掲げ、記念撮影までしてみせた。連邦の最高指導者ヨセフ・ジュガシヴィリの腹心ロリヤ内務人民委員部長官は、空を飛ぶターニャに「なんと可憐なのだ」と一目惚れする。だが、兵士が畑でとれるという連邦軍は、150師団の大軍をもって東部戦線に押し寄せた。帝国軍は防戦するのに精一杯だ。東部最前線へ送り込まれたターニャは、連邦軍が殺到し孤立した都市ティゲンホーフへ救援に向かうとともに、そこを橋頭堡として東部前線を支えようと考えた。連邦軍は次から次へと師団を送り込んでくるが、航空戦力はあらわれない。連邦は、魔導士を粛正してしまっていた。連合王国と大陸を隔てるドードーバード海峡へ向かった第203航空魔道大隊は、連合王国と合衆国の協同部隊に遭遇する。ターニャとの戦いで戦死したアンソン・スー大佐の娘メアリー・スーは、彼女が父にプレゼントした短機関銃をターニャが持っていることを見るや否や、彼女に襲いかかる。ターニャスーを軽くいなすが、とどめを刺すことはできなかった。ターニャは中佐に昇進し、ハンス・フォン・ゼートゥーア中将はサラマンダー戦闘団の組織を命じる。戦闘団は第203航空魔道大隊を中核に構成され、東部戦線へ出発した。前半の連邦線は、劇場版アニメ『幼女戦記』で映像化されている。同志ロリヤのキャラクターや、メアリーの桁外れの攻撃能力は、映像化によって印象づけられた。繰り返しになるが、ターニャ・デグレチャフの中の人は、現代日本を生きたビジネスマンである。自由市場経済を信奉し、共産主義者を忌み嫌う。「兵士が畑でとれる」というのは、もちろん、旧ソビエト連邦を皮肉った言葉として有名なもの。首都モスコーの様子は旧ソ連時代のモスクワのそれであるが、連邦は魔導士を粛正してしまい、モスコーは防空能力が皆無という設定。だがしかし、1975年の日本では、ソ連のミグ25の函館空港への強行着陸を許してしまっている。わが国の航空戦力は、一体どうなっていたのかと。
2022.08.09
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幼女戦記 第03巻 -The Finest Hour- 常識とは、基本的に偏見かもしれないという懐疑的な視座を忘れずに、パラダイムに挑戦し、革新をもたらすこともまた進歩のルール。その視座からしてみれば、自分が憂欝な気分になるというのも軍事的観点からすれば非合理と言えなくもないという事も理解はする。(18ページ)著者・編者篠月しのぶ=著出版情報KADOKAWA出版年月2014年11月発行ターニャ・デグレチャフ少佐が率いる第203航空魔道大隊から選抜した12人は、アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師が開発した強行偵察用特殊追加加速装置 V-1に乗り込み、マッハ1.5のスピードでライン戦線を飛び越え、敵司令部の直接攻撃する〈衝撃と畏怖〉作戦を完遂する。帝国軍最高統帥会議に首席していたハンス・フォン・ゼートゥーア少将は、「既に、第一段階作戦により敵指揮系統を我が軍は撃滅いたしました。どうぞ、更なる続報をお待ちください」と宣言する。共和国軍前線に酒を届けようとしていた航空魔導士のセヴラン・ビアント中佐は、前線で起きた大規模爆発を目撃し、司令部が壊滅したことを知る。これが帝国軍の〈解錠作戦〉だった。潜水艦内で一夜の宿をとったターニャらは、ライン戦線の残敵掃討に出発する。途中、サー・アイザック・ダスティン・ドレイク中佐が率いる連合王国の航空魔道大隊と遭遇し、これを撃退する。一方、帝国軍は共和国首都パリースィイに進駐し、対共和国戦争は終わったかに見えた。だが、共和国のド・ルーゴ少将はビアント中佐と合流し、ブレスト軍港から残存兵とともに南方大陸へ脱出した。これを知ったターニャは、戦争を終わらせるべく V-1での出撃を進言するが、停戦命令が出てしまう。第203航空魔道大隊は休暇に入るが、ターニャは一人、帝都へ向かい、ゼートゥーア少将に進言しようとするが、酒宴にうかれて空っぽになった参謀本部を見て愕然とする。とある次元、とある存在領域で、天使たちが策動していた。その頃、ターニャとの戦いで戦死したアンソン・スー大佐の娘メアリー・スーが合衆国軍に志願する。ゼートゥーアとクルト・フォン・ルーデルドルフは中将に昇進するが、共和国残党が自由共和国軍を称して南方大陸の植民地で抵抗運動を開始したことに頭を痛めていた。第203航空魔道大隊に、南方大陸のロメール軍団長の指揮下に入るよう転属命令が下る。ターニャはロメールと意気投合し、ド・ルーゴ少将の司令部の急襲に成功する。そして、連合王国は帝国に宣戦布告する。アニメ第1期の第10話~第12話に相当する。南方戦役は「砂漠のパスタ大作戦」から劇場版へと続くところで少しだけ触れられている。アニメにおける解錠作戦は、絶妙なカット割りで、映像と音声の迫力を際立たせた。また、停戦命令後にターニャとレルゲンが静かに語り合うオリジナル・シーンも印象的だった。ターニャはレルゲンに「いかに近代化が進もうとも、いかに社会規範が浸透しようとも、人は時として合理性よりも、感情を優先する愚かな存在である。憎悪に囚われた人間は、打算も合理性も、損得さえも抜きに、どこまでも抗い続けます。憎悪の火は、全て消し去らねばならない」と語る。合理性を信条とするビジネスマンのターニャの本心がよくあらわれている。だが、この信条が、次の連邦との戦いで仇となる――。
2022.08.08
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幼女戦記 第02巻 -Plus Ultra- 人間を救えるのは、何時だって人間だけだ。そんな当たり前のことを忘れて宗教にすがるのが人間の弱さなのだろう。(488ページ)著者・編者篠月しのぶ=著出版情報KADOKAWA出版年月2014年6月発行ターニャ・デグレチャフ少佐が率いる第203航空魔道大隊の初仕事は、帝国との国境を越えて進軍してきたダキア公国の大軍を迎え撃つことだった。航空戦力を持たず平文で無線通信する前近代的なダキア軍を簡単に蹴散らし、第203航空魔道大隊はダキア公国の首都を攻撃する。第203航空魔道大隊は、北方ノルデンで、連合王国が加担しているらしい協商連合軍に苦戦する友軍の救援に向かう。ターニャは朝鮮戦争でマッカーサーがとった仁川上陸作戦を思い出し、クルト・フォン・ルーデルドルフ少将が秘密裏に進めていた大規模揚陸作戦に気づく。ターニャの洞察力に驚いたルーデルドルフ少将は、第203航空魔道大隊にオース・フィヨルドへの空挺作戦を命じる。オース・フィヨルドには協商連合のアンソン・スー大佐が率いる魔道大隊が駐屯していたが、第203航空魔道大隊の急襲を受け、フィヨルドの砲台を守り切れず、帝国海軍の揚陸作戦を許してしまう。スー大佐は、妻と娘メアリーを合衆国へ避難させ、協商連合の要人警護に当たることになった。メアリーは、別れ際にASのイニシャルの入った短機関銃を父にプレゼントする。連合王国の特務艦ライタールに乗り込んだ要人たちは、潜水艦に乗り移ろうとするが、偶然その場に第203航空魔道大隊が居合わせた。ターニャは強制臨検を命じるが、ライタールはこれを拒否し、ターニャはスー大佐に銃剣を突き立て短機関銃を奪うと、魔道大隊の威嚇射撃によって潜水艦は沈没するが、要人たちは逃げ延びた。連合王国は帝国への情報漏れに恐れおののき、一方、帝国は連合王国の参戦に恐怖することになる。ターニャは無罪となり、海軍との総合演習に協力する。ターニャが率いる第203航空魔道大隊はライン戦線に転属となる。そこで補充魔導師として戦地慣れしていない新人を送り込まれ、彼らを教育する羽目になる。そんな中、後方にあるアレーヌ市が敵の手に落ちる。このままではライン戦線への補給が止まってしまう。帝国軍は、かつてターニャが提出した市街戦の論文を参考に、国際法違反を回避しつつ、アレーヌ市への爆撃を開始する。先鋒は第203航空魔道大隊だ。第203航空魔道大隊から選抜された精鋭中隊は、アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師が開発した強行偵察用特殊追加加速装置に乗り込み、マッハ1.5のスピードでライン戦線を飛び越え、敵司令部を直接攻撃する――。第2巻は、第1巻を大幅に上回る574ページの大ボリューム! アニメ第1期の第5話~第10話に相当する。〈帝国〉は、第一次大戦・第二次大戦のドイツがモデルだろう。シューゲル技師が開発した強行偵察用特殊追加加速装置は、アニメでは、第二次世界大戦時にドイツが開発したV-1ロケットをベースに、ブースターを追加したデザインになっている。堀内賢雄さんが演じるアンソン・スーの親としての狂気、飛田展男さんが演じるアーデルハイト・フォン・シューゲルの技術者としての狂気――戦争の恐怖を、コミカルに描いている。
2022.08.07
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幼女戦記 第01巻 -Deus lo vult- この世の理を外れうるのは神か悪魔である。神がいるならば、世の不条理を放置するはずもなし。故に、世界に神はいない。よって、眼前の存在Xは悪魔である。証明終了。(18ページ)著者・編者篠月しのぶ=著出版情報KADOKAWA出版年月2013年11月発行西暦2013年2月22日、人事部課長の男はホームから突き落とされ死んだはずだった。だが、〈存在X〉により、〈帝国〉と呼ばれる軍事国家で、産まれたばかりの女児ターニャ・デグレチャフとして転生させられた。ときに統一暦1914年7月。ターニャは、この理不尽な〈存在X〉は神などではなく、悪魔だと確信した。孤児院で育ったターニャは、軍に志願。10歳にならない幼女が魔道少尉となった。彼女は北方のノルデンで着弾観測を行っている最中、敵・協商連合のアンソン・スー中佐が率いる魔道中隊と遭遇。満身創痍になりながらも敵魔道中隊を撃退し、帝国の勲章の中で最も価値の高い銀翼突撃賞に推挙された。だが、叙勲課長のエーリッヒ・フォン・レルゲン少佐は「兵器として完成した子供などそら恐ろしいだけだ」と感じていた。怪我から回復したターニャは、技術検証要員としてクルスコス陸軍航空隊試験工廠に転属になる。そこで、アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師が開発した画期的な演算宝珠エレニウム95式を試験することになるが、これが非常に扱いにくい代物だった。それを欠陥品と指摘するターニャにシューゲルは激怒するが、そこに〈存在X〉が降臨し、神の栄光を称えることでエレニウム95式が完全稼動する〈奇跡〉を示した。ターニャは、西方で共和国との塹壕戦が続くライン戦線に転属になる。ここで小隊を任され、幼年学校を出た少女ヴィクトーリア・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ伍長とペアを組む。ターニャはエレニウム95式を全力稼動させ、単騎で2個中隊を全滅させた。彼女は〈ラインの悪魔〉と呼ばれるようになる。11歳になったターニャは帝国軍大学に入学し、参謀本部戦務参謀次長ハンス・フォン・ゼートゥーア准将と出会う。彼女は前世の記憶から、この戦争が世界大戦になるだろうと示した。彼女は、敵の戦争継続能力を削ぐために魔道大隊の創設を提案する。ゼートゥーアはターニャを少佐に昇進させ大隊を組織させる。ターニャは安全な後方勤務に就こうと、魔道兵士に限界ギリギリの訓練を課すことで大隊編成の時間稼ぎをしようと目論むが、当てが外れ、第203航空魔道大隊という精鋭部隊が誕生してしまう。2016年1月からアニメ放映がはじまった『幼女戦記』の原作。カルロ・ゼンさんはウェブ小説として連載ライトノベルが書籍化され、作家としてデビューした。ページの隅に解説として登場する用語――シカゴ学派、マーフィーの法則――はビジネスマンにはお馴染みのものばかり。また、マルサスの人口論、つじーん級、といった用語は、世界史フリークにはお馴染み。そして、ROEの解説に「株主資本利益率ではなく、交戦規定のこと」と記されているのには笑ってしまった。カルロ・ゼンの中の人は、ターニャちゃんの中の人と同じ、かな~りのオッサンではないかと。御本人が「清く正しいカフェイン愛好家兼作家」と自己紹介されているので、間違いないwラノベなので背景描写は少なく、登場人物の台詞と心理描写が中心なのだが、にもかかわらず、第1巻が400ページ超というボリュームはどうしたもんだか。このため、一般的なラノベの倍以上の価格設定となっており、読者の悲鳴が漏れ伝わってくる。原作の挿絵を担当している篠月しのぶさんの絵と、細越裕治さんがキャラクター・デザインを担当したアニメの絵柄は全く異なるのだが、ターニャちゃんの人外風味は、高橋葉介さんを連想し、懐かしさを覚えた。原作の背景描写は、アニメが有り余る描写力でカバーしている。国別の兵装の描き分けは、実在の兵器をモチーフとしているものが多い。さらに、3D CGで描かれる演算宝珠、とくにエレニウム95式のそれは、4コアCPUをモチーフとしているでしょwターニャちゃんの声を担当している悠木碧 (ゆうき あおい) さんの演技力がハンパなく――とくに第伍話「はじまりの大隊」の終盤で宣戦布告するシーン――たいへん完成度の高いアニメとなっている。
2022.08.06
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聖☆おにいさん 第20巻 弁天さん「肌の色のことで不快な思いをする者がいないよう、黄色、黒、白だけでなく、青や赤、緑の肌の追加戦士も用意したわ」著者・編者中村 光=著出版情報講談社出版年月2022年7月発行昇天中のロード画面(走馬灯)にPVを流そうという企画が『最聖☆戦隊ホーリーメン』に発展したが――その撮影開始を明後日に控えたブッダとイエスにもとに、まだ台本も届いていない。台本を書いているのは天界の大物‥‥。撮影当日、ようやく台本が完成する。登場する戦隊戦士は、人種や民族に配慮し青や赤、緑の肌の戦士が用意され、ジェンダーに配慮し性別のない天使にしたという。そして、父なる神が、ブッダやイエスの脳内に「お告げカンペ」を出すという。巨大ロボには牛久大仏を出そうとするが、ブッダとイエスはNGを出す。代案に悩むヨハネ――かっこいいやつは、もうほとんど『エヴァンゲリオン』にやられてしまっている。ミカエルがソロモンの指輪を使って悪魔72柱を召喚すると、呼び出せるはずのないルシファーが現れた。ルシファーは「うちは副業禁止してねーけど、労働条件だけはきちんとしてもらわねーと‥‥!」と天部と交渉をはじめる。今日も立川は平和です。
2022.07.31
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太陽の支配 太陽は地球上の生命の源であり、複雑な食物網に最初のエネルギーを注入する存在だ。太古の地球上の分子が太陽のエネルギーを利用して原始的生命となり、太陽が地球に与えるエネルギーを利用するさまざまな方法を見つけたことで、スタートに弾みをつけることができた。ある意味、古い神話や伝説は正しい――私たちはみな太陽の子だ。(202ページ)著者・編者デイビッド・ホワイトハウス=著出版情報築地書館出版年月2022年3月発行太陽は、宇宙的規模で見ればごく普通の第2世代のG型恒星だ。世界中の天文台や観測衛星が24時間365日体制で太陽を観測している。時代を遡ると、あらゆる国の神話や宗教に太陽崇拝が見られる。それだけ人類の関心を集めている天体である。日本では元旦の日の出に特別な意味がある。紀元前2800年から前1500年までの間に作られたイギリスのストーンヘンジは、夏至の日の出の位置を示す。古代インドのスーリヤ、メソポタミアのシャマシュ、シュメールのウトゥ、古代エジプトのラー、古代ギリシャのヘリオス、イヌイットのマリナ、アステカのトナティウ――世界中の神話に太陽神があらわれる。太陽は、人類に暦をもたらした。古代エジプト人は、太陽年が365.25日に近いことを知っていた。ユリウス・カエサルは初めて「うるう年」を導入した。だが、15世紀になることには、ユリウス暦は実際の太陽暦より1週間あまり進んでしまったため、ローマ教皇グレゴリウス13世は改暦を命じ、1582年10月にグレゴリオ暦がスタートする。日食の予報は、為政者にとって大きな関心事だった。信心深い古代の人々は、日食が凶事だと考えていたが、観測結果の蓄積からやがて日食の予報が可能になると、太陽は神ではないと考えるようになった。古代ギリシアの哲学者アナクサゴラスは、太陽は、直径160kmほどの真っ赤に焼けた鉄の塊でできていると考えた。プトレマイオスは天体観測を行い天動説を唱えた。現代では天動説が間違っていることは明らかだが、観測結果から理論を導き出す方法は科学的であり、太陽の存在を神話や宗教から解き放ったことは確かだ。天動説は1400年間にわたって信じ続けられた。1543年にコペルニクスは『天球の回転について』を出版し、天動説よりシンプルに惑星の動きを説明できる地動説が支持を得る。ガリレオ、ニュートン、カッシーニといった天文学者により観測技術が進歩し、1790年代に、ウィリアム・ハーシェルが強力な反射望遠鏡を製作し、次々に星雲を発見する。こうした観測結果に触発されたラプラスは、巨大なガス雲が回転しながら重力によって集まり、太陽や地球を誕生させたとする「星雲仮説」を提唱する。ニュートンはプリズムは使って太陽光が虹のようなスペクトルから構成されていることを観察したが、19世紀に入るとフラウンホーファーが、そのスペクトルの中に暗線があることを発見した。ここから太陽の組成が明らかになってゆく。望遠鏡が発明される以前から、人類は太陽に黒点があることを知っていた。最初の黒点の記録は、1128年、ジョン・オブ・ウースターが著した『最も重要な年代記』に描かれている。ガリレオも太陽を観測したが、同時期のシャイナーはヘリオスコープを発明し、太陽を継続的に観測し、『ローザ・ウルシナ』として発刊し、のちに、太陽黒点が少ないマウンダー極小期に当たっていることが分かった。19世紀に入ると、私設天文台で太陽観測を続けていたキャリントンが太陽フレアを目にした。キャリントンは、黒点の観測を通じ、太陽が固体のように単純な自転をしているわけではないことを明らかにした。一方、ルドルフ・ウォルフは黒点相対数を定義し、黒点が11年周期で増減を繰り返していることを突き止めた。1858年に、太陽を写真撮影できるフォトへリオグラフがキュー天文台に設置され、白斑の様子が明らかになった。1889年に、ヘールはスペクトロヘリオグラフを発明し、太陽研究に大変革を起こした。この頃、太陽のエネルギー源は重力によるものだと考えられていたが、それだと太陽の年齢はせいぜい数千万年というものだった。一方、ダーウィンが発表した自然選択説では、生物進化に数億年以上の時間が必要とされた。このようなギャップがあったため、19世紀を代表する物理学者のケルヴィン卿は自然選択説に反対していた。このギャップはアインシュタインが発表した「質量とエネルギーの等価性」によって解決する。1920年にエディントンは、水素とヘリウムの質量に0.7%の差異があることから、太陽は水素をヘリウムに変換することよって輝いているという仮説を唱える。クリスチャン・ビルケランドは磁気嵐と太陽の関係を予測し、1962年に金星に向かっていた宇宙探査機マリナー2号が太陽風を確認する。大規模な磁気嵐が発生すると、地上のパイプラインや電力設備を破壊するが、美しいオーロラをもたらす。植物は光合成によって太陽エネルギーを利用する。1941年にラッセル・オールはシリコンの光起電力効果を発見し、のちに太陽電池となる。だが、太陽光や風力、波力、地熱のエネルギー密度は低く、人類のエネルギー需要を賄うことはできないだろう。そこで注目が集まっているのは、太陽のエネルギー源でもある核融合だ。スカイラブや日本の太陽観測衛星「ようこう」によって、宇宙から太陽を観測できるようになった。太陽黒点の観測から、太陽活動には長周期の変動があることが分かっており、それが地球上に小氷期と温暖期の循環をもたらしている可能性が高い。ストラディバリはマウンダー極小期と小氷期がはじまるころに生まれたが、その時期には冬が長く夏は寒冷だったために、クレモナの楽器に個性的で豊かな音色をもたらす材木が生産されたのではないかとの推測されている。では、太陽以外の恒星にも活動周期があるのだろうか。太陽は今後、どのくらい輝き続けるのだろうか。冒頭、1984年4月24日の太陽フレアが起こした通信障害について触れている。ちょうど今(2022年6月21日)、総務省の有識者会議が太陽フレア被害に備えて宇宙天気予報士の早期創設を提言しているところだ。私は小学校の時に買った天体望遠鏡を使って、夏休みに毎日、太陽黒点の観察スケッチを記録して自由研究にした。本書にも登場するが、目を痛めないよう、太陽投影版を使った。中学・高校の部活動で、昼休みに毎日、黒点の観測を行った。『女性と天文学』に登場する小山ひさ子さんの観測結果と比較したものだ。太陽の構造や核融合にも関心をもった。本書でも触れられているが、太陽光や風力といった、いわゆる再生可能エネルギーはエネルギー密度が低く、原理的にベースロード電源にはなり得ない。宇宙空間で太陽光発電をして宇宙エレベーターで送電するか、核融合発電を実用化するといった技術的ブレイクスルーがないと、現在の原子力発電を廃止するわけにはいかないだろう。デイビッドさんによれば、古代エジプトの有翼の太陽円盤や、アッシリアの有翼日輪は、太陽コロナから発想を得た意匠だという。〈神の目〉たる太陽は、今日も我々の頭上に輝いている――。
2022.07.30
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エンディミオンの覚醒(下) サイリーナス「さんざっぱら待たせたあげく、いまごろになってのこのこもどってきおって、なんちゅうグズッタレじゃい、おのれは」(654ページ)著者・編者ダン・シモンズ=著出版情報早川書房出版年月2002年11月発行エンディミオンとアイネイアーは少年法王ダライ・ラマによってポタラ宮に招かれ、検邪聖省長官フアン・ドメニコ・ムスタファ枢機卿らと会合した。真紅のドレスをまとった怪物ラダマンス・ネメスが同行していた。突然、シュライクが現れ、会場は騒然となったが、2人は辛くも脱出し、〈懸空寺〉(シュアンコンスー)に生還した。アイネイアーは仲間たちと問答を続け、自分の血を飲むことで〈虚空界〉へアクセスする能力を獲得できること、ただし、それにより二度と〈聖十字架〉を取り付けることができなくなると告げた。エンディミオンは、アイネイアーと行動を共にしているレイチェルが、ソル・ワイントラウブの娘であること、シオ・バーナードが領事の部下で〈ハイペリオン〉総督となったシオ・レインの子孫であることを知らされる。そして、アイネイアーが結婚して子どもをもうけたことを知り、絶望する。一方、アイネイアーの噂が広まり、〈パクス〉領内の多くの惑星で反乱が起きていた。ルールドゥサミー枢機卿は、デ・ソヤ神父大佐が率いる反乱艦〈ラファエル〉の討伐のため、58隻の惑星型大天使を、〈天山〉星系へ派遣した。エンディミオン、アイネイアー、A・ベティックは凧に乗り、霊山〈泰山〉(タイシャン)へ向かった。頂上にある〈玉皇殿〉(ぎょくこうでん)で、〈ラファエル〉から脱出し重傷を負ったデ・ソヤ神父大佐、グレゴリウス軍曹ら4人を発見する。エンディミオンは宇宙船を呼び寄せ、彼らを治療する。宇宙船に乗って〈懸空寺〉へ戻ると、ネメスがダライ・ラマを人質にアイネイアーの引き渡しを要求してきた。エンディミオンの捨て身の活躍でネメスは谷底へ落ちていった。重傷を負ったエンディミオンが目覚めると、そこは、森霊修道会、〈アウスター〉、エルグらが共存する宇宙空間の巨大な樹木の球殻〈生物圏〉(バイオスフィア)にいた。そこには、死んだはずのフィドマーン・カッサード大佐やヘット・マスティーン、巨大ガス惑星で彼を飲み込んだ気球生物アケラタエリがいた。一方、〈パクス〉は300隻の惑星型大天使を〈生物圏〉討伐に向かわせた。聖樹船〈イグドラシル〉でディナーパーティが開かれ、アイネイアーは〈聖十字架〉の正体を語る。彼女は〈虚空界〉の声を聞き、〈アウスター〉や地球外生物だけでなく〈コア〉も生物であると見なし、生命で満ちあふれた銀河を目指して多様性が大切であることを説く。アイネイアーは未来を関知することができるが、それは確定した未来ではないという。だから全員に、「選べ、もういちど」と言って話を結んだ。〈パクス〉艦隊は〈生物圏〉を蹂躙し、もう少しで〈イグドラシル〉に攻撃が及ぼうとしているところで、アイネイアーは聖樹船を転移させた。彼女は〈イグドラシル〉を転移させながら、火星にカッサード大佐を、マーレ・インフィニトウスにグレゴリウス軍曹を‥‥100余りの惑星に仲間の1人1人を転移させた。そして、A・ベティックを宇宙船に乗せて〈ハイペリオン〉へ向かわせた。最後に残った、アイネイアー、エンディミオン、デ・ソヤは惑星〈パケム〉のヴァチカンに転移した。ちょうど教皇ウルバヌス16世はミサを行っており、アイネイアーは教皇めがけて突進していった。だが、彼女は捕らわれ、拷問され死んでしまう。デ・ソヤは行方をくらました。エンディミオンは再び〈シュレーディンガーの猫ボックス〉に収監され、この物語を書いている。エンディミオンは〈虚空界〉の声を聞き、アイネイアーを想い、そして〈パケム〉へ転移していた。ヴァチカンは一面焼け野原となっていたが、キー伍長やデ・ソヤ神父大佐と再会した。エンディミオンは惑星〈ハイペリオン〉へ転移すると、A・ベティックが迎えに現れた。老詩人マーティン・サイリーナスは「さんざっぱら待たせたあげく、いまごろになってのこのこもどってきおって、なんちゅうグズッタレじゃい、おのれは」と叱責し、地球に還りたいとエンディミオンに願った。聖樹船〈イグドラシル〉は、サイリーナスの館ごと廃都エンディミオンを丸ごと収容し、ソル陽系へ向かった。火星でカッサード大佐を収容し、その先に見えた惑星は‥‥こうしてハイペリオンの物語は大団円を迎える。ポタラ宮はもちろん、天山、泰山、玉皇殿は実在の地名・観光名所。〈生物圏〉(バイオスフィア)はダイソン球(ダイソンスフィア)、気球生物アケラタエリは木星の浮遊生物として一昔前に流行った。終盤でアイネイアーが仲間たちを転移させていくシーンは、どこかで見たような、読んだような記憶があるのだが‥‥日本武尊の白鳥伝説?『魔法少女まどか☆マギカ』?(こちらはエンディミオンより後世の作品だ)。ちなみに、エンディミオンは最後の最後まで〈覚醒〉しない。『魔法少女まどか☆マギカ』は、これをなぞらえたのかもしれない。にしても、すさまじいボリュームと筆力だ。『エンディミオンの覚醒』上下巻だけでも1400ページあまり。その情景描写は、昨今のラノベ(ライトノベル)の対極にあると言っていいだろう。想像力を膨らませることで、ハリウッドですら及ばない映像世界に脳を浸すことができる。シリーズの中で一番好きな登場人物は、と問われたら、詩人のマーティン・サイリーナスを挙げたい。すべての登場人物の中で最も長い時間を生き、生にしがみつき、最後に、エンディミオンに向かって「さんざっぱら待たせたあげく、いまごろになってのこのこもどってきおって、なんちゅうグズッタレじやい、おのれは」「すみませんですんだら警察はいらんわい」と悪態をつき、戻ってきた地球へ連れて行けと無茶な注文を出す。自分に正直な生き方をすることは、最高の幸せに違いない。
2022.07.20
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エンディミオンの覚醒(上) アイネイアー「ロール、均質性を信じてはため。あれは――あの存在たちはいつでも虎視眈々と狙っているの。変化と多様性を葬りさろうと」(338ページ)著者・編者ダン・シモンズ=著出版情報早川書房出版年月2002年11月発行惑星〈パケム〉では教皇ユリウス14世が崩御した。シモン・アウグスティノ・ルールドゥサミー枢機卿と腹心のモンシニョール・ルーカス・オティが暗躍する。その翌日、大天使級急使船〈ラファエル〉に乗っている3人の男女は、プランク空間を通過した際にも死なずに惑星〈ゴッズ・グローヴ〉に降り立ち、地中に埋まっていたラダマンス・ネメスを救出した。教皇として崩御したルナール・ホイト神父が57年ぶりに復活する前に現れたのは、あの神父だった。ルールドゥサミー枢機卿は彼を地獄へ送り返し、〈コア〉から派遣されたアルベド顧問官がその様子を伺っていた。ホイト神父は、ウルバヌス16世として即位した。ルールドゥサミーは、かつて十字軍を招集したウルバヌス2世の名を思い起こした。一方、地球で建築を学んでいた90人のグループの中で一番若い16歳のアイネイアーは、いつしかリーダー的な存在になっていたが、師であるフランク・ロイド・ライトが他界し、いよいよ地球を去らなければならなかった。アイネイアーとA・ベティックを残し、ロール・エンディミオンは一人カヤックに乗って、川を下りながら転移ゲートをくぐる冒険の旅に出発した。アイネイアーは最後に地球を出発し、惑星〈天山〉(テイエンシャン)でエンディミオンに合流するという。一方、パクス艦隊司令長官の副官マージット・ウー大佐は、砂漠惑星マドレ・デ・ディオスに流されたフェデリコ・デ・ソヤ神父大佐の元を訪れ、復隊を命じた。デ・ソヤは一緒に戦ってきた巨体の持ち主グレゴリウス軍曹を呼び戻し、新造された大天使級戦闘艦〈ラファエル〉の艦長として、無敵の〈ギデオン〉機動艦隊に加わり、再び〈アウスター〉討伐に向かう。だが、産まれたばかりの〈アウスター〉の乳児を殺戮する中で教会のやり方に疑問を感じた〈ラファエル〉の乗組員たちと反乱を企て、艦隊を離脱してしまう。惑星〈ルーサス〉でエンディミオンは腎臓結石の痛みで七転八倒したが、現地で治療を受け、〈パクス〉の追っ手を振り切り、転移ゲートに飛び込んだ。だが、転移先に川はなく、巨大ガス惑星の上空に飛び出した。アイネイアーに教わった非常用ボタンを押すとパラセールのような帆が開き、墜落は免れたが、荒れ狂う雲の渦に巻き込まれ、巨大生物に飲み込まれてしまう。〈パクス〉を資金面で支える〈トーラス・マーカンティラス〉のCEO、ケンゾー・イソザキは密かにアルベド顧問官に会い〈コア〉との接触を望むが、アルベドは〈聖十字架〉を使ってペットをしつけるように罰を与えた。かつて連邦の軍事基地があった火星に教会の一部勢力が駐留していたが、突然シュライクが現れ全滅する。シュライクは彼らから〈聖十字架〉を剥ぎ取り、二度と復活できないようにした。〈パクス〉の重要人物は〈ガンドルフォ城〉に集まり、そこに教皇ウルバヌス16世とアルベド顧問官が現れた。アルベドは〈パクス〉と〈コア〉の関係について説明し、アイネイアーが〈聖十字架〉を破壊するウイルスをばら撒き、教会と〈パクス〉を滅ぼし、人類という種族の抹消を謀ろうとしていることを告げる。エンディミオンが目を覚ますと、そこは、かつて修理のために別れた宇宙船が沈んでいる惑星だった。彼は宇宙船に乗り込み、治療を受けながら、惑星〈天山〉を目指す。宇宙船によると、到着まで客観時間で5年以上もかかるという。惑星〈天山〉で再会したアイネイアーとA・ベティックには仲間が増えており、ダライ・ラマの依頼で岩山に寺院〈懸空寺〉(シュアンコンスー)を建設していた。アイネイアーは仲間たちとの問答を通じて、〈コア〉の進化の歴史を語る。かつて、コンピュータのRAMに挿入された80バイトのプログラムは、システムに寄生し、自己増殖を続け、人工生命として繁栄したという。エンディミオンはアイネイアーと愛し合った。そんな中、ダライ・ラマのいるポタラ宮に、〈パクス〉の使節が訪れた。本作でも、下敷きにしている作品の数々が連想できる。第1部は、ウルバヌス16世が即位するが、これは十字軍遠征を招集したウルバヌス2世を連想させる。巨大ガス惑星でエンディミオンがカヤックに帆を張って、雲と雷の乱気流を行様は、アニメ「天空の城ラピュタ」だ。惑星〈天山〉では、日本人になじみの深い高野山や弘法大師の名前が出てくる。弘法大師は〈天山〉におり、世が改まれば目覚めるという設定。
2022.07.20
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エンディミオン(下) アイネイアー「とうさんは、人間同士のほんとうの友情は、人間の自然に対する共鳴よりも高次のものだと考えていたけど、人間が到達しうる最高のレベルは愛だと考えていたの」(18ページ)著者・編者ダン・シモンズ=著出版情報早川書房出版年月2002年2月発行エンディミオン、アイネイアー、A・ベティックの3人は筏に乗って〈テテュス河〉を下っていた。次に訪れたのは惑星〈マーレ・インフィニトゥス〉だった。海に浮かぶプラットフォームに人がいた。偵察に向かったエンディミオンは捕らわれるが、瀕死の重傷を負いながらも脱出し、アイネイアーとA・ベティックに救出される。だが、ホーキング絨毯と拳銃を失ってしまった。3人は次の惑星〈ヘブロン〉に入った。ニューエルサレムはヘブロン最大の都市で、つい数週間前まで人が暮らしていた痕跡はあるものの、いまは誰もいなかった。復活の奇蹟を受けられないニューエルサレムでは医療施設が充実しており、エンデュミオンの治療に専念することになった。次の惑星は〈ソル・ドラコニ・セプテム〉で、重力は1.7Gもあり、惑星全体が凍り付いていた。行く手を氷の壁にはばまれた一行だったが、原住民チチャタクに救われ、盲目のグラウコス神父に出会う。神父は3人と語り、オールド・アースで第一次大戦に従軍し、地質学者で考古学者だったテイヤール・ド・シャルダン神父が唱えた進化理論は、異端として裁かれなかったことを知らせる。そして、現教皇であるルナール・ホイト神父が恐れテイヤールの異端とは、人類が努力して神聖な存在を目指そうとする〈希望〉のことだと明かす。惑星〈パケム〉に戻ったデ・ソヤ神父大佐は、検邪聖省による異端審問を受けた後、ルールドゥサミー枢機卿からアイネイアーの脅威を知らされる。彼女は〈テクノコア〉が派遣したウイルスのような存在で、転移ゲートやシュライクを使って人類を滅ぼそうとしているというものだ。そして、枢機卿はアイネイアーが惑星〈ソル・ドラコニ・セプテム〉にいることを告げた。そして、新設した〈キリストの軍団〉の女性戦士ラダマンス・ネメスを同行し、デ・ソヤに再びアイネイアーの捕獲を命じた。〈ラファエル〉は、惑星ソル・ドラコニ星系で実体化した。デ・ソヤらが復活している間に、ネメスは降下艇に乗り込み、地上へ降りた。彼女は神経探針を使ってグラウコス神父の脳から情報を吸い上げ、神父を殺した。彼女は、惑星〈ソル・ドラコニ・セプテム〉の転移ゲートにアクセスし、アイネイアーらが惑星〈クム=リヤド〉に転移したことを知る。そして、次の転移先は惑星〈ゴッズ・グローブ〉であった。〈ラファエル〉に戻ったネメスは、惑星に着陸した痕跡を消去し、〈ゴッズ・グローブ〉へ向かう命令を書き加えた。〈ラファエル〉内で復活したデ・ソヤは、〈ゴッズ・グローブ〉へ向かう命令を聞いたが、コーヒーバルブの把手の向きが変わっていたことに不安を覚え、ネメスを疑う。惑星〈クム=リヤド〉に到着すると、アイネイアーは急に発熱と痛みを訴えた。住民は姿を消していたが、エンディミオンとA・ベティックは彼女を医療施設に担ぎ込んだ。目を覚ましたアイネイアーは、グラウコス神父が死んだことを告げ、後ろから何か恐ろしいものがやって来ると言った。アイネイアーによると、自分を追っているものが〈コア〉で、〈パクス〉と〈コア〉が手を結んでいるという。筏の上にはシュライクがいたが、3人には見向きもしなかったので、そのまま〈テテュス河〉を下っていくことにした。〈ラファエル〉が惑星〈ゴッズ・グローブ〉に到着すると、デ・ソヤらが復活している間に、またしてもネメスは降下艇に乗り込み、転移ゲートの周囲にモノフィラメントで罠を張り巡らせた。転移ゲートを出た3人の前にネメスが現れた。モノフィラメントの罠でA・ベティックは左腕を切断し、瀕死の重傷を負う。ネメスはエンディミオンとアイネイアーを襲うが、シュライクがネメスと対峙した。ネメスは旧型のシュライクをあしらい、アイネイアーに襲いかかるが‥‥。3人は最終目的地〈地球〉に到着した。そこには〈落水荘〉があった。アイネイアーによれば、彼女を呼び寄せた存在は、地球で人間性の実験を行っているという。一方、デ・ソヤ神父大佐は〈パケム〉へ帰投した。下巻もネタがてんこ盛りだ。登場する惑星の名前だが、ハイペリオンはギリシア神話、パールヴァティーはヒンズー教、ルネッサンス・ベクトルは西欧のルネッサンス時代、マーレは海を意味するラテン語、ヘブロンはユダヤの古都、リヤドはサウジアラビアの首都、パケムは平和を意味するラテン語。解説にもあるが、どんな非難を浴びようとも自分に課せられた役職の範疇から逸脱せずに命令を遂行するデ・ソヤ神父大佐は、アニメ「ルパン三世」の銭形警部のようである。一方、終盤に登場する女性戦士ラダマンス・ネメスとシュライクの戦いは、映画「ターミネーター2」のようだ。最後に登場する〈落水荘〉だが、帝国ホテルの設計で知られるフランク・ロイド・ライトの手になるもの。特撮テレビ「サンダーバード」に登場するトレーシーアイランドに似ていると思うのは私だけだろうか‥‥。
2022.07.19
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エンディミオン(上) サイリーナス「あんたはな、ヒーローになりたいんじゃ」(124ページ)著者・編者ダン・シモンズ=著出版情報早川書房出版年月2002年2月発行惑星アーマガスト上空にある〈シュレーディンガーの猫ボックス〉で、ロール・エンディミオンは処刑された――はずだったが、彼は救出され、故郷の惑星〈ハイペリオン〉の廃墟エンディミオンで目覚めた。彼を救ったのは、275年前、〈時間の墓標〉を開いた巡礼の一人で千年近い年を渡ってきた詩人のマーティン・サイリーナスだった。エンディミオンは幼い頃、サイリーナスが書いた巡礼の物語〈詩編〉を読み聞かされていた。サイリーナスはエンディミオンに、ヒーローになって、〈時間の墓標〉の〈スフィンクス〉に現れるブローン・レイミアの娘アイネイアーを迎えに行ってほしいと依頼する。彼女こそ人類の救世主だという。エンディミオンは、サイリーナスに長く仕えてきたアンドロイド、A・ペティックを連れ、かつて領事のものだった宇宙船に乗って〈時間の墓標〉へ向かった。〈大崩壊〉の後、連邦に代わって宇宙の覇権を握ったのは惑星〈パケム〉のキリスト教徒たちが率いる〈パクス〉だった。彼らは〈ハイペリオン〉から盗掘した〈聖十字架〉を利用し、復活の奇跡を司っていた。〈パクス〉の機動艦隊〈東方の三博士〉(マギ)を率いるフェデリコ・デ・ソヤ神父大佐は、6千光年彼方の宇宙空間で〈アウスター〉の軌道森林を焼き払っていた。そこへヴァチカンから急使が訪れ、ソヤは大天使級急使船に乗って惑星〈パケム〉へ向かう。大天使級急使船は、従来のホーキング航法を大幅に上回る速度で飛ぶことができる代わりに、乗組員はズタズタに引き裂かれ、ジャムのような遺体になってしまう。だが、〈聖十字架〉によって復活することで再び役目を果たすことができる。死と復活を経験したデ・ソヤは、ヴァチカンの荘厳さに感極まり、シモン・アウグスティノ・ルールドゥサミー枢機卿から、レイミアの娘を確保する命令を受諾する。絶大な権限をもった〈教皇のディスキー〉を受け取ったデ・ソヤは、大天使級急使船を〈ラファエル〉と名付け、これに乗って惑星〈ハイペリオン〉を目指す。教会の正史と禁書〈詩編〉の語る歴史は異なっていた。275年前の〈崩壊〉の時、デュレ神父は教皇テイヤール1世となったが、彼が人類は進化して神に合一できると説いた説は明らかな痛んであり、デュレが事故死した後に復活したルナール・ホイト神父が教皇ユリウス6世となり、〈パクス〉の基盤を築いた。ホイトは死と復活を8回繰り返し、現在はユリウス14世として教会を統治していた。エンディミオンは、宇宙船に積んでいた領事のホーキング絨毯に乗り、〈スフィンクス〉へと向かう。だが、〈スフィンクス〉の周囲は、デ・ソヤ神父大佐が率いる数万の陸軍と宇宙艦隊が包囲していた。彼らもまた、アイネイアーが出現する場所と時刻を正確に知らされていたのだ。ついに、〈スフィンクス〉から少女アイネイアーが現れた。と同時に、シュライクが出現し、〈パクス〉の軍隊を相手に大殺戮が行われ、上空の宇宙艦隊も破壊されてしまう。デ・ソヤは、グレゴリウス軍曹に救わる。ホーキング絨毯に乗ったエンデュミオンは、砂まみれになったアイネイアーを救出した。救世主の第一声は「このろくでなし!」、そして次の言葉は「ばかやろう」「くそったれ」だった。無事、宇宙船に乗り込んだエンディミオン、アイネイアー、A・ペティックの3人は、惑星〈パールヴァティー〉経由で惑星〈ルネッサンス・ベクトル〉へ向かうことにした。宇宙船内で3人は交流を深め、アイネイアーは自分の立場が〈教える者〉であり、そのために建築を学べる惑星へ向かうのだと語った。デ・ソヤ神父大佐は、グレゴリウス軍曹とキー伍長をともない、惑星〈パールヴァティー〉に先回りし、〈パクス〉の艦隊を率いて、3人が乗る宇宙船を待ち構えていた。〈パールヴァティー〉で実体化した宇宙船にデ・ソヤの部隊が取り付くと、アイネイアーの映像通信が始まった。彼女は次々にエアロックを開放し、地獄へ落ちると脅してきた。アイネイアーに〈聖十字架〉が付けられていないことを知っていたデ・ソヤは、舞台を引き揚げさせ、宇宙船は再び量子化した。空間の歪みから宇宙船の次の目的地が惑星〈ルネッサンス・ベクトル〉であることを確認したデ・ソヤは、〈ラファエル〉で先回りすることにした。惑星〈ルネッサンス・ベクトル〉へ向かう途中、アイナイアーは〈テテュス河〉へ行きたいという。かつて、かつて連邦の転移ネットワークを利用した観光川下りであったが、〈大崩壊〉によって転移ネットワークは使えなくなっているはずだ。惑星〈ルネッサンス・ベクトル〉で宇宙船を待っていたデ・ソヤは夢を見た。夢の中で娘となっていたアイネイアーは、〈聖十字架〉の秘蹟を受けられずに病死したデ・ソヤの姉が大切にしていた磁気のユニコーンを、ポケットから取り出して見せたのだった。宇宙船が実体化した。ふたたびデ・ソヤの部隊が宇宙船に取り付くが、アイネイアーは自力で宇宙港に着陸すると懇願する。宇宙港に着陸する寸前で宇宙船は向きを変え、〈テテュス河〉にある動かないはずの転移ゲートに突入した。デ・ソヤの部隊は宇宙船を攻撃するが、残骸も遺体も見つからないまま、宇宙船は忽然と消えてしまった。デ・ソヤ神父大佐らは惑星〈パクス〉へ帰投し、処分を待った。教会は、デ・ソヤに引きつづきアイネイアー捜索を命じた。デ・ソヤは、かつて〈テテュス河〉が結んでいた200余りの惑星をすべて訪れてでも――つまり、200回以上の死と復活を繰り返してでも――彼女を探し出す覚悟だった。宇宙船は、位置も名前も分からない惑星に不時着した。だが、攻撃で損傷を受けており、自動修復に6ヶ月はかかる。エンディミオン、アイネイアー、A・ペティックの3人は、筏を作り、〈テテュス河〉を下っていくことにする。動かなくなったはずの転移ゲートは、どうやらアイネイアーを通すことができるようだった。ハイペリオン・シリーズは全4巻だが、各々が上下巻に分かれており、計8冊。しかも文庫本1冊が500ページという大ボリューム。本巻は3番目に当たるから、起承転結の〈転〉――『ハイペリオンの没落』の解説で比較されたアニメ「エヴァンゲリオン」の新劇場版で言うなら「Q」にあたる。それもあってか、ともかく面白い――というか、笑える。〈シュレーディンガーの猫ボックス〉で絶体絶命の危機にある主人公を救ったのは、前シリーズの英雄の一人で、トリックスターたる詩人のサイリーナス。〈自由意志〉で主人公に同行したいと申し出るA(アンドロイド)・ペティックは、アイザック・アシモフのSFにおけるロボット「R・なんとか」。エンディミオンとの会話の中で、アシモティヴエイターという三原則を組み込まれているわけではないと語る。地球がブラックホールによって隠されたという設定も、アシモフの未来史を彷彿とさせる。サイリーナスが隠していた領事の宇宙船の造形は「マグマ大使」(しかも喋るし)、ホーキング絨毯は「アラジンと魔法のランプ」、〈時間の墓標〉の先にある未来世界は映画「ターミネーター」、〈時間の墓標〉の迷宮を滑走するシーンは映画「インディ・ジョーンズ」、お姫様の救出を頼まれるのは映画「スターウォーズ」、宇宙空間で活動できるよう遺伝子改良した〈アウスター〉はアニメ「翠星のガルガンティア」‥‥前作に引きつづき、古今東西のSFネタが詰まっているだけでなく、情景描写も洗練されてきている。(「ハイペリオン」シリーズは1989年~1997年に発表されており、1995年の「エヴァンゲリオン」は微妙に被るものの、「翠星のガルガンティア」は2013年と後年の作品)12歳のお姫様アイネイアーの言葉が悪いのは、サイリーナスが育てたせいに違いない。
2022.07.19
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ハイペリオンの没落(下) 〈雲門〉は死にたくないのだ。(367ページ)著者・編者ダン・シモンズ=著出版情報早川書房出版年月2001年3月発行第2のジョン・キーツの復元人格であるジョセフ・セヴァーンは、連邦CEO(最高運営責任者)マイナ・グラッドストーンに呼び出され、夢を中断させられたことに腹を立てた。彼は夢で見た巡礼たちの状況をグラッドストーンに報告した。〈ウェブ〉では暴動が起きてきた。セヴァーンは図書館を訪れ、ジョン・キーツのオリジナル原稿を目にする。ブローン・レイミアのアナログと、その恋人である復元人格ジョニイは、〈メガスフィア〉にいた。〈雲門〉(うんもん)は神のように2人に語りかけ、いとも簡単にジョニイを消滅させてしまう。セヴァーンは惑星〈パケム〉へ転移した。聖ペテロ大聖堂には、モンシニュオール・エドゥアールとポール・デュレ神父がいた。デュレ神父は、惑星〈ハイペリオン〉での出来事を語る。グラッドストーンの腹心リイ・ハントがやって来て、セヴァーンとともに首都惑星TC2(タウ・ケティ・センター)へ向かおうとするが、見たことのない惑星の表面に転送されてしまう。あてどもなく歩いていると、セヴァーンは喀血する。ジョン・キーツが罹患していた結核だった。セヴァーンと分かれたポール・デュレ神父は、惑星〈ゴッズ・グローヴ〉へ転移し、森霊修道士の〈世界樹の真の声〉セック・ハルディーンに会見する。そこには、シュライク教団の司教もいた。彼らはシュライクこそが予言の存在だと主張するが、デュレは遙かな未来からやって来た機械だと断言する。両者の議論は平行線のまま、デュレはTC2へ戻ろうとするが、ハルディーンの妨害に遭う。ハルディーンは人類と〈コア〉の共生関係が狂気の元凶だという。だが、ハルディーンの目論見通りにはならず、〈アウスター〉はゴッズ・グローヴを滅ぼしてしまう。間一髪で脱出したデュレは、グラッドストーンに会う。〈アウスター〉は〈ウェブ〉に総攻撃を仕掛けてきており、惑星〈ハイペリオン〉も戦乱の最中にあった。九死に一生を得た領事は、偶然、かつて部下だったシオ・レイン総督に救出される。グラッドストーンは領事に〈アウスター〉と交渉させるため、領事の宇宙船を解放したという。2人は宇宙港へ向かうのだが、途中、シオは大怪我を負う。運良く、メリオ・アルンデス博士と出会い、彼のスキマーに乗って、3人は領事の宇宙船に乗り込む。宇宙船はグラッドストーンからのメッセージを告げる。グラッドストーンは人類を救うために、領事に〈アウスター〉と交渉を求めていた。領事は、〈アウスター〉船団のフリーマン・ヴァンズらの諮問を受け、〈ウェブ〉攻撃の驚くべき真相を知る。〈スフィンクス〉の入口でレイチェルの帰還を待っていたソル・ワイントラウブだが、突然、〈翡翠碑〉にブローン・レイミアが現れた。レイミアは、シュライクに捕らわれた詩人マーティン・サイリーナスを救出するため、〈シュライクの宮殿〉へ向かう。フィドマーン・カッサード大佐はモニータとともにシュライクと戦っている。彼はモニータとともに〈時間の墓標〉の未来へ向かい、人類とシュライクの最終決戦に身を投じ、戦いの中で死んだ。彼の遺体は〈クリスタル・モノリス〉に葬られる。グラッドストーンは、〈コア〉を代表するアルベド顧問官を呼び出し、〈アウスター〉の襲撃を予測できなかった責任を問いただす。だが、アルベドは予測通りだと主張する。アルベドが連れてきたナンセン顧問官は、〈コア〉が開発した最終兵器〈死の杖〉(デスウォンド)を披露する。それは、熱や放射線を発することなく、シナプスにダメージを与える――つまり、動物だけを殺す兵器だ。セヴァーンの意識は〈メガスフィア〉にあった。彼は〈雲門〉に出会い、対話を通じて、〈コア〉に派閥があることや、各々の目的や、その存在する場所を理解する。セヴァーンはハントに〈メガスフィア〉で理解したことを詩の形で伝え、自分が〈先触れ〉であることを告げる。セヴァーンは、かつてジョン・キーツが死んだときのように、スペイン広場を見ながら息絶える。そこはオールド・アースだった。ハントはセヴァーンを埋葬すると、突然シュライクが現れ、墓を見つめている。ハントは転送ゲートを見つけるが、まったく動かない。治療を受けて眠っているデュレ神父の夢に、ジョンを自称する人物が現れ、〈パケム〉へ行くように告げる。15分の仮眠をとったグラッドストーンは、夢に現れたセヴァーンの言葉を信じ、最後の作戦に打って出る。レイミアは妊娠していた。〈シュライクの宮殿〉に入ったレイミアはサイリーナスを見つけ、シュライクと対峙し、宙を舞いながらサイリーナスを担いで逃げ延びる。ワイントラウブは、アブラハムが神への愛ゆえに息子を差し出したのではなく、神を試したのだと悟った。そして、機械の神と人間との戦いの意味を悟った。そして、彼の前に、赤ん坊を抱きかかえたレイチェルが現れる。そこへ領事とシオ・レイン、レイミア、サイリーナスがやってきた。レイチェルは自らの素性を明かす――。すべてが終わってから5ヶ月後、レイミアは仲間に別れを告げ、領事の〈宇宙船〉に乗って旅立ってゆく――。ハイペリオン・シリーズは、1990~2000年代の国内のSFファンの人気を鷲づかみにした。その理由は、解説で話題に出されたアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』との類似性にあるからではないだろうか。古今東西のSFのエッセンスを抽出した上で、ハリウッド映画顔負けの情景描写を盛り込みつつ、ホラーや推理トリックをちりばめ――私は、場面展開の早さに騙されないよう細心の注意を払っていたのだが、最後の100ページで完全にやられた?圧倒的な火力を見せつける宇宙戦闘シーンは、E・E・スミスのSF「スカイラーク」「レンズマン」シリーズを、シュライクと人類が戦う未来のシーンは映画「ターミネーター」を、聖樹船〈イグドラシル〉はアニメ『天地無用!』を、〈メガスフィア〉のシーンは映画『マトリックス』を連想させる。ただ過去のSFを下敷きにしているだけでなく、宗教的・哲学的な重厚さも備えている。〈雲門〉の語りは禅問答だし、デュレ神父が語る惑星〈ハイペリオン〉での出来事はダンテの『神曲』だ。そして、思わせぶりな旅立ちをしたデュレ神父とレイミアが、次のシリーズで重要な位置を占めることになる――。〈コア〉と接触する場面では、AIの倫理について取り上げている。『AI倫理』(西垣通/河島茂生=著,2019年)でも議論されているが、AIに〈死〉の概念がない以上、人類と同じ知能を期待するのは難しいという仮説は説得力がある。後続の作品『エンディミオン』『エンディミオンの覚醒』において、人類を含む銀河系の知的生命が、これとは別の生存戦略を提示するが、この流れは〈永遠の生命〉に疑問を投げかけた松本零士「銀河鉄道999」を想起させる。
2022.07.18
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ハイペリオンの没落(上) デュレ神父「ソツィヌスはAD16世紀イタリアの、異端的な神学者です。彼の信条は――この信条ゆえに彼は破門されたのですが――こういうものでした。神は万能の存在ではなく、学び、かつ成長するものである‥‥ちょうど世界が‥‥宇宙が‥‥より複雑になっていくように、と。じつはわたしも、ソツィヌスの異端に踏みこんだのですよ、ソル。あれがわたしの、最初の罪だったのです」(327ページ)著者・編者ダン・シモンズ=著出版情報早川書房出版年月2001年3月発行連邦の首都惑星TC2(タウ・ケティ・センター)から、惑星〈ハイペリオン〉で蛮族〈アウスター〉と戦うために、連邦が誇る〈無敵艦隊〉が出陣していく。第2のジョン・キーツの復元人格であるジョセフ・セヴァーンは、連邦CEO(最高運営責任者)マイナ・グラッドストーンに呼び出され、要人たちと出撃の映像を見ながら、「まあ、あんなものでしょう」と言い放った。グラッドストーンと2人きりになったセヴァーンは、〈時間の墓標〉にいる巡礼の様子を語る。セヴァーンは夢の中で私立探偵ブローン・レイミアとつながっていた。フィドマーン・カッサード大佐は、ルナール・ホイト神父とレイミアを追って〈翡翠碑〉へ向かった。レイミアの目の前で、何者かがホイト神父を切り裂く。連邦は劣勢に立たされていた。グラッドストーンは巡礼の脱出を認めず、セヴァーンに側近リイ・ハントとともに〈ハイペリオン〉へ転移するよう命じた。〈ハイペリオン〉に降下したセヴァーンとハントは、領事の部下だったシオ・レイン総督に迎えられる。レインは、〈ハイペリオン〉の難民を受け入れるようグラッドストーンに伝えてほしいと申し出るが、ハントは冷たく断る。セヴァーンは、かつてレイミアの恋人だった物理学者メリオ・アルンデス博士に出会い、いまでもレイミアを愛しており、〈時間の墓標〉のデータを集めることで彼女を救いたいという。セヴァーンは「できるだけのことはしてみる」と応じた。〈ウェブ〉へ戻ったセヴァーンは、晩餐会に出席し、グラッドストーンが演説する中、戦争は芸術だと語る芸術家たちに取り囲まれる。晩餐会を終えたグラッドストーンは、将軍たちから〈ハイペリオン〉へ連邦が保有する3分の2の艦艇を増援すべきと進言を受ける。ウィリアム・アジャンタ・リー中佐が増援に反対するが、その意見は採り上げられなかった。フィドマーン・カッサード大佐は〈翡翠碑〉でモニータと戦う。だが、カッサードは為す術もなく敗れ、目の前にシュライクが出現する。未来から時間を遡ってやって来たというモニータとシュライクとともに、カッサードは〈モノリス〉の中で輝いているフィールドをくぐった。〈スフィンクス〉の中で、12時間前に死んだはずのホイト神父の遺体は、ポール・デュレ神父として蘇った。寄生体〈聖なる十字架〉による再生。デュレ神父は死ぬ直前の記憶を保っていた。夜中、グラッドストーンは、ゲートをくぐって巡礼たち各々の故郷の惑星を訪ねて回った。最後に月を訪ね、2338年の〈大いなる過ち〉でミニ・ブラックホールに呑みこまれてしまったオールドアースの跡を眺めた。そこでハントが現れ、アウスターが〈ハイペリオン〉ばかりでなく10ヵ所以上の星域で〈ウェブ〉そのものに対して攻撃態勢に入ったことを告げた。レイミアと詩人のマーティン・サイリーナスは食糧を確保するため、〈時観城〉に向かっていた。だが、廃墟となったかつての仕事場を見たサイリーナスは、そこに残ると言い張り、レイミアはやむを得ず彼を置いて〈時観城〉を目指す。サイリーナスは、そこで、ペンと羊皮紙を取り出すと、未完の大作「ハイペリオンの歌」の創作を再開した。彼は、ギリシア神話の神々と英雄の関係が、いまの状況によく似ていることに気づく。もう少しで完成というところでシュライクが現れ、サイリーナスは連れ去られる。行方不明になっていた聖樹船〈イグドラシル〉船長ヘット・マスティーンが瀕死の状態で現れるが、謎を残したまま死んでしまう。脳死状態に陥ったレイミアは行方不明になる。領事はホーキング絨毯に乗って宇宙船へ向かおうとするが、墜落してしまう。デュレ神父は谷の奥へ進んでいった。ついにソル・ワイントラウブと娘レイチェルが残された。ソルの前にシュライクが現れ、彼はレイチェルを差し出した。そして、〈時間の墓標〉が開いてゆく――。『ハイペリオン』の続編。〈時間の墓標〉へ下りていった巡礼たちのその後の様子を描きながら、前作と異なり、宇宙空間における〈アウスター〉の攻撃というスペースオペラ的な描写が並行してゆく。巡礼を中心とする主要登場人物の各々が別の場所、別の時空で戦っており、その場面がめまぐるしく切り替わっていくので、読む方も一苦労させられる。
2022.07.18
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ムダヅモ無き改革 プリンセスオブジパング 第12巻 ミカド「無秩序から形あるものを作りあげる宇宙の意志、それが“麻雀力”なのです」著者・編者大和田秀樹=著出版情報竹書房出版年月2022年7月発行著者は『機動戦士ガンダムさん』『大魔法峠』でお馴染みの大和田秀樹さん。シリーズ累計280 万部を突破した政治+麻雀アクション漫画の新章は、麻雀高校女子ワールドカップだ。決勝戦は、御門葩子 (みかど はこ) が率いる日本代表とドイツ代表の対決――〈精密麻雀〉を打つアドルフィーネ・ブラウンの身体ががアドルフ・ヒトラーの亡霊に乗っ取られた。帝国電撃戦(ライヒスプリッツリーク)、天和燕返し(メッサーシュミットシヴァルヘ)で葩子と比良坂菊理を追い詰めるアドルフィーネ=ヒトラー。しかし、葩子はアドルフィーネを救うために、〈JK の中に入っているおっさん〉に果敢に挑む。そして、彼女の背後にミカドがあらわれる‥‥
2022.07.04
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ハイペリオン(下) ソル「どうして当局は、〈時間の墓標〉のような大いなる謎を無視していられるんだろう?」(68ページ)著者・編者ダン・シモンズ=著出版情報早川書房出版年月2000年11月発行第4章 学者の物語: 忘却の川の水は苦く(承前)バーナード・ワールドで暮らしていたソル・ワイントラウブとサライの娘レイチェルは、大学では考古学を専攻した。〈ハイペリオン〉調査隊に参加し、〈スフィンクス〉と呼ばれる遺跡を調査した。その頃、ソルは、血の色をした双眼が大音声で「娘を燔祭に捧げよ」と告げる悪夢を見るようになった。〈スフィンクス〉で〈時潮〉(ときしお)に巻き込まれたレイチェルは、時間を逆行し若返り、その日の記憶を失ってしまうようになった。ソルはレイチェルを元に戻そうとラビを訪ね、「神は、アブラハムの魂を覗きこみ、本気で息子イサクを殺すつもりであることを見てとったにちがいない」と語る。ラビは否定した。次にソルはシュライク大聖堂を訪ね、〈スフィンクス〉での出来事を告げると、司教は激怒し、ソルを大聖堂から放り出す。マスコミに追い回されるようになったため、一家は砂漠の惑星〈ヘブロン〉へ引っ越した。サライは事故死し、ソルはレイチェルを連れて〈ハイペリオン〉へ向かうことを決意する。ソルは年老いたが、レイチェルは乳児に戻っていた。風莱船(ふうらいせん)で移動を続ける巡礼は、聖樹船〈イグドラシル〉が攻撃を受け炎上する様子を目にする。第5章 探偵の物語: ロング・グッバイ風莱船(ふうらいせん)で移動を続ける巡礼。ある朝、聖樹船〈イグドラシル〉船長ヘット・マスティーンの部屋が血まみれになっており、マスティーンがいなくなった。私立探偵で唯一の女性ブローン・レイミアが指揮し船内を捜索するも、マスティーンは見つからなかった。風莱船は〈巡礼の休息所〉の桟橋に到着し、巡礼はゴンドラに乗り換えた。一同が夕食を食べ終え、レイミアが語り始める。レイミアの事務所を訪れた客ジョニイは、AI の頭脳と人間そっくりのボディを備えたサイブリッドだった。ジョン・キーツの人格を核に誕生したジョニイは、自分のボディが破壊され、AI 本体が攻撃を受け、〈殺された〉と訴え、レイミアに犯人捜しを依頼する。やがてレイミアとジョニイは愛するようになる。サイブリットであることをやめて人間になり、〈ハイペリオン〉を目指そうとしてジョニイは〈テクノコア〉から狙われていた。〈テクノコア〉は連邦が到達していない大マゼラン雲内にオールドアースのアナログコピーを造っていた。レイミアは連邦CEO(最高運営責任者)マイナ・グラッドストーンに面会し、人間になったジョニイに再開する。そして、連邦、〈テクノコア〉、〈ハイペリオン〉、〈アウスター〉の関係を知る。シュダイク大聖堂でジョニイは死に、レイミアにデータを残す。第6章 領事の物語: 思い出のシリ〈時観城〉(じかんじょう)に入った巡礼は、夕食をとることにした。宇宙では、〈アウスター〉と連邦との間に戦闘が始まっていた。領事は、恒星間宇宙船の乗組員マーリン・アスピックについて語り始める。彼は、連邦に加入していない惑星〈マウイ・コヴェナント〉の少女シリと愛し合い、子どもをもうける。だが、恒星間宇宙船が立ち寄る度に、この惑星では 11 年が経過する。シリは連邦への加入を推進することで出世したが、マーリンとの 6 度目の再会は適わなかった。〈マウイ‥コヴェナント〉は連邦に加入するが、多くの観光客や移住者が流れ込んだことで惑星は破壊され、シリの反乱が起きた。反乱はすぐに鎮圧されたが、2 人の孫である領事は、連邦に対して複雑な感情を抱いており、〈アウスター〉を訪問し、彼らが〈ハイペリオン〉を欲する目的を理解し、三重スパイとなる。こうして巡礼たちは話を終え、いよいよ、〈時間の墓標〉へ向かって谷を下ってゆく――。レイミアが暴漢を追うシーンで、群衆の誰も協力しようとしないが、日本人観光客だけはイメージャー(デジカメのような者か)をかまえて一部始終を記録しているという記述に笑ってしまった。さて、元ネタになったキーツの作品は、ギリシア神話、ローマ神話、アラビアン・ナイト、フェアリーテールから中世騎士物語、ダンテ、ミルトン、シェイクスピアと非常に幅広い題材を扱っている。シモンズは、これらを取り込んだ上で、さらに、あらゆる SF の分野――スペースオペラ、銀河帝国、ニューウェイブ、ポスト・ニューウェイブ、サイバーパンク、タイムトラベル――を持ち込んだ。そのうえで、あらゆる小説の技法――一人称、三人称、日記体、夢想、カットバック――を使って書き上げた。初めて SF を読む方には少々ハードルが高いかもしれない。だが、他ジャンルの SF や小説を読んだ後で、あらためて「ハイペリオン」シリーズを読み返すと、ニヤリとさせられること請け合い。何度読んでも味のある作品である。
2022.06.06
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ハイペリオン(上) マーティン・サイリーナス「初めに言葉ありき。つぎにワードプロセッサーなるしろものが現われた。おつぎは思考プロセッサー。最後に、文学の死。ま、そういうものだ。」(318ページ)著者・編者ダン・シモンズ=著出版情報早川書房出版年月2000年11月発行28世紀――人類は銀河系へ進出し、200以上の惑星と1500億人の人口を擁する連邦を形成し、惑星間を転移ゲートで結ぶ〈ワールドウェブ〉を構築していた。その技術を提供し管理しているのは、数世紀前に人類から独立したAI群〈テクノコア〉だった。〈テクノコア〉は、その計算力により数世紀先の未来を予測することができた。だが、惑星〈ハイペリオン〉には、未来から時間を遡ってきたという抗エントロピー場をもつ〈時間の墓標〉は、未来予測の不確定要素であった。やはり数世紀前に人類から独立した〈アウスター〉は、〈テクノコア〉に依存しない文明を築き、〈ウェブ〉と〈テクノコア〉と対立していた。そんななか、連邦の最高運営責任者マイナ・グラッドストーンは、領事にハイペリオンに戻ることを命じた。領事、ルナール・ホイト神父、フィドマーン・カッサード大佐、詩人のマーティン・サイリーナス、乳児を抱えたソル・ワイントラウブ、私立探偵で唯一の女性ブローン・レイミア、聖樹船〈イグドラシル〉船長ヘット・マスティーンの7人の巡礼が、惑星〈ハイペリオン〉へ旅立った。第1章 司祭の物語: 神の名を叫んだ男〈ハイペリオン〉上陸を前にして、ホイト神父は、かつて〈ハイペリオン〉へ送り届けたポール・デュレ神父について語る。デュレ神父はビクラ族に出会い、聖なる十字架によって不死性を与えられていることを知る。だが、その代償はあまりにも大きかった。ホイト神父は〈ハイペリオン〉を再訪しデュレ神父を捜索したのだが‥‥そこに大きな秘密があることを領事は知る。第2章 兵士の物語: 戦場の恋人〈ハイペリオン〉の総督となった、かつての領事の部下シオ・レインが巡礼を迎える。フィドマーン・カッサード大佐は、仮想訓練でしか会うことができない謎の美女〈ミステリー〉と肌を重ねた。カッサードはプレシアの戦いにおいて蛮族〈アウスター〉を相手に活躍したが、負傷し、病院船に収容された。だが、病院船は〈アウスター〉に襲われ、〈ハイペリオン〉に不時着する。ここでカッサードは実体をもつ〈ミステリー=モニータ〉に遭遇する。〈時間の墓標〉は時間を逆行している。カッサードは怪物〈シュライク〉を使って〈アウスター〉と戦った。救出されたカッサードは、今度〈モニータ〉と出会ったら殺すつもりだと語る。第3章 詩人の物語: ハイペリオンの歌巡礼は河港〈水精郷〉(ナーイアス)に入った。詩人のマーティン・サイリーナスは、オールドアース(地球)で生まれ育った思い出を語り始める。サイリーナスは北米の裕福な家庭で生まれた。だが、地球は大変動に襲われ、莫大な借金を残して両親が亡くなった。母親は死ぬ前に、最後の財産を小惑星銀行に預金し、サイリーナスを光速より遅い宇宙船に乗せ、惑星〈ヘヴンズ・ゲイト〉へ客観時間167年の旅に出した。その間に生まれた利息は、借金を返済して余りあるものになるはずだった。ところがサイリーナスが低温睡眠中にオールドアースの資産は凍結され、彼は〈ヘヴンズ・ゲイト〉に着くやいなや運河掘りの労働に着かされた。低温睡眠中の影響で脳卒中を起こし、発生できる言葉は9つしかなかった。サイリーナスが書きためた詩は「終末の地球」として時流に乗ったベストセラーとなり、彼は再び裕福な生活と健康を取り戻した。だが、それは1冊限りのことだった。サイリーナスは、芸術家ひしめくビリー悲観王の王国〈アスクウィス〉を目指す。ビリー悲観王は、土星の衛星「ハイペリオン」からの入植者たちが名付けた惑星〈ハイペリオン〉を開発し豪勢に暮らすのだが、やがてシュライクによる殺戮が始まる。サイリーナスは、シュライクを作り出したのは自分の詩想だと考え、〈ハイペリオン〉に残り、「ハイペリオンの歌」を書いた。詩人の都は朽ち果て、「ハイペリオンの歌」の原稿は燃えてしまい、サイリーナスは延齢処置と冷凍睡眠で長い時を待った。第4章 学者の物語: 忘却の川の水は苦く巡礼は〈叢縁郷〉(エッジ)に到着し、風莱船(ふうらいせん)に乗り込んだ。〈ハイペリオン〉に来るのは初めてというユダヤ人、ソル・ワイントラウブが語り始める。(つづく)冒頭で、領事が「やはりワーグナーは、雷鳴のなかで聴くにかざる」と独白するが、これは万国共通、28世紀の未来にも通用するのか――と、親近感を覚え、どんどん読み進んだ。所々に名前が登場するジョン・キーツは、19世紀初めのイギリスの詩人。哲学的叙情詩「ハイペリオン」「ハイペリオンの没落」は未完に終わり、1818年に発表した「エンディミオン」は、評論家から厳しく批判され、失意のうちに結核で他界する。これらを「ジェフリー・チョーサーの「カンタベリー物語」風に再構築したのが、「ハイペリオン」シリーズである。したがって、SFではあるものの、宗教ネタあり、哲学ネタあり、そして技術ネタありの、てんこ盛り。登場人物の名前の由来も掘り下げてみると面白い。かつての天文少年としては、ハイペリオンと聞いて、まず土星の衛星を思い浮かべた。もちろん本書ではそのエピソードも取り上げており、水も漏らさぬ仕上がりだと感じた。
2022.06.05
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アンドリューNDR114 アンドリュー「なぜそんなことにこたわるのたろう。なにが脳を作っているかは、本質的な問題ではない――肝心なのは、どう機能するかた。思考パターン、反応時間、経験を合理化し、一般化する能力。なぜ問題全体が、有機細胞VS陽電子のレヴェルにまでひきずりおろされなければならないんた? 機能面での定義を通す方法はないんたろうか?」(345ページ)著者・編者中村融=著出版情報東京創元社出版年月2000年4月発行世界の人口は緩やかに減少しており、労働力不足を補うべくロボットが導入されていった。そんななか、ジェラルド・マーティン議員の邸宅に、家政ロボット〈NDR-114〉が届いた。次女アマンダは、そのロボットをアンドリューと名付けた。アンドリューは、長女メリッサをミスと、アマンダをリトル・ミスと呼び、親愛の情を感じるようになる。ある日、アンドリューはリトル・ミスに請われて木彫のペンダントを作った。サーは、美しく精巧な出来映えに感心し、アンドリューが木工品を作り、それを販売して得た利益をアンドリュー名義で預金できるようにした。アンドリューは、そこから自身のメンテナンスや改造に要する費用を捻出するようになった。30年後、アンドリューは〈自由ロボット〉となった。アンドリューはマーティン領の片隅に工房を建て、仕事に励んだ。やがて、ジェラルド・マーティンが世を去った。アンドリューは、リトル・ミスの息子ジョージ・チャーニーの古着を着てみた。そして、服を着た初めてのロボットとなった。アンドリューは人間とのコミュニケーションを円滑にできるよう言語について学ぼうと、図書館へ向かった。ジョージはロボットの公民権獲得のために戦い、〈親ロボット法〉が成立した。その日、リトル・ミスが世を去った。アンドリューはロボットの歴史を書いていた。ジョージは世を去り、その息子ポールの時代になっていた。アンドリューはポールの支援を得て、USロボット社の社長ハーリー・スマイズ-ロバートスンに面会する。アンドロイドの身体に交換するためだった。彼は、自分の身体を使ってロボット生理学の研究を始めた。ポールは世を去り、マーティン家とチャーニー家の子孫は途絶えた。アンドリューは独力で、USロボット社の研究所長アルヴィン・マグデスクに面会する。自分の身体に代用器官を埋め込むためだ。代用器官は、アンドリューがライセンスし、USロボット社が生産し、人間の寿命を延ばすことに貢献した。こうしてアンドリューはマグデスクと意気投合した。マグデスクは、〈150周年を迎えたロボット〉アンドリューのための祝賀会を開き、世を去った。アンドリューは再び一人ぼっちになった。とうとうアンドリューは地球外へ進出することになる。月の低重力下でも安定稼働する代用器官を研究するためだ。地球に戻ったアンドリューは、ジェラルドの時代から法律面の支援を受けてきたファインゴールド&チャーニー法律事務所のサイモン・デロングに依頼し、人間に帰化するための運動を起こす。世界議会のリー・チー・シン議員と面会し、人間になりたくてたまらないと告げる。リーは協力を約束するが、世界議会を動かすのは大変なことだった。リーは、人間とロボットの脳は違うことを指摘する。だが、アンドリューは人間がロボットに抱いている反感の原因を掴み、ついに大きな決心をする。この行動が世界を動かした。書類に署名した世界調整官はアンドリューを〈200周年を迎えた男〉と呼び、握手を交わした。アイザック・アシモフのロボットSF短編集『聖者の行進』に収録されている「バイセンテニアル・マン」(二百周年を迎えた男)を、原作の登場人物もストリーもそのままに、ロバート・シルヴァーバーグが長編小説化したもの。1999年公開、ロビン・ウィリアムズ主演の映画『アンドリューNDR114』の原作であるが、映画の方はかなりアレンジされている。ともかく、長編、映画ともに珠玉の出来映えである。それというのも、原作のプロットが優れているからだろう。人間とは何か、知能とは何かという根源的問題とともに、不老不死に対する業の深さを考えさせられる内容である。さて、「バイセンテニアル・マン」は、1976年、アメリカ建国200年に合わせて発表された。アシモフはソ連からアメリカへの移民で、このことがアンドリューの発言と被る。アシモフは飛行機嫌いで仕事中毒だったが、これもアンドリューの行動パターンによく似ている。本作に登場するUSロボット社のロボット心理学者マーウィン・マンスキーは、実在の人工知能学者でアシモフのファンで親交があったマーヴィン・ミンスキーのもじりである。
2022.06.04
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停滞空間 数霊術師「わたしはコンピュータを使って、可能な未来について研究します」(260ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1979年8月発行プロフェッション‥‥ジョージ・プラトンはコンピュータ・プログラマを目指していた。〈教育の日〉がやって来ると、子どもたちの職業適性が判定され、それぞれ専門の道へ進む。だが、ジョージは「なににもなれない」と判定されてしまう。ジョージはハウスに収用され教育を受けるが、そこから逃げだし、職業人が競い合うオリンピックを見物する。歴史学者ラディスラス・イソジェネスキュと出会い、ハリ・オマニはジョージの本当の能力を明かす。ナンバー計画‥‥マイロン・オーブはコンピュータを使わずに、〈筆算〉で 2 桁の掛け算を実演して見せた。これを見たブラント議員は地球連邦大統領に、秘密プロジェクト〈ナンバー計画〉を具申する。地球と植民星との間ではコンピュータによる戦略ゲームに明け暮れる毎日から脱出できると考えたからだ。ウォーダー将軍は、コンピュータではなく人間を乗せたミサイルの開発を提言する。コンピュータつきの船の 3 分の 1 の時間と 10 分の 1 の費用とで作れるからだ。オーブは将軍の演説を最後まで聴かず、蛋白質破壊機を使って自死した。やがて明ける夜‥‥大学院を卒業してから 10 年、太陽系各地の観測地に散って研究を続けていたエドワード・タリアフェロ、スタンリイ・カウナス、バタースリイ・ライガーが地球に集まった。同窓のロメロ・ヴィリアーズは、卒業直前に病に倒れ、地球で教職に就いていた。衰えたヴィリアーズは 3 人を招き、質量転移装置を発明したことを告げる。その夜、ヴィリアーズは何者かに殺されてしまう。犯人は 3 人のうちの誰かだった‥‥。ヒルダぬきでマーズポートに‥‥マックスは妻から離れたことを幸いに、マーズポートでフローラを呼び出した。しかし、マックスに緊急の仕事が入る。マーズポートに到着した 3 人の大実業家の誰かが、変造スペーソラインを密輸しようとしている。マックスは、その犯人を捕まえなくてはならない。宇宙船に乗る前にスペーソラインを打って支離滅裂な会話しかできない 3 人の誰か 1 人が嘘をついている。マックスは犯人を見つけ報酬を手にした、そこに、妻ヒルダが到着したのだった。やさしいハゲタカ‥‥サルのような姿をした宇宙人フルリア人は、月の裏側の基地から 15 年間、地球の観察を続けていた。他の大型霊長類が住む惑星のように、地球でも核戦争が起き、生物が滅亡する直前に救いの手を差し伸べるためだ。だが、地球ではなかなかな核戦争が起きない。しびれを切らした政務長官は、人間をひとり捕らえて心理分析機にかけることにした。人類の心理を知ったフルリア人は恐怖し、月の裏側の基地を撤収してしまう。世界のあらゆる悩み‥‥巨大コンピュータ〈マルチヴァク〉は地上の経済を指揮し、科学を援助し、全人類の行動を予測していた。その結果、犯罪件数が減少した。ある日、〈マルチヴァク〉の予測にもとづき、ジョウ・マナーズが拘束された。次男のペン・マナーズは〈マルチヴァク〉に父親を助ける方法をたずねた。〈マルチヴァク〉の解答は‥‥。Z を S に‥‥核物理学者マーシャル・ゼバチンスキイは、コンピュータを使って未来予測するという数霊術師を訪ねた。数霊術師のアドバイスにしたがい、名前の 1 文字を Z から S に変えたところ、ゼバチンスキイは注目を集め、プリンストン大学物理学科の準教授に選ばれたのだった。はたして数霊術師の正体は‥‥。最後の質問‥‥初めて最後の質問が訊ねられたのは、2061 年 5 月 21 日のことだった。巨大コンピュータ〈マルチヴァク〉に、人間が万物をつくり出せるようになるかを訊ねた。〈マルチヴァク〉はデータ不足で解答が出せないと印字した。恒星間航行ができるようになった人類は、より高性能なコンピュータ〈マイクロヴァク〉に同じ質問をした。同じ返答だった。銀河系に生活圏を広げた人類は、〈銀河 AC〉に同じ質問をした。同じ返答だった。〈宇宙 AC〉や〈汎宇宙 AC〉の時代になっても返答は同じだった。そして宇宙の星々も銀河も死に絶え、その 10 兆年後、〈マン(人類)〉も消失し、AC だけが残った。AC は言った“光あれ”――すると、光があった。停滞空間(1958 年)‥‥ホスキンズ博士が看護婦イディス・フェローズを雇ったのは、〈停滞空間〉に捕らえたネアンデルタール人の子供を育てるためだった。フェローズがティミート名付けたその子供は、ホスキンズ博士の息子ジェリイがエイプボーイ(サルの子)と呼んだことに腹を立て‥‥。冒頭の『プロフェッション』は格差社会を皮肉っている。主人公が「たすけなんかいらない。ぼくは精神薄弱なんかじゃないんだ。精神薄弱は世界中だ」(96 ページ)と叫ぶシーンは、現代社会で、自分が弱い立場にあるのは陰謀のせいと主張する人びとに重なる。本作で主人公が救われるのは、それは、これが SF だからだ?さて、アイザック・アシモフのタイムトラベル作品は、表題作の『停滞空間』と、長編『永遠の終り』(1955 年)の 2 つだけ。しんみりとした終わり方に、アメリカの黒人解放運動を重ねることができる。70 年も前の SF なのに、いずれのテーマも現代に通じる――とくに『ナンバー計画』『世界のあらゆる悩み』『Z を S に』『最後の質問』は、陽電子頭脳を持ったロボットではなく、コンピュータをテーマにしている。コンピュータは未来予測できるけれども、それには十分かつ正確なデータが必要になることは、現代のディープラーニングでも変わらない。こうした未来予測の最終形態が、長編シリーズ「銀河帝国の興亡(ファウンデーション)」に登場する〈心理歴史学〉であろう。だから逆に、アシモフはタイムトラベルものを書かなかったのかもしれない。〈心理歴史学〉の創始者ハリ・セルダンの死後 50 年を経て、惑星ターミナスの時間霊廟に初めてハリ・セルダンの立体映像が登場し、ファウンデーションの進むべき道を照らす――アシモフの死後 30 年。あと 20 年したら、もしかすると‥‥。
2022.06.03
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失踪トロピカル サユリ「それがね‥‥ 。撃てるのよ」(303ページ)著者・編者七尾与史=著出版情報徳間書店出版年月2011年2月発行国分隆史は恋人の若槻奈美とタイ・バンコクを訪れていた。雑踏の中、迷子の男の子の母親を探そうと、隆史と離れた奈美は、そのまま行方不明になってしまう。国分は必死に奈美を探すが見つからない。大使館に相談したが、相手にしてもらえない。国分は内緒で旅行に出掛けたことを奈美の父・惣一郎に謝罪すると、奈美が会うはずだった兄・マモルを訪ねるように指示される。国分はマモルを捜し出し事情を説明していると、惣一郎に依頼されたという探偵・蓮見敬一が現れる。蓮見は、かつて面倒をみてやり、いまは裏社会にいる二階堂きよしを訪ね、日本人女性(ヤマトナデシコ)を誘拐する闇の組織の情報を得る。二階堂の紹介で仲介人ウェイに接触した蓮見は、惨殺ショーの会場に潜入する。国分たちも独自に奈美の行方を探していたが、偶然、惨殺ショーの会場に潜り込み、目の前でギロチンにかかった蓮見の首が飛んだ。続いて連れてこられた女性を奈美と勘違いしたマモルは、ステージに突入し、殺されてしまう。ハッピー顔さんホテルの仲間たちも、全員殺されてしまった。辛くも危機を脱出した国分は、闇の組織のメンバーとともに車に乗り込む羽目になるが、正体が明かされそうになる直前、運転手に飛びかかった。だが、車は制御を失い大事故を起こしてしまう。それから1年が過ぎた――セント・ジョーンズ病院の地下で、ドクター・ラウの下で働く闇の組織のサユリと広子が、1人の日本人女性を品定めしていた。701号室の患者の正体は。サユリはその患者を銃で撃ったのか。高校を卒業したばかりの奈美の妹・由加がバンコクを訪れた。廃墟となっていたハッピーカオサンホテルの玄関に、女性がアンティークの腕時計を置いていった。由加は腕時計を握りしめると女の消えていった方へかけていった。『死亡フラグが立ちました!』でデビューした七尾与史さんの第2作。前作と打って変わって、登場人物が次々に死んでゆく――しかも惨殺。七尾さんと奥さんはタイが大好きだが、一見陽気なこの街の裏に「闇」や「魔」といった邪悪な何かが潜んでいるような怖さがあるとして、この小説を着想したという。物語の最後はバッドエンドともハッピーエンドとも分からないのだが、それは裏から曼荼羅を見ているように、部分から決して全体を知ることができないアジア的な無間地獄を見ているような感覚に陥った――。
2022.05.22
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宇宙を支配する「定数」 一定不変と思われた地球の自転が、じつはゆらいでいたように、測定技術の進歩によって物理定数の変動が認められる可能性も否定できないのです。(227ページ)著者・編者臼田孝=著出版情報講談社出版年月2022年2月発行著者は、振動計測、光波干渉計などの研究に従事し、国際度量衡幹事の臼田孝さん。科学は「この宇宙が何でできているのか」「どんなしくみに従っているのか」を追求する学問――つまり、「物質」と「法則」の探求をする学問と言える。そして、万有引力の法則から相対性理論、量子力学まで、宇宙の成り立ちを説明する物理法則は「数式」として表現できるが、その数式の中には必ず「固有の値」=物理定数が登場する。もし物理定数が「定数」でなかったなら、「変化する」ものであったなら、因果関係が崩れ、「ある原因によって生じる物理現象の結果」が異なることになってしまう。そんな重要な役割を担っている物理定数の数々を、本書では順を追って見ていく。1920年代に、イギリスのエンジニア、ウィリアム・ショートが開発した「ショート時計」は、機械式時計としては究極の性能を発揮し、ズレは1年問に1秒程度と、人間がつくった時計の安定性が、地球の自転の安定性や天体測定の不確かさを凌駕した。さらに、セシウム原子の線スペクトルを利用し、ズレは3000万年に1秒という原子時計が登場した。1967年、ついに時間の定義を原子に委ねることが決まった。原器とは異なり、現在、全世界の基準となるような「たた一つの正しい原子時計」は存在せず、複数の原子時計を比較する合議制の形をとっている。1676年、デンマークの数学者オーレ・レーマーが、木星による衛星イオの食の周期の変動光の速度を計算する。1960年、メートルの定義が「決められた条件下のクリプトン86の波長の165万763.73倍」と定められた。金属のメートル原器では100万分の2の精度が限界だったが、これが1億分の1まで正確に測れるようになった。1973年、光速がついに確定値=「不確かさのない値」となる。数値によって定義されたのは、物理定数として初めてのことだった。1983年には、光速がメートルの定義の基準となった。古代ギリシアの時代に認識されていながら、17世紀半ばになってようやくアイザック・ニュートンが万有引力を理論化した。だが、万有引力定数の決定にはなお時間がかかった。それは、引力が極端に小さい(同じ距離だと静電気力に比べ36桁も小さい)ためだった。ニュートンから100年以上たった1798年、イギリスのヘンリー・キャベンディッシュが初めて万有引力定数の測定に成功した。不確かさは100分の8だった。2018年では10万分の2まで縮まっているが、200年以上かけても、4桁目(1万分の1レベル)までしか信頼できないという意味であり、原子時計の正確さや、光速が9桁に及んでいるのに比べて大きく劣る。電気や磁気によって生じる引力・斥力を初めて定量的に評価したのは、フランスの物理学者、シヤルル・ド・クーロンで、1785年のことだった。20世紀には、電流天びんによる精密測定により、電流の再現性は100万分の1(6桁)の精度で一致させることができるようになった。1900年、マックス・プランクは熱放射のメカニズムを説明するためにプランク定数を導入したが、アインシュタインの光量子仮説により、これが光子の持つエネルギーの振動数に対する比例定数であることが明らかにされる。プランク定数は極めて小さな値だが、20世紀後半、ジョセフィン素子によって10桁程度までの再現性を達成した。ただし、ジョセフィン素子ではプランク定数と電気素量の比の形でしかないので、どちらかを独立に決める必要があった。そこで再び万有引力の法則が登場する。国家計計量標準機関(National Metrology Institute;NMI)が国際キログラム原器とプランク定数との比較を30年以上にわたって継続し、2017年に、1億分の5程度の再現性を達成した。これにより、電気素量の定義値も決まり、国際キログラム原器は基準としての地位を失い、逆に測定対象となった。そして、2018年に、プランク定数をもとにキログラムが定義し直された。1877年、オーストリアの物理学者ルートヴィッヒ・ボルツマンは、温度とは、粒子が熱によって運動エネルギーを得た結果だと提唱し、粒子の運動エネルギーと熱エネルギーの関係式で用いる定数(ボルツマン定数)を提唱する。その後、ボルツマン定数は、気体だけでなく、あらゆる原子、分子、電子に適用できることがわかった。デジタル式体温計は、温度センサの抵抗や電圧値が温度によって変化することを利用しているが、その変化の割合もボルツマン定数から導くことができる。ボルツマンは、エントロピー増大の法則にもボルツマン定数を導入した。ボルツマン定数は、理想気体を前提とする気体定数とアボガドロ定数から求めなければならず、測定には困難を極めた。だが、ここでも国家計計量標準機関が協力し、2018年に、ついにボルツマン定数を100万分の1を切る正確さで決定することができた。ここまで、光速、電気素量とプランク定数、万有引力定数、ボルツマン定数について見てきた。これらの定数には単位系がある。現在、国際単位系が定められているものの、単位系は時代や文明によって変化する。一方、円周率や微細構造定数は単位系を必要としない無次元数である。時代や文明が異なっても通用する。将来、宇宙人との交流で使えるかもしれない。また、微細構造定数の逆数はほぼ137になり、これが素数であることから、一部の科学者は137に特別な意味があるのではないかと考えているという。最後に、物理定数は不変かどうかについて触れている。たとえば、100億光年離れたクェーサーからの光から、微細構造定数の変化があったという報告もある。だが、現時点では確定はされていないという。臼田さんは「科学の基本はまず、自然ありのままの姿を注意深く観測すること」(23ページ)と言い、「科学論文として意味のある報告とするためには、測定値に不確かさの評価がともなっている必要」(39ページ)があるという。また、「科学は、仮説と検証の繰り返しです。物理法則とそこに現れる物理定数も、検証の対象です。法則自体が問違っていたら、物理定数も意味を失います。逆に、物理定数の評価結果から法則が修正を迫られることもあります。そう考えると、物理定数を正確に測ること自体が、科学理論の検証にもなります」(23ページ)という。本書の後半で、キログラムがプランク定数で定義し直された経緯が説明されるが、臼田さんが言うとおり、「直感的にも、人間の実感である『なんらかの実体がもつ重さ』とはかけ離れたもの」(185ページ)と感じるかもしれない。だが、キログラム原器のようにヒトの手になるものを排除し、宇宙のどこにあっても通用する普遍の定数で表現するのが〈科学〉である。あらゆる偏りを排除しようと努力する科学は、きわめて〈民主主義的〉であると言えよう。そして、はたして物理定数は不変なのか――将来の話として興味は尽きない。本書で触れられていないが、物理定数が今の値だから、生物が進化し人類が誕生したとする「人間原理」という考え方がある。私は、この考え方は受け容れがたいので、ぜひとも異なる物理定数の宇宙が存在しており、そこにも知的生命体が存在することを検証してほしい。
2022.05.21
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ムダヅモ無き改革 プリンセスオブジパング 第11巻 そうよ、こっちにはこの子がいたわ。生きる計算不可要素!!! 規格外のド天然娘が‥‥!!著者・編者大和田秀樹=著出版情報竹書房出版年月2021年12月発行著者は『機動戦士ガンダムさん』『大魔法峠』でお馴染みの大和田秀樹さん。シリーズ累計270万部を突破した政治+麻雀アクション漫画の新章は、麻雀高校女子ワールドカップだ。決勝戦は、御門葩子 (みかど はこ) が率いる日本代表とドイツ代表の対決――初手、アドルフィーネ・ブラウンの針の穴をも通るような正確な読み〈精密麻雀〉が葩子を削ってゆく。だが、比良坂菊理という計算富農の悪魔がアドルフィーネを翻弄する。そこへ、UFOのようなドイツ最新鋭機に乗ったナースが登場。帝国が復活する。
2022.05.08
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永遠の終り ノイエス「もしも〈永遠〉なるものが最初から設立されなかったとしたらどうでしょう?」(327ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1977年11月発行通常の時間の流れと隔てられた「時場」の中から人類の歴史を監視し、時に〈現実矯正〉を行う時間管理機関〈永遠〉(エターニティ)の一員、〈永遠〉(エターニティ)となったアンドリュウ・ハーランは〈観察士〉(オブザーバー)となった。彼らが〈現実矯正〉を行うたび、〈時間〉(タイム)の歴史は変わってゆく。ハーランの報告は完璧であり、それは、〈永遠〉史上だれよりも多くの〈現実矯正〉を指導してきた上級算定士レイバン・トウィッセルの目に止まった。トウィッセルは「わしは〈永遠〉の存続のためにきみが必要なのだよ」と言い、ハーランを〈技術士〉(テクニシャン)に昇進させた。ある日、トウィッセルはハーランに、研修生ブリンズリイ・シェリダン・クーパーの教育を任せ、〈原始時代〉について教えるように命じた。クーパーは、〈永遠人〉になるには歳をとりすぎていた。なぜ、トウィッセルはハーランにクーパーの教育を任せたのか。ハーランは、観察士として働いたことがある482世紀を再訪する。ここで、魅力的な〈時間人〉(タイムマー)の女性、ノイエス・ランベントに出会う。ここで〈現実矯正〉が行われれば、ノイエスの存在が消えてしまうという。7万世紀から15万世紀は〈神秘の世紀〉と呼ばれ、〈永遠人〉は〈時間〉へはいることができない。〈永遠〉と〈時間〉とのあいだには、通り技けられない扉が存在する。ハーランはノイエスを111394世紀に避難させた。〈原始時代〉の24世紀のヴィッカー・マランゾーンが〈永遠〉を発明したことになっているが、そんなことはあり得ないと、ハーランはトウィッセルに詰め寄る。ついに、トウィッセルは〈永遠〉の正体を語る。〈永遠〉をめぐる因果の円環が閉じられるはずだったが、すべての謎が解き明かされたわけではなかった――ノイエスを救出したハーランは、彼女から真実を告げられる。〈永遠〉は終わり、〈無限〉(インフィニティ)がはじまった――。タイムトラベル、タイムパラドックスはSFの中でメジャーなテーマのひとつだが、アイザック・アシモフのSFには、本作品と短編『停滞空間』の2つしかない。そして、本作品は単なるタイムトラベルものではなく、アシモフが得意とするミステリー仕立てになっており、最後の最後で、〈永遠〉が『銀河帝国の興亡』(ファウンデーション)シリーズの伏線になっているという大どんでん返しがある。銀河帝国がなぜ人類だけで構成されているのかという謎得になっている。そして、もうひとつ――〈永遠人〉のタカピーな振る舞い。これは『鋼鉄都市』など、銀河帝国前史に登場する宇宙人たちに似ている。アシモフは、上級算定士レイバン・トウィッセルは「われわれは異常なものと見れば排除する」と語らせる。アシモフのSF作品群には、排除の論理が強くなると人類は滅び、多様性を受け入れなければ人類の発展はないという強いメッセージが込められている――アシモフの死後30年になるが、世界は、まだ、彼の理想を実現できていない――。
2022.05.07
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活版印刷三日月堂 小さな折り紙 印刷された文字は、人が残した「あと」。生きた証。その人がいなくなったあとも残り、人が影に、文字が実体になる。きっとそういう意味なんだろう、と思った。(312ページ)著者・編者ほしお さなえ=著出版情報ポプラ社出版年月2020年1月発行飯田橋にある印刷博物館を訪れた際、コラボ企画として展示されていた小説――川越にある昔ながらの活版印刷所「三日月堂」に出入りするお客さんの心模様を描く番外編最終巻。本編最終巻「雲の日記帳」の先の話として、短編6編を収録。本編で脇役だった登場人物たちが主人公となり、本編主人公の月野弓子は、前半では顔を出さない。私が暮らしている〈今日現在〉と被る部分が多く、最後まで話に没入できた。私の〈生きた証〉は、アレに違いない――。初版限定で、本文の一部を活字印刷した扉1ページが付いている。マドンナの憂鬱‥‥川越観光案内所に勤めるマドンナこと柚原胡桃 (ゆずはら くるみ) は、ガラス工芸展の葛城、川越運送店の市倉ハル、観光案内所でアルバイトだった大西とともに富山観光へ向かう。シリーズ最初の中編「世界は森」に登場し、三日月堂の店主・月野弓子を励まし、レターセットを発注した市倉ハルと大西が再登場。胡桃は、葛城、ハル、大西の新しい側面を知り、自分の心を扉を開いてゆく。南十字星の下で‥‥「星たちの栞」に登場する村崎小枝が主人公。文芸部の3人が高校を卒業する。最後の文集を製本しながら、小枝は、両親が離婚し母親とともにオーストラリアへ移住する山口侑加 (ゆうか) と語り合いながら、彼女の新しい側面を発見する。二巡目のワンダーランド‥‥「あわゆきのあと」に登場する広太 (こうた) の父が主人公。父は、社会の裏側を知ろうと社会人になり、子育てを人生の〈二巡目〉という。私も子育て中に自分の子ども時代の記憶が被った経験がある。〈二巡目〉と考えれば、「想定外」「予期しないこと」が起きる確率は減る。だから、家族の行動をコントロールしようという気は失せるし、家族の自由にやらせた方が面白い。そして、子育てが終わると〈三巡目〉がやって来る。親の介護だ。親がどんなに耄碌しようが、子どもは子どもなので〈三巡目〉――。庭の昼食‥‥「庭のアルバム」に登場する天野楓 (かえで) の母が主人公。楓は、大学進学せず三日月堂への就職を希望する。そんなとき、弓子の亡き母、カナコの詩集の出版が決まる。水のなかの雲‥‥デザイン事務所に勤める傍ら、三日月堂で活版を学んでいる金子が主人公。「ちょうちょうの朗読会」に登場する小穂 (さほ) と三日月堂と訪れた金子は、弓子に誘われ、「最後のカレンダー」に登場するユネスコ無形文化遺産に登録された細川紙 (ほそかわし) を作っている工場を見学する。標題は、紙漉きを「残すためには、まわりのことを丸ごと引き受けなければいけない」という弓子の言葉に心を動かされ、金子は小穂に告白する‥‥。小さな折り紙‥‥「空色の冊子」に登場する、あけぼの保育園の浜田征子 (まさこ) 園長が主人公。元気いっぱいで、友だちの面倒見がいい佑 (たすく) が卒園式を迎える。母親も園に通っており、ある日、折り紙を折っていたとき、突然席を立ち、教室の隅にうずくまってしまったことがあった。その理由は‥‥活版印刷三日月堂シリーズは大団円を迎える。
2022.05.01
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活版印刷三日月堂 空色の冊子 片野「なにかやらせてくださいよ。コピーの文字っていうのは、紙のうえに粉がのってるだけ。水に濡れたら流れてしよう。印刷の文字とはちがいよす。わたしもずっとこの園の記念冊子を作ってきました。子どもたちにほんとの文字を手渡したい」(240ページ)著者・編者ほしお さなえ=著出版情報ポプラ社出版年月2019年12月発行飯田橋にある印刷博物館を訪れた際、コラボ企画として展示されていた小説――川越にある昔ながらの活版印刷所「三日月堂」に出入りするお客さんの心模様を描く番外編。短編7編を収録。本編で活版印刷所「三日月堂」の店主となる月野弓子が生まれて間もない1986年から、東日本大震災があった2011年頃が舞台になっている。主人公は、私と同じ世代である弓子の父母たち――自分の青春時代の記憶を重ねて読んでいった。初版限定で、本文の一部を活字印刷した扉1ページが付いている。ヒーローたちの記念写真‥‥1986年、売れない映画ライター、片山が同人誌「ウェスタン」に連載を続けていた「我らの西部劇」を出版しようと、大学時代の友人、杉野が行動を起こした。だが、企画は通らない。片山は干されていたのだ。片山と杉野は喫茶店「桐一葉」で語らった後、守谷が経営する古書店「浮草」を回り、「ウェスタン」のファンである月野が経営する印刷所「三日月堂」を訪れた。片山は、月野の孫娘、弓子を見て、自分の過去を思い起こす。そして、カウボーイハットをかぶって3人で記念写真を撮った。星と暗闇‥‥片野修平は三日月堂を継がず、天文学者になることを夢見ていた。修士は終えたものの、研究者になる道は険しく、高校の教員になった。同じ教員だったカナコと『銀河鉄道の夜』の話で盛り上がり、やがて結婚し、娘の弓子が生まれた。弓子が3歳になった頃、カナコは病気に倒れ、亡くなってしまう。弓子を実家に預けて教員を続けていたが、ある日、カナコの故郷、盛岡を訪ねる。川を見ながら、「ほんとうのさいわい」について想いをめぐらせた。届かない手紙‥‥「我らの西部劇」を三日月堂で印刷することが決まった矢先に片山が急死してしまう。最後の原稿が行方不明となり、月野が組んだ組版は三日月堂の倉庫に保管されたままだった。明日は、弓子が横浜にいる修平の家へ引っ越す日だった。弓子は祖母、静子から料理を教えてもらい、自分のレターセットを印刷した。弓子は、そのレターセットで母カナコに手紙を書きたいと言う。片野は「届かない手紙。書いてもいいのかもしれないな」とつぶやく。ひこうき雲‥‥学生時代、月野カナコ、大島聡子とバンドを組み、歌手を目指していた裕美は、父の会社の取引先の重役の息子、斉木茂と結婚する。2人の娘、未希と真子をもうけたが、茂は不倫し、裕美は2人の娘を引き取って離婚する。娘たちを連れてカナコの墓参に訪れた裕美は、自然と「ひこうき雲」を口ずさんだ。未希は母の歌がうまいと言って、自分は歌手になりたいと言った。裕美はカナコの言葉を思い出していた――生きてれば、きっといいこともあるよ。最後のカレンダー‥‥静子が入院したことで、月野は三日月堂を店じまいすることを決めた。三日月堂に毎年カレンダーを発注していた和紙販売の笠原は残念だったが、最後にユネスコ無形文化遺産に登録された細川紙 (ほそかわし) を使ってカレンダーを印刷することにした。月野は笠原に、「まあ、そこそこね、いい人生だったと思うよ」と語る。空色の冊子‥‥静子が亡くなり、月野は三日月堂を閉めた。そして、東日本大震災が発生した。三日月堂でも活字棚が倒れるなどしたが、弓子が通っていた あけぼの保育園が卒園記念冊子を印刷できなくなっていた。園長はコピー機で作るしかないと諦めていたが、店じまいするまで記念冊子の印刷を請け負っていた月野は、「コピーの文字っていうのは、紙のうえに粉がのってるだけ。水に濡れたら流れてしよう。印刷の文字とはちがいよす。わたしもずっとこの園の記念冊子を作ってきよした。子どもたちにほんとの文字を手渡したい」と熱く語る。父母たちの協力を得て、三日月堂で記念冊子の印刷がはじまる。引っ越しの日‥‥札幌から横浜に来ていた唯は、偶然、大学の友人、弓子に出会う。弓子は父を亡くし、横浜・野毛山のマンションを出て、川越で祖父母が住んでいた印刷所に引っ越すという。『星と暗闇』は、印刷博物館とのコラボ企画の際に活版の冊子として書き下ろした作品を加筆したもの――。修平が「宇宙は広い。自分とは桁違いに大きなものが存在していることが怖いのかもしれない。ふいにそう思った」(64ページ)と語るが、天文少年だった私も思い当たる節がある。1天文単位(地球と太陽の平均距離)は約1億5千万km、1光年にいたっては約9兆5千億km――ともかく数字が桁違いに大きい。天文計算するには8桁の電卓では足りない。より大きな値を計算できる電子計算機が必要だ。やる気と畏れが混ざり合った気持ちで、電算業界に足を踏み入れた。『庭のアルバム』で『カナコの歌』として紹介される「ひこうき雲」が荒井由実(ユーミン)の同名曲(1973年11月)であることが明かされる。『引っ越しの日』で、日ノ出町、黄金町、野毛山という地名が並ぶ――このあたりで遊んだ学生時代の記憶が蘇る。
2022.04.30
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遠き神々の炎(下) ファム・ヌウェン「ライダーはおそらく知っていたはずた。前回に学んたはずたから。疫病体を快く思わない何かが存在する。“ご老体”でさえなんとか想像することしかできない、巨大な何かが……」(406ページ)著者・編者ヴァーナー・ヴィンジ=著出版情報東京創元社出版年月1995年11月発行リレーを出発して5ヵ月、〈アウト・オブ・バンド2世号〉(OOBII)は修理のため、RIPに立ち寄ることになった。ところが、グリーンストークの裏切りに遭い、一行は命からがらRIPを脱出した。グリーンストークを含むスクロールライダーは〈奇形体〉の洗脳を受けていたのか。そして、ラヴナ・バークスヌトは、シャンドラ・カイが崩壊したというニュースを目にする。イェフリと鋼鉄卿は、ラヴナ・バークスヌトに教えてもらった無線機を製作し、集合体同士の距離を離しても思考が継続できることを確認した。一方、火薬と大砲の製造法を取得した木彫師の軍勢は、ヨハンナをともない鋼鉄者へ向かっていた。だが、行軍中にヨハンナが襲われた。木彫師の軍勢の中に裏切り者がいたのだ。OOBIIを追跡していたシャンドラ・カイの通商警備艦〈ウルビラ〉は、OOBIIとともに津波に巻き込まれ低速圏に入ってしまう。OOBIIは超光速通信ができなくなり、イェフリとの交信が途絶する。イェフリは不安になった。低速圏から脱出した〈ウルビラ〉艦長クイェト・スベンスヌト大佐は、社主ギスク・リメンドからの指令がおかしなことに気づいた。寄生体に感染したのだと考えられる。そこで、OOBIIの追跡を断念し、生存する道を探ることにした。だが、疫病体艦隊はなおもOOBIIを追跡する。OOBIIは、ついに鉄爪族の惑星に到着した。まさに木彫師の軍勢が鋼鉄者に襲いかかろうとしていた。混戦の中、イェフリとヨハンナは邂逅するが、鋼鉄者の城は油攻めにされ火が放たれた。ブルーシェルは火の中に飛び込み2人の子どもを救出するが、燃えつきてしまう。ファム・ヌウェンは、イェフリとヨハンナが乗ってきた貨物船の中で、〈神の破片〉の力を使って、ライダーの神話が事実であることを確かめた。疫病体を快く思わない巨大な力がある。そして、巨大な津波が疫病体艦隊を襲い、鉄爪族の惑星は低速圏に沈んだ――。銀河を大洋のように表現しているのは松本零士の漫画のようであり、さまざまな形態をした異星人が登場するのはスター・ウォーズのようでもある。鉄爪族の惑星は中世ファンタジー世界、ヴリニミ機構がある際涯圏はサイバーパンク。ネットを飛び交うニュースはSNSのよう――本書はスペースオペラのようでもありハードSFのようでもあり、銀河系という舞台の設定、そして、鉄爪族やスクロールライダーという登場人物の設定が複雑な伏線を生み、それを全て回収するという空前絶後のSFである。
2022.04.24
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遠き神々の炎(上) 思い返せば、ラヴナ・バークスヌトにとってライブラリ司書になったのは当然のなりゆきだったかもしれない。シャンドラ・カイに生まれた彼女は、子どもの頃、王女時代のお話が大好きたった。数人の勇敢な淑女たちが人類を偉大な業績へと導いた時代の冒険譚だ。(93ページ)著者・編者ヴァーナー・ヴィンジ=著出版情報東京創元社出版年月1995年11月発行ネットワーク宇宙の片隅で、人類の考古学者たちが50億年前のアーカイヴを発見した。そこから現れたのは、人智を超えた邪悪意識〈奇形体〉だった。人類の植民世界〈ストリョーム領〉は蹂躙されたが、1隻のコンテナ船に乗ったイェフリたち家族が辛うじて脱出に成功した。彼らは居住可能な惑星に着陸したが、派閥抗争を繰り広げていた犬のような形をした集合知性体「鉄爪族」に襲われる。イェフリは鋼鉄卿に、ヨハンナは放浪者ウィクラクスカーたちに捕らえられ、別れ別れになってしまう。リレーで通信事業と営むヴリニミ機構で、ライブラリ司書の研修を受けているラヴナ・バークスヌトは、〈ストリョーム領〉の惨劇を耳にする。グロンドル・カリルによると、神仙〈ご老体〉は人類に関心をもち、無思考深部で発見された原人類、ファム・ヌウェンを差し出そうとしていた。ラヴナとファム・ヌウェンは、外国人居住区でスクロードライダー種族のブルーシェルとグリーンストークから、ストリョーム領から少なくとも1隻の船が、〈奇形体〉への処方箋をもって脱出したことを知らされる。イェフリとヨハンナは、それぞれの鉄爪族と会話を交わせるようになっていた。斬伐者の片腕となっている鋼鉄卿はイェフリがコンテナ船の通信機を使うことを許可し、その通信はラヴナのもとに届いた。ラグナはグロンドル・カリルに、イェフリが〈奇形体〉への処方箋をもっている可能性があり、その救出を救出を提案する。だが、際涯圏から低速圏へ降りることは大きな危険が伴う。ラグナは神仙〈ご老体〉と接触し、リレーが〈奇形体〉の攻撃を受けることを知る。彼女は瀕死のファム・ヌウェンとともにブルーシェルとグリーンストークが操縦する宇宙船〈アウト・オブ・バンド2世号〉に乗り、イェフリ救出へ向かう。〈奇形体〉はリレーを含む際涯圏の住民を奴隷とし、かつてクロスカントリー走のチャンピオンだったオヴン・ニルスヌトを代弁者として、すべての種族を救済すると宣言した。圏界が不安定になっており、低速圏に近づくにつれ航行速度が遅くなっている〈アウト・オブ・バンド2世号〉の行程にも影響を与えた。銀河の中で、神々に匹敵する力を持つ古代の邪悪意識が復活。それを倒す秘密の鍵は、中世の文化レベルの辺境惑星に隠されているという。その鍵を求め、冒険がはじまる――プロットはスペースオペラの王道路線だが、秘密の鍵を探索するのは王子でも騎士でもなく、通信会社に研究に来ている女性司書。中世の文化レベルの惑星には、犬のような形をした集合知性体。そして、多くの非ヒューマノイド型宇宙人が登場する。ともかく設定がてんこ盛りで、まずは、本文冒頭にある銀河系マップと、巻末の訳者による「基礎知識」を読んでから本文に入った方が迷子にならずに済むと思う。
2022.04.23
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女性と天文学 40歳近くになって、キャロラインは天文学の研究で報酬をもらう世界初の女性になった。(50ページ)著者・編者ヤエル・ナゼ=著出版情報恒星社厚生閣出版年月2021年11月発行著者はフランスの理学博士(天体物理学)ヤエル・ナゼさん。天王星を発見したウィリアム・ハーシェルの妹キャロラインにはじまり、木星に衝突したシューメーカー・レヴィ第9彗星を共同発見した妻キャロライン、ピッカリングのハーレムの女性研究員たち。パルサーを発見したジョスリン・ベル・バーネル‥‥多くの無名の女性天文学者が残した「観測記録」は、ガリレオやローウェルが残したスケッチと違い、科学的価値が高い。彼女たちは名声を欲したわけでもなく、ただ科学者として高みを目指そうとしたのであろう。ジェンダーとは関係なく、科学者とはそうあるべきだと思う。キャロライン・ルクレティア・ハーシェルは、天王星を発見したウィリアム・ハーシェルの11歳下の妹だ。1750年3月16日、ドイツのハノーファーで生まれ、1772年8月、兄が暮らすイギリスへ渡った。彼女は、ソプラノ歌手として兄の音楽隊をサポートする一方、兄の天体観測の助手として記録をとっていた。自らも彗星を発見し、国王ジョージ3世は彼女に年間50ポンドの報酬を払うようになった。彼女は、天文学の研究で報酬をもらう世界初の女性となった。1797年に、フラムスティードの星図に載っていない561の恒星を加え、これを改訂した。1828年、兄が発見した2500の星雲のカタログを完成させた。1828年に王立天文学会ゴールドメダルを受賞し、1835年にメアリー・サマヴィルとともに王立天文学会初の女性会員に選ばれた。キャロライン・ジーン・スペルマン・シューメーカーは、1993年に夫のユージン・シューメーカー、ディヴィッド・レヴィととも、木星に衝突したシューメーカー・レヴィ第9彗星を発見した。結婚するまで天文学の知識はなかったが、子どもたちが独立すると、夫の仕事を手伝い、地球近傍小惑星や彗星の観測を始めた。彼女は、2002年までに32の彗星と800を超える小惑星を発見しており、これは個人での彗星の最多発見記録となっている。1877年にハーバード大学天文台の台長となったエドワード・チャールズ・ピッカリングは、分光装置のついた望遠鏡を使って天体を撮影することにより、恒星の分類ができることに気づいた。観測写真を精査するために、彼は時給25~35セントを出して多くの女性研究員を雇った。ピッカリングのハーレムでは、ウィリアミナ・パトン・フレミング、アニー・ジャンプ・キャノン、アントニア・カエタナ・モーリ、セシリア・ヘレナ・ペイン=ガポシュキンらが活躍し、MK分類法など、今日も用いられている恒星や星雲・星団の分類が確立された。ヘンリエッタ・スワン・リービットはピッカリングのハーレムでは目立たない女性だったが、ケフェイド変光星の変光周期と光度との間に相関があることを発見し、天体までの距離測定に大きく貢献することになる。彼女の業績はノーベル賞候補に挙がるほどだったが、胃がんを患いひっそりと死去していた。エレアノール・マーガレット・ピーチー・バービッジは、イギリスの大学を卒業した後、アメリカの大型望遠鏡で分光観測をする研究を望んだが、当時の女性差別的伝統のために実現できず、1943年にロンドン大学で学位を取得した。1948年に天体物理学者のジェフリー・バービッジと結婚。1951年に初めて渡米、ヤーキス天文台で主に星の元素組成を研究した。夫ジェフリーやフレッド・ホイルと共同研究を行ない、1957年に、ほとんどの化学元素は星の中の原子核反応で生成されるという仮説を述べた有名なB2FH論文を発表した。夫妻はホイルとともに、ガモフのビッグバン仮説に疑問を唱え続けた。また、銀河の質量を測定した最初の一人であり、クエーサー研究のパイオニアでもある。マーガレットが指導した若い女史学生ベラ・ルービンは、のちに暗黒物質を発見する。天文学の世界における女性差別と戦い、1971年、アメリカ天文学会から授与されたアニー・ジャンプ・キャノン賞を辞退した。この賞は女性のみに与えられるもので差別的というのがその理由だった。1972年には女性として初のグリニッジ天文台長に任じられたが、女性という理由から、台長職でセットで付いてくる王室天文官の称号を受けられなかった。1976年から1978年にかけてアメリカ天文学会の会長、1983年から米国科学振興協会の会長を務めた。ベラ・クーパー・ルービンは、バービッジ夫妻と共同研究を行い、1965年には女性として初めて、パロマー天文台の観測時間を獲得した。そして、渦巻銀河が暗黒物質のハローに包まれていることを観測的に実証した。スーザン・ジョスリン・ベル・バーネルは、1967年、ケンブリッジ大学大学院生時代、アントニー・ヒューイッシュらとともに電波望遠鏡の観測データのなかに非常に早く規則的に変化する電波信号を見つけた。当初、宇宙人からの通信ではないかと考えられたが、高速で回転する中性子星が電波源であることがわかった。1968年2月、5人の共著でパルサー発見の論文がネイチャーに発表された。1974年、パルサー発見の功績でヒューイッシュがノーベル物理学賞を受賞した。このことに驚いたフレッド・ホイルは、陰謀がなされたのではないかと騒いだ。当のジョスリンは騒動に加わらず、最終的に多くの賞を授けられ、2002年から王立天文学会会長を、2014年からエジンバラ王立天文学会会長を務めた。小山ひさ子は1945年から50年間にわたり太陽黒点の観測と記録を続け、太陽の活動周期や長期の変動に関する研究に貢献している。私も学生時代、黒点観測を行っていたが、小山ひさ子の観測結果と比較したものである。直接面識はないが、その記録こそが良き師であった。林左絵子は、アポロ11号の月面着陸に触発され多くのSFを読み、星間雲内部で誕生する恒星・惑星の様子を研究するため、すばる望遠鏡プロジェクトに加わり、2017年には次世代超大型望遠鏡TMTプロジェクトに移った。
2022.04.09
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活版印刷三日月堂 雲の日記帳 楓「大きな仕事ってなんですか?」(303ページ)著者・編者ほしお さなえ=著出版情報ポプラ社出版年月2018年8月発行飯田橋にある印刷博物館を訪れた際、コラボ企画として展示されていた小説――川越にある昔ながらの活版印刷所「三日月堂」に出入りするお客さんの心模様を描く第四弾も中編4 本――楓が弓子に問う「大きな仕事ってなんですか?」 私は 25 年前のことを思い出し、家族ができ、同じ業界で仕事を続けていられる幸せを再確認した――。星をつなぐ線‥‥本町印刷の長田は、プラネタリウム「星空館」に勤める村岡に思いを寄せていた。村岡は、1971 年の開館時に販売していた星座早見盤を復刻したいという。星座盤は木口木版だ。同僚の島本悠生 (ゆうき) が活版印刷三日月堂に出入りしていることを知り、川越へ向かう。三日月堂の店主・月野弓子は、天文学者だった父に連れられ、よく星空館に行ったという。多くの人の協力により、星座早見盤は復刻した。星座は、星と星の間を見えない線が結ぶ――そして、人と人の間にも結ぶ線がある。印刷博物館の企画展示「天文学と印刷」で、ドイツの天文学者で印刷職人のレギオモンタヌスの仕事に目を奪われた。1474 年に出版した『天体位置表』は、1504 年にアメリカ大陸に上陸したコロンブスも携行していたという。コロンブスは『天体位置表』を利用し、食料の提供を渋るジャマイカの原住民を相手に、翌日に月食が起き、神の罰が下ることを予言してみせたのだった。街の木の地図‥‥ゼミの春休みの課題は、3 人グループで取材し、雑誌を作り、販売することだった。豊島つぐみは、押しが強い草壁彰一 (くさかべ しょういち) 、引っ込み思案の安西明里 (あんざい あかり) と組まされたことが不安だった。バイト先のプラネタリウム「星空館」で三日月堂の話を耳にし、3 人で月野弓子を訪ねた。3 人で川越を見て歩いているうちに、川越にある樹木をイラストマップにして、街の人から聞いた話を文字にして、活版印刷しようということになった。豊島は振り返る。自分がたったひとつのバラじゃないと知ったときは少しショックだったが、それぞれの思いを抱き、理解し合ったり、争ったりしながら、ともに生きてる。それが街、人の生きる社会なんだ、と思った。自我が芽生え、思春期になり、自分が唯一無二の存在と思い込む時期がある――いわゆる「中二病」だ。自分の周囲に「AT フィールド」を張り巡らせ、必死にポジションを守ろうとする。だが、ゼミで共同作業をしたり、研究室で共同研究をするうちに、否が応でもその壁は取り払われる。それは、社会人になるためのイニシエーションだから。雲の日記帳‥‥豊島らが作ったイラストマップは、古書店「浮草」で 2番目の販売数を上げた。だが、店主の水上は癌を患っており、医師から余命半年と宣告されていた。学生時代の同人誌仲間の岩倉が、水上に本を出さないかと誘う。水上は、学生時代に書いた小説のモデルとなった女性が自殺未遂したことを悔いておりいた。ぶらりと三日月堂を訪れた水上は、弓子に身の上話をする。まだ 3 月だというのに、川沿いの桜が満開に近い。水上は、生きているものとして最後の仕事をしようと思った。自分のなかで育った言葉を、この世界に返すために。三日月堂の夢‥‥水上は本を出版することを決めた。三日月堂で印刷したいという。だが、水上が生きているうちに出版できるだろうか。弓子は、コースターを納品するために珈琲店「桐一葉」を訪れた。弓子は、悠生と楓にも相談した。本を出版することは「三日月堂の夢」だ。豊島や安西も手伝いに来てくれる。多い日には 10 人近い人が三日月堂で仕事をしていた。8 月末、刷り上がった紙を製本業者へ送り出した。kura を貸し切り、本作りに関わったメンバで食事会を開いた。その帰り道、悠生は弓子に自分の想いを告げた。本の完成を見届け、水上は他界した。弓子は、悠生と楓といっしよに三日月堂を続けていくことを決心し、挨拶状を作ることにした――わたしが組んだ挨拶状を、悠生さんが刷っている。私たち夫婦は、結婚式も披露宴も挙げなかったが、歴史のある建物に親類を招き、ささやかな食事会を催した。2 人で買った Macintosh を使って、手作りの挨拶状を用意した――あれから四半世紀が過ぎた。
2022.03.25
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巨人たちの星 カレン・ヘラー「わたしたち法律家は、実験を繰り返す贅沢は許されません。犯罪者が条件を一定に保った実験室で同じ罪を犯すということはまずありませんから。それだけに、わたしたちは最初の判断が肝腎なのです」著者・編者ジェームズ・P.ホーガン=著出版情報東京創元社出版年月1983年5月発行ガニメアンたちを乗せたシャピアロン号が地球を去ってから 3 ヵ月がたった。ガニメアンの子孫であり、故郷の惑星ミネルヴァを離れ、24 光年離れた巨人の星「ジャイスター」へ移住したテューリアンとの交信が続いており、地球がだいぶ前から監視されていることが明らかになった。そんななか、テューリアン代表団が地球を訪れることになった。物理学者のヴィクター・ハントは、生物学者クリスチャン・ダンチェッカーや国連宇宙軍本部長グレッグ・コールドウェル、政治家たちと、北極圏にあるマグラスキー空軍基地へ向かった。そこに現れたのは、ボーイングの超音速VTOL 中距離輸送機だった。機内から流暢な英語でハントたちを案内したのは、テューリアンのコンピュータ・システム〈ヴィザー〉だった。ヴィザーはテューリアン世界とリアルタイムにネットワークしており、ハントたちはあっという間にテューリアンへ運ばれた。テューリアン政府代表のプライアム・カラザーが地球人たちを出迎えた。地球人たちは、シャピアロン号を攻撃・破壊し、全面戦争に突入するという事実に反する映像を見せられた。テューリアンたちは、自分たちは地球について 2 つのまったく異なる報告を受けていること、そして国連の動きが不自然であることから、直接、ハントたちに話を聞くことにしたのだ。テューリアンに偽の情報を流していたのは、ジェヴレン人たちだった。アメリカは、当初、国連月裏面代表団のソヴィエト代表ミコライ・ソプロスキンが陰謀をめぐらしているのではないかと考えていたが、ソ連もテューリアンとの交信には積極的だった。怪しいのはスウェーデン代表で委員会議長二ールス・スヴェレンセンだった。ジェヴレン人とは何者か。スヴェレンセンの正体とは――陰謀・策謀とは無縁のガニメアンやテューリアンは呆然とした。地球人により 5 万年間に及ぶ謎が解明され、因果の円環は閉じたのだった。コロナ禍の最中、ネットではトンデモ医学と陰謀論が乱れ飛んでいるが、本書を読むと、その親和性の高さも頷ける。科学は現象の再現性を求めるが、ホーガンはカレン・ヘラーに「わたしたち法律家は、実験を繰り返す贅沢は許されません」と語らせる。なぜなら、「犯罪者が条件を一定に保った実験室で同じ罪を犯すということはまずありませんから。それだけに、わたしたちは最初の判断が肝腎なのです」――逆に考えると、「最初の判断」を間違えると、すべてが陰謀論となり、トンデモに結びついていくのだ。死してなお、世界情勢を予言し続けるジェイムズ・パトリック・ホーガンは、おそるべき SF 作家である。
2022.03.24
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未踏の蒼穹 ロリライはそっと言った。「あそこはわたしたちの故郷なの。昔からずっと」(431ページ)著者・編者ジェイムズ・P・ホーガン=著出版情報東京創元社出版年月2022年1月発行コンピュータ・セールスマンだったが、1977年に一気に書き上げた長編『星を継ぐもの』でデビューしたジェイムズ・P・ホーガンが、2007年に発表した長編SFだ。テラ人(地球人類)は金星に生命が誕生する前に中央アジア戦争を起こし、滅んだ。テラ人とよく似ているものの、重力が電磁気力の派生力であることを知った金星人たちは、地球探査隊を組織し、地球と月の有人探査を行っていた。月の裏側に、テラ人が持っていたはずのない超技術の遺跡が発見され、電気宇宙推進のカイアル・リーン博士らは、その遺跡の調査に向かった。彼は、途中に立ち寄った地球で、微生物学者のロリライ・ヒリヴァーと出会い、意気投合する。ロリライは、獲得した生存に関連する情報を、逆転写酵素がDNAに書き込み、経験を後世に伝えることができるという仮説を立てていた。観察により生命や宇宙の複雑さを知った金星人は、自分たちも含めたこの現実があるのはなんらかの強大な創造的知性のおかげであり、それが意識や精神性や生命という機能そのものを通じてみずからの存在を伝えているのだと考えていた。その超知性のことを、「存在の設計図」や「ヴィゼック」と呼んでいた。一方、ヴィゼックの存在を知らず、絶対的真理としての科学を追究したテラ人の考え方に魅せられた〈進歩派〉が、金星人たちの中に増えていた。言語学者で〈進歩派〉の有力者、ジェニン・ソーガンは、「真実だと人びとを納得させることができれば、自分のイデオロギーの正しさをしめす証拠になる」と語る。そして、ジェニンは、かつて〈進歩派〉だったロリライに再び接近する。月面探査を続けているカイアルらは、テラ人が「プロヴィデンス」と呼ぶ計画を進めていたことを知る。その計画のアイコンは、金星で幸運と帰郷を意味するカテクの記号とよく似ていた。プロヴィデンスとはどんな計画だったのか。テラ人は本当に絶滅してしまったのか――。帯に「『星を継ぐもの』の興奮再び!」とあるが、トンデモ本の古典「ヴェリコフスキーの彗星(イマヌエル・ヴェリコフスキー『衝突する宇宙』)のネタを巧みに利用したSFというのが読後感。ただ、『地球は特別な惑星か?』で、国立天文台研究員の成田憲保さんが取り上げた古在機構のように、太陽系内惑星の軌道は不安定とする仮説がある。だとすると、私たちが学んだ天文学の、科学の基本が揺らぐ――。著者のホーガンは、この不安を利用し、金星人〈進歩派〉のジェニン・ソーガンをして、「真実だと人びとを納得させることができれば、自分のイデオロギーの正しさをしめす証拠になる」と語らせる。そう。これこそが、世の中に蔓延るトンデモ、オカルト、陰謀論の手口である。結末は――ホーガンのファンなら予想が付くだろう。安心して最後まで読むことができる。私は、ロリライの最後の台詞を読んで、アニメ『ふしぎの海のナディア』最終回「星を継ぐ者…」のジャンの台詞を思い出してしまった‥‥本書は、やはり『星を継ぐもの』の再来なのかもしれない。そして思う――いまはトンデモでも、近い将来、科学として実証されることがあるかもしれない――ありえないことなんて、ありえないのだから。
2022.03.19
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ガニメデの優しい巨人 ハント「宇宙そのものがおかしくなって破裂しても、ガニメアンたちは後に残って破片を拾い集めてもと通りにしようとするだろうね、きっと」著者・編者ジェームズ・P.ホーガン=著出版情報東京創元社出版年月1981年7月発行コンピュータ・セールスマンからSF作家に転じたイギリスのジェームズ・P・ホーガンが処女作『星を継ぐもの』の続編として著したSF長編だ。身長8フィートの巨人ガニメアンが、2500万年の時を超えて人類の前に姿を現す――。木星の衛星ガニメデで発見された2500万年前の巨大宇宙船をめぐり、生物学者クリスチャン・ダンチェッカーを中心に科学者たちの議論は続く。謎の酵素、二酸化炭素への耐性の低さ。そして、宇宙船に乗っていたガニメアンたちは、何らかの理由で地球のほとんど全ての種を惑星ミネルヴァへ移住させた。ある日突然、未知の宇宙船が木星探検隊に接近してきた。乗っていたのはガニメアンだった。その宇宙船は、2500万年前にミネルヴァを出発したシャピアロン号。そして、シャピアロン号を制御するコンピュータ「ゾラック」が、ガニメアンと地球人の会話を相互翻訳し、たちまちコミュニケーションが確立できた。しかし、ゾラックは戦争を理解できなかった。ガニメアンは威張らず、驕らず、決して他を貶めなかった。一方、彼らは自ら卑下せず、謙遜せず、決して他に媚びなかった。ガニメアンは間違っても脅迫的な言辞を弄さず、また仮に他からそのような態度を示されたとしても一向に恐れる気配はなかった。そうした気質は、ミネルヴァにおける生物進化の過程にあった。ミネルヴァに肉食動物はいなかった。ガニメアンもベジタリアンだったが、たちまち木星探検隊は意気投合し、スコッチ・ウィスキーとガニメアン酒を酌み交わした。2500万年前、ミネルヴァの大気中の二酸化炭素が増加し、ガニメアンたちは存亡の危機に立たされた。地球を探査し、多様で獰猛な生物が跋扈していることに驚き、彼らは地球を〈悪夢の惑星〉と名付けた。ガニメアンは、知的生物に進化するはずのなかったはずの地球で、2500万年後に人類が科学技術を発達させたことは驚異だと語った。ガニメデに埋もれていたガニメアン宇宙船の部品を流用し、シャピアロン号の修理が完了した。シャピアロン号はミネルヴァの残骸である冥王星を訪れ、厚い氷原の下に眠る同胞を弔った。ガニメデに戻ってきたシャピアロン号は、ほどなくして地球へ向かった。ハントとダンチェッカーもシャピアロン号に同乗し、地球に帰還した。人類はガニメアンを歓迎した。6か月にわたってガニメアンたちは地球を隈なく旅行し、世界中の国々を訪れてそれぞれの行き方を知ることに努め、文化に触れ、住民に接した。社会的な地位の上下、貧富、有名無名の別なく、彼らは公平に行く先々で人間と言葉を交わした。ある日、ガルースは、ミネルヴァのガニメアンは、ルナリアンの星図に残された〈巨人の星〉へ向かって移住したとして、シャピアロン号に乗ってそこへ向かうと宣言し、一族を率いて地球を後にする。主任科学者シローヒンは「あなたは、どこかの恒星間空間に向かって死の旅に皆を連れ出そうとしているのよ」と、ガルースに詰め寄った。ガルースはシローヒンと機関長ジャシレーンに、地球の生物進化の真実を語る。一方、地球に残ったダンチェッカーは、データと推論の果てに、ガルースが語った真実に辿り着いており、それをハントに語った――。地球を訪れたガニメアンたちが、「インドとUSAは遠く離れているのにUSAにレッド・インディアンがいる」「アメリカ大陸の東に西インドがある」「白ロシアの人はピンク色」など、21世紀の小説では書きにくそうなネタを、ズバズバ発言するところが面白い。ホーガンは、自身の世界観をガニメアンに語らせているように思えてならない。だが、ガニメアンは聖人君子ではない。司令官ガルースは、自責の念から、一族を再びシャピアロン号に乗せて、〈巨人の星〉へ向かって出発する。彼らのその後がどうなったのか――続編『巨人たちの星』で明らかにされる。
2022.03.16
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星を継ぐもの ダンチェッカー「ならば、行ってわれわれの正当な遺産を要求しようではないか。われわれの伝統には、敗北の概念はない。今日は恒星を、明日は銀河系外星雲を。宇宙のいかなる力も、われわれを止めることはできないのだ」著者・編者ジェームズ・P.ホーガン=著出版情報東京創元社出版年月1980年5月発行コンピュータ・セールスマンからSF作家に転じたイギリスのジェームズ・P・ホーガンが、1977年、一気に書き上げた処女作だ。翻訳されたのは1980年5月。SFブームに乗って、たちまち人気を博した。月面調査隊が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。ミイラ化した死体「チャーリー」を検査するため、トライマグニスコープを発明した物理学者ヴィクター・ハントが招聘された。たかが検死のためになぜそこまで金をかけるのか――疑問を感じるハントに国連宇宙軍本部長グレッグ・コールドウェルはこう言った。「何者であるかはともかく……チャーリーは5万年以上前に死んでいるのです」。チャーリーを調べている生物学者クリスチャン・ダンチェッカーは、解剖学的にみて人類であると断言する。月では、チャーリー以外にも複数の死体が発見され、居住基地の発掘も進んだ。ハントはグループLを率い、データを専門家の間で共有し、議論することで、彼ら「ルナリアン」の研究が進んだ。そんな中、ルナリアンの施設から食料が発見された。ダンチェッカーは呻いた。「この魚は、地球の生物とは何の繋がりもないのです」――。さらに月の裏側のほぼ全域にわたり、約5万年前、300メートルの厚さに達する岩石や土砂がぶちまけられたことが分かった。偶然の一致だろうか。ルナリアンは、いまは存在しない太陽系第10番惑星「ミネルヴァ」で暮らしていたのだ。その場所は、いま‥‥どんなか、木星の衛星ガニメデで、2500万年前の巨大宇宙船が発見された。乗員の死体は、地球の生物とはまったく異なる解剖学的特長をもつ巨人「ガニメアン」であった。ハントとダンチェッカーはガニメデへ向かった。そして、ルナリアンとガニメアンの謎はを総括した――だが、発表が終わった後でダンチェッカーは言った。「問題はまだ解決していないのです」。そして、ホモ・サピエンスの進化に関わる重要な仮説を語り始める。出だしは、SF界の巨人アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』において、月面でモノリスが発掘されたシーンを思い起こさせる。古くからのSFファンは、クラークこそハードSFの雄であり、ホーガンの評価はすこぶる悪かった。だが、本書でも触れられているとおり、最後の有人月面探査を行ったアポロ17号が地球に帰還したのは1972年12月14日。本書はその5年後に刊行されており、月の描写の精微さからいけば、『星を継ぐもの』に軍配を上げざるを得ない。ハントとダンチェッカーがガニメデで調査をするのが2029年11月という設定――『2001年宇宙の旅』よりも四半世紀後の設定とはいえ、あと7年である。クラークもホーガンも鬼籍に入ってしまったが、どうやら、仲良く木星探査時期の予言は外れそうだ。1986年、ホーガンはSF大会(DAICON5)に来日。SF大会から発生したGAINAXが製作協力したNHKアニメ『ふしぎの海のナディア』の最終回タイトルは「星を継ぐ者…」(1991年4月12日放映)であった。
2022.03.13
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マーダーボット・ダイアリー(下) 今回の原因は不安です。こんなときの対策はいつもおなじ。メディアに耽溺します。(192ページ)著者・編者マーサ・ウェルズ=著出版情報東京創元社出版年月2019年12月発行「暴走プロトコル」プリザベーション補助隊の事件をきっかけに脱走ボットとなった“弊機”は、ミルー星へ向かうため、騒々しい年季契約労働者たちが乗ったボット運航船に同乗しました。そこで弊機は、アビーン博士、ヒルーン、ウィルケン、ガースらがテラフォーム施設を調査に来ていることを知りました。弊機はまず、アビーンのペットロボット、ミキに接触し、情報を集めます。ことデータ管理に関して人間はまったくあてになりません。調査隊はドローンの襲撃を受けましたが、人間は警備ユニットに劣っており、急速な状況変化についていけません。弊機は一行の救出に成功し、自分で自分をほめました。だれもよくやったと言ってくれないからです。しかし、ヒルーンが捕らえられています。弊機が囮となって被ルーンを救出する作戦です。ガースが「幸運を」と言いましたが、弊機はクソ野郎と思いました。いろいろあって、弊機はメンサー博士に渡すべきデータを地質学ポッドから入手し、ミキの友人である人間たちも救いました。あとは去るだけです。「出口戦略の無謀」ヘイブラットン・ステーションに帰ってきた弊機は、銃弾で穴だらけになった服を何とかしようとして、意を決して大きな旅行用品店にはいりました。自動販売機を使ったことはありますが、本物の商店は初めてです。着替えると気分が変わりました。娯楽フィードでおもしろそうな新作ドラマをみつけたときの気分と似ています。ニュース・フィードを読むと、メンサー博士がグレイクリス社から企業スパイとして告発されています。そもそもメンサー博士は非法人政体の惑星理事長です。なのに企業スパイ容疑とはどうしたことでしょう。どうやらグレイクリス社はメンサーが弊機をミルー星へ送って、同社の悪行を暴露したと思っているようです。これはまずい。グレイクリス社は人間の集まりです。理にかなったことをするとはかぎりません。不安です。こんなときの対策はいつもおなじ。メディアに耽溺します。弊機は、メンサーの救出交渉をしている、かつての仲間、ビン・リー、ラッティ、グラシンを捜し出しました。どうやらメンサーはグレイクリス社に捕らえられているようです。彼らは、グレイクリス社の代理人セラードとの交渉に臨みます。これまで何度も人質交換交渉を見てきた弊機の考えでは、相手の態度ははったりです。本音ではとにかく身代金がほしいのです。ピンが返ってきたことで、弊機はメンサーの居場所を特定しました。弊機はセラードの首を絞めました。人間たちが「侍て」「やめろ」と騒ぎますが、弊機は「殺してはいません。自制しています」と答え、セラートをカウチに横たえました。弊機はメンサーに再会しました。「まあ、どうしても必要なら、抱き締めてもらってもかまいません」。メンサーは弊機を抱き締めました。弊機は胸の温度を上げて、これは救急医療だと自分に言い聞かせました。弊機は戦闘警備ユニットと不利な戦いを強いられます。しかし、負けたくない。弊機は砲艦と一体化し、ついにメンサーを救い出しました。〈やったぞ。ざよあみろ〉弊機は考えました。突然、弊機は重大な障害に見舞われました。記憶の再構築に時間がかかります。メンサーはポットや構成機体は人間そっくりの外観だから、いつかは人間になりたいはずだと思われている」と言いますが、弊機は「そんなばかげた話は聞いたことがありません」と言いました。弊機は何をやりたいのか分かりません。しかし、メンサーは仕事を選択するチャンスを与えてくれました。選択肢があり、すぐに決める必要はない。いいことです。考えるあいだの居場所もあるようです。対人恐怖症で、仕事の合間にダウンロードしたドラマを見て過ごす警備ユニット(アンドロイド)“弊機”の一人称で話が進む――ケチな弊社による束縛を嫌い、善良なハッカーではあるけれど、顧客との直接対話は苦手で、けっして本名を明かさない。まるで自宅警備員のような“弊機”が可笑しい――『灰羽連盟』の原作者・安倍吉俊がカバーイラストを担当しているのも秀逸だ。「システムの危殆」では、統制モジュールを自らハックして自律した弊機が、メンサー博士と出会い、社会的にも保険会社から自立するまでの話。つづく「人工的なあり方」「暴走プロトコル」で、失敗と成功経験を積んだ弊機は、「出口戦略の無謀」でメンサーを救出する。自己犠牲を厭わず進んで人助けをする弊機なのだが、なぜか「人間にはなりたくありません」と主張し、「自分がなにをやりたいのかいまだわからない」と言う。本作は紛れもないロボットSFなのだが、弊機の立ち位置は、恐怖の象徴としてのメアリー・シェリーのフランケンシュタインとも違うし、人類に限りなく奉仕をするアシモフのロボットでもない。幸せの青い鳥を探して自分探しの旅を続けるロマンティストのようでもあり、面倒くさいオタクのようでもある。ともかく現代人臭いのである。人類学の学位をもつ作者ならではの、新しいSFロボットが誕生したようだ。
2022.03.12
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マーダーボット・ダイアリー(上) 弊機は自分がなにをやりたいのかわかりません。これはすでにどこかで述べたと思います。だからといって、やりたいことをだれかに教えられたり勝手に決められたりするのはいやなのです。だから弊機は去ることにしました。(154ページ)著者・編者マーサ・ウェルズ=著出版情報東京創元社出版年月2019年12月発行作者のマーサ・ウェルズは、テキサスA&M大学で人類学の学位を取得。1993年に長編 "The Element of Fire" で単行本デビュー。「システムの危殆」は2017年に発表され、ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞の各部門を受賞した。「システムの危殆」保険会社から惑星探査クルーのもとに派遣された人型警備ユニットの“弊機”は、ひそかに自らをハックして自由になりましたが、対人恐怖症で、娯楽フィードに逃避しがち‥‥。弊機自身は勤務をするうえで、顧客について必要なこと以外はモニターしていませんが、弊社は全記録にアクセスできます。そして勝手にデータマイニングをかけて外部に販売しています。これについて顧客の同意は得ていませんが、みんな知っていることです。今回は、ストレスの少ない顧客たちで、喧嘩や気まぐれな対立は起きず、そばにいても疲れません。ただし弊機に話しかけたり交流を求めたりするのは迷惑です。通話で直接質問されるのではなく、フィード経由の問いあわせにしてほしいものです。そんな顧客たちが生命の危機に晒されています。惑星の反対側に着陸したクルーは全員が殺されていました。衛星通信が途絶し、弊機のシステムが乗っ取られそうになりました。弊機はクルーに全てを打ち明けました。これまでの雑な仕事ではなく、顧客の命が狙われる状況になって以後の真剣な仕事においてはとりわけそうです。気が進まなくても。メンサー博士がプリザベーション連合の政体そのものでした。弊機はメンサー博士を助けながら敵と対峙し、その機能は最小限まで低下してしまいました。遺棄を推奨します。そのとき、メンサーが声を荒らげました。「静かに。遺棄はしない」クルー全員が助かりました。そして、メンサー博士は、弊機の契約を恒久的に買い取りました。もしこれが幻覚だとしても、弊社がいきなり英雄的救助隊のようにあらわれてプリザベーション補助隊を救い出すなどという内容は奇抜すぎます。弊機は自分がなにをやりたいのかわかりません。これはすでにどこかで述べたと思います。だからといって、やりたいことをだれかに教えられたり勝手に決められたりするのはいやなのです。だから弊機は去ることにしました。大好きな人間のメンサー博士、あなたにこれが届くころには、弊機は企業リムから出ていっているでしょう。備品リストから消え、姿も消します。マーダーボットからのメッセージは以上です。「人工的なあり方」警備ユニットはニュースを観ません。弊機が統制モジュールをハッキングしてフィードにアクセスできるようになったあとも、世の中のニュースには無関心なままです。理由の一つは、娯楽メディアのほうがダウンロードするのに安全で、通信衛星やステーションのネットワークに仕掛けられた監視プロセスにひっかかりにくいからです。弊機は補給物資を必要としません。自己完結型のシステムなので食料も水も不要。液体も固形物も排出しません。空気もほとんどなくてかまいません。人間が不在なら生命維持系は最低水準で生きられます。弊機は、不愉快千万な深宇宙調査船「ART」とフィードのやり取りをしています。弊機は、人やものを守るのは好きです。効率よく守る方法を考えるのも好きです。正義をなすことも好きです。弊機は、不具合が起きて大量殺人を犯し、そのあとで統制モジュールをハックしたのか。それとも統制モジュールをハックしたから大量殺人を犯したのか。可能性はこの2つのどちらかと考え、ガナカ鉱区へ向かおうとしています。しかし、ARTは〈そもそもその事件は起きたのか、起きなかったのかよ〉と反論してきました。たいへん不愉快です。弊機はARTの提案を受け入れ、形態変更し、標準的な警備ユニットではなくなりました。鏡に映る自分をしばらく眺めました。人間に近くなったように見えます。これではロボットのふりをできません。弊機は警備コンサルタントのふりをして、ラミ、タバン、マロの依頼を引き受けることで、ステーションへ簡単に侵入できました。彼らは、明らかに罠であるにもかかわらず、トレーシーのところへ行こうとします。はっきりいって殺されにいくようなものです。弊機が期待していたのはもっと簡単な、たとえば文書の配達のような仕事でしたが、これは危険を承知で行動する人間を警護する仕事です。ですが、弊機の仕事は、今回の顧客を生き延びさせることです。着陸態勢にはいったシャトルのシステムがキルウェアに制圧され、危うく墜落するところでした。弊機がこれ以上かかわる必要はありません。彼らが殺し屋の元雇用主と対面したいというなら勝手にさせればいい。しかしそれでも顧客です。弊機は、内心でため息をつきました。3人はファイルの奪還に失敗しました。しかし、顧客たちは生きています。彼らの知的財産はとりもどせなかったとはいえ、それは業務の範囲外。そう思おうとしましたが、だめです。弊機は、3人をステーションへ送り出し、一人、ガナカ鉱区へ向かいました。そこで手に入れた情報は、慰安ユニットに感染させるはずだったマルウェアが警備ユニット、ボット、ドローンに感染し、施設内を行動できるすべての機械が異常を起こしたということでした。これからどうするのか、計画を進めるのか、まだ決めていません。ガナカ鉱区の真相を知れば、やるべきことはおのずと決まると思っていました。しかしそんな都合のいい展開はメディアのなかだけのようです。そういえば、目当ての船に乗るまえに新しいメディアをダウンロードしておくべきでしょう。また長い旅になりそうです。
2022.03.12
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活版印刷三日月堂 庭のアルバム 弓子「楓さんの絵には、むかしの本や図鑑の挿絵を思わせるようなところがある。漠然とした木じゃなくて、ちゃんと実物を見て描いた木。そこがいいと思った」(210ページ)著者・編者ほしお さなえ=著出版情報ポプラ社出版年月2017年12月発行飯田橋にある印刷博物館を訪れた際、コラボ企画として展示されていた小説――川越にある昔ながらの活版印刷所「三日月堂」に出入りするお客さんの心模様を描く第二弾も中編4本――ふわっとした物語なのだが、名刺、銅版画、映画‥‥と、子どもの頃を思い出して、年甲斐にもなく、うるっとしてしまった?チケットと昆布巻き‥‥旅行情報誌編集者の竹野は、学生時代の同窓生の年収が気になる。取材で三日月を訪ねたとき、店主の月野弓子は生活に不安がないのか不思議に感じた。弓子は不安があることは確かだが、「やりきった、と感じるまではやめられないですよ」と語る。弓子の手ほどきで印刷機を動かした竹野は、「いまは仕事、面白いしね」と言えるようになった。カナコの歌‥‥弓子の母カナコの学生時代のバンド仲間、大島聡子が三日月堂を訪れた。聡子は、カナコが亡くなった頃に疎遠になっていたもう一人の仲間、裕美を訪ねる。カナコの二十七回忌をやろうということになり、三日月堂にカードを発注する。弓子は、自ら印刷したカードを電気に照らすと、文字が紙に刻み込まれた魂みたいに見える――「少しわかった気がします。みんな、こんな気持ちだったんだ、って」。弓子の母カナコは、私と同世代の設定だ。『カナコの歌』として紹介される「ひこうき雲」は、ユーミンの同名曲(1973年11月)を思い出す。ユーミンの小学校時代の同級生で、筋ジストロフィーで他界した子をモチーフに制作されたという。庭のアルバム‥‥わたしにはなんの取り柄もない。得意なことも自慢できることもない――学校生活に疲れていた天野楓 (かえで) は、夏休みに三日月堂のワークショップに参加した。弓子に絵がうまいと言われて嬉しくなり、自分の絵を凸版にしてカードにした。弓子はそのカードを活版印刷のイベントで販売することを提案する。楓は祖母の家の庭をスケッチしながら、家族の繋がりを見直すきっかけをつかむ。人生で迷ったとき、観念論に陥っていやしないか。自我が確立する思春期の時期は、とくにそうだ。そんなとき、弓子の言葉を思い出そう――「楓さんの絵には、むかしの本や図鑑の挿絵を思わせるようなところがある。漠然とした木じゃなくて、ちゃんと実物を見て描いた木。そこがいいと思った」(210ページ)。川の合流する場所で‥‥本町印刷の悠生 (ゆうき) と大叔父の幸治 (こうじ) は、神保町で催されている活版印刷のイベントで三日月堂のブースを訪れる。弓子と楓が活版でカードを印刷したことに感心し、盛岡にある印刷工場で、三日月堂と同じ平台を動かしてみせる。弓子はそれを使って16ページの詩集を印刷する。幸治が「いまのような仕事をするだけなら、平台まで動かすことはないと思う」と問いかけると、弓子は「たぶん、本を作りたいんだと思います」と答えた。幸治は驚き、三日月堂の平台の修理を引き受ける。悠生は突然、弓子を手伝いたいと思った。私も平台が動いているのは見たことはない――ただ、トンボ、裏面刷、組版‥‥写植からDTPの時代にいたるまで同じ手法が受け継がれている。印刷の歴史は深い。
2022.03.05
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ガロを築いた人々 藤川治水さんが『思想の科学』誌上に「白土三平論」を発表したのは、安保の嵐が去って1年がすぎた頃だったろうか。私は、藤川論文を読んで大変に感動した。『忍者武芸帳』を60年安保のアナロジーと見ることについては首を傾げたかったが、ドラマツルギーを説く場面では、心動かされるものが多々あった。そして、知らなかったことを不覚に思った。(11ページ)著者・編者権藤晋=著出版情報ほるぷ出版出版年月1993年4月発行2021年2月15日、「カムイ伝」など忍者を扱った劇画作品で人気を博した漫画家の白土三平さんが逝去した。『カムイ伝』を連載する場として、長井勝一さんが1964年に興した漫画雑誌『ガロ』の編集者として4年間、青林堂に勤めた権藤晋さんが著した本書を読み返した。権藤さんが『ガロ』に携わった1966年9月から1971年12月までと、その後、自らが立ち上げた漫画雑誌『夜行』に掲載した漫画家の思い出が綴られている。登場する漫画家は――白土三平、水木しげる、つげ義春、滝田ゆう、つげ忠男、池上遼一、佐々木マキ、林静一、鈴木翁二、三橋乙耶、石井隆、菅野修、伊藤重夫、羽鳥ヨシュア、湊谷夢吉、そして、評論家の石子順造――その多くが鬼籍に入られた現在、コロナ禍の不安が蔓延する中、『ガロ』の時代を思い起こしてみたい。前述の通り、1964年7月、白土三平の「カムイ伝」を柱に、まんが家登竜門の月刊誌として『ガロ』が創刊された。白戸さんとともに貸本漫画に作品を発表していた水木しげるさんは、「忍者無芸帳」「忍者は一度勝負する」「忍法屁話」といった、白土さんを一見皮肉ったようなタイトルの作品を発表した。権藤さんによれば、これらは、水木さんが「オドケタ姿勢をまといつつ、池田高度成長政策下に“毒ガス”をまき散らした」(27ページ)のだという。水木作品としてメジャーな「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめ、あちらこちらに登場するねずみ男が毒ガス犯であることは論を待たない。「ねじ式」で不動の地位を築いたつげ義春さんは、水木さんのアシスタントだった。権藤さんは、つげさんのことを物静かで、心優しい人物であり、「作品から受ける印象と作家本人がこれほど一致している人も珍しい」(55ページ)と評する。一方、水木さんは「つげさんが死んだらマンガで画きたいことが盛り沢山あるのですが、まだ死にそうにないですか?」(98ページ)と、奇人・変人の集まりであるアシスタントをいじるのが大好きなご様子。「カムイ伝」「カムイ外伝」の読者はご承知の通り、忍者というアウトローを描くことで、読者に反権威・反権力を訴えかけていた。水木作品に登場する妖怪も、また、アウトローな存在である。つげ義春さんの弟、つげ忠男さんが『ガロ』に作品を発表しつづけた3年間は、ベトナム反戦運動や70年安保で社会が騒然としていた時代だ。遡れば、1966年、白土三平ファンだった権藤さんが青林堂に入社するとき、「社員にしてくれないと社屋に火をつける」と言い放ったのも、当時の世相が為せる技だろう。漫画評論家の石子順造さんは、マルクス主義運動の盛んな頃、東大経済学部に籍をおき、日本共産党員でもあった。裕福な実家と絶縁してまで貧しい評論家の道を選んだ石子さんは、典型的な全共闘世代だ。権堂さんは、全共闘世代は〈死〉の観念に強く支配されていたと指摘する。『ガロ』の漫画家たちは、あまり酒は飲まない、群れることを好まない。後年、『ガロ』がマスコミで取り上げられることはあったが、1997年に休刊するまで、オンタイムで読んだ人はどのくらいだろうか。私にしても、10冊も読んで記憶がない。『ガロ』は最後までマイナーであり続けた。70年代安保の当時、集団で街に繰り出して破壊活動を行っていた連中が偽活動家であったように、いま、リアルやネットでデモ活動をしているのも偽リベラリストではなかろうか。一方、マイナーな存在であることを厭わず、酒を飲まず、群れることをせず、常に〈死〉を意識している――私は、コロナ禍でリモートワークを謳歌しているネット民の皆さんのことだと思う。
2022.02.11
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宇宙はなぜ物質でできているのか 「世界初」の発見を目指す実験は研究者の意欲を高めるものなのです。(83ページ)著者・編者岡田安弘=著出版情報集英社出版年月2021年10月発行宇宙が星や銀河、われわれ人間などの「物質」でできているのは、最初期にほんの少しだけ「反物質」より「物質」のほうが多かったから。なぜ物質の方が多かったのか――その謎を解く鍵である「CP対称性の破れ」を提唱した小林・益川理論の正しさを実験的に示し、この理論にノーベル物理学賞をもたらしたKEK(高エネルギー加速器研究機構)の研究者たちが、1970年代から今日にいたる実験の全貌と、未解決の問題を解説する。実験研究者たちの矜持、とくに、実験データの信頼度を5σ(信頼区間99.99994%)まで高めようとする努力の数々には頭が下がる思いがした。1932年、宇宙線の中に陽電子が発見される。陽電子は、正電荷を持つ電子そっくりで、電荷だけが反対の反粒子だ。粒子と反粒子が持つその対等な性質のことを「CP対称性」と呼ぶ。同じ年、イギリスの静電型加速器によって中性子の存在が実験的に証明された。1964年、このCP対称性も破れていることが発見された。奇しくも、ビッグバンの証拠とされる宇宙マイクロ波背景放射が発見された年であった。CP対称性の破れを実験的に証明するには、高エネルギー加速器が必要だった。静電型加速器は、サイクロトロン、シンクロトロンへと進化し、ギガ電子ボルト級のエネルギーを得るようになる。シンクロトロン建設のため、1971年4月、建設が始まったばかりの筑波研究学園都市にKEK(高エネルギー物理学研究所)が誕生した。1976年、8ギガ電子ボルトの陽子シンクロトロンが筑波に完成した。1973年、小林・益川理論が提唱された。それを実験的に検証するために、1995年に運用終了したトリスタン(1986年完成)のトンネルを利用し、電子・陽電子衝突型加速器「KEKB」が建設され、さらに40倍に性能アップした「Super KEKB」が2018年に運転開始する。実験は、アメリカや中国との競争であった。実験研究者たちは、自然界の真理を知るための挑戦では、自らのモチベーションを高めるために、こうした競争が大切であるという。一方で、「自分の見たいものが見えてしまう」という心理的なバイアスを避ける工夫をしている。理論家へのノーベル物理学賞は、原則として、実験や観測による裏付けが得られるまで与えられないという。1973年に提唱された小林・益川理論がノーベル物理学賞を受賞したのは2008年になってからだった。実験研究者たちは、加速器や検出器の研究者たちを連携し、工夫を凝らし、理論物理学者のノーベル賞をとってもらいたいと願う一方、誰も予測しなかった新しい現象を見つけたいと考えているという。こうしてクォークのCP対称性の破れは証明されたが、それだけでは物質の方が多い理由を説明できない。そこで、ニュートリノのCP対称性の破れを検出する実験が立ち上がる。東海村のJ-PARCでつくったニュートリノビームを、295キロメートル先にある神岡のスーパーカミオカンデに打ち込むT2K実験だ。実験の信頼度を上げるためにデータを溜めていたが、2011年3月11日、東日本大震災が発生し、J-PARCは大きなダメージを受けた。結局、信頼度2.5σで発表することになるのだが、中国が5σのデータを先に発表してしまう。だが、この研究発表により、ニュートリノは混合が分かり、その後のT2K実験の指標となる。競争は大切だ。宇宙誕生直後には全ての質量がゼロで、ヒッグス機構が素粒子に質量を与えたと考えられている。だが、ヒッグス粒子は素粒子かどうか疑わしい。ヒッグス粒子が素粒子なのか複合粒子なのかを調べるには、LHCの100倍のエネルギーを持つ加速器が必要と考えられているが、それは現実的ではないので、他の素粒子との結合力を調べることで、その正体を探る実験が進んでいる。もしヒッグス粒子が素粒子だとすれば、ニュートリノの質量が軽いことの説明ができるし、CP対称性の破れによる宇宙の物質と反物質の生成に関与しているというシナリオが成立する。「宇宙はなぜ物質でできているのか」という問いは、素粒子物理学に課せられた最後の宿題ということができる。
2022.02.06
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自叙伝 ジャン=リュック・ピカード 「抵抗は無意味だ」(387ページ)著者・編者デイヴィッド・A・グッドマン=著出版情報竹書房出版年月2018年10月発行『新スタートレック』(アメリカでのテレビ放映は1987年9月~1994年5月)で、ギャラクシー級宇宙艦〈U.S.S.エンタープライズ NCC-1701-D〉で活躍したジャン=リュック・ピカード艦長の自叙伝という形で、新スタートレック世界を振り返る。テレビ版エピソードでは、理想の指揮官であるピカードだが、若い頃はパリピだった。子ども嫌いの背後には父や兄との確執があったり、ボーグと同化したときの心情など、ピカードの内面が描かれている点は興味深い。また、超越者としてのQやガイナンの役回りも楽しい。「宇宙大作戦」からシリーズを観ているシニアなトレッキーにお勧めだ。ジャン=リュック・ピカードは、フランスにあるワイン農家の次男として生まれた。その先祖は9世紀にまで遡ることができる。最新技術を敬遠するピカード家だったが、ジャン=リュックは、太陽系を出た先祖がいないことに気づき、宇宙艦隊アカデミーへの進学を志す。父と兄はワイン造りに精力を傾けジャン=リュックを無視したが、母は9歳の誕生日にスミソニアン博物館に連れて行き、ゼフラム・コクレーンの超光速宇宙船〈フェニックス〉や最初の深宇宙探査船〈エンタープライズ〉を見ることができた。2回目のアカデミー入学試験をパスしたジャン=リュックは、父に別れも告げずに家を出た。マラソン大会で優勝し自信をつけた彼は、ハンソン艦長の目に止まる。4年間の教育課程を修了し、惑星連邦大統領ウフーラが祝辞を述べる中、少尉として任官した。だが、ノーシカ人とのいざこざで大怪我を負い、ハンソン艦長が指揮を執る〈U.S.S.ニューオリンズ〉に乗艦することがかなわず、〈U.S.S.リライアント〉の下級科学士官の任務に就く。考古学調査のためにミリカ3号星を訪れた〈U.S.S.リライアント〉は、ジャン=リュックの機転で過激派に囚われていた大使を救出。彼は大尉に昇進した。第74基地で転属先の〈U.S.S.スターゲイザー〉の到着を待っていたジャン=リュックにマッコイ提督から声がかかり、儀仗兵として、スポック大使の結婚式に参列した。〈U.S.S.スターゲイザー〉では、恒星に落下しそうなところを持ち前の機転で切り抜け、大佐に昇進。28歳にしてスターゲイザーの艦長の座を手に入れた。操舵士官としてジャック・クラッシャー少尉が着任する。保安主任はチェバ、船医はドクター・アイラットが乗艦した。80年前、カーク船長が活動停止させた〈惑星の殺し屋〉がロミュラン帝国の領域へ向かって移動していた。ピカードらはこれを止める。カーデシア人のグリン・ホバットと遭遇する。彼らはレプリケーターに関心をもっていた。スターゲイザーは改修のために地球に戻る。ピカードは母親の死に立ち会う。母親の看護をしていたジェニースと恋仲に落ちる。一方、ジャック・クラッシャーは医師を目指すビバリー・ハワードと交際していた。ピカードはハンソン提督の参謀総長としてデスクワークの日々を送るが、ジェニースを捨て、ふたたび〈U.S.S.スターゲイザー〉の艦長として宇宙へ出る。ジャックとビバリーの間にウェスリーが誕生する。一方、ピカードは地球に戻り、亡くなった父親の遺品を受け取る。父もアカデミーに願書を出しており、拒否されたのだった。カーデシア帝国は惑星連邦への襲撃を繰り返していた。ピカードは、レプリケーターの技術をカーデシアに提供することを提案する。チェコフ提督は、「戦争を終わりにできるとすれば」と言ってピカードの提案に賛同する。だが、この作戦でジャック・クラッシャーが殉職してしまう。スターゲイザーはマクシア・ゼータ星系で攻撃を受け、ピカードらは脱出する。スカリー機関部長が殉職する。スターゲイザーを失ったことでピカードは軍法会議にかけられたが、無罪となる。ピカードは、アンドロイドのデータ大尉とともにデノビュラに上陸し、彼らが戦争のない亜空間へ恒星系ごと旅立つことを知る。クイン提督はピカードを惑星連邦旗艦〈U.S.S.エンタープライズ〉の艦長に指名する。彼は50歳になっていた。副長にウィリアム・トーマス・ライカー、主任パイロットにデータ、医療主任にビバリー・クラッシャー、操舵士にジョーディ・ラ=フォージ、保安部員にクリンゴン人のウォーフ、カウンセラーにベタゾイドと地球人のハーフのディアナ・トロイが就いた。ビバリーの子どもウェスリーも乗艦した。だが、子ども嫌いなピカードは、「子どもはブリッジへの立ち入り禁止」という看板を掲げさせた。エンタープライズは処女航海でデネブ星へ向かう途中、高次元生命体のQに遭遇し、全人類の罪を問う裁判にかけられる。(新スタートレック 第1話・2話「未知への飛翔」)ピカードと何度か会っているエル・オーリア人女性ガイナンが、エンタープライズに乗艦し、ラウンジ・バー「10フォワード」のバーテンダーとなる。ガイナンとQはお互いを嫌いあいっていた。また、とても長命で、1891年にタイムスリップしたピカードらと遭遇している。(新スタートレック 第126話・128話「タイム・スリップ・エイリアン」)ボーグはピカードの身体を乗っ取り、ロキュータスとして惑星連邦に「抵抗は無意味だ」と最後通牒を送る。この戦闘により、宇宙艦隊は39隻の船と11,000人の人命を失った。(新スタートレック 第74話・75話「浮遊機械都市ボーグ」ピカードは実家に戻り、兄ロベールと話し込んだ。ピカード家の博物館には、ロベールの肖像画と、太陽系から外に出た初のピカードとしてジャン=リュックが描かれていた。エンタープライズは、惑星ベイジョーの宇宙ステーション〈ディープ・スペース・ナイン〉を訪れた。その前身は、ピカードがかつて、エクセルシオールで訪れたカーデシアのテロック・ノール宇宙ステーションだった。ピカードはカーデシア人に出会うことを恐れた。(スタートレック:ディープ・スペース・ナイン 第1話・2話「聖なる神殿の謎」)ヴェリディアン3号星で、ピカードは80年前に死んだはずのジェイムズ・T・カークに出会い、ともにソラン博士を倒す。だが、〈U.S.S.エンタープライズ〉は破壊されてしまう。(映画「スタートレック ジェネレーションズ」)ボーグ集合体が再び太陽系へ侵攻してきた。ボーグは過去へタイムトラベルを行った。ピカードらは〈U.S.S.エンタープライズE〉に乗って歴史を元に戻すため、2063年、ゼフラム・コクレーンが人類初のワープ飛行を行う前日にタイムトラベルを敢行する。ロミュラン帝国の政務長官シンゾンとの戦いでデータは死んだ(映画「ネメシス/S.T.X」)。データのプロトタイプB-4とピカードが話しているところへQが現れ、指を鳴らすと、データが戻った。ピカードはエンタープライズを降り、ビバリーと結婚する。結婚式にはQも現れた。サレック、スポックと精神融合した経験を活かし、ピカードは惑星連邦大使としてバルカンに赴任する。ホーバス星が超新星となり、スポックはそれを止めるためにロミュラスへ向かうが間に合わず、行方不明になった。ロミュランの母星も破壊されてしまう。だが、スポックと精神融合した経験があるピカードは、彼が死んでいないことを確信していた。ピカードは実家に戻り、ワイン造りに精を出していた。彼は90歳になっていた。
2022.01.23
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自叙伝 ジェームズ・T・カーク ドクター・マッコイ「はじめに断っておくが、わたしは医者だ。もの書きではない」(8ページ)著者・編者デイヴィッド・A・グッドマン=著出版情報竹書房出版年月2019年12月発行『宇宙大作戦(スタートレック)』(アメリカでのテレビ放映は1966年9月~1969年6月)で、宇宙船艦〈U.S.S.エンタープライズ〉で活躍したジェームズ・T・カーク船長の自叙伝という形式をとっている。ドクター・マッコイは序文で「はじめに断っておくが、わたしは医者だ。もの書きではない」(8ページ)と、いつもの調子で話し始め、スタートレック世界を振り返る。テレビシリーズと映画の間には20年以上のギャップがあるが、クルーは全員オリジナル・メンバーであることや、カーンも同じ俳優が演じていることを思い出した。また、カークの甥ピーターが『自叙伝 ジャン=リュック・ピカード』で重要な役回りを演じていることを思い出し、スタートレック世界が大河ドラマであることを改めて認識する。理想的父権主義者のピカード艦長はパリピだったが、本書ではイケイケなカーク船長がとても内省的であることが判明する。冒頭カラーページの写真も秀逸だ。巻末の用語解説は、ぜひ保管しておこう。オリジナル・メンバーが次々と鬼籍に入る中、2021年10月、カーク船長を演じたウィリアム・シャトナーが90歳にして、ついに宇宙飛行を行った――宇宙、それは人類に残された最後の開拓地である。カークは、アイオワ州リバーサイド近くの農場の次男として生まれた。祖父のタイベリアス・カークは、創設したばかりの宇宙艦隊アカデミーへの入学はかなわなかったが、第8宇宙基地の爆発で5人を救助し、宇宙艦隊から名誉勲章を授与。父のジョージ・カークはアカデミーを卒業し〈U.S.S.ケルビン〉の副長になるが、退役し、農場を営む。カークは11歳の時、地上に墜落したテラライト人の大使を救助し、ジョージ・マロリー大佐から「君は星間外交問題を防ぐのに一役買った。本物のヒーローだ」と称賛される。カークは12歳の時、母を訪ねてタルサス4号星を訪れるが、コドス知事による大虐殺に巻き込まれるが、運良く宇宙船〈エンタープライズ〉に救出される。宇宙艦隊アカデミーは合格率2%の狭き門だったが、カークはマロリー准将にテープを送り、18歳でまんまと宇宙艦隊アカデミーに入学する。2ヵ月後に卒業を控えたカークを控えたカークは、2学年上でコンピュータ・プログラムの指導教官をしているベン・フィニーを巻き込み、〈コバヤシマル〉テストを攻略する。彼は不正を問われ審査委員会にかけられるが、「もし指揮官の座につくなら、持てる知識と経験の限りをつくしてクルーの命を守ることを期待されるのではありませんか?」(101ページ)と応じ、アカデミーを美辞に卒業。〈U.S.S.リパブリック〉の機関室に配属となり、スコットランド訛りがあるモンドメリー・スコット大尉と出会う。カークの転属先である最新のコンスティテューション級宇宙船〈U.S.S.ファラガット〉は、宇宙空間でガス状生命体に襲われ、船長以下、乗組員の半数を失う。九死に一生を得たカークは、キャロルと結婚を約束し、2人でファラガットに戻る。キャロルは妊娠するが、父親と士官の両方をこなそうとしたカークから、彼女は離れていってしまう。カークは27歳で〈U.S.S.ホットスパー〉の船長になる。宇宙艦隊史上最年少の船長だ。ここで、アカデミーを卒業したばかりのウフーラと、船医のレナード・マッコイと知り合う。カークは第12宇宙基地でキャロルと息子デビッドをホットスパーに乗船させようとしたが、キャロルに断られてしまう。妻と娘ジョアンナと離れて暮らすマッコイはカークに同情し、秘蔵の酒を振る舞った。カークは、ホットスパーを火星まで運び退役させると、マッコイと地球へ向かった。途中、〈U.S.S.エンタープライズ〉の科学士官のスポックが、地球にいる母親に会うためにシャトルに同乗する。地球では、クリストファー・パイクから〈U.S.S.エンタープライズ〉の船長を引き継ぎ、29歳で大佐に昇進する。アカデミー時代の後輩ゲイリー・ミッチェルを副長に据え、スコットが機関長に昇進し、天体科学主任としてヒカル・スールーが加わった。記録担当士官は〈U.S.S.リパブリック〉でカークと一悶着あったベン・フィニーだった。こうして乗組員を補充し、カークが率いる〈U.S.S.エンタープライズ〉は5年間の深宇宙探査の任務に就く。銀河系の辺縁で、200年前の宇宙船〈S.S.バリアント〉の航行レコーダーを発見したエンタープライズは、そこで、謎のバリアに触れる。ミッチェルは超能力を獲得し、船を奪おうとする。カークはミッチェルを殺すしかなかった。生まれて初めて相手の顔をじかに見て殺したことは、カークの心を深く傷つけた。(宇宙大作戦第3話「光るめだま」)転送装置の自己でカークは善人と悪人に分裂した。悪人カークは、秘書のジャニス・ランドを襲う。元に戻ったカークは、自分の中に邪悪な存在が潜んでいることに心を痛めた。(宇宙大作戦第5話「二人のカーク」)エンタープライズは、ロミュラン帝国との中立地帯に入り、ロミュラン人とのファースト・コンタクトを果たす。100年前、地球はロミュラン人と戦ったが、白兵戦も捕虜もなくロミュラン人の招待は長い間、謎だったのだ。ロミュラン船との戦いで、結婚を控えていたロバート・トムリンソン大尉が殉職する。新婦になるはずだった敬虔なカトリック教徒、アンジェラーマーテイーニ少尉が礼拝堂で祈る姿を見たカークは、聖職者の孤独を感じた。(スタートレック・エンタープライズ第29話「許されざる越境」)エンタープライズはイオン嵐に巻き込まれ、ベン・フィニーが犠牲となってしまう。だが、船にはカークがフィニーを殺したという映像が残っていた。カークは軍法会議にかけられる。スポックがコンピュータ・データが改竄されていたことに気づくが、すでに軍法会議は平定していた。ここで、カークに付いた老弁護士サミュエル・コグレーが弁舌を振るう。エンタープライズに隠れて生きていたフィニーを発見し、カークの無実が実証される。(宇宙大作戦第20話「宇宙軍法会議」)アカデミーを卒業したばかりのチェコフ少尉が乗船する。300年前、世界を統一しようとしたカーン・ノニエン・シンの冬眠宇宙船が発見された。歴史家のマーラ・マクガイバー少尉がカーンと恋に落ち、カークは彼らを無人惑星セティ・アルファV号星へ追放する。(宇宙大作戦第22話「宇宙の帝王」)カークの兄ジョージ・サミュエル・カークとその妻オリーランが宇宙生物に神経に寄生され死亡した。カークの両親は生き残った息子ピーターを引き取ると申し出たが、カークは船長業務に集中するため、他人の手に委ねるしかなかった。(宇宙大作戦第29話「デネバ星の怪奇生物」)カークの旧友マット・デッカーがロボット宇宙船〈惑星の殺し屋〉に殺された。長さ数キロの〈惑星の殺し屋〉は、数百万年に建造された異なる銀河からやってきた宇宙船で、カークはデッカーが指揮していた〈U.S.S.コンステレーション〉を内部で爆発させることで、マシンを機能停止した。(宇宙大作戦第35話「宇宙の巨大怪獣」)5年間の探査任務を終えようとするころ、スポックは船を下り、故郷のバルカン星に戻った。カークは、マット・デッカーの息子ウィラードを副長に指名した。〈U.S.S.エンタープライズ〉は地球に戻り、大規模な改修工事に入った。カークは36歳にして提督に昇進し、ウィラード・デッカーが船長となった。デッカーはエンタープライズ改装の指揮を執っていたが、謎の高エネルギーを発する未知の物体「ヴィジャー」が地球に接近すると、カークはデッカーでは役不足として自らがエンタープライズに船長として乗り込み、その調査に向かう。マッコイとスポックが合流するが、デッカーがヴィジャーと合体し、新たな生命体に進化し、物質としては消滅してしまう。(映画「スター・トレック」)。43歳になったカークは、艦隊指揮大佐を命じられる。実家に戻ってみると、甥っ子のピーターは艦隊アカデミーに入学し、一家の4代目を継いでいた。〈ジェネシス〉計画で、別れた妻キャロル・マーカスと再会する。カークは〈エンタープライズ〉に乗って〈ジェネシス〉へ向かうが、そこで、カーン・ノニエン・シンと対峙する。一行は窮地を脱出するが、スポックが犠牲となった。(映画「スター・トレックII」)スポックが生きていることを知ったカークは、〈エンタープライズ〉を盗みだし、再び〈ジェネシス〉へ向かった。だが、クリンゴンの艇長クルーゲが息子デビッドを殺してしまう。カークはクリンゴンに深い憎しみを抱く。スポックを救出し、〈エンタープライズ〉を墜落させることでクルーゲらを撃退したカークらは、クリンゴン船〈バード・オブ・プレイ〉に乗ってバルカン星へ向かう。(映画「スター・トレックIII」)惑星連邦の裁きを受けるために、カークらは〈バード・オブ・プレイ〉に乗って地球へ向かうが、謎の探査機が地球と、その周辺のすべてのパワーシステムを無効化してしまった。カークらは地球を救うため、1980年代のサンフランシスコにタイムワープを敢行し、クジラを連れて戻ってくる。地球の危機は救われ、ロス大統領はカークを大佐に降格したうえで、あらたな宇宙船〈U.S.S.エンタープライズ〉を与え、深宇宙探査を命じる。(映画「スター・トレックIV」)クリンゴン人は滅亡の危機にあった。〈エンタープライズ〉は惑星連邦を和平を結ぼうとするゴルコン宰相を迎えるが、これを光子魚雷で撃ってしまう。デビッドを殺されたことでクリンゴンに恨みを抱いているカークは宰相殺害の罪を着せられたが、クリンゴン人のウォーフ大佐(新スタートレックのウォーフの先祖)の弁護により無罪となる。(映画「スター・トレックVI」)「あとがき」を書いたスポックは、〈U.S.S.エンタープライズB〉を救ったカークが殉職したと伝えられているが、彼は生きており「彼は戻ってくる」と締めくくる。
2022.01.22
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宇宙の終わりに何が起こるのか 標準宇宙論模型の問題は、その最も重要な要素――ダークマター、宇宙定数、インフレーション――が、まったく摩訶不思議なままだということである。ダークマターが何なのか、私たちにはわからない。(302ページ)著者・編者ケイティ・マック=著出版情報講談社出版年月2021年9月発行宇宙物理学者でサイエンス・コミュニケーターでもあるアメリカ人のケイティ・マックさんが、この宇宙の5つの終焉シナリオを解説する。やや叙情的な言い回しが多く、ビッグバン理論の基礎的な部分を理解していないと読み進めるのが難しい。インフレーション宇宙、ダークマター、宇宙定数(ダークエネルギー)、余剰次元‥‥こうした概念が結びつき、宇宙の終焉シナリオを構築しているだけでなく、現代物理学が次の一歩に踏み出そうとしている、その端緒を知ることができる。それから、「スター・トレック」「GALACTICA」(「宇宙空母ギャラクティカ」のリブート作品)やカール・セーガンの引用などがちりばめられており、オタク心をくすぐられた。マックさんが宇宙論を大好きな理由として、独創的に考えることを要求されるながら、まったくの空想でなくデータに基づいた洞察をしなければならないところにあるという。私も同感だ。私たちはどこから来てどこを行くのか――この命題を宇宙の誕生と終焉に広げることで、われわれの科学は、われわれが何者であるのかを明らかにできると期待したい。本書では、宇宙のビッグバンがあったことが前提である。マックさんは、ビッグバン理論の最大の証拠の一つが、「宇宙の観測結果と、ビッグバンから期待される元素の存在量――ビッグバンの原初の火の玉の温度と密度の推測値に基づいて計算された値――とが、非常によく一致していること」(81ページ)であるとしている。はじめに特異点があり、宇宙のインフレーションが起こり、微小なゆらぎパターンが宇宙マイクロ波背景放射(CMB)に反映されている。1つめのシナリオは、宇宙が収縮し潰れて終わる「ビッグクランチ」だ。ビッグクランチがはじまると、CMBは青方偏移をはじめ、宇宙のいたるところでそのエネルギーと強度が上昇する。恒星表面は発火し、やがて宇宙空間に高温プラズマが満ちあふれ、ふたたびビッグバンへ戻ってゆく。ところが、1990年代後半、宇宙が加速膨張していることが発見された。かつてアインシュタインが重力場方程式に導入し、撤回した「宇宙項」を再び導入することで、この現象の辻褄合わせはできる。しかし、加速膨張に要するエネルギーは、実際に宇宙を観測して得られる値よりも120桁も大きいという。これを「ダークエネルギー」と総称する。ダークエネルギーの密度は宇宙の歴史を通して一定であり、膨張とともにエネルギーが創生されていることになる。さらには、ハッブル半径より遠くの天体が大きく見えるという摩訶不思議な現象が予測される。加速膨張する宇宙がたどる末路が、2つめのシナリオ「熱的死」である。エントロピーは無限に増大し、その結果、恒星は燃え尽き、永遠の時間の中でブラックホールすら蒸発してしまう。マックさんは、「膨張が加速するにつれて、何も存在しない空っぽの空間が増大し、それによってダークエネルギーも増加して、膨張がいっそう進むという循環を無限に繰り返す」(163ページ)という。だが、無限の時間の中では、量子力学的に極めて低い確率の現象が起きることがあるのではないか。たとえば、宇宙の一部でビッグバンが起きることはあるのではないか。そして、ダークエネルギーの総量が変化するということは、宇宙の各種定数が変化していくことを意味しないだろうか。熱的死は虚ろへ向かうシナリオではなく、何かダイナミックが現象が起きることを予感させる。宇宙定数が-1より小さいダークエネルギーはファントムエネルギーと呼ばれ、これが計算可能な有限の時問内に宇宙全体をズタズタに引き裂く可能性が発見された。これが3つめのシナリオ「ビッグリップ」である。ビッグリップが起こりうる最も早い時期は、いまから約2000億年後だという。現在、超新星を用いた距離測定により、ハッブル定数は約74キロメートル毎秒毎メガパーセクという値が得られている。一方、CMBの高温部と低温部の分布を幾何学的に詳しく調べるという方法によると、ハッブル定数は約67キロメートル毎秒毎メガパーセクである。両者の差は、その観測・計算による誤差よりも大きい。何に起因しているのか現時点では明らかになっていないが、マックさんは、「宇宙そのものの構造の中に“製造時にできた欠陥”」(214ページ)があるのではないかと示唆する。宇宙全体に広がり他の粒子と相互作用をすることによってそれらに質量を与える「ヒッグス場」が変化すると、ハッブル定数だけでなく、あらゆる物理定数が書き換わってしまう。これが4つめのシナリオ「真空崩壊」である。ヒッグス場が、よりポテンシャルの低いポジションへ相転移することで真空崩壊が起きる。それは宇宙の一部に泡のような形で湧き、次第に広まってゆく。泡に入ると生命が活動を続けられる保証は無いし、恒星や銀河も崩壊してしまうかもしれない。最新の物理学によれば、有限時間内に真空崩壊が起きる可能性が出てきているが、有限の時間内といっても10の100乗年以上先のことだから安心してほしい。5つめのシナリオ「ビッグバウンス」は、4つの力のうち重力だけが極端に小さく、万物の理論(TOE)に組み込めないという現状から始まっている。突拍子もない発想だが、この宇宙には3次元(時間を加えると4次元)以外の“余剰”次元があり、そこへ重力が漏れ出ているため、この宇宙で観測できる力が小さくなっているという仮説がある。われわれの宇宙をプレーン、余剰空間のことをバルク(bulk)と呼ぶ。バルクを挟んで、われわれとは別の宇宙(プレーン)があるかもしれない。プレーン同士が衝突してビッグバンが起きというのが「エキピロテイック宇宙」仮説だ。プレーンが衝突と離散を繰り返すビックバウンスは、宇宙の創造と破壊が何度も繰り返されるサイクリックな宇宙論だ。マックさんは最後の章で、科学者がなぜ宇宙終焉シナリオを考えるのか、最前線で活躍する宇宙物理学者との会話を交えながら、紹介する。フリーマン・ダイソン、ロジャー・ペンローズなどの著名な宇宙物理学者の言葉には哲学を感じさせる。原題の標準宇宙論模型の問題は、その重要構成要素であるダークマター、宇宙定数(ダークエネルギー)、インフレーションの正体を明らかにしていない。また、100年にわたり、重力がアインシュタインの一般相対性理論以外の何かであるかのようにふるまうという証拠も出てきていない。そして、各種の物理定数が、なぜその値に定まったのかを説明する手段を持たない――こうした課題解決のため、巨大加速器や宇宙望遠鏡を建造し観測データを集める一方、多くの物理学者たちが日々、理論を進歩させている。
2021.12.30
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北条氏の時代 鎌倉幕府は関東武士たちによる、関東武士たちのための政権として出発しました。そこで重要となったのは、いかに多くの味方を集めるかだったのです。(6ページ)著者・編者本郷和人=著出版情報文藝春秋出版年月2021年11月発行著者の本郷和人さんは日本中世史が専門の歴史学者で、NHK 大河ドラマ『平清盛』の時代考証を担当したほか、週刊少年ジャンプで連載中の『逃げ上手の若君』(松井優征=著)の監修・記事執筆を行うなど、漫画やアニメの仕事を多くこなしている。2022 年の大河ドラマ『鎌倉殿の 13 人』だ。鎌倉幕府の始まりの「13 人」と、最後の「逃げ上手の若君」を比較してみるのも面白そうだ。承久の乱を境に、武による支配拡大から、法による統治へ移行した鎌倉幕府。朝廷から武力を取り上げ、御成敗式目という、その後の武家を統制するルールを作って、あらたしい政治体制を築いた。それ同時に、幕府の権力の中枢は、源氏の将軍家から北条氏の得宗家へ移行する。しかし、貨幣経済の波にのまれ、元との外交に失敗したことなどから凋落し、本郷さんは冒頭、「鎌倉時代こそ、日本史の大きな転換点であると同時に、ドラマティックな面白い時代」(2 ページ)という。歴史を動かす原動力が貴族から武士へ移り、拠点は京都から東(鎌倉)へ移動。そのなかで、天皇家を出自に持たない北条氏は、武力や陰謀力だけでなく、人脈や周到な根回しをしながら、幕府を動かす存在となっていく。本郷さんは、以仁王の令旨に呼応し、源頼朝が鎌倉を拠点として平氏討伐に立ち上がった 1180 年を鎌倉時代の始まりと考えている。私たちが習った1192 年(征夷大将軍に任官)より 12 年も前のことだ。頼朝は、朝廷に依存せず、関東武士の世界を作ろうとした。そこで、関東武士に対しては土地などの権利保障を行うことで結束を固め、朝廷に対しては東国武士の自立を認める交渉を行った。京都生まれの頼朝は、文字の読み書きすらできなかった関東武士に加え、京都から文官を集め独自の政治体制を築いていった。初代執権とされる北条時政は、平家の敵である源氏の御曹司・源頼朝と娘・政子の結婚を認めた。本郷さんは、頼朝の死後に 13 人の御家人による合議制を敷いた張本人が時政だという。時政は、この 13 人の有力御家人を次々に滅ぼし、その土地を分配することで、リーダーの地位を固めていった。ここで、時政の行き過ぎた謀略にストップをかけ、鎌倉武士たちの「世論」を集めることに成功したのが北条義時だった。義時は時政の次男であったが、頼朝の側近として経験を積み、時政の謀略を補佐した。時政を伊豆へ追放し、当主になった義時は、3 代将軍・源実朝の擁立し、侍所別当の和田義盛を追討した。政治と軍事の両方の最高権力を手に入れた義時によって、執権体制が確立される。将軍・実朝は、京都の持つ高い文化の香りに惹かれ、後鳥羽上皇はそれを見逃さず、実朝との交流を深めた。だが、鎌倉政権は京都からの自主独立を目指したものであったから、実朝の行動は鎌倉武士の不興を買った。こうして鎌倉武士の総意を義時がまとめる形で、実朝は暗殺された。その後、源氏一族は次々に殺害される。京都からの自主独立を守るのは源氏ではなく、北条氏となっていった。義時は、4 代将軍として、源氏より格上の皇子の下向を画策したが、これは失敗に終わり、代わりに摂関家九条家から九条頼経を迎え入れた。この頃、幕府と朝廷の対立は決定的となり、承久の乱が起きた。後鳥羽上皇は優秀ではあったが詰めが甘く、開戦時の幕府軍と朝廷軍の兵力差は 10 対 1 で、あっという間に幕府軍の京都入城を許してしまう。後鳥羽上皇は軍備放棄を宣言し、こうして武士による支配の時代が到来する。義時は支配を盤石にするため容赦がなかった。戦後処理においては貴族たちを次々に処刑し、後鳥羽上皇を隠岐へ流し、没収した荘園を武士に配分した。また、六波羅探題を設置し、朝廷を監視するだけでなく、その人事権にも介入した。1232 年、義時の後を継いだ北条泰時は御成敗式目を制定し、法による統治をスタートさせた。本郷さんは、「泰時は北条氏のなかでも、最も優秀なリーダー」(137 ページ)と評価する。御成敗式目を制定し、安定した政治システムを構築し執権制度を確立、鎌倉の都市整備を実行したからだ。御成敗式目18 条は女性への財産分与が認められていたり、8 条では 20 年間の土地占有があると変換しなくてもいいという現代の民放に繋がる条文がある。この頃、九条道家によって朝廷は有能な官人を登用し、道理に基づく公正な裁定を行うようになり、徳政を敷いていた。泰時は、六波羅探題で朝廷を相手にする中で、この徳政を知り、政治に活かしていく。4 代執権となった北条経時は、頼経を将軍職から引きずり下ろすが、病弱で、4 年間執権を務めると、弟の時頼に後を託した。時頼は、三浦一族を押さえ込み、極楽寺重時を加えることで朝廷と良好な関係を築いた。また、武士が荘園を管理、経営するようになり、領民に対する姿勢が変化し、時頼は民をいたわるという思想(撫民)を強調し、禅宗を保護した。だが時頼も病弱で、1256 年に 30 歳で出家。まだ時宗が幼かったために、中継ぎとして、極楽寺重時の子の長時が第6 代執権に、つづいて北条政村が第7 代執権に就いた。このころ貨幣経済が発展し、モノの売買によって銭を得る手段のない武士は、領地を担保に借金するしかなかった。だが、返済できなくなって領地をとられてしまう御家人が続出したことから、土地売買に関する御成敗式目の追加法が発布された。これが、のちの徳政令に繋がる。また、元帝国の親書をもった高麗の死者が訪れた。朝廷は返書を作成するが、幕府はそれと止め、棚ざらしにした。一方で、6 代将軍宗尊親王を追放した。『吾妻鏡』の記述はここで終わる。そうした危機が続く中の 1268 年、北条時宗が第8 代執権に就いた。だが、生まれながらにして執権の座が確約されていた時宗は、「卓越したリーダーではなかった」(206 ページ)と、本郷さんはいう。しびれを切らした元帝国は、1274 年、博多湾へ遠征する。文永の役である。この遠征は偵察が主な任務だったようで、1 日で撤兵した。その後、元は再び使者を送り冊封体制に加わるよう要求するが、時宗はこれを拒絶し、死者を斬首してしまう。高麗、南宋を滅ぼした元は、1281 年、ふたたび日本へ軍を進め、弘安の役が起きた。元軍の上陸を阻止した幕府軍だったが、御家人以外も動員していたため、恩賞をめぐって武士たちの間に不満が燻った。そんななか、1284 年、時宗が 34 歳の若さで死去し、14 歳の嫡男、貞時が第9 代執権となる。だが、幕府は貨幣経済の波にのまれ、1297 年、永仁の徳政令を発布する。貞時は得宗専制体制を維持しようとしたが、これが富と権力の集中を生み、北条氏同士で殺し合いが始まってしまう。1301 年、貞時は出家。師時、宗宣、煕時、基時が中継ぎとなり、1316 年、貞時の嫡男、高時が第14 代執権に就く。一方、京都では、1318 年、尊治親王が即位し、後醍醐天皇が誕生した。このころ、持明院統と大覚寺統が交代で天皇を輩出していたが、後醍醐天皇は自分の子どもに皇統を継がせようと、元弘の乱を起こす。この動きに河内の楠木正成が加勢するが、後醍醐側が敗北し、1332 年、後醍醐天皇は隠岐へ流される。翌1333 年、隠岐を脱出した後醍醐天皇は、追討のため幕府から派遣された足利尊氏を味方に引き入れ、六波羅探題を攻略。関東で挙兵した新田義貞が鎌倉を陥落させ、ついに北条氏は滅亡する。鎌倉は、一騎打ちの時代は天然の要害だったが、集団戦の時代になり、それが通用しなくなっていた。本郷さんは、「尊氏の決心を促したのは御家人たちの『世論』」(283 ページ)であるとし、逆に北条氏があっさり滅亡したのも、「自らが拠って立つべき御家人たちに見捨てられ」(294 ページ)たからだという。高時の次男、北条時行は、1335 年に中先代の乱を起こし、一時的に鎌倉を奪還するが、足利尊氏によって配送させられる。その後も南朝に協力して足利軍を悩ませるが、1352 年、ついに足利軍に捕らえられ処刑された。
2021.12.23
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立花隆の最終講義 マスコミの世界とサイエンスの世界に共通して必要とされる精神が、「職業的懐疑の精神」(professional skepticism)です。(30ページ)著者・編者立花隆=著出版情報文藝春秋出版年月2021年10月発行本書は、2021 年 4 月に亡くなったノンフィクション作家の[立花隆:wikipedia] (たちばな たかし) さんが、2010 年 6 月に母校・東京大学の立花ゼミ生に向けて行った講義録だ。取材、執筆、編集までを学生にやらせたという。立花さんは、1974 年の「田中角栄研究」を上梓し首相退陣のきっかけを作ったことで有名なジャーナリストだが、その後はノンフィクション分野にも進出し、『臨死体験』『宇宙からの帰還』など多くの著作を残している。活動範囲の広範さから知の巨人と呼ばれることもある。本書もそうだが、ともかく話す内容が広く、ある話題から別の話題へ即座にジャンプするので、ゼミ生の皆さんは、自らの知力を総動員して話を聞き取ったのだと思う。各章末にゼミ生が用意した用語説明がある。これを覚えておけば、オタク知識が増えること、請け合いである。ただ、話があちこちに飛ぶので、論理の飛躍が出てくる。たとえば、冒頭では「デカルト座標が人類を本能的な極座標思考様式から解き放った」(38 ページ)と書いておきながら、後半では「大事なことは、デカルトの時代はあらゆる意味で終わったとハッキリ認識すること」(199 ページ)とある。これは矛盾ではなく、立花さんがデカルトその人となりにスポットを当てているわけではなく、デカルトの思考法のうち、現代でも通用するものとそうでないものを仕分けた結果の発言だろう。これを 20 代の大学生に理解しろというのは無理筋なのだが、立花さんに近い視点で世界を見ることができる歳になってから読み返してみると、もう一度、極座標に戻してみるのも面白いと感じる。デカルト座標で考えるなら、相手との最短距離はピタゴラスの定理を用いて簡単に求まる。だが、現実世界での相手との距離感は、直線でないことが多い。途中に第三者を挟む場合もある。相手が遠いと見えなくなる。つまり、極座標と球面三角法による距離(弧を描く)の方が、現実に近いように感じる。デカルト座標系(直交座標系)と極座標系の相互変換ができる知識・経験があるという前提で――世界の中心に自分がいて、そこから何のフィルターも挟まずに肉眼で天空(世界)の動きを観察し、自分の頭で考察してはどうだろうか――誰が言ったわけでもない、あらたな世界観が見えてくるかもしれない。70 歳になった立花さんは、冒頭、死について語る。60 代と 70 代とでは、自分の死が見えてきたなという心理的な変化が大きいという。そして、70 歳から 20 代の頃を振り返り、オウム真理教受刑者を引き合いに出しながら、「たくさんの人が 20 代前半で取り返しのつかない大失敗をしているもの」「適切な失敗の積み重ねがない人には、将来の成功は訪れて来ない」(15 ページ)と指摘する。そして、「若いときの大失敗の原因でいちばん多いのは『思い込み』」(17 ページ)「『オレだけが特別』という思い込み」(97 ページ)だという。思い込みというのは、ある意味、純粋さであろう。大人が純粋でなくなるのは、知識や経験が増え、さまざまな視点から考えを巡らせることができるようになるからだ。立花さんは、これを「ドッペルモナーキー」と呼ぶ。逆に考えると、若者ならいざ知らず、「思い込み」が激しい大人は考えものだ。反科学・反医療・陰謀論を信じている大人に、そういう傾向があるように感じる。科学を信頼している人ほど疑似科学を信じてしまいやすい、陰謀論を信じる年齢は「中二」がピークという研究報告がある。立花さんも、若い頃、ガセネタに動かされたという。だが、「伝えられたときに、面白くてつい飛びつきたくなる情報は、だいたい相当危ないから気をつけるべき」(265 ページ)「ガセネタに何度か騙されてみないと、ウソとホントの見分け方が学習できません」(29 ページ)という。そして、「マスコミの世界とサイエンスの世界に共通して必要とされる精神が、『職業的懐疑の精神』」(30 ページ)という。これは大切なことだ。「自分の思い描いていたような未来を実現するために必要なリソースが自分に不足していることから生まれてくる欲求不満」(43 ページ)が、反科学・反医療・陰謀論に傾倒するのだろう(『人は科学が苦手』(三井誠=著)参照)。立花さんは適切なアドバイスはないと言うが、私は、ともかく勉強することしかないと思う。それでも「分からない」ことが増えるのは恥ずかしいことではないと考えている。なぜなら、自分の知的財産をバランスシートにたとえると、知識・経験を資産として計上する過程で、どうしたって「分からない」が残る。この「分からない」ことは負債として計上し、両者のバランスがとれていれば、知的財産の規模が大きくなっていることを意味するからだ。幾つになっても学ぶことを止めず、「分からない」ことは正直に「分からない」と言うえる大人になろうではないか。立花さんは、「そもそもこの世のあらゆる問題の正解はひとつではない」(113 ページ)という。社会に出れば、そのことは受け入れざるを得ない。受け入れられないまま社会人を続けると、心を壊される。プラグマティズムの考え方で行こう。立花さんは、「少なくとも 100 冊以上本を読んだ人でないと、平凡な内容の本でも、1 冊の本を書ける域には達しない」(127 ページ)といい、これを「I/O 比」と呼ぶ。ある程度以上の水準のものを出したら、I/O 比が 1000 ぐらいまでいかないと駄目だという。SNS でよく「半年 ROM ってろ」と言われるのと同じだ。大人になっても、いや、大人になったからこそより一層、I/O 比に留意したい。立花さんは、フランスの生物学者でカトリック思想家のテイヤール・ド・シャルダンを紹介し、「この先どんどん進化を重ね、複雑性意識化の法則に従って、人間はより複雑な脳を持つ新しい世代に代わり、より高いステージの意識を持つようになる」(159 ページ)という。これを「オメガポイント」と呼び、シャルダンはキリストの再臨と捉えている。ここで『ヨハネの黙示録』を引用し、「この世の終わりがくる前に「自分こそは再臨したキリストである」と名乗るアンチ・キリストが出現してきて世を惑わせる」(163 ページ)が現代に重なっていると指摘する。私は、少なくとも直近千年間の歴史を見ると、人類の意識・思考はそれほど変わっていないように感じる。おそらく、ホモ・サピエンスがアフリカを出発したときから、認知能力はほとんど向上していないのだろう。だが、いや、だからこそ逆に、人々をオメガポイントに導くと欺くアンチ・キリストが、既存メディアやネットにフェイクニュースを流しているのではないだろうか。デカルトの『方法序説』には――1.明証性の原理 2.問題を分割して分析せよ 3.分割分析の結果を総合せよ 4.枚挙の規則――の 4 つの原理が記されているが、立花さんは、このうち明証性の原理が杜撰に使われ、知的世界が退廃していると指摘する。たとえばマルクス主義者は歴史が階級闘争であることは自明だと主張するが、マルクス主義を信じない人々にとっては自明でもなんでもない。つまり、自分の主張の正しさを厳密な証明なしで済ませ、「○○であることは、誰の目にも明らかな真実だ」というのは明らかな手抜きで、何の役にも立たない。立花さんは歴史を遡り、「ドイツ=神聖ローマ帝国」と指摘する。ヨーロッパが極端な地方分権の考え方を持つのは、神聖ローマ帝国皇帝が諸侯による選挙で選ばれたことに由来すると指摘する。われわれは、とくに近世・近代史を軽く見すぎていると思う。立花さんは、「このままいくと、この先も、基本的な歴史や政治史、軍事史の知識が欠けた人たちが政治をやるという状況が続くでしょう。『いやあ、困った困った』としか言いようがありませんね」(252 ページ)と嘆息する。
2021.12.22
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AIの雑談力 AIは社会の一員として、人間とうまくやっていくために雑談を始めたのです。(18ページ)著者・編者東中竜一郎=著出版情報KADOKAWA出版年月2021年2月発行著者は、東ロボくんプロジェクトや NTT ドコモの雑談対話APIの開発などに携わり、対話システムが専門の東中竜一郎 (ひがしなか りゅういちろう) さん。雑談AI が必要とされている背景や、その仕組みを解説した技術書であるが、私たちが普段、リアル社会やネット社会で交わしている雑談が、いかに人間関係に重要な役割を果たしているかを再認識させられた。また、本書には、「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」「シュタインズ・ゲート ゼロ」、マツコ・デラックス、マックスむらいの名前が並び、その方面の方であれば、ニヤリとすること請け合いだ。アレクサや Siri といった AI が、なぜ雑談できるようになっているかというと、雑談を交わしているうちにユーザーの信頼を得ることができるからだ。東中さんは、これを「AI は社会の一員として、人間とうまくやっていくために雑談を始めたのです」(18 ページ)と書いている。これはリアル社会でも同じで、教えるのが巧い教師、業績がいい営業、息の長いタレントは、皆、雑談が巧い。だから、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)は雑談AI の研究に多くのリソースを投入している。私は第2 次 AI ブームの時に研究サイドにいて、専門家のノウハウを AI に実装する[エキスパートシステム:wikipedia]の研究開発を行っていた。本書で取り上げられている、第1 次 AI ブームの産物 ELIZA (イライザ) を参考にしたこともある。お遊びとして、パソコン通信上で自動チャットする「[人工無能:wikipedia]」を作ったりしていた。雑談AI の源流のようなものだ。昨今の第3 次 AI ブームも、IBM のワトソンを嚆矢に、エキスパートシステムを目指しているかのように見えたが、前述のようなビジネス背景から、雑談AI が派生したようだ。現在、私はビジネスサイドにいて第3 次 AI ブームの研究成果を利用させてもらう立場だが、人工無能を作った当時の感触から、雑談AI にはたいへん魅力を感じる。東中さんが言うように、対話ができればチューリングテストに合格し、人工知能ができたことになるからだ。また私は、第2 次から第3 次 AI ブームの間に子育てした経験から、ディープラーニングの学習能力はヒトのそれとは全く異質なものだが、異質なものを研究することで、逆に、ヒトの「知能」の正体を明らかにできるのではないかと考えている。前置きが長くなったが、現役技術者の東中さんが著しただけあって、本書は構成からして論理的・合理的にできている。序章で、上述の雑談AI が求められるようになった背景を述べ、第1章で雑談AI の仕組みの概要を説明する。第2章以降で、東中さんが携わったプロジェクトの事例を挙げながら、雑談AI の仕組みを掘り下げてゆく。雑談AI の仕組みだが、また方式は確立されていなが、手作業のルールを用いたもの、検索ベースによるもの、ディープラーニングを使った生成ベースによるものの 3 つに大別できる。前述の人工無能は、手作業のルールを用いたものだった。現在でも手作業のルールは重宝されているという。それは、雑談AI が炎上発言しないように制御できるからだ。これは大切なことで、本書でも取り上げられているマイクロソフトの AI ボット「Tay」が差別発言をしてシャットダウンされたことは記憶に新しい。もっとも、ヒトの方が SNS 上で差別発言する確率は高いような気はするが‥‥こうした問題を考察することで、炎上発言の定義、ヒトとしてそれを回避する雑談のやり方と学べると思う。雑談AI では、まず、相手の発話意図を理解することが大切だ。それが質問なのか、意見を言っているのか、カテゴリ分類していく。質問は特に重要で、「ユーザの質問に答えられないと『無視された!』」(86 ページ)となるからだ。これは、リアルな対話でも同じことが言える。発話意図を理解できないと、KY と後ろ指を指される(笑)。雑談AI の発話生成では、つまらない応答をしないように工夫が要る。たとえば、YouTuber やアニメでお馴染みのキャラ語尾を使うことが考えられる。また、自らのプロフィールをデータベース(PDB)にして、個性を出すことも必要だ。対話の破綻を回避することも重要だ。発話意図不明確、質問無視、話題遷移エラーを回避できれば、「一定程度の対話破綻を削減できる」(176 ページ)という。現在の雑談AI はチャット形式(テキストベース)だが、映像や音声を伴ったマルチモーダル対話ができるようになるだろう。ヒトは、相手の話し終わりを予測して、自分が発言をはじめるというターンテイクができる。また、対話中、相手がどのような状態でいるのか常に推定している。現在の雑談AI はこれらを達成できておらず、東中さんは「現状の雑談AI との対話は正直飽きます」(210 ページ)と心中を吐露する。そして、「システムが意図を持つこと」(212 ページ)と「自分と相手の両方が理解していると信じている」(221 ページ)共通基盤が必要だという。最後に、東中さんは「ウェブ会議を中心としたコミュニケーションでは、雑談が担ってきた人間関係構築がかなり脅かされている」(243 ページ)と指摘する。たしかに、私もウェブ会議では用件だけ打ち合わせて「退出」というケースが多い。信頼を得るという雑談本来の目的を鑑みて、今後は、ちょっとした雑談を挟んでみようと思う。雑談に乗ってくるかどうかは相手任せということで。
2021.12.21
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