全22件 (22件中 1-22件目)
1
今朝は昨日のようではなく、涼風があり助かる。昨日はからだが水分を異常に欲してどんなに飲んでも汗をかかなかった。バイクで上京するのは当分やめよう。さておとなしく電車に乗って事務所に向かおう。
2011年06月30日
コメント(2)
ブログのことを忘れた今まで何を書いてきたんだっけ?書くこと何もなくなった
2011年06月29日
コメント(2)
あと1週間はかかりそうと話合った矢先明日退院の弾んだ声がヤッタ!早いねさぁて、と・・・
2011年06月24日
コメント(4)
地図を眺めては新しいルートを発見するとバイクを走らせるボクの脳裏にこびりついている古い地図を新しい地図に入れ替えようとしているのだ手で触れたあの電柱足で確かめた路地、小橋子供たちと触って遊んだ欄干古い地図に込められたなつかしいものすべてはあそこに行けばきっとまだある一緒に歩んだ一握りの人たちもだからボクは地図を手に明日の新しい道を探さなければならない
2011年06月24日
コメント(0)
夏至の日は真夏の日となった。この暑さはこたえる。エアコンなしでも健康な人なら乗りこえられるかも知れない。病者はどうか。無理だろう。災害の痛みをボクたちなりにこうして負う。みんなで工夫をしよう。みんながこの暑さを無事に乗りこえられますように。
2011年06月22日
コメント(4)
引越を終えてすぐ始めた家庭集会のHPを作りました。jimdoというサイトです。まだよく飲み込めていませんがだんだんと充実させようと思います。思い切って写真をたくさん入れてみました。気が変わりやすのでまもなく削除するかも知れませんが。ブックマークに入れてありますがここです ↓ http://nisisatuma.jimdo.com/
2011年06月20日
コメント(4)
母教会の礼拝に招かれ久々に家庭集会のようにではなくお話をした。午後は病院に妻を訪ねる。お互いの礼拝の様子を報告しあう。病院から外出許可をいただいた妻がウチの家庭集会ではお話をした。歩いて片道20分の道すがら頼んでおいた礼拝録音を聴く。この聖書の御言葉からはこんなふうにメッセージを語って欲しいそんな思いが叶えられたようにお話をしてくれていて喜び、また誇らしく思う。夕方は千葉教区の教師会とのことで片道1時間の道のりを、125CCのバイクで走る。会議を終えての帰りは道もすっかり梳いてすず風の中の帰り道が楽しかった。
2011年06月19日
コメント(4)
「この体重計壊れたわ」と言う言葉から始められたあの日は近所のクリニックのお医者様とインシュリン自己注射との長い付き合いの初め「専門医に」とか「セカンド・オピニオン」とか言う周囲のアドヴァイスに首を振りネットで調べようと誘っても無用というだけそれから年月を経てボクたちは教会からリタイアした「もうこれ以上できない」という妻ボクはボクで、神様の御声を聞いていた「ご苦労さん、もうこのあたりでいいよ」すべてを知られる神様のやさしき御声をそして役員会、教会総会あわただしい転居考えもしなかった土地に導かれ期せずして主治医が代わった専門医との出会いただ歩いて行ける場所にそれがあったから専門医にお会いして1週間彼女の様子もあの時から変化医者にすべてを託する穏やかな入院患者となった今日彼女を訪ねると治療の様子を話す安らかな顔「あのね 1型糖尿病、と言われたわ 珍しいのですって」「でも、大丈夫だから、心配しないで」と言い添えることを忘れないふぅ~~そう、少しでも 少しでも体重を増やして帰ってらっしゃい少しでも・・・・
2011年06月17日
コメント(10)
昨日は学生たちと半日を過ごし今朝は学生たちと起き朝の祈りをささげ食事を頂きこれから家路に着くところ学生たちと共にいると決まって自分の学生時代を思い出し今と重ね合わせるあれからは40年近くが経っているけれどボクの心の中でははるかな昔ではない今でも第1線で御用される象先生もボクの先生のお一人だったでもボクはリアイアの身になって
2011年06月17日
コメント(2)
ボクは真珠の飾りを持っている共に生き共に生かされた喜びが核となり長い長い年月を経ていつしか輝きだした生きている限り輝き続けるボクは真珠の飾りを持っている
2011年06月16日
コメント(2)
なんだかんだと言ってはいても降りかかってくることはすべて受け止めてしまう人の心のやわらかさ
2011年06月15日
コメント(0)
聖霊降臨祭の家庭礼拝を守りました。今日は赤ちゃんを数えて9名です。お婿さんを一人加えてすべてボクの愛する肉親たちです。前の教会の時は、母が月に一度東京からはるばるやって来ていましたが話を交わすことも余りできないまま帰って行きました。ここでは毎週集い来て主役のように振る舞えます。80歳を過ぎたわが母に成熟した期(とき)がやって来たようです。神様はボクと妻に、親孝行の最後の機会を残していてくださいました。
2011年06月12日
コメント(6)
妻の体調思わしくなく息子と2人で夕食を作りました。肉と野菜を冷蔵庫から出して鍋に入れて煮込むだけですが。「先に食べてるよ」食べ始めようとすると妻が2階から降りてきました。食後、明日のお昼のためにうどんを買いに出ました。明日ペンテコステの家庭礼拝のあと、みんなで食べます。妻の元気が回復しますように!
2011年06月11日
コメント(4)
長く歩いていたら体も心も重くなった。あるお店の前を通ると軽やかなジャズが聞こえた。ボクの心も軽やかになった。
2011年06月10日
コメント(0)
会議は終わる。帰り道、晴れ間ものぞき富士山顔見せ「お帰り」と微笑んでくれた。由比PAで桜エビ天丼食べ。
2011年06月08日
コメント(0)
~牧師たちの会議は踊る~会議の合間に牧師たちの証しを聴く。東北災害の地に建てられいる教会で、お勤めしている牧師たち。福島原発のすぐ側に建てられ、すべてを後にしてこられた牧師。彼らの職に対する誠実さに涙を流した。
2011年06月07日
コメント(2)
会議に出席のため掛川市の「つま恋」というリゾート施設に来ています。友人の車で東京を出発し代わり番に運転しながら神奈川県を横断し静岡県の奥深くに入りました。春霞がかかったような晴天の元久しぶりに静岡の景色を満喫。山、海、空、町、高速道富士川サービスエリアで友人にせがみ車を停め富士川とその向こうの町や山なみを眺めコーヒーを啜(すす)りました。静岡のなつかしい人々のお顔を思い浮かべました。
2011年06月06日
コメント(2)
お説教とか、何と言われてもいいが出来損ないはいない。障害者・健常者の区別もナンセンスだ。人は全部障害者である。それなのに人を健常者として自分を障害者と呼ぶのはミクロでいびつな眼だと言わざるを得ない。神様を障害者と呼ぶのはおかしいと思うでしょう?それと同じ。堂々と生きるんだよ!
2011年06月04日
コメント(3)
「政治」という舞台があってボクたちは観客席で見ている。本気ではないのだろう。演じて見せているに違いない。災害原発の過ち持って行きようのない悲しみ持って行きようのない怒り絶望を互いにぶつけ合っているのだそこから目をそらすため舞台の下のボクたちはその姿を見つめていなければならない。自分の姿を見ているように。
2011年06月04日
コメント(4)
5月度の会計集計をした。献金の中から、駐車料金を支出した。備品として20インチの液晶ディスプレイを購入した。心ばかり教団に献金もできた。5千円あまりが残った。「それはお給料にしていいよ」と、妻子が口を揃えた。
2011年06月03日
コメント(0)
神学院お泊まりの当番で雨の中、家を出ました。ちょうど散歩の時間で妻が駅まで見送りに。一こまの授業を終え近くのレストランで一人で食事。家族の顔を思い浮かべると心が和みました。神学生が集う教会に一緒にでました。まだ独身の頃、お勤めしていたなつかしい教会。その当時の信徒さんも出ておられました。祈とう会の御用を務めるボスも昔のまま。その祈とう会を指導する姿昔よりずっと良いと思いました。柔和で幸せそうなのです。
2011年06月02日
コメント(4)
山がないので土地勘がつかめない。鎌ヶ谷郵便局へ行こうとバイクで家を出て気が付いたら市川市だった。どこをどう間違ったのか・・・駅前に何とかたどり着き駅名を確かめ息子に電話急いで地図を広げてくれて「父さんそんなに遠くないよ」それからは地図のコピーをバッグにわけがわからなくならないうちに道端にバイクを止めコピーとにらめっこ歳のせいかそれでも間違う。
2011年06月01日
コメント(8)
全22件 (22件中 1-22件目)
1