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キャラメル、作ってきました。あの、グリコのキャラメル、あれです。簡単にできるんですね、小さくすればするほど手間がかかるだけで、あの味を手軽に再現できます、しかもできたてはなんともいえないおいしさがあります。姫君、味見をしすぎて、食事に支障が出てその日のリズムが完全に狂ってしまい、往生しました。。。。おまけつき。子供には手作りしてあげましょう。とよくいわれるじゃないですか。 手作りなんて面倒だし、そんなセンスも能力もないわ、なんていう私のような人間には痛い一言なんです。それでも、必要となれば作れるようになるものですね。料理はなるべく作ります。こんな物価の高いところで毎日買っていたら(レストランで食べていたら)、生活できません。まあ、気の利いたものは作ってあげられないですけどね。子供の弁当を、ピンセットとはさみを使ってかわいく仕上げる、なんて、無理無理。たこさんウインナーと、ウサギさんりんごが限界ですわ。それでも、アメリカ人の友達には賞賛されること間違いなし。だって、アメリカ人のお弁当なんて、サンドウィッチ、(それも、ピーナッツバターとイチゴジャムを塗ってはさんだもの)に、丸ごとりんごがごろりと紙袋の中に入っているわけです。それすら面倒だから作らない。彼らには、「子供に料理を作ってあげることが愛情」だとは思っていないわけです。「子供と一緒に思い出を作ることが愛情」なんですね。食べ物にあまり思い入れのない文化が垣間見れます。「30分かけて見た目のかわいい弁当をつくるのと、10分かけて普通の弁当を作って残りの20分一緒にお話して過ごすのとどっちがいい?」娘が幼稚園に行くようになったら、聞いてみたいことです。「かわいいお弁当」って言われたら・・・がんばるしかありません、お母さん。
2006年02月28日
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友達と英語でチャットしていた。・・・・・・ついていけない!!忘れつつある英語、何とかしないとなあ、と思った瞬間でした。とはいえ、一向にのんびりしている私。その根底にあるのは、「私に足りないのは日本語」って考え。暇があれば本を読んでいます。(すると、娘が自分の絵本を私の前に突きつけて、私の目の前に座ってしまうのですが・・・)こうして、ブログを利用して文章を書いています。旦那と議論します。(相変わらず、いいまかせられません。くやしい)自分を見て、人生経験が薄いなあっておもうの。同世代のアメリカ人の友達は、もっといろんな経験をしている。仕事だって、趣味だって、地域活動だって、とても積極的。子育てをしている人だって、母として、妻としてだけでなく女としての自分をとても大事にしている。以前、英語の授業の中で「Talk about yourself, don't say "my husband is .... "(あなた自身について話してください。”私の夫は”とは言わないで)」先生がそう忠告したことがあります。韓国人もその傾向があるのですが、結婚すると、自分がなくなる。自分の価値が夫の肩書き、あるいは子供の学歴と摩り替わってしまう。自分のことを話そうとすると、私はよく黙り込んでしまった。話すことがない。いや、今まで自分のことにあまり目を向けてこなかった。日本語ですら、自分のことを話すことが少なかった。いつでもどこでも、誰かの受け売り。「テレビで・・・言ってたけれども」「今日の新聞には」「OOさんが言ってたけれども」そんなことを言っていると、「じゃああなたはどう思うの?」って聞かれ、口をつぐんでしまう。そこなのよね、日本人が英語ができないって言われるゆえんは。私はそう思う。そう、私はそう思えてきたのよね。だから、今度アメリカの友達と会うときに実践してみようと思うの。今度は通じるかしら?
2006年02月26日
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そういえば、先日子供たちと話をしているのを聞いたのですが、「おばさんは、バレンタインには誰にチョコあげたの?」隣のお母さんが詰問にあっている・・・「え~、誰でしょう?」「私、分かるよ」「誰?」「夫でしょう」「ぶぶ~、残念、夫にはあげてないよ。」お母さん、にやにやしながら「もちろん、息子に決まってるでしょ!」子供たち、意外な答えだったらしく不思議そうに見ていました。息子は育てにくいといいますし、かわいい服買えなくてつまらない、とも聞きますが、・・・そうなんだ、夫よりも息子なんだ。授けられるなら、男の子欲しいですね。今日は父と会ってきました。不思議と、18で家を出てから私は父の出張先でよく会っている。最近経費削減のためか、地方出張が減り東京出張が長くなり、前泊して私たちに会いに来てくれる。不思議な縁だと思う。私が小学生の頃の父と過ごした記憶は、3日間だけである。夏休みの親子キャンプ私が父と一緒に参加したいとせがんで、実現したらしいが覚えていない。それ以降、私は父と二人で時間を過ごすことが多くなった。今になって思うのは、私は随分期待されていた、ということ。確かに私が大学に入った頃は、そのことを父は友達に言いふらしていたらしい。私は大学生の頃にもすでに社会人の人と付き合いがあって「絶対良い就職ができるよ」と言われていたし、私もそう信じていたけれども、だめだった。最後は高校生と就職活動をしていた。「女性で高学歴だと採用できない」と言われたそのときのショックは今でも覚えている。女性であることを随分悔やんだけれども、でも、結果的には今の旦那と知り合い結婚して、自分が飛躍しているのだから、女でよかったと今なら思える。私、親孝行して、リベンジしたいのね。孫の顔を堪能して夜の通りに消えていく父の後姿を見ながらそんなことを思っていました。父はそんな私を少し離れて見守っている、いつもそう。母にはそんな父の態度が許せないようなのですが、子としては、親が子を思う気持ちが伝われば、それでいいのですけれどもね。
2006年02月26日
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姫君の2歳の誕生日を(かなり早いのですが)指折り待つ私、季節も良いときなので、何をしようか考え中です。そんな姫君、最近の成長は目を見張るものがあって、子育てが大変な時期ではありますが、それ以上に楽しみもたくさんあるような気がします。そんな楽しみの一つが、娘の成長の奇跡を見ることでしょう。姫、1歳の誕生日を過ぎて歩き始めた頃から、なるべく二人で外出するようになりました。公園に行き、児童館に行き、知り合った楽天仲間に紹介し、とにかく、母子二人の時間を少なくしようと思っていました。私自身は家でのんびり過ごしたかったのですが、娘と二人だと、まとわりつく娘にものすごくいらだつ自分がいる。それならいっそ、外に出たほうがいい、と思いほぼ毎日、外出するようになりました。スーパー入り口のベンチに座って行きかう人を眺めているときもありました。愛想の良い姫君は、それでも、その振りまいた笑顔に反応する人たちの様子を楽しんでいたようです。児童館では、姫君、自分以外の子供と一緒に遊ぶことを覚えました。最初は、人が遊んでいるおもちゃをすぐ取り上げたり、大きい子達にかまわれて泣いてしまったり、自分の思い通りに行かなくて随分、ストレスがたまったようです。でも、子供って柔軟でそうやって子供と遊ぶことをいつしか覚えて、施設にあるおもちゃには、執着心を見せなくなりました。他の子におもちゃをとられても、別のおもちゃで遊んで、その子が飽きて手放した隙に、さっと奪い返す知恵をつけたよう。他の子たちを見ているのも楽しいものです。いろんな性格の子供がいて、お母さんがいる。子供も、お母さんといるときと、お父さんといるとき、祖父母といるときでは表情がまったく違う。子供同士も、相性というものがあるのか、一緒にいる子によって遊びが変わってくる。姫も、自分の好きな子がいない日は、あまり遊びたがらない。子の相性と親同士の相性が合わないと、結構たいへんなのよね。私ね、こうして子育てに専念できるって幸せなことだと思うの。そして、子育て中にかかわる人間関係って本当に多彩だし、面白い。もっとたのしんでいこう
2006年02月25日
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姫君は、よく他人からほめられる。そして、多くの人たちを癒している。子供嫌いの私の母も、よくかわいがってくれるしその愛想のよさは、多くの人を和ませる。でも、ふと思ったことがある。彼女の存在に、癒される人とそうでない人がいるようだ。怖い顔をして、颯爽と歩いている人には目もくれない。まるで、その人の中にある「癒しの気持ち」をそっと引き出しているような、姫君の中にはそんな特技があるような気がした。子供って不思議。
2006年02月23日
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横浜市が小学校の英語教育を積極的に推進しようとしている、という話を聞いて、小学校教育って、実感がわかないのでこの貧しい想像力を働かせて、考えてみました。「目標は、中学校卒業時点で、英語で観光案内ができる程度の語学力を身につけさせる」かなりすごいこと言いますね。これ、実現できたらすごいと思うんです。実際、お隣韓国では小学校から英語を教えているから、韓国に行って困ったときは、年配の方に日本語で聞いてみるか、子供を捕まえて英語で聞けば、韓国語が話せなくても何とかなるらしい。韓国と日本は、似たところがあるから、参考にできるのではないでしょうか。ふと思い出したことがあります。アメリカで出会った韓国人で、アメリカに滞在している韓国の子供向けに英語を教えている、という女性と話をしたことがあります。彼女は、韓国訛りがありましたが、上手な英語をしゃべる人です。でも、「私は小さい子にしか、英語を教えない」んだそうです。子供たちの英語の上達は早くて、すぐに先を越されてしまい、子供たちは彼女の英語に聞く耳を持たなくなるんだそうです。子供たちにとって、American Englishと Korean English(パパ、ママ英語)は別言語なんです。自分たちは学校の補修がしたいのだ、と。とはいえ、横浜市の動向が見逃せません。ただ、あの200ページ以上の答申を全部読んだ人どのくらいいるのでしょうか。。。。。
2006年02月23日
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Gramma(ぐらんま)は祖母、それにGreatがつくと曾祖母という意味。姫君にとってgreat gramma、つまり私にとっての祖母が今危険な状態にあると連絡が入りました。わたしにとって、唯一の祖母です。祖母にひ孫)great grandchild)が見せられたことが、唯一の祖母孝行になりました、それから1年で体調が急速に悪化しました。祖母は波乱の人生を送っていました。でも、最終的には祖母の思い通り子供たちの誰をも金銭的に苦しめることなく、娘と義理の娘の世話を受けながら、人生をまっとうしようとしている。そのことに、不思議と悲しみは起こらない。祖母と入院する直前まで一緒に生活していた私は、入院中の、自分の苦しみを耐え忍ぶ力さえ失って人生を放棄してしまったような、祖母の姿に悲しみを覚えた。私の知っている祖母は、入院しても家に帰りたい一身でぐっと耐え忍んでいる姿だ。だから、今、ようやくお迎えがくるんだなあ、としみじみ思う。でも、これからまた数日、数週間心臓は拍動しつづけるんだろうな。祖母の姉妹たちもそうだったから。昔の人はたくましい。そうやって、心の準備期間をくれるんだから。
2006年02月21日
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最近、姫君は「どうぞ」というようになった。片っ端から私にくれる。その姿が上目遣いで、笑える。。。そういう、娘の成長をひとつ発見できると、とてもうれしいものです。旦那は、たまに話す友達の子供との成長を比較して心配しているようですが、毎日姫を見ている私が、大丈夫って思っているんだから大丈夫。変な自信があります。それよりも、娘の成長に追いつけない押さない母の方が心配なのです。。。。「私って大人気ないよなあ」と反省する毎日。そういえば、昨日は午前中ほぼ独占状態で遊んでいた姫。隣の部屋で、育児サークルがあったからのよう。私と姫は、そういうのに極力参加しない。姫がもっと大きくなってから、団体遊びが楽しくなってきたら始めようかと。それよりも、今の時期は「自由に遊ばせること」が大切なんじゃないかなあ。そうは考えない親も多くて、時々不安になるのですが、姫君をじっと見ていると、気づくのです。この子は決められたことをやるのが嫌いなんだ。放っておくと、実にいろいろなことをやります。最近は、広告をぐるぐるっとたてに巻いて剣のようなものを作ります。大きい子達の工作を見ていたのでしょうか。私が料理をしていると、隣で一生懸命真似をします。ためしに使わないなべとフライ返しを貸してやると、ままごとを始めます。教えてはいないのですが、自分でやるわけです。私が本を読み始めると、自分の絵本をどんと私の前に持ってきて「あーあー(読め~)」そうやって、うっと惜しいなあと思いながら遊んでやっているのですが、傍から見てるのはかわいいものですよ。(旦那が被害を受けているときなど)大人ががんばって教えなくても、大人のやることを見て覚えるんですね。あ、そもそも教えるのではなく、学ばせる。大学生にもなって、「挨拶運動」をしなきゃいけないのってどうなのよ。学生なんだから、学んでちょうだい。私の大学生活は、教わったことは大してなかったけれども、自分で学んだことはたくさんあったなあ。それが、実を結んではいないんだけれども、ひとつひとつの経験は、あのときにしかできない貴重なものだったと思う。無駄だったのか、大事な経験だったのかって考えることがあるけれども、学ぶことって本来、そういう無駄の多いものなのよね。その中で、ひとつでも開花できればそれは確実に自分の実になる。教わったことは、無駄が少なく役に立つだろうけれども、お役ごめんになったら、その知識も一緒に捨てられてしまう。学ぶことはたくさんあるわ。
2006年02月21日
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最近、旦那が忙しいこともあってストレスがたまり気味の私。それを見透かされていたのかどうか、今日行った児童施設のボランティアの方が、ちょっとの間、姫の面倒を見てくれた。身にしみてうれしかったなあ。ふと、思い出すのが、アメリカで見た若者向けの番組で、(何故か朝の9時ごろからやっているんだけれども)子供を作りたい、という若者二人に実際に人形を使って子育てを体験してもらうというもの。一人は、子供(人形)を放置して行ってしまいました。分かるなあ、その気持ち。自分の時間があるだけましで、やっぱり子育てって拘束時間が長い。アメリカなんか特に、子供を家に置いて外出できないしね。夫婦の時間なんて激減する。多分そのことで不満なのは私ではなく旦那の方だと思うけどね。私は旦那をかまっている暇があったら、他の事したいと思う。・・・ひどいね、私。でも、私の場合それが子作りの目的だったんだからしょうがないでしょ。旦那は今でこそその日のうちに帰ったことがないくらい忙しい生活をしていますが、いままでは、本当にたくさんの時間を私と共に過ごしてくれました。一見、ほほえましい光景でしょ。・・・・・・・それがね、私には重荷だったんです。だって、結婚する前は、一人で旅をするし、一人で映画を見るし、一人で買い物をするし、一人で食事をする、一人で何でもしたがる人だったのです。旦那は正反対の二人で何でもしたがる人なので、最初は新鮮でよかったのですが、だんだんそれに疲れてしまったのです。だから、子供ができれば少しは子供と二人で何かをしてくれるかなあ、と思ったのです。結果、分かったことがあります。旦那は二人で何でもしたがる人ではなく、みんなで何でもしたがる人でした。最近は、子連れでできることが限られていて少なくとも、彼がやりたいと思っているいい感じの居酒屋に行きたい、スキーがしたいドライブしたい(姫は車嫌い)ジムに行きたいは却下で、旅行も行きたいけれども休みが取れないのでいけずじまい。「子育て中は、やりたいことができなくてストレスがたまるって、こういうことだね」というが、旦那、一人であるいは友達とやればいいじゃないか。。。ちょっとうらやましく思う私でした。
2006年02月20日
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引き続き言葉の話。英語が話せるようになってきた頃の出来事です。この頃から会話が楽しくなってきました。当初の、「どこから来ましたか?」「どのくらい滞在していますか?」などの会話から一歩踏み込んだ会話をしたいと思い始めた頃。「Kurosawaについてどう思うか?」そう聞かれたことがあります。私が首をかしげていると、「ニホンゴモハナセマス」日本語で話されても困ります。私は映画は見ない、と伝えると、首をかしげながら去っていきました。日本通の外国人は、黒澤映画を見て、相撲を楽しみ、花街文化に驚きます。日本ではなじみの深い、ありふれたものだと思っています。これらのことを、日本語でも説明できる人はどのくらいいるのでしょうか。反対に、私が英語でアメリカ人と話をしようと思ったとき。「どうして、日本人はハリウッドのアクション映画のような、単純で意味のない映画しか見ないんだ?。アメリカには他にもすばらしい映画がたくさんあるのに、日本人はみんな興味がないんだ!」と嘆いていた。英語が少し話せるようになって躓いたことは、「英語で何を話したらいいかわからない」私は話題のない、陳腐な女だったのか、と落ち込んだときもありました。日本で友達とどんな話してたんだっけ。お酒飲んで、騒いで、たわいのない男女の戯言を言い合って、政治も経済も文化も趣味も、ぜんぜんなくて働いている人は仕事の愚痴をこぼし、恋人のいる人は、連れ合いのつれなさを愚痴り、子供のいる人は育児の愚痴をこぼし、そんな会話ばかりしていました。昔の私は、自分のことをあまり話しませんでした。「そうだよね、私もそう思う」そう言ってもらえる話題しか話さなかった。だから、自分と同じ系統の人間とだけ話をしていた。でも、アメリカで英語で話をしていて、私の話をうんうんって聞いてくれる友達ができた。生まれも育ちもぜんぜん違うし、聞いて見たら考え方も違うのに話していて心地よかった。だって聞いてくれるから。「すごいね、がんばったんだね」「いい話ね」「楽しそうね」そんな言葉をかけてくれる。うれしいな、話してて心地よいな。会話ってこんなに楽しいものだったんだって思えたの。その後の相手の反応に、「さっきいったじゃない!」って愕然とすることも多いんだけれども、聞いてくれる姿勢って、まずは重要なんだって思う。それから、ボランティアで働くことになるんだけれども、話すことが中心。最初は胃が痛くなるくらいストレスがたまりました。電話の声なんて、なかなか聞き取れないし。それを「最初は難しいよ」って大目に見てくれる人たち。「Sure(もちろん)」なんて自信満々にいって、ぜんぜん理解してなかったり。お恥ずかしいかぎりです。でも、本当にやっていくうちに慣れてくる。だんだん、面と向かって堂々と面接までしちゃったりして。「この人はどんな人なんだろう」って思いながら話を進めていくの。失敗も多かったけれども、たまに「話ができてうれしい」ってコメントもらえると、心の中で、「よっしゃ」なんて叫んでたりした。「英語を話せるようになるには、英語を話さなきゃ」というのがいつしか目標になりました。学校に行かずにボランティアで働き始めたのも、それがもっとも英語を話す機会が多いと思ったから。(授業で習って)与えられた言葉には、心がついてこない。言葉は自分の内から生み出されるもの。そして言葉が身につくんだ。
2006年02月17日
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これ、何だかわかりますか。私のTOEICの点数。妊娠直前に受けたテストの点数です。周りの友達はみんな、800はかるく超えていたから正直、落ち込みました。私はこのとき、電話応対を堂々とやっていたのですけれども。電話で英語は話さない、と言い切っていた友達が800を超える点数を取っていたので、自分も大丈夫だろうなんて思っていたのです。まあね、英語の点数取れなくても、英語でやり取りできるんだったらそれでいいじゃない。実は、私英語を中学の頃からがんばって勉強してきたの。常に英語に対する興味は尽きなかった。でも、成績は悪かった。適当に勉強していた数学の方が、ずっと点数がよかった。海外留学することは、ずっと夢だった。夢で終わった。変わったのは、結婚してアメリカに行ってから。そこでの人たちとの出会いが、大きく私を変えたのでした。英語の成績は↑この程度ですが、英語を話すことに、明らかに自身を持てるようになりました。”That's a good idea. You can do it"(いいアイデアね、あなたならできるわ)" You can speak English very well"(英語を上手に話すのね)そんな、うれしい言葉をたくさんたくさんかけてくれた友達。私がステップアップするための機会を与えてくれた友達。失敗をしても、失敗の経緯を話し合って、後処理してくれて、そして新たなチャンスを与えてくれた私の上司。あの頃の私は、必死だった。棚から牡丹餅的にめぐってきた、海外生活のチャンス。ぜったい後悔したくなかった。必死さが伝わったのかしら、見ず知らずの場当たり的に出会った人まで私に情報をくれたり、私のつたない英語を最後まで辛抱強く聞いてくれたり、その積み重ねが、私の英語を上達させてきた、と今なら思えます。もしあなたが英語がぺらぺら話せたとします。誰に、どんなことを伝えたいですか?それが、英会話が上達するコツです。だって、伝えるものがないと会話が成立しようがないでしょ。私はね、旦那に対する愚痴を・・・・みんなから、「そんなWifeをぞんざいに扱ってだめじゃないか」と言ってもらうために。。。。何せ、「朝ごはん毎日作ってもらってるの?(ご飯に味噌汁ですが)旦那さん幸せね~」「え、ランチまで作ってもらっているの?(サンドイッチ、はさむだけで5分でできます)そんな奥さん、なかなかいないよ~」「バレンタインで、花束くらい買って帰るのが新婚夫の務めってもんだよ」とまあ、いい思いさせてもらいました。日本だと、「ご飯に味噌汁くらい作って当たり前」だし、「お昼食べに行くのが大変なら、お弁当は作って当然、おかずは3品以上よ」「バレンタインなんだから、チョコレートぐらい準備しなさいよ」になるわけじゃないですか。英語勉強するの、楽しかったなあ、このとき。女性の方が英語が上達するのが早いそうですよ、ちなみに。
2006年02月15日
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アメリカの日系スーパーに行くと、よく「賞味期限ぎれマヨネーズ、半額」の文字を見かけました。日本商品はとても割高なので、よくこういう半額商品を買いました。それでも、ぜんぜん平気なんですよ。アメリカで、食品の見る目が変わりました。というのも、アメリカでは一部の商品にしか賞味期限が記載されていません。日本のように多湿な気候ではないので腐りにくいのかと最初は思いましたが、腐った商品も平気で売っているところを見ると、「アメリカ人は、賞味期限に無頓着な人が多い」ということなのでしょう。だから、「回転の悪いお店では絶対買い物をしない」生鮮食料品は、スーパーの入荷日に合わせて買いに行く。調理に使う前に、腐っていないか確かめる。こういうことを気をつけていたのを思い出しました。賞味期限ってなんなんだろうな、と思うときがあります。数字や表示に目を取られて自分の嗅覚や味覚が信じられなくなっているのかしら。期限切れ間近の商品をこぞって買う私でした。おなかを壊したこと、ありませんよ。
2006年02月15日
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今朝の私はいらいらしていました。何故だか、月の半ばというのは予定が目白押しでとてもいそがしかった。今日も本来なら、いろいろやりたいこともあったのだけれども、昨日から、姫君の様子がおかしい。病気じゃないんです。やたら、私にまとわりついてくる。玄関で遊ぶだけ遊んで、お出かけ用の靴を履こうとしない。「もう、じゃあ今日はお出かけしない!」怒って、ベッドにふてねする私。・・・子供ですね、私も。目を開けると、姫がベッドルームのドアのところで、遠巻きに私の様子を見ていた。。。その姿があまりにも切なくて、「ごめんね」謝るしかなかった。だっこして、一緒にうだうだして、お昼にもなっていないのに、そうそうにお昼を食べて・・・姫君眠ってしまった。姫、連日の外出で疲れてしまっていたのね。ちょっと前までは、外出しないとものすごい剣幕で怒っていたのに、たまには家でのんびり過ごしたかったのかしら。しかし、彼女は体が強いんでしょうね。風邪ひとつ引かず、熱ひとつ出さずだから余計、「疲れた」のサインを見逃してしまいました。今日はゆっくり休んで、明日は様子を見て、週末には復活するでしょう。また旦那が家で仕事をするようなので、頭が痛いところですが。
2006年02月15日
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期待というものは外れるためにあるんじゃないかふと、そう思うときがあります。例えば、姫君が生まれて義理の母が喜ぶかと思いきや、意外と母が姫に夢中です。姫はきっと私の子だから落ち着きがないだろうなと思いきや、(旦那も小さい頃は落ち着きがなかったらしい)迷子になるのが得意な私とは正反対の子に育っている。これには非常に助かっている。彼女が外遊びが好きなんだと思いきや、案外室内でお絵かきしたり、ままごとしたりして楽しんでいる。ある意味、期待通りなのは、私自身も人の期待をはずすのが得意なところでしょうか。「あなたのこと、期待してたのに」よく言われます。期待するのは勝手ですし、その期待にこたえるかどうかも私の勝手です。それが期待なんだなあ。
2006年02月14日
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姫君と朝までコースは免れたけれども、こんな時間に起きてきて眠い眠い。でも、旦那のご飯作って(夕食です。ジャパニーズサラリーマンだわ)私は、今日のミーティングの準備。実務的な準備というよりも、感情的な準備が必要なんです。前回、私は失敗をしてしまいました。BさんCさんにお伝えしたいことが、結果的に、Aさんを傷つけてしまったの。そしてAさんは今もずっと傷ついている。メールの中からも、それは伝わってくる。そして、「私のことをわかって」そんな悲鳴が聞こえてきました。問題の所在が、違うところにある。最近参加した私。今年度いっぱいでこのグループを去ることが決まっているAさん。Aさんに引っ張られるようにして活動してきたBさんとCさん、多分、うまく行っていたら引かれなかった引き金を私が引いてしまったよう。仲裁役に徹してくれた職員のDさん、感謝します。失敗は成功の素とはいえ、失敗を生かしていかなきゃ成功しないわけで。私はAさんの気持ちをわかってあげられたのだろうか。わかっているけれども、それを私は伝えきれていなかったのかもしれません。Aさんは余計な事をしたと思って傷ついている、でも、それは余計なこと、ではない。「私たちが気づかなかったところに気づいて、行動してくれてありがとう」伝えなくてはいけない言葉は、「ごめんなさい」じゃなくて「ありがとう」だわ。一番に伝えよう。私、小さい頃から気がついたら人を傷つけている、ということがよくあったの。でも、「私のせいで傷ついたんだ」ということは分かるから、自然と人を避けて行動していた。アメリカで人間関係がすごく楽だったのは、アメリカ人は、私の言動くらいでは傷つかない人が多いし、「私のことを分かってくれなくても、通じればいいわ」なのよ。私に欠けているのは相手の気持ちをくんで発言すること ね。そうすると、何も言えなくなってしまうのですが。言える立場になるまで、我慢する?そんな時間は私には残されていないわ。それに、私には共に作り上げるという経験値が圧倒的に不足しているのだから、調整役がいて恵まれているこの環境下で、自分なりのスタンスを手探りで探していくことにも、意義があるのかな。これとは別に、動きはじめているものがあります。この二つがいつかマージすることが、、、あるんじゃないかな。そんな楽しい事を、むふふ・・・と考えると、今の閉塞感が吹っ飛んでしまいます。とはいえ、今日のこと、がんばっていこう。
2006年02月14日
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日曜日は、美術館にいってきました。旦那の趣味です。冬は外にいても寒いし、私たちは買い物好きでもないので、こういう過ごし方も良いかもしれません。もちろん、姫君の昼寝サイクルにあわせて、お昼ごはん後すぐ出かけました。つくちょっと前にはぐっすりすやすや・・・静かに絵を見ることができました。アメリカ人が収集した日本美術の展覧会なので、旦那はしきりに、「こんなものを収集するなんて、変わってるな~」としきりに関心していました。そうそう、美術館に結構子供づれで来ている人がいました。この東京都美術館は、車椅子用の特別ルートはあるけれども、基本的に、階段を使わないといけないので、皆さん、ベビーカーを抱えて階段を上り下りして、入り口に入っていました。私のアメリカの友人に言わせると、日本という国はstair countryどこに行っても階段ばかりの国だといいます。それだけ日本人は足腰が健康だということですが、足が悪くなると、「特別扱い」してもらわなければ、どこへもいけなくなると、出かけるのも億劫になりますね。そういう人は確実に増えて生きますから、もう少し、バリアフリー化して欲しい気がします。そしたら、ベビーカーも使いやすくなるかしら。うちは、相変わらず抱っこです。らくだからね~運動だと思って。
2006年02月13日
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最近、この界隈でよく耳にするのが、「子供のことを忘れて、楽しいひと時がすごせました」私などとくに、結婚するまで、自分の時間を第一に考えて生きてきたから、結婚したら「旦那さまのことも考えて」子供ができたら「子供のことを考えて」と社会から、親から言われて来ました。どうして、奥様は自分のことを考えちゃいけないんだろう。自分のことが考えられて初めて、相手のことを考えられる余裕ができるでしょ。(自分に言い聞かせてたりする・・・)そんな自分のために、友達に会いに行きました。東京生活、(というか東京近郊も含めて)短い私ですが、独身時代からの友達が数人います。子連れ+独身男女、というはたから見たら奇妙に映る組み合わせでランチしてきました。旦那以外の男性と話したのって久しぶりかも。(旦那と話もろくすっぽしてないけどね)こんなに子供の話抜きで、私の好きなことについて話したのも久しぶり。そういえば、私の頭の中って子育てと家事、自分の将来のことでいっぱいだったわ。自分の趣味も始めようかしら。うん、始めよう。(でも、もうちょっと暖かくなってから・・・)
2006年02月11日
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子連れで電車に乗って母の用事に連れまわせるのは今のうちだけだよなそう思って、よく出かけます。先日のこと。姫もご機嫌で電車に揺られていると、出入り口をはさんだ向こう側の親子が絵本を読んでいるのが見えた。電車の中で、絵本の読み聞かせをしているのも初めてでしたが、英語で読み聞かせていました。日本人です、発音でわかります。かなり上手な人でした。すごいなあ、熱心だなあ。電車のなかも、貴重な絵本の読み聞かせ時間なんですねえ。そして、バスにのって移動中。隣のレーンの車の中を何気に覗いていると信号が赤の間ギターを弾いていた練習する暇がないのか、近所迷惑を考えると、車の中が格好の練習場所なのかもしれません。それにしても、器用だ。。。。ちなみに、我が娘、姫君は機嫌が良いと、電車の中で「ちーたー、ちーたー」とのりのりで歌ってます。歌を歌っていないときは、満面の笑みを浮かべて愛想を振りまいているか、必死につり革をつかんでいます。最近は電車自体にも興味を持ってきているので、「これは山の手線ね」などと、教えています。見た目は女の子ですが、興味は男の子に近い、我が娘です。
2006年02月10日
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姫君、何をやるにも自分でやりたがる。今日もおにぎりのフィルム開けてあげようと思ったら、めちゃめちゃご立腹。開けれないんですけどね、自分で一度試して見ないと気がすまないことに気づきました。それって、私の性格でもあるんだな、そういう風に思いました。回り道だってわかっていても、自分でやりたがる。その割には、自分で始める度胸はないのですが、今日は、ちょっと自分でやろうって気にさせられました。今日はいつもの参加しているグループのミーティング。何に腹が立ったって、私って何のためのスタッフなんだろうって思ったの。自分からやりたいことをやるのが、ボランティアのいいところなのに、私がやっていることは、言われて作業する都合の良い無料奉仕者。私がやることはすべてお膳立てされているから、私が「考える」要素がない。前回のイベントは、あの大雪当日で中止になったの。その事について、中止を決定した人が現場にいなかったこともあって、「今後どうしたらいいかを話合う必要がある」と提案したんだけれども、現場に来なかった人を責めるような形になってしまって反省。言い方がね、悪かったんだと思うの。しょうがないね、意見言うの下手だもん。こればっかりは訓練だねぇ。当日来た役所の職員たちに辛口の意見を言われた私には、抑えようと思っても、その勢いが残ってしまったのね。私も、開催したかったけれども、「子連れのイベントだから」といわれると、「いやそれでも」とは言えなかったし。うちの子は来たんだけどね、結局。あ、わかった。「私はこう思う」と思って提案しても、最終的には違う方向に流れていくから。だから、いらいらしてるんだ。こうして自分の「理解できない気持ち」が「理解できる」と、不思議と落ち着きます。というわけで、今日はその後引き寄せられるようにこの方に会いに行きまして、ひょんなことから、一緒にやりましょうという話になりました。へへへ、私なりのアイデアがあるのよん。コーチの話が今頃になって、理解できました。とはいえ、これも私に必要な回り道。
2006年02月09日
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姫を知る人たちが決まって口にする言葉が娘さんは手がかからない子ですね確かに、それは正しい。一般論としては。だからといって、母が娘に手をかけなくても娘が育つかといったら、やっぱりかまってやらないと、怒って拗ねていたずらをしでかす子供なのです。私がいないことに気づくと、それまで他の子のお母さんと遊んでいたにもかかわらず私を必死に探し始める。私が怒ると知っていて、わざとジュースをじゅうたんの上にこぼすし、にこにこしながら私の顔を思いっきり引っかくこともある。ただ、執拗に手がかかる子ではない。子育てはそれなりに大変です。そして奥が深い。そういえば、最近読んだ本でオニババ化する女たちというのがあります。出産経験のない人からのレビューに批判がありますが、子供を生まない選択をしている人を責めている本ではなくて、女性でありながら、体の内側からの声に耳を傾けていますか?そんな本です。読んでいて、ふと思ったことがあります。出産後、持病の腰痛は治らなかったのですが、私、排卵日がわかるようになりました。体がだるく重くなるので、あまり歓迎しなかったのですが、私は出産後に体のバイオリズムに敏感になったってことなんですね。そう思うと上手に付き合えそうです。二人目生むのが楽しみ。
2006年02月07日
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死んだように眠っている姫君。心配なので、ちょっと触ってみた。・・・・・・息してる、生きてるわ。寝言まで言っている、幸せそうに。今日は楽しかったんだろうな。児童館に一日いたから。かえる気配まったくなし、最初に来て最後に帰ったよ。まあ、私もいろんな話が聴けて楽しかったけれども。(ついでに私も話させてもらったけどね)母親の醍醐味って”育っていく子供を見ること”なんだなあ、ってふと思いました。だって、頑固にゆずらないところとか、変なこだわりがあるところなんて私そっくり。そっくりすぎて腹を立ててしまうのですね。そう思ってしまうと、親も子供を育てながら成長していくんだな。子供を育てながら次にステップアップできるんだったらそれもよい経験でしょ。仕事を持つこととはまた別のところにある、でも同じくらい大切な大切な経験。余談ですが、児童館で見つけたチラシ。女性の再就職応援セミナー無料の履歴書添削指導。(←これはわかるけど)無料のメークアップ講座(←私には必要かも)インターネット講座エクセル、ワード講座つまり、履歴書がうまくかけて、品の良いメークができてインターネットとワード、エクセルが使えれば就職できるってこと?おしえて
2006年02月06日
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私の母はデパートで働いている。というわけで、デパートの内情などいろいろ聞かされることがあるのだが、そこでふと思ったこと。地方も都内も同じ品物の値段が一緒。まあ、当たり前といったらそうなんだけれども、買う人の平均給料はぜんぜん違うわけ。そりゃ、売れ行きもちがってくるでしょう。コンビニもそういえば同じ値段。500円のお弁当を高いと思う地方の人は多いけど、都内の人は安いといって買っていくそうです。そういえば、私が地元で行く美容室と今度行ってみようと思っている近所の美容室とは値段が一緒なのです。賃料は2倍くらい差があるはずなんだけれども、技術料でしょうか。そう、田舎と都会では家賃が大体2倍違う。そして給料が低い。そのほかの物価はそんなに変わらないから、田舎に住めば安く暮らせるか、といったら疑問である。アメリカでは、随分貯金がたまりました。家賃は首都圏近郊と変わらず、給料は低いでも、食費と交通費が安いから、結構豊かな生活ができたと思う。毎日日本食レストランで食べてたら、高くつくけれども、自炊したら、本当にお金をかけずに贅沢できます。カリフォルニア米は日本のお米と遜色ないのに、日本米より安いのです。野菜も、大根は高かったけれども他のものは結構安く手に入る。急激に物価が上がったとはいえ、まだ日本よりも安いアメリカの物価。日本人以外の外国人がアメリカの物価は高いと思う。旦那は、給料が安いからといってアメリカに移住することを考えませんでした。今思うと、給料が高いからといって、贅沢な生活ができるわけではないんじゃないかな。私たちはどんな生活を望んでいるのかしら。まだ、答えはでないけれども今、今の暮らしは気に入っているから、続けていこう。
2006年02月06日
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肌寒い週末でした。気候だけでなく、気持ちも肌寒く過ごした私たち。旦那は会社で大きなトラブルが発生して夜も徹して、週末も返上で働いていた。会社は運悪く引越し作業中で、それもあってパソコンと電話を駆使して自宅から働く旦那。最初は「休日出勤にならなくてよかった~」なんて思っていたけれども、旦那と遊びたい盛りの姫を制するのが大変だったし、旦那が居間で仕事をしているから、私と姫の居場所がない。しょうがなくこの寒空の下、公園に行くのだが、寒すぎるからか、姫、私の腕を離れようとしない。閑散とした児童館では、すぐに時間をもてあましてあやすのに大変だった。かといって、週末に人ごみのショッピングモールやデパートに行くのも大変だし、(ってか、平日行けばいいことでしょ)我が家の快適さを実感した週末でした。ちなみに、旦那の方も大変だったらしく、ずっと電話を手放せなかったみたい。テレフォンカンファレンス(電話会議)も、同時にに5回線までしか使えなくて不便したようだし、仕事の大半がトラブルの解決というよりも、相手方との意思の疎通に費やされたというから、聞いててそれもむなしいね。「トラブルが起こったから直してくれっていっても、自分はそのトラブルがどう起こったから見ていないし、相手方はそれを説明してくれないんだから、直しようがないじゃないか!」って怒っちゃしょうがないのですが、そんなストレスのたまる仕事をしているようです。大変だわ。
2006年02月05日
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アメリカって何かと自治権の強いところで、州によって随分法律が違うし、町にも独自の法律があります。町の条例は、何かの選挙があるときに投票が行われるので、役人が勝手に作っているというよりも、市民が作って市民全体に信認を問うわけです。すごい法律もたくさんあるのですが、最近できた法律で、タバコの煙は大気汚染物質に含まれるというもの。車の排気ガスとかそういうものと同じ扱いになるんだそうです。カリフォルニアは、禁煙者には天国です。そして、これも驚いたのは、訪問販売を禁止する訪問販売を装った犯罪が多発していることを受けてらしいけれども、法律でその行為自体を禁止する、なんてなかなかすごい。まあ、でも日本人もここまではいかなくても、市民が自分の地域を守る気概が必要なのかな。実際、そうやって地域をよくしようとがんばっている人が多い地域は住みやすい。子持ちにはとても重要なファクターね。余談ですが、私の友達のすむ町で、Walmart(郊外大型スーパー)の進出を拒否したんだそうです。大型店ってよし悪しがあって、ひとつの店で、生活に必要なあらゆるものが買えるし、Walmartは安売りの店なので、手ごろな値段で買い揃えられる。でも、その結果、他の店が淘汰されて気がついたら、ちょっと買い物がしたいときでもその大型店に行かなくてはならないし、その大型店に置いていないものは、遠くの別の店まで買いに行かなくてはいけなくなる。どっちを選ぶかですよね。その判断を市民ができる。それって、すごいことでしょ。今の他人任せすぎる生活に、ちょっと喝が入った気分です。
2006年02月04日
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ちょっと耳にした話でよいことを聞いたから書きとめておきます。親が恣意的にご飯を与えないことを除いて、現代の日本人の子供が「栄養が足らない」ことよりも「カロリーをとりすぎていること」の方を問題にするべき。体重が増えない子を持つお母さんは、保健婦さんや近所の奥様がたから心ない批判を受けていますが、だからといって餓死することはないってば。それよりも、「栄養があるから」と果物、野菜ジュースや野菜入りのウエハースなどを与えているから、ご飯を食べないのよ、と。まあね、私も子供ができるまでは、食事が不規則になり勝ちだったけれども、姫が食べるようになってから、一緒にちゃんと食事をするようになったわ。そうすると、不思議と子供も食べるものよね。まるで、私のひどい食生活を娘が叱っているみたい。ははは。今はおかげで母子共に健康的な食生活をしています。
2006年02月04日
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最近読書にはまっています。一度読み始めたらとまらない性分。しばらく更新はお休み。姫の成長をここに記しておこう。最近遊びが楽しいらしく、私はお弁当持参で今日なんて、砂場で泥んこになって着替えにかえったけれども、10時から4時半まで出ずっぱり。節分である今日、近所のお寺でも豆まきをしていました。もちろん立ち寄った児童館でも。お兄さんが扮した赤鬼に、姫 半泣きやっぱ、怖いんですね。無事、鬼が倒されると豆を拾って大喜びの姫食べないでね・・・その後、お兄ちゃんたちと砂場で泥んこ遊び。お兄ちゃんたちが大きなショベルを持ってくると、姫は身の丈を感じたのか、自分は小さなスコップを手に取る。そしておにいちゃんたちががんがん砂を掘って山を作っている中、なにか良くわからないけど、スコップを持って呆然とその光景を眺めている姫。圧倒されている?いや、もしかしてお兄ちゃんたちと同じことをしているんだという空想にひたってるだけ?何せ、お兄ちゃんたちの一人に意味もなくショベルで頭を殴られても、逃げもせず、まったく動じていなかった。心そこにあらず。子供って不思議な生き物だわ。
2006年02月03日
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いつものように児童館で遊んでいると、なんと「電車で一時間かけて来ました」という親子に出会いました。雨の中、小さな子供を連れて電車を乗り継いで来たのね。「近所にこんな場所があっていいね」そう言われて、改めて自分の恵まれた環境を認識するのでした。確かに私も引っ越す前はやはり一時間かけて姫を抱っこしていろんなところに行ったっけ。子供ができて、居場所に困るお母さんって増えていると思う。だって、物心ついてから人は学校に所属して、卒業したら会社に所属してひととかかわり合いながら過ごしているけれども、子供ができると、家庭という子供と二人きりの世界に放り込まれる。例えば、他の友達は相も変わらず渋谷で遊んでいるのに、そこに子供を連れて行くと、「こんなところに子供を連れてきて不謹慎」という目で見られてしまう。結局居場所は、家庭のある、平日昼間に人気のないベッドタウンで、他人を寄せ付けないコアな親子グループを横目にどんどん内にこもっていってしまう親子。。。。まさに、この地に引っ越さなかったら私もそんな母親の一人になっていたかもしれない。児童館はまさに、人が会社にいって働くのと同じように親が子供を遊ばせる場です。そして、親が他の親に出会える場。そういう場を、すでに持てるって素敵なことだと再認識しました。でも、「与えられる」ものにはあまり執着をしないものなんですね。「自分で作り出す」から楽しい?だから、主催する人は生き生き輝いているんだ!私には何が作り出せるだろう?
2006年02月01日
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