清多夢くらぶ

清多夢くらぶ

2022年07月22日
XML
カテゴリ: いわて三陸の旅
松島は霊場 として、人々の崇敬を集めていた。松島の景観と極楽浄土を重ねて、多くの人々がこの地を訪れた。9世紀初期、瑞巌寺の前身に天台宗延福寺が創建される。奥州藤原氏が滅んだ鎌倉期に、臨済州へ改宗して円福寺となる。戦国乱世の中、寺は荒廃の一途をたどる。​

 関ケ原の戦の後、伊達政宗が仙台に居城を移すと同時に、この古刹の再建に力を入れる。「 松島青瀧山瑞巌禅寺 」の名称に表れている。先の大戦で焼失を免れたため、桃山様式を今に残す貴重な建築物が残っている。本堂、庫裡、御成門などが国宝に指定されている。​

 政宗は、伊達家の菩提寺として、強い想いと夢を抱いて瑞巌寺を造り上げた。瑞巌寺の繁栄と存続は、伊達家の繁栄に繫がる。戦乱で亡くなった家臣・領民を弔うための寺院で、領内の平和を実現せさるための精神の拠り所となる。過酷な戦国時代を智力で生き抜いた伊達政宗。「 永遠の繁栄と安寧 」を強く願う宰相だった。​

 訪れた日、 石斛(セッコク) のピンク色の花が見られた。中門(ちゅうもん)まえの杉の枝に、着生したもの。日本蘭の一種で、松島周辺では「イワタケ」とも呼ぶようだ。絶滅の危機にある貴重種、松島町の「町花」となっている。​​​​​


写真-1 ツインの大杉-中門-本堂と直列配置。


写真-2 国宝指定の庫裡と本堂(桃山文化を今に伝える)。


写真-3 杉に着生した石斛(せっこく)のピンクの花。


写真-4 中門前の苔床と白衣観音像、登竜門。


写真-5 海岸から続く参道。本堂中庭と法身窟。


写真-6 本堂室中の孔雀の間と松孔雀図[パンフレットより]。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2022年07月22日 06時00分08秒
コメント(0) | コメントを書く
[いわて三陸の旅] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

Calendar

Profile

江戸川らんべえ

江戸川らんべえ

Free Space

PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: