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師走になると、期間限定で富士山に洛陽する光景がみられる。夕散歩の楽しみだ。利根運河口の江戸川土手からは、南西方向の視界が開けている。「ダイヤモンド富士」になるのを期待して、カメラを持った人が多くなる。この日は、富士山頂に後光がさすように光景が見られた。[撮り溜めた写真から]写真1 富士山頂に後光が・・。写真2 江戸川から見る師走の日没。写真3 低い雲が夕陽で焼ける。写真4 蠢く雲たち。写真5 レンズ雲も見えた。
2023年12月27日
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涼しい秋になって、曙雲が空に広がる光景を目にする機会が増えた。今朝の雲形態は、密集した鰯(いわし)の魚群に見えた。日が昇る彼方から赤い鰯が押し寄せてきたように・・。 青空に小さな白い雲が密に集まると、鰯の魚群を連想させる。雲片が大きくなるにつれて、鯖雲やひつじ雲などと呼ぶ。 「いわしぐも」は、秋を表わす季語。しかし赤い鰯雲は、あまり良い印象与えない。鰯が赤潮の中を苦しそうに泳ぐ姿を想像したくない。赤潮の発生は夏場に多く、富栄養化が要因。海域の生物に悪影響を及ぼす。写真1 江戸川土手から曙雲を望む。写真2 東方から湧き上がる雲群。写真3 紅い鰯雲。写真4 鰯雲が更に密集。写真5 朱鷺色に鰯雲が変化。写真6 日の出とその反対側の曙雲。
2023年10月21日
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日差しのきつい夏の期間、江戸川土手を散歩することを控えている。暑さをもたらした太陽も沈みかけたころ、物流施設の緑道から夕雲を観る。西の空を赤く染めころ、気温が下がり始める。黒い積雲が広がる地平に日が沈んだ。まだまだ過酷な残暑は続く・・。 夕日の両側に、光の帯が淡く出現していた。彩雲のようにも見えるが、「幻日」かも知れない。幻日は、太陽高度が低い時に現れると言われている。また、薄い雲も条件のひとつとされる。太陽から約22度離れた、太陽と同じ標高で、白色または虹色に輝くのが玄日。写真1 紺色の空と江戸川土手の夕景。写真2 夕日の両脇に幻日らしきものが・・。写真3 土手と積雲と夕焼け。写真4 赤く染まった西の空。写真5 北の空にも夕雲が。写真6 雲間の富士山を見つける。
2023年09月10日
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大型物流施設GLP流山の周辺を散歩するが多い。ALFALINK流山5-6が2023年春に竣功した。最近、施設内にコンビニも開店した。コンビニ内からフードコートエリアに入ることができる。カフェテリアは、高い天井と十分に広いスペースがある。定食の他に、「はなまるうどん」と「吉野家」が営業している。ランチを「うどん+天ぷら」にした。 ALFALINK流山5は、GLP流山の施設の中心エリアにあたるので、アメニティが充実しているという。「託児所」、「シェアリングルーム」、「マルチスペース」などが施設内に整備されている。更に、常温・冷蔵・冷凍の3温度を管理する物流センターになっている。食品関係の会社が入居している。写真1 GLP ALFALINK流山5の出入口棟。写真2 ALFALINK流山5-6は、コネクション施設。写真3 広いカフェテリア兼食堂。写真4 うどん+天ぷらでランチする。写真5 シェアリングルームとマルチスペース。写真6 施設西側のランニング・ウォーキングロード。
2023年08月17日
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長谷山本土寺は、鎌倉時代に創建されたお寺。寺号の命名は、日蓮上人によるものとされる。境内には約5万本のアジサイが植栽され、千葉県における「あじさい寺」として知られている。梅雨時期、晴れ間をぬって多くの人々が訪れる。 源氏の平賀家の屋敷跡と伝わる長谷山(ちょうこくざん)。建治3年(1277年)、領内の地蔵堂を移して、法華堂として始まった。江戸期には、四院六坊がとりまき、七塔伽藍が山容を誇った。「本土」とは、佛になったお釈迦さまが住む国土に由来。本佛に捧げる草花で境内を満たす。現在、「花の寺」として親しまれている。 本土寺への参道は、旧水戸街道から続いたという。その途中に常磐線・北小金駅が造られた(明治44年)。当該駅から本土寺へは徒歩10分程。参道沿には飲食店やお土産店が並び、昔の参道の面影がある。写真1 長谷山本土寺の五重塔。写真2 紫陽花と新緑に埋もれる五重塔。写真3 本堂への石階段と祖師堂。写真4 像師堂へ続く小参道。写真5 回廊と妙朗堂などと紫陽花。写真6 境内に咲く紫陽花の例。
2023年06月22日
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県立柏の葉公園に。日本庭園と西洋庭園が並んでいる。西洋庭園は、ドーナツ状の円形花壇で、色とりどりのバラを植栽している。春と秋に開園され、無料でバラの花姿と匂いを楽しめる。 西洋バラ園には、86品種×約1000本が植栽されている。バラ品種には名前が与えられているが、横文字が多く覚えることは困難。リーフレットによると、バラの品種を4つに分類している。HT:ハイブリット系(枝先に大輪)、F:フロリバンダ(枝先に中輪を数輪)、CL、S:クレイミング(蔓バラ)、Min:ミニチュア(ミニバラ)。 比較的、花姿が新鮮なものバラを撮影した。名前を探してアップします。春季の開園は、5月初旬から6月中旬までの約1.5ヶ月。写真1 柏の葉公園の西洋庭園バラ園。写真2 HT系のベルサイユのばら、ヨハンシュトラウス。写真3 HT系のノヴーリス、ブルーライト。写真4 F系のファビュラス、伊豆の踊子。写真5 S系のアプリコットキャンディーズ、メイディランド。写真6 中央ドームのフランソワジュランビル。
2023年06月14日
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江戸川に架かる玉葉橋を通っている時、白い虹を観る。日が昇り始めて約1時間後、東の空は白いベールのうす雲が広がった。白いベールの中に、大きな輪が輝いていた。ハロ現象(日暈)で、見た人に幸運をもたらすとされる。一方、天気が崩れてゆく前触れとも・・。筑波山の山容は見えたが、富士山と日光連山の姿はベールの中だった。 太陽を中心に白く輝くリングをハロという。それは、うす雲が太陽の周りに広がっている時に出現する。日の出後と日の入り前によく観られる。上空の氷の粒によって、太陽光が屈折して見える現象。太陽の横方向で、虹色に輝くものが幻日と呼ばれる。写真1 玉葉橋から見る光の大アーチ。写真2 白い虹のようなハロ現象(日暈)。写真3 筑波山の山容。写真4 富士山と日光連山はベールの中。写真5 ハロ環と幻日。
2023年06月06日
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慈光山金乗院の境内に、赤い馬酔木の樹がある。スズランのような小さい釣鐘状の花が房になっている。アセビは、2月から4月に咲く春の花。白い花房が多いが、ピンク色、赤色の品種がある。濃い赤色アセビは、パッション(激情・情熱)とも呼ばれる。 馬が食べると酔って、脚が萎えることから和名「馬酔木」。枝・葉に有毒成分・アセトポチンが含まれ、犬の散歩にとっては、要注意の植物。英語名は「ジャパニーズ・アンドロメダ」。国の生贄となった姫のギリシア神話から、「犠牲」、「献身」の花言葉がある。写真1 慈光山金乗院の境内。写真2 鈴なりの馬酔木(あせび)。写真3 ブドウの房のような花。写真4 赤紫色の馬酔木「パッション」。写真5 椿の仲間の「夢」。桃色と白色が交互に交わう色彩。写真6 手水と白梅。
2023年03月08日
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襟裳岬から海岸沿いの国道336号を、アポイ岳(標高810m)を望んで西進する。浦河町内の大通りで、国道235号になる。この先、新冠町へ続く道は、「優駿浪漫街道」と呼ばれる(2006年に命名)。雄大な日高山脈と馬が草を食む牧歌的情景を楽しめる街道である。 アポイ岳は、様似海岸からせり上がっているピーク。学生時代に一度登山した懐かしい山ひとつ。いまや高山植物が豊富で、「花の百名山」となっている。そしてジオパークにも登録されている。地下深くから現れた「かんらん岩」で造られた珍しい山。 静内川を渡り、道の駅「サラブレッドロード新冠」で休憩する。競走馬の牧場が多数ある新冠町(にいかっぷちょう)。ハイセイコーの像が先ず目に入る。道の駅に隣接する「レ・ロード館」には、全国各地から寄贈された100枚のレコードが展示・保管されている。 優駿浪漫街道の日高町で、旅景色「北海道岬めぐり」を終えます。日高厚賀IC(2018年に開通)から、自動車道を通行して、一気に新千歳空港に到る。予定のフライトに十分に間に合う。空港内「北海道ラーメン道場」で時間を過ごして帰京した。写真1 様似町とアポイ岳。写真2 鼓動するアポイと橄欖岩。写真3 浦河町から優駿浪漫街道が始まる。写真4 新ひだか町の道の駅「みついし」。写真5 道の駅「サラブレッドロード新冠とレ・コード館」。写真6 北海道岬めぐり経路図。
2023年01月30日
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道の駅「うらほろ」から広尾町へ向かう国道336号は、太平洋と日高山地を望む雄大な景色がある。丘陵地帯の牧草地が断続的続く。広尾町を抜けると、景色が一変する。海岸と道路に急峻な崖が迫ってくる。 国道336号の十勝・広尾町から日高・えりも町庶野かんの33.5km「黄金道路」と呼ばれる。海岸や海蝕崖が朝日に照らされて輝くのではない。この区間は、日高山脈が太平洋に落ち込む。ゆっくりと景色を楽しむ箇所が少ない。昭和2年から8年間の歳月をかけて開通させた難所道路。黄金を敷き詰めるほどにコストを要したことにより、この名が付いた。 黄金道路は、トンネルと落石防止シェルターが連続する。その前後に、見どころもある。「フンベの滝」、「ハート形の豊似湖」、「近藤重蔵ゆかり参道口」、「百人浜」など。南北約10km続く、広大な砂浜の百人浜には、大波が押し寄せるので、サーフポイントのひとつ。写真1 道の駅「うらほろ」と丘陵風景。写真2 広尾海岸とフンベの滝。写真3 サーフィンに適した砂浜ポイント。写真4 近藤重蔵ゆかりのルベシベシ海岸。写真5 黄金道路。写真6 豊似防災ステーションとハート形の豊似湖。
2023年01月24日
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あけぼの山農業公園のメタセコイアと風車前花畑を散策する。メタセコイアの葉が枯れ落ちる前に訪れた。朝日に当ると赤味が増すので、和名として「曙杉」が付けられている。強く風が吹く1月には、スケルトン状態になる。[撮り溜めた写真から] 冬の期間、オランダ風車前の花畑を彩るのはビオラ(パンジー)。寒さ強い1年草で。マイナス10度でも育つという。近隣の小学生が植えた花段は、前列の6列のようだ。紫色を暗示するビオラであるが、黄色、赤色、白色などバラエティーに富む花。三色スミレとも呼ばれ、ギリシア神話にも登場するという。写真1 あけぼの山農業公園のメタセコイア。写真2 風車前のビオラ花畑。写真3 蓮池と風車とメタセコイア。写真4 青空とメタセコイア。写真5 曙杉と桜の樹。写真6 新大利根橋から日の出。
2023年01月21日
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コロナ感染第8波のさなか、アルバイト会社へ新年の挨拶に都内へ行く。ランチ後、通勤途中にあるJR神田駅で下車して、神田川を渡って神田明神(神田神社)へ初詣する。正月松の内ならば、何回参拝しても初詣と呼ぶ。神田明神は、官庁街、商業街など108町会の氏神様となっている。[1月6日に参拝] 正月・松の内期間は、参拝客が途切れない。30分待ちとなる。神田神社は、平将門の怨霊を鎮めるために建てられた。江戸時代になると、江戸城の表鬼門を守護する目的で現在の場所に遷座した。戦争で焼失した随神門が昭和51年に再建されて、境内が華やかになった。 神田神社の御三祭神は、だいこく様、えびす様、そしてしょうもん様。国土経営・縁結びの神様が大黒様。商売繁盛、医療健康の神様は恵比寿様。しょうもん様は除災厄除の神様。境内には「獅子山」や銭形平次の碑、そして現代的なハート型オブジェに、おみくじが結ばれていた。写真-1 神田明神に初詣。写真-2 華麗な随神門。写真-3 大勢の初詣客。写真-4 御三祭神の大黒さま・恵比寿さま・将門さまの各像。写真-5 「獅子山」と銭形平次の碑。写真-6 花手水とハート形おみくじ結び。
2023年01月12日
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「鮭の町」と知られる標津町で、海鮮丼の昼食をとる。しべつとは、アイヌ民族の「シベ・ツ」(サケのいるところ)が語源とか。サケの恩恵をうけて、鮭を中心に発展し町。市街の標津川沿いに、サーモン科学館や遡上するサケの観覧橋がある。 標津川は、標津岳(1061m)の源を発し、野付半島の北でオホーツク海に注ぐ。野付の巨大な砂嘴を造った土砂は、この川が主に運んだとされる。河口に国道244号を通す赤い標津橋が架かっている。令和4年度土木学会推奨土木遺産に登録された。昭和37年に竣功した珍しい鋼製アーチ橋。土木遺産カードもある。 「しべつ鮭三代漬け丼」を頂いた、郷土料理「武田」の近くに「標津神社」あった。江戸天明期に創建されたという。海上の安全と大漁を祈願して建立された。標津神社から海側へ600mほど歩くと、「海の公園」がある。釣り突堤とオートキャンプ場などある。突堤から北方の島影が見えた。写真-1 標津南からオホーツク海を望む。写真-2 赤いアーチの標津橋は土木遺産。写真-3 サーモン科学館と観覧橋。写真-4 海上安全を祈願する標津神社。写真-5 しべつ海の公園。釣り突堤とキャンプ場。写真-6 郷土料理・武田で三代漬け丼をいただく。
2022年12月15日
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能取湖(のとろこ)の突端部がオホーツク海に突き出している能取岬。岬めぐり9番目の岬。海面から海蝕崖が立ち上がった高台に岬灯台がある。高さが20.7m、八角形をした白黒ボーダーのツートンカラーが特徴。フランス人技師が設計した洋風の灯台(大正6年に完成)だ。流氷が接岸する2月から3月は、業務を休止する。 能取岬の南側は、緑多い丘陵地となっている。一帯は「網走市営美岬牧場」で、牛馬が放牧されている。遊歩道を歩きながら、オホーツク海越の知床連山を望むことができるという。南東方向に目をやると、日本百名山の斜里岳(1547m)がぼんやりと見えた。道内では、登山が盛んな山のひとつ。 岬の平地、東側の草原に一本道が続く。みちの終点近くに「オホーツクの塔」がある。高さ10mの2本の柱を背に、漁民の像が立っている。肩に網を担いた姿。北洋漁業を切り開いた先人を讃える碑。とともに水産日本の発展を希求する塔・・。写真-1 草原が広がる能取岬(のとろみさき)。写真-2 高さ40mの断崖平地に建つ、洋風の能取岬灯台。写真-3 オホーツク海をと知床連山方面を望む。写真-4 先人を讃える碑、オホーツクの塔。写真-5 斜里岳(しゃりだけ)のシルエットと岬駐車場。写真-6 赤いサンゴ草で有名な能取湖を望む。
2022年12月03日
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暑い日に公園を歩けば、日陰や水辺に自然と足が向く。あけぼの山公園・本館から少し下ると、水の音が聞こえて来る。高さ5、6mの「白百合の滝」。周りを樹木に囲まれているので、涼を摂るのに都合が良い。 柏市市制40周年を記念して造られた、あけぼの山農業公園。従来のさくら山や庭園などを中心とした「あけぼの山公園」と市民農園や野菜、果物の収穫体験を楽しめる「農業公園」とが一体となっている。その敷地は、24ヘクタールに及ぶ。 開園して30年余り経つ。施設の老朽化や施設在り方について見直す時期に来ている。柏市では民間事業者の協力を期待して、「パークマネジメント計画」を進めている。2023年には計画が発表される予定。今後どのような公園になって行くのか楽しみだ・・。写真-1 あけぼの山農業公園の本館前花壇。写真-2 ピンク色のトレニア、または夏スミレ。写真-3 涼処の「白百合の滝」。写真-4 資料館(売店)とバスケット花壇。写真-5 登り窯と加工実習館。写真-6 アジサイとヒマワリ。
2022年08月10日
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江戸川左岸沿いに並ぶ大型物流施設群は、一直線に並ぶので「北流山のウォール」とも呼ばれる。上流側(利根運河から)の4棟は、大和ハウスが手がける「DPL流山」。現在DPL流山(2)の躯体工事が進行中、PC部材の運搬組立に大型クレーン6台が稼働。他の3棟は竣功している。流山(1)と流山(3)は営業稼働している。 DPL流山(4)は、すでに2021年秋に完成している。「大型マルチテナント型大型物流施設」が機能名称。この施設は、東日本最大規模で、延床面積が32万m2を有する。周囲の外構・緑化工事も終えて、目下テナントを募集しているようだ。 DPL流山(4)の外壁の色合いが他の2棟と異なっている。白・灰・黒色がランダムに配色さられている。また、1階にカフェテラスが一般開放されている。暑い日や突然の雨の際に、利用させてもらっている。写真-1 大和ハウスが手がけるDPL流山プロジェクトが終盤に近づいている。写真-2 工事中のDPL流山(2)現場。写真-3 DPL流山(4)の入口。写真-4 外壁のツートン模様が特徴。写真-5 DPL流山(4)の1階に設けられたカフェテラス。写真-6 DPL流山(4)を正面に、GLP流山(8)を左手に観る。
2022年08月06日
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森林公園・こもれびのルピナス花畑の北側に、「青い花畑」がある。鮮やかな青色のデルフィニウム約3000株が植栽されている。華やかに房状の花を咲かせ、花丈が1mにもなる。 花姿がツバメの飛ぶ姿に似ていることから、和名・飛燕草(ひえんそう)とも呼ばれる。また、デルフィニウムとは、ギリシア語の「デルフィン」。イルカに由来する名前だという。つぼみの形がイルカのように見えることから・・。 高温多湿を嫌うデルフィニウム。ヨーロッパのピレネー山脈やアルプス山地に自生しているという。野生種は冷温で、雪融け水が流れ込むような高地草原の湿地を好む多年草。日本の高温多湿下では、夏枯れしてしまうので1年草として植えられる。北海道の花畑(富良野)などで良く見られる。写真-1 森林公園の青い花畑。写真-2 こもれびの畑、デルフィニウム。写真-3 一本立ちの青デルフィニウム。写真-4 ブルーとホワイトのデルフィンニウム。写真-5 一本立ちとスプレー咲きの花姿。写真-6 渓流広場と休憩所。
2022年05月21日
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流山グリーンフェスティバルが3年ぶりに開催された。おおたかの森駅南口都市広場が人出で賑わう。花絵展示、緑のカーテンの育て方講座、ドッグファッションショーなど行われた。小生らは、花と野菜苗に興味があった。[撮り溜めた写真から] 「花絵」は、15種類の花苗と5種類の野菜苗を使用。江戸川大学生がデザインしたもので、4つのハートを配置した「四つ葉」を表現したもの。「平和と幸運が訪れる」ようにと願いが込められている。使用した約3000個の苗ポットが50円/個で販売される。12個をゲットする。 駅南口の階段を利用した「ステップアート」があった。絵柄は、TX電車とオオタカおよびツツジがペイントされているが、4つの間違い隠されていた。駅北口広場を覗くと、チタン・ステンレス製の彫刻モニュメント「出会う meet with」が設置されていた。写真-1 流山グリーンフェスティバルにおける花絵「四つ葉」。写真-2 おおたかの森駅南口都市広場。写真-3 森のまち広場と花絵。写真-4 駅南口階段の「ステップアート」と間違い探し。写真-5 駅北口緑地に白いバイカウツギが・・。写真-6 駅北口広場のモニュメント「出会い」。
2022年05月13日
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運河に架る竜宮橋より北側を北運河と呼ぶ。この運河沿いに古ぼけたコンクリート建造物が佇む。旧北海製罐・小樽工場第3倉庫だ。小樽運河の景観を形づくる「歴史的建造物」に市が指定している。最近、ライトアップもされている。[撮り溜めた写真から] 小樽運河の創成期、大正13年(1924年)に完成した第3倉庫。埋立て地のため、数多くの松杭を打ち込んで地盤を安定化したという。今なお、不等沈下せず建っている。建物の規模は、長さ100×幅20m×4階建。サケ・マスの缶詰用の缶を保管した倉庫。荷を下ろすスパイラルシュートおよびリフトが見えている。 第3倉庫の北側に、旭橋を経て旧第2倉庫がある。第3倉庫は、規模が大きいので、補修・補強して保全・活用する計画が進んでいるという。運河に面する側に、荷揚げ荷下ろしの機能を集約した当時のアイデアが残る貴重なシステム。もう少し残しておきたい小樽風景だ・・。写真-1 北運河に佇む「旧北海製罐小樽工場第3倉庫」。写真-2 北運河の景観。写真-3 第3倉庫の壁面。荷役設備の一部が残されている。写真-4 荷役設備とブロンズ像「友達」。写真-5 旧製罐第2倉庫。写真-6 小樽運河での荷役作業を再現。
2022年04月28日
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松戸側の江戸川土手から、「外環道」に載る富士山を見ることができる。埼玉県三郷JCTから千葉湾岸までの区間では、比較的新しいので防音壁(遮音壁)が輝いていた。青白い帯のようだ・・。[撮り溜めた写真から] 東京外環自動車道は、都心かに15km圏を環状に囲む全長86kmの自動車専用道路。平成17年に三郷JCTから三郷南ICまでの4.1km区間が開通した。三郷南ICから市川までの15.5km区間は、平成30年に開通した。湾岸エリアから北関東方面へのアクセスが改善された。 江戸川を渡る東京外環自動車道は、橋長442mの外環葛飾大橋で、平成30年に開通する。橋の下には、国道289号を通す葛飾大橋が架かっている。江戸川堤防サイクリングロードでこの区間を横断する際には、県道54号の葛飾橋を、信号2箇所待たねばならない。写真-1 外環道の白い帯と富士山。写真-2 江戸川対岸の白い富士山。写真-3 江戸川越の東京スカイツリー。写真-3 江戸川越の東京スカイツリー。写真-4 外環道葛飾大橋と防音壁。写真-5 上葛飾橋と河川グランド。写真-6 外環道の2018年6月開通区間図。
2022年03月15日
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清水公園の第一公園梅園で、開花状況を観てゆっくり通り抜ける。梅園と言っても、中央に東西方向に伸びる散策路があるだけ。延長200mほどの細長い梅園、20品種約100本の梅が植えられている。[撮り溜めた写真から] この梅園の隣には、大正時代から書院として使われてきた聚楽館がある。花の季節には、茶屋となる。清水公園の梅まつりは、コロナウィルス感染対策で2年連続中止となっている。今年の桜・躑躅まつりは、どうなるのだろうか。 千葉県の「まんえん防止重点対策」は、3月21日まで2週間延長された。県のコロナ感染ピークは、2月10日の6600人。その後ゆっくり減少し、3月12日には3200人までになった。1日当り110人ほど減少している。重症病床使用率が18/179=10パーセントまでに低減。一方、高齢者の3回目ワクチンも69パーセント(3/12現在)になった。花見時期に「マンボウ」が解除される見通しだ。写真-1 清水公園第一公園の観梅散歩。写真-2 第一公園梅園を通り抜け。写真-3 梅の紅白グラデイション。写真-4 紅梅と青空。写真-5 妖艶な白梅。写真-6 早春のメタセコイヤ。
2022年03月14日
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堤防補強工事の最終段階は、法面保護工になる。施工時期が冬期であること、および表法面(おもてのりめん、流水側)なので、全面張芝が施された。複数年かけて400mから500m分の堤防が整備されてゆく。時間とコストがかかる事業だ。[撮り溜めた写真から] 芝に突き刺さった竹串がミニ人形群のようだ。法面の芝ピースが脱落しないように、数ケ所をピン止めする。木槌等で仮打ちした後、土羽板で叩き込むようだ。芝張、目串、土羽打ち、山砂散布と人力作業が多い。腰を痛くしそうな作業の連続だ。機械施工が出来ればと思う・・。 張芝作業に先立ち、法面整形(1:3勾配)をバックホウのバケットのみで仕上げてゆく。オペレータの技量が問われる工程だ。斜めの姿勢で長時間作業している。あまりの見事な仕事ぶりなので、暫し眺めた。写真-1 芝生に整列した竹串のミニ人形のようだ。写真-2 熟練のオペレータが堤防法面を整形。写真-3 竹串と土羽板。写真-4 芝生の上に山砂を散布。写真-5 芽吹きを待つ表法面芝生。写真-6 約500m区間の堤防補強工事が完成。
2022年02月28日
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金乗院境内に小さな家のようにも見える、可愛い藁小屋があった。寒牡丹を霜や雪から守るための冬囲いだ。藁(わら)を蓑状に編んだもので、「わらぼっち」ともいう。陽だまりに佇むより、雪を被った姿が似合うのだが・・。藁帽子を被った雪ン子の人形を連想する。 近代化・合理化が進んだ農業地域では、稲刈り後の藁ボッチ、越冬の藁帽子などを見かけることがなくなった。藁そのものを活用する風習が消えてゆく。刈り取ったワラは、集めて燃やすものと思われている。ワラ文化・技術を継承しようとする人もいるが・・。絶滅危惧種になりつつある。写真-1 金乗院本堂前に佇む「わらぼっち」。写真-2 開運堂の門番にも見える藁ボッチ。写真-3 紅白の牡丹と「雪ン子人形」。写真-4 ひだまりの牡丹。写真-5 境内庭の葉ボタンと水仙。写真-6 境内に咲く蝋梅。
2022年02月04日
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利根運河の河口付近から日光連山が良く見えた。男体山や女峰山が白く冠雪したので、遠くからでも見やすくなった。更に後方の日光白根山(標高2578m)のピークを確認できた。奥日光辺りの紅葉が終わり、日光市内や日光東照宮の紅葉が見頃になっているものと思われる。 紅葉の名所が賑わっている。コロナ感染が激減しているため、出かける人が急増している。しかし、近場の日帰りで済めているようだ。宿泊を伴う遠出は、まだまだと観光協会は嘆く。新GO TOキャンペーンを待っている。空港の水際対策も緩和された。コロナの6波は何時から始まるのだろうか・・。写真-1 利根運河の土手。写真-2 日光連山を望む。写真-3 冠雪した奥日光の男体山と白根山。写真-4 冠雪した富士とサイクリング隊。写真-5 青紫色の筑波山。
2021年11月15日
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小樽の景勝地のひとつ高島岬を見下ろす展望台がある。ホテル・ノイシュロスに続く道路のヘアピンカーブを拡幅した小広場だ。北側に小樽の歴史に欠かせない「日和山灯台」と日本海を望む。東側の札幌・手稲山から西側の積丹半島を見渡すことができる。 小樽祝津霊園に墓参した後に、天気が良かったので立ち寄る。観光バスも結構増えていた。手宮鉄道博物館、ニシン御殿、そして水族館は、修学旅行のコースとなっているようだ。コロナウィルスがこのまま勢力を弱めてくれればよいのだが・・。 展望所の入口に、立派な石碑(高さ7m×幅2m程)が建っている。一枚岩の仙台石(稲井石)を使用した石碑は「追分節名歌碑」。北海道において代表的な民謡「江差追分」の一節が刻まれている。仙台石は、青黒-黒色の粘板岩。黒光りせず、和風の色味があり、風化しない岩石。写真-1 小樽・祝津パノラマ展望台。写真-2 高島岬の灯台と日本海を望む。写真-3 日和山灯台とニシン御殿。写真-4 奇岩(女性頭部)が積丹半島を望む様子を連想。写真-5 手稲方面と小樽天狗山(スキー場)。写真-6 「追分節名歌碑」、高島の名があるためか・・。
2021年11月05日
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秋霞みの朝。春霞がかかったような日々が続き、秋の深まりが遅れていようだ。江戸川から眺める山々が灰色または薄鼠色の衣を着ていた。順光なので山の形は、容易にわかる。特に見慣れた富士山や筑波山。[撮り溜めた写真から] コロナ緊急事態宣言の解除で、山や海や街が賑やかになって来た。何をするにして良い季節になる。ワクチン接種を終えて、解放的な行動する人が増大するものと思われる。小生もコロナ6波が来ないうちに、成すべきことをしておくことにする。色々な直接面会の制限が解消されたことだし・・。写真-1 秋霞の中、薄鼠色の富士山を望む。写真-2 濃紺の筑波山を望む。写真-3 曲線堤防区間と霞む日光連山。写真-4 薄鼠の山容。山頂で光っているのは公衆トイレだろうか。写真-5 江戸川の上流と空色に同化してゆく山容。写真-6 江戸川に架かる野田橋と遠望のスカイツリー。
2021年10月13日
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秋のお彼岸に、供花と雑巾をもって墓参した。7月中旬から続く新型コロナの「非常事態宣言」と猛暑を考慮して、8月の盆墓参を取りやめていた。その甲斐があって、墓石周りに雑草よく生えていた。コロナ禍で墓石周りの掃除は、代行サービスもある。足腰が弱くなったら利用させてもらう。 秋の彼岸には「御萩(おはぎ)」を供えて、あとで食するのが一般的。祖先を敬い、亡ひとを偲ぶのが彼岸の風習。小豆(あずき)の赤色は、邪鬼を払うとされた。また昔、貴重品とされた砂糖を使う「おはぎ」は、御祖先様が喜ぶと考えた。感謝した後に、此岸(しがん)の者が、皆で美味しく食べる・・。 牛久聖地公苑は、牛久沼の西側の高台に広がる。敷地面積6万2千m2には、120本の桜があり、「百花の園」と称している。この公苑・霊苑および沼を俯瞰するように、大きな花のつぼみが建っている。アーチドーム型のメモリアルホールだ。内部空間に柱がなく、天井が高く感じる。葉の形をしたステンドグラスから光が降り注ぐように設計されている。写真-1 牛久沼聖地公苑に彼岸墓参する。写真-2 聖地公苑のサルスベリと彼岸花。写真-3 牛久沼を展望する処。写真-4 蓮のつぼみをイメージしたメモリアルホール。写真-5 アーチドーム形ホールの概観と内部のステンドグラス。写真-6 公苑概要図のラッピング車と鳥観図。
2021年09月26日
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金乗院のサルスベリは、夏の清水公園の名物である。東武線清水公園駅から徒歩約10分の距離。清水公園は、そもそも慈光山金乗院の元境内でもあったという。訪れた日、百日紅(ひゃくじつこう)は、青空に映えて夏負けしない花だ。 夏の金乗院境内は、サルスベリの鮮やかな濃桃色に彩られる。更に、花ハスや地湧金連(チョウキンレン)の鉢植えなども配置されている。境内いっぱい百日紅は、仁王門を再建した頃に植えたもので樹齢300年を超える老木。ツルツルした幹には、瘡蓋のようなものある。サルは滑らないと思う。花言葉に、「愛嬌」、「不用意」がある。写真-1 清水公園内の金乗院本堂。写真-2 慈光山金乗院の門。写真-3 境内のサルスベリ樹。写真-4 鮮やかな濃桃色の夏花。写真-5 花ハスと百日紅。写真-6 境内に置かれたチョウキンレン(地湧金蓮)。
2021年08月20日
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江戸川左岸沿いには、大型流通施設(DPL、GLP)が並び始めている。大規模な施設の建設にあたって、周辺に緑道や調整池なども造成された。緑道に樹木や花木が植えられ、散歩する人を癒してくれる。春はツツジが緑道を彩る。[撮り溜めた写真から・・] 流山市の市木と市花は、それぞれ「つげ」と「ツツジ」。昭和46年に公募して制定したもの。次いでに、市の鳥は、オオタカだ。ツツジをシンボルにする市・町は多い。隣接する松戸市や野田市も、市の花はツツジとなっている。ツツジは、挿し木で手軽に増やすことができ、肥料要らずの花。写真-1 大型流通施設西側の緑道。写真-2 緑道を彩るツツジ。写真-3 ミニつつじ園と休憩スポット。写真-4 緑道のツツジの花びら。写真-5 緑道の昼咲月見草。写真-6 鮮やかなツツジと松。
2021年05月26日
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江戸川土手を散歩していると、時折ミサゴを見かける。利根運河河口の上空を旋回して、獲物を探しているようだ。河口公園の桜が満開になったので、花見をしているかのようだ。送電線の鉄塔が江戸川を挟んで立っている。ミサゴの休息場になっている。(撮り溜めた写真から・・) 猛禽類のミサゴは、江戸川の河口で良く見られる。低空飛行しながら獲物を見つけると、急降下して鋭い足爪で捕える。魚類や爬虫類・貝類を食する。食物連鎖の上位に位置するミサゴがいるということは、豊かな自然・多様な生き物が棲んでいることの証しだ。 ミサゴの洋名「オスプレイ」は、垂直離着陸が可能な航空機の名称にもなっている。千葉県木更津駐屯地には、陸上自衛隊機オスプレイ(V-22)が暫定配備されている。操縦士の教育訓練が目的だという。事故を多発した機種なので、地元の反対運動が起きている。写真-1 利根運河河口の桜。写真-2 満開の桜の上を旋回するミサゴ。写真-3低空飛行で獲物を探すミサゴ。写真-4 利根運河土手と桜と富士。写真-5 運河河口公園の桜と四阿。写真-6 江戸川上空にオスプレイ機を張り付けてみた。
2021年05月06日
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昨年11月から少雨傾向が続いている。それに伴い江戸川の水位が低い、川のある小さな「島」へ歩いて行けそうな気がする。中の島が川底から起き上がったような、そんな朝ぼらけを見た。 例年ならば江戸川の土手が雪で覆われるのだが、今年は皆無だ。北国育ちの小生にとっては、少し淋しい。しかし、東北・東北地方では、例年より積雪量が多い。コロナ禍の辛い除雪作業に想いをよせる。関東地方は、空気が乾燥する日が多い。ウィルスにとって好環境がしばらく続く・・。 国内初めてのコロナワクチン接種が17日、125名に対して、事に行われた。いわゆる「注射針問題」も解消できそうだ。1瓶で6回接種できる注射を急ピッチで用意しているという。明日から順次医療関係者4万人に対して接種するという。しかし輸入品なので、供給に不安を抱えたままの船出となった・・。写真-1 朝ぼらけの中の島。写真-2 低水位の江戸川の流れ。写真-3 玉葉橋から見る日の出。写真-4 鉄塔とクレーンと朝陽。写真-5 薄紅色に染まった日光連山。
2021年02月18日
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薄紅(うすくれない)色の空に、グレーの東京スカイツリーが佇んでいた。ツリーの天辺が強い光を放っている。空の灯台のようだ。水蒸気の多い空は、赤く見える。三月ならば桜色に感じる色合いだ。 桜の頃、医療従事者へのコロナワクチン接種が終わる予定。ワクチン接種スケジュールの概要は、医療従事者(400万人)の次に、65才以上高齢者(3600万人)。その次に、基礎疾患のある人・高齢者施設の従事者(1000万人)、そしてその後に一般の人への接種。気が遠くなる工程・・。 ワクチン接種の基本的順序は、上記のように決定している。しかし合理的な優先順序といえるのだろうか。コロナに感染される側と感染させる側とのどちらに重きを置くかで微妙な問題になる。社会で働く人・世代が先なような気もする・・。世代間でのタイムラグが悪い方に作用しないことを願う。写真-1 薄紅色の空と川面。写真-2 17時45分過ぎから青色に点灯。コロナに打ち克とうとのメッセージ。写真-3 斜面でのダイヤモンド。写真-4 秩父山地のピンク色空。写真-5 土手富士のシルエット。
2021年02月03日
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寺名の由来となった巨大な奇岩(天然記念物)が露頭している石山寺。山号は石光山。この岩体は、石山寺硅灰石(けいかいせき)と呼ばれる。堆積岩の石灰岩が花崗岩質マグマに接触してできた変成岩の一種。非常に硬いので、ホルン・フェルス(ドイツ語で角と岩)とも云われる。 石山寺の創建は古く、天平18年(747年)。聖武天皇の勅願とされる。聖極三十三巡礼の十三番札で、観音霊場。都から近いので、平安時代から往来があった。本堂と多宝塔の木造建築物は国宝、東大門が重要文化財に指定されている。 石山寺は、平安時代を代表する、女官であり女流作家の紫式部にゆかりの寺院。本堂の東端には、彼女が参籠して源氏物語を起筆したとされる「源氏の間」がある。山内の奥、光堂近くに紫式部像が紅葉の中にあった。 びわ湖から南北に流れ出す瀬田川に面している石光山。この山から観る月が水面に映り、月見の名所だった。歌川広重は、近江八景「石山の秋月」を描いている。瀬田の大橋が月光の中に浮んでいる。写真-1 石山寺東大門(仁王門)。写真-2 石山寺硅灰石(天然記念物)。写真-3 紅葉の本堂と源氏の間。写真-4 光堂近くの紫式部像。写真-5 国宝の多宝塔。鐘楼の鐘は平安時代の製作品。写真-6 広重の近江八景「石山の秋月」と月見亭。
2020年12月09日
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近隣の散歩道が一つ増えた。大型流通施設(DPL 流山Ⅲ)が概成した。それに伴い、県道側に散策路が新設された。大型の土地開発に際して、緑地が整備されるようになって来た。 工業団地の周回散策路を組み合わせると、ドングリや木の実を眺めて歩ける。新しくできた散歩道には、サルスベリの樹が多く植樹されていた。順調に育つことを願いながら歩を進める。写真-1 新たに造られた散歩道。写真-2 大型流通施設(DPL 流山Ⅲ)の西側に富士山を望めるようスロープとなっている。写真-3 クロガネモチとドングリ。写真-4 木の実と道端の小さな花。写真-5 丸雲が浮かぶ筑波山とぼんやり富士山。
2020年10月29日
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秋半ば、近隣を散歩すると、秋の花はもとより、夏の花も見ることができる。野草が繁茂する空地、農家さんの畑際に咲く草花を撮影し、帰宅後、家人とハナを話題に花が咲く。 畠の道端に、座布団のよう こんもり茂る黄色い小さな花団がある。メランポジウムというキク科の花。和名が黄帝菊という。高貴そうな花。 これから宅地開発される空地に、紫色のアレチハナガサ(荒地花笠)が咲き続けている。南アメリカ産の帰化植物だという。今後、危険危惧種に扱われる可能がある。他を排して繁殖する恐れがある花・・。写真-1 座布団のようなメランポジウム(黄帝菊)。写真-2 荒地で勢力を伸ばすアレチハナガサ。写真-3 秋の七草の代表「萩」が石垣から垂れ下がる。写真-4 踊るような「ケイトウ(鶏頭)と柘榴の実」。写真-5 サルビアガラニチカと水色の小さな朝顔。
2020年10月22日
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東京のど真ん中に、釣り堀がある。赤坂の一等地にある弁慶濠で、ゆったりとレジャーができる。ボートフィッシングが主たる釣り様式だ。ブラックバス、ブルーギル、鯉、鮒が対象魚。周囲の喧騒が多少あるが、静かな時間を過ごすことができるようだ。餌釣りと金魚釣りできるコーナーもある。 弁慶濠へは地下鉄赤坂見附駅D出入口が最短。江戸時代の外濠(そとぼり)に当り、その一部が釣り場として活用・保存されている。濠の規模は、延長470m×平均幅50m程度の都会の水場だ。弁慶濠に平行して、首都高速新宿線の高架が続く。 弁慶濠の東端に弁慶橋が架かっている。橋長さ45m×幅員22mのコンクリート橋である。往年のアーチ橋を連想させる。擬宝珠や高欄など細部には、当初の意匠を継承している。弁慶橋の付近は、3区(港区、千代田区、新宿区)の境界になっている。写真-1 弁慶濠は、江戸城外濠のなごり。写真-2 ボートフィッシングの様子。写真-3 有名ホテルのお膝元の池。写真-4 弁慶橋と釣り堀店。写真-5 弁慶橋の擬宝珠と高欄。
2020年10月19日
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利根運河駅から西へ1Kmに浄観寺がある。境内に1本のサルスベリの樹が観音堂に寄り添うように立っている。真夏の花が時をえて咲き続きはじめた。百日紅は散歩の途中、各所で見かける。この後も長期に渡り、百日紅を観ることになる。 浄観寺は、江戸時代創建の真言宗の寺院。山号は新龍山。本尊が薬師瑠璃光如来。入口の辻には、「線刻猿田彦塔」がある。昔、無庚供養塔に猿田彦描き祀り、謹行や宴会などをしたのだろうか。 新型コロナの勢いが止まらない中、お盆休みを迎える。この夏は二極化の様相を示しそうだ。政府の推奨方針であるGOTOを利用してバカンスを楽しむ人。一方自治体の自粛呼びかけに従い、ステイホームまたは近隣で過ごす人。このままでは、新年の初詣までも問題なりそうだ。リモート参拝を企画する神社がでてきそうだ。 7月中旬の全国のコロナ感染者は約2.1万人だった。その2週間後8月1日には累計3.8万人。世界的にはスイス(3.5万人)を抜いて第23位に。8月8日にはポルトガル(5.2万人)を抜くのではないか・・。そうなると、政府はGOTOのアクセルから足を離すかも知れない。真っ当ならば・・。写真-1 新龍山浄観寺の百日紅。写真-2 観音堂に寄り添うサルスベリの樹。写真-3 鬼瓦と観音像そして百日紅。写真-4 本堂前の燈篭と線刻猿田彦塔。写真-5 出入口門と涼気な初雪草。
2020年08月05日
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出羽三山の神々を祀る「三神合祭殿」の参道口の杉林に建つ羽黒山五重塔。東北地方で最古の塔として知られる。創建は900年代、平将門と伝えられている。歴史上のミステリーか・・。現在の塔は、600年前に再建されたという。 高さ29mの五重塔は、スギ材による三間五重杮葺素木造りで国宝に指定されている。近くに樹齢千年の巨木「翁杉」が立つ。その高さは五重塔を超えて、48mにおよぶ。また、祓川に架る神橋付近には、江戸時代月山から水を引いて造られた「須賀の滝と祓川神社」がある。 今年の春から羽黒山五重塔の内部を特別拝観している。三神合祭殿再建200年を記念してもの。二階から内部を覗けるように仮設通路が設置。塔を支える「心柱」の様子、小野道風筆と伝わる額や内部のVR画像を見ることができる。塔内部の撮影は禁止。 参道「一の坂」入口から境内へは、2,466段の石段が続く。松尾芭蕉もこの参道を上ったという。芭蕉が宿泊したのは、参道中段付近(三の坂)の南谷別院。建物はないが、芭蕉の句碑が残されている。旧暦6月に数日宿泊したという。写真-1 国宝羽黒山五重塔を特別拝する。写真-2 随神門を潜り、山道を下って川を渡り上る。雨の日は足元が滑りやすい。写真-3 祓川の神橋を渡る。写真-4 杉林の中に建つ五重塔。翁杉と参道入口。写真-5 杮葺素木造りの外観。かなり傷んでいる。写真-6 随神門近くの宿坊と五重塔への案内図。
2019年11月05日
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富士山の上空に大レンズ雲が出現していた。富士山の前面(北東側)に、大きな「丼どんぶり」のような形状の雲。人によって、重なったパンケーキが飛んでいるように見えるだろう。よく観ると山頂に小さな傘雲もあるようだ・・。 利根運河と江戸川左岸土手を散歩やランしていると、ユニークな雲に出会うことが多い。いつもズーム付カメラを持参している訳ではないので、珍しい景色を逃すことがある。運河に架かる人道および江戸川土手などからは、30分以上に渡って「どんぶり雲」が浮かんで見えた。 レンズ雲が発生する条件として、(1)上空に湿った空気があること、(2)山岳地方に強い風があること。なお、富士山から120km以上離れている流山市からは、埼玉・東京の空が澄んでいることが重要ポイントである。季節の変わり目は、雲を見るのも楽しみだ。「天高く 重ねパンケーキ 飛んで来る」。写真-1 富士山の手前に大レンズ雲(どんぶり雲)が出現中・・。写真-2 江戸川土手から富士山上空を望む。写真-3 空にパンケーキが次々と焼き上がる。写真-4 季節の変わり目は、雲が目に優しい・・。写真-5 利根運河と運河大橋。
2019年09月27日
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朝晩の風に、秋の気配を感じる。しかし秋雨前線が南へ下がったと思ったら、また北上して列島の近くに居座っている。涼しい乾燥した風と湿気を帯びた風とが交互に訪れる秋だ。そんな湿気のある夕方、雲が茜色に、江戸川が赤く染まった・・。 この時期、夕方の土手散歩は要注意である。帽子はもとより、長袖、メガネは必需品。マスクも携行したほうが良い。何故なら川沿い道路に、「蚊柱(かばしら)」が揺らめくから・・。 蚊柱の正体は、ユスカリ(揺蚊)で、0.5mm程度の羽虫だ。やぶ蚊のように人間の血を吸わないが、催涙ガスの中を通り抜けるようなもの。鼻や耳の中に入り込むヤツ、汗ばんだ首筋に付着するヤツがいる。飛び群れるユスカリの成虫は、わずか3日から5日の寿命とされる。はかない命である。 ユスカリの幼虫を集めてダンゴ状にすると釣りの餌にもなる。また、泥地に棲む幼虫は、水質浄化に少し寄与とも。川魚の餌にもなる。食物連鎖の底辺を支えている。蚊柱をカゲロウと思えば、少し親しみが増すような気がする。写真-1 9月の秋夕空。久しぶりに大空が赤く燃えた。写真-2 紅い雲間に月も輝く。写真-3 作業を終えたクレーンと茜雲。写真-4 再びのゴールデンアワーの江戸川。但しユスカリ群が・・。写真-5 湧き上がる夕雲と「蚊柱」のカゲロウ。
2019年09月21日
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都内における蓮(ハス)の名所のひとつ上野不忍池に立ち寄る。まだ日が高い午後4時頃、大半がしぼんでいるが、稀に閉じるのを忘れたハスもいる。東京国立博物館に行く前に、不忍池を一周する。今年の開花時期は、遅れていたようだ。 不忍池の蓮沼は、約5.5万m2の広さがあるが、池全面に渡り、大きな蓮の葉が生繁っている。より近くで観察できるように、池の南側に「観察ゾーン」、池に張り出した遊歩道が設置されている。大賀蓮や明鏡蓮など5種類があるというが、一般には見分けがむずかしい。 日本で蓮は、泥に漬かったレンコンを食用とするが、東南アジアではお茶としても親しまれている。ベトナム旅行した知人から「蓮花茶」をお土産にもらったことがある。花・茎・実、それぞれのお茶があるという。小生は、やはり緑茶または麦茶か、いやコーヒーが良い。写真-1 蓮が一面に密集して茂る蓮池。写真-2 一輪の蓮花と八角円堂。写真-3 蓮葉の草原とビル風景。写真-4 ボート池とスカイツリー。写真-5 閉じたハス、開花した蓮。写真-6 観察ゾーンの立て看板。
2019年08月30日
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野田・清水公園で花見散歩する。園内には約2000本の桜があり、千葉県内の桜の名所となっている。慈光山金乗院の参道は、屋台が並ぶ。参道横の広場が花見会場となる。仁王門と金乗院境内が桜色に染まる。 境内の名物、「劫初の桜」である。一度朽ちた幹かに自根を伸ばし再生した古木だ。樹齢100年を超えるソメイヨシノ。この宇宙は4つの劫すなわち、成・住・壊・空が1サイクルとなり消滅再生を繰り返す、との仏教用語が由来となった桜である。 昨年から工事中だったエントランスゾーンがリニューアルされた。案内所・カフェ・SHOPが新しく生まれ変わっていた。桜まつりに間に合うように、工事を進めたようだ。天気が良いと、自然と桜の下で飲食したくなる・・。寒い時は暖かい飲み物があると助かる。写真-1 慈光山金乗院の仁王門。写真-2 仁王門を桜が彩る。写真-3 金乗院境内の古木「劫初の桜」。写真-4 再生したソメイヨシノ。写真-5 お土産店やカフェのある新エントランスゾーン。写真-6 道路を移動するポニーを見かける。
2019年04月14日
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新年あけましておめでとうございます。今年も、清・多・夢・くらぶ をよろしくお願い申し上げます。「ランして、歩いて、観て」思ったことを気ままにブログしています。平成31年の元日も、穏やかに迎えることができました。 2019年が皆さまにとつて、幸多く、亥年(いいとし)になることを願っています。15km以上のランニングは難しくなりました。 衰えつつある体力を何とか維持して、この一年間を乗り切りたい。と思い初詣へ行く。 初夢を見ましたか・・。小生はバーベキューで焼きナスを作る夢をみる。「一富士 二鷹 三茄子」は、縁起の良いものを表すことわざ。駒込富士神社が由来とか。富士は日本一の山、鷹は「高い」、茄子は事を「なす」という掛詞。二日に見るのも初夢になる。 江戸川から富士山を眺めて、ナイル川紀行を作成して正月を過ごす予定。写真-1 江戸川土手の富士山写真-2 広重の鷹と焼き茄子。写真-3 駒込富士神社の朱印状。写真-4 江戸川土手から初日の出。写真-5 同じ場所から振り返って、初富士。
2019年01月01日
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新年あけまして、おめでとうございます。今年も、清・多・夢・くらぶ、をよろしくお願いします。「ランして、歩いて、観て」思ったことを気ままにブログしています。平成30年の元旦は、穏やかな朝を迎えることができました。 2018年が皆さまにとって、幸多い戌年になることをお祈りしています。小生も健康面に留意して、暮らしていますが、「物忘れ」とか「疲れ目」などで、老いに侵食されています・・。 初夢は、海原を進むクルーズ船で、蕎麦と餅をランチしている。船外は雪景色のようだった。初日の出を拝んだ後、運動靴に履き替えて江戸川土手へ・・。1年の計は、初ランにあり・・。写真-1 流山丘陵からの初日の出。手前の土手は運河堤。写真-2 流山丘陵から昇る朝日。写真-3 江戸川土手から見る富士。写真-4 太陽を載せた富士山。写真-5 霜が降りた元日の朝。利根運河西口の江戸川土手。
2018年01月01日
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イエロー畑とピンク樹とのコントラスが似合う川岸がある。中川の右岸河川敷にある「中川やしおフラワーパーク」である。500mにわたって150本ほどの花桃が植えられている。このミニ桃源郷で弁当を食べると美味しいだろう・・。 やしおフラワーパークへの最寄り駅は、TX線八潮駅。駅から北東の方へ向かって歩き、中川とぶつかる所が花桃公園。往復約5kmのウォーキングコースだ。今年で12回目の花桃まつりが開催(3月31日まで)。 中川は、荒川と江戸川との間を流れる利根川水系の川。川沿いの地形は低地で平坦。そのため皿のように水が溜まり易い。首都圏外郭放水路など多様の洪水対策が撮られている。河川敷内にあるフラワーパークは、異常豪雨などにより浸水することを想定している。写真-1 河川敷にある「中川やしおフラワーパーク」。写真-2 第12回目の花桃まつりは3月末まで開催。写真-3 菜の花と花桃とのコントラス。写真-4 ミモザの黄色い花。写真-5 中洲を整備した池。
2017年03月28日
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寒桜を見ながら花見をする人達がいる。柏の葉公園・桜の広場には、数本の寒桜系が植えられている。ソメイヨシノに先立って咲く、その薄紅色は、気分を明るくさせる。 広場で毎年華麗な姿をみせるのは、椿寒桜(ツバキカンザクラ)という品種。別名を「初美人」。 原木は、愛媛県にあるそうだ。公園内の木々に名札が付いているので品種が分かる。ピンク色の花にヒヨドリとおぼしき小鳥が集まって来た。 このところ、天気が良く乾燥する日が続く。強めの風が吹くと空が土埃で曇り。発生原は、田んぼと畑である。田んぼに水が張られるのが待ち遠しい。1ヶ月もすると田植えの季節がやって来る。写真-1 桜広場を最初に彩る椿寒桜(別名 初美人)。写真-2 修禅寺寒桜の高木。写真-3 桜広場の寒緋桜。写真-4 華麗な寒緋桜。写真-5 花びらが大きい大寒桜(オオカンザクラ)。写真-6 カンザクラ花に集まるヒヨドリ。
2017年03月23日
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春の天候は、移動性の高・低気圧によって日替わりだ。天気を見計らい大谷川ウォーク(略して、だいやウォーク)を、仲間(計3名)で執り行う。東武線下今市駅からスタートして、大谷川沿いを日光山輪王寺まで歩く約10km。スナップ写真などを撮りながらのジグザグ進行だ。 今市大谷橋から日光山(神橋)までの大谷川には、35基の床固工(落差工)が造られている。急流を減勢させる河川構造物だ。時折、釣り人を見ながら、右岸沿いの遊歩道やサイクリング道路を遡上する。 昨年の晩秋、「日光社参ウォーク」大会が行なわれた。小生はそば祭りに参加。東京駅から日光東照宮までの約150kmを7日間で歩くイベント。毎日連続で歩くコース(100名規模)と各単区間を隔週で歩くデイリーコースとがあった。最終区間の今井宿から東照宮までのコースには、千人以上が行列したという。 今回、我々は朝8時半に下今市駅から歩き出し、昼過ぎに日光市内の観光街に到着した。蕎麦とアイスクリームを食べた後、輪王寺の金剛桜の様子を見にゆく。蕾の状態だった。しばらく、今回のだいやウォーク編になります。よろしくお願いします。 写真-1 だいや川グリーンパークから日光連山を望む。 写真-2 桜並木と男体山。 写真-3 大谷川右岸のサイクリング道路を歩け歩けだ・・。りたつう士。 写真-4 途中、床固工と釣人を見に岸辺に下りる。対岸は丸山公園の桜並木。 写真-5 大谷川の激流と日光の山並み。
2016年04月20日
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江戸川土手を朝ランしている途中、堤防のり面が霞みかがって見えた。よく見ると小さくて可憐な花の小群生だった。昨年は気が付かず。今年少し増殖したのだろうか・・。花ネームを家人に問う。夕方、カメラを持って土手散歩する。 花の名前はウンラン。和名を松葉海蘭(マツバウンラン)という。松葉のような細い葉を持ち、花が蘭のような顔立ちをしているところから・・。ウンウンが集まって咲くと、淡く紫色状に霞みかがって見える。華奢に見えるが風に強く、乾燥にも耐える強い植物である。 この法面は、2年前に江戸川堤防補強工事の一環として新しくなった。その際に、北米産の帰化植物・ウンランが生えたのだろう。散歩常連さんによると、2、3年で消え逝く・・。雑草の生命力がより強いのだ。意識的に雑草を除去すると、毎年薄紫色の霞をみることは可能だが・・。それは難しい。 江戸川流域での田植えは、終わりつつある。季節がまた一歩進んだ。来年、ウンランの姿はないかも知れないと思いつつ、田圃道を引き返す。水田の水面を染める夕日が明日の暑さを約束していた・・。 写真-1 江戸川左岸堤防の新しいのり面。 写真-2 ウンランの小群生。写真-3 風に負けず、乾燥にも負けず、雑草には負ける松葉海蘭。 写真-4 水田を渡る風。 写真-5 明日も好天を約束する夕陽。
2015年05月04日
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昭和記念公園の日本庭園は、比較的新しい。池水回遊(ちすいかいゆう)式の造園で、大名庭園とも呼ばれる。6,300m2の池を中核に、東西南北にビューポイントを配置している。北に涼暮亭と滝、東に木橋と菖蒲池、南に四阿の昌陽、そして西に観楓亭と清池軒がある。 清池軒から見る景色は絵画のようだ。紅いモミジ、水面の木橋、青い松が絶妙に配置してある。四阿の昌陽からは、額縁に納まった絵をみるようだ。 池の東側に架かる木橋からは、清池軒の数寄屋造りと紅葉が見える。そして、気象条件が合えば、清池軒の屋根越しに富士山が見えるように作られている。この日本庭園は、車椅子でも回遊できるようにと道幅が広く段差が少ない。バリアフリーの庭園だ。 池の水は、北側の人工滝から流入して、東西の渓流から流れ出るようになっている。水質が綺麗なので、池内の富栄養化対策などを訊ねたところ、定期的に掃除するとの回答。水を抜いて、溜まった泥や藻を洗浄するそうだ。夏場・盆過ぎに、1カ月以上をかけて作業する年があるそうだ。 写真-1 日本庭園・清池軒からの景色。6,300m2の池が潤いと安らぎ感を作り出す。 写真-2 水を抜いて池底を洗浄して水質悪化を防止している。維持・管理には苦労するネ・・。 写真-3 四阿昌陽(あづまやしょうよう)の額縁に納まった北山の絵。 写真-4 清池軒が池に浮かんで見える。富士山が見える場所。 写真-5 水に落ちたモミジを撮影する人。
2014年11月11日
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小雨のなか飛騨高山のメインストリートを朝散歩する。先ずは宮川沿いに店を並べる「宮川朝市」を覘く。名物の紅カブと飛騨リンゴを試食・・。次に上三之町の古い町並を中橋・陣屋までそぞろ歩く。お土産屋さんも朝7時からチラホラ開店している。 国分寺通りでは、樹齢1千年の大銀杏で雨宿り。ホテルの朝食までに約3km(約4,500歩)の歩行。バスツアーでは、どうしても運動不足と食べ過ぎに陥る。時間を見つけて、歩くよう心掛ける。ホテルに戻ると、高さ6m程のからくり屋台・匠龍台が迎えてくれる。地元の高校生が制作したものと添え書きがあった。 宮川朝市は、石川県輪島と千葉県勝浦とならんで、日本三大朝市とされる。朝市は、毎日朝6時から12時まで開かれているとのこと。最盛期には約300店の出店数があったが、最近は50店から70店に減少してしまった。「高齢化と担い手不足」、日本中の何処でも聞かれる溜息・・だ。 上三之町・古い町並通りを中橋に出ると、料亭洲さきが目に入る。創業が1794年という老舗で、懐石料理を提供している。故司馬遼太郎氏もこの料亭で美味を食したという。司馬遼・街道をゆく・飛騨紀行編の話である。小生等は、飛騨牛料理を昨晩いただいた。カロリーオーバーの我ら。歩け歩けと励まし合うのだった。 写真-1 弥生橋より宮前橋と桜色の大鳥居を望む。 写真-2 宮川の右岸には、雨天にも関わらず朝朝市が開かれていた。 写真-3 上三之町の古い町並。三町伝統的建造物群保存地区のひとつ。 写真-4 創業220年の料亭洲さき。質素な数寄屋造りの建物。 写真-5 高山工業高校生が制作したからくり屋台「匠龍台」。ホテルロビーに展示。
2014年10月22日
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