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暑い夏に、熱い映画を観て涼む。7月17日から公開している映画キングダム「魂の決戦」を。舞台は古代中国の戦国時代。趙の李牧(りぼく)率いる、楚・超・魏・韓・燕の合従軍50万の軍勢が秦に向けて進撃。迎え撃つ秦軍20万は、函谷関での決戦を決意する。今回の上映は、函谷関の戦いの前編にあたる。 歴史上の「函谷関の戦い」は、紀元前241年とされ、その多くは言い伝えと司馬遷「史記」による。秦の6代王「えん政」は、この亡国の戦いに勝利して、後の221年に中華統一を果たす。その際、新たな称号を王から「皇帝」に改め、始皇帝となる。 函谷関は、河南省にあった関所で、石積の強固な城壁で、その高さ66mとされる。漫画や映画では、それ以上の高さに見える。ダム堤体のように・・。但し、函谷関は二つあり、新関(武帝時代)の高さかも知れない。近年、聖地巡りとして函谷関が人気。1992年に観光用に東門の門楼が復元。規模が想像したものより小さいので、がっかりするという。写真1 映画キングダムの第5作目「魂の決戦」。写真2 函谷関位置と合従軍進撃図。斉国は不参加。写真3 出演俳優と役柄。写真4 ダム堤体のような函谷関の城壁(高さ66mとの説)。写真5 漫画の函谷関城壁と両軍の布陣図。写真6 復元された東門と絵画[ネットから]。
2026年07月27日
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青い池からパッチワークの路を通り抜けて旭川に向かう。パッチワークの路は、美瑛町の丘陵地帯にある農場の中を走る道路。広大な畑や農場が広がる。農産物や畑の収穫時期の違いで、緑色、深緑色、黄色、茶色が入り混じったパッチワークに見えることから付いた路名。 日帰りツアーなので、パッチワークの丘やCM・広告で有名な木などは、バスの中から眺めた。パッチワークの路において、近づいて観ることができる4つの「木」がある。(1)ケンとメリーの木、(2)セブンスターの木、 (3)親子の木、 (4)マイルドセブンの木。北海道ならではの雄大な風景に収まる木は、何とも言い難い魅力がある。 10年ぶりにパッチワークの路を走る。その際にはレンタカーで回ったので、有名な木の近くまで行けた。今回風景が一部変わっていた。オーバーツーリズムの問題からシラカバ並木が伐採されていた。地元住民の生活に支障が生じるため、2025年に伐採したという。大手観光会社は、観光バスで押し寄せないように、配慮しているようだ。写真1 車窓・ケンとメリーの木。写真2 美瑛の夏(車窓から)。写真3 牧草ロールと親子の木。写真4 セブンスターの木と麦畑。写真5 ケンとメリーの木とシラカバ並木。写真6 セブンスターの木と美瑛の丘。写真7 パッチワークの路を通過図。
2026年07月25日
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東京建築祭期間で廻れなかった建物を訪ねた。丸の内三丁目にある地上9階・地下4階の「新東京ビル」。丸の内仲通りと東京国際フォーラムの間に建つオヒィスビル。1FとB1は、ショッピング店舗と食堂が入居している。 1960年代に丸の内で誕生した新たなビル群の先鞭をつけたビルヂングだった。[撮り溜めた写真から] 2025年にリニューアル工事を終えているが、高度成長期の機能と装飾性を保持している。外観の横一列に連なるガラス窓を踏襲している。床・壁のモザイク的なアートタイルおよび幾何学的な円形照明設備が特徴的。ビルの地下に東京駅(京葉線)の出口がある。丸の内駅舎の地下道と繋がっている。 ビル1階の通路では、矢橋六郎作のモザイク画「彩雲流れ」を見ることができる。壁全体がアート風に仕上げられているので、エレベーターのドア口が見つけづらい。丸の内フォトギャラリーが2階にある。訪れた日、「マレーシア撮影の旅」のパネルが並んでいた。親日国と知られるマレーシアがどんな国なのかを写真で紹介している。写真1 新東京ビル(丸の内三丁目交差点)。写真2 新東京ビルの外観と玄関。写真3 1階通路部・大堂。写真4 モザイク画と円形照明設備。写真5 装飾性が高い階段。写真6 2階丸の内フォトギャラリーの「マレーシア撮影の旅」。
2026年07月24日
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ファーム富田から東へ約8km(バス移動30分程度)にある美瑛の「青い池」に寄る。今や美瑛町の三大観光スポットのひとつなっている。四季彩の丘と組み合わせたバスツアーが多い。人口9200人の町に、年間130万人以上の観光客が訪れる。青い池淵の遊歩道幅は狭く、人の渋滞が続く・・。 昭和63年(1988年)の十勝岳噴火に伴い、泥流被害を防ぐために本川と沢筋にコンクリートブロック堰堤を設置した。この堰堤が美瑛川を堰き止めた結果、偶然にも青い池が出現した。立ち枯れカラマツと相まって、幻想的な風景を創り出す。近年、冬にライトアップするイベントもあるという。 「青い池」がコバルトブルーに見えるのは、空が青く見えると同じ理由でという。十勝岳一帯の地下水には、アルミニウムを多く含み、途中の沢水や滝が美瑛川に流れ込んでいる。微細なアルミナ粒子が光に散乱して青く見える。ベストシーズンは、5月中旬から6月下旬で、風がなく太陽が高い時間帯が最も美しく見えるという。写真1 美瑛の「青い池」。写真2 カラマツとコバルトブルーの水面。写真3 泥流対策の堰堤が造り出した人造池。写真4 美瑛川と青い池を望む。写真5 観光客で賑わう売店と駐車場。写真6 青い池に関する案内看板。
2026年07月22日
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ファーム富田の南駐車でバスを降りると、初めに目にはいるのは「花人の畑」。この花畑では、春のビオラから始まり、四季咲き花が咲き続け、秋まで楽しむことができる。この色とりどりの花畑は。訪れる客「花人(はなびと)」を出迎える畑だという。緩やかな斜面とカーブを描く花畑の向こうに、ラベンダー畑が広がる。 ファーム富田の花畑で有名なのは、「彩りの畑」であるが、滞在時間の関係で立ち寄れなかった。訪れた日、花人の畑には、ケイトウ、キンギョソウ、マリーゴールドなど、赤・黄・白・橙・青の花畑帯が美しく植えられていた。ポプラ並木と「花人の舎」の建物が花畑と調和している。 お土産店の他にもむ2つの建物を見て回る。日本で最大規模とされるドライフラワーアレジメントを展示する「ドライフラワーの舎」。ファーム富田を代表する2つの花畑、「トラディショナルラベンター畑」と「彩りの畑」の特大写真パネルが設置されている「ギャラリーフルール」。この建物の入口では、マスコットの「ラベさん」が出向かえてくれる。雨降りの日、ここで傘なしで記念写真が撮れる。写真1 ファーム富田 花人の畑。写真2 花人の畑とポプラ並木。写真3 キンギョソウと展望デッキ。写真4 ドライフラワーの舎。写真5 ドライフラワーアレンジメント。写真6 ギャラリーフルール。
2026年07月21日
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皇居東御苑の二の丸地区は、本丸地区の東側に位置する。二の丸は、本丸との間に約10mの段差があり、本丸地区の崖下にあたる。自然の湧水もあるので、庭園を造るのに適していた。二の丸地区には、庭園の他に雑木林、菖蒲田、諏訪の茶屋などがある。[撮り溜めた写真から] 二の丸庭園のオリジナルは、寛永7年(1630年)第3代将軍家光の命で、小堀遠州の手により「池泉回廊式」として造られた。現在の庭園は、9代将軍家重時代の絵図をもとに、昭和40年に復元された。池の中には「ヒレナガニシキゴイ」が泳いでいる。平成天皇様の発案により、インドネシアのヒレナガゴイと日本の錦鯉を交配して生まれたという。 庭園の北西側敷地に、「諏訪の茶屋」がある。明治時代に吹上御苑に建てられた御休息所として使われていた茶屋を移築したもの。明治期の数寄屋造りで、優美な外観を保持している。雑木林では、季節の草花が観察できる。ハンゲショウ、キンミズイト、ヤマハギ、ユリなどが咲いていた。写真1 皇居東御苑 二の丸庭園。写真2 二の丸池に咲くアサザ。写真3 小滝とヒレナガニシキゴイ。写真4 諏訪の茶屋と都道府県の木。写真5 雑木林のハンゲショウ、キンミズイト。写真6 ヤマハギと湧水井。
2026年07月20日
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旭川に向かう途中、中富良野のファーム富田に寄る。年間100万人が訪れる人気観光地となっている。広大な敷地(約20ヘクタール)に、12の花畑があり、6月から10月まで楽しめる。曇り空ではあるが、「倖の畑」一面は、紫色に染まっていた。ラベンダーの絨毯のように・・。蒸し暑かったので、ファーム特産のソフトクリームを食べる。 富田家が富良野原野に鍬をいれたのは明治後半のこと。以後、昭和に入り、フランスからラベンダーの種を取り寄せ、各地で実験栽培がおこなわれた結果、富良野地区で栽培適地となる。初めて富田畑10アールでラベンダーが栽培されたのが昭和33年。順調に事業が発展するかに見えたが、そうは行かなかった。 ラベンダー栽培は、昭和45年にピークを迎えた。250戸×230ヘクタールの規模を誇った富良野地区。しかし安価な輸入香料により、ラベンダー栽培は急減に衰退して行く。昭和51年に転機がやってきた。一枚の写真[国鉄カレンダー]だった。北国の自然と美しいラベンダー畑が造り出す景色を求めて日、人々が遠くからやって来る。写真1 ラベンダー畑と十勝岳。写真2 ファーム富田の「倖の畑」。写真3 中富良野の紫ジュータン。写真4 ポプラ並木と「倖の舎」。写真5 美しいラベンダー。写真6 動物の置物と国鉄カレンダーに採用された写真。
2026年07月18日
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皇居東御苑に、急勾配の汐見坂がある。江戸幕府による江戸城築城の頃、この坂近くまで日比谷入り江が入り込んでいたので、海を眺めることができたという。今は高層ビルが壁のように建ち並ぶ。汐見坂は、本丸と二の丸をつないでいたもので、坂の上には汐見坂門があったという。 本丸大芝生と大奥跡の周囲には、季節の花木が植えられている。訪れ日、ヤブミョウブ、ハアザミ、タイサクボクなどが見られた。広場の西端、蓮池濠の石垣の上に富士見多門があり、内部を公開している。近くにミニバラ園と枯れアジサイが見られた。 本丸大芝生の東側に、本丸休憩所(売店)とトイレがある。その裏手に展望台が整備されていた。展望台の眼下には白鳥濠とその石垣がある。そして汐見坂と二の丸雑木林とパレスサイドビルの屋上部が見えた。写真1 東御苑の汐見坂。写真2 石積みの坂道と天守台。写真3 蓮池濠石垣上の富士見多門。写真4 本丸展望台と景色。写真5 ヤブミョウブとアジサイ。写真6 ハアザミとタイサンボク。
2026年07月17日
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8月の盆を前に移動のピーク時を避けて、盆の供養、ミニ樽同期会等の旅行をする。札幌市中心部に3泊した。2か月以上前に、自由行動有の格安旅行ツアーを購入。2人して暑い関東から少しだけ抜け出した。 北区琴似にいる親族の三回忌で線香をあげた。その後、夕食に回転寿司「なごやか亭新琴似店」で食事する。順番待ち5組を経て、テーブル席に座る。回転寿司というが、店員さんがその都度手渡してくれる。豊富なメニューと新鮮なネタが売りのようだ。小生らは大満足・・。 鮨処なごやか亭は、釧路市内に本社を置く「三ッ星レストランシステム」(創業1981年)が運営している。回転寿司18店舗の他に、焼き肉店、とんかつ店など、北海道を中心に展開している。2007年に新琴似店が開店。いまや、地域の人気店に定着しているようだ。写真1 羽田空港第1ビル(JAL)。写真2 羽田空港管制塔。写真3 展望デッキと羽田スカイアーチ。写真4 鮨処なごやか亭の玄関飾り。写真5 美味しく食べた。写真6 食後の皿をチェック・会計。
2026年07月15日
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東御苑の本丸芝生広場の北側に、かつての江戸城天守台がある。その南エリアには、江戸城本丸御殿が建ち並び、「表」-「中奥」-「大奥」と云う3つの空間に分かれていた。現在、芝生が敷き詰められ、その上で誰もが寛ぐことができる。 天守台および天守は、三代の将軍が代替わり度に築き直された。将軍権力の象徴を誇示すめたにも・・。寛永期の天守(家光)は、五層構造で高さ60mに達する黒塗りだったという。しかし明暦3年(1657年)の大火で焼失する。前田家によって、高さ12mの花崗岩の天守台(46m×42m)が造られるも、以後天守は築かれていない。 大奥御殿跡地東側に本丸休憩所に隣接して、江戸城天守復元模型が公開展示(2020年9月から)している。寛永期天守の1/30スケールの模型。建物の壁は、銅板と漆喰、最上の棟に金色の鯱が輝いている。寛永期、江戸の町にそびえ建つ豪壮な天守だったに違いない。写真1 寛永期の江戸城天守台。写真2 花崗岩積の天守台と出入口部。写真3 天守台の展望台。写真4 江戸城天守復元模型(1/30スケール)。写真5 天守台に載る天守(合成)。写真6 本丸御殿配置図と江戸城図屏風の一部。
2026年07月14日
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関東地方の梅雨明けも近い・・。南方海域の水温が高く、発生する台風の数と強さに増大するとの予想もある。そして太平洋高気圧が大きく張り出す予想だ。沖縄・奄美地方では、すでに梅雨が明けている。 梅雨が終わり、夏本番に近い。6月に綺麗に咲いていたアジサイの多くが枯れていた。朝散歩していると、みずみずしかった梅雨のアジサイを思い出す。あの、「みなつき」の日・・。枯れる前の花姿を少し重ね合わせてみた。 今年の梅雨時期は、晴れる中休みが少なかった。6月はあまり暑くなく、過ごし易くありがたかった。ちなみに、東京の6月は、1mm以上の降水日数が16日、月降水量が437mm。平年の約2.6倍の雨が降ったようだ。今後は、関東の酷暑日数が心配だ。写真1 色褪せた鉄道沿いの紫陽花。写真2 6月中旬の綺麗な花姿。写真3 ハイドランジア系のアジサイ。写真4 ホンアジサイの思い出。写真5 ガクアジサイの思い出。写真6 ハイドランジアの思い出。
2026年07月13日
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都内で午後から用事があったので、朝9時から皇居東御苑を散歩する。大手門口には、開門を待つ人の行列が出来ている。多くは外国観光客のようだ。皇居の東側地区は、東御苑として昭和43年から一般公開している。現在、午前9時から夕刻まで公開。出入口は平川門、北桔橋門含めて3カ所ある。 大手門は、旧江戸城の正門にあたり、各大名が新年、月次に登城したという。大手門高麗門をくぐると、桝形と呼ばれる、石垣等で囲まれた広場になっている。敵が侵入した際に、効果的に撃退させる仕掛けでもある。藤堂高虎が設計し、酒井忠世が分担したという。左右の石垣は伊達政宗が築く。 江戸城本丸と二の丸へ通じる本丸大手門を守るために「百人番所」があった。長さ50mを超える平屋で、江戸城最大の検問所。中之門の奥に「大番所」がある。本丸に近く、最後のチェックポイントになる。他の番所より身分の高い与力または同心が警備していたとう。中之門の坂の途中に、白い「リョウビ」が咲いていた。写真1 桔梗濠と大手門。写真2 手荷物検査後、高麗門をくぐる。写真3 大手渡櫓門。写真4 百人番所と整形した植木。写真5 中之門と大番所。写真6 夏の花「リョウブ」と江戸城図屏風。
2026年07月11日
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2週間ほどの期間の散歩で見かけた「花たち」の姿をまとめてみた。道路路肩、田んぼ路、鉄道沿小路には色々な草花が咲いている。梅雨時期なので、枯れる心配はない。良く育っている。早朝は、人通りと車の通行が少ないため、スマホ撮影ができる。[撮り溜めた写真から] 歩道がない車道路では、路側帯があるものの、通勤者などは車道を歩かざるを得ない。そんな道路の路肩に、ピンク色と白色のホタルブクロが今年も見られた。排気ガスやホコリに負けない根強い花だ。また雨に濡れた道路では、白いユリのような花が目を引く。 鉄道沿いの道や畑沿いの路では、柘榴、枇杷、茄の成長過程を観察できる。但し、カラスやムクドリが花を啄んだりしてしまうが・・。あまり使用されていない駐車場では、緑玉状の草が生えていた。種子が飛んで来て、舗装の隙間に入り込んだのだろう。緑の玉形は、ド根性「タマイブキ(玉伊吹)」かな・・。写真1 路側帯のホタルブクロ。写真2 路傍のハブランサス。写真3 季節は百合。彼方此方で見かける写真4 鮮やかな橙色のトリトマ。写真5 柘榴の花、枇杷の実、茄子。写真6 「タマイブキ」とサボテンの花。
2026年07月10日
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流山市内の住宅街路地に、珍しい壺垣がある。道路が狭く高低差もあるため、地元民しか通らない。石垣の代わりに、味醂(みりん)の醸造保存に使用した壺が積まれている。壺口が道路に向いて並んでいるので、「ひょっとこ」の顔、又は「たこ焼き」に見える。ユニークな石垣だ。[撮り溜めた写真から] 壺の大きさは、直径約30cm×高さ45 cmで、壺の容量は、一升ビン10本分の18リットルほどか・・。壺口は、直径4 cmほど。小さな壺口は、ゴミや菌の進入を防ぐのに役立つ。壺を横に寝かせ4段から6段に積み上げている。地震で崩れないように、モルタルで固めている。 米と生産と水運に恵まれた流山は、江戸中期から味醂づくりが行われていた。明治以降も地の利を活かして、味醂作りが盛んだった。下総東葛郡流山町の「万上(まんじょう)みりん」が知れらていた。「野田の醤油」、「流山の味醂」と云われた。壺垣がそんな町の生き証人だ・・。写真1 路地裏通りの壺垣。写真2 味醂壺を積み重ねた壺垣。写真3 ユニークな表情の外壁。写真4 雨上がりの路地裏。写真5 石塀(大谷石)の通り。写真6 土塀と草蔓の小路。
2026年07月08日
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梅雨時期の散歩は、鉄道沿いのアジサイ小径を通ることが多い。東武江戸川台駅の西側に、100mほどの小径がある。小径の左右に、色とりどりのアジサイの花が咲く。近くの住民が手入れをしてくれているので、花付きが良い。明日も、この小径を歩きたくなる。[撮り溜めた写真から] アジサイの手入れとして、剪定作業がある。花が終わり枯れた花は、下部の栄養を消費するため、7月末までに剪定する必要がある。遅くなると来年、花が付かなくなるという。枯れた花の下、2から3節辺りで切断される。その他に、雑草、虫対策をしなければならない。感謝の念をもって、花を鑑賞させてもらう。 駅が近いため、低速で電車がアジサイ小径の横を過ぎてゆく。電車からも注意していれば、小径のアジサイを見ることができる。幼子は、一般に電車を見るのが好きだ。母親に抱かれて、花と電車を見つめる姿を見かける。子育の合間や家事を忘れられるひと時かな・・。電車の発着音や振動など、気分転換になると思う。写真1 アジサイと電車。写真2 駅ホームを見る。写真3 アジサイの小径。写真4 電車が通過。写真5 満開の紫陽花。写真6 紫陽花をズームイン。
2026年07月07日
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夏至前後の日の出は、4時半頃。年寄は、日の出とともに目が覚めてしまう。暑くなる前の早朝に、江戸川土手を散歩する。日が昇ると、河川敷から「ケーン」、「ケンケン」という力強い鳴き声が聞こえてきた。静寂の空気を裂く鳴き声。春から真夏にかけての江戸川の風物詩でもある。[撮り溜めた写真から] 鳴き声の主は、キジ(雉子)。繁殖期における雄の振舞い。雄のキジは、華やかな毛を纏っている。雌は保護色の茶褐色をしている。背丈が伸びた草を歩きまわり、草の種子、芽や葉を食する。畑の野菜も食べるので厄介な鳥。繁殖期の雄は、目の周りの赤い肉腫が大きくなる。遠くからでも目立つ。 東京地方の夏至(6月21日)における昼時間は、約14.5時間(4時25分から19時01分)。逆に夜時間は9.5時間。睡眠時間が少なくなる傾向。他の場所と比較してみよう。北海道札幌の夜長さは、約8.5時間(3時55分から19時18分)。一方沖縄那覇の夜長さは、約10時間(5時37分から19時25分)。札幌と那覇とでは、1.5時間の差がある。写真1 日の出前の空。写真2 静かな日の出。写真3 北東の空と筑波山。写真4 河川敷の番いのキジ。写真5 東の空と層積雲。写真6 幽かな土手富士と山中湖の富士と比較。
2026年07月05日
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アジサイの見頃が過ぎる頃、近くの境内でハンゲショウ(半夏生)の緑葉が白く色づく。日当たりがそれほど良くない場所に置かれている小石仏の近くで、紫陽花と半夏生を同時に見られた。葉が半分だけ着飾ったように、緑の葉が真っ白になり、優美な印象を与える。半化粧または片白草とも呼ばれる。 半夏生は、二十四節気・夏至から数えて11日目(7月2日)で、この頃にハンゲショウが目につく。トカゲの尻尾のような花穂に、虫を寄せる効果があるとされる。七十二候では、夏至の期間を3つ分けている。即ち、(1)及東枯[夏草が枯れる]、(2)菖蒲華[あやめが咲く]、そして(3)半夏生[烏柄杓が生える]。季節の移ろいを漢字3文字で表現している。 植物としての半夏生は、年々減少していると言われている。生育に適した土地が減少しているためで、東京都・山形県・福井県で、絶滅危惧種1に指定されている。日当たりを好むが、乾燥を極端に嫌う、そして厳しい寒冷地で防寒対策が必要。関西では、半夏生時期に旬の蛸を食べる風習があるというが、高級品だ。写真1 近くのお寺の境内。写真2 境内にひっそりと咲くハンゲショウ。写真3 トカゲの尻尾のような花穂。写真4 手賀沼の半夏生[昔撮影したもの]。写真5 紫陽花に覆われている石仏。写真6 アジサイと小石仏。
2026年07月04日
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梅雨入り(6月7日)してから1ケ月近く過ぎた。今年の6月は、全国的に平年より雨量が多かった。東京では平年の2.5倍と報道されている。その分熱帯夜が少なく助かったが。朝散歩も雨天中止する日数が個人的には増えた。アジサイにとっては、恵の雨だったかもしれない。 アジサイの見頃が過ぎると、近隣では桔梗(キキョウ)が咲き始める。鮮やかな紫から青紫色の花が凛々しく見える。桔梗は、優雅な星形の花が特徴で、昔から和歌や家紋に使われた。桔梗紋は、土岐氏が使い出し、明智光秀の「水色桔梗紋」が有名。また安倍晴明の五芒星、北海道開拓使の赤い五陵星などの五角形もある。 444年前の1582年7月2日に (天正10年6月13日)、備中高松から大返しした羽柴秀吉と本能寺で信長を討った光秀が山崎の地(淀川右岸)で激突した。秀吉軍4万と光秀軍1.6万で、ほぼ一日で決着。光秀の「三日天下」と呼ばれる。実際は本能寺から12日目か。2020年大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公・長谷川博己氏を思い出す・・。写真1 梅雨後半期の紫陽花。写真2 紫-青系統の紫陽花。写真3 凛々しい紫の桔梗。写真4 星形の花形 紫色と白色。写真5 1582-07-02山崎の戦い。光秀1.6万-秀吉4万。写真6 大河ドラマ「麒麟がくる」光秀役の長谷川博己。
2026年07月02日
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前ヶ崎の住宅地にあるあじさい通りは、本土寺から徒歩20分程度。高さ5mから8mほどの急斜面に、あじさいが植栽されている。道路から見上げるように眺めると、紫陽花を一望できる。ホンアジサイ、ガクアジサイ、アナベル、カシワバアジサイなど咲いている。[撮り溜めた写真から] 住宅のすぐ前の斜面は、コンパクトなアジサイ園のようだ。但しあじさい通りは、一車線ほどの狭い道路。徐行して車内から鑑賞する運転手もいる。良いマナーとは言い難い。時折、自治会関係者と思われる誘導員がいるが・・。急斜面のアジサイの維持は、手間がかかる。近くの高校生による手入れの応援があるという。本土寺側の平賀地区からは、富士川に架かる羽中橋(はなかばし)を渡り、対岸の前ヶ崎地区に行く。この富士川(3.7km)は、松戸と流山との市境を流れている。富士川は、坂川に合流しているので一級河川になる。交通の便を考えて、同じ道を引き返した。写真1 市街地の前ヶ崎あじさい通り。写真2 あじさい通り(区間約300m)。写真3 あじさい通り。車道から眺めたくなる。写真4 斜面下部はアナベルが主体。写真5 アジサイの花を近くで。ソフトクリームに似ている。写真6 市境を流れる富士川と羽中橋。
2026年07月01日
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東京建築祭で、港区芝浦1丁目にある「区立伝統文化交流館F5」を訪れた。老朽化のために閉鎖されていた「旧協働会館」(区有形文化財)が保存事業により、2020年に新しくリニューアルされた。伝統文化の継承やコミュニティ活動、地域交流の拠点として活用される。[撮り溜めた写真から] 建物そのものは、昭和11年(1936年)に芝浦花柳界の「見番」として建てられた。見番とは芸者の取次や遊興費の清算する施設。都内に現存する最古級の木造見番建造物。戦後は、港湾労働者の宿泊所として利用。平成12年に閉鎖されるも、保存活用を望む地域の声を受けて、港区が予算を確保した。 2階の大広間は、かつて「百畳敷」と呼ばれ、他の花柳界との競演に向けた本格的な稽古が行われた。戦後旧協働会館として利用された際にも、剣舞、日舞、謡曲などの芸能の稽古場となった。1階展示室には、見番時代の建物の様子や周辺の移り変わりを写真等で展示している。格子天井や擦りガラス窓が懐かしい・・。写真1 港区伝統文化交流館。写真2 伝統文化交流館の玄関と建物側面。写真3 伝統文化交流館の中庭の様子。写真4 二階・交流の間(百畳敷)。写真5 廊下と憩いの間。写真6 協働会館時代の風景。
2026年06月29日
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そよ風が流れる江戸川土手を玉葉橋まで往復する。橋の下を眺めると、川面に雲がくっきりと映っていた。この日は水面が穏やかで、さざなみが立たず水鏡のようだ。その川面に流れる雲の塊は、層積雲と思われる。[撮り溜めた写真から] 層積雲(そうせきうん)は、白色または灰色で大きな塊が群れを成し、ロール状、斑状(まだらじょう)、層雲などと云われる集まり方をする。水平に広がる層雲がその中で発生する対流により雲形状が変化してゆく。うね雲、まだら雲、むら雲と呼ばれることがある。空の低い所に現れ、次々と移動する雲。 梅雨も後半に入っている。ムシムシする日と梅雨寒の日があり、急な雷雨も度々あった。さいわいに関東では、大雨による被害は最小減で推移している。太平洋の赤道域東部の高海水状態が続いている。平時より2度高い「スパーエルニーニョ」で夏を迎える。台風の勢力と進路が例年以上注意するようにと報道している。写真1 江戸川の川面に映る雲の塊。写真2 川と雲と。写真3 筑波山方面の層積雲。写真4 層積雲が移動してゆく。写真5 僅かに見える富士山のシルエット。写真6 雲と人と花と。
2026年06月28日
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東京建築祭で竹芝ふ頭の北側に隣接する「ウォーターズ竹芝」を訪れた。既設の建物を整理して、新たな複合施設が2020年に開業している。5つの施設を新たに3棟に集約した場所は、東京湾と浜離宮に面している。江戸時代から続く自然・社会環境を守り、文化・芸術の発信拠点なることをめざしている。 取り壊した既設施設としては、旧国鉄時代に関係するが多い。JR東日本の社宅・現業事務所、アーチセンター劇場四季の春と秋、およびシーサイドホテルなどがあった。新橋駅・汐留車両基地の飛び地だった。ウォーターズ竹芝は、タワー棟(26階建て)とシアター棟(6階)と階段状のテラスからなる。 タワー棟は、低層階(1Fから4 F)が商業施設、中層階(5Fから14 F)がオフィス、そして上層階(16Fから22 F)がホテル・メズム東京となっている。シアター棟は、1階に自由劇場、2階に劇場四季「秋」、3階に劇場四季「春」が入っている。「春」と「秋」では、それぞれ「アナと雪の女王」と「バックトゥザフューチャー」が公演されている。写真1 港区竹芝ふ頭の北側に隣接する「ウォーターズ竹芝」。写真2 水辺広場・テラスとシアター棟。写真3 複合施設のタワー棟。写真4 水上バスの発着場が整備。写真5 シオサイト高層ビルと勝どきマンション群写真6 劇場四季の春・秋が入るシアター棟。
2026年06月27日
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本土寺境内の東側エリアを花散歩する。本堂-客殿から続く回廊は、途中に妙朗堂があり、菖蒲池の端を通り像師堂に到る。像師堂への参道両脇には、紫陽花が密に咲いている。宝物殿から下った菖蒲池の縁にも紫陽花が植えられている。花菖蒲の見頃は過ぎていた。[撮り溜めた写真から] 像師堂(ぞうしどう)は、本土寺を開山した日朗上人の菩薩像を祀っている。昔は住古妙泉院を祀る茅葺寄棟の素朴なお堂だった。昭和28年今日ある像師堂に建替えて、本土寺と合併したようだ。像師堂の周りには弁天堂、長谷稲荷、お願い地蔵そして乳出し霊水などがある。 あじさいは、漢字表記で「紫陽花」。中国語表記を和名にあてたものとされる。日本語で「あじさい」というのには諸説あるという。「あづさい(集真藍)」が訛ったというのが有力とか・・。古来日本に自生したのは、ガクアジサイなので、中心に藍色の小さな粒花が集まっている。写真1 本土寺境内の東エリア。写真2 参道両脇に咲きほこる紫陽花。写真3 妙朗堂と赤門に続く小径。写真4 お堂を繋ぐ回廊と菖蒲池坂道の紫陽花。写真5 見頃を過ぎた花菖蒲と池沿いの紫陽花。写真6 弁天池と像師堂。
2026年06月25日
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東京建築祭で、日本橋本石町にある常盤小学校C7を訪れた。昭和4年(1929年)に建てられた関東大震災後の復興小学校。鉄筋コンクリート造りの校舎は、出入口がアーチ状、窓が半円形、そして庇に幾何学装飾に施されたレトロな建物。今回、校舎のなかを見学することができた。[撮り溜めた写真から] 小学校の名前は、1873年まで江戸城にあった常盤橋に因んでいる。常盤は、松(マツ)の別名でもあり、校舎の中庭に松が植えられている。学校の周辺には、日本橋川が流れ、ビルが建ち並ぶ。近くに3つの「ときわ橋」がる。歩道橋の石橋常磐橋、外堀通り(都道405号)の常磐橋、江戸通りの(都道407号)新常盤橋。 常盤小学校の地下には、太平洋戦争時の地下防空壕が残っている。校舎内の廊下にその出入口がある。防災訓練などに使用。当時の校舎が今も現役。東京都選定歴史的建造物、経産省の近代化産業遺産に指定。10年前児童数は、320名だったが現在約320名に増加。2022年には創立150周年を迎えた名門学校だ。写真1 日本橋本石町の常盤小学校。写真2 幾何学装飾が施されている出入口。写真3 アーチ形玄関と常盤松。写真4 半円形の窓が多く、レトロな校舎。写真5 写真等のパネル展と最初の校舎(明治33年)。写真6 地下防空壕口と白い手摺の階段。
2026年06月24日
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江戸川土手を散歩していると、色々な雲を見かける。晴れた朝の空は、湿気が残っている。ユニークの雲が出来やすい。太平洋高気圧の張り出しが弱い梅雨前半、または梅雨中休みには、小片形状の雲片が発生する。うろこ雲やひつじ雲だろうか。雲群が土手を覆う瞬間もある。[撮り溜めた写真から] うろこ雲とひつじ雲は、同じように見えるが、雲ができる上空の高さに違いがある。鱗雲は、上空の高い所にできる雲(巻積雲)。羊雲は、上空の中位にできる雲(高積雲)。雲底が厚く、陰のある雲は羊雲とされる。魚や動物を想像して、土手を歩くと疲れない。 土手散歩の帰り道に、ふさふさした栗の花を見かけた。栗の花は、梅雨時に咲き、クリーム色の花穂(雄花)を枝いっぱいに垂れ下げる。そして強い匂い(虫を惹きつける)を出し、花粉を放出する。アレルギー症状を起こす人もいる。雌花は、雄花の根元付近にひっそり咲く。緑色の球状の小さな花で、秋になると栗の実まで育つ。写真1 江戸川土手から見る雄大な雲景色。写真2 土手を覆う雲群(ひつじ雲か・・)。写真3 流氷のような雲塊群。写真4 玉葉橋から江戸川の水面と遠くの都心を望む。写真5 雪をかぶったような栗林。写真6 栗の花。雄花と雌花。
2026年06月23日
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千葉県のあじさいの名所のひとつ本土寺において花散歩する。本土寺は、流山市境の松戸市にあり、JR北小金駅から徒歩で10分ほど。長谷山本土寺は、「あじさい寺」と知られ、観光バスツアーのコースにもなっている。約5万株、10種類以上のあじさいを鑑賞できる。境内が広いので、東・西エリアに分けてアップします。 本土寺境内の西側には、本堂、開山堂、五重塔、白雲楼などが配置されている。開山堂前の広場は、五重塔を背景に記念撮影するスポットとなっている。五重塔・鐘楼と本堂は、一段高い場所にある。昇降する際、石段脇に咲くあじさいの色合いと花姿をすぐ近くで観ることができる。 あじさいの品種は、2000種以上あると言われている。素人的にはガクアジサイとホンアジサイをまとめてあじさいと呼ぶ。ガクアジサイは、日本古来の品種。中央に複数の小さな粒の花をつけ、その周りをガクのような飾り花が囲む。ホンアジサイは、園芸用に品種改良されたもので、手毬のように花をつける。境内で最も多く咲いている。写真1 あじさい寺・長谷山本土寺。写真2 五重塔前のあじさい。写真3 本土寺本堂前のあじさい。写真4 見頃のあじさい。ホンアジサイとガクアジサイ。写真5 奇峰洞近くのあじさい。写真6 本土寺境内の案内図。
2026年06月21日
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天気予報に参考に梅雨の晴れ間を選んで、牛久沼聖地公苑へ墓参に行く。5月から6月にかけて、雑草がよく伸びる。8月前に一度は、墓回りの掃除をする必要がある。真夏には、墓石の温度50度以上になる。以前火傷しそうになったがある。早朝に行ける場所でないので・・。 牛久沼は、利根川水系小貝川支川に含まれる湖沼。沼全域は牛久市ではなく、竜ケ崎市の区域内にある。周囲25.5km、平均水深約1.0m。近年地盤沈下に進んでいる。2023年6月台風に大雨により、牛久沼が越水している。堤防の嵩上げが一部で行われている。墓石の掃除と除草作業した後、花とお供物して手を合わせる。その後牛久沼の畔へ移動して、体力回復のため「うなぎ」ランチする。「河童伝説」や「牛になった小坊主」の話を思い出す。牛久沼水辺は、キジ、カワウ、カモそして白鳥が生息し、小魚が豊富だった。また、「うなぎ料理の発祥地」とされる。正岡子規などの文学者も訪れたという。写真1 牛久沼聖地公苑の休憩テラス。写真2 公苑展望台から牛久沼を望む。写真3 法要殿とメモリアルホールのステンドグラス。写真4 蓮型ホールと墓参。写真5 河童伝説がある牛久沼。写真6 牛久沼畔でウナギ・ランチ。掃除で消耗した体力を回復。
2026年06月20日
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東京建築祭で、皇居外堀・日比谷濠に面して建つ「第一生命日比谷ファーストD3」(旧DNタワー21)を訪れた。1階吹き抜けのロビーには、建物に関する歴史と最新オフィス・リノベーションを紹介するパネルが展示されている。また公開空地には、美術絵画や建築資料も並んでいる。[撮り溜めた写真から] 東京日比谷の「第一生命館」は、昭和13年(1938年)に新本社ビルとして竣功。終戦後昭和20年(1945年)、GHQに接収され、総司令部本部となる。マッカーサー司令が複数ある候補から第一生命館を選ぶ。皇居に近く、華美ではなく機能的な建物を好んだようだ。この建物で日本国憲法の草案が作られたという。 平成7年(1995年) 第一生命館は、隣接する「農林中央金庫有楽町ビル」と一体化させた上で、中間に高層階部分を増設(DNタワー21)した。新たな価値・機能を付加するリノベーションだ。そのためフロアの高さが異なり、低層部8階が高層部6階に繋がっている。外壁は、花崗岩を主とし装飾を排したシンプルで、力強いデザインにまとまっている。写真1 第一生命日比谷ファースト。写真2 日比谷濠と第一生命館玄関。写真3 一階ロビーと中二階。天井は星空をイメージ。写真4 天井高い吹き抜けロビー。写真5 美術作品も展示。写真6 高層階ビル((旧DNタワー21)。
2026年06月19日
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東京臨海において、青海から台場へ行くのに「テレポート・ブリッジ」を渡る。青海側の東京テレポート駅(りんかい線)とお台場海浜公園駅(ゆりかもめ)との間には、首都高速道路と東京湾岸道路(国道357号)が通っている。そのため両地区を安全に往来できる橋が必要だった。[撮り溜めた写真から] テレポート・ブリッジが架設されたのは平成8年(1996年)。橋長341m×幅員9mの歩行者専用橋。橋の中央に多くの道路が横切ることになるので、斜長橋の主塔は、南側に傾けたケーブルを張っている。遠くら見ると不安定に感じる。またこの橋は、江東区と港区の区界に架かっている。さらに高速道路の中心が境線でもある。 お台場海浜公園に寄って、世界最大級の噴水「東京アクアシンフォニー」を見ようと思ったが、生憎と点検中。夜の部から実施されるようだ。お台場の白いビーチに、大きな「モアイ石像」がある。伊豆七島の新島特産の抗火石(こうかせき)を彫刻したもの。岩質は、軽石質の流紋岩で、加工しやすくて耐火性・耐熱性に優れている。因みに白砂は、神津島産だという。写真1 夢の大橋を渡って青海へ。写真2 青海からテレポート・ブリッジ入口へ。写真3 緑地とブリッジの主塔を見上げて。写真4 歩行専用橋と橋下の道路(首都高と湾岸道路)。写真5 白砂のお台場ビーチとレインボーブリッジ。写真6 ビーチのモアイ石像(抗火石)。
2026年06月17日
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東京建築祭で、浜松町駅に近い「ブルーフロント芝浦」を訪れた。野村不動産とJR東日本とが手がける超大型複合施設の開発。芝浦運河沿いに、高さ230m級のツインタワーを建設するプロジェクト。そのうちひとつ43階の南棟が2025年9月に開業。一方、45階の北棟は、2030年竣工予定。[撮り溜めた写真から] ブルーフロント芝浦の設計は、槙総合計画事務所が担当。運河に囲まれた地形に、バーチャル・ヒューマニズム「人と社会と建築と」を実現するという。当該設計事務所は、1960年代から都市と建築に向き合いながら国内外145のプロジェクトを遂行。60周年記念した企画展示会を建築祭に提供。 南棟 TOWER-Sは、オフィスと商業施設、そしてホテルからなる。高層階35階から43階には、ホテル・フェアモント東京が占める。7階から33階はオフィスに、1階から3階は商業店舗で、レスラン、カフェテリア、ラウンジ。特に2階のキャナル・ダイニング規模は、屋内外合わせて420席があった。ランチして次の公開建物へ移動。写真1 日の出さん橋とブルーフロント芝浦。写真2 2025年9月に開業したブルーフロント芝浦南棟。写真3 三階のロビーと建築作品紹介。写真4 「人と社会と建築と」の60周年年表。写真5 BF芝浦プロジェクトの完成模型。写真6 会場出口と2階のレスラン街。
2026年06月16日
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広い柏の葉公園内で、ピンク色のサツキが咲き誇る場所がある。公園センター近くの四季の広場。緩い傾斜した芝生広場で、ボート池等を見渡すことができる。大きなクスノキがあり、強い日差しを遮ってくれる。この広場の両脇で、手入・整形されたサツキ棚が観られる。[撮り溜めた写真から] サツキの花は、枝先に1個から2個花を咲かせ、その種類が多いという。四季の広場のものは、濃いピンク色で統一されている。ツツジの仲間であるが、遅咲きの花で初夏を彩る花木。サツキは、酸性土壌を好むので、酸性雨が多い日本に適している。また渓流岩場の養分が少ない場所でも育つ。節制・節約との花言葉がある。 少し離れた野外ステージには、樹木で囲まれている。メタセコイア、桐、合歓木などが日陰を作る。その中に混じって「センダン(栴檀)」の樹が花をつけていた。近くに寄ると、涼しげな羽状複葉で、小さな花は藤色がかっている。秋には無数の核果をつける。野鳥・カラスが栴檀を啄む。人や犬が口にすると食中毒なる恐れがあるという。写真1 柏の葉公園・四季の広場。写真2 ピンク色のサツキ花棚。ハート形もある。写真3 広場の両脇のサツキ棚。写真4 手入れか行き届いている密な花たち。写真5 岩場のサツキの花。写真6 野外ステージのセンダン(栴檀)の花。
2026年06月15日
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東京建築祭で、日本橋の一等地建つ「三井本館Ⅽ2」を訪れた。今回、合名玄関、エレベーターおよび5階オフィスフロアが特別公開。三井本館は、三井グループの本社機能を集中させるために建設。現在の建物は、関東震災で被害を受けた旧本館を建て替えたもの。米国の設計・施工で昭和4年に完成。平成10年に国の重要文化財となる。 三井本館は、接道面には堂々としたコリント柱が並び、外壁に花崗岩が使われ格調高い建造物となっている。建物の内装にはイタリア産大理石を使用。全館完全空調を導入した。格納する三井銀行・信託の大金庫は、米国産の重量50トンで、日本橋川を使用したという。本館の内覧は、少人数のガイドツアーが年に数回開催される。 現役のオフィスビルとして使われているが、7階には三井家が収集した美術品を展示する「三井記念美術館」がある。隣に日本橋三井タワーが建設される際、三井本館の景観を守ることが優先された。「保存と開発の両立」を心掛けて、日本橋の景観を維持。記念美術館へは三井タワーのアトリウムを抜けて、専用エレベーターで上る。写真1 日本橋三井本館。[重要文化財]写真2 コリントの柱を並べ格調高い外観。写真3 一部内部を特別公開。写真4 本館7階は美術館。隣接する三井タワー(高さ195m)。写真5 三井タワーのアトリウムから記念美術館へ。写真6 ライトアップされた三井官[2013年3月撮影]。
2026年06月13日
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お台場・夢の大橋の南側に「トヨタアリーナ東京」が2025年10月にオープンしている。楕円形状(オーバル形状)したアリーナで、バスケットのみならずコンサートなどを開催できる多目無競技複合施設。パレットタウンの跡地に建設され、環境を配慮した「LEED認証」の建物。電力は、すべて再生可能電力で賄う。 Bリーグ(バスケットリーグ) は、B1とB2がプロのクラブ、B3はアマ混成クラブ。B1リーグは、東地区と西地区があり、それぞれ13クラブで計26クラブ。B1リーグは、2×7クラブ。トヨタアリーナ東京をホームとする「アルバルク東京」は、東地区に所属。前年レギュラーシーズンの成績は地区4位。ちなみに地区1位は「宇都宮ブレックス」。東西対決では、「長崎ヴェルカ」優勝している。 構成施設として、メインアリーナとサブアリーナそしてパークがある。メインアリーナは、観客1万人を収容できる。試合がない場合は、別の用途に使用する。スポーツパークが野外に整備されている。その入口部にシンボル・モニュメントがある。大きなボールとマスコットキャラクターの「ルーク」が待っている。ホームゲームで勝利すると、ゴールリングが赤く点灯するという。写真1 夢の大橋からトヨタアリーナ東京を望む。写真2 青海・芝生広場の奥にトヨタアリーナ東京が見える。写真3 楕円形のトヨタアリーナ東京。写真4 屋外4階のスポーツパーク。写真5 バスケゴール・モニュメントとキャラクター「ルーク」。写真6 メインアリーナとサブアリーナなど。
2026年06月12日
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東京建築祭で、皇居・北の丸濠端に構える「パレスサイド・ビルディングB7」を訪れた。メトロ地下鉄・竹橋駅は、この建物の地下で繋がっている。地下1階西側では、建築工事の写真などがパネル展示。ミロが揮毫したという書「祝毎日」も展示していた。更に、ビル屋上が特別公開している。 パレスサイド・ビルは、昭和41年(1966年)に竣功しているので、今年で60周年になる。地上9階の直方体ビルと円筒形タワー2塔からなる。ビル建設に当たっては、毎日新聞と日本LDと三和銀行が出資した会社が運営している。ビルには毎日新聞東京本社とその関係企業が入居ている。地下1階にはレストラン街がある。 円筒形タワーに設置されているエレベーターに乗り、ビル屋上に出ると、緑豊かな皇居を眺めることができる。眼下に平川門、北桔梗門が、皇居越にビル群(国会議事堂の頭)が見えた。反対側の景色は、都心超高層ビルと東京タワーなど。刑事用のドラマや映画のロケに多く使用されている屋上だという。写真1 竹橋からプレスサイド・ビルディングを望む。写真2 プレスサイドビルの西玄関と正面玄関階段。写真3 見晴らしの良い、ビル屋上庭園。ベンチもある。写真4 緑豊かな皇居を眺める。国会議事堂と東京タワーを探した。写真5 円筒連結ビル。円筒はエレベータービル。写真6 地下1階で展示されている写真パネルなど
2026年06月11日
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柏の葉公園に薔薇(バラ)を見に出かける。日本庭園の東側に隣接して、西洋庭園・バラ園がある。成形花壇風に設計された庭園。中央に向かって低くなっていて、バラの花を見やすくする工夫のようだ。当該バラ園は、春季と秋季の開花期間のみ開園する。入園は無料。[撮り溜めた写真から] 西洋庭園の中央部につるバラ「フランソワジュランビル」が覆う薔薇ドームがある。このドームを中心にドーナツ状に花壇が配置さけている。外側から四方向から中央に下りることができる。86種類、約1000株が咲くバラ園。そのうちの幾つかをバラをアップする。ユニークな名前が付いている。 当西洋庭園のバラは、4タイプ記号に分類。HI:ハイブリッド・ティ・ローズ、花枝の先端に大輪を咲かせる。F:フロリバンダ、駐輪の房咲種で1本の花枝に3輪から数輪か花束のように咲く。CL:クライミング・ローズ、つるバラ。Min:ミニチャア・ローズ、樹丈が低く、小輪の花次々に咲く。HI+F+CL+ Min=46+30+3+7=86種。写真1 西洋庭園・バラ園。写真2 レッド系。「宴」と「黒真珠」写真3 ピンク系。「うらら」と「プリンセスモナコ」写真4 ホワイト系。「早春」、「ヨハンシュトラウス」、「アイスバーグ」写真5 イエロー系。「金蓮歩」、「ゴルデルゼ」、「伊豆の踊子」写真6 中央部のバラ。「ノヴァーリス」、「しのぶれど」
2026年06月09日
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皇居外苑・馬場先豪に面して、土木壮麗で、神殿風の建物がある。2026東京建築祭で取り上げられた「明治生命館」。大正12年関東大震災の11年後に竣功した。東京大空襲やGHQの接収等、昭和の激動を乗り越えた建物。昭和の建造物として、初めて国の重要文化財に指定された。 建築外観は、古代ギリシヤ・ローマの古典主義様式が採用されている。そのなかで特に目をひくのは、五層を貫く巨大なコリント式柱列だ。力強さと壮麗さを併せ持つ景観を創り出している。柱頭を飾るのは、優雅なアカンサスの葉飾り。そして1階に整然と並ぶアーチ窓が橋のようにも見える。 建築内観について。1階の旧店頭営業室は、大空間で荘厳な雰囲気が漂う空間。各所にイタリア産ベージュ系大理石をはじめとする大理石が使われている。天井は、漆喰と石膏彫刻により精緻な作り。天井からは、柔らかな光が降り注ぐ。2025年11月にリニューアルされ、1階にカフェ(明治安田CAFF丸の内)がオープンしている。こだわりのドリンクや食事、スイーツが楽しめる。写真1 馬場先豪から明治生命館を観る。写真2 土木壮麗な古典主義的建造物。写真3 コリント式柱列と玄関。写真4 荘厳な一階の空間。写真5 大理石の柱と天井の装飾。写真6 二階は回廊。そのなかに会議室と食堂がある。写真7 旧社屋の写真と「明治安田CAFF丸の内」。
2026年06月08日
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アジサイが本格的に咲いていない時期、つまり梅雨前を初夏とする。近隣の初夏を映し出すのは、やはり花だ。いろんな花を観て、季節を感じて散歩する。涼しい朝がいい。時折、夕日と雲を見る夕散歩もあるが・・。飽きが来ないように、東西南北ルートを考えている。卵とブラシを見つけた。白いキミガヨランと赤いブラシノキだった。 鉄道沿いの緑地に、近くの住民が植え手入れしている花畑がある。いろいろな花の種類がパッチワークのように、散歩道脇に配置されている。また、流山市は、農村と都会が同居している街なので、大きな住宅の生垣や道路沿いに花が植えられている。なかなか花の名前が出てこない今日この頃。覚えてもすぐ忘れてしまう。 自宅に戻り、パソコンに「花の名前は・・」と質問し、撮影したものを入力すると、画像と名前が複数提供されるので大変便利だ。マイクロソフト社が提供しているcopilot(コパイロット)だ。「共に操縦」しようとの意味。ユーザーの作業を副操縦士のように補佐してくれるAIアシスタントだ。写真1 キミガヨラン(君が代蘭)。写真2 ブラシノキ(花槙、金宝樹)。写真3 鉄道沿いの緑道(花散歩道)。写真4 ヒルサキツキミソウ(昼咲月見草)。写真5 ジャーマンアイリス(ドイツ菖蒲)。写真6 バラの生垣とナデシコ、早咲きコスモス。
2026年06月07日
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東京建築祭で、慶応大学三田キャンパスに保存されている「慶応義塾図書館旧館G7」を訪れる。JR田町駅から徒歩10分、国道1号線に聳える「慶応東門」から大学に入る。オープンキャンパスになっている。荘厳な造りのアーチ門の階段を上って、旧図書館の外観を見る。入館を待つ長い列が出来ていた。 慶応義塾の創設者はご存じ、福澤諭吉。図書館の希求していた。没後10年後、慶応義塾創設50周年記念として、明治45年に図書館は完成している。外国人の手を全く借りずに作られた洋風煉瓦館。関東大震災と戦火を生き抜く。昭和45年に国の重要文化財に指定。その後、約2年半の耐震改修と保存修繕工事を経て、2019年リニューアルする。 旧館前の広場に、本を開いた形をした石碑の鎮魂モニュメントがある。「還らざる学友の碑」とある。「君の志は われらが胸に生き・・」の一文が刻まれている。学徒動員で没した学友を偲んだもの。慶応大学は、3500名が出陣して、そのうち2200名余りが帰らぬ人になる。猛暑の夏がやってくる。今年で終戦記念日が81回目・・。写真1 慶応大学三田キャンパス東門。写真2 慶応義塾図書館旧館[国の重要文化財]。写真3 日本人のみで建築した洋風煉瓦館。写真4 正面玄関とそのホール。写真5 精緻な階段と石柱とステンドグラス。写真6 福澤諭吉像と「還らざる学友の碑。」慶応義塾 図書旧館
2026年06月05日
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万国橋近くのアパホテル・リゾートに宿泊した。ホテルからの港夜景と準温泉(大浴殿・玄要湯)を楽しんだ。高層みなとみらい側の部屋なので、横浜ハンマーヘッド、ワールドポーターズ、クイーンズスクエアを望むことができた。ガラス窓越しではあるが、美しい夜景を見つつ、眠ることができた。[撮り溜めた写真から] ホテルロビーは、シャンデリアと天井-上部側壁に長格子の明かりで煌びやかな空間。チェックインカウンターが15カ所以上あるので、空港のチェックインカウンターのようだ。端末操作で簡単で手続きを終えた。エレベータを利用して3階レストランのホワイエ(客溜まり)等を見て回る。 朝早くにチェックアウトする必要があったので、朝食は1階の「アパ社長カレー」でとる。アパホテル発祥の地、石川県の金沢カレーをベースに千切キャベツを添えたカレーだという。横浜なので、「しゅうまいカレー」をおいしく頂いた。そしてJR桜木町駅へ向かう。写真1 アパホテル(横浜ベイタワー)。写真2 ホテルからの夜景。写真3 部屋の窓辺夜景。写真4 ホテルの内観 ロビー、ホワイエなど。写真5 大浴殿玄要の湯。写真6 朝食に「アパ社長カレー」を頂く。
2026年06月04日
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江戸川土手を朝散歩する。土手が濃い緑色に覆われている。春から夏へと季節が一気に動きだした。遠くに見える富士山の冠雪は、間もなく消えて行く・・。[撮り溜めた写真から] この時期、土手の草花「ムラサキツメクサ(紫詰草)」が群生していた。この花は、日当たりと水はきの良い場所に生育する。紅紫色の小さな放射球形の花をつける。ツメクサの由来は、乾燥させた草花を、船便の緩衝材として詰め込んだことによる。花言葉に、「善良で陽気」がある。 散歩に出かける前に、家庭ゴミを出した。この「市指定ゴミ袋」がスーパーから消えた。ナフサショックで「精油化学の米」と呼ばれるナフサが不足ないし目詰まりしている。「ナフサ」と「ナスカ」とが区別できない年寄もいる。ゴミ袋までが入手困難に状況に陥っている。市は、臨時措置として、6月末まで指定以外の袋の使用を認めている。写真1 初夏の空と雲。写真2 冠雪残る富士山。写真3 初夏濃緑の富士。写真4 江戸川に広がるムラサキツメクサ。写真5 紫詰草越しの富士。写真6 土手の草花、ツメクサに蝶が休憩。
2026年06月03日
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東京都内で開催されている「2026東京建築祭(5/16から5/24)」を観て回る。今年で3回目となるが、年を重ねるごとに見学できる建物が増えている。特別公開・特別展示する案件は70件。小生は、2日間で10建物を訪ねた。見学者には若い人も多い。設計やデザイン、そして歴史・文化に触れあう事ができる。 皇居北の丸公園に建つ「旧近衛師団司令部庁舎」(B4)を訪ねる。開館10分前に並んだが、約40分間待ちに。当該建物は、明治43年(1910年)に竣功した、レンガ造りのゴシック様式の建築物。正面玄関アーチの両脇の四葉飾りの円柱。そして外壁を補強する3段バットレス(扶壁)が建物に調和している。復元工事をせずに 建設当時の姿を飲みしているため、国の重要文化財となっている。 平時は、建物外観の見学のみであるが、今回内部の一部が特別公開された。1階エントランスホール、中央階段。2階休憩室。近衛師団は、全国各地から選ばれたエリート隊。この建物を巡って、一部の将校による事件が2度起きている。2.26事件と宮城事件(終戦日のクーデター未遂)。2020年工芸館の役目を終えて、皇居乾門を見守っている。写真1 北の丸公園に佇む重要文化財。写真2 旧近衛師団司令部庁舎(公開記号-B4)。写真3 煉瓦造りゴシック様式の建築物。写真4 正面のアーチ玄関とバットレス補強柱。写真5 中央階段と手摺の親柱装飾(菊の蕾)。写真6 階段ホールと休憩室。
2026年06月01日
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ゴールデンウィーク明けに、東京有明の「東京ドリームパーク」を訪れた。「100パーセントドラえもん」などが開催され、大勢の家族連れなどで混雑が予想されたため。国際展示場駅から、東京五輪・聖火台を見ながらプにロムードを進むと、「ドラえもん大集合」に会う。大きさ約12mのバルーンの下に、大勢のドラえもんが並んでいた。[撮り溜めた写真から] 東京ドリームパークは、今年の3月に開業した複合エンターテイメント施設(9階建)。テレビ朝日が企画したもので、音楽ライブなどの多目的ホール、劇場、イベント・グルメスペースからなる。1階から4階に作られた収容人数5000人のSGCホールが目玉のようだ。「防振床システム」が導入されている。 4階から6階の野外スペースを上ってゆくと、6階ドリームテラスに行き着く。特設ステージが設けられ、イベントが開催できるようだ。屋内には200席ほどのレストランがある。テラスで東京湾を眺めながらのビールやソフトクリームも良い。広場にもドラえもんがいた。「ドラえもんパーク」と錯覚するほどに・・。写真1 有明プロムナード。聖火台とドラちゃんたちの出迎え。写真2 ドラえもん大集合。写真3 東京ドリームパークの出入口。写真4 六階のドリームテラス。写真5 至る所にドラえもんが・・。写真6 ドラえもんが見る景色。
2026年05月31日
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横浜の港景色を眺望できる「横浜ベイタワー」に宿泊した。ホテルの高層部屋からは、赤レンガ倉庫、大さん橋、ベイブリッジを一望でき、眼下に「よこはまコスモスワールド」や「横浜ワールドポーターズ」を見ることができる。そのため、2週間前に予約した。もちろん平日に。[撮り溜めた写真から] 横浜ベイタワーは、別名「アパホテル・リゾート」。地上35階建(高さ135m)の超高層ビル。建物が丸ごとホテルとなっているので、部屋数が2311室もある。市営地下鉄駅「馬車道」に近く、赤レンガ倉庫にも近い。万国橋の袂、運河沿いの立地条件で「アーバンリゾート」とアピールしている。小生は34階に宿泊した。 当該ホテルは、旧万国橋ビルの跡地に2019年に建設された。万国橋ビルは、昭和3年に建てられた歴史ある建物だった。取り壊しを惜しむ声があった。そのためアパホテル低層部に、当時の外壁を新築復元している。隣接する横浜第二合同庁舎などの低層部と連続性を配慮したデザインとのこと。写真1 ベイタワーホテルからの眺望。写真2 横浜港を一望。写真3 パシフィコ横浜の方角。写真4 眼下に広がるコスモワールドとワールドポーターズ。写真5 遠くの大黒大橋と明治時代の弁天橋。写真6 アパホテルと低層部の万国橋ビルの復元外壁。
2026年05月30日
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春の天気は、秋同様に変わりやすい。朝・昼の気温差が大きい。5月19日には東北地方で、真夏日を記録した。東京も夏日が普通になってきている。2026年の夏が今から思いやられる。また梅雨時期の台風も気になる。災害列島に住んでいることを忘れてはならない。[撮り溜めた写真から] 田植えが終わった水田の水面に、空模様が映し出される時期は短い。そんなか朝に波状雲、夕にハロ現象がわずかに映った。鮮明ではなかったが・・。水田にハロ・アーチが映れば貴重な写真となったが、今一歩だった。水田に夕日の光の道を見ることができた。 一般的なハロ現象は、「22度ハロ」と呼ばれる大気高額現象。太陽を中心に視半径22度の場所に生じる虹のような現象。巻層雲が薄く、氷晶があるときプリズム分光が生じるとされる。22度ハロは、そう珍しいものではないという。全国的には、年に80回以上発生しているらしい。写真1 夕日のハロ現象。写真2 水田とハロ現象。写真3 日没前のハロ・アーチ虹。写真4 水田に映る朝日雲。写真5 水田水鏡に映る雲模様。写真6 波状雲と江戸川水面。
2026年05月28日
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初夏になると富士山の冠雪が徐々に薄らいでゆく。富士山の上部に残る白い部分が浮き上がって見えることがある。浮き富士と呼ばれ、おもに初夏と初冬に見られる。この頃になると、7合目から8合目の「農鳥(のうとり)」が消えている。[撮り溜めた写真から] 富士山の農鳥は、富士山の山肌に残る残雪で、鳥の形に見えるもの。言われてみると鳥のようにも見える。昔から農作業のタイミングと云われてきた。今年は、4月17日に出現した。観測しているのは、山梨県富士吉田市。今年は、昨年より8日早く出現した。桜の開花も1週間ほど早かった記憶がある。 少し離れた場所から新緑に覆われた江戸川土手を眺める。その土手の上を行き交う、自転車やジョギングする人を見かける。身体を動かすのに適した季節になっている。但し、日差しが強いので、日焼け対策が必要。小生も土手を歩くときには、帽子はもちろんのこと、日焼け防止クリームを塗って家をでる。写真1 利根運河口の富士。写真2 運河土手と浮き富士。写真3 消えゆく冠雪と4月に出現した「農鳥」。写真4 玉葉橋と河川敷ゴルフ場。写真5 江戸川土手と浮き富士。写真6 雲が広がり始めた。
2026年05月27日
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柏の葉公園には、初夏の暑い季節が到来。緑輝く枝葉に真っ白の細やかな花が密に咲いている。まるで雪が積もったような景観だ。よく見るとプロペラ型の花だ。樹木銘板には、「ヒトツバタゴ」(一ツ葉田子)と表記されている。別名を「ナンジャモンジャ」とも呼ばれる。[撮り溜めた写真から] ナンジャモンジャノキは、妖しい木、珍しい樹木に対して、地域の人たちが名付けた愛称との説がある。柏の葉公園には、管理棟側のエントランス・プロムナードと体育館へ続く石段の両側に植えられている。10m以上の高木になっている。曇りの日には、目に付きにくいが・・。 ヒトツバタゴは、長野・岐阜・愛知、そして対馬に分布(自生)する珍しい樹木で、名が判らずナンジャモンジャと言ったのが始まりとされる。この樹木を「市の木」としているのが、岐阜県土岐市。織部の里公園や「東濃なんじもんじゃ街道」の5月中旬には、枝に「雪」が積もるという。写真1 初夏の公園広場。写真2 シンボルツリーの大クスノキ。写真3 体育館近くのヒトツバタゴ。写真4 積雪したような枝葉。写真5 管理棟近くのヒトツバタゴ。写真6 土岐市なんじゃもんじゃ街道。[ネットから拝借]
2026年05月26日
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横浜市中区と新港エリアと馬車道とをつなぐ万国橋(昭和15年コンクリートアーチ橋に架設)。この橋から「みなとみなと」の全景が見えるので、美夜景スポットと知られている。万国橋下を流れる運河沿いには、商業施設やホテルも並んでいる。時折、提灯を飾った屋形船が通り過ぎる。[撮り溜めた写真から] 万国橋と運河周辺は、歴史的建造物と近代的なビル群に囲まれている。万国橋の歩道が広いので、人はすれ違うことが可能。橋からランドマークタワー、クイーンズスクエア、コスモスワールドの観覧車など横浜を象徴する建物が画角に収まる。更に、水面も映るビルや観覧車の光が鏡のように広がる。 万国橋から少し歩くと、「横浜ワールドポーターズ(YWP)」がある。このビルの屋上は、ルーフ・トップ・ワールドとも呼ばれて展望デッキがある。横浜港やベイブリッジなどよく見えるので、夜景を楽しむスポットのひとつ。YWPは、諸ピング店舗、シアター、グルメが入っている。お腹が空いたら、600席を有する「ワールド・フードホール」に寄るとよい。写真1 万国橋からの横浜夜景。写真2 みなとみらいの夜景。写真3 運河を行く屋形船と横浜ワールドポーターズ。写真4 YWPのルーフトップ。写真5 YWPルーフトップからの夜景。写真6 YWPのワールドフードホールと昼間の万国橋。
2026年05月24日
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東新橋・汐留エリアのランドマーク的の電通本社ビルの上層階に上る。46階には無料展望室「スカイビュー」がある。東京湾や墨田川河口域を望める。現在電通本社ビルは、電通の自社ビルではなくて、賃貸契約して入居しているという。所有主体は、海外投資家のようだ。 地上48階(200m)のビルには、地下部と46階に飲食を主体に店舗がふり、「カレッタ汐留」と呼ばれる。劇団四季が入る「カレッタプラザ」が隣接している。名称のカレッタとは「アカウミガメ」の学名から。亀は長寿、環境保全、幸福伝説のシンボル。地下2階の出入口に広場があり、大きな亀の甲羅のオブジェが置かれている 46階の和食主体のレストランで食事する。古い友人3名と小さなランチ会(同期)をする。傍目には「老人会」に映るかもしれない。「雅膳」と生ビール、そしてデザートプレートを。約1時間、雑談と他の人たちの消息など情報交換した。親しかった知人(または配偶者)が鬼門に入った噂に寂しくなる・・。写真1 電通本社ビル(カレッタ汐留)。写真2 カレッタ広場と専用エレベーター(亀甲模様)。写真3 アカウミガメの甲羅オブジェ。写真4 46階のスカイビューとレストラン。写真5 スカイビューからの展望。写真6 ランチ会(雅膳)。
2026年05月23日
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清水公園内のフラワーガーデンを訪れる。春から初夏にかけて、多くの花々が咲き続ける。総面積約7万m2の敷地に、年間500種類の花が咲く。森を借景として、花木と樹木が創る独特の空間が「花ファンタジア」だ。[撮り溜めた写真から] 訪れた日、花広場にネモフィラが咲き残り、花絨毯が敷かれていた。空色の絨毯の他に、白い絨毯があった。花びらの先に各1個の紫色の斑点がある「ネモヒィ・マクラータ」。広場の端に、低木を刈り込んで創った「トピアリ(topiary)」がある。ゾウ、クマ、イヌのようだ。 蓮池の東に沿って、藤棚トンネルあり、紫色の花房が垂れ下がっている。トンネルの先は、藤ドームになっている。池の北側奥には、白藤のフェンスがある。格子状の柱に弦が絡まって、白い花房が風に揺れている。花薫る五月が終わりに近い・・。写真1 花ファンタジアの花青絨毯。写真2 花の白絨毯上のトピアリたち。写真3 ネモフィラとネモヒィラ・マクラータ。写真4 蓮池近くの藤トンネル。写真5 藤ドームと花カーテン。写真6 白藤のバックネット。
2026年05月22日
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江戸川土手を歩くと、水田越しに富士山が見える日がある。一日の気温も大きいが、コート類は片付けてしまった。暦では立夏から小満(6月21日)へ移行する。雨上がりの北寄りの風が吹くと、まだ白い富士が姿をあらわす。[撮り溜めた写真から] 江戸川流域では5月上旬から順次田植えが始まり、5月末には終わる。関東では6月6日の「芒種」の頃には田植えを終えて、梅雨を迎える。近年は6月に入ると蒸し暑い日が続く。農作業にとって辛くなる時期の前に、田植えを終えて一区切りしてしまうようだ。 2026年の田植えが全国で本格化している。2025年在庫分とイラン情勢によって、新米価格と収穫量はどうなるのだろうか。昨年秋から冬にかけて、新米5kg4000円から5000円の価格帯は、一般家庭にとって負担が大きかった。消費者は、安価なブレンド米と代替主食へ移ったように思える。この後、「米離れ」から「米志向」になるのだろうか・・。写真1 江戸川流域で田植えが始まっていた。写真2 水田と富士山。写真3 江戸川右岸の水田。江戸川土手越しの富士。写真3 江戸川右岸の水田。写真4 江戸川土手越しの富士。写真5 江戸川左岸の水田。写真6 玉葉橋と筑波山。
2026年05月20日
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