全226件 (226件中 201-226件目)
多くの落葉樹は、当然ながら葉を落として正月を迎える。枯れ落葉となっても、いっとき地面を彩る。落ち葉の上をサクサクとARUKUと思い、近くの県立柏の葉公園へ出向く。 公園は、予想に反して枯れ落葉は少ない。広い公園なので風で飛ばされたりして、池や水路・側溝に集まったのだろうか。あるいは、小まめな清掃作業によって、持ち去られたのだろうか。 落葉樹の葉は、春に芽吹き夏に、日光を浴びてCO2を吸収する。秋には枯れて地に落ちる。山里ならば朽ちて土に戻ってゆくが、都会では枝や葉は回収されて焼却処分される。葉っぱを燃やすと、地球上の温暖化に寄与しない。堆肥として再利用できればよいのだが・・。保管スペースとコストが嵩むのだろう・・。 先日、フランス・パリにおいて、COP21(気候変動枠組条約会議)が行われた。一応、すべてのCO2排出国が目標を定めて、5年後に見直すことになったようだ。一歩前進だが、米・中・印の動向しだいとの気がする。各国の経済的欲望を押さえることは不可能に近い・・。 写真-1 柏の葉公園ボート池の傍。燃えて散るモミジ景。 写真-2 水溜りの枯れ落葉道。 写真-3 公園内の落葉の吹き溜まり。 写真-4 体育館脇の枯れ野。 写真-5 イイギリ(飯桐)の実と競技場。
2015年12月19日
コメント(1)
日光だいや川公園から大谷川沿いに上流に向かうと、約6kmで二荒山神社・神橋(しんきょう)に至る。春と夏は、日光連山を観ながらのウォーキングが盛んなコースだ。団体の歩こう会を良く見かける。日光連山は、二荒山の神々が宿る信仰の山、そして修行の場所であることを思い出す。 神橋は世界遺産・日光山内の表玄関を飾る奇橋である。平成17年に平成の改修を終え、朱色が大谷川渓谷を引き締めている。橋長28mの反り橋、橋脚が石造鳥居立であり、国の重要文化財だ。神橋を渡った国道120号線は渋滞する。この道、昭和40年代まで電車(馬返駅)が走っていたという。 秋、日光の二社一寺は、多くの観光客が押し寄せる。日光東照宮内は人の渋滞であり、半数以上が外国人である。東照宮への参拝を諦めて、二荒山(ふたらさん)神社へ向かう。往路は上神道、復路は下神道を歩く。 二荒山神社の「境内」は、とてつもなく広くて高い・・。日光三山の男体山(父)、女峰山(母)、太郎山(子)は、もとより中禅寺湖やイロハ坂を含む3400ヘクタールの広さだ。日光山は二荒山である。二荒の音読みとなるニコウが日光の語源・・。 写真-1 日光山内への架け橋・二荒山神社の神橋。紅葉に少しだけ彩られていた。 写真-2 日光山内の長坂は、人通りが少ない・・。 写真-3 高さ36mの五重塔。極彩色の華麗な塔。 写真-4 二荒山神社本社境内。神門と御神木を観る。 写真-5 二荒山神社本宮へ続く上神道(上新道)を歩く。
2015年12月02日
コメント(0)
柏の葉公園の西端に、第二水辺公園がある。園内は沼地のような環境だ。池の面積は、250m×100mほどで小さい。平時、池を一周できる約1kmの遊歩道を歩くと、色付いた落羽松(ラクハショウ)に出会う。 大雨対策上の調整池なので、水質はあまり良くない。しかし、虫などの生き物が多いようだ。野鳥が餌を求めて飛来している。年に数回は大雨により冠水する。非常時に水を一時貯留する池なので・・。公園の外周りには、金網の柵が張り巡られ、大雨の際は立ち入り禁止となる。 落羽松は、湿潤地や冠水状態でも自生し、沼杉とも呼ばれる。幹に油分があるため、水中でも腐朽しにくい。枕木や船舶材に使われていた。幹の周りには、小動物を思わせる「気根」が群れていた。 気根群は、何やら「ミーアキャット」を連想させる。ミーアキャットは、サバンナ地方に生息するマングース系の動物で、岩猫と訳されたことがある。東武動物園に行くと、ライオンの近くにいる。可愛い顔立ちをしているが、サソリなどを捕食するという。サバンナのギャングとの異名がある・・。写真-1 柏の葉・第二水辺公園。県民プラザ゛と総合競技場の屋根が見える。 写真-2 調整池に群れる野鳥。 写真-3 落羽松(沼杉)が色付いていた。 写真-4 沼杉の根もとに広がる気根群。 写真-5 ミーアキャット一家の立ち姿。日光浴か・・。
2015年11月28日
コメント(0)
日光大谷川の右岸沿いに伸びる日光だいや川公園。公園中心部北側に、「やまみの丘」があり、雄大な日光連山をノンビリ眺める事が出来る。更に、やすらぎの池は、水面に日光の山々が映し出されることで知られている。 そよかぜ広場から見る日光連山は、左側から男体山、大真名子山、女峰山。標高2486mの男体山は、日本百名山ではあるが、ここからだと平凡な山に見える。女峰山の方が変化に富み、美しく見える。日本国内には、標高2483mの女峰山より東にこれより高い山はない・・。東辺の山女王だ・ 日光だいや川公園は、平成11年にオートキャプ場が開園されて以来、エリアごとに整備されてきた。平成17年頃に栃木県営の広域都市公園としてグランドオープンした。全体の敷地面積は、62ヘクタールに及ぶ。 下今市駅と日光駅との中間に位置する日光だいや川公園。大谷川を渡る道路橋は、上流4.0kmに霧降大橋が、上流2.5kmに大谷橋が架かる。橋から橋を歩くと6.5kmだ。ウォーキングには適している距離だ。駅にも近い。早春の頃に歩きたいコース・・。写真-1 日光だいや川公園やすらぎの池から日光連山を望む。定番の撮影ポイントから。 写真-2 そよかぜ広場から「やまみの丘」を見る。 写真-3 左から男体山、大真名子山、女峰山。 写真-4 晩秋の男体山。 写真-5 日光の空は高い。ヒト肥ゆる秋・・。
2015年11月25日
コメント(0)
連休初日、好天に誘われて、日光そばまつりに出かけた。東武沿線に住んでいるため、東武日光駅に比較的容易に出かけられる。会場となる日光だいや川公園へは、無料シャトルバスが出ているので助かる。紅葉残る林の中で、打ちたて・茹でたての蕎麦は格別である。 今年で14回となる日光そばまつりは、2002年今市そばまつり(日本そば博覧会)から引き継いでいる。主に東日本各地の21店舗のそば処が出店している。3日間で10万人を超えるお祭りとなるそうだ。ソバ版ハロウィーンである。 日本の主な蕎麦生産地は北海道で、全国の45パーセント。栃木県はその10分1程度であるが、食べさせる店が多いのだ。世界的には、ロシアと中国がとび抜けている。「カーシャ」とは、東欧の代表的なそば料理。日常的に家庭で食される。麺ではなく粥に似ているそうだ。 「そばのまち日光」をキャンペーンしている。日光街道を「日光例幣使(れいへいし)そば街道」と称している。国道119号線沿が祭り会場。会場内の各ブースでは、使い捨て容器や割りばしをあまり見かけなかった。ゴミの減容化が図られているようだ。そば特有の容器で食べてこそ、蕎麦なのだ・・。 写真-1 公園を縦断する県道。日光街道に平行に走っている。正面に男体山が見える。 写真-2 日光そばまつり・第二会場付近の紅葉。 写真-3 北海道そば(紋別市)とへぎそば(小山市)には長蛇の列。 写真-4 いわはし館の祝言そば(猪苗代町)をいただく。 写真-5 日光そばまつりのパンフレット。
2015年11月24日
コメント(2)
黄色の衣を纏い始めた樹が点在する柏の葉公園。小金色に輝くイチョウは、周囲を明るくし、かつ暖かくする効果がある。体育館前のイチョウは、見頃を迎えていた。 この地区では、黄葉のピークを迎えたイチョウの色を「レイソルイエロー」と呼ぶサポートがいる。サッカーJリーグにおける年間順位が10位の柏レイソル。クラブチームの前身が日立製作所なので、お日様をイメージするクラブ愛称(太陽王)のようだ。 千葉県柏市などをホームタウンとする柏レイソルのクラブカラーは、当然ながらイエローである。ジェフ千葉のチームカラーも黄色である。千葉県のカラーイメージは、サッカーとピーナッツなどから黄色なのかもしれない。 体育館の裏山、なだらかな丘に、大きな樹が立っている。黄色に色づくとその存在感が増す。夏の間、太陽の日差しを遮ってくれた大樹である。 今年最後の輝きを放っていた・・。 写真-1 柏の葉公園内の体育館前のイチョウ。「レイソルイエロー」になっていた。 写真-2 黄色い枝の下はランコース。 写真-3 野球場裏手のイチョウはこれから見頃。 写真-4 日当り抜群の場所で、散り始めたケヤキ。 写真-5 存在感のある黄葉を纏った一本の木。
2015年11月23日
コメント(0)
水辺エリアの紅葉が見ごろになった県立柏の葉公園。園内を散歩する人、駆ける人、ベンチで寛ぐ人といろいろである。来る冬に備える晩秋は、心身の充電時期でもある。動物とて、本能により栄養を蓄える。また毛も生え変わる。 場所によって紅葉は、見頃の枝、枯れた枝、これから彩る枝などが混在している。水辺に近い樹木の葉は、陽を受け易く、風で揺れるので均一に赤くなるようだ。日当りの悪い枝は、色づきにムラができる。 シリア難民問題、ロシアの旅客機墜落テロ、フランス・パリの同時多発テロ、と欧州は騒然としている。6月にフランスやドイツを旅行して来たばかり。当時は、テロよりも窃盗に遭わないようにと繰り返し注意を受けた。この先どうなるのだろうか・・神のみぞ知る・・。 11月13日(金)はパリ市内に多くの血が流れた。自由・平等・博愛のトリコロール旗。フランスに連帯して、犠牲者を無追悼する青・白・赤のライトアップが各所で行われた。三色国旗のうち赤色の面積比率が大きいという。青は矢車草、白はマーガレット、赤はヒナゲシの花をあてるとか・・。 写真-1 柏の葉公園の紅葉が見頃に。 写真-2 水面を染める紅(べに)。 写真-3 水辺公園東側の紅葉景。 写真-4 落葉のジュータンと紅色のモミジバフウ。 写真-5 日本庭園の紅。
2015年11月21日
コメント(1)
小春日和の昼下がり、近くの柏の葉公園を「ブラ散」する。総合競技場の方から、歓声とため息が伝わって来た。競技が終わったようだ。観客と入れ違うように、競技場のなかに入る。 クルマが駐車場から溢れるほどだった。それもそのはず、全国高校サッカーの千葉県代表を決定する戦いが行われたのだ。試合は、昨年と同様の顔合わせ。いや、一昨年も同じ、好敵手だ。流経大柏と市立船橋の対決だった。 赤の流経大柏と青の市立船橋。ここ柏の葉で行われる「赤青(せきせい)の戦い」とも呼ばれる。試合結果は、青の市立船橋高校が全国大会出場となった。年末12月30日から全国高校サッカー選手権大会がキックオフ。前年の全国覇者は、北陸の星稜高校だ。 2年前までは、「夏の甲子園」と「冬の国立」と対比して呼んでいたようだ。国立競技場が取り壊されたので、1月11日(成人の日)の決勝戦は埼玉スタジアム。ラグビー人気が急上昇なので、「冬の花園」高校ラグビーも目が離せない。 写真-1 柏の葉、赤青の戦いの応援団。 写真-2 青の市立船橋高校が勝利者。栄誉を称えられている。 写真-3 応援団と部員に勝利の報告をするイレブン。写真-4 柏の葉公園のジュウガツサクラ。 写真-5 秋晴のなか赤青蹴児の戦いは終わった・・。青-白-赤、仏国旗のよう・・。
2015年11月20日
コメント(1)
近くの踏切を行き交う人・車を見守るようにサルスベリの木が立っている。東武線江戸川駅の北側の踏切道である。1年の1/3の期間、紅い花をつける百日紅。電車を待つ数分間のイライラ感を解消する効果を狙ったかもしれない。最近は、スマートフォンを見る人が多いのだが・・。 「踏切」とは、フン切りとか決断との意味がある。陸上のジャンプ競技で使用される踏切板は、飛び出す位置。オーバーするとファールになる。3回続けると失格を意味する。記録なしだ。日本国内には約3万の踏切があり、年間約300件の踏切事故あるらしい。 踏切事故の原因として、ハード面(機械器具類)の不具合も少なからずある。しかし、多くは「直前横断」とされる。いわゆる無理な横断である。警報音が鳴り、なかなか電車が見えないとイライラする。そのイライラ体験が、次回の強行突入に繋がるようだ。人よりも車両の事故が多いという。 小生が利用する「つくばエキスプレス」(つくばTX)は、8月24日で開業10周年を迎えた。この10年間、無事故営業を達成した。トンネルと高架ばかりで踏切が一切無く、各駅にホームドアが設置されている・・。58kmを最短で45分で運行する。平均時速77キロ。ラッキーセブンが長く続くよう願う・・。 写真-1 踏切手前の左側に植えられた百日紅。長い期間、踏切を彩る。 写真-2 東武アーバンパークライン電車が通過。 写真-3 下り方向の江戸川駅を見る。のぼり方向は大宮行・・。 写真-4 駅西口のタクシー乗り場のサルスベリの木。 写真-5 駅に続く「百日紅ロード」。数年後の枝振りが楽しみ・・。
2015年08月31日
コメント(0)
暑さが続く日々、木蔭が多い清水公園(野田市)へ散歩に出かける。広い自然公園は、紫外線と照り返がし少なく、過ごしやすい。一方、都会の気温は発表されるより高いのが常。コンクリートとアスファルト道路の多い都心は、ビルからの照り返しと高温の路面と三次元的に熱せられるためだ。 28万m2の広さを有する清水公園の一画に、サルスベリの老木が暑さに耐えている。慈光山金乗院の境内の中央に立っている百日紅の木は、盛夏の熱線を遮り、紅い花を次々とつける。長い間咲き続け、熱中症に為らないタフな花木だ。 「自然とともだち」を売りとする清水公園。子ども達が遊び回る歓声が、森の木々を育てきた感もある。しかし、その元気な「騒音」も年々、小さくなるようだ。国内最大級を誇るフィールドアスレチックは、この時期水上コースが大人気である。保護者は、藤棚の日蔭で見守る。清水公園、夏の風物詩だ。 暑い夏は水遊びが幸せ遊び・・。たくさんの噴水が行く手を阻む噴水迷路。立体迷路の方を回る子どもはほとんどいない。海・川・プールでは、水が最大の遊び相手だ。いろんな水遊びをして、大人に成長してゆく日本人。水豊かな国土に感謝と警戒を・・。 写真-1 金乗院のサルスベリの大樹。赤い花を次々とつける。 写真-2 清水開運不動尊のサルスベリの木。 写真-3 屋根瓦に映える百日紅の花。 写真-4 藤棚の木蔭で水上コースの様子を見る。 写真-5 噴水迷路で水浴びをする子ども達。
2015年08月04日
コメント(0)
近隣の梅林は、実の収穫が終わっていた。入梅を待っている。梅雨に映える花はアジサイである。多くの家の庭先に植えられている。我が家でもアジサイが7分咲き。そんな日の昼下がりに、近隣近所を歩く。例年の3日遅れで関東地方も梅雨に入ったもようだ。 江戸川台駅付近の鉄道沿線の花散歩小路がアジ彩色になった。電車の助走・減速区間なので、乗客の方からもアジサイが見える。また、この小路は木陰の中にあるので、散歩者にとっては有難いコースだ。 アジサイの和名は紫陽花。色が変化してゆくので、「七変化」とか「八仙花」とも記すことがある。昔、集真藍「あづさい」(藍色が集まったもの)とも呼ばれたとの説もある。お寺との縁がある花だ。梅雨どきは、食中毒、免疫力の低下等で、亡くなるひとが多かった。手向ける花として栽培されたと云われる。 今年和歌山県の梅収穫量は、過去最高だという。開花時期が天気に恵まれて、ミツバチの活動が活発だったことが要因。梅の実と紫陽花を想って、東京理科大の裏・理窓記念公園まで足を伸ばす。ハス池ではよくコガモの親子を見かける。蓮葉の下をネグラにしている。 この後、しばらく日本を留守にします・・。 写真-1 東武線沿線の花散歩小路。江戸川台駅西口のアジサイ。写真-2 アジサイ小路の路面は舗装され、雨でも歩き易い。 写真-3 利根運河水辺公園にも紫陽花少し咲く。 写真-4 理窓記念公園のハス池。理科大生のアチェリー練習場が見える。 写真-5 蓮の葉っぱネグラから出て来たコガモ親子。
2015年06月09日
コメント(1)
柏の葉公園はマイらんコースのひとつ。桜とツツジそして紅葉の季節に利用する。敷地面積45ヘクタールを有する柏の葉公園は、千葉県の都市型公園である。「健康・文化・緑」が園のテーマ。若者に大人気なのがボート池とバーベキュー広場だ。 柏の葉公園ならびに東大柏キャンパスは、旧陸軍の柏飛行場跡地に当たる。昭和54年に米軍から返還され、基盤整備事業を経て今日に至る。平成にはいり、柏市が柏の葉1丁目から6丁目と改名した。公園全体には840本の桜が植栽。400本が集まる桜の広場は、好天ともなれば花見ランチ会が繰り広げられする。 小生は公園北側に隣接する東大キャンパスでお昼にする。キャンパス内には食堂が3店舗あるが、中央門近くの食堂「プラザ憩」で、ランチand珈琲とした。アカデミックな雰囲気の中、評判の「グラム・デリ」を選択。グラム・デリとは、ビュフェスタイルの1グラム1.3円で清算するもの。20種類の料理が用意されている。 プラザ憩の位置は、新領域生命棟と新領域基盤棟に近い。創生科学研究科があり、凡人には縁遠い「領域」である。キャンパス西側に大気海洋研究所がある。大学では珍しい本格的な寿司屋「お魚倶楽部はま」がある。ワンコインで海鮮丼を食べることができるらしい。次回の楽しみとする・・。 写真-1 柏の葉公園の桜並木。桜まつり期間中はライトアップされる。 写真-2 桜の広場風景。様々なミニスポーツを楽しむ家族を見かける。 写真-3 大きな桜の下は、花見ランチ会の特等席。 写真-4 ボート池の桜。平日のボートの貸し出しは休み。 写真-5 東大柏キャンパスの食堂でランチタイム。グラム・デリ605円分をいただく。
2015年04月06日
コメント(0)
江戸川のサイクリングロードを遡上して野田・清水公園へ出向く。梅まつり期間(2/14から3/8)は過ぎていたが、名残の梅が見ごろ。金乗院境内や水上アスレチック池など園内を散歩する。第一公園の梅園は、例年より遅く満開を迎えたようだ。 清水公園には、第一公園梅園と「花のファンタジア」に合わせて20品種、200本ほどの梅がある。桜ほどではないが、観梅を楽しめる処だ。日本の梅の名所・ベスト3は、太宰府天満宮(6000本)、水戸偕楽園(3000本)そして京都北野天満宮(1500本)であろうか。 梅の収穫量の都道府県・ベスト3は、ダントツで和歌山(6割)、2位がなくて3位に群馬県(0.6割)である。梅干しの起源は、古代の中国とされ漢方と並んで薬用品であった。日本でも早くから「朝夕に梅干しをたべれば医者いらず」と言われた。梅の効能は、疲労回復、整腸作用、夏バテ予防、老化防止と色々だ。 戦国時代、梅干しは、味噌と並んで重要な兵糧の一つ。野戦・籠城戦と非衛生下では、食中毒・伝染病で戦力低下したので戦に成らず。朝鮮・慶長の役(1598年)で絶望的な籠城戦を経験した加藤清正は、生還後、城内に梅や銀杏、レンコンを植えたという。和歌山県の梅は、江戸時代における紀州藩の政策の賜物。 写真-1 清水公園・第一公園の梅園。日当たりの良い小さな梅林。梅の品種も色々。 写真-2 梅園の様子。枝振りの良い白梅が人気。写真-3 黄色の花は、サンシュユ(山茱萸)だろうか・・。 写真-4 慈光山・金乗院の境内にも少しの梅がある。 写真-5 仁王門には、枝垂れ梅と枝垂れ桜がある。
2015年03月21日
コメント(0)
中山競馬場南門から西1.2km中山・法華経寺がある。競馬観戦の喧騒が聞こえてきそうな距離だ。この寺院は、日蓮宗七大本山のひとつで、境内が広い。全国に5100ケ寺を超える寺院数を誇る総本山は、身延山久遠である。北海道稚内から沖縄本土まで広がるネットワークがある。 僧侶数約8100名を擁する日蓮宗も一人から始まった。時の政権・鎌倉幕府から迫害をうけてなお法華経を広めた日蓮上人。その教義が日本における仏教界の柱となっている。仏教にも色々な宗派が生まれ、栄枯衰退があった。宗派間の対立・抗争を乗り越え今日がある。 中山・法華経寺境内には、「国の重文」建物が4施設ある。とりわり朱色の五重塔は存在感がある。江戸期以前の五重塔は、中山を含め関東に4塔しかない。国宝・国重文の五重塔は全国に25塔ある。高さ31.6mの中山五重塔は、元和8年(1622年)に創建。昭和56年の修繕で弁柄が施され、今も朱色を保っている。 世界各地で「いのち」が次々と奪われる世の中。精神的な拠り所を信仰に委ねるのは当然の帰結でもある。イスラム教における宗派間の対立・抗争が早く解消され、テロの口実にならないことを願う。偶像崇拝を禁止すると言って、メソポタミア文明等の文化財を破壊するIS。「いのちに合掌」して「天の時」を待つ・・。 写真-1 法華経寺・大祖師堂とベンガラ色の五重塔。 写真-2 錣(しころ)屋根の祖師堂と枝垂れ梅。 写真-3 創建が室町時代とされる法華堂(国の重文財)。 写真-4 像高4.8mの中山大仏。傷みが激しく、大修繕の浄財協力を呼び掛けている。 写真-5 裏山・清正公大神祀堂から五重塔を望む。熱心に日蓮宗を信仰した武将のひとり。
2015年03月13日
コメント(0)
中山参道脇の小さな寺院の桜と梅を訪ねた。千葉街道(国道14号)中山駅前交差点から北東200mに法華経寺の総門(黒門)がある。更に参道を300m進むと仁王門が待っている。日蓮宗大本山に相応しい門構えである。仁王門は、山門または赤門と呼ばれる。現在は、朱色が褪せて「茶黒門」のようだ。 仁王門から五重塔まで続く参道両脇には、法華経寺ゆかりの7つの寺院がある。桜並木が続くので、市川市における桜の名所のひとつ。仁王門のすぐ左側に、河津桜を植えた小さな寺院がある。江戸期・大奥のスキャンダル事件に関わった「由緒ある」寺とのこと。 満開の河津桜を観て、お隣の遠寿院の境内にお邪魔する。目当ては樹齢200年の枝垂れ梅の古木。5分咲き程度、今年も変わらずに花をつけていた。遠寿院は、寒百日の大荒行をする場所として有名。遠寿院の次に、珍しい花の庭園のある安世院の赤門を潜った。 正中山流の荒行は、全国各地の僧侶や信者が集まり、11月1日から2月1日まで過酷な荒行を行うもの。睡眠時間4時間、食事は朝晩2回、一日に7回寒水で清める水行など、「虐待」を上回る責めの連続。人々の災いをみずから引き受け意味があるという。信仰の力は、身体を異次元に導くようだ・・。 写真-1 扁額・正中山を掲げる仁王門と河津桜。 写真-2 満開を迎えた河津桜と智泉院。 写真-3 樹齢200年の古木・枝垂れ梅か植えられている遠寿院境内。 写真-4 遠寿院の荒行堂と5分咲く程度の枝垂れ梅。 写真-5 安世院の赤門から本堂を観る。
2015年03月11日
コメント(0)
正月三が日で約300万人の参拝者が登るという成田山新勝寺。御護摩祈祷参拝が人気で、受付に長蛇の列ができる。三が日を外した好天日、青い空とウナ重に誘われて、JR成田線で成田山に向かった。 総檜造りの総門を抜け、仁王門からの五十三段の石段を登ると香煙で霞んでいた。香閣から立ち上る煙だ。風下に居ると咽返るほど。仁王門の手水で手と口を、香閣の煙で心を清めるのが習い。昭範(しょうはん)と呼ばれる独特の大しめ縄を垂れ下がる大本堂へ。本堂内は御護摩焚きを待つ人で満杯だ・・。 芸能との縁が深い成田山。歌舞伎の市川宗家の屋号は「成田屋」である。休憩所には、もう2月3日節分の案内があった。今年の特別豆まき式には、角界から白鵬、希勢の里、遠藤が・・、NHK「花燃ゆ」の出演者の顔があった。盛会になりそうだ。 帰りみち。成田山表参道は緩やかな「く」の字の坂道が続く。仲町は、江戸時代に成田詣での旅人を迎い入れて発達した町。今は、ウナギ屋が軒を連ねる坂である。うなぎの香ばしい煙が店から流れ出る。余りの人の多さに出足が止りお預け。上町の「栗蒸ようかん」をお土産に、復路電車に乗った。 写真-1 総檜造りの総門。平成19年に落成した新勝寺の表玄関。 写真-2 仁王門を抜け、五十三段の石段を登って成田山境内へ・・。 写真-3 香閣の香煙で心および身体の具合悪い箇所を清める。 写真-4 大本堂の階段両脇には昭範(大しめ縄)が垂れ下がる。 写真-5 超人気のウナギ店。店先でサバいて・タレ焼を見せる。整理券が出るほどの賑わい。
2015年01月11日
コメント(1)
四季折々の花見と森林浴を楽しめる清水公園(野田市)。夏の暑い日、木陰を求め散歩した。子どもはアスレチックで汗を流す。年配者は林のなかを歩く。清水公園は、江戸川の水運と野田醤油が育んだ公園でもある。 仁王門を潜り、参道を進むと慈光山-金乗院である。この時期、金乗院の境内は、サルスベリの紅い花で彩られる。仁王門が再建された頃に植えられたもので、樹齢約300年の老木である。大樹だけに落下する花びらも少なくない。早朝に掃き清めている。 サルスベリの中国名は百日紅(ひゃくじつこう)。盛夏の中、長い間咲き続けるのが名前の由来。一輪一輪は短命だが、順番に花を咲かせる(並列花序)ので、全体としては長命な花である。花言葉は「雄弁」となっているが、「夏負けしない」を追加したらどうか・・。 今年の夏は何か変である。記録的な豪雨が列島各地を襲っている。時間当たり降雨量100ミリがいとも簡単に発生する。土石流・洪水・竜巻は、一瞬にして生活基盤を奪う。災害列島日本で生き抜くためには、小・中学校の頃からの教育・訓練が大切である。「災害と防災」を必修科目としたらどうか・・。 写真-1 慈光山金乗院の仁王門。もみじの葉が日差しを遮ってくれる。 写真-2 金乗院本堂とサルスベリの木。もう少しで満開となる。 写真-3 開運不動尊にもサルスベリがある。 写真-4 夏空に映える百日紅の花。「夏負けしない」花・・。 写真-5 小川沿いの遊歩道を歩く。
2014年08月29日
コメント(0)
太平山謙信平の南斜面に咲くアジサイが見ごろを迎えていた。あじさい坂の花より少ない株数ではあるが、面状に広がっているため華さがある。太平山神社から南東500mに位置する駐車場広場から眺めることができる。 謙信平は平井町と太平町下皆川との町境にあり、細長い平地(400m)。かつて上杉謙信が北条方と和議を結び(1568年)、太平山に上った際、関東平野の広さに目を見張った場所とされる。その年、大河ドラマに登場する黒田官兵衛は、父親から家督と家老職を継いでいる。上杉-武田-北条で戦が絶えない時代のこと。 太平山神社から北西400mの太平山頂(標高345m)には、富士浅間神社の祠がある。かつての太平山城と標記されている。下野の豪族皆川城の支城で、物見砦と思われる。領主・皆川広照は、この地で北条の大軍と対峙している。広照は信長、北条、家康に仕え、戦国時代を巧みに生き抜いた武将。 謙信平は「関東の富士見百景」のひとつである。更に、下界に霧がたちこめた日には、点在する小山・丘が海に浮かぶ島のように見えることから「陸の松島」と称される。そのような景色にお目にかかりたいものだ・・。太平山の南斜面と東斜面、梅雨時に訪れたのは初めてのことだった。 写真-1 大きな鈴が飾られている太平山神社。 写真-2 謙信平の南斜面に咲くアジサイ群。 写真-3 色とりどりのアジサイ斜面。写真-4 散策する人にお辞儀してくれるアジサイ。 写真-5 「陸の松島」と称される景色。観光パンフレットより。
2014年07月07日
コメント(0)
栃木県南端の山頂に太平山(おおひらさん)神社がある。この山から北関東を一望できるので、江戸期徳川家はこの神社を庇護した。太平山の東斜面には1000段の石段が敷かれている。梅雨の候には「あじさい坂」として、彩られる。 太平山神社は戦国時代に焼失したが、江戸期将軍家によって再建・保護される。特に八代将軍吉宗の時に随神門が造られ山が栄えたという。山麓の六角堂から随神門までの標高差は約100m。その斜面を登りやすいようにと、この山から産出する石を使用した「のづら積み」の石段が造られた。 ライオンズクラブがこの石段脇にアジサイを植樹した頃(昭和49年)から、あじさい坂と呼ばれるようになった。アジサイは横方向に根を張る性質があるため、斜面の土砂流失防止に寄与する。坂や斜面の多い鎌倉でよく見かける景色。太平山の斜面と参道もアジサイに守られている面がある。 アジサイはお寺や神社周辺に植えられているケースが多い。お寺は昔から洪水や地震時の避難場所として人集まる場所。アジサイの語源は、「集まる」、「集める」との文字が充てられたとも言われる。「藍色を集めて咲く花」から転じて、信者を多く集める願いが込められている花なのかも知れない・・。写真-1 太平山の東斜面に作られた「あじさい坂」の入口付近。 写真-2 参道の出発点の「連祥院六角堂」。 写真-3 「のづら積み」の石段が1000段続く。 写真-4 アジサイを観ながら登ると、疲れを感じない・・。 写真-5 あじさい坂の終点で待つ朱色の随神門。
2014年07月05日
コメント(1)
梅雨の晴れ間、草木の新緑に接するとパワーをもらえるような気がする。地面に浸透した水と栄養を吸い上げ、活発に光合成をする時期。放出する酸素の量も多く、疲労の回復に効果がありそうだ。 自宅からランして戻ると約9kmになる柏の葉公園。主ラン場は、江戸川・運河土手であるが、桜・つつじの時期、および強風時には柏の葉公園を選択している。 緑色は調和とバランス・成長の色。自然界の緑は神経をなだめ、心身の疲れを癒す効果があると言われている。ムシャクシャした気持ちが続いた際には、森林や草原に出かけると良い。ただし、この効用を得るには、秋の紅葉時期より初夏が良いと思う・・。 サッカーW杯の試合が順調に進んでいる。日本代表は最後まであきらめない最善を尽くしてもらいたい。日本代表色はサムライブルー。しかし、アウェイの際には若草ぽい色(蛍光色)をまとう。成長と進化を願う。スペイン代表のユニホームは濃い緑に縦ストラップ。グループリーグ敗退で、急速に色あせ散っていた・・。写真-1 新緑輝く、柏の葉公園。梅雨の晴れ間のひと時。 写真-2 明るい緑色が目に沁みるボート池岸。 写真-3 木陰で休息して、ボートの動きを眺める。 写真-4 黄色いボートが眩しい水面。 写真-5 成長中のアジサイを近くで観察。
2014年06月21日
コメント(1)
つくばエクスプレス線と東武鉄道が交差する「流山おおたかのもり駅」。駅の西側に、今あるショピングセンター(S・C)に付加する形で先日、アネックス館がオープンした。3階フロアーに品揃え豊富なスポーツ専門店が入った。小生にとっては好都合だ。スポーツ用品購入のために、柏駅まで行かず済むのだ。 駅周辺は、住宅・ビル群がニョキニョキと建った。現在も進行形である。西側に駅名の由来となったオオタカが棲むという市野谷(いちのや)の森」がある。毎年10月に行われる流山ロードレースは、このおおたかの森周辺も走る。 森のすぐそばで、大型の建築工事が始まっている。小中学校・地域交流施設を創るプロジェクトである。22,000m2の床面積を持つ三階建ての新築工事である。昨年の秋に受注者が決まった。大型クレーンが稼働し始めて、躯体工事の段階である。来年の3月には、おおたかの森小学校が開校する予定だ。 流山市は江戸川の水運で発展した町なので、市役所が市内エリアの南西端部にある。おおたかの森駅周辺は新市街地と呼ばれ、人口が急増している。江戸川水面より10mほど高台で、地盤もしっかりしている。洪水や地震に強い街づくりにうってつけ場所だ。さらに市エリアの重心位置でもある。 写真-1 流山おおたかの森駅西側の工事風景。プラットホームからも富士山が見える駅。写真-2 工事用クレーンが忙しく動く。来年の3月におおたかの森小学校が開校する予定。 写真-3 市エリアの重心位置にあたる、おおたかの森駅。左側がTX駅、右側に東武駅。 写真-4 おおたかの森=市野谷の森の彼方には秩父の山並が見える。 写真-5 東武野田線は4月1日から「アーバンパーク・ライン」と呼ぶそうだ・・。
2014年03月31日
コメント(0)
寒緋桜とハクモクレンが訪れる者を慰める總持寺(そうじじ)。南北朝時代の1321年に、諸嶽観音堂が總持寺と改名され今に続く。江戸期に幕府公認の曹洞宗の大本山となり更に繁栄する。数多くの重要文化財や有形文化財が保存されている丘である。 總持寺の丘は、JR鶴見駅から西へ歩いて10分程度にある。但し、敷地面積が50万m2と広大で、横浜市鶴見区の広域避難所に指定されている。大祖堂(たいそどう)辺りの標高は約34m。津波・地震の避難所としての好条件を備えている。 隣接する墓所には、浅野総一郎、石原裕次郎、黛敏郎など著名な故人の名がある。故浅野総一郎氏は、富山県の出身で「明治のセメント王」と呼ばれ、日本の近代化に功績を残す。また、鶴見付近の臨海工業地帯(埋立地)を押し進めたとされる。 境内を東西に二分する長屋が連なる。内苑と外苑を分ける延長152mにおよぶ百間廊下である。廊下内の清掃は行き届いている。50数年前の小・中学生時代の掃除当番を思い出した。当時の廊下床は板を並べたものだが、素手で行う冬の雑巾がけは辛い。中学生になると棒雑巾なるものを使用したと思う。 写真-1 總持寺境内の寒緋桜。仏堂と大祖堂の2つの堂を望む。 写真-2 鉄筋コンクリート製・耐火建築の大祖堂。五七桐紋の寺紋を使用。 写真-3 向唐門(勅使門)前を彩る松と桜。 写真-4 総門にあたる「三松関(さんしょうかん)」。登録有形文化財が最初に出迎えてくれる。 写真-5 東西の殿堂群を繋ぐ通路が百間廊下。掃除が行き届いている。
2014年03月29日
コメント(0)
水がぬるみ、皐月の風が吹く季節を迎えた。海や川、そして池に賑わいがやって来た。ここ清水公園・水上アスレチックは、子供の歓声がひと際大きくなる場所だ。池の中に落ちると水は冷たい。勇気と連帯感が養われる池の上である。 当園のフィールドアスレチックは、チェックポイントが100箇所もあり、国内有数の施設である。ファミリーコース40+冒険コース40+水上コース20の内容となっている。水上コースは、ギャラリーが多い。水事故が予想されるので、多くの目で見守るようになっている。 小生も20数年前、我が子を連れて2、3度挑戦したことがある。少し勇気のいる課題を乗り越えると次の課題に挑みたくなるのだ。体力増進、ストレス解消などに繋がるアスレチックであるが、社会に巣立つためにも、貴重な体験だ。 先日、横浜市磯子区の雑木林で、女児の遺棄事件が報道された。子供の人口が減り、年寄りが増え続けている。残念な事件だ。こどもの日が近い。最近は「子供」と表記をしない。大人の手下ではないからだそうだ。こどもが居て社会が成り立つ。悲しい事件がおきぬよう祈る。写真-1 清水公園の水上アスレチック池。池の周りで、ギャラリーをする。写真-2 この日は幼稚園児や小学低学生を多く見かけた。華やかな光景に藤も一役買う。写真-3 日差しが強くなって来た。藤の屋根は、ギャラリーにとって有り難い。 写真-4 中央広場のメタセコイヤの巨木。少子化家族を表すような気がした・・。
2013年04月29日
コメント(0)
低気圧が急速に発達し、日本列島を駆け抜ける気象パターンが多くなった春と秋。4/2から4/3にかけて、台風なみの強風と大雨が通り過ぎた。 春の嵐が去った後、近くの柏の葉公園へ散桜の様子を観に行く。散った花びらは、吹き溜まりとなるか、土の面に張り付いていた。陽が傾くなか、サクラ色の景色が随所にあった。 柏の葉公園のさくら広場には幾つかの小起伏がある。窪みには雨水が溜り、つかの間の池も見られた。雨量が多かったので、地中への浸透が追いつかないのだ。西の空を見ると、残雲に夕照が当り異様な赤みを帯びていた。上空は風が強いようで、波立つ雲が広がる。その雲群の写真を、天と地を逆転にしてみたのが写真-4。写真-1 柏の葉公園のボート池。西空の残雲が異様な色彩を帯びた。写真-2 黄昏のさくら広場。数時間前の嵐がウソのようだ。写真-3 花散し雨が去った園内。初雪のように地面を染める。つかの間の池には花筏が漂う。写真-4 雲の上・・。雲群の写真を上下逆にした構図。
2013年04月06日
コメント(2)
「四国の仙人」さんから花火大会の写真が届いた。とても美しいので投稿します。夜空のキャンバス上には、多様な形と華やかな色彩で、華火(はなび)が描かれている。更に、艶やかな着物になりそうな図柄もある。人々を魅了し、元気づける花火大会も終盤に近づいている。 規模が大きく、人気の花火大会の写真撮影は、年を重ねるほど大変になってくる。トイレの心配、長時間の立ちずくめ、視力の衰えなど・・。特に、望遠レンズを使用すると花火の色によって露出時間が異なるのでうまく行かないそうだ。満足な10枚を撮るのに、200枚の撮影をするという。 日本三大花火大会は、大曲の花火(8月)、長岡の花火(8月)および土浦の花火(10月)と云われている。1年間に国内で開催される花火大会数は2000箇所を超えるという。日本人を問わず花火好きは、世界中に多い。ロンドン五輪の開会式・閉会式では、コスト面で中国製の花火が採用された。 第81回土浦花火大会が近づいた(10月6日開催予定)。大正14年から続いている伝統の全国花火競技大会である。優勝者には、内閣総理大臣賞が贈られる。例年80万人の人手で賑わう。小生は、帰宅に不安があるので不参加。動画や写真で楽しむことにする・・。写真-1 赤い髪をした横顔のよう・・。写真-2 ワタゲ模様。写真-3 金箔の花吹雪・・。写真-4 彼岸花のよう・・
2012年10月03日
コメント(1)
長く居座わる強い寒気のため、寒冷の日々が続いている。北日本と日本海側では大雪、半面乾燥し東海関東ではインフルエンザが流行。千葉県では一部地域で警報が発令されている。 柏の葉公園のボート池の薄氷もなかなか融けない。日陰の場所は、あちこちで残雪、融解氷がみられる。公園の道路に張り付いた氷をスコップで割る音が響く。陽が差す場所では、休息するコガモ、上半身を伸ばす沼杉の呼吸根がみられる。 公園に隣接する東京大学柏キャンパスは、塀のない国立研究施設として地域に知られている。本郷、駒場に次ぐ第3キャンパス。「知の冒険」と銘打って、種々の新領域に挑戦。1/28大型低温重力波望遠鏡の記念講演があった。この10年間で教職員や大学院生など合わせて3100名の大所帯へ急成長。 東日本大震災の原発事故により、再生エネルギーに関心が移っている。2/5に柏キャンパスで「海洋の再生エネルギー開発」と題して、市民講座が開かれる。当大学の食堂を時たま利用させてもらっている小生として、耳を傾けるべきだろうな・・。写真-1 柏の葉公園のボート池。日陰側の薄氷がなかなか融けない。 写真-2 公園調整池の日向では沼杉の呼吸根がスクスク育っている。写真-3 東京大学柏キャンパスにある大気海洋研究所。塀がなく解放的なキャンパス。 写真-4 キャンパスの一画に移植された「ニュートンのリンゴの木」。遺伝子保存のため。 にほんブログ村
2012年01月31日
コメント(0)
全226件 (226件中 201-226件目)