ドン・愚利公の連れづれ草

ドン・愚利公の連れづれ草

May 13, 2009
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子張問、士何如斯可謂之達矣。

子曰、何哉、爾所謂達者。子張對曰、在邦必聞、在家必聞。

子曰、是聞也、非達也、夫達者、質直而好義、察言而觀色、慮以下人。

在邦必達、在家必達。夫聞也者、色取仁而行違、居之不疑。在邦必聞、在家必聞。



子張問う、士は何如(いかん)ぞ斯(すなら)ち之を達と謂う可き、と。

子曰く、何ぞ、爾(なんじ)が所謂(いわゆる)達とは、と。

子張対(こた)えて曰く、邦(くに)に在りても必ず聞こえ、家に在りても必ず聞こゆ、と。

子曰く、是れ聞なり、達に非ず。夫れ達なる者は、質直にして義を好み、言を察して色を観、

慮(おもんぱか)って以て人に下る。

邦に在りても必ず達し、家に在りても必ず達す、と。

夫れ聞なる者は、色に仁を取るも行いは違(たが)い、これに居りても疑わず。

邦に在りても必ず聞こえ、家に在りても必ず聞こゆ、と。



【ちょっと長いが名文でもあるし、我慢して読んでみよう】

あるとき子張が先生に質問をした。

「士はどのようであれば「達」だと言えるのでしょう。」

逆に先生は問われた。

「で、お前はどういう人を「達」だと思っているのかな」

子張がお答えした。

「国家に仕えても、豪族(家)に仕えてもできる男だとの名声が人に聞こえることです」

先生は言われた。

「それはただの評判(聞)にすぎず達ではない。本来、達と言われる人は真直ぐで正義を愛し、



その結果、国においても、家においても達の人だと認められるのだよ。

一方、評判(聞)だけの人は、顔つき(色)はそれらしく見えるが仁徳のある行動が伴わず、自らの

あり方についても疑わず平気で堂々としている。でもって国に仕えていても豪族に仕えていても

評判がよいということになっている」


世に「聞」だけの君子らしき人物は結構多い。特に社会的に功成り名遂げた人物に曲者がいる。

夫達者、質直而好義、察言而觀色、慮以下人。こういう人に一度でいいから会ってみたいなあ。






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Last updated  May 13, 2009 05:34:45 PM
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