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やたらと寒くて、身体の痛みが強くなり、その対策に追われた週でした。そのおかげか、体調は少し良くなったようですが、身体の芯が硬いこと、硬いこと(笑)震度4だけど地震もあり、その備えもしなくては。日本はそういう国、大きな地震があった後はなおさら。月曜日、最高気温11度。最低気温-2度。燃えないゴミ出しは成功。買っておいたポリバケツをやっと活用。早く目が覚めたのですが、体中が痛いという状態でした。こんなんあり?苦しくて、耐えられないと思う程、必死で手当て。白湯を飲み、ホットミルクを飲み、カイロを貼り、重ね着し、お湯に手を浸し、生姜湯を飲み、ホットタオルを首に当て、間を開けて何度もツボ押し、マッサージ、ストレッチ。夕方になってやっと落ち着き、最近の普段のレベルになりました。そこで予報を見たら、最強寒波が来ると。最低気温マイナス4度の日が複数ある‥もっとも簡単な方法で、チューリップの球根を植えました。本来ならまず庭全体を掃除し、別な日に草を抜き、花壇全体を掘っくり返して土を変えるのですが。花壇の雑草を目立つのだけざっと抜き、全体に園芸用の土を振りかけて盛り上げ、最小限球根が入るぐらいの穴を掘り、球根を押し込んで土を均しただけ。火曜日、最高気温12度。最低気温3度。燃えるゴミ出し成功。先週は動けない時間が多かった気がします。何かやってる途中で息切れもしたね。とはいえ、そんなの当たり前すぎて書かなかった時期もあるし、もっと重かった時期もあるし‥それなりに生きていければいいことよ(笑)超簡単な食事で3回ともしのぐ。静けさや安静がどれほど大事か、若い頃にはわかっていなかったんだろうなとふと思う。水曜日、最高気温5度。最低気温0度。目が覚めた時、布団の中はぽかぽか。月曜日はこうじゃなかったな‥ あの痛みはそれが原因だろうか。首を動かしたら、首と背中に痛みが走る。足を動かしたら、太腿に最近では珍しい筋肉痛。結局、痛いんかい‥ でもそう悪い痛みではないな。年賀状が戻って来てしまった分のチェックをしようとしたら、で、出来ない‥ まだか‥そこに関する電線が焼き切れてしまったみたいな。そんなんありかと思いつつ。そうだからしょうがない。最強寒波が来てるそうなので、一番暖かい格好で。カイロを貼ったままで歩いても全然暑くないね。図書館とスーパーへ。豚肉調理。具沢山みそ汁も作れた。木曜日、最高気温8度。最低気温-5度。水道はがりがり音がして少量の赤茶っぽい水がチョロチョロ。凍ってたのね。晴れているので気分が何となく明るくなります。ほぼお休みデー。大切なことを見失わないように。出来ない事にも幸福がある。金曜日、最高気温11度。最低気温-3度。突然クシャミと鼻水に襲われ、慌てて窓を閉めて回りました。来たか~スギ花粉。この寒いのに!? 昨夏の暑さで、たくさん蕾が付いたのだとか? 春ほど重くはならないけど、一定の用心は必要。土曜日、最高気温12度。最低気温-2度。穏やかな気分だけど、なんかボンヤリ。身体は少し良くなっただけでも、清々しい気持ちでいられる時間が長くなってきました。焦燥感が減った。葛藤もそこまで苦しくないレベルで留まる。でもやる気はそこまで出ないような‥?‥やっぱ、寒過ぎですかね。日曜日、最高気温11度。最低気温1度。早めに出て不動尊に寄る。少しは日に当たった方が健康にいいだろうと。28日は屋台が出ているので、ゆるく見て回りました。フィギュアスケート、村上佳菜子ちゃんが結婚したそう、よかったね。番組は見逃したけど、まあそれは別にいいの、どうしても詳しく知りたいってわけじゃないから(笑)ドラマ、「あきない世傳 金と銀」五鈴屋の次男・惣次と結婚した幸。長男とは違い、幸を気に入っての結婚だったので当初はうまくいったが。惣次は幸と三男・智蔵の無邪気な仲の良さ、幸の商才があり過ぎるのが気になり始める。海外ドラマ、「恋心は玉の如き」完結。明が舞台だが、お邸もの。名家の内幕と、側室との争いに、実は政争も絡んでくるのだが。家の権力を握るお姑さんなどが、わが身を省みて反省するシーンがあるのが印象的。間違いに気づいても怒ったりショックを受けるところまでで、自分が悪かったと思わない描き方も多いのに。あ、思わない人もいるけどね(笑)時代は明で、朝貢以外の貿易が禁じられていたが、密貿易が盛んで海賊が増えた。無理のある海禁を解くためにヒロインの夫は尽力、それが成ったのは隆慶元年。「玉楼春」も隆慶帝の時代だそう。隆慶帝の父だった先帝は実行力はあったが苛烈で憎まれ、冤罪も多かった。隆慶帝は先代の不都合をかなり緩和したとのこと。大河ドラマ、まひろ(後の紫式部)は、市場で三郎(実は、道長)と再会し、自分の素性を明かす。道長も話そうとしたところへ、父の友人の宣孝が通りかかり、まひろを連れて帰る。道長の父・兼家は娘の詮子が生んだ孫を皇太子にしようと、円融帝の譲位を画策していた。親元に下がっていた詮子は、円融帝に挨拶に行くが。毒殺をはかった鬼と罵倒され、衝撃を受けて父と兄弟たちに抗議する。花山天皇が即位。まひろは、倫子から頼まれ、花山天皇の前で五節の舞を披露する舞姫の一人として参加することに。そこで、いきなり道兼と道長が並んでいるところを見て‥わぁい、五節の舞姫だ~と喜んでおります。この時代、我が子に皇位を譲ることは少なく、まず甥の東宮(花山天皇)に渡す。いわばそれを条件に実子をその次に出来る。まひろの父・為時はここで式部丞に任官、この名が後世、紫式部の通称になるのです。本郷奏多の天皇は実父に似て?素行不良なのだが、彼なりに政治の刷新を考えてはいるのだね。この天皇に我が娘・倫子は差し出せないと左大臣・源雅信は気を変えるのだ。紫式部の結婚はこの頃より12年ほど後、宣孝とであります。摂関時代の本を読んだら、めちゃ面白い。外戚は天皇の権勢を奪おうとしていたような印象があるが、実際には皇室を支え安定したからこそ一体化して繁栄したのだとか。源雅信は親王の子で臣籍降下した人、円融天皇にも一条天皇にも信頼されたらしい。雅信の妻と為時は遠縁にあたる。まひろたちが住んでいた家は曽祖父・兼輔の土地の半分を受け継いだものだそう。兼輔は三十六歌仙の一人で、公卿でもあり、紫式部の誇りだった。平安時代の装束の本も借りてきましたよ。
2024.01.28
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寒椿は枯れかけた花も交えながら、もりもりと濃い緑の葉を広げてます。庭仕事が出来る体調になかなかならない。季節は大寒。寒くて当たり前ですね。水を出すと、手が冷たく凍え切ってしまいます。能登半島では救援も進んでいることと思いますが、いまだ行方不明の人もいるとか。1.17の頃を思い出していました。月曜日、最高気温12度。最低気温-1度。寝るときにはたいてい暖房は切ることにしてますが、特に寒い予報の日や身体が冷え切ってると感じた時はつけています。目が覚めた時は暖かくて気持ちが良かったのですが~窓を開けて階下に降り、4時間後に戻ったら、つけっぱなしだった…!慣れないことをするとこれだから(ちょっと違?) 日頃の倹約がぁ~(泣)火曜日、最高気温8度。最低気温-2度。あちこち痛い‥この気温のせいですかね。でももしかして花粉も少し飛んでるんじゃないかと思う気配が。実際、飛んでいるそうです。昨夏の猛暑が影響しているとか。あ~あ‥元気とは言えないが、15年後に振り返ったら、あんなに若くて元気だったのに何をボヤボヤしていたのだろうと思うのではないか。水曜日、最高気温13度。最低気温-4度。図書館と買い出しへ。返す本が溜まってました。直木賞発表。もうそんな時期? 覚えてないのね、自分(苦笑)出した年賀状が3通戻ってきました。今頃‥10日以上たって。‥住所間違えた?! 自分の頭を何とかしたい~。どうしても書いておきたいメモを少しだけ何とか。木曜日、最高気温14度。最低気温1度。ほぼ何も出来ず。普通に駅前に出かけただけでも、翌日こうなってることは珍しくない。何か一つ変わった作業をするだけのために、他全部諦めることも。身体はそこまでしんどく感じないが、それはある程度当たり前になっているから。元気な時に今の様子を見たら、驚愕するだろう。‥あら~でもね、意外と、こんなんでも、生きていけるのよ? これも経験値(笑)小さな喜びと、希望の光はいつでもすぐそこにある。金曜日、最高気温13度。最低気温6度。晴れているだけでも、ちょっと有難い気分に。昨日よりはいくらか元気。29年前の写真を調べていたら、歴代の猫の動向がだいぶわかりました。正確な日付はわからなくても、前後で大体のことはわかる。ピーちゃんが震災の前年に逝ったのね‥ ちーちゃんはおそらく97年か。くうちゃんが来たのは98年。土曜日、最高気温9度。最低気温3度。肩が重い。ずしっ。ほぐす努力をじわじわと。日曜日、最高気温7度。最低気温3度。図書館で本を借りる。スーパーでぷち贅沢。フィギュアスケート、先週BSでやっていた「フィギュアスケートTV」、シーズン中は月1でやる番組です。録画で、全日本の復習をしました。そうそう、男子は皆表現力が増して、いい試合でしたね。マリニン、シャオイムファと戦うとなるとまた大変です。女子は坂本花織ちゃんの強さが光りました。他は実力はけっこう近く、試合の時の調子がどうかで浮き沈みがある印象。細やかで正確な千葉百音ちゃんはかなり調整も上手くなってきたのかな。15歳13歳の子も才能あって先が楽しみ。テレビ、「ネコメンタリー 猫も杓子も」で再放送~ダヤンの作者さん、見逃がしてたみたいで、嬉しかった。ドラマ、忙しくて今季はあまり見られないかも。録画しておいたのを既に見れてない。大河と朝ドラと「あきない世傳」を見るし、民放の「大奥」もとりあえず最初の方は見るし。さらにフィギュアスケートもあるんで(笑)「あきない世傳」6回目。五鈴屋の三兄弟の長男だった店主の後添いに望まれ、形ばかりの結婚をしていた元女中の幸。遊び人だった店主の事故死で、次男が後を継ぐことになり、次男は幸を嫁にという条件を出して来た。仕事熱心な次男は、幸の良さを見抜いていたのよね。ところが次第に雲行きが怪しく‥?海外ドラマ、月末に「宮中の諍い女」、2月には「尚食」が始まるのでね。それからは当分いっぱいいっぱい?大河ドラマ、1回目、幼い日に町でふと知り合ったまひろ(後の紫式部)と道長。2回目、6年後に同じ市場で再会したが。3回目、道長は役人に勘違いされて捕まり、その場にいたまひろはどうなったのかと心配する。しかし、市場の絵師の元で代書をしていたことがバレて、父・為時に謹慎を命じられていた。だがある日、今度は父から思わぬ指図をされる。左大臣の邸で赤染衛門が貴族の子女を指導する集いに出ろというのだった。左大臣源正信の妻は遠縁にあたり、娘・倫子は、後に道長の妻になる女性。道長の父・兼家は円融帝を退位へ追い込もうと策を巡らしているところ。次男の道兼に命じて、秘かに食事に毒を仕込み、気力を弱らせようとしている。天皇の病はおかしいと藤原実資は疑いを抱くのだが。(秋山が演じてるのがおかしい)そういえば、配役でふと気づいたのは、まひろの父と夫は前に大河で秀吉をやってるね(笑)え~と、基本的な地位の配置と勢力争い、以外はすべてフィクションですが。そんなことはなかったという証拠があるわけでもない(笑)勢力争いを面白く、わかりやすく、見せるためにはねぇ‥ 中国歴史ドラマの数々を思い出せば!それが正解なんだろうな(笑)それに雅なだけの時代ではないのは、いくつかの事件に現れてるしね。天皇は直系で受け継がれるとは限らず、数年で交代することもある時代。天慶9年(946年) - 康保4年(967年)…… 村上天皇(先帝の同母弟)康保4年(967年) - 安和2年(969年)…… 冷泉天皇(村上天皇の第二皇子・后は兼家の姉安子)安和2年(969年) - 永観2年(984年)…… 円融天皇(冷泉天皇の同母弟)永観2年(984年) - 寛和2年(986年)…… 花山天皇(冷泉天皇の第一皇子)寛和2年(986年) - 寛弘8年(1011年)…… 一条天皇(円融天皇の唯一の皇子・兼家の娘詮子の子)寛弘8年(1011年) - 長和5年(1016年)…… 三条天皇(花山天皇の異母弟)という調子なのです。天皇に娘を嫁がせて父や兄が権勢を得る藤原家内部での権力闘争が長々続いているわけで、兼家もちょっと前までは負け組だったのね‥
2024.01.21
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土曜日には雪予報。積もらないでくれ~と祈る(笑)初雪だったらしいのですが。何度か窓を開けても、降るところは目撃しませんでした。年賀状を書くのが遅くなったのもあり、お正月が終わった気がしない。くたびれていて、すっきり後処理をすることも出来ず。目の前のことを少しずつやるだけ。能力はあまりアップしていないけれど、精神的には割と落ち着いてます。ゆっくり身体に聞きながら、今を味わいましょう。月曜日、最高気温10度。最低気温1度。今年は、届いた年賀状にお返事をするような形でのスタート。厳密にそうしたら、かなり枚数は減ります。年賀状終いにする人もいるので、それもあり? しかし、プリンター故障が原因で断ち切れるのもいかがなものか。今頃届く相手には申し訳ない。こちらが出していない人からのがこれから届くということはなさそうな時期なので、その点では気持ちが安らか。昨年の年賀状をチェックしようとしたら、ケースに全部は整理し切れていない。これがそもそもいかんかったのかしら。でも一昨年末に転倒して頭を打った後だもの、よくやった方かも。火曜日、最高気温10度。最低気温-3度。生協の宅配。夜は数時間気分が悪くなって動けず。時々これはどういうことだろう、ずっと続くのだろうかと考えました。水曜日、最高気温12度。最低気温0度。出した年賀状の返事がいくつか届きました。合わせても昨年よりだいぶ少ないのじゃないか。年賀はがきが値上がりするので、少し減らしめで行こうかという気持ちもありますが、やめようとは思ってません。さて。ネットの問い合わせ窓口に登録したのを解除。初回お試しだけなら500円で、帰ってきた回答を後で見たらいい内容だったが。即答ではなかったので、待っている間に検索したことで解決してしまったのだ。そして、一か月の登録料は今払える余裕はないっす。木曜日、最高気7度。最低気温1度。色々やろうと思ってたことがあったような気もしたが‥ゆっくり過ごすことにしました。ゆっくり呼吸することを一番に、気持ちを落ち着けて。これが案外できないでいたのよね。ゆっくり呼吸することは、ヨーガの神髄ではないかと前から思っていました。メールで来た年賀状に返信。金曜日、最高気温14度。最低気温-3度。図書館に行くことも考えていたけど、色んな事を考え合わせるのが無理みたいなので、うちの中での自然な流れで家事をしました。手洗いで洗濯。ホウレン草やブロッコリーを煮たり、鶏むね肉料理。堂本剛と百田夏菜子が結婚、びっくりしたが、何も悪いことはないだろうと感じますよね。祝福の輪が広がったのが気持ちいい。土曜日、最高気温11度。最低気温-1度。雪の予報で確かに寒いけど、雪は目視せずじまい?1階の暖房をつけて、少しずつ出来ることを。曖昧な目標しか立てないけど、それにも達してはいない。それでも何かやったらその分だけ進んでいるのよ!(笑)日曜日、最高気温12度。最低気温-3度。図書館はパスして、買い出し。4800歩。ドラマ、朝ドラは、戦争末期の茨田りつ子の歌がこれまでで一番よかった。そして戦後の表情が明るくなっていて、いい感じ。淡谷のり子がモデルで、歌そのものでは到底及ぶべくもないが、ドラマの役としての存在感は十分ありましたね。海外ドラマ、BS11「恋心は玉の如き」時代は明。ヒロインは名家の出だが庶子で差別されて育ち、亡き姉の後妻として将軍家に嫁ぐ。思い切り行き違いが重なっていたが、事件の背景に、嫉妬する側室だけでなく、宿敵の家が絡んでいることもわかり、次第にもつれた糸がほどけていく。やっとラブラブに(笑)後番組が29日から「宮廷の諍い女」楽しみ! 華流ドラマにはまる前の放映だったのだ。昨秋WOWOWでやっていた時にも見たかったんだけどね。BS12では、19日から「馭鮫記 前編」朝7:00~ディリラバとアレン・レン。2月12日から「尚食」月火4:00~2話ずつ連続放送。ウー・ジンイエンとシュー・カイの瓔珞コンビだから、一番の楽しみ。大河ドラマ、母の死から6年後。まひろは15歳になり、男子なら元服の年頃、女だから裳着の儀式をする。(何枚も重ねた衣装に埋もれそうな吉高が可愛い。吉高由里子だとこの年頃からできるのがいいよね)母が殺された(!)ことを隠すことにした父・為時とは気まずくなったままだった。街の絵師のもとで、和歌を代作する仕事を秘かに行い、何よりの楽しみになっている。一方、道隆、道兼、道長の兄弟は順調に宮中で出仕していた。道長の姉・詮子は円融帝の皇子(後の一条天皇)を生み育てている。ただし帝は、妃の最高位の中宮という位を、詮子ではなく関白・藤原頼忠(兼家の従兄)の娘・遵子に与えた。父・兼家の権勢は高まっているが、警戒した帝は詮子と距離を置いたのだ。兼家はさらに、天皇が退位するように仕向けようと考える。まひろの父・為時は東宮(冷泉天皇の子・円融天皇の甥)に漢学を教えているが、変わり者の東宮は一向に勉学には身を入れない。(この東宮は後の花山天皇で、本郷奏多という配役が合っていて、面白すぎる。)道長とまひろは街で再会するが、互いに相手の身分も本名も知らないまま。長兄・道隆にーちゃんは道兼より8歳年上で、詮子は道兼の1歳下、道長は詮子の4歳下(月まではわからないけど)。詮子は980年に皇子を出産、後の一条天皇。(ということはドラマ983年頃か)花山天皇は968年生まれ、984年即位、986年退位。道長は966年生まれ。987年倫子と結婚。兼家とーちゃんには9人も妻がいたとか。子どもを何人も生んだ道長の母が嫡妻(正室)となったが、これで割りくったのが「蜻蛉日記」の作者・「道綱の母」。つまり、大々的に恨み言を広められたのは兼家とーちゃんだったのね。954年から20年にわたる出来事が書かれているそうだから、次々にできる愛人のことも世間にバレちゃってるという。なんだかな~(笑)ちなみに、道隆にーちゃんには6人、道兼には2人、道長には4人の女性がいたらしい。妻は一人ではなく、何人目だろうと不倫ではない。当時の結婚は仕事みたいなもの、出世と直結してるんですよ。ただ妻ではなく妾と書いてあるのがどう違う存在なのかははっきりとはわかりません。お披露目をしなかったのか、長続きしなかったのか、身分が低すぎたのか??
2024.01.14
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今年もよろしくお願いします。寒い寒いお正月。もう12月なの!と焦りながら過ぎた年末。それが一転、どこか清々しい空気を感じるのは元旦ならでは。お笑い番組をところどころ見ました。笑って、福を呼びましょう。と書いていたのは、地震が起きる前。元旦に能登半島地震が起き、二日には羽田で飛行機が衝突、炎上事故。箱根駅伝でいくらか空気の流れが変わったように感じました。でもまだ余震は続き、救援活動も。被害が広がらないこと、日常が回復することをお祈りします。月曜日、最高気温12度。最低気温9度。月曜日が元旦なんだね‥ ふだん休日もあまり関係ない生活をしている癖に、ふと感慨を覚えたり。兄嫁の心づくしのお料理をきちんと盛り付けていただきました。それ以外は、ひたすら消化のいい物だけ~の寝正月。年末の疲れが出て、かなり不調。無理はしないのが今年の計?紅白の前半は見ていないので、大体見る。夕方、能登半島地震が起きました。まさか元旦からこんなことが。いつ何が起きるかわからないという気分で、一時パニックになりかけました。何も出来ない無力感。火曜日、最高気温7度。最低気温1度。寒い!雨に濡れた庭に驚く。お正月中にこの光景は珍しい。枯れ庭に、色鮮やかな寒椿、雨に濡れても落ちはしないで頑張ってました。胃もたれが治らず、ちょっと不安になるが、とりあえず夜にはお腹が空いては来ました。珍しくげっぷが出るので、ちょっと調べたら、ストレスがあると知らないうちに空気を飲み込んでいるのだとか。年末のストレスだな‥一昨年末の転倒と言い、12月の忙しさに対応できなくなってる気がする。寒いままでいないことや、あれこれ手当ては必要だけど、何かに集中しかけた時に、ふっと楽になる瞬間が来るのも実感しました。精神的なものは大事ね。羽田で飛行機が衝突して炎上、まさかの大事故。今年は一体‥水曜日、最高気温11度。最低気温0度。箱根駅伝の復路の一部とダイジェストを見ました。駒澤大一強かと思ったら、青学大活躍、圧勝。駒澤は勝って当たり前のプレッシャーがあったのだろうか。最初で最後の出番、4年生の激走には胸が熱くなる。夜は安静にしている必要を感じ、テレビも消して休養。年末来の情報量が多すぎるのだろう。木曜日、最高気温14度。最低気温4度。今年の生協宅配、初回。皿洗い、鍋洗い。夕方気分が悪いのが続いて、これは何だろう‥ 若い頃よく「気分が悪い」と言ってたら、父親が「どう悪いんだ。そんなに悪いなら病院へ行け」と怒鳴り出したことを思い出す。年に何度も高熱を出しては長々と寝込んでいた頃。熱が出ていない時も、その病後のだるさや、熱を出す直前の不快感もあったのですね。そして、この状態が続くのかという不安や何とかしようとする緊張もね。リンゴ2個の皮をむいて少し食べ、半分は塩水につけて冷蔵庫へ、半分はシナモン蜂蜜かけてレンチン。冷凍の「おくらとろろ」とご飯を混ぜてレンチンしたらいい感じの夜食に。金曜日、最高気温15度。最低気温0度。まだ胃もたれはありますが、復調傾向。待望のプリンターが届く。ところが最初の設定であちこちでつまずき、なかなか一筋縄じゃ行かない。夕食前後は倒れるように休んでました。それでも、夜遅くに印刷は完了、やったっ!土曜日、最高気温15度。最低気温1度。一部だけ年賀状を書いて出しに行く。もっと書ければよかったのだが。すごくきつくなって、もうダメ、と。手も痛いし、なんか座っていられない苦しさ。外の空気を吸ったほうがいいと、そのまま初詣に行ってきました。護摩木を書き、お守りを買う。ついでに駅前もウロウロ、お正月なので、何か少し買ってもいいと思ったけど、あっちでもこっちでも欲しいものがあり、総額にすると大きい‥とりあえず、すぐ食べる物だけに。日曜日、最高気温10度。最低気温4度。年賀状を出し終わりました。この日付じゃ寒中見舞いの方がいいのかもしれないと悩んだが。受け取る方は年賀状の方が整理しやすいのではと。フィギュアスケート、日曜日の昼に、羽生くんのアイスショーの特番がありました。繊細な演技がさらに進化していく。夜には、おしゃれクリップに高橋大ちゃん。のびのびしていていいなあ。テレビ、お正月はお笑いを結構見ました。笑うこと、頭を空っぽにすることは大事かも?大御所以外は、コンビ名ほとんど知らないです。ドラマ、朝ドラは戦争中。歌の場面いいですね。海外ドラマ、「恋心は玉の如き」行き違いが重なって、無実の者をかばったヒロインの持っていた鋏が夫の方に刺さってしまう。家が決めた結婚で感情をあらわにしない同士だったのが、追い詰められて本音を見せる展開に。「長歌行」の後番組は、ディリラバがまた出ている「六扇門(りくせんもん)」。舞台は明で、病になった皇帝が弟の斉王を都に呼び寄せる。皇子はいるのに若過ぎるのか出来が良くないのか? 皇帝は成化帝だが、斉王の役は創作かも。ディリラバは孤児で斉王の娘同様の存在で、腕が立つ。明朝の警察組織は色々あって権力争いをしている模様。六扇門は都の捜査機関だが立場が弱いらしい。主役はこれから六扇門で活躍する若者。2016年の作品だけど、もっと古く見える?大河ドラマ、「光る君へ」後に源氏物語を描いた紫式部が主人公。このドラマでは「まひろ」という名前。父親の藤原為時は下級貴族で学があるが、今は仕官の道がないまま5年たっているため家は貧しい。母親は明るく優しく、気難しい夫を支え、家計をやりくりし、娘と息子を可愛がっている。幼い弟は父の講義に興味がなく、覚えてしまうのは近くで聞いている姉のほうだった。(これは有名な話。他はあまり詳しいことがわかってないんで‥)まひろはある日、逃げた小鳥を追って出て(紫の上のエピソードね)、三郎という少年に出会う。実は、藤原家の三男・道長だった。道長の父親・兼家は、娘の詮子を円融帝に入内させるところ。出来のいい長男の道隆に目をかけて他をないがしろにするため、次男の道兼は苛立ちを募らせていた。兼家は、東宮(後の花山天皇)の教師として、為時を送り込むことを思いつく。仕事が見つかって喜ぶ一家に、悲劇が訪れた‥(ずいぶんね。次男の道兼はあまり評判良くないとはいえ、強烈な因縁過ぎないか。好きな時代なので主な人間関係はわかってるけど、創作が濃過ぎるのはちょっと。そこを覚えちゃうじゃない? 初めて見る人にどれぐらい伝わるのだろう?)紫式部は970~978年頃の生まれ。少なくとも1019年までは生存していた。998年藤原宣孝と結婚。1001年夫が死去、のちに源氏物語としてまとまる作品を書き始める。中宮彰子の出産の記録がある紫式部日記は、1008年7月から1年半にわたって書かれている。藤原為時は949年頃生まれ~30代で皇太子に漢学を教え、10年後に越後守(越後国の受領)となって任地に2年ほど紫式部を伴った。冠位は正五位下。母親は摂津守・藤原為信の娘で、早く亡くなったが詳しいことはわかっていない。平安時代とはどんな風だったのか、初めて多くのことが映像化されるので、ドキドキですよ。源氏の映画やドラマはあったけど、だいぶ前だし。紫式部メインでもなかったから。事実は小説よりも奇なりで、宮中の出来事は面白いし、意外と平安でもなかったんですよね。その辺を皆が知ってくれると話の合う人が増える!(笑)
2024.01.07
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