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うちの会社はソフトウェアを扱っている会社なので、いろいろな会社と取引があります。その中のひとつに、インドのタタ、という会社があります。ご存知の方も居られるかもしれませんが、インドでは最大の自動車メーカーで、昨年も「世界一安い車」を開発して話題になりました。このタタ、いろいろな業種の会社を持つ総合会社なので、直接取引があるのはこのタタ自動車ではなく、ひとつの子会社です。で、注文を受けたので、こちらから請求書を発行しました。この請求書、実はうちの会社の経理から来て、それを転送したのですが、この経理が送ってきたE-Mailのタイトルは”Invoice for Tatas”私は何も考えず、これを先方に転送したのですが、その後あれやこれやと、この内容についてメールが何通も飛び交いました。悪いことに、いろいろなところに関係する内容だったんで、これらのメールをCCで、何人かの人にも同時に送っていました。ところが、そばのアメリカ人がなぜかニヤニヤしている・・・・最初はなぜか分からなかったのですが、とうとう、そいつが私のところに来て、「あのメールのタイトルは変えたほうがいいよ。」と言ってきました。私が、なぜ?と聞くと、彼は笑いながら、「あのタイトルにある”Tatas”って、どういう意味だか知っているか?」と聞くじゃありませんか。私は当然、相手の会社の名前がTataなので、Tatasというのも同じように考えていて、なんの考えも無く、数通のメールをそのまま送っていたわけです。そうしたら、彼は、「あのタイトルは、経理の奴の冗談だよ。あのTatasというのはスラングで、オ〇パイのことを言うんだぜ。」と言うじゃありませんか!とすると、私のメールはすべて「オ〇パイへの請求書」というタイトルで、何人かの人に何回にも渡って送ってしまった、ということになる・・・・しかし、私が持っている辞書で調べても、そんな意味は載っていない。英語が苦手なことを知っての「確信犯」としか思えない(怒)今度会ったら文句を言ってやろう。今頃は大笑いしているに違いない。 しかし、転んでもただでは起きないリンロン。これも前向きに「これで英語のボキャブラリーが一つ増えた」と思うことにしましょう。
2011.03.31
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昨日は、夜7時から9時半まで、毎週恒例の「勉強会」。5時ごろにサンドイッチをつまんで、それで夜10時半ごろまで持たせました^^;勉強の内容は種々雑多ですが、基本的に「人間について」の勉強。その勉強する内容そのものも確かに勉強になるのだが、それよりも勉強になるのが、その後の自由報告会。これは、今日の勉強を通して、それを自分はどう受け止めたか、と発表しあうもの。昨日は10名の参加者がいたのだが、本当に読んで字のごとく「十人十色」、おなじビデオを見て、同じものを勉強したはずなのだが、その受け止め方は千差万別。へえ~、あれを見てそんなことを考えたんだ~、とか、そんな見方もあるのか、というようなコメントが、ほとんど全員の人から出てくる。人それぞれだな、ということを改めて感じると同時に、同じ現象、同じ事件、同じ客観的事実に対する人々の反応、というのは、ことほど左様に、人それぞれで、ぜんぜん異なるんだな、ということを再認識させられる。人間、ともすると、自分が感じたように、あるいは自分が考えたように、他の人も感じ、考えている、という思い込みを持ちやすい。ところが、ふたを開けてみると、結果はてんでばらばらで、そこに至って、「なんで?」という疑問が出るのだが、もともとの「客観的事実」そのものの受け止め方、つまり「主観的事実」が各個人でばらばらなので、それに対する反応や対応もばらばらになる、という、ごく単純な事実を忘れがちだ。こういったことを積み重ねると、そのうち、他の人の見方は異なる、ということを物事を考える前提にすることがだんだんできるようになるんだろう。
2011.03.30
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今日の教会での説教のテーマ、「汝の隣人を愛せ」。これは、イエスが、最も重要な、守るべき律法は何か、と問われたときに答えた、「まず、全身全霊で神を愛せよ、そしてそれと同様に汝の隣人を愛せよ。これが最も重要な律法だ。」と言ったという聖書の記述に沿ったものである。 しかし、「汝の隣人を愛せよ」というと、ごく平凡な言葉に聞こえるかもしれないが、これは難しい。この「隣人」の中に、あなたを嫌うもの、憎むもの、いわゆる「悪者」もっと言えば「敵」をも含めて考えれば、上の言葉は、「あなたを嫌っている人を愛しなさい」「あなたを憎んでいる人を愛しなさい」「あなたに悪事を働き、困らせ、悲しませている人間を愛しなさい」「あなたの敵、もしかしたらあなたの家族を殺したかもしれない敵を愛しなさい」と読み替えてみれば、その困難さがわかろうと言うものだ。人は、自分に好意を持ってくれる人や、自分を愛してくれる人を愛することは比較的たやすい。それさえも出来ていない人間もいるが、その上に、上記のような者を愛する、ということが本当に出来るか、と問われれば、私にも自信がない。 かつてアーミッシュの学校で銃の乱射事件が起き、そこの学校で何人もの幼い命が失われる、という事件があった。 その時にも、幼い子供があわてたりわめいたりせす、より幼い子供をかばって、「あの子を撃たないで。撃つなら私を撃って!」と言って、何人もの子供がこの犯人の犠牲になった。それだけでも驚異的なのに、驚くべきは、その後に開かれた追悼集会で、このアーミッシュの長老が、「この憎むべき犯人をも愛する」と言ったことだ。人として、宗教の是非が問われる現代に生きる人間として、こういった「人間としての成熟度」、その精神の強靭さには感嘆する思いだ。 話を元に戻して、「汝の隣人を愛せよ」というイエスの言葉。口で言うほど簡単ではない。それと同時に、イエス自身の、ユダヤ教、特にパリサイ派の律法学者に対する態度、あるいは、神殿の前で両替商をしていた人(もちろん、「悪い」ことをして金儲けしていた人々ではあるが)に対する態度と、この「汝の隣人を愛せよ」という言葉との間にどんな関係があるのか。それがもし、その隣人が「正しい」人なら、という制約なり条件なりが付くのだとしたら、その時点で、この言葉も時代の、そして各個人の価値判断に左右される、という、人間世界の、人間世界だけの律法、ということになるんだろう。つまりは、永遠普遍の真理、あるいは律法とはなりえない、ということになるのだが、どうだろうか。
2011.03.28
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先日、別のブログで、商売でやっている家の話を載せたら、こんな時に軽々しくて不謹慎だ、というコメントを頂戴した。私としては、これで生活をしている商売の話なので、いくら東日本大震災の影響で家をなくした人が大勢いたとしても、商売の話をすることが不謹慎だとも思わないんですが、人それぞれですね。 で、今日も土曜日なので、本業の方はお休み、ということで、副業の不動産屋稼業に出かけておりました。今度日本から来る某企業の駐在員の方のために、事前にあちらこちら家を見て回って、その家の内部をビデオで撮影し、それをこの方に日本で見ていただいて、もし気に入ったなら来る前に仮押さえをしておこう、というものです。で、出かけてビデオを撮ってきました。結論から言うと、今まで5軒ほど見てきましたが、今回の家が一番よさそうです。ということで、個人的には、この家が一押しということで、クライアントの方に連絡しておきます。 ⇒ 「リンロンの一押し」物件しかし、これぐらいの家が月14万円もしない・・・。私も家のローンをそのくらい払っているし、それ以外にメンテナンスやら税金や保険など、自宅だといろいろかかる。壊れたら修理も自前でやらなければならない。そう考えると、自宅でローンを払うよりも、こういったところを借りて住んだほうが経済合理性から言うと正しい選択なんだろうな、と思えてくる。どうせ、一生アメリカにいるわけではないし、「持ち家」ということにどれだけの価値があるのか、ということも考え直したほうがいいかもしれない。
2011.03.27
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先週、あるきっかけで、あらためて宗教とオカルトの関係について考えた。オカルトというのは、ウィキペディアでは、オカルト(occult)とは元来は「隠されたもの」という意味のラテン語に由来する表現であり、目で見たり、触れて感じたりすることのできないことである。そのような知識の探求とそれによって得られた知識体系は「オカルティズム」と呼ばれている。ただし何をもって「オカルト」とするのかについては時代や論者の立場等により見解が異なる。と書かれている。この本来の意味からすれば、宗教だけでなく、哲学や昨今はやっているスピリチュアルも当然、この中に入ってくる。しかし、最後のところで書かれているように、何をもって「オカルト」とするかについては、時代や論者の立場等により見解が異なる。一般に「そりゃオカルトだよ」とか「そんなオカルトまがいのこと」と言う使われ方をした場合は、だいたいのケース「なんの合理的根拠も科学的裏づけもなく、一部の人が『真実』だ、と主張しているだけで、ほとんど一般には支持されていないもの」という感じでしょうか。ただ、ここで、その基準に「合理的根拠」や「科学的裏づけ」が出てくるところが、いかにも現代という「時代」に特有のものであることは確かで、上に書いた「時代や論者の立場によって異なる」の「時代」に含まれるわけだ。しかし、翻って、宗教を考えたときに、例えばキリスト教の「イエス・キリストは処女マリアから生まれた」 とか「イエスは磔で死んでから、三日後によみがえった」という「奇跡」を信じるところからキリスト教徒としての信仰がスタートすることを考えると、上記の「オカルト」の定義もまた、ぴったりしていないことは明らかでしょう。つまり、仏教を信じている人やキリスト教徒に向かって、一般の日本人だったら「オカルト」にはまっている、という言い方はしないだろう、ということです。だったら、オカルトと「宗教」の違いはいったいどこにあるのか?これが先週から考えている内容ですが、今のところ、特にこれと言った違いがない。あえて言えば、その教えや教義そのものではなく、その信仰を持つ人の、現実世界への関わり方が違うのではないかとも思える。つまり仏教徒やキリスト教徒の人が普段の生活の中でとる行動・言説と、一部「オカルト」と呼ばれるグループに属する人のそれとでは、一般的な許容度が違う、ということではないか、と。しかし、それにしても「一般的な許容度」なんてものが本当にあるのか、と言われれば、はい、これです、というような形ではないでしょう。結局は「なんとなくオカルト」と「なんとなくまともな宗教」というぐらいのところでぶらぶらしているのが現実なのかもしれません。
2011.03.26
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今日は、韓国からのお客さんと、うちの会社の西海岸にいる技術者が今週来ているので、一緒に夕食をとることになった。まあ、当然仕事の話が多かったのだが、それ以外の話では、やはり皆日本の地震、特に原子炉の状況に質問が集中した。アメリカに居ると、先週までの日本の地震のニュースはだんだん影をひそめ、ここ数日は、常にリビアのニュースがトップになっている。今日、話をしたアメリカ人の方も、こちらが日本人だから、というわけでもないだろうが、日本の地震の方の状況があまり伝わらなくなっていることに不満を漏らしていた。なので、いったい今はどういう状況なのか、という話と、今後どういうことになるのか、という復旧の話や、当然、ビジネスへの影響の話などなど。その中では、やはり西海岸で地震を経験した人からその時の体験談を聴いたり私の体験談を求められたり、日本人の普段の備えなどの話に、時節柄すごく興味を持っていて、それについての見解や情報を求められたりした。先日、会社内で募金をした時にも皆協力してくれたのだが、こういった時のアメリカ人は、他国の災害についてはすごく敏感だということを改めて感じる。格段日本びいきというほどの日本通でもない彼らがこれだけ関心を持っている、ということは、やはり日本にとってもいいことなのだろう。
2011.03.25
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予想されたこととは言え、原発の状況をはじめ、地震後ほぼ2週間が経とうとしているのに、まだまだ落ち着かない日が続いています。一部には、非常にネガティブに、神経過敏のような発言がネット上に飛び交っています。しかし、誰もが悲しみに打ち沈んで、まるで黙祷の時のように、静かに、あるいは心の中だけで、依然として不明の方の無事を祈るだけが、私たちのとる態度でもないでしょう。こういった時にこそ、「笑顔」を!ということも、また「有り」だと思います。能書きはぎょうぎょうしいんですが、結局、今日の日記はこれ↓↓ です。 チャップリンの「スマイル」 なかなか「笑顔」で観られる代物ではありませんが・・・・^^;
2011.03.24
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昨日は、夜10時まで、毎週一回行っている「勉強会」でした。なんの勉強か、というと「人間について」の勉強会です。昨年の7月に参加し始めたので、かれこれ、もう8ヶ月も経ってしまいました。昨日は、ある1時間ほどのビデオを見て、その感想を話し合う、という形でした。参加者は、男性、女性とも4名で計8名。年齢は若い方で20代から上は60台までの幅があります。こういったことを週一回続けているのですが、そのたびに思うのが、同じものを見たり、聴いたりしても、その受け止め方がひとそれぞれ見事に違っているな、ということです。特に、女性の感じ方、受け止め方と、男性のそれでは、おうおうにしてかなり違います。当然、女性は女性の中で、また男性は男性の中でも、それぞれが違うのですが、それを考えても、性別でちょっとした傾向のようなものがあります。昨日は、時節柄、観たビデオの内容と、日本での災害の話がほとんどの人が結びつけて感想を言われていましたが、この日本の災害の捉え方もまた人それぞれです。中には、やはり怖くてニュースを観れない、という人も居れば、日本の家族と話したら、高齢の父親が、「がたがたしても、人間、死ぬときは死ぬだけだ」と言って、すごく落ち着いていた、という話をした人もいました。ここのブログやその他のネット上でも、日記やコミュで、その「人それぞれ」の違いが、この史上まれにみる災害の深刻さとあいまって、表面化することが多々出てきました。人間への理解、自分自身への理解を含めて、すべてが自分にとっては勉強になる日々が続いています。「転んでもただでは起きない」という言葉があります。また「災い転じて福となす」という言葉もあります。 こんな時にこそ、全てに前向きに取り組んで行きたいと思うこのごろです。
2011.03.23
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先週の日曜日は地震発生直後だったが、私自身風邪をひいて寝込んでいたので教会へは行かなかった。すると先週中にメールが回ってきて、日本人教会の牧師さんが日本、それも仙台へ支援活動に出向くと言う。で、今日の教会、ここは日本人教会、アメリカ人教会、そしてスペイン語圏むけの教会が一つ屋根の下にあるのだが、ここで、この牧師さんの日本行きの「壮行会」(?)を含めて、合同礼拝が行われた。普段は別々にやっている礼拝だが、今日の始めの45分は全員合同で。そして、その中で日本向けのカンパ(牧師さんが日本行きの際に、現地へ直接届ける)が行われた。正確にはわからないが、大して大きな教会ではないけれども、2万ドル近くの義援金が集まったのではないか、と思う。また日本人教会のメンバーにより、昨日、今日、と二日間街頭募金も行われている。今日はまだわからないが、昨日はほぼ$1000の募金が集まったそうだ。日本の復興、長期戦になることは必至だし、総額16兆円以上の復興資金が必要、ということだから、いくらあっても足らないだろうが、少しでも役にたててもらいたいものだ。それでも単なる「復興」だ。今回、世界一と言われた津波対策の防波堤はあっけなく突破され、大被害をもたらした。そういった所に対し、なお一層の地震・津波対策を講じる、となったら、こんな16兆円ではすまないだろう。人間として、自然との共生、という観点で、「利便性」や「経済性」の放棄がどこかの時点で求められるのだろう。
2011.03.21
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一昨日、AT&Tの人が家に来て、我が家も光ファーバーのインフラが整った区域になったので、ぜひ光に変更しろ、と宣伝しに来た。家では常時最低2台、多いときは4~5台のPCがネットに繋がるんで、早いに越したことはない。現状のDSLでも下りが6Mbps、上りが約0.5Mbpsということでけっして遅いわけではないが、それでも、回線状況によっては時間がかかる時がある。それに、電話線経由なんで、日本ではそんなことはないと思いますが、近くで電話の増設工事やら、何かがあると半日ぐらい接続が不安定になることがままある。光の場合は、「一応」電話ラインとは切り離された独立インフラなんで、そんなことも無くなる(あるいは少なくなる)だろうし、スピードも12Mbpsの下りと、上りも倍以上の1.2Mbpsということで、YouTubeへのアップロードも時間が半分以下に短縮される「はず」なんで、最終的には変更することにした。しかし、昨日、まずDSLの接続を切断しに一人の人が来た。これはDSL部門からのテクニッシャンだ。で、次に光ファイバーの人が来て、光の接続を始めたのだが、こちらは光の部門から。ところが、この光ファイバー、何らかの問題が生じて、接続できない、と言う。おいおい、DSLはすでに切断されているんだぜ、とすぐになんとかしてくれるよう頼んだのだが、工事の人ではどうしようもないらしく、接続は延期になってしまった。これではこまるので、DSLを再接続してくれるように、始めの人に頼んだら、昼までにはもう一度来て接続してくれる、ということになった。しかし、アメリカにお住まいの人は想像できるように、結局この人、昨日は来なくて連絡もなし。夕方になって、AT&Tの営業の人間を捕まえて、なんとかしろ、とせまったのだが、2時間ばかり連絡をとってくれたものの、再接続は今日に持ち越しに。結果、丸一日以上、インターネットの接続がない状態に置かれた。こうなってみると、仕事もほとんどネットでしている私としては手足をもがれたようなもの。ましてや、日本がこんな状態で、ネットからの情報が一番最新なので、ほとんど一日中定期的にチェックしていた中で、この無接続状態。たった、一日であるが、今更なながら、ネットに対する依存度の高さを思い知らされた。電気、ガス、水道、生活インフラはいろいろあるが、ネットは確実にこれらに次ぐ「生活インフラ」になりつつある。日本でも、被災地は当然、それ以外の地域でもこれらの生活インフラが復旧していないところがたくさんあるだろう。どれだけ不便か、想像に難くない。しかし、それと同時に、こういったインフラの恩恵を普段、まったく意識せずに受けられていた、という幸せを、今回の地震は、再度私たちに思い起こさせてくれる機会となったことも確か。日本のインフラが一日も早く復旧してくれることを祈りたい。
2011.03.19
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とうとう1995年に記録したドルー円のレートを突破して、対ドルで最高の円高になってしまいました。国の実力が評価されて、ではなく、復興用の資金が海外から還流するのを予測しての円高、というのが割り切れないところですが、それでも復興に「資金力」が必要な日本にとっては、一時的には良い傾向なのではないか、と思います。今回の東日本大地震の復興には、神戸大地震のときの10兆円を50%以上上回る16兆円以上の資金が必要だ、との試算もあります。日本の国家予算がざくっと85兆円と言われ、特別会計を含めて重複をなくしたとしても約200兆円です。この16兆円の大きさがわかるというものです。そして、今回は市場の資金流動性を確保しようと日銀がさらに10兆円以上の資金を市場に投入し、加えてコマーシャルペーパー(CP)の買取などによって、それ以上の資金を市場に提供しています。こうやって市場に出回った「日本円」が、今回の円高で「史上最高の購買力」を持つに至っているわけですから、これは日本にとってやはりいいことでしょう。今後の日本に必要な物資を海外から調達するには絶好の条件です。食料、原油、そして建築用資材などなど、海外から買い付ける必要があるものはたくさんあるでしょう。これと、輸出企業がこうむる為替損失を比べると、はるかに、この輸入の恩恵の方が大きいはずです。ただ、株価の下落などによる間接的な損害も何兆円単位にもなっているし、経済のことは誰にも正確な予測は不可能なので、確かなことは言えませんが、こと復興に関しては、追い風が吹いていると思っていいでしょう。FXなどで海外通貨で運用している人は当面塩漬けが続きそうです。もしかしたら、今回の瞬間風速76円台になった時点で、損きりラインを割って損失が確定してしまった人も居るかもしれません。そういう方や輸出企業の方には申し訳有りませんが、しばらくはこの円高が続いて復興を後押しして欲しいものです。しかし、そう思っている一方で、今回の円高に対して、公式的なニュースでは依然として悲観論というか、ネガティブな論調で終始しています。政府も「継続的な警戒」と言い、為替介入を匂わせてさえ居ます。当然、企業収益、特に輸出企業の収益には甚大な影響を与えることはわかりますが、本当に全体として見て、円高は回避すべきことなのだろうか、というのが私によくわかりませんが。もし、それでも「急激な円高」は、という条件であっても、円高は全体としてみると日本にとってよくない、と言われる方が居られたら、その理由などを説明していただけるとありがたいのですが。
2011.03.18
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ここ数日、ブログのアクセス数が異常です。普段は日記を書かないと100アクセスぐらいから、日記を書いたときで200から250アクセスぐらいはあるんですが、先日14日に、「地震で海外から賞賛される日本」を書いた日からなんと900アクセスを超えています!昨日などは、日記も書いていないのにまた900を突破・・・・。どうなっているんでしょう?ネットでは、TVを視聴できない人のために、ということで、震災関係のニュースを常時やっていて、当然コマーシャルも無いわけなんで、返って普段のTVよりもいいくらいだし、電話や携帯がダメで、やっぱりメールだ、ということになったんでしょうか。ネットのTVと言えば、普段はアメリカからは視聴出来ないように制約がかかっているものが多いのですが、この地震関連のニュースに関しては、そういった制約を取っ払ってくれていて、こちらでも問題なく見れます。こういうこともあって、この数日、ネットに張り付いている人が多いような気がします。そう言えば、学校も休校、会社も「自宅待機」なんてところも結構あるようですし、中にはガソリンを節約するために出歩かず、家でじっとしている、という人も多いらしいので、ますますネットを見ている人が多いのかもしれません。しかし、普段の4倍から5倍のアクセスはやっぱり異常。なにかしら他の原因があるんでしょうか。
2011.03.16
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地震による被害よりも、津波による被害、そして今は原発の問題が日に日に大きくなっている。放射線を浴びながらの作業は想像を絶する危険を伴い、一度の作業できる時間は10分とか15分に限られている作業もあるようだ。身を挺して、この作業に当たった方はその後病院に搬送された。しかし、だれかがやらなくてはならない。そんな時、昨年の日本のショーで見たロボットが頭に浮かんできた。今の日本は、このロボット工学では官・民とも世界最高水準にある。飛んだりはねたり、バイオリンを弾いたり、しゃべったり、それはそれでデモンストレーションとしてはいいんだろうが、こんな時にこそ何とか活用できないものか・・・だいたいのケース、ロボットのそばに操作をする人が居ないとだめなのだろうが、その辺はリモートコントロールの技術だから大した難しさはないはず。人間が命を賭してやらなければならないような危険な作業をこそ、こういったロボットにやらせることは出来ないのだろうか?たぶん、ロボットの開発をしているところは同じような発想を持っているに違いない。すでに実験を進めているところもある、と信じたい。ここでロボットを活用して、原子炉の安全を確保できたら、それはまた日本として世界に誇れる技術実績になるに違いない。
2011.03.15
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日が経つにつれ被災地の状況がますます明らかになり、被害状況は深刻度を増しているようです。海外、ここアメリカでも、連日日本の「過去最大規模」の地震のニュースは報道されており、多くの人から心配の声をかけていただき、教会ではこぞってお祈りしてくれています。そんな中、日本でも報道されているように、海外のマスコミの、この地震を通して見た日本の危機対応に賞賛の声が多く上がっています。内容的には、1.過去の地震の経験を生かした危機管理体制2.地震多発国ならではの、高層建築などの建築技術3.救済措置などの迅速性などが当然含まれて居ますが、中でも多いのが、4.日本国民の民度の高さに対する賞賛です。 過去、ロスアンジェルスにしろ、ニューオーリンズにしろ、地震やハリケーンで打撃を受けた大都市というのは、アメリカでは、略奪や盗難などが横行し、下手をすると命の危険まで考えられるような人災にまで発展しました。アメリカでなくとも、たとえば被災地に救援用も物資が届けられても、政府や役人が横領したり、配布現場で争奪戦が始まる、という国も珍しくありません。こういった点で、日本の国民の、今回の地震に対する対応は、賞賛を通り越して、ほとんど「驚異」とも言われています。中には、今後の余震警報を聴いてでしょうが、食料や日用品を買い占める動きが日本の各地にあるようですが、これは「生活防衛」という名の下で、ある程度は正当化されるでしょう。しかし、まだまだどんな被害状況か最終的な発表を見ないとわかりませんが、そんな中でも日本の国民の冷静で、相互扶助的な対応は、海外の賞賛を浴びるまでもなく、同じ日本人として、本当に誇りに思います。政治の混乱や経済でいろいろ言われる今日この頃ですが、「やっぱり日本はすごい!!」というのが偽らざる感想です。そう言えば、地震の直前まで、ニュースの一面を飾っていた「携帯電話によるカンニング」問題はどうなったのかな?
2011.03.14
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日本は大変な状況で、こんなとき不謹慎かもしれませんが、明日の日曜日は娘のコンサートで不在のため、今日しかない、と10週目の「57歳からのピアノ 10週目」をビデオに撮りました。と言っても、前回のアメージング・グレース(ピアノ&ギター)から5日間しか経っていないので、そんなに上達しているハズもなく、それでも、前回のビデオで無茶苦茶だったリズムに気をつけて弾いてみました。同じアメージング・グレースだけでは物足りないので、同時に練習しているドナドナと、先日から一向にうまく弾けない「ケンタッキーの我が家」もアップデートしています。こちらです ⇒ 「57歳からのピアノ 10週目」 しかし、なぜだか、午後になってからのどが痛くなり、頭も痛い、関節が痛い、と、まさに風邪のような症状・・・・ピアノ弾いたあとで良かった・・・・(笑)
2011.03.13
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時々考え、その都度、なんとなく分かったような気になるが、少し経つとまたわからなくなることがよくある。これは歳のせいか?と思えないこともないが、本当には分かっていない、というのがその理由だろう。そんな疑問のひとつに、「神様は自動販売機じゃない」という言葉と「求めよ、さらば与えられん」という言葉の関係。苦しいときの「神頼み」とはよく言ったもので、全然信仰心も無い人でさえ、なにか窮地にはまったり、自分の力でもどうしようもない状況になった時に、言葉に出すか出さないかは別にして、「神さま、助けて!」とか「なんとかして!」みたいなことを願ってしまう経験は誰にでもあるだろう。で、聖書にあるように「求めよ、さらば与えられん」だったら、こういった「願い」は実現するのか、と言えば、誰もが経験するように、「そんなことはない」というのが常識だろう。もし、願い事をする⇒かなう というのが本当だったら、願い事がかなうためになんだってする人は出てくるだろう。そして「これだけやったんだから」と言って、神様がそれをかなえてあげなかったら、その人はどうするか? 怒る? 神様に?もし怒るとしたら、それは「約束が違う!」とか「これだけやったんだからかなえてくれる義務(!)がある!!」とか、言うんだろうか?しかし、「何かをする⇒願いがかなう」 が本当だったら、それは「お金を入れる⇒商品が出る」という自動販売機と同じじゃないか?これは、例えば占いやなにかで「この壷を買って飾ったら」でも「この印鑑を使ったら」でも、同じ。そんな神様を自動販売機と考えるようなこと自体、不謹慎でもあり、不敬でもあり、なによりも馬鹿げている、と思わないのだろうか?で、そうすると、よくスピリチュアル系の本や成功法則の本にある「強く願えば実現する」だの、あるいは聖書の上記の言葉「求めよ、さらば与えられん」はどうなるのか?これは神様自動販売機論と何が違うのか? ・ ・ ・ ・ ・ ・これは思うに、信念の問題、そして、神(神と言って悪ければ、この世界の法則)への信頼の問題、そして本来の意味での「他力本願」つまり、完全に委ねる、ということ、そして結果への無執着、といったものが絡んでくるのだろう。ここへ来て、「信仰心」とか「スピリチュアル」の真髄が現れてくる。
2011.03.11
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普段はあまり仕事のことを書かないので、リンロンはいったい何をやっているのか、と思う人が居るかもしれないので、ちょっとだけ仕事のことを・・・ 副業に不動産エージェントをやっていることは時々書いているので、今日は本業の話。今現在のメインの仕事はソフトウェア開発・販売の会社の営業。もと技術畑の私にとっては、営業という職種はこの会社に入って初めてだ。しかし、担当地域がアジア全域ということで、日本はもちろん日本語だが、その他の国は、英語でやり取りする。だいたいが、インドやシンガポールを除いて、先方もあまり英語が得意じゃないので、電話で話すことは滅多に無く、ほとんどがメールでのやり取りになる。なので、会話が苦手なリンロンとしても、メールが読めて書ければ大半の仕事はこなせることになる。メールの良い点は、時間も場所も拘束されないので、家に居ようと会社に居ようと、あるいはアメリカに居ようと日本に居ようと、あまり関係なく仕事が出来る、という、ある意味ではすごくフレキシブルでもあり、ある意味では、年がら年中仕事をしているような気分になる、ということでもある。で、その合間に、こんなブログなどにちょこちょこと書き込んでいるわけだが(笑)、営業は販売成績が命なので、それさえきちんとしていれば誰も文句を言わない。肝心の営業成績だが、昨年は入社以来、最高の売り上げを記録し、一昨年の倍以上の販売を達成した。これでも仕事をしているのだ!で、今年は、なんと、昨年以上に好調で、もしかすると、3月までの第一四半期で、昨年の販売の50%以上を達成するかもしれない、という勢い。今週から来週にかけて、おそらく千万円以上の受注が入るはずなので、そうなると、もうあとは遊んでいようか、というぐらいの進捗だ。まあ、最後にこけることもあるので、気を引き締めないといけないが、この勢いで行くと今年は昨年の販売記録を更新しそうである。自分としても、なかなかブログを覗くことが出来ないぐらい忙しくなって欲しいのだが、まだそこまでは行っていない。と言うより、それほど忙しくならないで、販売が伸びるのがベストなんだろうな。 さて、では仕事に戻りますか・・・・ ← 仕事場の入り口です
2011.03.10
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ピアノである曲を弾いていて、うん、これにギターで伴奏をつけよう!と思い立った。しかし、多重録音するような機材がないし、第一カセットレコーダーのような録音機器もないときているので、さてどうやったものか、と考えた。いっそ一度ピアノを弾いたのを録画して、それにギターを合わせればなんとかなるんじゃないか、と思ってやってみたのがこれ↓ ⇒ 「アメージング・グレース」やってみて分かったのは、確かにこれを聞かされる身になってみると気分が悪くなる人が居てもおかしくない、ということ・・・^^;なぜって、リズムが全然一定じゃない。早くなったり遅くなったり・・・ピアノを弾いているときは自分としては気持ち良く弾いているんだが、いざギターで伴奏をつけようとしたら、アララ~・・・、ちょっと遅いよ、あれ、走りすぎだよ、という連続・・・きちんとしたリズム感を持っている人が聴いたらいやになるんだろうなあ、と。かみさんが文句を言う気持ちもわからないでもない^^;もう一つ分かったことは、この録画は手順が逆だ、ということ。ギターというのはメロディーも弾くが、伴奏のときはパーカッション、つまりリズム楽器だ。それを後からつけようとしたことが、そもそも間違っている。これはまずギターで伴奏を録音して、その上にピアノを載せるべきだった、と反省。しかし、そうなると、出だしはどうやって合わせたらいいか、ギターでちょっと前奏でも入れるしかないのかな?それとも、カシオのキーボードでパーカッションを鳴らして、それにあわせる方がいいのかな?あと、もう一つの不満は、ピアノ譜にコードが付いていないので、適当にコードを探してやったのだが、曲には合っていそうなのに、ピアノとは合っていない箇所がある。このビデオを見ながらもっとぴったりするコードを探す必要もあるなあ。いずれにしても、これは撮りなおし必須。リズム感がいい人は聴かないほうがいいですよ(笑)気分が悪くなっても責任は持ちませんので悪しからず・・・・・
2011.03.09
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恒例の「日曜日のメモ書き」。昨日はなにかと忙しく、書き込む(というより、まとめる)ヒマがなく、ここで書き込んでおきます。 よく、「失われたアーク」とか「ダヴィンチコード」だとか、キリスト教や他の宗教のいわゆる「秘宝」や「秘蹟」などを題材にした映画は多い。映画でなく、小説などでも、例えば「空海」の三種の密教神器だとか、その「密教の秘宝」だとか、そういったものを話題にしたものも多い。そう言えば、手塚治の「火の鳥」も、その生き血を飲むと「永遠の生命」が得られる、という「火の鳥」を題材にしたものだ。宗教の秘宝やらキリストの秘蹟、聖骸など、だいたい、「それを手に入れたものは世界を手中に収められるという・・・」とか「それを手に入れたものは、世界を制覇する力を得る」とか「永遠の生命を得られる」など、子供でも信じないような「功徳」「効力」を持つ、というのが話のネタだ。それを相争って、人が人を殺し、派手なアクションが展開するのが常で、頭のよさそうな連中が寄ってたかって、この「追跡劇」を演じるのだが、ちょっと考えれば、「そんなもの放っておいたら」とは誰も考えないだろうか、と私など思ってしまう。つまり、それを追い掛け回す、というのは、その功徳やら効力を信じていて、それが「悪い奴」の手に渡ったら大事だ、というのだから。本当に「信仰」を持ち、「宗教」を知っているものには全く縁のない話なのだが、まあ、話の題材としては格好なのだろう。なんでこんな話を書いたかと言うと、またいつものように日曜日の教会学校で、「なぜキリストの聖骸布(死んだキリストを包んだ布)などを信仰する、あるいはありがたがる、と言った、「誤った」信仰に、教会ですらずれてしまうことがあるのか、考えてみましょう」という言葉があったからだ。で、回答はなし。(笑)ここでの「聖書勉強会」、いつも「話し合った見ましょう」「考えてみましょう」と言うところで終わり、その回答は書かれていない。良心的、というべきだろう。(少なくとも、答えを押し付けるよりもよっぽどましだ、という意味で)
2011.03.08
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よく、「あの人は天才だ」とか言うことがあるが、普通はあることに人並み以上に優れている状態を指して言う場合がほとんどだろう。実際、私は身近にこの人はすごいなあ、と思わせられる人はたくさん見てきたけれども、ほとんどは、「普通」の範囲での「すごい」というレベルで、本当の意味で「天才」というのは会った事がないような気がする。 先週の土曜日、娘のコンサートで、はるばる450kmも離れたサバンナまで日帰りして来ました。片道4時間以上もぶっ通しの運転で疲れたけれども、行った甲斐があった、と思われる演奏でした。 コンサートのさわり⇒ 「2011年 ジョージア州 全州選抜オーケストラ」何曲も演奏したのですが、よく2日間の練習でここまでできるなあ、というのが第一印象。さすがに全州選抜メンバーなんで、弾けるのは当たり前、どう弾くか、にだけ練習時間を当てられるのでしょう。で天才の話に戻ると、ここで何がすごかったか、と言うと、この時演奏されたピアノ協奏曲で、ピアノを演奏している少年、たった15歳。娘と同じ高校に通い、その高校のオーケストラで普段は娘の隣りでバイオリンを弾いている子なんですが、今回はピアノで全州代表に選ばれて、この協奏曲を演奏することに。バイオリンのうでも娘と同等で全州選抜レベルなんですが、ピアノの方はもっとうまい。でも、この少年のすごいところは、この音楽(だけ)じゃない。この少年、先ごろ行われた大学入学のためのSATで、2400点満点を出し、高校一年生(15歳)でもう全米数十万居る大学受験生の中でもTOPになっており、しかも、数学でも全州代表に選ばれていて、数学オリンピックの米国代表候補でもある。まだ高校一年なのだが、すでに大学の数学の授業を並行して受けているし、才能がある生徒に奨学金を出す大企業の奨学金制度から、相当な学資を支給されている逸材。本人は、アインシュタインとリストが好き、というが、一見どこにでもいるような男の子。そして、本人曰く、数学の問題を解くのも、音楽をやるのも楽しくて仕方がないそうだ。この演奏も、たった数回の音あわせしかやっていないのだろうけれど、15歳の少年とは思えない、どうどうたる演奏。この子はまだ、数学や物理の道をゆくか、音楽の道をゆくか決めかねているという。しかし、どちらに進むにしても、輝かしい未来が待っているんだろう。アインシュタインも生涯、バイオリンの演奏を愛したという。この子も、数学か物理をやりながら音楽を楽しむ、というのがその才能を生かす道のような気もするが、それは本人が決めること。いずれにしても将来が楽しみな「天才少年」である。娘も、だいたい人の演奏にはけちをつけるのが常だが、この子の演奏には脱帽らしい。そんな奴と普段から身近で演奏できる、というのは考えてみれば娘も恵まれていると思う。
2011.03.08
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今日、早朝から、娘はジョージア州の東海岸(大西洋側)にあるサバンナという街に向かって出発した。中学生のときからほぼ毎年このジョージア州の州代表オーケストラにバイオリンで参加しているので、もうすでに4回目か・・州代表と言っても、中学生の部、高校1・2年の部、高校3・4年の部、とあって、娘は中学3年のときに中学生の部、そして高校1年、2年のときに、高校1・2年の部、そして今、高校3年生になって、高校3・4年の部での参加である。今年は何を間違ったのか、高校3・4年の部のバイオリンでセカンドチェアでの参加である。どう見ても、娘よりも上手な子はたくさん居るような気がするのだが、たまたまオーディションの時にうまく弾けたに違いない^^; ということは度胸がいいのかな?(笑)しかし、相変わらず練習しない。このコンサートに対しても、つい先週まで何も練習せず、この間の週末から、「もう一週間しかないじゃない!少しは練習しなさい!!」という妻の叱咤激励(というよりも、お説教かな?)が有って、初めて少しずつ練習を始めた、という具合だ。娘にすれば、オーディションに受かってしまって、このコンサートに参加が確定してしまったのだから、もう練習しなくても・・・ということらしいが、そうもいかないだろう。だいたい参加メンバーが毎年だんだん固定してきて、高校は違うものの皆仲良しになっていて、こんどのサバンナ行きも傍目には遠足に行くような雰囲気で、気をつけていないと、肝心のバイオリンを忘れるんじゃないか、と心配になる有様。(これは、前科がたくさんあって、アトランタシンフォニーのユースに参加するときも、時々バイオリンを忘れる・・・・・。何をしに行くのか考えていないようだ。笑)ともあれ、今日現地入りして明日、明後日の午前中練習し、土曜日の午後にコンサートだ。昨年も聴きに行ったのだが、今年も妻と二人で娘を迎えがてら、このコンサートを聴いてこようと思う。
2011.03.04
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日本で言えば、「半額セール」とでも言うのでしょうか。ここアメリカでは、広告の釣り文句は「Buy one Get one Free!!]です。つまり、一つ買えば一つはただ、ということで、一見半額セールと同じように思えますが、やはり違います。買うほうかすると、必要なものが半額で手に入るのと、必要もないものがもう一つ余分に来る、ということを考えると、「半額セール」の方がいいに決まっています。ということは、お店の側からすると、この「Buy one Get one Free」というのは半額セールよりも有利なんでしょう。しかし、このBuy one Get one Free!、普通は例えばお菓子とかファストフードとか、衣料品とか、靴といった、まあ低額のものの宣伝に使われる。ところが今日来た不動産の広告にも、このBuy one Get one Free!の文字が!!なんでも、ローン破産した物件を銀行が所有しているのだが、そういった物件の処分セールのようだ。例えば、1)北ジョージアのマウンテンビューの区画 $9900から (元の売値は$89900、つまり元900万円ちょっとだったものが80万円!)2)2400坪以上の広大なマウンテンビューの区画 $19900ポッキリそして3)4000坪以上の、小川が流れる区画 Buy one Get One Fee!で$14900!(約120万円で8000坪@@)という、もう世も末のような価格(笑)さらに!4)4000坪以上の敷地に、120平米のログハウス付きでなんと$39900(約350万円)なんてのもある。この森林地帯、そんな辺鄙なところにあるわけではない。アトランタから車で1時間から1時間半、国立公園があり、季節にはますの渓流釣りや鹿の猟ができたり、トレッキングコースもいたるところにある。そして、やはり近くの町までは車で2,30分ということと、アトランタに近いので一頃は別荘地として人気だったところだ。それが今やこんな値段。アメリカの不動産不況はまだまだ続きそうだ・・・・
2011.03.03
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今日、病気療養中だったスティーブン・ジョブスが、サンフランシスコで開かれていたアップルのイベントに登場した。もちろん、目玉は「iPad 2」のお披露目だ。初代iPadが衝撃のデビューをしてから1年、Appleが満を持して投入する後継機だ。1年で後継機というのも、ものすごく早いが、あれだけ初代が売れれば、他社が追いつく前に次の手をすぐさまに打つ、という、Appleならではの速攻だ。目玉は、「格段に向上したグラフィック性能」なんでも、CPUの処理速度は初代の倍、グラフィック性能は9倍という驚異的な進歩だ。また、初代が出たときから言われていた前面のカメラ。普通のPCと同様に、前面につけることでビデオ・チャットが可能になった。もちろん、裏面にもカメラがあり、つまりはデュアルカメラ仕様だ。またアップル一流の「デザイン性」。厚さがさらに薄くなって、8.8mmという、なんとiPhone 4Gよりも薄い! これで、耐久性、強度は大丈夫なのかな、と心配になるほどだ。MACのPCは皆結構薄い。でも卓上で主に使うPCと、このタブレットのiPadでは使い方が違う。フル充電での駆動時間が10時間もあるので、ほぼポータブルで使用するのが普通だろうから、もちろんその辺は気を配っているだろうとは思うが。あとは、要望が高かった「白」のモデルも登場し、ビジネスライクなデザインから、より一般的な個人ユーザーの好みが反映されているし、HDMIケーブルのオプションも用意され、1080pの高精細度画面が見られるし、これは充電器も兼ねているのでTVに接続してビデオを見ながら充電もできる。とにかく、アップルというのは、昔から商品作りが圧倒的にうまい。今や、一企業として、株価の時価総額があのマイクロソフトを抜いて世界一だが、これもあのスティーブン・ジョブスの存在あってのものだ。ビルゲイツ、このスティーブン・ジョブス、Googleの創業者のラリーページやサージ、そして近いところでは映画にもなったFacebookのマーク・ズッカーバーグなど、皆、大学に在学中や同じような年齢で事業を立ち上げ、ここまで来ている。ビルゲイツはハーバード中退だが、皆ハーバードやスタンフォードなどの大学でコンピュータ・サイエンスを学び、在学中に起業、ほんの数年で驚異的な成長をしている。アップルの創業が、彼のガレージで始まったことは有名だが、初代のアップル・コンピュータも先進性では郡を抜いていた。こういった人たちを見ると、アメリカのふところの深さを感じる。底力、と言ってもいいのかもしれない。さて、このiPad 2、アメリカで3月11日発売、その他の国は26カ国で25日以降になるようだが、どんなことになるんだろう?
2011.03.02
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とうとう、ピアノを始めて2ヶ月も経ってしまいました。うち、何日かはピアノに触りさえしなかったものの、それ以外はほぼ毎日、10分から1時間ぐらい、続けてではないが、ひまを見つけてはちょこちょこと練習してきた。その成果がこれ ⇒ 「57歳からのピアノ - 2ヶ月目」 確かに、第一週目のビデオを見れば上達しているとは言えるだろうが、自分的にはまだるっこしいくらい上手くならない。子供と比べたら、やはり上達速度は相当に遅いんだろうな、と思う。大人だから、頭を使って、と思っていたが、実際に弾いてみると、頭を使っているうちはちゃんと弾けない、ということが分かってきた。暗譜はもちろんだが、手が覚えてくれないとやはり、楽譜を見ていても、手が目に追いつかない・・・^^; (これは老眼のせいか?)やっぱり頭の回転の速さと、もの覚えの速さ、それに体が覚える速さ、すべてにわたって子供の方が勝っているんだろう。でも、それでもいい。ゆっくりとでも、半年後、一年後を目指し、どんな曲が弾けるようになっているか、自分で楽しみにして続けて行きたいものだ。
2011.03.02
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今日、アメリカのコンシューマー・レポート誌による2011年のジャンル別ベストカーが発表された。⇒ 「2011年 ジャンル別ベストカー」 コンシューマー・レポートは、消費者側の視点でさまざまな商品の評価を行い、その評価結果はおおくの消費者に多大な影響を与えている。今年の結果は以下のとおり。スモールカー部門 現代エラントラ(韓国)低予算部門 ホンダ フィット (日本)ファミリーセダン部門 日産 アルティマ (日本)スモールSUV部門 トヨタ RAV4 (日本)ファミリーSUV部門 起亜 ソレント(韓国)スポーツセダン部門 インフィニティー G37 (日本・日産)グリーンカー部門 トヨタ プリウス (日本)スポーツカー部門 フォード マスタング (米国)ワンボックスカー部門 トヨタ シエナ (日本)トラック部門 シボレー アバランチェ (米国)ということで、10部門中、6部門で日本車が入った。トヨタは昨年リコール問題で相当に叩かれ販売も低迷したが、やはり3車種が選ばれた唯一のメーカーであり、ついで、日産がインフィニティーを含めて2車種、ホンダがフィットのみ、と言う結果。今までは日本車の独壇場だったコンパクトカー部門で、韓国の現代自動車が入り、ファミリーSUV部門で起亜自動車が入っているが、起亜自動車は現代自動車の傘下なので、実質的には現代自動車も2車種入っていることに、最近の米国の車市場の動向を現している。また、トヨタプリウスは、8年連続でグリーンカー部門でTOPに立っており、各社から相次いでハイブリッド車や、ヨーロッパからはディーゼルエンジン車の環境車が出ている中でも、依然として圧倒的な評価を得ている。まあ、総合評価での順位なので、当然個々人の好みや優先度によって選択は変わってくるものの、こういった消費者レポートの評価で好成績をあげることは、確実に販売に影響する。その意味で言うと、不況をいまだに脱し切れていない日本には朗報だろう。
2011.03.01
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