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平成20年12月31日(水)08104 金光教荻窪教会 教会長 1、越年祭(えつねんさい) それは祈りの込められた神様の館である教会で、改めてわが心の中の神様の部屋に入り、自分自身の一年をじっと振り返る時である。わが家を掃除するばかりでなく。わが心の神様の部屋をお掃除し、家族がお互いをかけがえのない大切ないのちとして、祈り合う仲で迎えるひとときである。 お祭りは天地金乃神様に今年1年と特に7月1日からの下半期に受けた数々のおかげに感謝し、数々のご無礼、お粗末をお詫びし、祓い浄めさせて頂き、心新たにして、翌年が無事迎えられるように祈願させて頂くものです。祭典の前半にお祓いをしています。またこの祭典には上半期感謝祭と同様に祓ッ物をお供えします。神様への御礼・お詫び・お願いを半紙数十枚に託し、御献備に家族の名前・年齢を記して添えます。その際、麻紐若しくは水引で前を結びます。これを「祓ッ物」としてお供えします。2、先代仲井昭夫教会長の言葉・知識はいくらでも学べるが、大事なことは、「楽しく生きる知恵をもつこと。いくら貧乏しても心の持ちようで楽しい人生が送れる、今一番大切なのは、次の世代を担っていく子供達に楽しく生きる知恵を与えていくこと」である。・おはよう、こんにちは、さようなら、いってきます、ただいま。どういたしまして、頂きます、おやすみなさい、そこから思いやりが生まれます。・自律の習慣を身につける。心変れば態度行動習慣人格運命人生が変る・楽しい心を満たして安らぐ・情報が氾濫して何を信じてよいかわかりにくい。信心するものはうろうろしない、絶望することがない、困らない時代が変革されようと不動の心を持つこと。・悠々としていなくてはならない・精神的に苦しいと思うこと人間の機能を活発にする活力を与え淘汰する。(淘汰=よいものをとって悪いものを捨てる)・情緒に流れず注意して実体を見きわめ、言葉の意味を慎重に吟味し、しっかり考える習慣を身につけること・話がうまいと聞きほれるが、何度も聞くと聞き飽きる。真の徳を頂いた話は何度も聞きたくなるものである。・飽食の時代を云われ久しい今日、悪心を持つものは必ず後で天地のおさえがある。・苦労に取れないよき心を子は持っている。我れ育て心の鏡に写るもの。子供が生まれ初めて親となる1年生、育てねばならぬ育たねばならぬ子も親も。・学問を知り理屈を言う者は、お上へ使いなさる。神様はな、あほうでも実意丁寧の者をお使いなさる。実意丁寧があれば神様より何時でも教えを頂ける。・全体を見渡した上で信念をもって的確な判断をする・気持ちをおおらかな、それでいて感性が鋭く細かい気配りでる者に成ること。・酒は勧めざるを以て歓びとなす。春風に吹かれつつ酒を勧める。・ほどほどにもつ、よき趣味は日常生活の豊かならすむ。・道楽と趣味のけじめの限界は、いづこなりやと思ふも、よき趣味をもてり、我はと思ひつつ道楽としもなれる気付かぬ。 生活によき、うるほひをもたらす趣味いささかも思ひつつしむ。 愛用の茶碗に抹茶たててのむ この喜びの勿体なきかも わが見る目よろこばしくるる古唐津のカラ写真の奥麗茶碗。 欠点弱点さらけ出せるは妻ほかなしと言えるをうべなふ我は。・体験によってえあられる知識。年輪を加えることでしか蓄積できない知識、それは世代の違うもの同士が生きていく上の大切なことだ・人間(自分)の力にあまる処をお願いせよ・食べ物は体を取り立てるもの、ご信心は心を取り立てるもの 心は人間の芯になるもの智慧は芯にあらず・流れ流れて おちゆく先は北はシベリア南はジャワよ、いづこの街を墓場と定め、氷る原野は果てしなく北は嫩江チチハルに、西は遼西錦州にわが戦列の美しさ。・この世の中には、人間の力におよばない働きがあると云うことを自覚または裁きというもある。・耐力「たえしのぶ」心を鍛える事。
2008.12.31
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広大なお蔭と言うがお蔭は氏子めいめいの真に映る影のことぞ神様には大きな真を向けてみよ大きなお蔭が身にいただけるぞ影は形に添うと決まったものじゃ
2008.12.31
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欲望をたくましくすることが最大の罪悪である。そして満足を知らないのが最大の災禍である。モノをむさぼり続けるのが最もいたましい罪過である。だから満足を知るというその満足こそ、永遠に変わらない真の満足なのだ。(老子)足を知る人とは心が許し合えるから、そうかそうでないかはすぐにわかるのである。満足を知る余裕のある人は、包容力が感じられ、わけもなくうちとけられる。心を預けて安心な気持ちがその慈愛ある態度となる。
2008.12.30
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信心は家内に不和が無きが元なり父母も子供も共に生まれたり育たねばならない子も父母も
2008.12.30
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あなたは、自分の志が大きいとしておごりたかぶり、放蕩に明け暮れて過ごしており、悪が隙をうかがっているのを知らない。年老いてから初めて悔やんでももうおそいよ。あなたのことを心配して夜通し涙流し、服の袖を濡らしたことだった。肝心な時を逃さず、耳の痛いことを言って忠告してくれる人は掛け替えのない人である。それに気づかない人は役に立たなくなったと思われたとき、誰からも顧みられなくなる。しかしそれでも言うべきは、はっきり言い、甘えさせるのではなく、窮状に則して的確に温かく救いの手を差し伸べることが肝要である。それを気がつかず、受けられない人は残念である。
2008.12.29
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知らない事は恥ではない不自由である人には、して良い事 悪い事がある言うて良い事 悪い事がある悪い事をしていながら居直る人もいる幼児の段階から善悪が身につくと言う
2008.12.29
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子孫のためといって、途方もない資金と能力を使うなら、今この瞬間に餓死している子のために使うべきである。これではまるで100年先の宿題をするために、明日出す宿題をさぼっているのと同じである。今の金融危機だって先に破産するのがわかっているのに、最初だけ低金利で貸すような仕掛けを創り、債券は売りさばき逃げきる予定であった。身の丈にあった生活を、更にかがんで生活しなければならない。
2008.12.28
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人は苦労にきたえられて深み出る人と苦労にねじふせられて曲がってしまう人がある物が豊かになる程ものを粗末にする人が多い
2008.12.28
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病気・災難・問題ごとを、事前に用心しろと注意するとありがたいとも思わずに気ままなことをするが、その間に病気・災難・問題が起こって、助けてくるヒトがいると、かえって助けてくれたヒトの方をありがたがる。本当の親切は、どちらだと思うのか?~なにも起こらないことが一番の幸せではないのか。先にわかっているのに破滅の道を選ぶのは、いくら苦労しても報われないのと同じである。わざわざ選ぶ道を取り違えている。
2008.12.27
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内に改まり 正しければ外に現われる事正しい自分の徳が神と同根なり人の上に立つ人は絶えざる批判に晒されそこからよくなる
2008.12.27
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どんなに優れているという経済システムでも、経営手法でも、時間の経過や環境の変化に対応できなければすぐに色褪せてしまう。完璧なシステムであればあるほど、完成とともに陳腐化が始まる。とくに市場や技術などの特殊性や集中度が高いほど、ライフサイクルは短くなる。カネで買えないものはないていう風潮や、儲けるためなら何をやってもよいと勘違いしているモラルハザードな人々ばかりが社会を動かしているわけではない。しかし今株主利益優先主義な経営は破綻、短期的な利益ばかり追いかけ、長期的な責任は負わない。長期的持続的な発展を目指さない、誰も責任を負わない勝ち逃げをめざすような社会が破綻した。自らの立ち位置を明確にし(責任と権限の明確化)、目指す目標を長期にもつ夢に向かってベクトルをあわせていくことが必要である。
2008.12.26
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お道の御用に大・小 重い・軽いの区別はありませんいずれも大切な御用ですお役に立つとか立たぬとか向うにばかり 目をやらず御用を通して自分がどうして助からして頂くか 手元を見て行くことが大切である
2008.12.26
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1、立ち聞きする心で、信じる心をもつ。2、自分の身と心に克つこと。3、言いたいことは明日言えというけど、明日も明後日も一生涯言わないこと。4、堪忍辛抱ではく、自分のいたらなさを悟ること。5、一心に願い、自分の『心の曇り』を払うこと。6、自分を自身が責めないで、明日の幸福が来ることを楽しみに願うこと。7、自分の心で自分を助けて、明日の楽しみを待つ気持ちを忘れないこと。8、信じる心に笑い顔をみせること。9、悪しき習慣を変えて、家族にそのよいくせをみせること10、苦労した人に同情をし、自分の労をいとわないこと11、自分の心身に仇するものを探すことを習慣にする。12、目先の欲得だけ好むようでは、よい結果はえられない。迎え目で迷わないようにすること。
2008.12.25
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お道の御用に大・小 重い・軽いの区別はありませんいずれも大切な御用ですお役に立つとか立たぬとか向うにばかり 目をやらず御用を通して自分がどうして助からして頂くか 手元を見て行くことが大切である
2008.12.25
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平成20年12月23日(火祝)08103 金光教荻窪教会 教会長 1、生き死には病気じゃない 根本は、もともと人間に備わっている性質です。認めていないのは人間の意識だけです。 都市は死を見ないですむようにつくりあげた。変化を考えないように考え出した。既に現代人は死なないと思っている。 昔から当時の大都市江戸では、『江戸の人間は旅宿人』だといわれていて、自分によって立つ基盤がない。土地に根を下ろしていない。だから不安でもある。 不安を取り除くには身体のないような生き方を少しやめてみることです。 今、国は何でもあるけど希望がない。ものごとには確実と不確実なもの両方が存在する。 どちらをとってもかまわないが、末の安心をとることである。2、自然 何かをいつまでも貫こうとするとうまくいかない。 世の中はそんなに一辺倒のはずがない。みんなが全て一枚岩になるようなことはありえない。 柔軟な考え方や発想がもてずにいるのは、不自由だ。 『どんなに高い玉座の上に座っていても、座っているのは自分の尻の上だ』(モンテーニュ) イデオロギーというのは高い玉座なんだけど、その上に座っているお前は、自分の尻の上にいるんだ。 自然は中立だから、正しいもなにもない。自然の中にいると、不幸な出来事に対しても『仕方がないな』と思うようになる。 都会では、仕方がないなどと言うことはいえない。誰だかこんなことをしたのが悪い。相手が悪い。自然を破壊し、厳しい自然(砂漠化など)を作り出して、いろいろな争いごとを起こしている。誰かを悪者にして。 これでは続かない。 他人のせいにする発想ではなりたたない。人間は人間としてどうしていくかを決めていくべきで、神様(他人)がいうからたんに盲追するべきではない。 完全に正しいなんてことはないし、完全に間違っていることはない。しかし意図して貶めようとしたり、思いやりない自分だけが正しいなんてことはない。おかしいことはおかしい。正気を保つことが必要だ。自然にあるがままに、己を知ることが大事なことなわけです。3、不安がない 時代はどんどん変化していくが、そこから逃れたいとしても、万物は流転し、どんどん入れ替わり、諸行無常(自分はしょっちゅう変わる)である。 不安がないということは、ないものねだりです。 不安は最初から作りつけられている性質で、人間が持っているものです。対象ができると、『恐怖』と呼ぶ。 不安という性質は、人間にとってなくては困るものだからある。しかし人間はだから安心を求めて用心したり、確認したりする。 だが、不安な気持ち、それは人間の性質の一部であっても人生全体を左右するものではない。 根本にあるのは、やはりどんどん変わっていくものとしての人生を受け入れることにあります。 信心は末の安心を願い今を実現していくことにあるのです。4、先のことをたずねる 人が変われば、世界の見え方が違ってしまう。 余命宣告を受けた患者さんが、それを納得したとき、今までの世界が違って見えます。 世界が違って見えると言うことは、見る方の自分が違ってしまったということです。 変わる前の自分は、自分に変化が起こった後の世界のことを考えることができない、ということに、どうしてヒトは思い当たらないのだろう。 思い当たれば『その先はどうなるんですか』といった、よくある質問は意味がないことが分かる。 先のことは、変わってしまった後の自分しかわからないことだからです。
2008.12.24
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親祖先を大切に致せ根を断ちて枝葉の栄えた例しはあるまいぞ信心する人は木の切り株に腰をおろして休んでも立つ時には礼をいう心持ちになれよ
2008.12.24
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変えることのできるものと変えることのできないものとを、識別する判断力を。変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を。変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの寛容さを。世の中には、変えたいと思ってもなかなか変えられないものがある。逆に変えたくなくても気にしていないとドンドン変わってしまうことがある。何を許容し、何を貫くかで人生が決まる。
2008.12.23
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迷いは欲からおこる欲をはなすと決断がつく役に立つ時は人が大切にする役に立たなくなると人が相手にしなくなる
2008.12.23
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金光達太郎先生 ご帰幽平成20年12月22日(月) 14時29分肺炎のためご帰幽されました。 (享年82才)葬儀日程につきましては、以下の通り執り行われます:喪主 金光 道弘 氏終 祭 12月23日(火) 17:00~告別式 12月24日(水) 13:30~14:30場 所 昭和セレモニー松戸儀式殿 (21世紀の森と広場に面しています) 千葉県松戸市千駄堀620-1 TEL 047-383-4444交 通 JR常磐線「松戸駅」から新京成線 (京成津田沼行)常盤平駅下車 徒歩約8分(松戸駅方面線路沿いに戻ります、約600m) URL:http://sougi.bestnet.ne.jp/showaceremony-matsudo/
2008.12.22
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ジャーナリズムは、表面はなにも起きていないように見えても、将来のことを考えて警報を発し続けるのが役目だという。自信過剰なバブル時代からその後の自信喪失の時代。またミニバブル業種の人々がひとり自信過剰になり、もてはやしまた消えていく。またいまバブル弾け不景気から『貧すれば鈍する』くにはどんどん劣化していく。不安はかき立てられてどんどん増幅されるのである。変えるべきものと、変えるべきでないものを意志を持って識別する知恵をもつべき時代なのかもしれない。
2008.12.22
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配つくるもわが心
2008.12.22
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平成20年12月20日(土)08102 金光教荻窪教会 教会長 先の教会長仲井昭夫大人の長兄前翁の妻(伯母)、愛媛県八幡浜市、大正十四年八月十日生まれた。84歳4ヶ月にて帰幽。 十数年前に、病(認知症)を患い特別養護老人施設青石寮で生活させていただいていた。療養中とはいえ元気な中にも細菌性肺炎を患い、灯火が尽きていくように急性肺炎にて12月16日午後2時24分に急逝した。御霊神の立ち行き御祈念させていただきお届けさせていただいております。1、生きても死にても 「金光様、宗教がたくさんあっていろいろの教えがあります、死んだら、魂はいろいろに分かれるのでしょうか」 と伺った、 金光様は、 「そういうことはありはしない。死んだ者の魂は、天地の間にふうふうと、ぶよが飛ぶように遊んでいるので、どこへ行くものでもない。 わが家の内の霊舎にいるし、わが墓所に体をうずめていることからすれば、墓所と霊舎とで遊でいるのである。 この世で生きている間に、人に悪いことをしたり、神のみ心にかなわないことをしたりすると、死んでからでも、魂は神のおとがめを受けるのである」と仰せられた。2、ゆだねる、まかせる もしゆだねたり、まかせたりしたらまかせた時点で、自分の運命や命をあいてにまかすわけです。まかせた以上、どのような結果になるかは二の次なわけです。 ゆだねることにしてもおまかせにしても、その背後には、信頼ということがあります。 おまかせするということは、信頼の究極の形なわけです。 おまかせすることで、人を信じることができるということを実感し、そこに喜びを見出してきたのです。 人を信頼し、信用できることを確認することに、日本人はたいへん重要な価値をおいてきたのです。他者に自らをゆだねることができるということに、理想的な人間関係を見出してきたわけです。 過去、日本人の多くは信頼できる人間関係を持ち、ゆだねることのできる相手がいるからこそ、あえて神仏を求めてこなかったのかもしれません。 しかし今信頼できる人間関係が崩壊してきて、商売ではなくカルトでもない本来の神仏もしくはそれに代わるべきものを求めているのかもしれません。3、不安 先に、自分ではわからないことが起こりそうだから不安な気持ちになる。 よく考えてみると、ヒトは先々起こることは何もわかっていない。ただ昨日と同じ様な今日が来ると思っているだけである。明日もまた同じ様な漠とした楽しいことが起こると思っている。 先行きに漠とした安心しているところがあるから幸せを感じるのである。先行きに何が起こるかわからないことが起こりそうだから不安になるのである。 先行きなんて元々何が起こるかなんか人間誰も知らない。ただわからない漠とした不安を取り去るために、神を生み出したのである。 しかしヒトは思い通りにならない神の存在を消したり殺したりも考えたが、万能に憧れ、目標にしている人間は神に入れ替わろうともがくのである。実際ヒトは不完全だから進化の余地があるように、いまでも万能ではないのである。 だからヒトは神を創り神もヒトを創ったのである。万能にあこがれ、進歩の目標になっているのである。 そしてそこに向かうことで救いを求めているのである。4、突然の出来事 青天の霹靂、まな板の上の鯉 突然、即入院するような病が見つかったらどう思いますか?絶望したり不安になったり心配したり、先を考えて取り越し苦労したり。 だが心配も取り越し苦労も捨てて、真っ直ぐ受けて、現実を臆することなく、自分のものにすると安心な心持ちになれる。 心配する気持ちを全快を祈る気持ちに変え、更に前向きに取り組んでいく気持ちに向けていくのである。 よし、必ず病気を治してもらうぞ。自分には治す力を授けられて生まれてきたんだから、医者も応援して一緒になって治してくれるんだからと立ち向かうことです。5、心境 『災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候。』 良寛 あるがままに受け入れ、あるがままに生きる。『楽しいときは楽しくするがよく候。』である。 「ままよ」という気持ちで、その場その時で全力をつくせばいい。
2008.12.21
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心
2008.12.21
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お互いに好きになって、結婚とか愛というときには、よく知り合ってとかいうけれど、よく知り合う前は、一瞬の判断で決めている。心なんかぜんぜん見えてないのに、好きになる。どうして話し合ったあと、好きになるの?会った瞬間に好きになって、それを確認するために話し合っていて、もっと好きになるか、話してみたら嫌な人だったということになるのに、どうしてお互いを知ることから始まるのか、それは恋ではない。人間は、社会をつくり、そこにいろいろな人がいて、相変わらずごく一瞬の判断で、いろいろな人間を好きになっている。お互いによく知り合ってから好きになるというマナーはあとから付け加えられたものである。
2008.12.20
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若者には学力も大切だが明朗性 責任感 仕事には情熱を傾けてちょっとやそっとではへこたれない自信を持つ人になること
2008.12.20
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先の教会長仲井昭夫大人の長兄前翁の妻(伯母)、愛媛県八幡浜市、大正十四年八月十日生まれた。84歳4ヶ月にて帰幽。 十数年前に、病(認知症)を患い特別養護老人施設青石寮で生活させていただいていた。療養中とはいえ元気な中にも細菌性肺炎を患い、灯火が尽きていくように急性肺炎にて12月16日午後2時24分に急逝した。御霊神の立ち行き御祈念させていただきお届けさせていただいております。十日 祭 十二月 二十日(土)午後二時二十日祭 一月 四日(日)午後二時三十日祭 一月 十四日(水)午後二時四十日祭 一月二十四日(土)午後二時納骨・墓前祭 二月 七日(土)午前十一時 五十日祭 二月 七日(土)午後二時
2008.12.19
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本来、金融の仕事は実業を営む企業を支援することである。しかし、今では市場を操作しいかに儲けるかしか追求しなくなった。手段を選ばず、金儲けに猛進する。貧乏人から金を巻き上げる仕掛けがサブプライムローン。無理しても絶対返せない人に金を貸す。そして当たり前の破綻をするが、その債券は他の金融機関に売り抜けている。破綻した人が溢れ、世の中が壊れても儲けた人はほくそ笑むばかりで大金を手にして次のカモをと儲け口を探して暮らしている。国の破綻への道を耐えきれず、多額の政府援助に連邦銀行のゼロ金利政策を目白押しに始めている。日本は隣の芝生とばかりに、おかしなことを口走る総理をはじめ、自国の失業者も目にはいらないようでいつまでも政策は無を通している。外資は破綻か救済合併の道を突き進み、円高は世界一の給与水準に押し上げる。国内企業は、派遣契約解除で様子を見る。耐えきれないところから当たり前のように破綻にリストラとなる。 虚業である節操無き金融は、実業を食いつぶし、生活を脅かしているのである。本来の実業に戻るべき時ではないか。
2008.12.19
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生命は天地の神の造り下されたものである天地の心を心として御神意の侭(まま)に事実をあるが侭に見て何事も大切にすること
2008.12.19
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何かをいつまでも貫こうとするとうまくいかない。世の中はそんなに一辺倒のはずがない。みんなが全て一枚岩になるようなことはありえない。柔軟な考え方や発想がもてずにいるのは、不自由だ。『どんなに高い玉座の上に座っていても、座っているのは自分の尻の上だ』(モンテーニュ)イデオロギーというのは高い玉座なんだけど、その上に座っているお前は、自分の尻の上にいるんだ。自然は中立だから、正しいもなにもない。自然の中にいると、不幸な出来事に対しても『仕方がないな』と思うようになる。都会では、仕方がないなどと言うことはいえない。誰だかこんなことをしたのが悪い。相手が悪い。自然を破壊し、厳しい自然(砂漠化など)を作り出して、いろいろな争いごとを起こしている。誰かを悪者にして。これでは続かない。他人のせいにする発想ではなりたたない。人間は人間としてどうしていくかを決めていくべきで、神様(他人)がいうからたんに盲追するべきではない。完全に正しいなんてことはないし、完全に間違っていることはない。しかし意図して貶めようとしたり、思いやりない自分だけが正しいなんてことはない。おかしいことはおかしい。正気を保つことが必要だ。自然にあるがままに、己を知ることが大事なことなわけです。
2008.12.18
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なんぼう学問がある理屈がよいというても御信心のことは解っただけでは役に立たぬ事に当たって実際に出てこねば神様のお徳はこうむれぬ
2008.12.18
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時代はどんどん変化していくが、そこから逃れたいとしても、万物は流転し、どんどん入れ替わり、諸行無常(自分はしょっちゅう変わる)である。不安がないということは、ないものねだりです。不安は最初から作りつけられている性質で、人間が持っているものです。対象ができると、『恐怖』と呼ぶ。不安という性質は、人間にとってなくては困るものだからある。しかし人間はだから安心を求めて用心したり、確認したりする。だが、それは人間の性質の一部であっても人生全体を左右するものではない。根本にあるのは、やはりどんどん変わっていくものとしての人生を受け入れることにあります。
2008.12.17
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他人にわずらわしいこと 気に入らぬことを辛抱させるような 不徳なことでは人徳はいただけぬぞ
2008.12.17
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情報は、現在、過去を固定させるだけではなくて、将来も固定する。固定化したものを考えている人たちに、『あなたの告別式はいつですか』と聞く。しっかり考えたら10年先の予測など意味がないということがすぐわかる。どうしてそんなに単純なことがわからないのか。情報化していくということは、情報は止まったものですから、処理できるわけです。経済学は生きた経済を扱っていたが、情報化して止まった経済学で思考し、将来を数字に当てはめて予知しようとした金融工学も、所詮止まった情報の処理を未来に当てはめようとしただけであった。元々、未来は予知できないのである。意味をなすのは未来に目標を持ち、それに夢を描き今を生きることである。
2008.12.16
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時の信心より常の信心 時の追肥より常の地肥時のお百度参りより その日参りに お蔭は受けるがよいぞ
2008.12.16
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平成20年12月15日(月)08101 金光教荻窪教会 教会長 1、笑いのフレーズ テレビから流れる笑いは、せいぜい10秒から20秒で、場面が展開していきます。瞬間芸や一発ギャグのあとに笑い声を流す。 有名人が何か言った後、我先に応じなければならないかのような番組作りや構成の仕方は、鼻につくだけでしかたありません。 ギャグのアトには必ず合いの手をいれて、場を盛り上げるそうです。深夜番組で合いの手のないのとあるのとを同じギャグでしていて芸人がへこむ番組がありました。まさに視聴者はまんまと乗せられているにすぎないわけです。 秒単位で視聴率を評価されるテレビは、既に視聴者を追い越して、独自な道を歩みながら視聴者を巻き込んでいるに過ぎないのかもしれません。 あとは視聴者が皆そっせんして踊る阿呆になるかどうかだけなのです。 世の中を短く切り替えながら進めていくことで、流行を作り出し商売していく手段が一番儲かる時代だとはめられてしまったわけです。 流行にすぐ飛びつき買い集め、すぐ飽きて、また次と、次々飛びつくような性格のヒトを増やしたいという金儲けのための意図があるわけです。2、充実した人生を手に入れる 充実した人生を手に入れるには 明晰な思考をするためには、シンプルに考えることが必要だ。 ものごとは、そもそもシンプル、単純だという考え方を受け入れることが大切なんだ。単なる概念としてではなく、自分を取り巻く現実を観察するときの実用的な方法である。シンプルに考えることが充実した人生をおくることにつながる。 物事を素直に受け取り、単純に考えることである。3、対立 対立というものは生来のもので避けようがなく、せいぜいできたとしても、その妥協点を探すぐらいのことだとヒトは思っている。 愚かなことに、学問の世界では、みんなその間違いを『最適化』といって『最高の妥協点』を探す方法を教えている。 対立とは、ヒトが矛盾を求めている状態である。 対立を解消するには、初めて対立に直面した時と同じようにすればいい。 つまり前提が違う、どこか根本的な前提が間違っていると考える。もし間違っている前提を見つけることができれば、対立の原因を取り除くことができる。 原因を取り除くことで、対立はなくなる。 共に立ち行く道があり、根本原因を解決することで、共に助かる道を見出すことができる。4、決してわかったつもりになるな!! はっきりした意図がなければ、安易に『決して』などという強い言葉は使わないはずだ。 どんな状況でも改善する余地は常にいくらでもある。 一般的に改善努力を始めた最初の頃ほど劇的な改善は望めない。収穫逓減の法則である。 しかし、改善努力の話をするときはいつも大きなブレークスルー、まったくちがう未知の領域、高い次元を切り開く話である 現状に満足せず、『わかっている』などと言うな いかなる状況でも改善し得るので、いくらでも自分にあったチャンスがあるということである5、三つの障害 1、現実は複雑だという概念。~現実はシンプルである。2、対立は当たり前だと考えてしまう傾向。~対立は当たり前ではなく、 その前提をみつけ、思いこみを覆すことを目指す。3、問題を相手のせいにしたがる。~人を責めると間違った方向に行って、正しい方向から遠ざかる。責めた相手を排除することができたとしても、本当の問題は残る。6、生きても死にても 「金光様、宗教がたくさんあっていろいろの教えがあります、死んだら、魂はいろいろに分かれるのでしょうか」 と伺った、 金光様は、 「そういうことはありはしない。死んだ者の魂は、天地の間にふうふうと、 ぶよが飛ぶように遊んでいるので、どこへ行くものでもない。 わが家の内の霊舎にいるし、わが墓所に体をうずめていることからすれば、墓所と霊舎とで遊でいるのである。 この世で生きている間に、人に悪いことをしたり、神のみ心にかなわないことをしたりすると、死んでからでも、魂は神のおとがめを受けるのである」と仰せられた。
2008.12.15
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人は変化に抵抗する ひとはどんな変化であろうと、その変化の内容に関わらず、抵抗するようにプログラムされているという。 それは人の判断に責任を必要以上押しつける言い方だ。人の名誉を傷つけていることになる。 しかし、誰もそんなことは考えもしない。そのまま受け入れてしまう。 人の名誉を傷つける文化を持っている。 人が関わっている状況において直感を使って原因を探し求めるとき、人を中傷するような仮説を立ててしまう可能性が高くなる。 他責。他人のせいにしたがる。 本来共同体にいるから生きていける人間は、すべてを人のせいにはできない。何が起ころうと、結局すべてを自分が引き受けなければならない。 これはという相手を信じて育てるしかないのである。そうすれば人は変化も自分から受け入れるのである。
2008.12.15
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時の信心より常の信心 時の追肥より常の地肥時のお百度参りより その日参りに お蔭は受けるがよいぞ
2008.12.15
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事実、人は本当に苦しいとき、とくに経済的な環境が好ましくないときには神頼みなどしないし、その余裕もない。 人が熱心に神頼みするのは、むしろ経済的な環境が好転し、熱心に信仰しつつ、経済的な活動に邁進していれば、豊かさが保証されるときにおいてである。 バブル経済の時代は神頼みが流行し様々に拡大していったのである。
2008.12.14
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日々が新(さら) 昨日を忘れ今日を喜び明日を楽しめ歳月を超えてゆく時 いろいろなことにならされて円熟して行く
2008.12.14
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資本は手に負えない。支配はできない。 経済学者がもっともらしい後付けの理屈をこねても、現実は曖昧。 資本は儲かる方向に転がっていく。 人知でコントロールする事はできない。 右往左往させられるだけである。 技術も然り。単に技術そのものの可能性を実現する役割を負わされているに過ぎない。 人間にとって有利か不利かは技術が決めることであり、人間は判断できない。 哲学者は悲観論者であり哲学という病にかかっている、宗教者は楽観論者であり絶対を信じるパラノイヤになっている。
2008.12.13
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辛抱は徳を積むもとである苦難に負けてはならんどんな難儀にも根気と元気と活気とで耐えて行くこと人は試練に耐えた強さだけ成長する
2008.12.13
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・人はもともと善良である。・すべての対立は解消できる。・ものごとは、そもそもシンプルである。・どんな状況でも飛躍的に改善できる。・すべての人は充実した人生を過ごすことができる。
2008.12.12
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真で成就せぬことはなし 成就せぬ時は真が欠けたと悟れ
2008.12.12
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『何々だから』という理由を耳にするとき、特にその理由に抽象的なものが含まれるときは、注意しないといけない。たとえ相手がどれだけ自信たっぷりに言ったとしても、そのまま受け取ったらダメだ。抽象的なものには、その存在さえ疑ってかからないといけない。当たり前だと思ってはダメなんだ。仮説か、あるいは単なる想像程度に考えた方がいい。そして今度は、もう一つ別の結果がないかどうか考えてみる。もし見つからなかったら、考えている範囲が狭すぎるだけだ。そして、別の結果が思いついたら、実際に存在しているかを、じっくり確認する。大概、予想した結果は、既に知っていることで、簡単に確認できることがほとんどである。
2008.12.11
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あわてる時がお陰を頂く時じゃあわてる時にあわてるならばこれまでの信心はなんにもならぬ人をうごかすのは正しいとか間違っているとかの主観的な主張でなくそれがわかる資料を示すことであるこの信念がいる
2008.12.11
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毎日農業記録賞:吉本百合夫さんに賞状と盾 「今日は天に昇る気分」--表彰式 /愛媛 ◇「農業が好きだから がむしゃら働いた」 2008年毎日農業記録賞(毎日新聞社主催、農林水産省、全国農業高校長協会など後援、全国農業協同組合中央会、東京農業大学など協賛)の表彰式が8日、東京都千代田区の毎日新聞東京本社であり、一般部門で中央審査委員長賞・最優秀賞に輝いた、八幡浜市の吉本百合夫さん(66)に賞状と盾などが贈られた。受賞者代表としてあいさつした吉本さんは「普段は土や汗にまみれる毎日だが、今日は晴れがましく、天に昇る気分」と喜びを表現した。 裸一貫で始めたミカン作り。46年の苦労をつづった文が最高の賞に選ばれた。吉本さんは「がむしゃらに働いてこられたのは、農業が好きだから」と語り、「人にできるのはわずかなことで、本当の生産者は天地自然。何とも不思議でありがたいという毎日を過ごしてきた」と振り返った。 叔父さんである吉本百合夫さんは、後継者の育成のため、高校や大学の実習生を受け入れている。「農の喜びをもっと多くの人に知ってもらえれば」と笑顔を見せた。
2008.12.10
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資本は手に負えない。支配はできない。経済学者がもっともらしい後付けの理屈をこねても、現実は曖昧。資本は儲かる方向に転がっていく。人知でコントロールする事はできない。右往左往させられるだけである。技術も然り。単に技術そのものの可能性を実現する役割を負わされているに過ぎない。人間にとって有利か不利かは技術が決めることであり、人間は判断できない。哲学者は悲観論者であり哲学という病にかかっている、宗教者は楽観論者であり絶対を信じるパラノイヤになっている。
2008.12.10
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眼に見える所ばかり大切にして眼に見えない所を粗末にしております信心致しましたら眼に見えぬところを大切にせねばなりません
2008.12.10
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金神は祟り神として、人々の前にあったが、教祖様の対応により救う神としての側面を現したと言われています。今は、救う神・助ける神の側面のみ現しています。 そもそも金神が祟り神として、この世に現れたのは、どのような経緯があったのだろうか。 どこで、どのように、誰のうえに、啓示があったのだろうか。金神の存在に、誰が気が、どのようにして気づいたのであろうか。
2008.12.09
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はっきりした意図がなければ、安易に『決して』などという強い言葉は使わないはずだ。どんな状況でも改善する余地は常にいくらでもある。一般的に改善努力を始めた最初の頃ほど劇的な改善は望めない。収穫逓減の法則である。しかし、改善努力の話をするときはいつも大きなブレークスルー、まったくちがう未知の領域、高い次元を切り開く話である現状に満足せず、『わかっている』などと言うないかなる状況でも改善し得るので、いくらでも自分にあったチャンスがあるということである
2008.12.09
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