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想像力は知識よりも重要なんだ~アインシュタイン。知識や情報を役立つように変換することが大切なことであるお役に立つようにアイデイアを引き出すことも肝要である。
2008.11.30
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信心は家内に不和が無きが元なり父母も子供も共に生まれたり育たねばならない子も父母も
2008.11.30
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いけいけからどん底へ。世界情勢の変化。経済不況から政情不安とテロ。金儲けに踊り踊らされて実体経済はどん底へ向かう。どんどん落ちるだけ落ちて実体が露呈すると、はいあがるしかなくなるのである。前が明るく感じてくると自然に活力はみなぎり、新たな気持ちで次の一歩を進めていくことができるのである。
2008.11.29
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知らない事は恥ではない不自由である人には、して良い事 悪い事がある言うて良い事 悪い事がある悪い事をしていながら居直る人もいる幼児の段階から善悪が身につくと言う
2008.11.29
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日本人の人間観は、じぶんと他人といったとらえ方ではなく、対人関係のなかにある『間人(かんじん)』であると考える。間人主義とは、相手を自分との関係でとらえ、また自分自身も相手との関係でとらえる相互連関をもつ。『おかげ様で』『待っていてくれる人がいるから』『喜んでくれる人がいるから』『応援してくれる人がいるから』という日常的な言葉に表れている。『和』『つながり』といった事です。そこには心のどこかで、目に見えるつながり、ゆるやかでも、実体感をともなった温かいつながりを求めているわけです。それを相手(自分)との関係において自分(相手)を考えるつながり重視な考え方を、もともと日本人は持っているわけです
2008.11.28
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人は苦労にきたえられて深み出る人と苦労にねじふせられて曲がってしまう人がある物が豊かになる程ものを粗末にする人が多い
2008.11.28
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あなたは何に永遠を求めますか?たとえば若さと命。永遠の命、不老不死をもとめた皇帝。富をつぎ込んだ不老不死の丸薬を求めて医学薬学生物学が進んだ。化粧美容エステ、アンチエージング整形、遺伝子操作へと進む。例えば金、富。特権階級が、錬金術が化学物理生物学等をとめどもなく発展させた。今は使用権などの権利(証券、株券等)が今の富の象徴で、金は物差しに過ぎないのである。ヒトを騙す~ヒトの虚栄心、儲け心や優越感劣等感等の感情を利用して自己の利益のために働くのである。しかし希望するような永遠はない。あるのはただ今、あると望み、あなたがなにか信じることを実行することである。
2008.11.27
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内に改まり 正しければ外に現われる事正しい自分の徳が神と同根なり人の上に立つ人は絶えざる批判に晒されそこからよくなる
2008.11.27
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なにをもって『ちゃんとやっている』というのか。自分たちの持つ秩序とか見識にそえば構わないのか?利己的な個人主張や国家的管理主義の拡大が社会をどんどん追い込んでいく。『ちゃんとしなきゃ』と昔なら、努力して働き暖かな家庭を築いていくのが幸せな的な、皆と同じ中流の少し上と実感できる時代であった。少し前では、好きな事してヒトを騙してでもケチらして自分だけ金儲けして、優雅な貴族みたいな生活をするのが憧れみたいである。庶民の見果てぬ夢、金さえあればそれでよいみたいなヒトが素晴らしいヒトだと思っている時代だった。幻想は崩れ。金持ちは金持ち。儲かるモノは一族が守る、庶民は家族も持てなくて老いも若きも一人暮らしで、なぜか掛け棄ての保険年金に騙されて、お情けのようなお上制の介護と医療しか受けられなくなってきている。この時代を乗り切るには、わけの分からないものの本質を理解する努力をし、自分の意見を考えなければならない。
2008.11.26
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お道の御用に大・小 重い・軽いの区別はありませんいずれも大切な御用ですお役に立つとか立たぬとか向うにばかり 目をやらず御用を通して自分がどうして助からして頂くか 手元を見て行くことが大切である
2008.11.26
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12月15日(月)月例霊祭 午後2時奉行*12月13日(土)~12月14日(日)布教功労者報徳祭、教会長本部参拝。12月23日(火・祝)月例霊祭 引き続き懇親会 午後2時奉行 (懇親会は例年通りおいしいシチュー&ふろふき大根で一年を振り返るひと時を持ち、共どもに語り合いましょう)12月31日(水)越年感謝祭 午後2時奉行(年末にあたり一年間おかげを受けてきたことにお礼を申し上げましょう)平成21年1月1日(祝) 元日祭 午後2時奉行(新年にあたり、新たな願いを立て、お礼と改まりの心をもって、一年のことを祈願させてもらいましょう)1月12日(祝) 年初月例祭 午後2時奉行(新年の最初の月例祭です。お陰をいただきましょう)1月18日(日) 新年霊祭引き続き新年会 午後2時奉行(新年の最初の霊神祭です。あらためて霊神にお礼を申し、その立ち行きと信心継承の願いをこめましょう、新年会で信心の決意を新たな気持ちを互いに再確認させていただきましょう2月7日(土) 2代教会長仲井昭夫先生3年祭 午後2時奉行 ~当日墓前祭 午前11時より 多磨墓地当教会墓地にて奉行
2008.11.25
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戦後の発展は、社会全体を神仏や霊や死後の世界や救済とは関係なしに、合理的に安寧・福利を市民に調達する、福祉国家と資本主義のシステムが爆発的に起こった。人々は学校、会社、役所の働きで、学業の成功、会社の発展、政府のサービス増大、医療の充実をもって『救済』とするようになりました。貧病老苦死を仲間とわかちあえた共同体は崩壊し、都会へ人々がどんどん移り住み、どんどん小家族化となり平均的な家庭は一人暮らしの様相を呈してきている。さらに安心のために支払ってきた年金は期待していたサービスは受けられないことがわかった。そして共同体が機能し無くなっても、役所や医療介護機関が機能するはずであった。わかっていたのに、予測可能な老齢人口の増加を無視した施策により、他人から預かった税金・保険料を湯水のように無駄に捨て、なおかつ私腹を肥やす政治屋、役人とそれに群がる一部国民のポケットに入っていったのである。残された人々は、孤独のなかで救済感を失い、殺伐としたものを感じるようになってきたのである。先行き不安な気持ちを安心する気持ちに戻る日はいつ来るのか(?_?)
2008.11.25
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お道の御用に大・小 重い・軽いの区別はありませんいずれも大切な御用ですお役に立つとか立たぬとか向うにばかり 目をやらず御用を通して自分がどうして助からして頂くか 手元を見て行くことが大切である
2008.11.25
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平成20年11月24日(月)08099 金光教荻窪教会 教会長 1、ストラトジー ~戦略、予期しなかった困難を解決する能力。世界一とかいわれだすと、トップランナーとしての自覚がないと、追走者時代には受けなかった風圧をまともに受ける。 自分がおやまの大将だと勘違いし出すと、頭が上がっていく。知らないうちに社内は官僚主義になる。 金融危機があると、過去に逆境を経験したこと無い人は狼狽し、萎縮する。 そんなときがチャンスで弛み始めた企業体質を、筋肉質に変えるチャンスとなる。 継続性を維持しながら、大局観にたった長期レンジのストラテジー(戦略)が必要なのである。 そしてストラトジーには、予期しなかった困難に遭遇してもそれを解決していく才能という意味も含まれている。2、今に生きる 過去の伝統に生きているという建前において、実は今をいきるということである。 確かな過去はなく、後のヒトが都合よく書き記したのが歴史であるから、今からの都合にあわせて歴史は変わっていく。 確かなモノは過去や未来にはないのである。あるのは今何をやるかだけである。3、まじめに考える 将来に希望がもてず、刹那的になったり、捨て鉢になったり、現実逃避する人々。 そんな時に、まじめに生きることや他者や社会への思いやりは馬鹿にされ、自己中な考え方や目先の損得が優先される。 夢、希望、理想、正義は語れなくなる。 親切や思いやりを見せようものなら拒絶反応を示し、偽善者、優等生のレッテルを貼られ、まじめに考えたり、真剣に語ることを軽んずる。 損得だけを考えて行動する人、自分のことだく考えてなにが悪いと開き直っている人は、人間として終わっているのではないか。 人間らしさの喪失である。他者をかえりみない、ぎすぎすした社会をつくり出している。 楽しく生きる、成し遂げるには、まじめに考えどうしたら、道筋が立つかをよく考え、信じた道を熱く語ることである。 やり続ける限り、必ず同じような方々が現われてきて、必ず成功する。4、あっちこっち 世界の新しい制度は大概、ヨーロッパか北米で制定され、日本が従う。 そこで皮肉なヒトは、『西洋人は神様を信じているが、日本人は西洋人を信じている』という。 西洋の知識人はさまざまな論理をひねくりだしますが、いよいよのところでは、聖書や教会の権威に頼ったりすることがある。 聖書があっち側にあると見立てて、こっちの理屈にお墨付きを戴こうと願うのである。 日本人もよくお役人が新制度導入の根拠として、『西洋で導入されている』とか『米国では常識である』とかいって、論理的でない根拠を持ち出すことがあります。西洋があっち側で、日本がこっち側である。 西洋人は聖書の権威に従い、日本人は西洋の権威に従っている。 日本人もよくお役人が新制度導入の根拠として、『西洋で導入されている』とか『米国では常識である』とかいって、論理的でない根拠を持ち出すことがあります。 西洋があっち側で、日本がこっち側である。西洋人は聖書の権威に従い、日本人は西洋の権威に従っている。 平俗なこっち側の世界からなにか一段高いところにあるあっち側の世界を見つめているのです。 あの世とこの世、聖なるものと俗なるもの、という上下の区別とみるているわけです。 お道ではこちらを願い助けてもらい、あちらを助けていくあいよかけよで補完していく関係、左右の関係として存在してみることにより大きな違いが生まれる。
2008.11.24
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親祖先を大切に致せ根を断ちて枝葉の栄えた例しはあるまいぞ信心する人は木の切り株に腰をおろして休んでも立つ時には礼をいう心持ちになれよ
2008.11.24
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世界の新しい制度は大概、ヨーロッパか北米で制定され、日本が従う。 そこで皮肉なヒトは、『西洋人は神様を信じているが、日本人は西洋人を信じている』 西洋の知識人はさまざまな論理をひねくりだしますが、いよいよのところでは、聖書や教会の権威に頼ったりすることがある。 聖書があっち側にあると見立てて、こっちの理屈にお墨付きを戴こうと願うのである。 日本人もよくお役人が新制度導入の根拠として、『西洋で導入されている』とか『米国では常識である』とかいって、論理的でない根拠を持ち出すことがあります。 西洋があっち側で、日本がこっち側である。 西洋人は聖書の権威に従い、日本人は西洋の権威に従っている。 日本人もよくお役人が新制度導入の根拠として、『西洋で導入されている』とか『米国では常識である』とかいって、論理的でない根拠を持ち出すことがあります。 西洋があっち側で、日本がこっち側である。 西洋人は聖書の権威に従い、日本人は西洋の権威に従っている。 平俗なこっち側の世界からなにか一段高いところにあるあっち側の世界を見つめているのです。 あの世とこの世、聖なるものと俗なるもの、という上下の区別とみるているわけです。 お道ではこちらを願い助けてもらい、あちらを助けていくあいよかけよで補完していく関係、左右の関係として存在してみることにより大きな違いが生まれる。
2008.11.24
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仲良しグループはあまりよい環境ではない。仲良しグループはグループ内のみうまくいけても、他者に冷たい人になりかねない。表面的な仲良しグループでは、有効なストレスのない社会でぬくぬく育つようなもので、非常に内向きで、他者に対して思いやりをもてない人間に形成される可能性が高い。大事なのは、社会的なバックグランドの異なる、肌の色も違う、人種、民族、宗教も違うさまざまなるヒトからなるグループであれば、価値観の衝突も生まれる。それを解決し克服していく過程が、思いやりを育てていくわけです。考え方や価値観の違う他人をわかろうとして、認めていくことができる柔軟な姿勢が大切なことなのです。
2008.11.23
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迷いは欲からおこる欲をはなすと決断がつく役に立つ時は人が大切にする役に立たなくなると人が相手にしなくなる
2008.11.23
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西欧のこれはこれでひとつの単位としてわけてしか考えられない考え方。東洋の混沌と融合する精神社会を無理に区分けして考えるのである。いろいろな考え方や習慣が混じり合い解け合うことで成り立つのである。生まれてから初節句・初詣・鎮守のお祭りは神様で育ち、道徳感は儒教の精神、育つとキリスト・神前で結婚し、困ったときは神仏に頼み、春夏秋と先祖をまつり、死んでは仏に頼む。どれもこれだけというものは、一つもないのが東アジアの生き方である。混沌とした世界は別に混乱しているものではないが、理路整然と大概は西欧かぶれして論じたい学者の問題であり、日々生きている我々側の問題ではない。そこには日常の中にあって自然に受け入れられているものだからだ。全てが二者択一とは限らない
2008.11.22
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配つくるもわが心
2008.11.22
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世界一とかいわれだすと、トップランナーとしての自覚がないと、追走者時代には受けなかった風圧をまともに受ける。自分がおやまの大将だと勘違いし出すと、頭が上がっていく。知らないうちに社内は官僚主義になる。金融危機があると、過去に逆境を経験したこと無い人は狼狽し、萎縮する。そんなときがチャンスで弛み始めた企業体質を、筋肉質に変えるチャンスとなる。継続性を維持しながら、大局観にたった長期レンジのストラテジー(戦略)が必要なのである。そしてストラトジーには、予期しなかった困難に遭遇してもそれを解決していく才能という意味も含まれている。
2008.11.21
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心
2008.11.21
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これまでは社会的に恵まれず、十分な学歴無い庶民が、貧からの解放、現世利益を求めてきたのが、現在はヨーガを基盤とした修行をし始めた人々が、組織としては希薄な関係で、トップとの一対一の関係だけでつながり、個人単位のつながりの中だけですべてが行われた。ただ現実の社会の中で強い虚しさを感じ、とどまる意味を見いだせなかったから、居心地のいい場所を求めていた。集団に拘束されることを嫌い、強固な共同体に属していない。学校や組織に居場所が見いだせないから、とりあえず受け入れてくれる場所をもとめる。他人からは干渉されたくないが、孤独な状態にはいたくない。不特定多数の人間とどこかではつながっておこうとしている。漠とした虚しさをどう解消していいかわからず、居場所を求めて漂うしかないのです。フリーター増加も結婚しないのも、共同体のなかに居場所がなく、他に求めて漂っている。つまり人を信じることはできない。自分をまかせたり、ゆだねることもでかない覚悟もない。それではすべてが崩壊してしまいます。やはり、何かを引き受けることによって、人と人とを結びつける絆を得て、人と人との関係の中で、自分があることができるわけです。騙されてもカモにされてもやはり、人を信じていく事がすべての原点にあるのかもしれない。
2008.11.20
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進化という言葉は、一人歩きしている。生物学の概念にとどまらず、社会的流行思想になっている。進化と淘汰の歴史は、宇宙、地球、人類の誕生、そして人類の文明の発達。そこには、進化の戦いにおける勝者として生存する意欲を持ち続けるべきだという倫理観を伴っている。こうした世界観において個人は、今は自分は進化の勝者であるが、やがて消え去るべきものだという、切なさのある地位『老兵は消え去るのみ』なわけです。そこを進化と取るのが今の日本人。それを自分自身を突き詰めていくと宇宙と同一であり自己の進化の道具どはない。進化も歴史も存在しないと考えた。さらに輪廻ととるのがインド人だと言われています。輪廻だと一代いちだい、一人ひとりバラバラで、死後に生まれ変わった私は子孫ではありません。 輪廻は徹底した個人主義で、頑張ればどんどんよい方向に生まれ変わる。外界の時間軸を無視して、自分の霊魂だけが進化していくのです。逆にいけば退化もあり厳しさもあるわけです。生まれ変わっても生まれ変わっても、人間関係がよくならず、嫌なことが続くことかもしれない。そのときは輪廻から自由になりたい。解脱したいとおもう訳です。輪廻は業がある限り抜け出せません。自己を洗い清めて業を振り払うしかない。そう考えてきたのがインド人です。さらに極端な身分制度(カースト)とあいまってインド思想は悠久の時をすごしているのである。
2008.11.20
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若者には学力も大切だが明朗性 責任感 仕事には情熱を傾けてちょっとやそっとではへこたれない自信を持つ人になること
2008.11.20
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現代の複雑化した混乱した社会においては、何が善で何が悪か解釈に困る事態も発生します。利害の構造がややこしくなると、善かれと思ってやったことが巡り巡って悪い結果を生んだりすることがある。理想と現実のギャップに悩む個人に対して、自らが犯した悪や犯す可能性のあるものとして、何らかの意味で、『赦してくれる』権威というものが欲しくなります。それが『救済』ということです。社会の複雑な様相を越えた権威が必要になり創り出したのです。一つの考え方は、どんなに努力しても、反省や罪滅ぼしをしても、人間は自力では救済されない。それほど人間は悪人なのだ。それでも救済が可能なら、それは無条件のプレゼントであると考える仕掛けです。他には、そんなことはない。人間には無限の力があり、顕在化していないだけだから、目覚めさせればよいだけである。人は、元々善いものを持って生まれた。それが育った胎境環境でいろいろな衣を着せられて、サングラスをかけて生きていくようになった。そんな巡り合わさったものを昇華していき、本来のものになればよいともいう。日本の法律は、基本人間は善いことをするものだとして造られていたが、最近はどうも人間を甘やかすとろくな事はしないから厳しくしていこうという方向へ変わってきている。しかし、言うことを聞かないと厳罰をくだす社会は、おかしな世界でもある。しかしなにをやってもよいと思うヒトだらけの社会では、しつけは効かないのだから歯止めは必要かもしれない。甘えと厳罰の配分をうまくして、心の成長を促す社会を目指すべきであるのかもしれない。
2008.11.19
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生命は天地の神の造り下されたものである天地の心を心として御神意の侭(まま)に事実をあるが侭に見て何事も大切にすること
2008.11.19
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人は無知であるが故に、実体無いものに執着し、それに苦しんでいる。目指すものは、苦の消滅。執着しているものに実体がないとわかれば、それに苦しむ必要がないと考えた。究極は、神か空か。西洋的に、神を是とするものは、無(空)を恐れるのです。東洋的には、無(空)を恐れないが、神を畏れるのである。
2008.11.18
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なんぼう学問がある理屈がよいというても御信心のことは解っただけでは役に立たぬ事に当たって実際に出てこねば神様のお徳はこうむれぬ
2008.11.18
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日本が目標とした欧米近代社会では、確固とした自我を確立し、独立した主体として行動しなければならない。しかし日本では、自分は自分、他人は他人ではなく、自分と他人との切っても切れない結びつきがあると考えているのです。自己と他者とが融合し、一体化する社会があったからです。都市に集まった人間も、村の共同体から離れたが、企業、学校、地域の結束力強化を重視していこうとしたが失敗する。基本、都市に出てきた人々は、共同体の拘束を嫌い、より自由な生き方を求めていたからです。しかしその理想の社会になったら、孤独で孤立した生のあり方が問題になっています。人を信じることは相当難しい問題になってきているからです。それは個人の独立、自立ということは、、人を信じないという事と同じだからです。個人が完全に独立して自我が確立していれば、孤独や恋愛も人を信じないことも何でもなくなるはずです。しかしそうはいかない。人は人との関わりなしでは生きていけない。人に裏切られて初めて、人を信じることがいかに難しいかに直面するのである。そして裏切られた経験を物差しに、裏切るような方々にフィルターを通して、最初から相手にしなくなり、信じなくなるのかもしれない。世の中では、少しはいた信じる人をねらって、わざわざ騙される奴が悪いとばかりの、他人を信じられなくするような詐欺行為や投資という名前の投機が横行している。人が人を信じなくなると社会は崩壊するのである。
2008.11.17
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他人にわずらわしいこと 気に入らぬことを辛抱させるような 不徳なことでは人徳はいただけぬぞ
2008.11.17
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日本的共同体~村の『寄り合い』村の寄り合いというシステムでは、村で取り決めを行う場合には、皆の納得いくまで何日でも話し合うというのです。そして全員の納得がいかない限り、意志決定しない。少数の反対を抑えて強行しても、実施の過程でトラブるが起こるからです。多数決は意味がない。村という共同体においては、それぞれの人間が長期にわたって、場合によっては生涯にわたって顔を付き合わせながら日常生活を送らなければならない。そうした生活を円滑なものにするためには、なにより村人同士の間に信頼関係がなければならない。なによりも、村の存続と繁栄のために重要な事柄になるわけです。今、村は近代化の名のもとに共同体の解体が叫ばれ、都市に住む人の急増から村の過疎化とともに解体されてきた。共同体そのものは形を変えて、戦後の社会の発展を支えた。それが日本的経営と呼ばれるスタイルで。特徴は、終身雇用、年功序列、企業別組合である。社員が、企業に忠節を尽くすことができるのも、定年まで雇用が保証され、勤続年数が長ければ長いほど経済的な見返りが期待できたからでした。長年企業では、社員だけでなくその家族まで組織にとりこんで、信頼関係を築くことで、共同体としての企業の存続をはかる上で必要なことだと考えられてきたわけです。
2008.11.16
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愚痴不足 勝手考え 取り越し苦労どれを一つ持っていてもおかげの断りになります
2008.11.16
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もしゆだねたり、まかせたりしたらまかせた時点で、自分の運命や命をあいてにまかすわけです。まかせた以上、どのような結果になるかは二の次なわけです。ゆだねることにしてもおまかせにしても、その背後には、信頼ということがあります。おまかせするということは、信頼の究極の形なわけです。おまかせすることで、人を信じることができるということを実感し、そこに喜びを見出してきたのです。人を信頼し、信用できることを確認することに、日本人はたいへん重要な価値をおいてきたのです。他者に自らをゆだねることができるということに、理想的な人間関係を見出してきたわけです。過去、日本人の多くは信頼できる人間関係を持ち、ゆだねることのできる相手がいるからこそ、あえて神仏を求めてこなかったのかもしれません。しかし今信頼できる人間関係が崩壊してきて、商売ではなくカルトでもない本来の神仏もしくはそれに代わるべきものを求めているのかもしれません。
2008.11.15
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時の信心より常の信心 時の追肥より常の地肥時のお百度参りより その日参りに お蔭は受けるがよいぞ
2008.11.15
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平成20年11月14日(金)08098 金光教荻窪教会 教会長 1、幸せ なにが起こっても、和らぎ喜ぶ心を保つのである。 生きているものは必ず何かある。大概は意に添わないかもしれない。それでもなかには思うままに実現したり達成されたり、認められたり褒められたり誰かに愛されたり愛したりする。 そんなときに女神が飛び交い、充実感を味わい、幸せを感じるのかもしれない。 幸せは大きい小さいではなく、実感できるかできないかである。恵まれすぎると麻痺するのかもしれない。「有り難く頂く心を忘れなよ。」2、おまかせ 日本のお店は、たいがい値段が高い店ほど選択の幅が狭く、安い店ほど選択の幅が広い。 お店では上位にあるのは客で、店のヒトより立場が上であるために、任せるのがお客、任されるのが店側になる。 自分で選択するということは、選択した事柄やその結果に責任を持たなければならない。 それが、むしろ鬱陶しく感じるのが日本人なわけです。 そこで『おまかせ』という仕掛けが出来、お客とお店の信頼関係が築き上げられ、店は客に最高のサービスを提供することが出来るようになったわけです。 最高のサービスを提供するために、お客の情報を蓄積することに力を入れ、短期間にどういうヒトか、どんなサービスを望んでいるのかを把握しようとするわけです。 信頼あるところにしかサービスは成り立たないと考えているからこそ、『一見さんお断り』のしかけもあるわけです。 十分に客のことがわかり、店もわかってもらえる信頼関係のなかで、最高のサービスを提供することが大事だと考えているからです。 おまかせする。信頼する。 ヒトは思いやりを大切にする為に何よりも信頼を大切にする。 どうにもならないときは、神様に頼り信頼してお任せすることが、お蔭の道である。 どうにでも神様を信頼することが肝要なのである。3、不安 先に、自分ではわからないことが起こりそうだから不安な気持ちになる。 よく考えてみると、ヒトは先々起こることは何もわかっていない。ただ昨日と同じ様な今日が来ると思っているだけである。明日もまた同じ様な漠とした楽しいことが起こると思っている。先行きに漠とした安心しているところがあるから幸せを感じるのである。 先行きに何が起こるかわからないことが起こりそうだから不安になるのである。 先行きなんて元々何が起こるかなんか人間誰も知らない。ただわからない漠とした不安を取り去るために、神を生み出したのである。 しかしヒトは思い通りにならない神の存在を消したり殺したりも考えたが、万能に憧れ、目標にしている人間は神に入れ替わろうともがくのである。 しかしヒトは不完全だから進化の余地があるように、いまでも万能ではないのである。 だからヒトは神を創り神もヒトを創ったのである。万能にあこがれ、進歩の目標になっているのである。そしてそこに向かうことで救いを求めているのである。4、突然の出来事。 青天の霹。まな板の上の鯉 突然、即入院するような病が見つかったらどう思いますか?絶望したり不安になったり心配したり、先を考えて取り越し苦労したり。 だが心配も取り越し苦労も捨てて、真っ直ぐ受けて、現実を臆することなく、自分のものにすると安心な心持ちになれる。 心配する気持ちを全快を祈る気持ちに変え、更に前向きに取り組んでいく気持ちに向けていくのである。 よし、必ず病気を治してもらうぞ。自分には治す力を授けられて生まれてきたんだから、医者も応援して一緒になって治してくれるんだからと立ち向かうことです。5、困って...、困ったときの神頼み。 困って人知に及ばなくなって初めて神仏に頼み助けてもらおうと頼む。 達者なときには、触らぬ神に祟りなしと見向きもしない。 だがひとつ病を患って医者が手を放す人知が及ばなくなってから、神仏に祈って薬を飲むのは十人並み。 すがりもせず、味のない物を飲んで死ぬのは、十人並み外れた因果な人である。 味のない物を飲まず、好きなうまい物を食べて病を逃れるのは、十人並みはずれた者である。
2008.11.14
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日々が新(さら) 昨日を忘れ今日を喜び明日を楽しめ歳月を超えてゆく時 いろいろなことにならされて円熟して行く
2008.11.14
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部下の犯した過失であってリーダーがあずかり知らないとこれで起こっても、その責任を問われないのか?否問われその責任を負わなければならないか。欧米では、部下を管理するシステムに問題がないならリーダーは責任をとらなくてもよいとなっています。日本ではリーダーが何も知らないで問題が起こったらすべて責任があるとなります。隠し事する部下との間で充分な信頼関係が築けていないということで、リーダーとしての資格がないと判断されます。日本のトップが高い報酬をもらえるのは、リーダーシップの対価ではなく、いざというときに責任をとらなければならない役割のためなのです。それが理解できていない人はよく、責任逃れをしようとして、世間から徹底的に糾弾されるのです。そんな社長をマスメディアはよく餌食にします。日本人はどこまでも人を信じたいと願っています。人を信じることに究極の価値があると考えています。欧米では人は信じず裏切るものであると考えています。だからこそ大粉飾決算したり、破綻した会社社長でも、取り締まる法律がないと、悠々となんの責任もとらないでいられたりするわけです。
2008.11.13
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辛抱は徳を積むもとである苦難に負けてはならんどんな難儀にも根気と元気と活気とで耐えて行くこと人は試練に耐えた強さだけ成長する
2008.11.13
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接着剤のようにいろいろなものをくっつけて一つにする。人なら仲間になりまとまる。ものなら有効に活用する。経営者も社員に対して理解や意志疎通を強化する。相手の身になって感じてみるし、目標にベクトルを向けていくことです。大変なときこそ悲観的にならないで、まとまって、創意工夫をして商売を創り出すことです。起業すると。創業期(生き残り第一)~成長期(経営管理のレベルアップ、事業モデルの確立)~発展期(技術面、資金面が充実し飛躍する)
2008.11.12
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真で成就せぬことはなし 成就せぬ時は真が欠けたと悟れ
2008.11.12
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不景気なときに、自己資金に対していくら利益を得たかの経営手法では、危機に耐えられない。現預金を減らして、自己資本を少なくしたら、不況をチャンスに変えられないのである諺に『屋根は晴れた日に作る』というのがあります。景気のいいときに、きちんと貯蓄して、景気の悪いときに投資する。災難という雨が降る前に屋根を作って備えていくということです。欲望も満つれば欠けるのが道理です。人間足を知るという謙虚さがなければならない。
2008.11.11
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あわてる時がお陰を頂く時じゃあわてる時にあわてるならばこれまでの信心はなんにもならぬ人をうごかすのは正しいとか間違っているとかの主観的な主張でなくそれがわかる資料を示すことであるこの信念がいる
2008.11.11
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なにが起こっても、和らぎ喜ぶ心を保つのである。生きているものは必ず何かある。大概は意に添わないかもしれない。それでもなかには思うままに実現したり達成されたり、認められたり褒められたり誰かに愛されたり愛したりする。そんなときに女神が飛び交い、充実感を味わい、幸せを感じるのかもしれない。幸せは大きい小さいではなく、実感できるかできないかである。恵まれすぎると麻痺するのかもしれない。
2008.11.10
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眼に見える所ばかり大切にして眼に見えない所を粗末にしております信心致しましたら眼に見えぬところを大切にせねばなりません
2008.11.10
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先に、自分ではわからないことが起こりそうだから不安な気持ちになる。よく考えてみると、ヒトは先々起こることは何もわかっていない。ただ昨日と同じ様な今日が来ると思っているだけである。明日もまた同じ様な漠とした楽しいことが起こると思っている。先行きに漠とした安心しているところがあるから幸せを感じるのである。先行きに何が起こるかわからないことが起こりそうだから不安になるのである。先行きなんて元々何が起こるかなんか人間誰も知らない。ただわからない漠とした不安を取り去るために、神を生み出したのである。しかしヒトは思い通りにならない神の存在を消したり殺したりも考えたが、万能に憧れ、目標にしている人間は神に入れ替わろうともがくのである。しかしヒトは不完全だから進化の余地があるように、いまでも万能ではないのである。だからヒトは神を創り神もヒトを創ったのである。万能にあこがれ、進歩の目標になっているのである。そしてそこに向かうことで救いを求めているのである。
2008.11.09
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ここへ参るのに手間が欠ける日間がかかると思うてはならぬぞ神様がそれだけの手間日間はじきに取り返してくださる
2008.11.09
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心は自由に囚われずに生きていくあれはこう、これはそうと決めつけて生きているが、もっと自由な発想で自分の仕切やフィルターを変えてみたり、はずしてみたりすると、いろいろなことが見えてくる。ヒトは何年経っても同じ事を繰り返すヒトが多い、正しくても間違っていても。過去にしたことは、経験があるから楽なわけである。惰性も習慣も考えずに行動できることなので楽なわけである。しかしそれでは流されるだけで面白くないし、実力もつかないし、やりたいこともできない。やりたいことを実現するためには、新しいことをやってみたり、これまでのやり方を工夫して変えてみなければならない。
2008.11.08
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好きな事ばかりやっていると段々後に嫌な事ばかりが残る不自由をお蔭と喜んで不自由させて頂いているといつの間にか不自由がなくなる
2008.11.08
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賢しいばかりの知恵の世。恕の気持ちない。自己中な利己的なヒトであふれている。ヒトの裏をかき独り勝ちだけを目指すのである。だれも承認されず市場も形成されない。独占企業は独裁につながり競争力がなくなり、結局弱体化する。
2008.11.07
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