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普段から見慣れていて、たやすく理解できるものを『自然だ』と感じる傾向があります。一方、『自然だ』とは感じられない場合には、不安と期待のいずれかの感情を抱くことになるでしょう。不安を抱いた場合には『不自然だ』と感じ、期待感を持った場合は『特別だ』と感じると思います。
2008.02.29
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身近に音楽が聞こえたり美人がいると、聞こえたり見えたりしないようにすることはできない。だが、たとえ見えたり聞こえたりしても、それに流されさえしなければそれでよい。教祖様はおかげをいただいても、なくならない欲があるといわれた。それは、「人を助けたい」という欲であるといわれた。
2008.02.29
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小は常に大に依存し、また重要でないものは重要なものに、偶然的なものは本質的なものに依存する、この原理こそ我々の考察を導く指針である。相手の重心をたえず探索し、こちらの全面的成功を目指して、我が方の全体を賭けることによって相手を完全に打倒しうる。肝心要のところをどうしていくかが雌雄を決するのである。
2008.02.29
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知らない事は恥ではない不自由である人には、して良い事 悪い事がある言うて良い事 悪い事がある悪い事をしていながら居直る人もいる幼児の段階から善悪が身につくと言う
2008.02.29
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自分の実力は、自分さえもわからない。現在、普通に生活しているということは、『仕事に完全に失敗してホームレスになっている』わけでもないんですから、どこかで『助かっている』とも言えるのです。どこまでも自分を卑下してもおかしいし、偉ぶってもお里がしれるだけです。謙虚さと確かな自信を持って元気に生きていけばよいと思います。失敗したら、次に失敗しないようにするにはどうすればよいのかを考えて実行することが大事な事です。起きたことを対処することも必要な事ですが、必ず再発防止をやることが最も大事な事です。会社では責任は上司にあり、部下を失敗させないように、監督することが管理職の仕事である。
2008.02.28
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不確かな情報、矛盾する情報の渦の中で、恐怖を与えるような情報は無理にでも退け、とにかく希望を抱かせるような情報を取り上げる。自分で計画を立案して、自分の判断を持つことである。情報過剰な中で、他人の言葉をよく聞くが盲従せず、峻別して、自分の判断を決定することが大事なのである。得た情報や決めた方針は人に的確に説明し、継続的に情報を得られるチャンネルを保つべきである。無視したりするとせっかくの情報もガセネタと取り違えたり、取り返しつかない失敗をする場合もある。道理に合うものが何かを常に考えていくべきである。
2008.02.28
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人間は狂った生物とする考え方がある。有機体が確定的な生の方向(意味)に従って、決められたプログラムされたコースを進むならば、人間くらいどこに向いて走り出すかわからない存在はない。本来有機体は死を知らず、淡々と成熟し、生殖し、ある時ふと生存を停止するだけである。しかし人間は、あえて自殺はするし、いきなり人を殺したり、親しい方が急に音信不通になる。人間はホモ・サピエンス(理性のヒト)である前に、ホモ・デメンス(錯乱のヒト)なのかもしれない。
2008.02.28
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人は苦労にきたえられて深み出る人と苦労にねじふせられて曲がってしまう人がある物が豊かになる程ものを粗末にする人が多い
2008.02.28
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日本人は水も安全もタダだと思っていると言っていた時代から、水も安全も金を出せばなんでも手に入る時代が過ぎ、水も安全も金をだしても手に入らない時代になって来ている。表示偽証、安全性無視な詐欺まがいの食品だらけである。商売の優等生である老舗の孫たちは、単なる金の亡者になって、バレなければ、何をやってもよいと思っているようだ。本来先祖からの家訓や社訓を護るべき子孫が、人が見てないからとか人にはどうせわからないから、お天道様がみてるから悪いことをやったらいけないとかなんて良心の欠片もない。顧客にすまないから悪いこと、騙すことはしないで思いやりなんかより金儲けや目先の名声なのである
2008.02.27
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内に改まり 正しければ外に現われる事正しい自分の徳が神と同根なり人の上に立つ人は絶えざる批判に晒されそこからよくなる
2008.02.27
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変化球でしか見ない人に囲まれていると、素直に真っ直ぐに人を見れなくなる。練習だと思って素直に視ることが出来るようにして、更に、主観や感情でなく、客観的に離れて観たり、違った角度から観ることも出来るようになりたいものである。
2008.02.26
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お道の御用に大・小 重い・軽いの区別はありませんいずれも大切な御用ですお役に立つとか立たぬとか向うにばかり 目をやらず御用を通して自分がどうして助からして頂くか 手元を見て行くことが大切である
2008.02.26
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日本企業は欧米信仰なパワー至上主義では世界での商売は成立しない。日本は組織総合力で勝負すべきである。江戸時代は行政官吏は富めず、単なる拝金主義の経済至上主義ではなかったし、人々目に見えるモノだけしか信じないような人々の集まりではなかった。時代は、これまでの欧米の5~10年は遅れてついて行くような経営を求められているわけではない。日本らしい伝統的に培ってきた思考の中から強みを見つけ出すことが求められているのである。今当たり前の事は何かということから考え直していくときが来ているのかもしれない。
2008.02.25
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日本語にない新たな概念について、カタカナ表記にして、意味を訳さないため言葉の多様性から、本来意図とは異なる意味で使われてしまうことがよくある。その時に手を抜いたツケが言葉の乱用につながるのである。論敵の攻撃を恐れるあまり、新しい考えを盛り込んだ言葉を既成の言葉に還元していまうと、執筆者のオリジナルな意図が損なわれると思いカタカナ表記にして、更に曖昧にしてしまうのである。パラダイム~和訳は模範、理論、原理、ルール、価値観みたいな意味らしいが、定義の曖昧さの中にあるために意味不明な言葉となってつかわれてしまうそろそろブームも去りそうな言葉、スピリチュアルなんかもそんな感じで、多種多様な意味があるため、商売に悪用された胡散臭さや神秘性もある。流行語みたいなものになったのである。明治時代の学者たちはカタカナ表記よりも意訳をとり、造語で意味あいと精神を伝えたかったらしい、経済、宗教...など。カタカナ表記の言葉は、日本語にない心地よく感じる音感だけである場合もあると認識し音感だけで使うのではなく、本来の意味を知って誤用せずに理解してから使うべきであると思う。
2008.02.25
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お道の御用に大・小 重い・軽いの区別はありませんいずれも大切な御用ですお役に立つとか立たぬとか向うにばかり 目をやらず御用を通して自分がどうして助からして頂くか 手元を見て行くことが大切である
2008.02.25
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平成20年2月24日(日)08067 金光教荻窪教会 教会長 1、首都圏布教120年特別教話講題 「他人(ひと)の助かりに祈りと行動を」講師 本中野教会 教会長 首都圏布教祈願詞生神金光大神様の 世界を包みまわさんとの広きみ心仰ぎつつ われらが先覚先人の 東に道を伝えんとの 尊きみ跡偲びつつ きびしさつのる今の世に 人を助けてわが身助かる信心を 心新たに求めゆき けわしさ加わる生活に 神を生み出す信心を 心一つに磨きあい 天地金乃神様の ごひれい輝かさんとの大願を おのが使命と畏みて ここに首都圏布教百二十年のお年柄を迎え 今こそ和賀心のときなりと 奮い立たしめたまいませ。首都圏布教祈願 首都圏布教祈願。首都圏布教祈願 首都圏布教祈願。2、祈りの運動 祈りとは? 神様に心を向けて、願いの成就や神護を願ったり、感謝の思いをこめることである。 教祖様は、「ご祈念は、めぐり、ご無礼のお断りから、信者の身の上の願い事から、上のことも下のこともいっさいのことを、くり返しくり返しお申し上げになった」との伝えがある。 形式ではない、心で何時でも何処でも、神との対話することを主眼として、祈念することが肝要であると説かれた。 祈りの運動 東京都連合会では、本年の首都圏布教120年を迎えるにあたり、信奉者の信心実践として祈りの運動に取り組んでいきたいと願っています。 「祈りのノート」を作り、毎日書いて毎日祈るという、老若男女だれでも取り組め、祈りという内面の営みでもありますが、この運動に取り組むことによって内面の心の展開が起きてくると思われます。他人の何を祈るのか、何に対して祈るのか、その祈りは届いているのか、神様は喜んで受けてくださるのか、など祈る自分の心がどんどん広げられ深まっていくものと思います この機会に「祈り」を見直すチャンスと捉え、改めて自身の「祈り力」を深めてみたいと思います。3、二代教会長、仲井昭夫先生二年。 本日の月例霊祭は、先代教会長の二年祭もさせていただき、更なる思いを新たにさせていただきました。 教祖金光様につながる霊神の思いを我が思いとして、信心させていただくことはたいそうな喜びであります。また一歩、いや半歩でも前に進む姿勢にならせていただきたいと思います。4、よしあし生きている限り、よいこともわるいことも起こる。 問題が起こったということは、問題の顕在化、教えてくれたと思い、取り組むことである。 そのことを通して、取り組むことを教えてくれていると思い、目先のわるいこともよいことへの布石だと思えばいい。5、性格は不変、だから発想で生きる 性格は変わらない。『三つ子の魂百まで』といわれているように、生まれながらのもの、3歳児あたりまでに身につけた性格(気質)は、どうにもならない。 しかし肝心なのは性格(気質)ではなく、発想である。発想とは、考え方の習性、癖である。習性や癖なら、練習すれば身につけられる。 絶対できないことをくよくよ考えても、何も生まれては来ない。大事なのは気持ちをはやく切り替えることである。 些細なことでも、前向きに、プラスの方向に考えるように意識してやれば、だんだん習慣になり癖になる。 常に前向きに考える癖をつけると、人生の肝心要のような時でも、前向きに考えることができるのである。
2008.02.24
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親祖先を大切に致せ根を断ちて枝葉の栄えた例しはあるまいぞ信心する人は木の切り株に腰をおろして休んでも立つ時には礼をいう心持ちになれよ
2008.02.24
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平成20年2月23日(土)08066 金光教荻窪教会 教会長1、霊神様 教祖様のみ教えから、み霊に関する、教祖様のご信心も漸く明らかになってきました。教祖様は、人間は死んだらどうなるか、という疑問に対し、「自分もまだ修行中で、死んだ後のことまでわからない」と率直に言われました。ただ、人間は、生まれる時、神様の「分けみ霊」をいただいてきているのだから、体は、土の戻り、み霊は神のもとに帰ってゆき、神様のもとに納まっていくものである、とみ教えになっていたことが明らかになりました。 教祖様は、「死を恐れるな」「この世でしっかり働いて、徳を積んでゆけば、死後を恐れることはない。この天地の親神様には、死後もお世話になっていくのであるから、生きている間はしっつかり徳を積んでように」とみ教え下さっています。「死」を恐れることなく、死後、神様に一層お世話になっていくのであるから、安心して死ねるようにと諭されました。また、死は忌み嫌うものではなく、死は、めでたいものだ、とすら教えて教えておられました。2、金光教とは 金光教とは、神と人、人と人、人と社会が、共に助かり、立ち行く世界の実現をめざしています。 1859年教祖金光大神(こんこうだいじん)様は、天地金乃神(てんちかねのかみ)様からのお頼みのまま、人の願いを神様に、神様の願いをひとびとに取り次ぐようになりました。教祖様は、一人ひとりの苦悩や願いを神様に祈り、人その人の実情に合わせて助かりの道を示しながら、世界の助かりを祈り続けました。 金光教は、神様の大いなるみ恵みの中で、つながり合う私たち一人ひとりが、幸せで実りある人生を築いていくことを願っています。3、よしあし 生きている限り、よいこともわるいことも起こる。問題が起こったということは、問題の顕在化、教えてくれたと思い取り組むことである。そのことを通して、取り組むことを教えてくれていると思い、目先のわるいこともよいことへの布石だと思えばいい。4、ままよ どうにもならない時にでも、わめき回るようなことをするな。『ままよ』と思ってほっておくような気になればいい。5、辛抱 成功したものには辛抱しないで成功したものはあまりない。クルマでも心棒が折れたら、クルマが回らない。 商売人は損をすることが不幸せなことである。しかし乗り越えるために辛抱しなければ、幸せになれない。 桜の花より、梅の花のようになかなか散らないように生きるべきだ。 辛抱しても腹を立つのをおさえこんでいるのでは気分を傷める。もう一歩すすんで、腹が立つということを知らないようになれば、こんな楽な事はない。6、性格は不変、だから発想で生きる 性格は変わらない。『三つ子の魂百まで』といわれているように、生まれながらのもの、3歳児あたりまでに身につけた性格(気質)は、どうにもならない。 しかし肝心なのは性格(気質)ではなく、発想である。発想とは、考え方の習性、癖である。習性や癖なら、練習すれば身につけられる。 絶対できないことをくよくよ考えても、何も生まれては来ない。大事なのは気持ちをはやく切り替えることである。 些細なことでも、前向きに、プラスの方向に考えるように意識してやれば、だんだん習慣になり癖になる。 常に前向きに考える癖をつけると、人生の肝心要のような時でも、前向きに考えることができるのである。
2008.02.23
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迷いは欲からおこる欲をはなすと決断がつく役に立つ時は人が大切にする役に立たなくなると人が相手にしなくなる
2008.02.23
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社会の約束事が守れなくなって、自分さえよければよい利己的な人間ばかりになると今の性善説をとる法律はどんどん厳罰化に向かい性悪説へとスレ変わってしまうのである。国民は法律の隙間をねらい商売しようとして結局最初は甘い汁をすう人もいるが、全ての人の首が締まっていくのである。そんなことを目指すのは、利することしか頭にないからである人が立ちゆく道にには、遠い道になっているのかも知れない。大事なことは道理にあった道は何かを思い直すことである。
2008.02.22
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配つくるもわが心
2008.02.22
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いま流行っていることに迎合しようとすると、自分の個性が薄まる。自分の地を出していくことが全てだ。
2008.02.21
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配つくるもわが心
2008.02.21
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過去は、皆が昇進出来る時代だったので、自分の職位が上がっても組織が揺るがないように、部下に対して『ひとつ上の立場で考えるように』と指導することで、管理職を育てる役割を果たしていた。しかし、今はいつ昇進するかわからない時代。上司は部下を管理監督となるための指導の必要性がないと思いはじめて、指導も教育も訓練も何もしなくなっている。半歩先を見て仕事をすること上司とのコミュニケーションの取り方を学ぶ~危機的な組織の状況に陥ったとしても解決策が必ずみつかりのである。
2008.02.20
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若者には学力も大切だが明朗性 責任感 仕事には情熱を傾けてちょっとやそっとではへこたれない自信を持つ人になること
2008.02.20
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躁、隠心しておかなければ怨まれる三つのこと。こちらから勝手に話すとうるさがられる相手から話かけられたときに黙って何も言わないのは何か隠していると思われる相手の顔色を察せずに、一方的に思うがままにいう。いずれも場の空気が読めないのだ。
2008.02.19
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生命は天地の神の造り下されたものである天地の心を心として御神意の侭(まま)に事実をあるが侭に見て何事も大切にすること
2008.02.19
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心の出来た人は、何事も自分の責任とする、(出来ていない人は何事も他人のせいにする)自分なりの誇りを持っているので人と争わない。多くの人に囲まれていても付和雷同しない。公明正大であるので、いうことがよいからといって即座に採用しない。よくない人だからといって、いっていることまで棄てることはない。いまの世の中では、実は心の出来ていない人を好いているようだ。毎日衝動的な事件をニュースで取り上げて無批判に流し、正しいかのように思わせ、馴らしていく、まるで犯罪予備軍を養成しているように…。
2008.02.18
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子曰く。友は自分を映す鏡である。どのような友がいるかでその人物がわかる。益者三友。プラスな友とは、1正直な友、2誠実で裏表のない友、3博識な友である。日々交われば進歩する。逆にマイナスな友とは損者三友1考え方がねじ曲がった友、2外見ばかりで誠実さのない友、3おべんちゃらばかりいう友彼らと交わると自分の人間性が落ちていく。しかし友でも仲間でも親でもなく、認められないからこそ、直言しどんな状態であっても心の奥底に恕をもって接することである、そのことで真に思いやりをもつことが出来るような人になることができるのである。信の関係は互いの思いやりある関係である。互いに立ちゆく道を進むことである。
2008.02.18
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人情をはなして 神心となり 神心をもって 人情を尽くせ
2008.02.18
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人間も才ばかりに優れていても徳がなければ危ない。才は才に溺れ、とかく陰謀を巡らせることがあるからである。才をうまく制御していけば、そこに価値がある。
2008.02.17
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貧しうして怨むなきことは難く、富んで驕るなきは易(し)からずその之を言ふやはぢざれば、すなわち之を為すや難し貧乏してうらまずに平然としているのは心の出来た人でなかなか普通の人にはむずかしいしかし金持ちになっておごりたかぶることは節制をしるものなら普通の人でも容易い、しかし、現代人は節制することを知らないため、いくら本人がしっかりしていようと、その人から利益を得ようとする賤しい人間があつまる。周囲がイエスマンや茶坊主ばかりになり、勘違いして傲慢になる。 ~はだかの王様の出現である。本人の謙虚な気持ちや節約する気持ちや自己の才能に対する評価を誤り、大言壮語をくちばしる。自分を大きく見せようとする虚飾であり、人間として大切な『信』がない。言葉に信用の無い人は、結局は嘘つきとなって嫌われるのである。謙虚で恥の文化を忘れた人間は、裸で道を歩いているようなものだ。虚飾な気持ちと猜疑の気持ちを人にもたれ胡散臭さが漂う。~人はありのままの自分の力で、信を得て、謙虚に生きることが肝要である。
2008.02.17
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他人にわずらわしいこと 気に入らぬことを辛抱させるような 不徳なことでは人徳はいただけぬぞ
2008.02.17
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初めてのことに接すると、どう対処するのか?マニュアルを見てすませてしまう、何も考えず、そのことをまるで正しいかのごとく疑問も持たずに行動してしまう。迷信、悪習が織り込まれていても、 普通はそうしているとか、 みんなそうしてるとかよく聞く言葉である。でも『普通』とか、『みんな』なんてものは存在していない。マニュアルはほとんど目的がある商業目的とかの・・・・。人はそれに気づかずに、もしくは思考停止して、単純にしたがってしまう。大きな落とし穴があるような気がするし、そこに瞬間におかしな要素があることを悟らないと、その罠に嵌められていくのかもしれない
2008.02.16
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『お金で買えないものはない』と思っている人は、『金で買えるものだけが現実だと思っているという事』そのことで、もうその人の限界を創っている今までの常識を疑う世間の人は科学的な結論というのは一義的に決まっていて、正しい答えがあると信じている。それは既に時代遅れなのに
2008.02.16
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愚痴不足 勝手考え 取り越し苦労どれを一つ持っていてもおかげの断りになります
2008.02.16
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日本のデザイン1小さく薄く軽く2機能を集める3携帯化身体化4時間と空間を広げる5飾りを削ぎ落す6コミニケーションを媒介する7自動化省力化する8技能を開放する9バリエーションを広げる10誰もが使えるようにする11自然を映す12システムを編成する13素材を活かす14素材を拓く15美しく包むみんな江戸時代からの発想ですよ(^^ゞ
2008.02.15
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志が大きく小事にこだわらない者はまっ正直である。無知なる者は温厚である。無能な者は多くは信用できる無知でありながら乱暴で、無能でありながら信用がないならば欠点ばかりで子はどうしょうもない。意地悪で冷酷で凶暴な利己主義者は好かれない。私もそう思う。だが普段、現代人は羊の皮をかぶっていて、多重人格だから直ぐにはどんな方かの本質はわからない。隠していてもにじみ出てくるまで待つことをしないと氷解しない。大概は逆境にあった、その人の問題解決の態度をみるとわかるのである。翻弄されて初めてわかることでもあるのである。人間の冷たさ、無情、現行不一致、利己主義、卑怯さ、厚顔、約束しても約束でないやるせなさ、虚言癖など。悲哀を味わうと、お節介な気持ちが沸き、なんとか治せないものかと、もたげてくる。~異なる資質を発見して喜びもある、無力感を感じて距離をおこうとすることもある。単なるお節介なだけかもしれないが...。
2008.02.15
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ほんとの気持ちは、ひょんなことから判るものである。どうもハッキリさせない宙ぶらりんでやっぱり勘違いさせられていたらしい。~悪意で操られていた訳じゃないみたいだが~☆彡。人間関係は難しくなかなかうまくはいかないものである。答えがなかなか出ないということも、実は答えなのである。
2008.02.15
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時の信心より常の信心 時の追肥より常の地肥時のお百度参りより その日参りに お蔭は受けるがよいぞ
2008.02.15
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平成20年2月14日(木)08065 金光教荻窪教会 教会長1、視点 人は分かってもなかなかちゃんと理解しないと伝えられない。さらに相手が曲解の理屈でしかみないと、他の視点では見えないし、理解は得られない。 何故ならば、人はいつもひとつの視点からしかみることができないからである。2、辛抱 成功したものには辛抱しないで成功したものはあまりない。 クルマでも心棒が折れたら、クルマが回らない。 商売人は損をすることが不幸せなことである。しかし乗り越えるために辛抱しなければ、幸せになれない。 桜の花より、梅の花のようになかなか散らないように生きるべきだ。 辛抱しても腹を立つのをおさえこんでいるのでは気分を傷める。もう一歩すすんで、腹が立つということを知らないようになれば、こんな楽な事はない。3、輸入天国日本、踊る餃子事件。 何を食べてもわからない味覚。 責任転嫁体質。 なにも見ていない管理で何がわかるのか? 工業製品でも中国製の信頼性がないといわれ続けていて、日本人の品質の考え方が異常だといわれ、製品の品質ダウンが続き、クレーム天国、リコール天国となっている。 悩まれば何をしてもいいというのはおかしい。それ以上に、ばれなければ何をしてもいい体質。大声で強気に出れば、自分たちは正しいかの如く言い放つのがいいのか また、答えはわからないかもしれない。これからも混入が続くのである。情報の隠匿なく、後悔されるならば、自己責任での判断も必要である。4、他人任せ 消費者を騙して儲けようとする企業が目立っているのは、自分で価値を判断できない消費者が増えているからである。 賞味期限に過敏な消費者が多いほど、新しい商品が売れる。捨てなくてもいいものを捨てて、上質でないブランドに高い金を払う。 自分の価値判断力がないことで損をするのは自分だ。 食品だけでなく、なんでも他人任せにする構図が日本人に染み付いてきているのかもしれない。5、ままよ 生きている限り、よいこともわるいことも起こる。 問題が起こったということは、問題の顕在化、教えてくれたと思い取り組むことである。そのことを通して、取り組むことを教えてくれていると思い、目先のわるいこともよいことへの布石だと思えばいい。 それでもどうにもならない時は、わめき回るようなことをするな。『ままよ』と思ってほっておくような気になればいい。神様にお任せする気持ちになることである。6、やりたいことをやる。 好きだと言うことにこだわる。 自分のやり方を貫くには、いろいろなやり方を試してみる。それから自分が選択して、自分のやり方を選んでいく。 自分のやりたいことをやるなら、自己評価がいちばん厳しくないといけない。自分の結果を示さなければならないし、具体的に示せなければならない。自分の可能性を拡げるならば、自分で自分を教育していくしかない。7、ビジョン こうなりたいという具体的目標を定めて、仲間でともに共有し続けていければかなわないことは何もない。 諦めずに、だがこだわりすぎずに広くゆっくり満足しながら進むことである。
2008.02.14
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不平不満 怠け心 身勝手な事が身につくと不幸になる悲しい事苦しい事に出会った時に避けて通る心では不幸になる人間の価値は物により裏付けされがちであるが自ら切磋琢磨することにより培われる豊かな心に価値がある
2008.02.14
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心が真の仁に向かえば、悪事をすることはない。人が悪事をするのは、私利私欲を優先すりときに生まれる。この心を持つ人を利己主義者という。逆に、立派な人というのは、広い心で、『人の喜びを我が喜びとする心』を持って、自分よりまず相手に喜んでもらうことを先にする人をいうのだ。仁とは『相手をおもんぱかる心』である。だからどんな時でも欲を求め出世を望むのは当たり前のことである、しかしそのためにインチキしたり阿漕な真似をするべきでないということだ。不正をして富を得たり、自分が招いたわけでもない貧乏でもそれを恥と思うかも知れないが、自分の生き方が正しいならばそれでいい。心の出来た人とは、忙しいとき、問題を抱えているときなどどんなときでも心安らかに平常心でいられるのである。
2008.02.13
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辛抱は徳を積むもとである 苦難に負けてはならんどんな難儀にも根気と元気と活気とで耐えて行くこと人は試練に耐えた強さだけ成長する
2008.02.13
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普段から見慣れていて、たやすく理解できるものを『自然だ』と感じる傾向があります。一方、『自然だ』とは感じられない場合には、不安と期待のいずれかの感情を抱くことになるでしょう。不安を抱いた場合には『不自然だ』と感じ、期待感を持った場合は『特別だ』と感じると思います。
2008.02.12
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すべてのものに感謝する心を養うことである。先祖が自分の目の前に存在しているように真心を尽くせ。何事も心が大事である。嫌われたと思っても自分から嫌うことはない。仕打ちを受けても相手が仕打ちしなければならなかった心を哀しむのである。
2008.02.12
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真で成就せぬことはなし 成就せぬ時は真が欠けたと悟れ
2008.02.12
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生きる事について意味を深く考えることによって、自分の生き方について考えたり、改変したり。それを続けていくと不安が消えていき、まわりの生き方も変わっていくのである。ほんとの自己実現は、自分としてはまず否定したいことを認め、それを生きることになるのが多いが、自分のしたいことを認め、その道を地道に、ゆっくりでも真っ直ぐに進むことがよい。求めよ、さらば与えられ賜わん! 王道を進むことで自己実現ができる。裏を進む人は何時も自分が裏を歩みたいだけで、おもてを歩いていけないなんてことを決めているのはあなただけだ
2008.02.11
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あわてる時がお陰を頂く時じゃあわてる時にあわてるならばこれまでの信心はなんにもならぬ人をうごかすのは正しいとか間違っているとかの主観的な主張でなくそれがわかる資料を示すことであるこの信念がいる
2008.02.11
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真の危機というものは、いくら声高に叫んでも人の耳にははいらない人は組織の中で、有形無形の身のまわりの小さな危機によって、自己規制され、大きな危機を叫ぶ声を聞いても、日常に忙しい。その無反応に対して危機を叫ぶものはますます声を荒げているが、オオカミ少年の様に、またはじまったとばかりに、余計聞き入れない。だが、そのとき誰かが具体的に脱出路を示し、そして半分も逃げられないとなるとはじめて皆脱出しようと出口に殺到する。どうにもならない様になり、具体的な出口を示すまでは、危機感は醸成されないのである。
2008.02.10
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