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耳に中に鳴く真夜中の音が高い、一人である。生まれてから一人である。そうだが、そう思うと耳の中の音が高くになります。聞いてみよう耳のなかに全部取り込むように。 父も聞いたであろう、母も聞いたであろう、だから何も怖がることはない、故意に耳をかたむけると、確かに大きくなる、音の方も思うのか、耳をかたむけているなあとよってくるのか。。 耳から頭の中に入ってくる、何となしに飴玉をねぶった、口の中へ入れたのだ、何事も実験、音が少し甘くになったかな。 今日の一首 小刀(メス)を砥ぐふときこゆ うしろにてつね小刀をとぐ音はきこゆる 葛原妙子(原牛)
2013.01.30
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新しい年の歌会でありました。積み行くものは積み行きつつ、零さんとすにるものは臆すること無くに零しつつ、時間を重ねんとするわたしたちであろうかと考えます。 ノーベル賞、晩餐会のメニューには北極岩魚、キジ肉もありと 初春の恵比寿のホテルの窓にたち遠く広がる空 胸に受く ご無礼をお許しくださいと年賀状亡夫(あなた)への思ひつづられてをり あべせいけん せいりよくてきに アベノミクス いぜんのびやうき だいじようぶかな まつしぐら狙ひのさきにくすりばこ這ひ這ひの孫と追ひかくる我と 晴れた朝若草山に日が差してほどろほどろのに残る白雪 リズムのよい新年の、或は新しい取材の、よい歌が自然に並びましたと思います。やはりお正月、歌には自然のその心理が現れるのであると思いました。このひととせを、どちらのお国におかれましても、どうか事、少なくにありますように、こころ真底、祈り上げます。
2013.01.30
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冬来たりなば春遠からじ、なんですかふと、そんな言葉をいま、思い出しました。また暫らくブログとご無沙汰でおりました。ブログは独り言の話せるところと思ってお付き合いしています。 思えばわたくしは、一人っ子、父とも母ともにあまりご縁はありませんでした。でも子供にすれば、ご縁など関係ないことにて、父は父、母は母でそれにてよろしゅうございました。当然二人があったから、生まれてきたのでございますから。 わたしは何も深く考えることなく、祖父母の下で裕福?に幸せに育ちました。身長は人並み以上、小学校もそれからも、ピンピン元気でありました。チョコレートがアイスクリームが大好きでした。 幸せでありました。時折父からは贅沢な毛皮の付いたオーバーなどを送ってきました。母は凄い十三参りの着物を縫ってくれました。そのころの写真がありますが、わたしはその頃ガ一番美しかったようです。写真屋さんで写真を撮ってもらいましたが、結婚を申し込んで来られたお方があったそうで、祖父母はびっくりでありましたそうです。 わたしは謡いをする祖母に倣って、仕舞を習っていたそうです。 今も幸福と思う自分ですが。終り 今日の一首 くろぐろと水とどこほる街川(まちかは)は今朝しづかなる冬日(ふゆひ)さしをり 佐藤佐太郎(「黄炎抄」)より)
2013.01.29
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夜になりました、やがても深けてゆく冬の夜でございます。真っ暗な夜の窓を少しばかりあけますと、音ではないただにひたすらなものの動きの気配だけがいたします。これは見るのではなく、ひたすらに感じると記録するべきでございましょうが、そうでもございません、動きは自ずからが見えるものに近づく思いであると思えてなりません。 人は心眼とか言う言葉を簡単に使うようでございますが、そのような目玉はあるはずがございません。またそのような場合、人の眼は人の眼でしかないのでございますから。いえこれは心の眼といっているのでしょうが、私は直ぐに、簡単に、答えるべきではないものが答えられることが嫌ではありません。 今日の一首 暗き硝子に白濁のうみありにけり深夜にひとりめさめをりしが 葛原妙子(『原牛』「魔汪」より)
2013.01.23
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今朝は、割合に暖かい、暖かいというのではなくて、ややに寒気が厳しくはないというところでしょうか。今朝は、なぜかややに気温が高い?ようにも感じます。実は、先日来、たまたまに見つけました新聞紙面の、旧年の車谷長吉の文章を紛失して、がっかりしていたこともありました。それがまた、奇蹟的に見つかったのでした。実は機会があって乗せていただいた自動車のなかに落としていましたものを、たまたまみつけていただきまして、やがて、明日にも手元に帰ってくることになったからのようでもあります。 勝手なじぶんであります、自分のなまけをそのような事に託したりもいたしまして。しかしながら嘘ではありません、そういう気分でございます。さて、一月もやがてに終わります、今年も地道にひとひ、ひとひを歩んでいくことに心を据えねばと自分に鞭打つ気持でございます。隔月のひとつひとつの仕事も気をゆるめれば、大変なことになります、一ニ、一ニと歩調を緩めずに歩いてまいりましょう、日々の大切さを、細かい時間の大事を反省する記事となりました。そういうことは、いつも一年生であっていいと心得ます。 今日の一首 訳も巻く若い男の店員に突っかかり買う花眼のめがね 吉村明美(「短歌研究」より)
2013.01.21
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昨日ですか、一昨日ですか長吉(ちょうきつ)に出合ったことを歌にしたくて、どうしてもできない、あたりまえでしょう、でもどんな恥をかいてもいいからと思いますけれどできない、そんな坩堝にただいまおります。こういう阿呆な苦痛を自らに舐めていることを阿呆というのでしょうか。 ではだれも冗談では言っても、自分を阿呆とは思いたくないのでしょうか。わたしはわたしで、自分がどれだけ、事ができるのかはわかりません、でも自分を晒す事に躊躇しないだけの理性はもちたいものと思っています。 今日の一首 掘りおこされし木の根の畸型陽に乾くうらかなしかもわれも乾けり 葛原妙子(「薔薇窓」より)
2013.01.14
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古い日記帳から、日経新聞文化覧にのせられた車谷長吉(くるまたに・ちょうきつ=作家)の言葉の切り抜きが出てきました。なつかしいことです。1994年(平成6年8月7日、日曜日)の新聞です。 このようなとき、わたしは其の懐かしさより、自分の過ぎ越しの有り様がまず省みられます。彼の言葉を借りれば、「神鳴りのごとき高圧電気に感電するよう」にであります。彼のことばを切り抜いた日の自分がなつかしいです、恋人のように。 夏ですからかたわらに「月下美人」の絵が大きく載っています。 今日の一首 今宵また準備をひとつ携帯に残れる父の声を保存す 大崎瀬都(「カシオペア座」から)
2013.01.12
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綾部へ行ってきました。線路沿いに見える田圃のなか、道々にぽこん、ぽこんと見える小さな山々の美しくやさしいこと。いつもながら目をはなさずにおりました。亀岡を過ぎてしばらくいきますと、それらが現れます。 そのような景色を見て、こころをやさしくして、今日の集りに参加してきました。目的がなにであれ、このような風景をみましたら、結果はよくになりましょう。いま、ちょつとお名前を忘れましたが、森林など、ご研究の或る博士さんもそういっておいでであることを知っています。其の博士さんより、其のお方の奥様にお会いしたいなと思う心しきりです。むかし、むかし、あるところで、お裁縫など、娘修行をご一緒していたお方です。 夢のような話をしています。其のお方の母上は短歌をしてらっして、わたしも実はしていて、ちょっとお褒めいただいて嬉しかったことがあるんです。霞か雲かのお話しでございますね。そこまででございます、今日の夢でございます、いつか其の本当が夢からさめたようにあらわれますかも。 人生、生きて見なければわかりません。わたしは生きてまいります。 今日の一首 いづこにもをらざるわれがひとりゐる黒き梁(うつばり)の下なるわれが 葛原妙子(『橙黄』梟、より)
2013.01.11
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写真を出したら、消える・・・を繰り返して、ようやくにここまできました。消えないでねと祈りつつであります。 パソコンにはわたしにわからないことが沢山ありまして、わたしはいつも恐る恐るであります。さて、と、いいながら何を書きましょうか、わたしは何をしますににも、用意周到ではなくて、行き当たりばったりであります。しかしながら、書いてみて、この行き当たりばったりという言葉はおもしろいですね。おもえば私の今日までが同じ、といいながら用意するということほど悲しみの原因つくりもあろうかなどと、何かまたわけのわからぬことをいいだしましたが、そのとおり、今夜の、ただいまのわたくしのこのブログ書きがその通りでございます。 まあ、今日まで身心ともによくご無事でございましたなという、今夜はそういう内容のブログ書きとはなりました。たった今まで、こんなブログを書こうと思わなかった己ではございます。本日終り。 今日の一首 山みちにわれの捨てたる卵の殻雨にぬれつつうごくを見たり 山下陸奥(『霊鳥』より)
2013.01.09
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どうにか、去年からの残りの仕事、6枚も仕上げました。この夕べからが、たしの新年かと思ったりします。しかしながら寒いですね、屋外に出ますこれはこれはと思います。今日は日曜日なのですね、そのようなことも忘れていました。 しかしながら、書くということは、果てしないうなばらを果てしなく行くようで、苦しいながら自由さはたっぷりにあります。それが己一人であるということは、常ながらあたりまえのことでありまして、ありがたいと思わねば罰があたりますね。 この状態をつづけなければ己は捕まえられません。これ以上己にまで逃げられては、わたくし餓死するしかなく、わたしはやはりおいしいものをたべたいから、餓死するまでに頑張ります。 いらんことをいうているようですが、こんなことを、ええかっこしいでも ええから、いいますと またがんばれるのであります。 本年をスタートいたします。いざ。 今日の一首 わがめがねひだりの玉の抜け落ちてしづくのごときは垂りしとおもふ 葛原妙子(「朱霊」より)
2013.01.06
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蘭鋳を飼っています。我が家の近くに仏像を彫っているお方がありまして、そちらでちいさいちいさいのをわけていただきました。もう一年余になるでしょうか。元気に大きくなりつつあります。 しかし、今年は寒くて、今までの玄関先ではなく、座敷の縁側にあげてやりました。蘭鋳は寒がりではなかったのでしょうか、何もわからないので心配でしたから。わたしの体験では蘭鋳は人なつっこいようですね。かわいいです。 玄関先でよかったかしら、寒がりではなかったかしらと思っています。 今日の一首 オリオンよ火星よ空に居並びて吾を護ると君に文かく 白蓮(「踏絵」より) 、
2013.01.03
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新年おめでとうございます。少し緊張します、長い間ご無沙汰して直ぐに言葉が出てまいりません。おかげさまで精神は生きているようです。ところで精神という言葉をいま簡単に使ってみてふと考え込みました。持っているのはあたり前のようなことをいって、何だろうと。辞書でしらべました。「精神とは人間の心。非物質的・知的な働きをすると見た場合の心。」と書いてあります。思えば、それに連れて際限ないクエッションマークが駆け回りそうであります。 今の私の知恵では、ひたすらに生きていこうと思うだけでございます。どうぞ今年もよろしゅうにお願いいたします。かしこ 今日の一首 犬も猫もカラスも異形おほかたはヒトに似てゐてわづかに違ふ 大崎瀬都(「カシオペア座」より)
2013.01.01
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