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寒い時期だけど、今日はほどほどに暖かいから金魚の水をかえた。もう半年はかえてない。基本的にかえないのだが、今日はそうしょうという気になった。気まぐれではない金魚を見ていてそうなった。 うちの金魚はもう金魚でなく魚である。二匹である。名前は金ちゃん、トトちゃん。名前も魚らしくそのうちにしょう。 今日の一首 「ゴオガンの自画像みればみちのくの山蚕(やまご)殺ししその日おもほゆ」 齋藤茂吉
2007.01.31
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アフリカへ行ったのは随分遠いこと。帰路ロンドンへ向かう機上からツエルマット・マッターホルンを見た。 その姿は疲れて眠る夜に夢として、折にまなうらに現れる。今宵もかもしれない。今日は互いに疲れてすこし悲しい会話をした。でも、おやすみなさい。夜がきてそういえることはうれしい。夜がくることは救いである。 今日の一首 「俘虜となるアラブの兵の行くあゆみはだしの脚の影細くみな」 近藤芳美
2007.01.30
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1960年代であったと思う。その時代に創刊した家庭生活関係の雑誌に、いきつけの整形外科近くのカフェで出会った。タイトルの字体は変わりないが、久しぶりに見た表紙絵には拍子抜けしたというか、力抜けした。 しかしながら、その雑誌で、わたしは赤ん坊の洗った「むつき」は、へんぽんと、風にひらめかせて空高く太陽に近く干すものと学んだ。わたしは裏庭の2本の干し物柱の間に幾段にも高く高く竹ざおを渡して「むつき」を干した。 いまになると、その風景は自分自身の大きな思想ともなっていることに気付く。 「むつき」は赤ん坊の体の3分の2は包むものである。それらの布は、赤ん坊自身の祖母や母らの匂いの染みた、幾度も水をくぐらせたた柔らかい布であった。 今日の一首 「皇帝にも父にも殉ぜざりしこと誇りとし香港の街の浮浪者」 斎籐 史
2007.01.29
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時に間があって、書棚をまさぐっていた。 なつかしいものがあった。それを覗き込んで気が付くと日が暮れていた。それは「律‘68-短歌と歌論」。 そこには当時の「ベトナムに平和、歌人の集い」が行ったディスカッション「短歌は反戦詩たりうるか」の問題提起がまとめられている。当然のことにわたしも若かった。 実は夕べ身近な短歌の会合があった。何がたらたらと短歌の宣伝だ。その時代、文学は弾より弱い。しかし文学は弾をうつ射手に影響をあたえることが可能だ、といった魯迅の思想なども、かたわらにメモしていたものだ。 人のことを考える余裕はない、常に自らの根底に立ちて詠え。その姿勢に人は集まる。化粧はいらぬ。 今日の一首 「熱湯にふくるるかぶら菜の青き塊くるしきばかり蕪菜であり」 森岡貞香
2007.01.28
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表現にかかわる話し合いのときに、古い新しいの言葉が出るときがある。そんなとき、わたしは家へ早くに帰って、数えうたなど口ずさむ。 わたしはわたす、あなたをわたす、あなたへわたす、わたしもり あなたはあなた、あだしのあたり、わたしはわたし、わたしもり 今日の一首 「死屍(しし)の腸こもごも洗いきりて提ぐしぶきに寒しこの一隅の」 岡井 隆
2007.01.27
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左胸から背後の肩にかけて痛みがある。ホームドクターに相談する。心電図、血液検査がなされ、常備携帯舌下錠、医師のすすめで舌下へ。状態は変化なし。血液検査も異常なし。 初体験ながら、一つの体験、たいそうだが人生の一点の通過。 勉強のしすぎ?机への姿勢が悪かったか。 自分にとっは静かなよき体験、静だった。命って静かなものなんだ。 今日の一首 「きみに向ふまなこを流すねむりながす 麦の丘高く馬頭かがやき」 山中智恵子
2007.01.26
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「寒中お見舞い申し上げます」この日ごろになって、このような葉書がひっそりと門脇のポストに入る。 「年賀状のご返礼がおそくなりまして」、よくあることです。「昨年母が永眠云々」そうでしたか母上が~とおろそかに一人合点する。 今一度見直す、差出人は「娘」とある。愕然と見直す。「母」とはわが友であったのだ。 雪恵さん、その際やな、真直ぐな生き方に追随、数少ない短歌の友であった。貴重な出会いの幾度かを忘れない。ありがとう。いましばらくのわたしを見守って、ありがとうだった。でも、さよならはしないよ。 今日の一首 「ただ一度生まれ来しなり「さくらさくら」歌ふべラフォンテも我も悲しき」 島田修二
2007.01.25
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何にしろ、批評する言葉を聞いていると、その人の考えがよくわかる。当たり前のことだが、逆にあらためてその人の作品を見るよりはである。批評はその人の作品となる。 人はお互いにとって異体であろう。異体ほどおいしいものはない。異和や反発、困惑が底をついたところから、言葉(批評)を発してみたいもの、発しられてみたいもの、そんなことを切なくに思う。 今日の一首 「いちまいのガーゼのごとき風立ちてつつまれやすし傷待つ胸は」 小池 光
2007.01.24
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白川の道をだあれもいない市営バスで南へ。停留所に待つ人影もないらしくひたすらにゆくバス。午後9時のはやの終バス。 城山の陰を過ぎたら西側の窓に月がついてきた、綺麗によこになって、舟になっている月。 右折したら見えなくなった。 今日の一首 「見廻せばわが身のあたり草莽(さうもう)の冥きがなかにもの書き沈む」 岡本かの子
2007.01.23
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伝醍醐天皇(897~929)の親筆を見た。 一人の人の解説に、その字の一部はリボン体操のリボンの流れのような動きを見せているという。何事につけ、現代の表現には独創の影がない。現代の人間の貧しさにもかかわること。 今日の一首 「麻酔利きそめし鼠はしらじらと卓に群れつつ尾を挙げてゆく」 岡井 隆
2007.01.22
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数日前にいただいた書道家の書作品集『花とて別(べち)にはなきものなり』に衝撃をうけたことは先に書いた。 風姿花伝、第七別紙口伝に見る言葉であることはいうまでもない。 今日又くちずさんで、往生す。「いづれをまこととせんや。ただ時に用ゆるをもて、花と知るべし。」と。 遠い日たれかが、わたしにささやいたような気がする、そのひとの生死はしらない。 今日の一首 「年代記に死ぬるほどの恋ひとつありその周辺はわづか明るし」 甦る神々 上田三四二
2007.01.21
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一日パソコンに向かっていて、夕方、散歩に出た。 ほんの少し長くなった夕暮れが綺麗。 昔からの街道の四つ辻に、コンビニエンスストアが出来た。透明な明るい感じ。その前の道路に古い灯篭が一基立っている。以前その場所がガソリンスタンドだったときから、灯篭の存在を危うく思って見続けていたが、コンビニエンスストアになっても、その存在がゆるがずに残されていた。 灯篭は愛宕灯篭、愛宕山の神にささげるともしびである。石の面を手でさすると、感触で明治22年9月建立とわかる。現代のコンビニエンスストアに入ってガラス越しに見たら、どんなかな。こんど入って見てみよう。時間はもどらない、時間が現れているものは大事にしたい。ふるさとの宝物。 今日の一首 「腫瘍学滔々として部屋ありきたとうればモンゴル奥地かここは」 岡井 隆
2007.01.19
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御天道(おてんと)さんと米の飯は付いて回る、とは昔の喩え。しかしながら、おかげさまでそのままにわたしの生涯はある。 今日の米の飯は長女がきて、カレーライスを食べさせてくれた。おまけにホットケーキまで。御天道さんありがとうございます。明日からもまた真面目に生きてまいりますゆえ。 今日の一首 「アンプルの殻に泡立つ雨をみて<舌圧子煮よ>ただ一語のみ」 岡井 隆
2007.01.18
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1995年1月17日の日記を見る。 「午前5時35分、早出の用事があり、着替え。46分、震度5。止むと思っていたが、さらに強く。衝立が倒れた。しっかり着衣。おさまって、階下へおりる足がふるえているような気がする。自覚はさだかでない。」など記す。 阪神昼現在死者300人以上、午後4時17分639人とも追記す。 18日午後8時2552人。19日のページを見ると午後4時3289人、20日午前7時40分4048人。 21日には、その日の、日経新聞朝刊文化欄の記事の切り抜きを添付している。タイトルは「日常を虚構にする大地震」。文章の最後に「地震に遭っていない他の都市でも、今ある風景がいつか虚構になるかもしれないのだ。当たり前と思っている日常の風景を見直し、その目を疑ってみて欲しい。」と見える。 23日の日記には「午前11時には死者4984人となった。今日になって我が家の裏庭の灯篭が倒れていることに気づいた。」とも記す。 今日の一首 「人みながかなしみを泣く夜半なれば陰のやはらかに深みて行けり」 前川佐美雄
2007.01.17
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『花とて別(べち)にはなきものなり』をいただく。 なんという衝撃。このまま死ぬるとても。 今日の一首 「六連星(むつらぼし)すばるみすまるプレアデス 草の星ともよびてはかなき」 山中智恵子
2007.01.16
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温気は「うんき」と読んで欲しい。ここに書く場合も「うんき」と打つと雲気とか運気としか出ない。辞書にはちゃんと温気「うんき」と出るのに。 しかしながら、自分もしっかり忘れていた言葉。今日ひとつの雑誌で見出して、うれしかった。温気とは小さいころ祖母から聞き覚えた言葉。 祖母は「ええ温気やな、ええ具合やな」といっていた。 それは冬の家の中の湿度が適当にきいた温かさであった。それは冬の衛生にとってもいいことだったのだ。でも祖母らにとってはそれは自然、当たり前のことだった。おかげで孫たちの喉はうるおっていた。 厨の竈には湯がたぎり、火鉢の鉄瓶にはしゅんしゅん湯が沸いていた。いい冬だったのだ。 今日の一首 「おほごゑを立ててわめくなひしめくな印度のはての夕焼の雲」 前川佐美雄
2007.01.15
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朝、友人とカフェにいって、ふとその裏山、同行の人も好きと思う、この世の光りの具合、その加減のやすらぐところへ案内したのだが、このごろのわがふるさと、どこもここも夜まで明るくすることがはやってか、なんとまあ、木々をはらわれた昼間の細道はまた明るくて、間違えたかと。 そこは墓地、ほどよき色合い、崩れ加減の極楽橋もぴかぴかに改められて。穏やかに花、水を扱っていた小屋、便所まで新装。 なるほど、ことの始めとはどこもさようであろうと、理屈では納得して、幼きころの思い出の地を去った。またひとつ、わがふるさとの美しき影の消えたことをここに記して。 今日の一首 「京の夜の寒さはむかし覚えたる華奢風流の寒さなるらむ」 吉井 勇
2007.01.14
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うすいけれど、ほっかり暖かい日差しが照っている。 深甕の水底から金魚がぽっかりあがってきている。日向ぼっこをしているように。傍らの甕の目高は姿を見せる気配もない。やっぱり目高は春のものかな。春の小川の詩のように。昔うたった童謡は、四季のうつろいをとても正確に教えてくれる。そこからわたしはいっぱいに習ったものがあることは確かだ。 今日の一首 「うとうとと熱出でをれば隣間にわがために妻が卵わる音」 柴生田稔
2007.01.13
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いつものように、山陰線9時22分発、最後尾の7号車、禁煙自由席。 熱いお茶とくるみパンを窓際に置く。 里山の裾に雪があった。見慣れた農家の庭には今日は二枚のふとんが干してあった。明らかに掛けふとんと敷ふとん。時折目をつむる。ひらく、見慣れた森の社。日本列島、北に向く山陰線の左窓がわたしの定位置。高見の位置に幾基かの墓、そこへ伸びる道に、めずらしく人のゆく影があった。やがて列車が右にカーブする、右手の窓に大きな鉄橋が見えた、降りる駅が近い。 今日の一首 「首飾の玉ちぎりて棄つる如く 二人住む日の数を減らせり」 五島美代子
2007.01.12
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今日も整形外科へゆく。整形外科は待ち時間が長い。でも辛抱強く通うことが肝心。医療は、健康な生活、生涯にために、わたしは時間を割く。 待ち時間のため、きょうはブログの点検と手書き日記の2日分の記入をした。 待ち時間のため、弁当持ち、筆記具持ちを忘れない。 帰りがけのコーヒーのおいしいこと、そこはケーキもいいんです。京の七口に近く、今も昔も不思議な景色も見えて。 今日の一首 「意志表示せまり声なきこえを背にただ掌の中にマッチ擦るのみ」 岸上 大作
2007.01.11
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参加するところのひとつの歌会の後、すぐ近くの粟田神社、恵比寿神祭に行く。 粟田神社は、東山区粟田口鍛冶町、華頂山々麓に鎮座し、明治初年までは感神院新宮とも呼んでいた。この付近の土でもって作った茶器、粟田焼きは薄玉子色、細かい裂紋が一面に入り、もし毒薬を投入すると忽ちその裂紋は黒色または黄色に変色するといわれていた。近年は全く衰微。 今日の一首 「やまふかくふたり入り来ていのちかなし水ふくみあひて更には登る」 阿部静枝
2007.01.10
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整形外科病院でのややしばらくの待ち時間に、近頃、手に入れた『京都の明治文学』を読んだ。 京都は文学の不毛の地、そんな言葉がささやかれることも知っていたが、読み進んでいて同誌に大谷光瑞の後援による総合的な仏教評論誌が、後に発行所を東京へ移し、これが明治32年に経営主体が変わって『中央公論』と改題され、総合誌となって現在に至っていることを知った。なお堂上派の衰退、東京遷都といった状況のなかに於ける、当時の京都の歌人たちの動きは、興味深く待ち時間を忘れさせるものがあった。 今日の一首 「いはれなき笑みもうかべりこもりゐの物憂くなりてたちあがる時」 五島 茂
2007.01.09
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今日はお客様。私たち短歌の会の新年会。綾部からも一人ありがとう。 魚、野菜、豆腐、肉、ワイン、焼酎、日本酒、大巻き寿司、みんなの一品持ち寄り。最後にコーヒー。 わたしは炭のストックがあるつもりが、なくて申し訳なく。納屋にまだたっぷりあるものとばかり。それでも、火鉢に炭を入れて、どうにか餅は焼けたが。炉の火には間に合わなかった。釜にたっぷりと湯を沸かして、湯気で部屋を暖めたかった。湯豆腐も炭で出来たらよかったのに。 今日の一首 「おん膝と二尺ばかりのへだたりを大渡津海の心地して見る」 中原綾子
2007.01.08
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山珊瑚を知った。縁あってもらった首飾り、ぷっちりと赤い玉。指先にくりくり拭くと、きれいな朱色の艶が出る。祖母らがもっている、昔から見慣れた珊瑚より、可憐。 珊瑚は海で採れるもの、でも、山珊瑚はヒマラヤの山中から見つけられるのだ。なぜか可憐のことがわかる。 海底が隆起して海にあった珊瑚が、そのままに閉ざされていたという。 ヒマラヤの麓では、神の山の宝物ともお守りともしている。 *5日付けの、前登志夫の作品中「金峰山上」は、正しくは「金峯 山上」であった。 今日の一首 「山かげの草にのこれる夕あかり馬はかすかに尾をふりにけり」 石井直三郎
2007.01.06
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うらやまに登りてとほく伏しをがむ 金峰山上 雪の繭なり 平成丁亥元旦 二〇〇七年 前 登 志 夫 朝から一歩も外へ出ず。ポストまで。 今日の一首 「新しき年の始の初春の今日ふる雪のいや重け吉事」 守大伴宿禰家持
2007.01.05
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我が家に昔から、何となく掛け軸箪笥の一部の短冊入れに、好きな一葉の短冊がある。子供のころから気になっているのだが、終にいまになって誰のものともわからない。供養のために記す。 元旦に翁とおうなあらたま里 永乃志きたり御慶を交は寿 三七、正月 七七翁 先祖のものだろう、三七は明治であろう。「あらたま里」というところが、笑えて来る。絵が見える。夫婦生活をしている間、教えともしたものだ。「翁とおうな」のおうなは漢字が出ないから、仮名にした。 今日の1首 「西蔵のはだか菩薩の絵を見れば男のなやみあへて隠さず」 植松寿樹
2007.01.04
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昔、我が家の近くに硝子屋さんがあった。そこで祖母はわたしのために幅80センチばかり、高さ40センチばかり、内部3段になった特製の人形収蔵ケースをつくらせた。なんとなくおみやげなどで、細かい木や竹や布製の人形が集められていたからであった。 そのおかげで、細かいものを、何十年紛失せずに保っている。 その中に細かい斑点模様の自然石の「いのしし」がある。小さいときから生意気に気に入っていたものだ。裏に作者の彫りか「清月 七十八才」と見える。 ことしはその出番だ。 硝子屋はいま画廊になっている。 今日の一首 「山幾重夕山いくへ鳴かぬ鳥さびしき鳥の落ちて入る山」 石井直三郎
2007.01.03
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午後、肉親の一人の女の子と下賀茂の森へ。 御手洗川で手を洗う。 神楽殿の傍らの姫小松、貴女の成人式の振袖の手描き絵はこれと、同道の女の子に説明。女の子、ふうんと頷く。 おみくじを引く。彼女は末吉、わたしは吉。末吉の方がええとまた説明して。 馬場は自動車でいっぱい。 今日の一首 「願はくはわれ春風に身をなして憂(うれへ)ある人の門(かど)をとはばや」 佐々木信綱
2007.01.02
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雑煮の味噌は白味噌。品名米味噌。原材料米、大豆、食塩。 汁には、一口輪切りの大根、小芋、小餅。 旧来の風習に従う。従うというより、それしか知らぬ。 娘夫婦と共に、仕込み、日光山系自然伏流水、杜氏、南部杜氏にて朱杯を満たす。 今日の一首 「河の上の斎(ゆ)つ盤群(いはむら)に草生(む)さず常にもがもな常処女にて」 ふぶきの刀自
2007.01.01
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