2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全21件 (21件中 1-21件目)
1

わが家の近くの大学の分館の表庭の一角に一基の清楚な詩碑があります。 この世を去る日まで空を仰ぎ見て 一点の恥もなきことを 木の葉を揺らす風にも わたしの心は痛んだ 星をうたう心で すべての逝くものたちを愛さなくては そしてわたしに与えられた道を 歩まなければ 今宵も星が風に吹かれた これは『伊東柱(ユンドンジュ)詩集・空と風と星と詩』の序詞です。伊東柱は第二次大戦末、思想犯、政治犯、としてこの地から、日本の特高警察に連行され、福岡警察署に送られ獄死しました。 この町に住むひたすらのご縁として、わたしは詩碑の前を通るときは、覚えてしまったその詩をそっと唱えることにしています。以前にも一度ここに書いたかもしれません、でも日々に同じところを通るものですから。 今日の一首 実朝の首の銀杏に古びたる恋文をそっと結びきにけり 山崎方代(『迦葉』より)
2010.01.31
コメント(0)

ブログというものを教えられて、写真もやらねばならないそんなふうに思ってやりだしたものでしたが、写すという仕事もどことなく面白くなってきて、お知り合いにご迷惑をかけながら写真を日ごろに撮っています。 わたしはブログをはじめてから、初めて自分のカメラというものを持ちました方で、実はアフリカというところへも行ったのですか、そのときもカメラを持参する気がなく、連れの人に薦められて、ああそうかと子供のものを借りていったというていたらくでありました。 いま、写すという気はなくても、写るという現象に興味を持って日々やっています。ですから、どこでもかんでも写してみて楽しんでいます。いえることは美しいといわれるところは写していないつもりです。どこかで何かが見えればいい、そんなことを楽しんでいます。 それでこのページへ登場させる手続きも人様にお世話になっている方ですから、昨日、今日また明日に出てくるものにその都度、驚いている始末であります。こういう面白い遊びもあったのでございます。 今日の一首 ぬばたまの今夜(こよひ)の雪にいざぬれな明けむ朝(あした)に消なば惜しけむ 小治田朝臣東麻呂の歌一首(巻8・1646)
2010.01.30
コメント(0)

年があらたまってはや今日は第4水曜日、「きさらぎ」の日です。場所は二条城前ホテル、みんなの笑顔が先ずは嬉しいことです。 振りむけば青き光の海の中凍れる闇に友の手つなぐ (なばなの里イルミネーション) おしやうぐわつ ことしはおぜん さまがはり くろは二ぜんで あか四ぜん 朝の陽をあふぐ眩しさかざす手の指のあひより射し込むかがやき リュック背に若きらのわが門(かど)をゆく愛宕の空の光りのどかに 五重塔、柱をかこみ如来坐すほの暗きなかおもざしの浮き 解釈というものは、或いは批評というものはそのときの気分にもかかわりがあります。人間の瞬間の心のありようといいますか、瞬間に発する言葉というものは怖いものです。あるときはこころと言葉が違うときもあります。何か自分には自分の思い、目標があって、どうしてもそこへ、行ってしまう場合も。 特に短歌、三十一文字はこわいものです。作者自身が驚くほどに自分の作品に対して真剣であります。それは当たり前ながら、不思議でもあります。「一首」という字を辞書を見ますと「詩や和歌のひとつ」と出ていますが、なんですか、考えさせられるものがあります。 今日の一首 九九(くく)をふとつぶやくように言いてみぬその舌ざわり愛(は)しき夜なり 佐佐木幸綱(『夏の鏡』)
2010.01.29
コメント(0)

むしろ名もなき民にささへられ保たれゆかむもろき平和か 誰の歌かそんなことはよく、そんなことをいっているのではなく、平和のもろさを知っている世代のわれらには、今日また口ずさまれる歌ではあります。 ひどいではありませんか、わたしたちは、わたしは、なされるままに生きてきました。青春をなげうってきた世代に、いままた食ってもお腹がふくれるものでない貨幣の積み重ねの、みにくさを見せられて。 わたしたちはお結びひとつ、味噌汁いっぱいでよかった、勉強をしっかりさせてほしかった。それもならぬ世代に生きて、いままたこの醜さを見る、わたしはもう誰の言葉も聞きたくない、国もいらない、そうだ、今まで国が邪魔だったのです。やっと気がつきました。食べ物を鷲掴みにして逃げましょう。 今日の一首 ひむがしの岬の山の黒き秀にまどかなる月いろ赤く出づ 上田三四二(『黙契』より)
2010.01.28
コメント(0)

冬号が遅れて、発送する先々へ皆お詫びのご挨拶状を入れて、でないと、無礼と考えたりして、でも好きなことです。今日最後の発送をして、神様にですか皆様にですか手を合わせています。ありがとうございましたと。 そして、今夜は遅くなって、次のデートのお約束のメイルをすることが出来ました。 そしてそし今夜も0時を回りました。でも世界に一人のこの部屋の自分の存在のこころよさ、満ち足りがありがたくてなりません。いま牛乳を熱くしていただきました。覚えているはずもないのに、母親のおっぱいの味とはとふと考えてしまいました。わたしはしあわせです。この眠たさも幸せの現れ、おやすみなさいませ。 でも今日はラストが近い油断から、本屋さんで当たり前ながら本を4冊買って、それを全部忘れて、バス停まで来て思い出して、また、とっとこ歩いてもらいに行きました。 実はその本屋さんのおじいさんは、わたしの小学校の先輩、お元気ですかとたずねましたら、喫茶店まわりをしてますわ、もうじき帰ってきますわと、息子さんがいわはりました。はい、それでは。 今日の一首 ふたひらの薄き肉なる耳もちて等しく降るエスカレーター 山城はるか
2010.01.27
コメント(0)

わたしたちのこの度の会合の一夜は、ご縁深くありがたく、東山三十六峰第三十一峰阿弥陀ヶ峰の手前に広大な境地を有する、総本山智積院に伺わせていただけることになりました。阿弥陀ヶ峰は奈良時代、僧行基がこの峰に阿弥陀堂を建て、丈六の阿弥陀如来像を安置したための名前といわれてをり、清少納言は『枕の草子』十五段で代表的な峰として「あみだの峰」をあげています。 智積院には本堂以下、幾多の諸堂がありますが、この地はもと豊臣秀吉が長子棄丸(すてまる)の菩提のために建てた祥雲寺のあったところで、その後一時廃絶していたのを、慶長五年(1600)智積院玄有が再興したのものといわれています。 大書院の襖絵桜楓図・松梅図・松草花図(宝・桃山)は祥雲寺の遺物、傾斜地を巧みに利用した庭園も旧祥雲寺の庭園で、京洛名園の一に数えられています。景観は石組を本位とし、中央に枯滝組を造り、南半分を池泉とした江戸初期の池泉鑑賞式庭園です。 うかがう頃は春、わたくしどもは恵まれたことであると感謝しています。 今日の一首 捨てられてなほ咲く花のあはれさにまたとりあげて水あたへけり 九条武子(『金鈴』)
2010.01.25
コメント(0)

今夜もこんな時間になりました。一日をそのつもりでいるわけではないのですが、今日はもう過ぎて新しい日の始まりです。先ほど何となく背後が寒かったので振り向くと灯油切れでありました。 さて灯油も入れて、新しい一日の始まりです。喜びはいつでもどこでもこのようにしてある、わたし楽天家、しあわせものであります。 いま過ぎたばかりの一日にもいろいろに仕事がありました、その間に考えていたことは何故か幼い頃に祖母に習わされていた仕舞のことでした。祖母がお謡好きでしたから祖母の希望からです。はじめてお習いしたのは、幼心にも忘れません「羽衣」でした。 一人の漁師が浜辺の松の木にかけられていた天女の忘れた羽衣を見つけ家宝に持って帰ろうとしたとき、天女があらわれて返して欲しいと頼む、それなら天の舞をいまここで見せて欲しいと漁師はたのむ、でもその羽衣がなくては舞えないと天女はいう、漁師はそのまま飛び立つのであろうと疑う、すると天女は「疑いは人間にあり、天にはいつわりはないものを」という、その言葉に漁師は恥入ったといいます。 祖母からであったでしょう、そんな話を聞いたことも折節に思い出します。そんな自分を幸福だと思っています。 今日の一首 子が濡れる子がぬれるとてなきたてる烏住む木下ぬれつつ通る 東京 田中靖子(誌上短歌塾雁頑館)
2010.01.24
コメント(0)

今日しようと思っていましたことはもう今日ではない日になって、もう出来ません。 なってしまった今日の午前2時までには、最後の仕事、ブログを仕上げたいのですが、書こうと思っていたこととはいささかずれて、かたわらの火鉢から思いつきましたことを一言。 火鉢には五徳というものがつきもの、五徳とは3本足のついた鉄の輪、又の名を鉄輪(かなわ)と呼びます。火鉢に鉄瓶や薬缶(やかん)をかけておくときに炭火の上に灰にさして安定させる役目に使う道具です。それをさかさまにして見ますと、それは角の形に見えます。 お能の「鉄輪」を見てもわかりますように、人間の女が鬼に変じる場合、鉄輪はその媒体を果たすのです。女はふり乱した髪に五徳すなわち鉄輪をさかしまにかぶり、その足の一本一本に蝋燭をたて、火をつけた姿で、糺の森から深泥池を過ぎ、貴船に向かうのです。動機はご想像にまかせます。 こよいの貴船街道あたりはいかがにて。おやすみなさいませ。 今日の一首 片がはに雪をまとへる夜の樹が梢(うれ)まで象(かたち)あきらかに佇つ 中西洋子(現代短歌・雁)
2010.01.22
コメント(0)

蛇 部屋のなかにゐても 自分ひとりではないと感ずることはないか ぬらぬらとはひまはる黒い思想を感ずることはないか 柱の陰とか 本箱のなかから びらびらと青い眼を光らす黒い思想を感じはしないか 恐れることはない それは宿命といふやつさ 俺はそれを愛そう 今夜は書き写したい詩が他にありました。でも短いものしか書き写せませんでした。おやすもなさい。 今日の一首 堅き刻(とき)しづかにきざまれゆくべしと黒漆の上の水仙二本 葛原妙子 『憂犬』
2010.01.21
コメント(0)

20日から書き始めていたこの記事です。たったいま21日になりました。時間は追いかけられない、キイを打ち違えているうちに、どんどん経ちゆきます。追いかけられないから、思いたってわが目がまだブログを知らなかった1995年へもどしてみました。今そのときの今日、1月21日です。阪神大地震後4日目です。 1995年今日1月21日午前10時現在、死者4609人。前日20日午前7時40分4048人。22日正午は4915人。その日の「日経新聞」に「日常を虚構にする大震災」と題して「斜論」が書かれていました。「地震に遭っていない他の都市でも、今ある風景がいつか虚構になるかも知れないのだ。当たり前と思っている日常の風景を見直し、その目を疑ってみて欲しい」と。次の日23日は午前11時現在死者4984人でした。(1995年日記より) このブログを閉じた瞬間を思います。 今日の一首 このカボチャスープおいしいねと我が言えば妻は缶ヅメスープよと答える 久松洋一(「家族日記」より)
2010.01.20
コメント(0)

河原町に残る貴重な古本屋さん、通りかかると寄ります。子供のころから見慣れた店です。今夜もその店で手に入れた「黄河の水」を繰っています。 角川書店昭和26年発行のこの本、山積みの書籍の中から、ただ題名に惹かれてもとめました。随分以前にもとめたものですが、まだどれほども読み進んでいません。わたしが幼いとき、父が憧れて、母もわたしも置いて、行ってしまった土地の話の本でした。わたしはそれを持っているだけでよかったのです。 わたしは父に似ています。夢とほんと、現実の区別がつきません。わたしも男だったら、いまここにいないだろうな、そう思います。そう思うことが、それだけで力が湧きます。それがわたしの力と、ほんとに思うことがまたわたしの力でもあります。 わたしはおんなでよかったなと思います。男だったら、苦労したでしょうから、わたしはおんなだったから、あこがれはうーんと持ちながら、現実のなかに無事にいます。ようわからん結論ですが、そうなのです。 今日の一首 ある日海に漂わんもの美しき乳房のごとき祖国を持てり 山城はるか
2010.01.18
コメント(0)

このようなこと、ここに書きましたかどうか忘れましたから、書かなかったことにして書きます。現在は階級意識がなくなったことが良いのか、悪いのかしりませんが、良いばかりでもないような気がします。 そのひとつにお料理屋さんがあります。そこそこのお料理屋さんには、だれもかれもがいきませんでした。行けないのでなくて行かないです。特に女子供は行きませんでした。差別ではありません。人間それぞれに自分が必要とするところ、ものを心得ていたからです。 そこそこの、この言葉が微妙ですが、そのたとえば料理屋へは商売のための接待、その必要が満たされればそれでいいのです。だからといって、そばにいるおんなが卑しまれているのとは違います。おんなはおんなで役目がありました、その費用、祇園の茶屋もそうですが、そこそこの料理屋から来る請求書はみなおんなの元へ来るのです。男はその手綱の範囲で仕事をしているわけです。おんなは外へ出てはなりません。出てはならないのは、目立たない方が一番得というわけ。 長くなります、繰り返しますまい、おんなは意外に世の中を切りまわしているのかも。そんな顔もしないで、そんなおなごさんは少のうなりましたね、あんまりしんどいことせん方が美貌も保たれると思いますけど。一つの見方から。 今日の一首 鉄道草、姫むかしよもぎ、明治草、その名のそとでその草そよぐ 高野公彦(現代短歌雁・15)
2010.01.17
コメント(0)

今夜は友人の企画する新年会に参加してきました。めずらしい鹿の肉などがありまして、ちょつと野生的たのしい雰囲気の会でした。 若い女性の参加も多く、彼女らの音声のはなやかなこと、みなさん確かな職業をお持ちではなやいだ中にもきりりとしまった知性が素敵でもありました。ところで、みなさんのそのすばらしさはもっともながら、お話していますとなんとなし、手足が冷たいなどとおっしゃいます。 わたしはその声を聞きますまでに、そのことは思っていたことでした。そうでありましょうと。手足が温かいということは、理屈ではない女の魅力、全身全霊の幸せとわたしは思っています。 今日の一首 野に捨てた黒い手袋も起きあがり指指に黄な花咲かせだす 斉藤史(『魚歌』)
2010.01.15
コメント(0)

寒いといいますか、冷たい一日でありました。わが家では、昔ながらの石油ストーブ、古典的なやつ、を、愛用していまにいたっています。色々つかってみましたが、長くひきずるコードも管もいらないことが先ず第一です。 そんなことです。さて昨日のブログの文章に「ことばがき」という言葉をつかいました。それがどうということはないのですが、その「ことばがき」には肝心の作品がありません。すべて、自分のものでありましたから、適当にごまかそうとしたことがかえって、「へま」をやることになったようです。わたしにはその「ことばがき」がいいたいことだったのですが。 今日は一日、商売のためのエッセイを書きました。連載「京の暮らし」という題です。なんでもかんでも京をつけたがることがいやで、わたしは「わたしの暮らし」ならやるといってひきうけたのですが、現在で、93回目、えんえんと続いています。食べるためだけやから、いいかげんにとおもいながら、やっぱりかなしいながら、食べるためは真剣です。どこかで逆ながら。 今日の一首 むらさきに瞳(め)を濡らしゐる一人(いちにん)を花とし冬の葬りはすすむ 栗木京子(「現代短歌雁」)
2010.01.13
コメント(0)

午前1時を過ぎました。ブログを書いて眠ろうと思います。 しかしながら書くべき言葉を思いつかぬままに、手近の合同歌集にあった50年近く以前のひとつの言葉書きを、書き抜いておこうかと思います。漢字がうまく入るかなと思います。恥部を晒すのが貧しくともわれらの仕事でありましょうと言い訳しながら。 <遠い、夢のように遠い過去にひとつの黄色い螺旋階段があった。それは今も広大な時間の空間を急速に乗り越えて走って来る。あきらかに恐怖でありながら戦慄ほどの憧れである。登りきって海を見ようか螺旋に降って奈落とするか、思わず洩らす吐息が歌であれば・・・と、或いは歌という形なき怖れの具象となって私を離れぬのか、さあれ華やかにも惨々とも、その階はわが紋章ともなりゆくばかりである。> 今日の一首 扼さるる像(かたち)にきみとありながら果てなく桜花爛漫の闇 山城はるか
2010.01.12
コメント(0)

今日は朝から自分の日記、1995年1月17日午前5時46分阪神大震災の日の記事をよみました。その年の今日の日記も何故か読みました。その年の今日といえば、1月11日は当然のことに何事もありませんでした。何事もなく、そのころ毎朝のように雪が降っても、どんなに冷えても欠かさなかった散歩のことを書いています。その日はいつも立ち寄る大学の馬術部に人影はなかったなどと書いています。それに朝のFMに好きな「サブレジーナ、ハ短調」、聖母マリアを讃える、修道院での1日の最後の祈りの曲を聴いたなどと、とりとめもなくに書いています。 考えていますと、時間の有り処がわからなくなります。 今日の一首 降りすぎし雪に濡れ立つはだか木のほそ枝(え)方位をもちて鮮し 中西洋子(「母はいざなみ」より)
2010.01.11
コメント(0)

わたしの幼い頃の寝床の枕元に、祖母は毎夜、低い二枚折りの枕びょうぶを立てていてくれました。それにどんな絵が描いてあったのか、思い出そうとするのですが、どうしても思い出せませんでした。 ところが、今夜眠れぬままに、古い日記、1995年をくっていましたら、そこに「風刺のこころ十選」と題した新聞の切り抜きが張ってあったのですが、それを読んでいるうちに、不思議に昔のわたしの枕びょうぶの絵を思い出すような気持ちになったきたのでした。 そこには「子供のころ、病気になると、母は寝床の横にびょうぶをたててくれた。びょうぶには、得体の知れない気持ちの悪い絵が張られていたが、大人になってその絵がボッシュの<悦楽の園>の複製画であることがわかった。」と書いてあります。 思えばわたしの枕びょうぶにも何となくそれに似た動物を怪獣戯画化した絵であったように思えてきたのありました。 今日の一首 たれかいま眸を洗へる夜の更けに をとめごの黒き眸流れたり 葛原妙子(『憂犬』昭和57年)
2010.01.10
コメント(0)

ここ3日の間に都会と山間部の二つの歌の会に参加してきました。どちらも自由でのびのび楽しい会でした。誰もが本音を言い合い、それを一つに整えようとするものはありません。町のど真ん中も寒かったですが、山間には雪がちらつき、軒端に氷柱が下がっていました。 宛名のない遺書の散らばるクリスマスの舗道 真冬の驟雨走り抜けたり 車窓からビル群消え失せ山ばかり喉元固まるアンニュイな駅 タミフルでインフルエンザ撃沈し高熱下がり正月迎へ 雪降りて年始静けき中庭に南天の実の赤きひと振り 師走半ば手はポケットにうつむきかげん速足の元にたんぽぽ二輪 躓きて転びしからだいとほしむも身を攻めあぐむ思いみだれて 鷹の栖む地名のゆかり殿様の鷹にたはむる郷にてありや 彼のひとの絵手紙いつも鞄の中に枇杷の実すこし色は褪せれど 何となくよいことありそな孫の話に元気をもらって 正月や五人の子らが去りし後気づかいふかした吸がらさみし みんないいな、いいお人たち、本年もよろしくお願いいたします。 今日の一首 りんごの樹ありきはだかのちちふさをあかねさす昼の手に掴みいき 田井安曇(『現代短歌雁』15)
2010.01.08
コメント(0)

当方の冬号遅れ馳せながら、最終校正完了、一月歌会に間に合います。さて、随分以前の朝日新聞の論説ですが、奥深く仕舞って置いた「短歌時評」、文芸評論家による「歌壇の体質について」を今夜は記したい気持ちになっています。 「(前略)そこで先ず感じることは、世紀末的な行きづまり状態の中で、あちこちで、保守志向が起きているらしことだ。たとえば、長い間私が熱心に読んできた塚本邦雄、岡井隆といった歌人にもそれを感じる。端的に言えば、塚本の紫綬褒章受賞や、岡井の歌会始選者就任とう事実がある。個人の選択をとやかく言うのではない。ただ、かって両者が前衛歌人として写実万能の保守的制約歌壇に抗して、日本的制約を破る試みを続けていただけに、その変貌ぶりが目立つことを指摘したい。短歌が「宮廷」や「国家」の磁場の外で自立し続けることは、やはり難しいのだろうか。(中略)本当は、こんな五里夢中状態だからこそより一層、空洞化した短歌表現と歌人であることの根拠が問わるべきだろうが、目立った動きは無い。」。 この論説以来の歳月は語るさえはずかしい限りであることを告げておきます。 今日の一首 究極を歌い反せと現身のかわける口に飼える火の鳥 佐佐木幸綱(『夏の鏡』1976)
2010.01.07
コメント(0)

松瀬青々は『随感と随想』に「句は分別して言ふのでなく、分別すれば濁る。無分別に心に感ずるままをいふのである。」とかいている、新春の喫茶店でそういってくれた人がありました。 さらに、「分別とは、あーでもない、こーでもないと自己の理智をたよりにして、いろいろ考えることである。無分別とは直覚的に心に閃くままを取る事をいふ。」と。 学生街の小さな喫茶店、この時期、学生は少ないです。注文のオムライスが実にデラックス、でも、きれいにいただきました。ごちそうさま、ことしもデラックスにまいりましょうか、馬鹿でもちょんでも仕方ないです。直覚的心に閃くままに、理知?そのようなものあろうはずもなくであります。 今日の一首 恋風が 来ては袂にかい縺(もと)れてなう 袖の重さよ 恋風は重ひ物哉(かな) 『閑吟集』72
2010.01.05
コメント(0)

歳晩から、ブログでのご挨拶は今日までご無礼しました。でもようやくに思い残すことなく、ことを成し終えて、いまここに今年のキイを打っております。お煮しめも先祖伝来の器に盛り付けました。何はなくても先祖の成し来たったままにというのがわたしの念願です。 お煮しめは決して高価につくものではありません。このようなものをいただいて、また一年を質素に暮らしましょうという、むしろ普段より質素な料理です。 おかげで結婚した娘も同じものを、いいえわたしより上手に、こんにゃく、おあげ、お豆腐、小芋、黒豆、おいもと棒だら、叩き牛蒡などなどをつくり、わが家までもってきてくれました。 お仏壇も、わたしたちのお膳の上もそんなお煮しめでいっぱい、器だけはこの日、晴れのいいものを使うのが自慢、塗りの重ねのお盃でいただくお酒の味は質素な煮しめ料理にぴたりです。杯のまんなかに金の家紋が浮いています。三ヶ日、そうしていただきます。 いっぱい自慢を書きました。わたしたちの町の自慢です。わが町の自慢がどうかしますと見失われますこのごろです、はかない祈りと失わそうとする時代への呪詛をこめて記しおきます。 今日の一首 規則正しき四季の反復に生活の喜びはありと書きたりゲーテ 高安国世(『真実』「夜の匂ひ」より)
2010.01.02
コメント(0)
全21件 (21件中 1-21件目)
1