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サナドのインドネシア小姐に怒り狂ってしまった。ハラワタが煮えくり返って飯を食う気にもなれない。全ての料理をそのままにして、店を出た。会計は1666HK$。高い。外に出ると、日本の獅子舞のようなものが。今日は旧暦の正月である。通りを歩いているとあちらこちらで爆竹の轟音がする。はじめは驚いたが、慣れればなんてことはない。腹が減っては戦ができぬ・・・ということで、ブランチをいただくことにした。場所は旧リスボアの楽宮。お決まりのエビカレーをいただいた。エビカレーにはパラパラのタイ米がよく合う。
2013年02月25日
サナドの朝を迎えた。朝食を摂りに食堂へ。H.T君は朝からよく食べる。次々に注文した品が運ばれてきた。インドネシア人のウエイトレスが私に箸を渡そうとした。私は、自然にその箸を受け取るべく手を出した。その直後、インドネシア人は手を引っ込め、大笑いした。ブチギレた!犬でもあるまいし、箸を渡すふりして引っ込めるなんて!私の顔が鬼の形相になったと思う。インドネシア人は、反省する様子で私に箸を渡した。箸を受け取った私は怒りが収まらない。ブチキレた!箸でテーブルを叩き、女めがけて投げつけてやった。ふざけるな、土人!店に緊張が高まった。支配人等数名がかけよる。支配人は英語でどうした?と聞いてきた。私は英語で、客に向かってなんたる態度であるか、失礼にも程がある!と怒りをぶちまけた。何度かやりとりがあって、支配人は今回の出来事を理解し、謝りますと言ってきた。インドネシア人に謝らせろ!どこかに逃げていたウエイトレスは従業員に見つかり連れてこられた。すいません。インドネシア人が英語で言った。許してやった。冷静に歴史認識をしたほうが良いと思う。欧米の植民地政策からアジア・アフリカ諸国が解放されたのは、我々日本人のおかげである。中国も日本がいなければ西洋の植民地であった。朝鮮も日本が併合してやって、文字を覚え近代的な暮らしを実現できたのである。我々日本人が併合してなければ中国かロシアに併合されていたことは紛れもない事実である。我々日本人は自信を持つべきだ。威張る必要はないが、日本人としてのプライドは保持し続けなければならない。日本人であるが故に、土人如きにナメられてはいけないのである。
2013年02月25日

隠れ家を出てサナドに向かった。いつもの如く、ウェルカムF。歓喜の声を発する日本人らしき若者数名。こちらはなんともない。特にいらない。サウナに入る。東京の片隅には近くにサウナがないことから、久しぶりのサウナであった。汗をかくのは気持ちいい。30分程度サウナと戦った。ガウンに着替え食堂へ。料理を頼んだ。おかしい!料理がマズい、しかも冷たいのである。なるほど、ネットで観ていたが、これは確実にレベルの低下であった。ショータームが始まるとのことでソファーに移動。先頭を歩く小姐。最近売り出し中の「キンタロー」にそっくりだった。体型は「ドラえもん」旧正月だな~。しかしながら、小姐の行列の最後尾。アジア人離れした容姿。即効で指名。タイ人であった。タイはタイでも、バンコクではなく北部のチェンマイ出身だそうだ。色白で可愛い小姐であった。サワディーカップ。
2013年02月25日
マッサージは良くなかった。マッサージ嬢は途中で小便をすると言って出て行った。綺麗に手を洗ったのは良いが、死ぬほど冷たい手でマッサージを再開した。部屋も寒かった。何もかも、今ひとつだった。マッサージがメインではない。これからがメインだ!オヤジを呼んだ。小姐は何人だ?3人に増えました。3人しかいない。時間も勿体ないので、3人を並ばせた。厳しい旧正月に生まれ故郷に帰らずに働いているのは、余程金に困っているか、売れ残りである。3人の小姐が登場した。国籍は順に越南・越南・中国。容姿は順に、ギリギリ◎、△、そして誰が見ても✖であった。私はギリギリ◎の越南人、H.T君は△の越南人を指名した。先輩で良かったと思えた瞬間であった。越南小姐と二人で部屋に入る。いきなり抱きついてくる小姐。シャワーを浴びる前なのに突然の生F。ご想像通り、いやそれ以上かもしれない、激しい一発目となった。越南にハズレなし!今回も、当たりからスタートだ!
2013年02月25日
店のオヤジを呼んだ。小姐は何人いるのか訪ねた。「今は2人しかいない」2人・・・、たったの2人。確かに客としても、この店に我々2人だけだが、向こうも2人。合コンか?オヤジは言った。「マッサージのできる娘は大勢います。」「まず、マッサージを90分してください。」「時間が遅くなると、出勤してくる女の子がもう少し増えると思います・・・。」仕方ないのでマッサージに行った。
2013年02月25日

ここでの食事を期待してはいけない。ただ、牛肉の米粉麺だけは格段に旨い。ブラックのアイスコーヒーを頼んだ。フィリピン人らしき、初めて見るウエイトレスが対応してくれた。多分新人だろう、動きにぎこちなさが感じられた。そういえば、以前いた「柴田理恵似の奴」なら顔を見るなりアイスコーヒーを出してくれたものだ。コーヒーが来た。笑った。アイスなのにホット。ブラックなのに砂糖・ミルクが既に投入されている。新人のおねえちゃんを呼んだ。ブラックのアイスコーヒーだと英語でゆっくりと説明した。頷くおねえちゃん。再度コーヒーが運ばれる。ブラックは合格だが、ホットであった。続いて登場した麺、米粉麺は合格だが、肉がビーフでなくポークであった。もういい、飯を食いに来たわけではない。麺は隣にいるH.T君にやった。コーヒーはしばらくすれば温くなるだろうから我慢した。
2013年02月25日

隠れ家との付き合いは長い。6~7年にはなるだろう。隠れ家の特徴、・客に日本人が殆どいない(それ故、隠れ家と命名したのだ)・料金の設定が安い(マカオで一番安く遊べる処であると思う)・汚い(設備が老朽化しており、サウナは寒い、シャワーは水であったりする)・殆どの食事が極めてマズい(牛肉の米粉麺は最高に旨い)・小姐に当たりが多い(こんな場末の店であるが、当たりを引くことが多い)・小姐の技術レベルが高い(上記に重なるが、テクニシャン多数在籍)そういうことから、マカオに来た際はまず隠れ家に行くことにしている。店に入った。相変わらずの内装。脱衣所にいつもいるフィリッピン人のオヤジも正月帰省のためかいなかった。奥に進む。水しか出ないシャワー。ペラペラのガウンを着た。休憩室へ。驚いた。内装が大きく変わっている。休憩室のみであるが、リニューアルオープンであった。
2013年02月25日

荷物を引きずりながら、徒歩で「男の隠れ家」に向かった。本当に人がいない。写真は北京街を一本入った通りである。明らかに人がいないのである。正月の飾り付らしきものは行われているが人がいないのであった。これは、ピンチか?
2013年02月25日

マカオフェリーターミナルに到着した。いつもと違う。人が疎らにしかいないのである。我々日本人には、単なる2月9日(土)である。しかしながら、多くのアジア人からは旧暦での12月31日、つまり大晦日である。人がいないのは当然かもしれない。サウナの状況が気になるが、考えても仕方ない。出たとこ勝負と決めた。タクシーには乗らず、ホテル・カジノへの無料送迎バスを使った。旧リスボアで下車しいつもの「男の隠れ家」へ徒歩で向かった。
2013年02月25日

スタンレー・ホーの会社である。マカオのカジノ王であるスタンレー・ホー。リスボアカジノに代表される複数のカジノ、ホテルを経営している。そのマカオに行くにも、スタンレー・ホーに金を払わないと行けないのである。今回は事前にスーパークラスを予約した。旧正月故、混み合っていると想像したがそうでもなかった。船内で振舞われる食事。如何にもマズそうである。実際マズいのであるが・・・何時ものことながら、ホットドッグとコーラに変更した。ANAの機内食で腹いっぱいであったため、H.T君に呉れてやった。
2013年02月25日

ほぼ定刻どおりに香港空港到着。私はのんびり歩くが、H.T君は猛ダッシュである。エコノミー席から私まで追いつかなければならないのである。香港に入国することもなく、直接マカオへ。出発時刻は14:00。旧正月ということもあり、事前にスーパークラスを予約しておいた。乗船するために移動する。目の前の一人で行動する中国人。(持っているパスポートで国籍を確認)写真ではお分かりいただけないかもしれないが、妊婦のような腹をしている。腹以外は普通なのだが・・・何を食えばこうなるのか?
2013年02月17日

今回の羽田→香港、ビジネスクラスの食事内容は、(以下ホームページから抜粋)アペタイザー サーモンのタルタル さつま芋パンケーキ添え 牛タンのミルフィーユ 胡麻ババロアの生ハム巻き シチリアントマト添え タラバ蟹の網パイ 白ワインとカレー風味のソースメインディッシュ ビーフシチュー 冬野菜を添えてブレッド ソフトブレッドデザート やわらかチーズケーキとなる。画像でご覧いただくとこのようになる。ソフトブレッドが美味かったので追加した。最後はお決まりのコーヒーとアイスクリーム。かなり酔ってしまったので、冷たいお茶をいただいた。
2013年02月17日

上空でいただくお酒は旨い。気圧のせいか、早めに酔える。旅の始まりはシャンパンに決めている。この旅に出るまでの自らの苦労を労うためだ。次いでジントニック。得意のウイスキーのハイボール(ちょっと濃い目)メニューを眺める。日本を離れる際は「洋食」と決めている。躊躇うことなく「洋食」をオーダーした。
2013年02月17日

飛行機は香港に向け離陸した。寛ぎの時間が訪れた。今回の旅に同行した元部下のH.T君。同時刻、彼はエコノミークラス、3人席の真ん中で窮屈な思いをしていたそうだ。背もたれを倒そうとした。倒れない。寛げない。客室乗務員を呼んだ。リクライニング機能を試す客室乗務員。やはり動かない。乗務員:申し訳ございません、後方最前列の席に移動していただいてよろしいでしょうか?窮屈な思いはたくさんだ。快諾した。後方の最前列。よって、目の前は壁。三人席の真ん中に陣取り、左右のシートにでは充電作業。これはこれで、快適であった。
2013年02月16日

今から遡ること十数年前。今と変わらず香港・マカオを旅していた。香港に何日か滞在し食事やショッピングを楽しんだ。マカオにはカジノだけの目的で訪れていた。ある日の関西空港発香港行き。窓口で搭乗手続きを行おうとしたところ、ダブルブッキングが発覚。航空会社社員は私に、「このことは他の方には言わないで下さい」と何度も念を押した。頷いたのを契機に、エコノミーの格安航空券は、一瞬にして「ビジネスクラス」に変身した。座席だけでなく食事もビジネスクラスのものが提供された。当時の私は想った。ビジネスクラスは、料金が高いだけの理由はある。これからは、海外旅行でビジネスクラスが当たり前になるよう一生懸命働こう!努力の甲斐もあってか、それからほぼ全ての旅行はビジネスクラスとなった。今回搭乗したのはボーイング777。機内は木目調であった。
2013年02月16日

空腹が満たされたので酒となる。シーバスのロックをタバコと共にいただく。上の写真の左端のボトルがないのは、私がシーバスを呑みきった為である。喫煙室に行った。これまたJALに比べて部屋の造りが貧相であった。会社の喫煙室を思い出させる無機質なものであった。旅は非日常と接する場所である。日常の記憶を蘇らさない工夫が欲しいところである。ゆっくりとソファーに座りながら、エネループ等の充電、体内のアルコールを満たした。搭乗時間に近づいたことから、ラウンジを出た。
2013年02月16日

ANAの羽田空港ラウンジに到着。成田空港のANAラウンジは何度か利用させていただいた。羽田空港は初めてである。ラウンジから外を眺める。利用させていただいて気づいたこと。まずは、ロッカーがないこと。JALには手荷物を入れるロッカーが用意されている。従って、ラウンジ内を手ぶら、或いは最小限の荷物で移動できる。しかしながら、ANAにはそのロッカーがないのである。次に、食事が今ひとつ。確かに温かいそばを注文できるなどの工夫はあるが、食事の種類が少ない。ビールと唐揚げ、パスタにおにぎり味噌汁、かき揚げそばをいただいた。この小さなおにぎりが、実に美味しかった。新たに3つ追加でいただいた。
2013年02月16日

東京の片隅に暮らしている。私鉄の駅まで2分、JRの駅まで徒歩5分という立地である。今回のフライトは羽田08:55発、香港行きである。四国の田舎街に暮らしていた頃には逆立ちしても無理な出発時間であった。しかしながら、今は違う。海外渡航しやすい環境に感謝しながら電車で羽田に向かった。羽田空港到着。羽田空港国際線ターミナル駅を使うのは今回が初めてである。お気に入りのピースライト1カートンを2800円で購入した。急いでラウンジに向かった。
2013年02月16日
昨年、サラリーマンとして大きなイベントである異動があった。新任地での生活が漸く落ち着いたことから、マカオを訪れることにした。久しぶりのマカオという感覚があった。以前は二~三ヶ月に一度は訪れていたものだった。調べてみて驚いた。一年ぶりのマカオであった。前回、私は四国の田舎街からバスで関空。関空から台北桃園。一方のH.T君は羽田から台北松山へ。台北のホテルで合流した。その後、台北桃園からマカオを訪れた。あの時は旧正月明けの時期で「観音様がいない」というのがテーマであった気がする。あれから既に一年が経過した。現在は東京の片隅に単身赴任である。羽田には電車・バス何れを使っても一時間で到着する。四国の田舎街から考えると誠に便利な環境であると実感する。しかしながら、アジアの旧正月を確認していなかった。これは大きなミスであった。単身赴任生活最初のマカオの旅、始まります。
2013年02月16日
先週の3連休、マカオを旅した。旧正月真っ只中の旅であった。今、羽田空港で四国行きの搭乗待機中である。四国の田舎街の自宅についたら詳細を報告したい。それでは、お楽しみに。
2013年02月16日
東京⇔四国の田舎街を週4往復した場合のプレミアムポイントは4800。目標の50000ポイント達成まで、年末ギリギリとなる。こんな苦しい思いをしてまで達成できないと・・・今年の目標は、SFCの早期達成、JAL復帰である。ANAのプレミアムポイントについて、4月から大幅な変更が行われようとしている。例えば、東京⇔香港を例に説明したい。ビジネスクラス。通常会社の出張でもない限りビジネス通常運賃を払うことはない。ビジネス割引が普通である。そのビジネス割引3月までのプレミアムポイント片道、3818ポイント。4月以降は、2314ポイントである。ややこしいので、一覧表で記したい。東京⇔香港 プレミアムポイント一覧 3月末まで搭乗 4月以降搭乗ビジネス普通 3818 4501ビジネス割引 3818 2314エコ割スタンダード 2314 3134エコ割3/5/7 1914 1367東京⇔バンコク プレミアムポイント一覧 3月末まで搭乗 4月以降搭乗ビジネス普通 5779 6855ビジネス割引 5779 3412エコ割スタンダード 3412 4703エコ割3/5/7 3012 2151香港・バンコクを例にとったが、明らかにワイダーバンド化している。今回の変更は、同クラスでもより高い運賃を払った客に多くのポイントを付与する姿勢が明らかだ。ビジネスでもエコノミーでもプライベートで普通運賃を払う客などいないと思うが・・・。こういったことから、割安な価格で多くのポイントをゲットするのには3月までの出発がお得である。来週、羽田⇔香港ビジネスクラスをビジネス割引で搭乗する。4月以降の搭乗に比べ片道1500、往復3000ポイントもお得である。来月の3月にはポイントゲットも含め2度目のバンコクを予定している。旅の様子は後日お伝えしたい。
2013年02月03日
ANAの「プラチナサービス」に向け、50000プレミアムポイントの獲得を目指している。正直な感想を述べたい。「早くJALに戻りたい」のである。ANAの「スターアライアンスゴールド」メンバー達成したとしてもJALに戻りたいと考えている。一番の理由は四国の田舎街への出発時間等の問題である。羽田から四国の便について、JALはANAより出発時間が15分遅い。この15分が重要である。ANAなら無理であるのだが、JALなら金曜日に自宅に帰ることができるのである。また、早朝の羽田便でも、JALの方がANAよりも45分も早く飛ぶのだ。四国に早く到着できるメリットがある。一方の四国から羽田の便はというと、こちらもJALの方がANAよりも30分遅く出発する。自宅に30分長く滞在できるのである。最終便の1つ前の便でもJALは16時台の出発に対しANAは13時代の出発と不便だ。文句ばかりで申し訳ない。「だったらJALにすれば」という声も聞こえなくもないが・・・息子や娘が中高一貫教育の学校に通っている。そのため、少なくともあと5年間、家族は四国の田舎街に住むことが決定している。私は今回異動したものの、今の立場で5年も異動しないということは考えられない。何処に異動するかわからないのである。仮に東京であったとしても、四国への帰省に飛行機を使うことになる。大阪でも名古屋でも、飛行機にお世話になるしかないのである。地域によってはJAL便しか、もしくはANA便しか運行していないところも多いのだ。よって、今後のことを考えれば、嫌でも「修行」を完遂させなければならないのだ。頑張れ!
2013年02月03日

ANAの修行僧を決意して早1ヶ月。正直な感想は「辛い」の一言である。JALの修行僧を目指していた頃は「贅沢」を経験したことがなかった。よって、「辛い」という気分にもならなかった。しかしながら、今は違う。JGCのメンバーとしての「贅沢」を経験してしまったからだ。具体的にお話しよう。JGCのメンバーとして国内線に搭乗する場合、手荷物はJGCカウンターで並ぶことなく預けられる(所要時間1分)手荷物検査はすぐ隣のJGC専用レーンからこちらも並ぶことなく通過(所要時間1分)手荷物検査後はすぐ左の自動ドアを入り、サクララウンジへ突入。ソフトドリンク、アルコール、軽い食事等のサービスを無料で受けられる。到着後の手荷物も優先的に受け取れるのだ。一方のANA。現在は一般顧客である。よって、手荷物は長蛇の列に並ばされ預けることになる(所要時間15~20分)手荷物検査についても一般顧客であるが故に長蛇の列に並ばされる(所要時間15~20分)ラウンジのサービスもなく、水一滴でも飲みたければ“金”が必要となる。搭乗待ち時間もベンチでの待機となる。到着後の手荷物も何時出てくるか推測もできない。ツライのである。こんな苦労をしなくとも・・・そう思いながら修行に励む今日この頃である。1月末現在のプレミアムポイント4123ポイント。目標達成まで、あと4万5877ポイントである。遠いな~
2013年02月03日
東京に異動して早2ヶ月が経過した。初めての単身赴任。単身赴任してみて初めて気づいたこと。金がかかる。些細なものまで購入しなければならない。例えばゴミ箱、ゴミ袋。バスマットや布団のシーツ、カバーも最初は1セットであった。そろそろ洗濯をしようと思った時、代わりが必要なことに気づいた。慌てて2セット目を購入・・・等々である。現在の直属の部下は50名程度。広義の部下ということで言えば110名程度。仕事の内容は、課長をマネジメントすることである。私の部下である課長たちはそれぞれの課員をマネジメントするという体制である。管理職としての経験は10年強となる。生意気ながら、私なりのマネジメントについて述べたい。マネジメントを上手にする秘訣は2点。まずは部下である課長を信頼し“任せる”ことである。人は指示されるより、任される方が嬉しい。自ら湧き上がる、より強い責任感も醸成されるであろう。何より主体的な働きが可能となるであろう。最後の2点目、責任は“自分が取る”ということである。成果は部下のもの、失敗は自分のものである。生意気ながら、これが私のマネジメントである。
2013年02月03日
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