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我が家では両親の生活費は日本でもらう年金でまかなっています。そして送金のために、世界中に支店のあるシティバンクに口座を作っています。家族用のキャッシュカードを作ることで、日本と海外の両方でお金の出し入れが出来ます。国内の他の都市銀行と異なりシティバンクは口座管理料が毎月掛かりますが、50万円以上の残高がある場合は管理料が無料になります。バリにあるローカル銀行は日本と違って預金の金利がかなり高率です。どの位かと言うと、預金利率が10%位のものがあります。日本の金融機関では預金金利が低いこの頃では、この違いには驚きです。但し円とインドネシアルピアの為替レートは変動制ですから、このあたりも考慮しないといけませんね。残念ながら、今は海外に住んでいてバリで預金することは難しい様です。また、バリでは色々なトラブルがあることを覚悟しておく必要があります。ある時、バリのATMからキャッシュを引き出している時、ATMの故障から途中で出金が止まってしまいました。行員に尋ねると「大丈夫」と言われました。隣のATMに並び直し無事に現金を引き落とし出来ましたが、心配になり口座の残額を確認すると、途中で出金出来なかった分も引き落とした事になっていました。改めてバリのシティバンクに問い合わせをすると、口座を開設した日本での対応になるとのことでした。日本のシティバンクに問い合わせをすると、直ぐに問題解決出来ました。こんな時はしっかりと確認が必要ですね。
2006年10月29日
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バリでアルコール類と言えば、まずはビールでしょう。暑い南国で飲むビールは一味違うような気がします。次は椰子の果汁から作ったアラックでしょうか?日本で言う焼酎のようなお酒です。地元のスーパーなどでよく見掛けるグリーンのボトル(よく見るとビール瓶)に入っているのは、大きな工場で造っていると思いますが、アラックはあちこちの個人宅の規模のところで造られている様です。味や香も微妙に違いが出ています。自分の好みを探すのも面白いですよ。そんなお店では量り売りで、大抵は透明なビニール袋に入れてくれます。私は空のペットボトルを2本持って行ってアラックを入れてもらいます。そして日本に帰るスーツケースにはペットボトルが1本入っています。昨夜は日本シリーズで44年振り日本ハムが優勝しましたね。私は帰宅してテレビのスイッチを入れたら、最後のバッターが映っていました。ギリギリでライブを見ることが出来た訳です。新庄はじめ選手の姿が感動的でした。試合が終わりパソコンのスイッチを入れると「ファイターズ優勝、2時間限定ポイント10倍セール」の様な広告が目に付きました。「お祝いだ!」と思い、私はネットでワイン(赤4本、白1本、泡2本)を注文してしまいました。バリ島でもワイン(ハッテン・ワイン)を造っており、お店で手ごろな価格で置いてあるのは大抵がこのメーカーですね。南の島では冷えたワインが飲みたいですね。スペイン風に赤ワインにジュースを入れてサングリアを作って冷やして飲むワインも最高です。
2006年10月27日
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私は日本でサラリーマンしています。本日は会社で珍しいことがありました。社員数1万人程の会社で、昼食のために乗ったエレベーターにて社長と一緒になりました。更に、昼食後に自分のフロアーに戻るために乗ったエレベーターでもまたまた社長と一緒になりました。これまでは今の社長(社長になって2年位かな)とエレベーターで一緒になることなど一度も無かったんですよ。。。運がいいのやら、悪いのやら。。。バリに住む両親の話です。母は2年前の今日(中越地震の翌日)に脳出血で倒れました。その後は一度も横浜の自宅に入ることもなく、1年前にバリの家に移りました。2年前のこの日を境に母の生活は変わってしまったんですね。高血圧だったことが脳出血につながった様ですが、高血圧だと言うこと自体を家族は気がつきませんでした。分かっていたら、もう少し予防も出来たと思います。それ以後、他の家族も自分の血圧には注意を払っています。父は数年前に緑内障との診断が出ました。それとは別に、バイクに乗っていて2度交通事故に遭い入院しました。今は元気にバリで家庭菜園をやっています。そんな父は、この春から右目の視力が落ちました。そこで、日本に一時帰国をして目の診察を受けることになりました。バリの眼科にも通いましたが、専門用語などになると外国語では充分なコミュニケーションが出来ません。海外でも設備のいい病院や、いい医者もいますが、やはり日本で診てもらうのが一番安心できる様です。
2006年10月24日
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バリ在住の日本人に「パパイヤ」と言うとスーパーのパパイヤが直ぐ頭に浮かぶ様になりました。ここは日本の食材が豊富に揃っていますので、バリ在住の日本人はとても重宝しているお店です。納豆や豆腐は勿論のこと、日本酒やお刺身も置いてあります。但し今回はフルーツのパパイヤの話です。せっかくバリに住むなら家にフルーツの木を沢山植えて只で沢山のフルーツが食べれると嬉しいですよね。そんな考えて色々庭に植えました。そんな中で一番早く実がなったのがパパイヤです。ウルワツでは土地に栄養分があまり無い様に思いますが太陽光線はふんだんに降り注ぎます。パパイヤの木は見る見る育ち沢山の実を付けました。パパイヤの実は外見はグリーンで中はオレンジ色です。時々家を訪れる人に分けて差し上げています。何度か盗まれることもありました。家でとれたパパイヤを食べれるなんて南の島ならではの話ですね。自然の恵みに感謝、感謝。
2006年10月21日
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バリ島のクタ地区で一番名前が通っているホテルはハードロックの様に思う。ハードロック・カフェの店舗は世界約40ヵ国で120店ほどもあると言います。バリではベモ・コーナーをクタ・ビーチへ向かいコーナーを道沿いに曲がった所にハードロック・カフェのホテルがあります。とても有名な場所であり、私もよくこのホテルの前を通りますが、宿泊したこともカフェに入ったこともありません。今年の7月のこと、このオーナー会社がハードロック・カフェを売却すると言うニュースが伝わりました。今はどうなったのか分かりません。事業は好調なのですが、今のうちに売却して利益を得ようと言う狙いだとか。。。ハードロック・カフェのイメージからして私はアメリカ発祥の店かと思い込んでいましたが、ロンドンで始まったのですね。ロンドンと言えばイギリスで、イギリスと言うとヨーロッパです。何だか無理やり話の方向を変えようとしています。。。ヨーロッパのスウェーデンに住む高校の同窓生からこんな話が伝わってきました。ストックホルムの夏至の時期は白夜状態にはならないようですが、かなり遅くまで太陽が輝いており、夜11時頃になりやっと夕方の様な感じになるそうです。その夕方っぽい状態のまま朝を迎えるようです。冬の冬至の頃は、朝8時を過ぎないと明るくならないらしく、子供達は暗いうちに学校は行き、午後2時位になると暗くなって来るので、日が暮れて暗くなってから家に帰って来ると言います。1年中サーフィンが出来る常夏の南の島とは随分様子が違いますね。白夜の国にもハードロック・カフェはあるのかな。。。
2006年10月20日
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横浜の家で、いきなり壊れました。家のガス給湯器が土曜日の夜に壊れたのに気付きました。日曜日でもガス屋さんは営業していましたので、まずは修理をしに即日来てくれました。指折り数えれば15年を経過した給湯器です。日本製はスゴイ!即日点検の結果は、やはり回復不能です。報告では電子部品が壊れており、もう部品がないそうです。給湯器を買い換えるにも、さすがに午後のオーダーでは当日工事は無理でした。木曜日と言われたのを無理をさせて水曜日の午後に工事をしてもらうことで、手配は終了です。1日これで過ぎました。。。(とほほ)食器洗うのには水でいいけれど、お風呂とシャワーは厳しい。横浜はこの季節になると、バリとは違うので水シャワーは無理。。。風邪を引いている私ですが、それでも気合をいれて水シャワーをやりました。数ヶ月前に、バリの家でもソーラー湯沸かし器が壊れました。その時には、ポリバケツ数杯に水を満たして庭に置いておくとお湯の様に温かくなったので、しばらくの間はその作戦でしのぎました。このソーラーはドイツ製ですが、販売業者のチャイニーズの社長夫妻には修理時の対応にてこずらされています。日本人とかドイツ人とか中国人だからと言う人種の問題ではありませんが、この販売店の人には苦労してます。。。最初はソーラーの修理の際に屋根瓦を壊され、大量の雨漏りが発生。(雨漏りの話はバリではよくある話です。日本人にとっては大事件ですよね。この話だけでも長い話になりますので、またいつか。)この時は反省したソーラー販売店のスタッフ達がお金を出し合って一部を弁償してくれました。どうやら販売店の社長は支払わなかったようです。ソーラーはまあまあですが、その他のトラブル発生もあり販売店の対応には合格点はあげられません。バリではトラブルが発生すると即日対応してくれる場合と、そうでない場合の差が激しいと思います。そうでない場合は、数ヶ月経っても直らない状態となります。私が知っている範囲では、家とかお店の建築では数ヶ月遅れが当たり前です。水道などインフラ工事は数ヶ月から1年以上の遅れも。バリで長期間暮らす場合は、まずこののんびりペースに慣れようと思ったほうが無難ですね。
2006年10月18日
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【ALWAYS 三丁目の夕日】自分の幼稚園(本当は保育園でした)時代から社会人になった時まで過ごした家が二丁目7番地、この作品を見終わって考えてみたら、今住んでいる家が三丁目であることに気が付き嬉しくなりました。この作品の中で時代のシンボルとして登場している東京タワーは1958年12月の開業です。この年の半年間ほどの物語です。私の子供の頃に両親に夜の東京タワーに連れて行ってもらった記憶があります。私が最後に東京タワーに入ったのが15年程前です。今年も仕事で何度か東京タワーの前を通りましたが、タワー事態が昔より綺麗になっています。この作品ですが、数週間前にレンタルしに行った時に貸し出し中でした。その後にアーチェリー仲間と話している時に彼は人からDVDを借りてのこの作品を見たとのことです。感想を聞くと、懐かしい感じのする作品で、良かったとの返事でしたので、昨日レンタルして今見終えたところです。私は昨日の朝から風邪気味でして、今週末は家でゆっくりしていようとDVDを2巻レンタルして来ました。2006年3月に発表された第29回日本アカデミー賞ではこの作品から主演賞・助演賞など男女5名が受賞し、最優秀作品賞も勿論受賞しました。この作品で日本アカデミー賞を独占しましたが、実際に作品を見るとうなずけると思います。私もこの作品を見て「懐かしい」と感じました。でも目線を一番年下の出演者である子役にしても実際の時代設定は私自身より少し前でしたね。私の記憶にも白黒テレビや力道山はありますが、作品の中で上野駅に入線して来た常磐線が蒸気機関車のは驚きました。昔はそうだったんだねー。物語の出演者一人一人を縦糸とすると、それらの人をつなげる出来事の横糸が深い感動を織り成す見事な織物の様な作品に仕上がっています。織り上がった1枚の布に喜びも悲しみも総て詰まっています。勿論私の人生とは違いますが、自分の人生の総てがそこに描かれている様に思えました。その感覚が私に「懐かしい」と思わせたのかな。私にとっては、この作品を見終わった瞬間に人生を終えてもいいくらい満足を与えてくれる作品でした。小雪の指があんなに長いんだと知ったのもこの作品です。そう言えば、小雪は当時交際していた坂口君などと一緒にバリに遊びに来たんですって。その話を思い出して一気に現実の世界に連れ戻されました。古行淳之介(吉行では無いですよ!)と言う少年を演じていた子役もいいですよ。いずれ大物になる予感がします。もう1巻は「THE 有頂天ホテル」です。これはまだ見ていないのです。これはどんな作品かなあ。。。
2006年10月14日
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私の渡バリは往路と復路では、往路の方が圧倒的に荷物が多い。何かと言うと生活用品をバリに持って行くからです。自分がバリに行く時だけでは間に合わないので、妹の友達のバリ・リピーターさんにも毎回荷物を運んでもらってます。私の知り合いがバリに遊びに行く時に、肌掛け布団を運んでもらったのはヒンシュクをかった事と思います。先日は水道の蛇口や換気口のカバーや園芸用の防鳥ネットと言った妙な品物をバリに観光に行く親戚に託しました。昨日も宅配便で、いつものバリ・リピーターさんに託す荷物を送りました。段々と運び屋さんを増やさせて頂こうかと思います。お声が掛かった人はよろしくお願い致します。このリピーターさんは年に数回の割合で1ヵ月日程で大阪からバリに遊びに行きます。但し私はまだお目にかかったことはないんです。彼女はサーフィンするでもなく、バリに来てはビーチなどでビールを飲むのが楽しいみたいです。いつもは私の妹がロスメン(リーズナブルな宿)を手配して空港とロスメン間の送り迎えをしてあげています。そんな彼女から今回はコス(アパート)を探して欲しいとの依頼があったようです。バリで友達になった日本人サーファーがコスを借りて滞在するのを見て、自分もやりたいと思ったようです。コス1ヵ月の料金がホテル1泊分に匹敵すると聞いたら、コスがいいと長期滞在者は思います。コスもピンキリ、ホテルもピンキリですから、一概に料金だけの比較でコスに軍配が上がる訳ではありません。便利さはホテルの方が上だと思います。何度もロスメンで長期滞在を経験している人なら、次のステップとしてコスも有りかと思います。で、今回そのコスを探していた時にある一軒家の物件が見付かりました。今はオージーが借りているらしいのですが、部屋が沢山余っているのでシェアーをしてもらう様な話です。ところがこの家には、「お化けが出る」と言う話がついていました。この一軒家の話を彼女に伝えたところ、それを彼女が友達に話した時にそんなお化けの話を聞かされたらしいのです。一人旅でバリに来る彼女ですが、やはり女の子ですので、この一軒家は「嫌だ~!」となりました。これに限らずバリではよく「お化け」の話が出て来ます。家で物が無くなると「お化けのせいだ!」と言われます。この様に何かいやな事が起こると決まって「お化け」のせいになります。バリは神々の島と言われますので、神様も(きっと。多分。ひょっとしたら。)いるのでしょうが、お化けにとっては何でもかんでも自分のせいにされてはたまりませんね。イギリスではお化けの出る家は人気の物件だと聞きます。バリでの人気度はどうなんでしょうか。。。
2006年10月11日
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家の数十メートル先に地主さん一家と、やはり近所に住んでいるオージーが共同でレストランを始めました。オープンして1年ほどですが、私はこの夏初めてこのお店で食事をしました。すぐお隣に地主さん経営のロスメン(宿)がありますので、そこに宿泊している外国人(主にサーファー)がよくこのレストランを利用しています。私は前に「バリにブラジル人が増えた」と書きましたが、このレストランのメニューにはブラジル料理があります。そうは言ってもまだ1品だけです。私はブラジル料理がどんなものか知らないので、迷わずそれを注文してみました。ブラジル料理の代表的なものは、「フェイジョアーダ」という煮込み料理らしです。フェイジョンというあずきの様な豆と肉を煮込んだ料理らしいです。その時、私が食べた料理もチキンに煮込んだ豆が沢山添えられていました。和食にもあるような煮豆から甘さを取ったような感じの料理でした。ポテトの付け合せのような感覚なのでしょうね。【おまけ】 話はガラリと変わります。バリで数年あるお店をやっている人の所へ行った時の話しです。彼と話している時に「私は永年接客業をやっていて思うんですが、人間には割合があると。いい人、悪い人に出会う比率が決まっているんです。ですから大勢の人に会うと、それだけ大勢の悪い人にも出会うし大勢のいい人にも出会うんです。。。」彼の仕事は店を構えてお客さんを待ち受ける商売です。話し振りから察するところ、ご自分からは積極的に人の出会いを求めてはいないご様子でした。確かに旅や人生で楽しみなのが人との出会いですが、一番のストレスの原因も人との関わりのようです。悩ましいところです。また、最近はEメールが発達していますので、私の場合社内の人事異動でグループ内の者達が他部門へ移ってしまったなどの関係で時には1日中他人と会話をしないで過ごすことがありました。会社に行って周囲の人達に「お早う御座います」と「お先に失礼します」と挨拶する以外誰とも話をしないってことです。仕事関係のやり取りはメールで済んでしまいます。それに家に帰っても一人暮らしですと、一日中ほとんど声を出さないことも起きてしまう訳です。技術が発達すると人間の声帯が退化してしまったりして。。。私の場合は休日に車の運転をする際に必ずCDなどの音楽を聴いています。それが普通になっているので、音楽を流さずに運転すると運転に違和感を覚えると言うか不安定な感じになります。人との関わりも、無くなって来るとそれが普通になって安定してしまうんでしょうね。私も気をつけないと。。。
2006年10月08日
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バリ島を地図で見ると南(下)に行くにつれて狭くなっていて最後に端の所がプクッと膨らんでいます。このプクッと言う部分は高台になっていて、この辺りから見る海は眺めがいいことから格別なものがあります。その為もあり海の見える場所にはヴィラも沢山建てられています。私がこの地域に家を建てる決意をした理由も高台であること、海が見えることでした。もう今年の12月で丸2年になりますが、インド洋沖大津波の災害がありました。最初は「海が見えて家から歩いてビーチに出られる土地」を求めていたのでしたが、この大津波の直後に具体的に土地探しを始めたので、「高台」に条件を変えることになりました。同様の理由により、ジャカルタに住むインドネシア人で資産のある人はこの高台に土地を探す人が増えたと言う噂を耳にすることもあります。噂だけでなく、政府高官が視察に来ることもあったようです。更に、水道が引かれていなかったこの地域に水道を敷く工事も行われました。(但し、水道管を敷く水道管の工事が終り何ヶ月も経ちますが、水が出るまでに至っておりません。。。)そんな折、今年の4月にブルガリがバリのウルワツにホテルをオープンさせるというニュースが伝わって来ました。その後、オープンは10月に延期されましたが、9月23日にオープンされました。先日、バリにいる妹に確認してみたところ、オープン後も所々工事は続けられているとのことです。「やっぱりバリだな。。。」と思った私です。このブルガリのホテルはヴィラ・タイプのホテルで、ブルガリらしい高級感あふれるホテルの様です。アメニティ・グッズもブルガリと来れば、女性にはたまりませんね。バリの最南端のウルワツの、更に最南端の断崖の上に立つホテルです。さぞかし海の眺めもいいことでしょうね。
2006年10月04日
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インドネシアでは9月24日から10月23日までイスラム教のラマダン(断食月)です。イスラムの人は1ヵ月間は日中に飲食禁止なんですね。丁度今、日本から母の兄夫妻一行がバリを訪れているのですが、バリに訪れる観光客にはラマダンでも大きな影響はないようで安心しています。バリに家を建てて両親が移住して1年が経ちました。移住して1週間程の内にクタとジンバランで爆弾テロが起き驚かされました。私はジンバランのシーフードレストランで会食中でしたので、その時爆発現場から数100mの所にいましたので、無事で幸運だったのでしょうね。日本人観光客が巻き込まれましたので、日本では現地以上に大きな騒ぎになりました。二度と起きて欲しくないと願っております。そんなスタートとなりましたので生活するのに不安も有りましたが、同居している私の妹の頑張りもあり、なんとかやって来られました。外国暮らしなので健康と防犯には一番気をつけています。父はバリに行く直前まで横浜の家の近所で土地を借りて家庭菜園をやっていました。バリでも自宅の庭先で家庭菜園を楽しんでいます。ウルワツと言う場所は土地が痩せていおり、土を入れ替えたり苦労しています。トマト、ニガウリ、ナスなどは収穫も増えて来ましたので、人にあげることもあります。家を訪れたフランス人の女性のアドバイスでは、トマトの横にバジルを植えると虫除けになり料理にも相性がいいとのことです。私は両親を送り届けた時を含めるとこの1年で4回バリを訪問しました。日数にすると合計で40日位になりますので、サラリーマンでこの日数を休暇として海外で過ごせるのは恵まれた環境にあると思います。次回の渡バリは年末を予定しています。
2006年10月01日
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