貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2007/02/12
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カテゴリ: 窓の記憶(旧)
「我が古き日の歌」#18-3


黒い枠で縁取られた艶子の笑顔はあまりにも慈愛に満ちており、見る人々は自然と敬虔な気持ちになった。喪主席の黎二郎の背中には、隠し切れない落胆と哀しみがあった。夫婦の仲睦まじい事はつとに有名であった。人々は痛ましげにその背中を見ていた。長らくの病身であったとは言え、穏やかで誰にでも慕われた艶子の死は、周囲に深い哀しみをもたらした。

黎二郎の隣には娘と息子がいた。姉は幼いながらも弟を気遣う素振りを見せ、母を亡くした事に気丈に耐えていた。弟はまだ母の死を正確には理解していない様子だった。黎二郎はかばう様に二人の子供の肩を抱いたり、手を握ってやったりしていた。子煩悩でも知られた黎二郎であった。

黎二郎の会社は業績も良く成長していたから、弔問客も多かった。黎二郎は務めて冷静な態度で受け答えをしていた。柩の周囲には沢山の花が飾られていた。庭から摘み取られた花が大部分で、野に咲く様な可憐な花ばかりであった。それが艶子の人柄を偲ばせた。読経の中焼香が始まり、人々はやがて去っていった。艶子は小さな箱になった。

夜も更ける頃には屋敷も静かになった。子供達を女中に託し、黎二郎も自室へ引きあげた。安楽椅子へどっかりと崩れる様に黎二郎は腰を下ろした。張り詰めていた気がゆるむと、哀しみが押し寄せて来た。
(私は戻って来たのに、キミがいない・・)
黎二郎は両手で顔を覆った。

『奴等』との戦いはあれが最後と龍彦様も預言された。『火消し』の仲間も次々に倒れ、残ったのはマサト様とカヅキ様、そして私だけだった。私の血も多く流された。だが無駄死はするつもりはなかった。最後の一匹を私の剣が切り裂いた。私の血を浴び『奴等』は生き絶えた。戦いは終わった。

”戦いの領域”から帰還したものの、私の血は『奴等』を倒す為に費やされ、もはや私を生かす量を残してはいなかった。あの部屋に横たわり、私は死を待っていた。カヅキ様もカナ様も消えた。疲れ切ったマサト様も長き眠りにつかれた。誰もが去った部屋に私一人が残されていた。戻れない事を艶子に済まないと思っていた。だが彼女は許してくれるだろうと思った。”お役目”なのだ。私達の逃れられぬ宿命なのだ。そうは思っても彼女と離れて一人死んでゆくのは辛かった。


「愛しているわ・・貴方を」
艶子の頬に一筋の涙がつうっと流れた。艶子は目を閉じ、私の上に崩れる様に重なった。

「貴方の望む所へ、送ってあげるわ」
『道標』の声がした。
「艶子の部屋へ。最期は自分の部屋で、自分の寝台の上で迎えさせてやりたい」
「分かったわ」
私達は帰って来た。二人の居場所へ、二人の帰るべき家へ・・

部屋の扉が開く気配がした。黎二郎が顔をあげると、幼い息子が白い寝巻姿で扉の後ろに半ば隠れる様にして立っていた。
「どうした」
今年五つになる子は、不安げに大きく目を見開いていた。
「お母様がお部屋にいない。どこに行ったの?」

「お母様は遠くへ行かれたのだ」
「いつ、お帰りになるの?」
子供の真っ直ぐな声が黎二郎の胸を打った。黎二郎は息子を抱き締めた。
「今夜はお父様と一緒に寝よう」
そして子供を抱き上げると、自分の寝台へ寝かせた。

「そうだな」
黎二郎は子供に初めて嘘をついた。今宵のこの子の安らかな眠りの為なら、自分は嘘つきになっても良いと、黎二郎は思った。



(続く)
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Last updated  2007/02/12 09:30:33 PM


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龍5777 @ Re:白衣の盾・叫ぶ瞳(3)(03/24) おはようございます。 「この歳で 色香に…
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