貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2007/05/23
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やがて竹生の手が百合枝の手首を掴んだ。掴んだまま自分の目から百合枝の手を下ろした。竹生の顔が皆に見えた。竹生は目を閉じていた。長い睫毛が頬に影を落としていた。竹生はゆっくりと目を開いた。その白き顔に薄く笑みが広がった。
「良く見える、見えるぞ」
「では、御目がお治りに」
三峰の声にも喜びがあった。竹生の目の事は三峰しか知らぬ事であった。竹生の目は『奴等』の毒に侵され、視力を失いかけていたのであった。竹生はその事を他者には隠していたのである。

竹生は百合枝を抱きしめた。さらさらと流れる白く長い髪が百合枝の周囲を覆った。白い髪の帳(とばり)の中で、青く甘い香りが百合枝を包み込んだ。それは朱雀の香りに似ていたが、更に甘く魅惑的であった。百合枝の耳元で竹生がささやいた。
「女よ、名は何と言う」
「御影百合枝・・です」
百合枝は恍惚の中で答えた。竹生の声には柔らかな闇にまどろむ様な心地良い響きがあった。
「百合枝・・礼を言う。お前になら、私の大切な”あれ”を見せても良い」

「竹生様が女性を・・前代未聞だな」
朱雀は肩をすくめた。竹生の女嫌いは有名だった。正確には女が嫌いなのではない、興味を示した事がないのだ。竹生に名前を覚えられた女はいない。そして抱きしめられた女もいない。竹生を良く知る弟の三峰にとっては、百合枝の力よりも驚異的な出来事であった。

竹生は朱雀に寝台の側に椅子を運ばせ、百合枝に顎で示した。
「こちらへ来い」
百合枝は大人しく従い、椅子に腰を下ろした。竹生は寝台の枕元に腰を掛け、慎重な手付きで布を解き始めた。それは丁重に幾重にも包まれていた。姿を現したのは、これも美しい青年だった。目を堅く閉じている。真っ直ぐな黒い髪、端正な顔立ち、滑らかな肌は蜂蜜色をしている。竹生は更に布を剥いだ。喉から胸元があらわになると、胸が少し上下しているのが分かった。
(生きている・・)
百合枝は安堵した。余りにも青年の表情が穏やかなので、遺体ではないかと怯えていたであった。裸の上半身がすっかり皆の目の前に明らかになった。竹生は青年を見ていた。そのまなざしは優しく、きらめく魔性の青い瞳も和み、微かにうるんで見えた。

竹生は青年から目を離さずに言った。
「百合枝・・何か見えるか?」
顔だけではなく、身体も美しい青年だった。均整の取れた身体は細身ではあるが、鍛えられた筋肉がほど良く付き、引き締まっている。だがその腹には横に走る無残な傷痕があった。そしてその傷にまとわりつく緑の炎が百合枝には見えた。炎は青年の身体のいたる場所にちろちろと蛇の舌の如くうごめいていた。百合枝はつぶやいた。
「毒・・」

「そうだ、『奴等』の毒だ。これは多くを助ける為に、己を犠牲にしたのだ」

百合枝は竹生が何を望んでいるのかを感じた。竹生はこの青年を百合枝が癒せるかどうかを知りたいのだ。百合枝はまだ自分に何が出来るのか分かっていなかった。けれども心のどこかで百合枝に語りかけるものがあった。百合枝は両手を青年の腹の傷に当てた。ぞっとする冷たいものが、恐ろしい勢いで百合枝の手から体内に流れ込んで来た。百合枝は眩暈がした。

百合枝の身体が揺らいだのを見て、素早く朱雀が駆け寄り、百合枝の身体を支えた。
「大丈夫かね、無理はしなくていい」
「ええ」




(続く)
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Last updated  2007/05/23 07:28:47 PM
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