貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2007/08/05
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カテゴリ: 火消しシリーズ



そのナイトクラブは大人の為の社交場で、良い酒と会話と人生を楽しむ人々で満ちていた。笑い声の合間に、スタンダートのジャズボーカルやピアノの演奏が聞こえ、バーテンダーは気取った仕草でシェイカーを振っていた。

店の一角に一際華やかな集団がいた。白いレースのショールを幾重にも肩に巻きつけた可憐な婦人を中心に、数人の男達がにこやかに談笑をしていた。どれも人並み以上に美しい男達であった。婦人の右隣には極上のワインに似た深い赤色の髪の美丈夫がいた。左隣には品の良い柔和な顔の紳士がいた。そして特に柔和な紳士の隣に居並ぶ二人を見ると、人々はしばしあっけに取られて目を離せなくなってしまうのであった。

一人は黒いスーツに身を包み、白く長い髪が神の美貌を縁取っていた。もう一人は白い髪がさらさらと流れて肩にかかり、純白のスーツの上からでも、均整のとれたしなやかな姿態が見て取れた。二人の顔立ちは良く似ていた。これ程に美しい男が、それも二人も居て良いものかと、人々は怪しみながらも魅せられてしまうのであった。

赤い髪の男が一座の主人役の様であった。朱雀である。朱雀は濃い藍色のスーツを粋に着こなし、琥珀色の美酒の入ったグラスを片手に、傍らの百合枝と時々微笑を交わしながら陽気に話していた。
「幸彦様が、こんなにお酒がお強いとは、知りませんでした」
百合枝の隣で、幸彦が微笑んだ。
「僕も知らなかったよ。僕が飲むようになったのは、三峰が来てからだ」
朱雀はにやりと笑い、三峰を見た。三峰はそ知らぬ顔でグラスを口に運んだ。

「遅くなってごめん」

「打ち合わせが長引いてしまってね」
「お疲れ様、和樹さん」
百合枝が和樹に微笑みかけた。和樹も百合枝に笑顔を返した。
「お父さんがサボってばかりいるから、僕が忙しいんですよ」
朱雀は義理の息子を振り返り、わざと真面目な顔で言った。
「将来の為に、勉強をさせてやっているのだよ」
黒服の男が朱雀に声をかけた。
「社長」
「何だね」
「恐れ入りますが、いつもの・・そろそろ、いかがでしょうか」
「ああ、いいのかね?」

朱雀は立ち上がった。朱雀は一同に軽く頭を下げた。
「では、しばし私抜きでご歓談を」
黒服の男に導かれて歩いて行く朱雀の背中を見ながら、和樹は飽きれた様に言った。
「いつも上手く逃げるのだから、お父さん」

店の奥まった所に小さなステージが誂えられていた。スポットライトに照らされ、浮かび上がったのは、マイクを手にした朱雀の姿であった。朱雀はピアニストに頷いた。ピアノの音が流れ、朱雀は歌い始めた。「Time to say good by(君と旅立とう)」・・良く通るテノールが店内に響くと、人々は談笑をしばし止め、ステージに目を向け、歌声に耳を傾けた。


船に乗って 海を越えて
もうどこにもなくなってしまった海を
君と二人で蘇らせよう
君と行こう 君と旅立とう

朱雀の目は百合枝を見詰めていた。百合枝の為に歌っているのだと、百合枝には解った。

歌いながら、朱雀はステージから百合枝の元へ歩いていった。そして歌い終わると、百合枝を抱き締めてくちづけをした。長いキス・・黒服の男が小走りに近寄って来てささやいた。
「社長、社長・・」
朱雀は顔を上げ、黒服の男に笑ってみせた。男でも惚れ々々するような綺麗な笑顔であった。朱雀はおどけて言った。
「すまない、つい夢中になってしまった。妻があまりに魅力的なもので」
どっと笑う店内、拍手が鳴り響いた・・

ひとりの婦人がやって来た。見るからに裕福そうな六十代位の婦人である。
「貴方の歌、素晴らしかったわ」
朱雀はにっこりとして言った。
「ありがとうございます」
「今度、パーティで歌って下さらない?主人が大切なお客様をお迎えするので、盛り上げたいの」
婦人は朱雀をプロの歌手と勘違いしているらしい。
「取引先の会社の社長さんがいらっしゃるの。なかなか公の席には顔を見せない方なのよ」
婦人が口にしたのは朱雀の会社の名前だった。朱雀は何食わぬ顔で言った。
「それでは、後の話はマネージャーの方によろしくお願い致します」
朱雀は和樹にいたずらっぽく笑いかけた。
「マネージャー、後は頼んだよ」
和樹は再び飽きれた顔で朱雀を見た。

そのパーティには和樹も招かれていた。会場に入ると婦人が目ざとく和樹を見つけた。
「あら、マネージャーさん、今日はよろしくね」
「はい、奥様」
和樹は愛想良く答えた。
「お前、ここにいたのか」
恰幅の良い紳士が婦人に声をかけた。本日の主催者である。紳士は振り返り、後ろの男に声を掛けた。
「社長、これが家内です」
夫が連れている人物を見て、婦人は目を丸くした。それは朱雀だった。朱雀はいつもの魅力的な笑顔で婦人の手を取った。
「お招きいただきありがとうございます」
朱雀は声を潜めてささやいた。
「後で貴方の為に歌いましょう、奥様」
夫たる人は朱雀の後ろにいた人物に話しかけていたので、朱雀の言葉を聞いていなかった。

「こちらが社長のご子息、専務だ」
次に夫が紹介した人物を見て、婦人は更に目を見開いた。
「お目にかかれて光栄です、奥様」
和樹は笑顔で言った。
「では、そろそろうちの歌手に歌わせましょうか」

その会場にいた人々全員が、朱雀の歌に酔いしれたのは、言うまでもない。



(終)
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朱雀と百合枝が結婚した後の、ちょっとしたエピソードです。








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Last updated  2007/08/07 08:38:59 PM
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龍5777 @ Re:白衣の盾・叫ぶ瞳(3)(03/24) おはようございます。 「この歳で 色香に…
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