貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2007/09/07
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柚木は目が覚めた。すっかり夜になっていた。小さな常夜灯が暖色に天井を照らしていた。
(ここ・・どこ?)
柚木はベッドに寝ていた。柚木はそろそろと起き上がり、周囲を見渡した。枕元のテーブルに柚木の眼鏡が置かれていた。手を伸ばし、眼鏡を取ると、柚木はゆっくりと眼鏡をかけた。こういう時は急がない方が良いと、頭のどこかで思っていた。はっきりとした視界に、机が見えた。パソコンと本が並び、筆記用具や文房具を投げ込んであるペン立てがあった。
(和樹さんの部屋だ・・)
少しずつ、何故ここにいるのか、柚木は思い出して来た。すると一人でいるのが不安になり、柚木はベッドから滑り降りると、ドアを開けてリビングへ行った。

和樹はソファで本を読んでいた。分厚い難しそうな本だった。
「目が覚めたかい?」
和樹は本から顔を上げ、柚木に微笑みかけた。
「お腹がすいただろう?」

「お父さんは帰ったよ」
和樹はリビングの入り口に立ったままの柚木の側に来ると、しゃがみこんで柚木の顔を覗き込んだ。
「心配しなくていいよ。柚木が村に戻らなくてすむ様に、お父さんがしてくれたから」
柚木は不安な気持ちで、和樹の顔を見ていた。和樹は安心させる様に微笑んだ。
「大丈夫だよ。ソファに座ってて、今シチューを温めてあげるよ」

キッチンのテーブルで、二人は進士特製のシチューと温めたバケットを食べた。
「これ、美味しいよ」
深皿から大きな匙で、柚木は夢中でシチューをすくっていた。一口食べたら猛烈に腹が空いて来たのだ。面取りした野菜と、鳥と牛と何か柚木には分からぬ肉が入っていた。どれも柔らかく煮えているのに、黄金色のスープは透明で、良い匂いが食欲を更にそそった。
「進士が聞いたら喜ぶよ」
「誰、それ?」
「お父さんの執事だよ」

「お父さんの身の回りの世話をする人だよ」
「佐原の家令の郷滋(ごうじ)様みたいなもの?」
「まあ、そうだね」
自分から佐原の村の事に触れてしまい、柚木は後悔して黙ってしまった。

和樹はすぐにそれに気付き、話題を変える様に言った。

柚木は皿から顔を上げた。
「お父さんの所より、ここの方がいいかなって思ったんだ。お父さんは忙しくてあまり家にいないし、大人ばかりだからね」
柚木は恐る々々聞いた。
「和樹さんは、僕がいてもいいの?」
和樹はパンを乗せた籠に手を伸ばし、自分のパン皿にパンを取ると、柚木にも一切れ取ってやった。
「僕は兄弟がいなかったから、その方がうれしいな。言ったじゃないか、お父さんが。僕と柚木は兄弟になるって」
柚木の胸に、幼い弟の桐生(きりゅう)の姿がよぎった。それをかき消す様に、柚木は急いで言った。
「僕も、和樹さんと一緒がいいな」
「じゃあ、決まりだ。ここは僕一人では広すぎたからね」
和樹はうれしそうに言った。

和樹の母であり、朱雀の妻であった加奈子が不意の病で亡くなった後、三人で暮らした家を出て、二人は別々に暮らす事にした。母の加奈子が朱雀と再婚してから七年余りが過ぎ、和樹は大学生になっていた。すでに父親を必要とする時期は過ぎ、独立を思う年頃になっていた。環境を変える事で、加奈子を失った悲しみを忘れようとする気持ちもあった。

一人住まいに際して、和樹は学生である自分に相応の住居を希望した。義理の父親であり大会社の社長である朱雀は、和樹の意見に反対はしなかった。だが”純潔の嫡子”と呼ばれ、『火消し』の仲間である和樹は、今も『奴等』に命を狙われている。和樹の身を守る為、警備部がすぐに駆けつけられる場所である事、それが朱雀の出した条件であった。そして二人が折り合ったのが、この場所なのである。朱雀の所持する物件の中で一番小さな部屋であった。それでも2LDKの広さがあった。

「明日、買い物に行こう。柚木のベッドも買わなくちゃ」
「うん」
柚木は元気良く答えた。
「掃除もしなくちゃね。柚木も手伝うんだぞ、自分の部屋なのだからね」
「ちゃんと手伝うよ」
柚木は再びシチューに夢中になった。そんな柚木を見ながら、和樹は朱雀と出会った頃の自分の事を思い出していた。





(続く)
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Last updated  2007/09/09 05:40:04 PM


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