貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2008/01/28
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カテゴリ: 火消しシリーズ



窓の外には、雪が降っていた。佐原の村で年を越すのは、何年ぶりだろうと、朱雀は思い、息子の紫苑(しおん)の歳を思い出した。あの子が生まれた冬はここで過ごした。五年ぶりになる。

麻里子と桐生は、露の家で暮らす様になったので、朱雀は生まれ育った家を再び村での自宅としていた。朱雀、篠牟(しのむ)、御岬(みさき)の三兄弟が育った家。兄弟と父の善衛(よしえ)と母の美耶子(みやこ)の思い出が、家中のいたる場所に感じられた。朱雀は着物を着ていた。亡き父・善衛の物であった。子供達は「青い着物」と呼んでいた。それを着ている日は、父が休みの日である。子供達は安心して父にまとわりついた。

父の部屋であった場所に、朱雀は立っていた。畳の目のひとつひとつにまで、実直だった父の心が染み渡っている様で、自然と、朱雀の姿勢はいつにも増して良くなっていた。有能な”盾”であり、人望もあり、不幸な事故がなければ、盾の長になっていたであろうと言われた人物だった。三人の息子にも厳しかったが、息子達は父の優しさも知っていた。

「寒くないの、朱雀」
振り向くと妻の百合枝がいた。その腕に、野薔薇を抱いていた。生まれて半年のこの娘を溺愛している事を、朱雀は誰にでも隠さなかった。竹生の屋敷の誰もが、野薔薇を甘やかした。その筆頭が朱雀と兄の紫苑だった。人よりも優れて美しい男達が、小さな天使に夢中になっていた。今がささやかな平穏な時であり、今しかない時間だと、誰もが知っていたから。

百合枝の着物の柄に、朱雀は見覚えがあった。朱雀の母・美耶子の着物であった。百合枝の姿が、更に遠い思いを呼び起こした。母は同じ様に幼い弟を抱いて、朱雀に声をかけた。
(寒くないの、朱雀)
その声を思い出しながら、朱雀は優しく妻に声をかけた。
「キミこそ寒くはないかね。田舎は冷えるからね」

「東士(とうじ)さんがストーブを焚いてくれたの。火がね、勢いが良くて、暑い位よ」
善衛の部下であった東士と妻の早乃は、今もこの家の管理をしていた。二人は屋敷の離れに住んでいた。紫苑が村に戻ると預言をされてから、いつ紫苑が戻って来ても良い様にと、二人は屋敷の手入れを欠かさなかった。

百合枝も窓辺に寄り、外を見やった。
「こんなに雪が降るの、初めて見たわ」
「村でも、珍しい。私も見た覚えがないな」
(いや、あった・・)
朱雀は思い出した。それは”外のお役目”へと旅立つ前日の夜であった。この家で、この部屋で。こうして三人が並んで寝るのは、これが最後だと、朱雀は、布団の中から天井を見上げ、思っていた。両親を失い、後ろ盾のない者にとって”外のお役目”は、高収入と権力を得られる唯一の方法であった。その代わりに、危険も多く、二度と故郷の土を踏む事は許されない。長兄として、弟達の将来の為に、朱雀はその道を選んだのであった。篠牟はそれを知っていた。盲目の末の弟の御岬は、何も知らずに無邪気に兄に甘えていた。当時は最後だと思っていた。こんな”人でない”身にとなり、それ故に特例として、帰郷が許されるなど、思ってもみない事であった。

あの夜、篠牟が起き上がり、外を見た。御岬はあどけない寝顔を見せていた。朱雀も起き上がり、篠牟と並んで外を見た。雪は静かに、激しく降っていた。見渡す限りの夜の底が白く、そして闇に溶けていった。篠牟が息だけで言った。
「こんなに降る雪、見た事がない」
朱雀も息だけで答えた。
「ああ、初めて見る」

「兄さん、僕が御岬の面倒を見ます。だから、心配しないで」
優しい弟は言った。
「頼んだよ」
朱雀は、それしか言う言葉が見付からなかった。

やはり最後だった、三人が枕を並べて寝た夜は。篠牟は”異人”の刃に倒れ、御岬はこの家を出た。あの夜の様に、今も雪が降っている。過ぎていった歳月の様に、静かに積もっていく、朱雀の心にも。

百合枝の声に、朱雀は我に返った。
「いや、何でもない」
朱雀は妻の肩を抱いた。
「冷えて来た。向こうの部屋へ戻ろう」

寄り添い、部屋を出て行く二人の背中が、窓硝子に写っていた。同じ着物を纏い、同じ様に寄り添う夫婦の姿を、かつて写した事があったと、窓は覚えていたであろうか。雪はますます激しく降りしきり、何もかも白く染め、埋めていった。楽しい事も哀しい事も。


(終)

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Last updated  2008/01/29 04:22:37 AM
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