貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2009/07/27
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いつもの時刻に柚木(ゆずき)は目が覚めた。隣の寝台の真彦はぐっすりと眠っている。真彦を起さぬ様に柚木はそっと身支度をした。階下の食堂へ下りると、桐原がやって来て折り目正しく挨拶をした。
「お早う御座います」
「お早う」
「ご朝食になさいますか」
「うん、他の人は?」
桐原はひとつの椅子を引いた。柚木はその椅子に腰掛けた。
「皆様、まだお休みで」
「そう」
「珈琲とトースト、目玉焼きの卵は二つでよろしゅう御座いますか?」

桐原は会釈して奥へ下がった。

桐原の運んで来た朝食を食べていると、柚木はふと視線を感じた。天気が良いのでベランダの続く窓が開け放たれていた。誰かが窓の側に立っていた。桐原がいつの間にか戻って来て、その人物に声をかけた。
「あまり日に当たり過ぎると、お体にさわります」
伸びた前髪に顔のほとんどが隠されていたが、形の良い唇の端が少し上がり、美しい笑みを形作るのを柚木は見た。柚木の胸が高鳴った。食べる手を休める事が返って恥ずかしく、柚木は皿の上に顔を伏せた。桐原が柚木の向かい側の椅子に朔也を導いた。
「ご朝食はいかがなさいますか?」
「少し、欲しい」

桐原が下がると、朔也が言った。
「おはよ・・」
柚木は顔を上げた。朔也はパジャマのままだった。縦に並んだボタンは光る貝を刳り貫いたもので、柔らかそうな布地は淡く黄色を帯びていた。前髪の間から覗く目は穏やかに見えた。唇には笑みが浮かんだままだった。柚木は思い切って言った。
「お早う、朔也さん」
朔也はにっこりと笑った。柚木は胸に甘い痛みを感じた。

桐原がオレンジジュースとカフェオレ、クロワッサンを載せた皿を運んで来た。さわさわと崩れるクロワッサンを少しずつ千切り、朔也はゆっくりと口に運んだ。

食事を終えると、柚木は庭に出た。朔也はすでに自室に引き上げていた。腹ごなしに日課の運動をする事にした。シャツを脱ぐと手近な木の枝に引っ掛けた。袖なしの下着一枚になると柔軟体操をした。それから”盾”として学んだ幾つかの鍛錬方法を順番にこなしていった。手の甲で額の汗を拭おうとすると、真新しいタオルが差し出された。庭師の伴野(ばんの)だった。
「ありがとう」
伴野は黙って律儀そうに頭を下げ、竹箒を抱えて何処かへ行ってしまった。伴野の姿が消えてから、柚木は伴野が近くにいた事にまったく気づかなかったと思い当たった。伴野が元”盾”であると知ってはいたが、己の迂闊さに柚木は唇を軽く噛んだ。
(僕も、まだまだだな)












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Last updated  2009/07/27 11:01:23 PM


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龍5777 @ Re:白衣の盾・叫ぶ瞳(3)(03/24) おはようございます。 「この歳で 色香に…
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