貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2009/09/22
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抜き身の刀を持ち、朱雀は夕暮れの泥道を走っていた。薄茶色の背広に包まれた身体は、しなやかで力に満ち、赤味がかった髪は軽やかに風になびいていた。廃屋の曇った硝子窓にも、破れた引き戸の奥の闇にも、目が光っていた。悪鬼である。この先にも多くの敵が待ちかまえているのを、朱雀は”人でない”感覚で察知していた。そしてそのほとんどが元は佐原の村人であった事も。
(黒く染まった心は、容易に操られる)
朱雀はその事を良く知っていた。

村の再度の封印の際に取り残された村人の始末が、”外のお役目”に与えられた極秘の任務であった。彼らが村を狙う”異人”の格好の目標となる事は目に見えていた。理解していなかったのは、当人達だけであった。

真彦と彼を連れ去った者の行く先もそこであった。真彦と残りの村人の力で村を呼び戻す事を企むのも予測の範囲内であった。だがそれは達成出来ず、人々の心は破壊され、食い荒らされていった。私欲に歪んだ人々に、土地の力は味方するはずもなかった。

無数の濁った叫び声が朱雀に飛びかかって来た。しかし朱雀の歩みは止まらなかった。露でも払うかの如く、左右に軽く刀を振るうのみであった。後には切り裂かれた死体が塁々と残された。

神社の鳥居が見えた。朽ちた社殿の前に、細身の影が立っていた。春日根であった。その目には何の感情も宿ってはいなかった。少なくとも人としての。少し離れて、朱雀は春日根の前に立ち止まった。二人の目が合った。朱雀の目は赤く魔性に燃えていた。春日根はぎこちなくお辞儀をした。朱雀が言った。
「人間の真似をするのは、やめた方が良いぞ」
いつもと変わらぬ、良く通る深く豊かな声であった。春日根は左右に首を振った。そしてゆっくりと口を開いた。

「人の皮をかぶっても、私は誤魔化せない」
「誤魔化すつもりはありません」
春日根の発する気配が変わった。にやりと笑った口が耳まで裂けた。オーケストラに合図する指揮者の如く、春日根は両手を大きく振った。

放たれた無数の攻撃を、朱雀は刀身で叩き落とした。鉛の固まりが点々と地面に散らばった。朱雀の周囲には風が渦巻き、赤き髪がなびいた。春日根の両手は鈍く銀色に光っていた。朱雀は刀を構えなおした。
「”中身”はお前か、照柿(てるがき)」
「あの餓鬼・・失礼、真彦様を落すのは簡単でしたよ。この姿があれば」
「何故、子供達を狙う」
照柿は驚いたような顔をした。
「貴方がそんな愚問を口にするとは」
照柿の身体が宙に舞い上がった。空中で赤い口が大きく裂けた。
「弱いからに決まってますよ」


だが朱雀はその足元を駆け抜け、社殿へと飛び込んだ。
「しまった!」
照柿は振り返り、ありったけの攻撃を社殿に叩き込んだ。建物は木っ端微塵に吹き飛んだ。夕暮れの空に黒々と爆煙が舞い上がった。その中を翔ける影があった。朱雀であった。両腕に意識のない真彦を抱いていた。ふわりと朱雀は着地した。
「両手が塞がっていては、圧倒的に不利ですね」
朱雀は照柿を見上げて微笑した。

照柿を一発の銃弾が貫いた。
「ぐはぁ!!」
ぐらりと傾いだ身体は、かろうじて体勢を立て直した。照柿はわめいた。
「やりやがったな!!」
揚げた面は悪鬼と化していた。離れた岩陰にライフルを持った盾がいた。照準はぴたりと照柿に当てられていた。三隅の組の者、一棹(ひさお)である。三隅は自身が警備部の司令塔として残るのと引き換えに、自分の部下を磐境に同行させたのであった。

鍛え上げられた彼ら”盾”の足であっても、朱雀の速さにはかなわず、少し遅れての到着となった。
「朱雀様」
駆け寄った磐境に朱雀は真彦を託した。
「真彦様を頼む」
「はい」
磐境は素早くその場を離れた。三隅のもう一人の部下、二星(にせい)もようやく追いつき、磐境の下へ急いだ。二星は霧の家の出身で医療の心得があった。磐境の腕の真彦の様子を手早く診ると言った。
「気を失っておられるだけです」
磐境はほっとした様に頷いた。






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Last updated  2009/09/23 03:31:38 AM


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龍5777 @ Re:白衣の盾・叫ぶ瞳(3)(03/24) おはようございます。 「この歳で 色香に…
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