貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2009/11/02
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赤荻はうつ伏せの男の顔が朱雀に見えるように、少し上を向かせた。泥まみれの顔は春日根であった。

「その様です」
「丁重に葬ってやれ」
「はい」

朱雀の背中の上で老婆が言った。
「まだ、助かるぞえ」
「本当ですか、雪火様」
「嘘を言って何になる」

「その男をワシの屋敷まで運べ」
赤荻は朱雀の命令を待つ事なく、春日根を背に担ぎ上げた。背広が泥だらけになったが、表情を変えなかった。朱雀が言った。
「思わぬ残業になったな。戻ったら特別ボーナスを支給しよう。背広一着分でいいかね」
「ありがとうございます」
赤荻が極端な清潔好きである事を朱雀は知っていた。
「急げ、急げ。時が経つほど難しくなるぞ」
朱雀の背の上から、老婆が怒鳴った。

群青の家の土間に入ると、出て来た下男が驚いて叫んだ。
「雪火様、お怪我でもされましたか」
朱雀は丁重に背中から雪火を下ろした。
「馬鹿者、それより神那(かんな)を呼べ」

「気が利かぬ奴じゃ」
朱雀が微笑した。
「気の利く方もおられるようですが」
一人の若い女人が白い布を捧げ持って現れた。雪火に何処か似ている。
「お婆さま、お帰りなさいまし」

「これは美しい」
朱雀は目が合うと蘭火に微笑みかけた。蘭火の頬が赤くなった。
「色気付いておらんで、さっさとやらんか」
慌てて蘭火は一段高くなった板の間に布を広げた。雪火は赤荻に言った。
「それを布の上に下ろせ」
「はい」
赤荻は春日根をゆっくりと布の上に横たえた。

初老の男を筆頭に数名の男が奥から走り出て来た。
「神那(かんな)、遅いぞ」
雪火は不機嫌な声で言った。男達は平伏した。
「お館様、お帰りなさいまし」
「挨拶はいい、これを奥へ運べ。すぐに手当てするぞ」
「ただちに」
男達は布ごと春日根を持ち上げると運び去った。老婆は朱雀を見てにやりとした。
「ひと風呂浴びていけ。蘭火に背中を流させても良いぞ」
「お婆さま!」
蘭火が叫んだ。

朱雀は湯の中で手足を思うさまに伸ばした。檜の湯船は広く、満たされた湯は柔らかく肌に心地良かった。
「朱雀様」
引き戸の向こうから赤荻の声がした。
「何だね」
「磐境(いわさか)様に連絡しておきました。真彦様には二星が付き添い、急ぎ病院へ。こちらの迎えには一棹(ひさお)が参ります」
「ご苦労、お前も汗を流せ」
赤荻のためらう気配がした。
「いえ、私は・・」
「何だ、私の背中を流してくれないのか」
「そういうわけでは・・」
「いいから入れ」

「失礼します」
朱雀の背中を手拭いでこすりながら、赤荻が消え入りそうな声で言った。
「あの・・朱雀様、どうかこちらをご覧にならないで下さい」
朱雀は笑った。
「そうか、お前は”外”で育ったからな」
「はい」
「村の”盾”の宿舎は大風呂だ。子供の頃からそれが当たり前だからな」
「申し訳御座いません」
「気にするな、これからはそういう奴が増えるだろう」






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Last updated  2009/11/29 04:51:11 AM


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龍5777 @ Re:白衣の盾・叫ぶ瞳(3)(03/24) おはようございます。 「この歳で 色香に…
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