貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2012/06/13
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ホールの脇の小部屋に二人の”盾”がいたが、拓人の姿を認めても一礼しただだけで、特に制止する素振りは見せなかった。薔薇の咲く間の石畳を抜けて、拓人は正門にたどり着いた。少し躊躇したが、瀟洒な鉄製の門の横の通用口を抜けて外に出た。

新しい学校へ通い始めるのは一週間後だった。それまでの間、拓人を束縛するものは何もなかった。誰かに会いたくて出かけたのではなかった。どうしても別れを告げたい友達もいなかった。卒なくつきあうという事は、深入りしない事でもあった。拓人が外出をしたのは、幾ら広いとはいえ屋敷の中に居続けるのが息苦しくなったからであった。

何処に行くか決めかねたまま、拓人は乗客がまばらな電車に揺られていた。向かいの座席には誰もいない。車両の端の方に老人がひとり、他には主婦らしき二人連れが賑やかに話ていた。灰色のアパート、褪せた瓦、汚れた看板、たまに背の高いビル。心躍る風景は何もなく、このまま終点まで行っても大して変わらぬであろう町並みを眺めながら、拓人は朱雀の語った事を思い出していた。

「私は、人ではない」

朱雀の言葉を耳にした途端、拓人は足元から床に引きずりこまれるような感覚を覚えた。水の中のように身体中が重く、自由が効かなかった。瞼を開ける事も億劫で目を閉ざしていた。痛みも悪寒もなかった。目を閉じているのに、目の前には景色が広がっていた。まるで映画を見ているようだった。緑に染まる山と田畑、点在する家屋も古めかしい。地方の奥深い田舎の村。

(これは・・何?何が起きてるんだ)
(これは夢の力、我らが故郷に伝わる力)

深く豊かな声がした。朱雀の声だった。



(だが遂に山より戻りし者が現れた。それが竹生様、この屋敷の真のあるじ)

拓人の目の前の季節が変わり、当たり一面に桃の花が咲いた。桃の花が散った。降りしきる花びらの中に美しい影が現れた。黒衣に身を包む神の美貌を持つ者。白く長い髪をなびかせて立つ姿は幻と解っていても、拓人は目が離す事が出来なくなってしまった。硬質の陶器の如き滑らかな白きかんばせは、無表情の下にあらゆる表情を隠している。青き魔性に輝く瞳には永遠の光が灯され、こちらを見ている。甘く脳の奥から痺れて行くような感覚の中で、拓人は陶然とその姿を見ていた。

(竹生様は試練に打ち勝ち、人である事を捨て、強大なる風の力と人を越えた能力をお持ちになられた。竹生様の身の上に時は刻まれなくなり、永遠にそのお姿のままで生きられる事となった)
(不老不死という事?)
(似たようなものだ。だが生き長らえる為に、生きるモノの血が必要になった)

気がつくと幻は消え、再び拓人はコーヒーテーブルの前の椅子に腰掛けていた。向こう側に朱雀も腰掛けていた。
「大丈夫かね?」
拓人は頷いた。そして恐る恐る尋ねた。
「貴方も、血を?」
「我らは狩りをする。我らが敵たる”異人”を。獲物の血が我らの糧となる」
拓人は混乱したまま、朱雀を見ていた。

「この屋敷にいる者は皆知っている」
「百合枝さんも?」
「知っている」
「でも貴方と結婚したの?」
「そうだ」

「いや、いない。昼の間、我らは激しい痛みの中にいる。身体を引き裂かれているような。並の人間であれば気が狂うほどの」
「今も?」
「ああ」
「それで、顔色が少し悪いのかな」
「良い観察眼だ」
「大丈夫なの?」
朱雀は微笑した。
「多くを得る代わりに多くを失い、更に多くを背負うのだ。その重みに耐えられると竹生様がお認めにならない限り、我らと同じにはなれないのだよ」

(つづく)






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Last updated  2012/06/15 04:54:47 AM
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