貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2012/11/27
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「キミは、人が青い炎で包まれたように、見える時があるのではないかね」
マグカップを支える詩織の手に力が入った。詩織は朱雀を見た。朱雀の目は穏やかで優しい光を湛えていた。朱雀に詰問も非難もするつもりがないのが解った。詩織はためらいながら尋ねた。
「鍬見(くわみ)さんに聞いたのですか?」
「いや、私は鍬見とは話していない」
「では、どうしてその事を?」
「百合枝も同じ力を持っている」
詩織は驚いた。
「百合枝さんも?」

「キミ達の曾祖母が持っていた力だ。キミが持っていても不思議ではない」
詩織の曽祖父と曾祖母に関して、朱雀はまだ語りたい事が多くあったが控えた。いずれその機会は来るだろうと、朱雀は思った。今は先に伝えねばならない事があった。

「百合枝には、もうひとつの力がある。『奴等』の毒を浄化出来るのだ」
「毒?」
「鍬見を救ったのはキミだ」
「私が?」
「『奴等』の毒は普通の方法では解毒は無理なのだ。キミの力が鍬見の毒を浄化し、鍬見は生き延びたのだ」
詩織は鍬見の身体のあちこちに見えた緑の光を思い出した。
(あれが、毒だったのかしら)
すべては無意識であった。自分が何をしたのかもおぼろげにしか思い出せない。気が遠くなって、気がついたらこの病室にいた。
「私、解らないわ」

「あせらなくていい、今はキミと鍬見が安全だという事だけが理解出来ればいい」
「でも、鍬見さんは罰を受けると」
今まで黙っていた寒露(かんろ)が口を挟んだ。
「”盾”の掟を弟は破った。回復次第、しかるべき場で裁かれる」
不吉な思いで一杯になり、詩織は叫んだ。


朱雀の顔から笑みが消えた。朱雀は”外”のお役目の長としての顔になった。
「幸彦様は、こんな事は望んでおられない」
詩織は食い下がった。
「では、どうして」
「”盾”の掟は絶対だ。それ故の苦渋の選択なのだ」
詩織の胸に村への嫌悪が広がった。最初から二人を隔てていた壁、その頂点にいる幸彦という存在。何も知らずに幸彦の好意を受けた。それが彼の”想い人”という扱いになった。あるじの想い人を略奪した部下という汚名と罪状が、鍬見に被せられた。ただ、二人の心が通じ合っただけなのに。再び強張った詩織の顔を見て、朱雀は首を振った。
「幸彦様はご存じなかったのだ。キミと鍬見の事を。あの方は今、傷ついておられる」
詩織は言い返した。
「傷ついているのは、鍬見さんです」
「いや、キミには説明していなかったな。あの方は人の負の感情を身体の痛みとして受け取ってしまうのだ」
「そんな事がありえるの?」
「そうだな、いきなり信じろと行っても無理だろう。キミは憎しみをあの方に向けた。あの方にはとても辛い事だ。あの方は後悔による心の痛みと、キミからの憎しみによる肉体の痛みと、その両方に苛まれているだろう」

寒露が呼んだ。
「詩織」
詩織は愛しい人の兄を見た。
「お前は弟の為に、何もかも捨てる覚悟はあるか?」
寒露には何か考えがありそうだった。
「何もかも?」
「家も家族も職も名前も、今のお前のすべてを」
詩織は胸を張って答えた。
「それで、鍬見さんが助かるのなら」
「百合枝や朱雀殿にも、逢えなくなる」
詩織は朱雀をちらりと見た。朱雀の顔には温和な笑みが戻っていた。
「私達は、何よりもキミの幸せを願っている」
深く豊かな声が言った。その声に背中を押され、詩織ははっきりと言った。
「鍬見さんと共に生きられるのなら、捨てます」
寒露は満足げに微笑した。
「その決意、聞き届けた」

詩織は不意に疲れを覚え、ぐったりと背もたれにしていた枕に沈み込んだ。朱雀は詩織の手からカップを取ると、テーブルに置いた。しばらく病室には沈黙の時間が流れた。それには当初の重苦しさはなかった。それは何かを越えた後の静けさに似ていた。気持ちが落ち着くと、詩織は幸彦への態度に後悔を感じ始めた。気が進まないのに誘いにのった。幸彦や周囲に誤解を招く行動を取ったのは自分なのだ。
「朱雀さん」
「何だね」
「幸彦様に謝りたいの。私、気が立って酷い事を」
「解った。さっそく伝えて来よう」
「俺がここにいる。誰が来ようと指一本たりとも詩織には触らせない」
寒露はあえてひょうきんに言った。
「金谷が診察に来た時は、そうだな、必要な分だけは許してやる」

朱雀は寒露と目配せした。先程の「聞き届けた」の意味を正確に理解しているのは、この二人のみであった。

(つづく)





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Last updated  2012/11/27 09:54:06 PM
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