大福を見るとね、というより、見なくても、最近、ちょくちょく思い出すことがあってね、母のこと。特に母が大福に似ていたというわけじゃなく。もともと大福の好きな人だった。
この話、以前書いた気がするけど、
母が癌で入院して、私が傍らで少々のお世話をしてた時、なくなりつつあった紙おむつを売店に買いに行った。戻ってきて、「紙おむつ買ってきたからここにいれておくね。」って棚に入れたことを伝えた。
母は、「あら、そう。大福、ちょうど食べたいって思ってたのよ。」ってうれしそうに言った。なぜかおむつが大福に聞こえたらしい。絶飲食で大福どころじゃないのに、あんなうれしそうに言った母に、「いやいや、大福じゃなくておむつだよ。」って答えた。母は、「そうなの。」と笑ってた。
今思うとね、どっちにしろ食べられないし、そして言ったこともすぐ忘れちゃう母だから、うそでも「うん。大福だよ。よくなったらすぐに食べられるようにおいておくね。」って言えばよかった。そんな会話もすぐ忘れちゃう状態だったから、一瞬でも喜ばせてあげたらよかったのか。そうすべきだったと思う。
そしたら、うれしい!楽しみ!と一瞬でも思ったろうから。
そんなあの時の病院の中での会話を絶えず思い出す。
母が亡くなって、1年半。まだ尾を引いてる。
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