2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全31件 (31件中 1-31件目)
1
タイムトラベルを扱った小説が好きです。過去から飛んで来るものも好きですが、未来から現在に飛んで来るものの方が更に好きです。背表紙とかに、タイムトラベルと書いてあったら、必ず、読みます。タイムトラベルって実は手垢のついたテーマで、結構たくさんの小説が出ています。なので私もかなりたくさん読んで来たのですが、それでもいまだに飽きなくて。そのくらい好きですね、タイムトラベル小説が。海外のタイムトラベル小説で一番最初に思い浮かぶ作家は、ジャック・フィニィ。『ふりだしに戻る』という長編と、短編集『ゲイルズパークの春を愛す』フィニィのタイムトラベル小説は、ノスタルジックでロマンチックです。あと、海外作品で印象に残っているのは、K・グリムウッドの『リプレイ』かな。こちらは人生を何度も何度もやり直す男のお話。パラレルワールドの面白さを味わえるのが楽しかったです。日本のタイムトラベル小説だと、まっさきに思いつくのは広瀬正の『マイナス・ゼロ』かな。広瀬正という人は他にもこの手のお話を書いているので、よっぽどタイムトラベルをネタにするのが好きだったのだろうと思います。あと、ちょっと変化球のものも含まれていますが、筒井康隆『時をかける少女』や東野圭吾『トキオ』梶尾真治『時尼に関する覚え書き』それから北村薫『リセット』重松清『流星ワゴン』恩田陸『ライオンハート』・・・キリがないので、これ以上記憶の引き出しを探るのはやめときますね(笑)昨日、貫井徳朗の新作『さよならの代わりに』を読みました。ライトなタッチのタイムトラベル小説。面白かったよっっ 今日の一曲『traveling』 宇多田ヒカル『スーパーマン』のように、ものすごい速さで地球のまわりをグルグル回ったら、過去や未来へ行けるのかな?
2004年03月31日
コメント(2)
最近、ぽややーんとしています。いつも以上に朝に弱いし。しかも昨日、遅刻してしまいました・・・。うぅ。なので今日は目覚し時計を買いました。今でも二つ使ってるんですが、どうやら二つじゃ足りないみたいなので。知らないうちに止めてるんですよ、私。スヌーズもいちいち止めて、また寝てる。あ、前に、電池を抜いてたことがあったなー。それでもって、その間の記憶がね、まったくないのです。不思議だなっ新しい目覚し時計は、今まで使っていたのと違い、電子音じゃなくて、豪快にジリリリリーンってやつ。ジリリリリーンのスヌーズさ。これで大丈夫だ!!・・・たぶん・・・。 今日の一曲『上海ハニー』 オレンジレンジ
2004年03月30日
コメント(1)
久しぶりに近所の古本屋さんに本を売った。結構、最近の古本屋さんというのは、(大手チェーン店の場合。というかうちの近所の場合?)査定を、バイトさんぽい人たちがマニュアル片手に悪戦苦闘しながらやってるせいか横から「買取価格が変ですよ」と口をはさみたくなることが多かったり、はたまた、店頭に出す時に、仕入れた金額の、10倍の値段をつけてたり・・・なんてこともよくあるので、売った側としては、どうも面白くない(笑)店側としては、しょうがないんだと思うんだけどね。買う場合には、良い気分にさせてもらってるわけだし。まあとにかく、そんなわけで、このところずっと古本屋さんは売る所じゃなくて買う所って感じでいたのだけど、最近、私、オークションだとか、ネットで売ったりとかが、面倒になっていまして、なので、部屋中、本の山。こりゃいかんというわけで、久々に売りに行ったというわけです。結果。やっぱり「うわ、仰天するほど安っっ」って値段でしか買い取ってもらえませんでしたー。でも、別にいいやと思って、「いいです、それで」と返事して家に帰って来たわけなんですが、今になって、「くーっやっぱ売らなきゃ良かった」の思いがひしひし。あーあ、もったいないことしちゃったなー。でもまあ、部屋が少しすっきりしたから、ま、いっか。 今日の一曲『百合の咲く場所で』 ドラゴンアッシュ
2004年03月29日
コメント(1)
卒業式の国歌斉唱の際に着席したままの生徒が結構いるらしい。教師の側から、「歌いたくない人は歌わなくていいから」という言葉もあるらしく。私個人のキモチとしては、「君が代に対するいろいろな思いがあるのはわかるけど、 国歌なんだから普通に歌えばいいのにな」って感じ。ただ単に「国歌だから国歌を歌う場では歌うのが自然」と思っているだけのことなので、特にあの歌の歌詞に思い入れはないです。反発もしてないけど。国民の大多数が別の歌にしたいっていうなら、別の歌にした方が良いのでは?って思っているし。でもまあ、そう簡単には変えられないからこうなっているんだろうし、それぞれがいろんな思いを抱えながら、歌わないことで意思表示しているのだろうから、「いいから、歌え」みたいなふうには思っていない。「歌う方が自然だと思うけど、 結局は個人の意思で決めればいいんじゃない?」って感じでいる。ただ、卒業式で歌わなかった生徒たちの中の、果たして、一体、何人が、自分なりの思想なりなんなりを持って歌わなかったんだろうな?という気がして。むしろ、「先生も歌わなくていいって言ってるしー」とか、「こういう時、自分だけ立つと、逆に、 変に思想めいてると思われそうでやだし」とか、「っていうか、歌うとまずい空気じゃない?」「え?歌わなくていいって、なにそれ。歌うなってこと?」とか、まあとにかく、「自分としては本当はどっちでもいいんだけどさ」って感じの人の方が大多数なんじゃないかって感じがして。だとしたら、この場合の「歌わないこと」は、意思表示でもなんでもない、単なる「歌わないこと」にしかならないので、無意味というか、変な状況のように思う。だから、ああいう場で教師がわざわざ「歌わなくてもいい」って宣言しちゃうのはどうなんだかなあ?と思う。流れ的に不自然だし。「なんとしてでも歌え」って言うのも、ファシズムっぽくて抵抗があるけど。本気で歌いたくない生徒は、教師が「歌わなくていい」と言わなくたって、歌わないだろうし。結局、この台詞って、生徒の意思を尊重するため、というより、「自分は歌うべきじゃないと思っているのだ」「できればきみたちにも歌って欲しくないのだ」ということをアピールするために言ってるみたいな印象がある。生徒の意思を尊重しようってことなんだったら、むしろ、何も言わないで自主性に任せるべきなのでは?と思うし、自分たちの考えをアピールすることが目的なんだったら、「尊重」とかなんとか言わないで、ストレートにアピールすればいいのに、と思う。これまた、それやっちゃうと後々たいへんだったりするから、こんなふうにすっきりしない感じになってるんだろうけど、でも、卒業式だから。卒業式って当たり前だけど、「卒業」の式。主役は卒業生。その卒業生の大部分は、たぶん、特に天皇制や君が代に対する思想なんかはなく、ただただ、「卒業するんだなあ、自分」という思いでいっぱいの、十代の、小・中・高生たち。などということを考えると、教師側の都合ですっきりしない感じを式に漂わせるのは、本来の目的を忘れてるっぽい感じがしてしまう、私は。もし生徒に、「きみたちもこのことについて考えてみなさい」って思ってるんだったら、式でいきなりそれっぽい雰囲気にするのではなくて、普段の授業、が無理なら、授業外の時間にでも、自分の言葉で、そして公平な語り方で、「きみたちはどう思う?」みたいに、やるのがいいんじゃないのかなって思う。君が代の歌詞の中身がどうこうとか、国歌としてこれで良いのか悪いのかとかいう問題とは別に、こんなことを考えちゃいました。『卒業式での国歌斉唱に非協力的な教師が 処分されることになりました』というニュースを見ながら。 今日の一曲『仰げば尊し』 遠藤ミチロウ
2004年03月28日
コメント(2)
回転ドアって、すごく怖かった。スキー場のリフトと同じくらい。私は妙に、死の危険を意識している子だったから。はさまれるかもしれない、怖い、怖い、でもここを通らなければ先へ行けない、あーん、いやだよー、なんでこんなものがあるの?って毎回、思ってた。タイミングをつかめなくて何度も見送った挙句、「せーの」で、思い切って飛び込む、という感じだった。出るまで、生きた心地がしなかった。大人になるにつれて普通に通れるようになったのだけど。だけど、今回のニュースを見ていて、あの頃はセンサー式じゃなかっただけ、まだ危なくなかったのかもしれないなって思った。あんなに怯えてたくせしてこんなこと言うのもなんだけど、自力で押せたもの、回転ドア。本来なら安全のためのセンサーなのだけど、手動じゃないからこそ、コンピューターだからこそ、ちょっとした変化に対応できないとか、制御がきかないとかってことがあるんだろうなって思った。とても痛ましい事故だと思う。既に何件も事故が起きていたのだから、こうなる前になんとかできたはずなのに、とも思う。と同時に、政府や街の人、キャスターなんかが、回転ドアの性能についていろいろ言ってるのを聞きながら、「そもそも、コンピューターにあんまり 信頼を寄せ過ぎない方がいいんじゃないのかなあ」って気がした。私はアナログ人間なので、もともと、コンピューターってそんなには信頼できないって感じでいる。大切なものは手書きで残しておかないと安心できなかったり、用件を伝えるのはメールじゃなくて電話の方がいいなと思ってたりするし。だから、こんなふうな気がしてしまうのかな?って感じもするのだけれど。 今日の一曲『ソラアイ』 ELT 最近、とても好きな歌。
2004年03月27日
コメント(1)
子どもの頃から、ずーっと気になっていたものがあります。それは、おもちゃの缶詰の中身。おもちゃの缶詰とは、キョロちゃんのチョコボールの、「金なら1枚、銀なら5枚」集めて送るともらえるという、あれです。今は、夢缶詰って名前なのかな?子どもの頃から、金、または銀のマークを求めて、一体、いくつのチョコボールを買ったことやら。子どもの頃から狙ってるのに、いまだにマークを集めることができずにいます(笑)ほんっと出ないんですよ。金ならともかく銀ですら出やしない。ちなみに私のまわりには一人もおもちゃの缶詰をゲットしたことがあるという人がいません。なので謎です。謎なのです。おもちゃの缶詰の中身。ほんとにねー、一体、何が入っているんでしょう。・・・ご存知の方、いませんか? 今日の一曲『眠レナイ夜ハ眠ラナイ夢ヲ』 柴咲コウ
2004年03月26日
コメント(1)
絶望的な世界観に満ちた物語、希望的な世界観に満ちた物語。どちらも、どうも嘘くさい感じがしてしっくり来ない。私の世界観は、マーブル模様みたいに絶望と希望の両方が入り混じっている。 今日の一曲『TRAIN TRAIN』 THE BLUE HEARTS
2004年03月25日
コメント(1)
ふきのとうを見つけた!!北海道にもようやく本格的に春が来た。雪解けの時期は道路がぐちゃぐちゃ。それに、雪の中に隠れてたゴミが出て来たりするし、雪自体、泥やなんかで汚かったりもするのだけれど、久々に見る歩道のアスファルトや緑が嬉しくて、嬉しすぎて、そんなに気にならない。約半年振りに自転車に乗りながら、考えることといえば、「ゴールデンウイークは何をしようかなー」とか、「あー海とか山とか行きたいなー」なんてことばかり。なんでもできそう、どこにでも行けそうな気がして来るよ。それは、とても、良い気分。ウキウキ。 今日の一曲『昨日と今日』 小沢健二
2004年03月24日
コメント(1)
なんでもかんでもってわけではないのですが、白黒はっきりつけるのが苦手な方です。「これが答だ!!」と決めるのに時間がかかります。優柔不断というやつです。自分の中だけで優柔不断なのは誰にも迷惑かけないので別にいいんじゃないかと思うのですが、相手があるといろいろ困ります。「ごめん。まだ決めらんない」「とりあえずどっちつかずの状態のままじゃ駄目?」などと言って納得してくれる相手ならいいのだけど、たいてい、納得してもらえません。納得して欲しいけど、納得できないのも無理ないです。まあとにかく、「どっちなんだよ、はっきりしろよ」と、ゴリゴリ来られると、こりゃいかん、って感じで気持ちが焦ります。そいで無理して、答を出すのですが、無理して、しかも焦って出した答なだけに、後で冷静になってみると、「ああ、私よ。なんであんなことを言ったのだ」と嘆きたくなるような答だったりすることが結構あります。それでも、言ったからには守らなくてならない。ってなわけで、責任感ってやつに、気持ちがどんどか追い詰められて行きます。結局、くったくたに疲れ果て、「ああ、なんでこんなことになっちゃったんだろう。 そうねそれは、みんなみんな私のせいだわねー」と、心の中で一人疲れた会話をするはめになったりしています。仕事の時なんかは、合理的にパパパっと決めてくタイプなんですけどね。それも「早っ」と驚かれるくらい早かったり。プライベートではどうも駄目ですね。極端に違います。変に考えすぎちゃうのかも。考えすぎて自分の本音が見えなくなるっていうか。ついでに言えば、考えすぎて考えることに疲れたり(笑)たまに、頭に来た時とか、めんどくさい気分になった時、はたまた、ヤケクソの時なんか、「え?これが私?」ってくらいに、スパパパパーンと「こうだ、こうなんだ」と断言してたりします。そんな、ろくでもない気分の時に断言した言葉なんだから、普通に考えれば、もっとも後悔しそうなものなのに、どういうわけだか、後から後悔することがほとんどないのが不思議。そっか。本能に従ってりゃいいのか。直感でGOがいいのか。ってもんでもないよなー。だけどなー。あ、そうだ。ヤケクソになってればいいんだ、いつも。ってもんでも、やっぱりないよなー。けどなー・・・・・・・・・・・・・・・・おっと、またまた、どっちつかずになってます、ココナツさん。 今日の一曲『ROXY』 氷室京介
2004年03月23日
コメント(1)
「こういうタイプって嫌い」っていうのは、誰にでもあると思うのだけど、結局、こんなのは、組み合わせの問題なんだろうなという気がする。自分に合わないタイプは嫌いって場合が多いっていうか。その「こういうタイプ」が好きって人もいるわけだし。だから、誰かの「嫌いなタイプ」に自分が当てはまっているのだとしても、そんなに気にしなくてもいいんじゃない?と思う。やたら多くの人の「嫌いなタイプ」に当てはまるようなら、少しは考えた方がいいとは思うけれども。あと、自分の好きな人の「嫌いなタイプ」かどうかっていうのは、どうしたって気になるものではあるけどね。でも、もっとも重要なのは、自分の「嫌いなタイプ」に自分がすっぽり当てはまってないかどうか、ってことなんじゃないかなあと思う。自分のことが嫌いだと毎日が楽しくないからね。 今日の一曲『永遠のパズル』 橘いずみ すごく好きな歌詞。
2004年03月22日
コメント(0)
十代の頃、「ここではないどこかにきっと」って思ってた。ここではないどこかにきっと自分の居場所がある。ここではないどこかにきっとわかりあえる人がいる。いつかきっと見つけられる、巡り会える。でも。ここではないどこかであろうと、ここであろうと、どこでもいいんだけど、自分の居場所って自分で作るものなんだよね。わかりあいたきゃわかりあえるように自分がしないとね。夢見ることが気持ちを救ってくれたりするけど、夢見てるだけでは駄目なのさ。 今日の一曲『ダーリン』 SION
2004年03月21日
コメント(1)
中学の時、北海道の中学校全体で編集する作文集に私の作文を載せてもらえることになったんです。といっても、既に書いていた作文が選ばれたのではなくて、テーマにあわせた作文を書いてくれと依頼(笑)されたわけなんですが。どうやら先生たちで「書ける子」を選んだらしいんですね。私ともう一人が選ばれました。私にとって、当時何よりも自信を持っていたこと、そして認められたかったことは、文章能力だったので、それはもう、嬉しかったです。テーマは『人生』または『人間』だったと思います。私は『人間』について書きました。人はみんな、自分が一番可愛い、追い詰められれば嘘をついたり人を裏切ったりもする。自分より弱い者、劣った者を、勝手に設定して喜んだりもする。戦争や差別がなくならないのも、世の中が理不尽なのも、人間が弱いから、ずるいから、愚かだから・・・ってな感じで、思いっきり人間てものを否定したあとで、それでも、悲観してばかりはいられない、まずは自分が変わっていかなくてはいけない・・・。みたいなことを書いたような気がします。たぶん。先生はそれを読んで困った顔をしました。「文章はいいんだけど、内容がなあ・・・」みたいなことを言われました。つまり、中学生の作文集には、そぐわない内容だったということです。ああいうのは、ひたすらポジティブだったり、きらきらと希望に満ち溢れたものが好まれるものだから。あとは感動話とか、苦労話とか。わかってたんです、そんなことは。わかってたんですけどね。書きたくなかった、というか書けなかったんです。自分が思ってることじゃないことは。「人間を否定してる部分が多すぎるから削ってくれ」と言われました。でも自分としては、削れないわけです。そこはどうしても。先生は、最後まで私が言うことを聞かなかったので、人選の後悔をしてるふうでした(笑)翌年、私は、選ばれませんでした。前の年、一緒に選ばれた子はまた選ばれていたのだけど。そんなもんです、しょうがない。でも私は曲げるもんか。 と思った中2の頃の、作文の思い出。 今日の一曲『光の射す方へ』 ミスターチルドレン
2004年03月20日
コメント(0)
以前、アトピーの調子が悪かった頃、半袖で歩いていて、知らないオバサマに声をかけられたことが何度かあった。(私のアトピーは顔には出なくて腕が目立ってた)「あらあ、かわいそうにね」「半袖なんか恥ずかしくて着られないでしょ?」・・・今、半袖なんですが?(笑)実は私、この場合の、「恥ずかしい」って感覚が、よくわからない。自分の中にない感覚、というか。ジーンズのファスナー開けっ放しで歩くのは恥ずかしい。でもアトピーの腕を出して歩くのは別に恥ずかしくない。私にしてみたら、アトピーの腕を出して歩くのも、目の下のクマを隠さないのも、ニキビを隠さないのも、傷あとを隠さないのも同じようなこと。それら全部、私にとって、恥ずかしいことじゃない。誇らしいとも思わないけど(笑)まあ、なんとも思わないというか。アトピーに限らず、自分がなんとも思わないことを、恥ずかしいこと、隠すべきことみたいに言われた時。「この人にとっては恥ずかしいことなんだろうなあ」と思うだけで、別に不愉快になったりしない。ただ、自分の中にその感覚がないだけに、対応に困る。優しさから出て来てる言葉なんだとわかるから、なおさら対応に困る。そうして、相手が、「気にすることないよ」「悩むことないよ」などと慰めの言葉を言ってくれたりすると、こう思う。 私としては、 こういう時に対応に困るってことが 悩みといえば悩みなんだけどなあ・・・。 今日の一曲『By the Way』 リップスライム
2004年03月19日
コメント(1)
みんな、同じなのかもしれないんですが、私は自信がない時には、どうしても気持ちが縮こまってしまいます。縮こまると、ただでさえできないことが余計できなくなります。そのうえ、いつものように思ったことを普通に言うってことまでもできなくなってしまいます。つまり、私の場合、気持ちが縮こまると、いいこと一つもありません。なので、自信が持てないことをそのままにしとくのは嫌いです。努力次第でなんとかなることならなんとかします。それなりに自信を持てる程度まで自分を押し上げて行きたいです。だって、縮こまらないためには、それ以外に方法ないんだもん。私は努力家じゃないんですが、とにかく強く願っているのが、ゆったりリラックスした気分でいたいってこと。縮こまってるとゆったりできないから、ほんと。気持ちがゆったりしてると持ってる能力を発揮できるしね、他のことにまで目を向けられる余裕も出てくるしね、お得な面がいっぱいなのです。なので、そのためにする努力なら惜しまないって感じです。そうは言っても、努力でどうにもならないことっていうのがあるから困ります。でもまあ、何も努力しないよりは「努力した」っていう自信が持てるだけ、努力した方が気持ちが縮こまらないし、やるべきことはやったという意識がある方が、人にお願いもしやすいので、とりあえずやってみることにしています。 今日の一曲『いつかきっと』 渡辺美里
2004年03月18日
コメント(2)
もう随分と前、インターネットを始めて少し経った頃のこと。あるサイトで偶然ばったり中学時代のクラスメイトに会った。その人がたまたま掲示板に北海道出身でどうのこうのと書いていたので、「うわあ、私もなんですよ」と書いたところ、北海道ネタで盛り上がって、何度か会話を交わすうちに、元クラスメイトということが発覚。びっくりしました、ほんと。彼と私は同じクラスにいた頃、ほとんど話をしたことがなかった。中学時代、私は、とんでもなく無口で地味な女の子だったし、彼は性格も見た目も良くて勉強もスポーツもできる人気者。まるで接点がなかった。友達でもなんでもなかったのに、大人になった今、こうして楽しく会話をしてるなんて面白いものだなあと思った。中学時代の話をするなかで、「へえ、この人は当時、そういうことを考えてたんだ」「うわ、似たようなことを感じていたんだね」「え、あの頃、あのバンドが好きだったの?同じ同じ!!」みたいな発見が、いろいろあった。お互い、いろいろ忙しい毎日だし、だからその後も継続的にメールのやり取りを続けている、というわけではないのだけど、(というより、しばらく連絡しあっていない)嬉しい再会だったなあと思ってる。なんていうか・・・その偶然の再会で私がすごく思ったのは、親しくなることのないままに別れて行った人の中にも、もしかチャンスがあったりタイミングが合っていたりしたなら、仲良くなれていたかもしれない人が何人もいたのかもしれない。ってことだった。あの頃、私は、「このクラスには気の合いそうな人は一人もいない」と思い込んでいたし、そういう思いをずっと引きずっていたので、それだけに、なんだか心強いような嬉しい感じがしたのでした。 今日の一曲『空も飛べるはず』 スピッツ
2004年03月17日
コメント(1)
小学校5年生の春、いきなり、親の転勤が決まった。せっかく新しいクラスになったばかりなのに、たったの3週間で転校。がっかりだった。私はあの学校のことが本当に心から大好きだった。新しいクラスになったばかりの4月というのは、委員を決めたりなんだりとクラスでの話し合いが多いものだけど、転校する私は、そんな時いつも蚊帳の外。「夏になったらどこどこへ行こう」みたいな未来の話にも、参加できない。いつもなら自分がその場の盛り上げ役だったのに。先生も友達もみんな、気を使ってくれていたのだけど、その気使いがまた寂しくて。そんな頃、急に、クラスのみんなの態度がよそよそしくなった。みんなで楽しそうにしている所に私が行くと不自然に話をやめたり、「今日、一緒に帰れないんだ」とか、「ごめん。今日、一緒に遊べないや」とか。どうせ私は転校しちゃうから、だから仲良くしてもしょうがないってことなのかな?なんて、ひねくれたことを考えて悲しくなったりした。先生までもが変な感じで「先生もかよ」と思ったり。そしてとうとう、最後の日。体育の授業が終わって教室に戻ると、教室の中がパーティー会場のようになっていた。黒板には大きく「ココナツお別れ会」の文字が。なんと、みんなが急によそよそしくなったそのわけは、この会を開いてくれるためだったのでした。みんなが作ってくれた王冠とマントみたいなものを着せられ、これまた紙の花がいっぱいついた椅子に座らせられて、それぞれのグループが余興をしてくれ、クラス全員のイラスト&メッセージの文集と寄せ書きをもらい、先生が奮発してくれたケーキをみんなで食べて、それからクラス全員で歌のプレゼント。とにかく素晴らしいお別れ会だった。最後には、みんなでお金を出し合って買ってくれた花束ももらったし。それはもう感激した。涙ボロボロだった。「ありがとう、みんな大好きだよ」って気持ちでいっぱいだった。だけどそれでも、正直に言うならば、私は、転校して会えなくなってしまうからこそ、残りの3週間、可能な限りたくさんの時間を、みんなと一緒に過ごしかった。最後の最後まで、普通の仲間の一人でいたかった。 今日の一曲『花鳥風月』 ケツメイシ
2004年03月16日
コメント(0)
子どもの頃、犬に追いかけられたことがある。飼い主は最初「可愛いでしょう」と笑っていた。その後もしばらくの間、逃げまわる私を笑顔のままで眺めていた。そうしてようやく犬を呼び寄せてくれた後、急に真面目な顔になって言った言葉は、「この犬は噛まないから怖くないんだよ。 お嬢ちゃんが怯えるから面白がって追いかけたんだよ」ごめんねの言葉は一つもなく、まるでこっちが悪いかのような言いようだった。どう考えても納得いかない態度だった。散歩ヒモ・・・という名前なんでしょうか?よくわからない(笑)とにかく、その飼い主はヒモを持っていなかった。人に危害を加える心配はないし、呼べばすぐに戻って来ると信じていたから自由に走らせていたのだと思う。(それでもマナー違反だと思うけどね)そして、犬というのは、こっちが怯えたり逃げたりすると追いかけたくなるものなのだろうとも思う。だけど道でいきなり見知らぬ犬にまとわりつかれた方としては、その犬が噛まないかどうかなんてわからない。しかも猛烈な勢いだし、べろべろなめって来るし、犬種はドーベルマンだし(笑)怯えるから面白がると言われても、怯えずにはいられない状況だと思う、これは。私はとっても腹が立った。「可愛いでしょうって、可愛くないよ!」と言いたかったけれど、子どもだったし恐怖心でいっぱいだったので言えなかった。言ってやればよかったと後から後悔した。ついでに、「自分にとって可愛いからって、他の人にとっても可愛いと思い込まれたら迷惑なんだよ」という台詞も、ぜひとも言っておきたかった。だけど、これ、「ごめんね」って言ってくれていたなら、もういいよって思えていたんじゃないかって気がする。私は犬に追いかけられたということそのものよりも、飼い主の、まるでこっちが悪いかの言いようの方に腹が立ったのだった。 今日の一曲『連載小説』 ピチカートファイブ
2004年03月15日
コメント(5)
ガーンガーンガーン。今日、自分に関するショックな事実が発覚した。「ココナツって微笑みながら歩いてるよね」昨日たまたま友人がお店で私を見かけたらしいのだけど、どうやら私、ニコニコしながら歩いてたらしい、一人でいたのに(笑)私、その時、別に特に楽しい気分なんかじゃなくて普通の気分だった。つまり私は、別に楽しくもないのに、ニコニコしながら歩いていたのか?しつこいようだけど一人で歩いてたのに。なんだそれ。で、「たまたまそういう顔に見えたんじゃない?」と言ったところ、その場にいた他の人たちも会話に加わり、「いや、でも、ココナツって、いつもそうだよ」だって。「何回か見かけたことあるけど微笑んでたよ、うんうん」「そもそもいつも意味なく笑顔浮かべてるしねえ」・・・気持ち悪いじゃないか(笑)「怒った顔でいるよりましだって」とか、「気持ち悪い笑い方じゃないから安心しなよ」とか、みんなでフォローしてくれたのだけど、自分としては、やっぱり、やだー。そりゃあ、いつも笑顔でいたいとかって思ってるよ。思ってるけど、別に楽しくなくても一人でいても、笑顔だったのか、自分・・・。いくらなんでも笑顔浮かべ過ぎだよ、ちょっと。通りすがりの人に「不気味」と思われるといけないので、表情には気をつけよう。 今日の一曲『裸の王様』 ラブサイケデリコ
2004年03月14日
コメント(2)
子どもの頃、私はいらない人間なんだって思ってた。そう思えてしまうことがつらかった。誰かひとりでいいから、「いらない」なんて絶対に言わないでくれそうな人が欲しかった。自分に悪い所があるから駄目なんだろうなって思ってたから、人と向き合う時に誠実を心がけた。優しくすることを心がけた。自分の良い所を見つけて欲しかった。そしてかけがえのない存在と思ってもらいたかった。それでもうまくいかなくて、面白さが足りないのかな、なんて思ったりもした。だけどやっぱり望みは叶わなくって。だからかなり長い間、つらい思いを抱えていたのだけれど。今の自分には、あの頃の自分に足りなかったものが、なんとなくわかる。自分自身が誰に対しても、「別にいらないよ」と思ってたわけさ(笑)自分がそんなくせして、人からは必要とされたいなんて、ムシの良い話。あの頃の自分に足りなかったものは、たぶん、人を愛する気持ち。足りないどころじゃない、全然なかった。 今日の一曲『バイオレット・ブルー』 CHARA
2004年03月13日
コメント(1)
「ドンジャラ」って知ってますか?私が子どもの頃、出たんです。ドラえもんのドンジャラ。その前に既に発売されていた「ポンジャン」によく似たゲーム。ちなみに「ポンジャン」というのは、麻雀の子ども版みたいなゲームで、デザインがとてもシンプルでした。それが大流行しまして。当時、私も、友人宅でやらせてもらったところ、滅茶苦茶面白かったものだから、欲しくて欲しくて。で、親にせがんで、ようやく買ってもらえることになったのですが、「あードンジャラもいいけど、ポンジャンもいいな」と迷った挙句、私が選んだのは、「ドンジャラ」は「ドンジャラ」でも、その場で存在を知った、あしたのジョーの「ドンジャラ」でした。その頃は私、あしたのジョーなんか全然知らなかったのに、「他の誰も持っていなさそうだから」の理由で。仲間内でやりました、あしたのジョーの「ドンジャラ」盛り下がりましたー。「なんなの、この怖い顔のオヤジ」「丹下のオヤジだってさ」「可愛くないよっ」ってな感じ。ずらーっと顔を揃えなくちゃいけないゲームなのに、ずらーっと揃えたい顔が一つもない(笑)女の子的には。私的には、ジョーと力石は結構いいじゃない?って感じではあったのだけど、とりあえずは、盛り上がらなかったのは事実。そこはやっぱり残念ポイントでした。私は何かを選ぶ時、ついつい「人があまり持ってなさそうなもの」を選んでしまう子でした。良いか悪いかとか、好きか嫌いかよりも、それが最優先事項っていうのが、我ながら、しょうもないよなーって感じなんですけど。半分くらいは、後から「やっぱポピュラーなやつにしとけばよかった」と後悔してたような気がします。後悔するくせに、また何かを選ぶ時には同じことを繰り返してました。これはサガみたいなものなのか(笑)今でもやっぱり、「みんなと同じじゃつまんない」という厄介な思いを抱えながら暮らしています。だけど、みんなと同じだとしても、素敵なものや面白いものはいっぱいあるからねー。それらに出会うチャンスをみすみす逃したくはないので、この厄介な思いに支配されたくないなと思っています。 今日の一曲『カウボーイ疾走』 小沢健二
2004年03月12日
コメント(1)
このHPを開設してすぐの頃に八丈小島のヤギのことを書いたことがあるのだけど、そのヤギたちが今度、射殺されることになったらしい。この島は何十年か前から無人島で、人間に置いてけぼりにされたヤギが繁殖して、今ではヤギの島となっちゃっているわけなのさ。私はそのことを知った時、ヤギのパラダイスだねえ、いいねえ、と思った。今回、射殺決定のニュースを見た時は、「そんな・・・」と思った。環境破壊、なんだそうだ。理由は。増えすぎたヤギたちがバクバク草を食べちゃうから。他の生き物にもいろいろ悪い影響があるんだってさ。ちなみに、ガラパゴス諸島なんかでも、野ヤギが増え過ぎたためにイグアナが減っちゃったりしていて、野ヤギ射殺をやってるらしい。しかし、どうなんだろね。環境破壊だからヤギには死んでもらおう、他の生き物が困るからヤギには死んでもらおう。というのは。うーむ・・・。私は、生き物が生き物を殺していいのは、殺さないと自分が困るって時だけ、という考え方。危険な時とか、食べる時とか。だから、今回のように無人島のヤギを殺すっていうのにはどうも抵抗がある。別に、ヤギを特別扱いしたいわけじゃない。他の生き物たちも、そしてヤギも、どれも命の重さは同じだと思ってる。だからこそ人間としては放っておくのがいいような気がする。うまくいえないんだけど、私は、他の生き物の問題は人間がでしゃばるようなことじゃない、って感じでいます。そして環境については・・・長くなるから今度にしよう(笑) 今日の一曲『春一番』 キャンディーズ
2004年03月11日
コメント(2)
母と昔話をした。「あんたって今も不思議な人だけど、 昔は今以上に不思議な子だったよね」と言われて、ちょっと驚いた。不思議と言われるのは全然初めてじゃないのだけど、母の口からこの言葉が出て来るとは思ってもみなかった。そっか、母も私のことを不思議な子と思っていたのかー。不思議って一体、どこがどう不思議なのか自分ではわからないのだけど、大人になった今も、結構、言われます。魔法や超能力は持っていないし、いわゆる『不思議ちゃん』という意味とも違うようです。ほんと、どこがどう不思議なんだろう???「どのへんが?どんなふうに?」と聞いても、みんな、「なんとなく」としか言ってくれないので、謎は深まるばかりです。しかし・・・どうせなら、神秘的とかミステリアスとかが良かったな(笑) 今日の一曲『恋は春感』 山口未央子 たぶん、ほとんどの人は知らないと思うんだけど、 すごく好きだった歌。 化粧品のコマーシャルソングでした。
2004年03月10日
コメント(2)
私が好きな花は・・・一番はなくて、スミレ、タンポポ、シロツメクサ、ツユクサ。スミレ以外は、雑草ですね。ゴージャスじゃない花が好き。野原で勝手に咲いてるような。これらの花たち、形も勿論好きなのだけど、たくましいって所にね、すごく惹かれるんです。 今日の一曲『歩いて帰ろう』 斉藤和義
2004年03月09日
コメント(0)
職場の上司がやけに元気のない様子だったので、同僚が「どうしたんですかー?」と尋ねたところ、「今朝、通勤の途中でリスを轢いちゃったんだよ・・・」とのことだった。慌ててハンドルをきったのだけど間に合わなかった、かわいそうなことをしちゃったよ・・・と項垂れる上司を見ていたら、少し前に猫を轢いたと言っていた別の人のことを思い出した。その人は、ひたすら怒っていた。いきなり出てきたせいで思わず急ハンドルをきってしまった、自分の身が危ないところだった、猫の奴め。というような感じで。話の中に、かわいそうの、かの字も出て来なかった。同じ状況なのだとしても、人によって全然違う気持ちになるんだよね。どちらが正しいとか間違ってるとかを書くつもりはないです。そういうことではなくて、単純に、人柄だけ見た場合、私が好感を持てるのは、「猫の奴め」と怒る人じゃなく死んでしまったリスのことを思って心を痛める方の人。だけどもしかすると、幸せな気分で生きてるのは「猫の奴め」と怒っていた人のように、ひたすら自分は悪くない相手が悪いと思える精神構造の人なのかもしれない。見習おうなんてふうには思わないけど、小さい溜息が出た。 今日の一曲『JAM』 THE YELLOW MONKEY
2004年03月08日
コメント(3)
人前でショックな出来事に見舞われて、泣きたい気分になった時、私は、「お願いだから放っておいてください」と思っている。優しい言葉をかけられると、必死で張っている気力が緩んでしまい、我慢している涙が出て来てしまうから。人前で泣き顔を見せたくないから。だからお願いだから放っておいてくださいっっ、なのさ。自分がそういうタイプなだけに、誰かがそんな状況になった時、私は、優しい言葉をかけるということに躊躇してしまう。私にとっては、その場で優しい言葉をかけない方が思いやりだから。だけど人ぞれぞれ、思いやりって言葉の意味するものは違うので、時々「ココナツは冷たい」と言われたりする。相手が冷たいと感じたなら冷たいのだろう、と思いながらも、「思いやりに欠けた人」呼ばわりには、それは少し違うと思うんだけどなあと複雑な気持ちになる。だけど、思いやりって、相手が望むことをさりげなくしてあげるってことだよな、結局。ということは、やっぱり私は思いやりに欠けているのかもしれない。そ、そうか。でもやっぱり、ただなんとなくなんだけど、かすかに残る複雑な気持ち(笑) 今日の一曲『ギプス』 椎名林檎
2004年03月07日
コメント(0)
混んでいるバスの中。私のそばに立っていた50代くらいの女性二人組がとても大きな声で楽しそうにお喋りをしていた。「うちの甥っ子、変わり者なのよぉ。変人」「あらぁ、そうなのー?」「そうなのよぉ。片親だからなんだけどね」「家庭が普通じゃない子って普通に育たないからぁ」こういう人がいるから駄目なんだよなあと思った。具体的に何がどう駄目なのかを、うまく説明することはできないのだけど、そう思った。そうしてバスを降り、てくてくと歩きながら、ふっと考えた。あのバスに、自分の家庭を「普通じゃない家庭」と思っている子は乗っていたかな。あの偏見に満ちたお喋りが、耳に届いていなければ良いんだけどな。 今日の一曲『ロックンロール』 くるり
2004年03月06日
コメント(5)
母がパソコンを買ったので、ネットを繋いであげに行って来ました。プロバイダーは私と同じです。自分の時もなんとか自分で繋いだんですけど、母のはXPだし(私はMe)パソコンの機種も違うので、ちゃんと設定できるかなーと、ちょっと自信なかったのですが、いやあ、何年か前と比べて、随分とセットアップが簡単になったんですねー。するするするーっとできちゃいました。するするするーっとできたのに感謝されて得しちゃったわ。というわけで母のパソコン、めでたく開通。近いうちにメールをくれるらしいので、結構楽しみ。実は私、母から手紙をもらったことって今までに1度しかないのです。一人暮らしを始めた頃に一度だけ。文章を書くという習慣のない人なんですよ、うちの母。「へえ、母って、こういう文章を書くんだ・・・」と、びっくりしたことを覚えています。普段の顔と、文章の顔って、違うでしょ?母の別な一面を見た!って感じで新鮮だったのでした。もうじき来る母からのメール。メールの母は、どんな顔を見せてくれるかな? 今日の一曲『新しいラプソディ』 井上陽水 この歌、大好きです。 新しい何かが始まる時のワクワク感! って感じの雰囲気の歌☆
2004年03月05日
コメント(1)
「私を怒らせると怖いんだよ」「怒らせたことを後悔させてやる」ってなことを言う人って、たまにいるけれど、私はこの台詞を聞くと、ひゃあ!と思う。気持ちが3歩くらい後ずさる。しかも、瞳の奥に暗い炎がメラメラ、なんてことになってたら、3歩どころか30mくらい後ずさる。苦手なんです。こういうハードな感じとは無縁にへらへら生きていたいんです(笑)少し前に職場の人がこの台詞を言っていた。(私に対してじゃなくて、 その場にいなかった別に人に対してです)そのうえ、「やられたことは何倍にもして返す女だよ、私は」と、変な宣言までするし。私は「はあ、そうなんですか・・・」と答えながら、自分の怖さをアピールしたがる人って結構いるよなあ、どうしてなんだろうなあと考えていた。当事者ならば、それを言われたらビビッたりするのだろうけど、第三者としては、なんかやな感じしかしないような気がする。少なくとも、「まあ、あなたはそんなに怖い人なんですか! それはすごいですね。尊敬しちゃいます」とも、「応援します、頑張ってくださいね」とも思わないだろう。つまり第三者に言っても無意味・・・というより、悪い印象を与えるだけで、良いこと全然ないので、言うだけ損な台詞なのでは。あ、でも、もしかすると、私だけかもしれない(笑)この台詞聞くと、「ひゃあ」とか「うへえ」とか思っちゃうのは。 今日の一曲『Last Smile』 ラブサイケデリコ
2004年03月04日
コメント(5)
この頃、星が双子に見えます。って、いきなりメルヘンかよ?と思っちゃいました?違います、違います。星が全部、2個に見えるんですよ。1個しかないはずなのに2個に見えるの。最初にそれに気付いた時、その瞬間は、「わーい、双子の星を発見!!」って喜んじゃったんですが、よく見たら、他の星も全部、双子だった(笑)つまり、私の目がおかしかったわけでした。もともと乱視なんです、私。だけど、前より悪化したみたい。前は星はちゃんと1個づつに見えていたから。大人になってから、ゆったりぼーっと星を眺めることって少なくなっていたので、こんなになるまで気がつかなかったのだけど。眼鏡は、ずーっと前に作ったんですけど、全然かけてません。最初にかけた時、「世界ってこんなにくっきりはっきりしていたの!?」と、びっくりしたんです。だって私の目に映る世界は、ずっとずっと、輪郭がぼやけた世界だったんですよ。変な感じがしました。急に目に映る世界が変わるなんて落ち着かないし気持ち悪い。なので、このまま輪郭がぼやけた世界に生きるのもいいかもなー、と思って、眼鏡をかけるのはやめちゃいました。そんなわけで、私は輪郭がぼやけた世界に生きてます。星が双子に見えます。双子だから、光が倍です。きれいです。ぼやけた世界もなかなか良いものです。今に星が三つ子に見えるようになるかもしれません。なんと光が3倍です。きっとますますきれいに見えることでしょう(笑) 今日の一曲『ミチシルベ』 オレンジレンジ
2004年03月03日
コメント(1)
北海道は相変わらず白い世界です。そうして、やはり相変わらずとても寒いです。けれど、陽の光だけは、少しづつ春めいて来ました。もしかしたら私だけがそう感じているのかもしれないけれど、春の陽の光って、柔らかいような気がします。柔らかくって優しい光。私が一番好きな季節は、次に来る季節。気が多いので一つには決められないんです。春には夏が、夏には秋が、秋には冬が、そして今は、春が一番好きな季節です。ああ、早く、この白い世界が色鮮やかな世界へと変わるといいな。 今日の一曲『春よ、来い』 松任谷由実
2004年03月02日
コメント(4)
軽いだけじゃイヤ。うすっぺらい感じがするから。重いだけでもイヤ。息苦しくなってしまうから。軽さと重さの両方を兼ね備えているものが好き。軽過ぎも、重過ぎもしないものが好き。小説でも音楽でも何でも。私自身も、そういうふうでありたい。 今日の一曲 『Jupiter』 平原綾香 高音と低音が重なり合ってる部分が好きです。
2004年03月01日
コメント(2)
全31件 (31件中 1-31件目)
1
![]()

