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なんだか近頃、食べ物のアレルゲンがますます増えてきてるみたいで、この先どうなるのやらって感じです。どういう症状が出るかというと、まずは普通に、喉のあたりがむず痒いような変な感じになります。で、内臓が食べ物を拒絶しているような感じになります(笑)なんか、こう、熱い感じ、というか。で、吐き気とおなかの痛みにも襲われます。当然ながら、皮膚も痒くなりますね。数時間、具合悪さが続きます。もっとも私も、アレルギー反応が激しくなってからというもの、1度、危険ランプがついた食べ物は避けてますし、どうしても食べたい時には警戒しつつ食べているので、以前ほど、ひどいことにはなってないのですが。でも、「これもか!」と新発見した時は、げんなりした気分になっちゃいます。食の楽しみが狭まって行く、みたいな感じ(笑)しかし、全部の食べ物が駄目になることはないだろうから、とりあえず生きてはいけます。大丈夫です。はっはっは。いざとなったら、ビタミン剤みたいなもので生きて行く手もあるし。いやだけど、しょうがないさ。去年、体調崩して三日ほど絶食したんです。したくてしたんじゃなくて、食べられなかったんですけどね。そしたら、その間、アレルギー反応が全然出なかったの。「へえ」と思いました。絶食はいくらなんでもって感じだけど、食べ過ぎはアレルギーの敵だなと思った。太り過ぎ防止の体質になれて良かったな!!とでも思わないと、やってられないですよ(笑) 今日の一曲『高気圧ガール』 山下達郎 なんか、変なタイトルかも。
2004年04月29日
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短所のない人って、たぶん、いないね。一生懸命、それをあらわにしないよう、または、なんとか補って、短所のないように見える人ならいるけどね。私は短所は短所でしょうがないから長所を伸ばすことで頑張りまーす、というタイプです。内心、「なんとかならないか、この短所」と思ってはいるんです。でもねえ、なかなかねえ。だから、いたしかない、という感じで。自分がそうなだけに、人の短所をつつくのは好きじゃない。それよか、長所の方に目を向けたいなと思ってる。短所と同じく、長所も、ない人はいないからね。「この人のここが良いな」と思ったら、惜しまず褒めます。本人、気付いてないかもしれないからね。こういうのって、ユルいのかもしれないけど。いや、実際、ユルいと言われています。そうなんだろうなと思います。でも私、短所ばっかりつつく人と一緒にいて、「私にだって良い所がないわけじゃないんだから 少しくらいはそっちにも目を向けて欲しいな」って気持ちになってしまうことがあるから。それに、短所ばっかりつつく人が世の中には結構いるでしょ。それが悪いこととは思わないの。そうやって短所つつかれて、悔しかったから、自分を奮い立たせることができたなんてこともあるのだし。そういう人もいて、自分みたいなのもいて、世の中ってバランスとれてるんじゃないかなって気がしてる。今日の一曲『ベンチとコーヒー』BUMP OF CHICKEN
2004年04月28日
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私の母って娘の私が言うのもなんなのだけど、かなりスゴい人でして。料理洗濯お掃除裁縫・・・貯蓄と、あらゆる家事の類を完璧にこなしているだけじゃなく力仕事に庭仕事、日曜大工までスパスパやっちゃって。そのうえ看護婦で超ハードに働く高給取り。しかも、お洒落に手を抜かないし、美人だし(笑)母は努力と根性の人なのです。寝る間もご飯を食べる間も惜しんで頑張る人なのです。熱があろうが、どこか痛かろうが、「いいから、休めば」と言っても聞かないのです。人生、日々精進とばかりに、一つ片付けば、更に別のことへと目を向けて、走り続けている人なのです。母、少女時代も奮っています。小学校低学年の頃から祖母のかわりに家事のほとんどをこなし、弟の教育係りまでやっちゃって(命を助けたことまであるらしい、自分も小さいのに)にもかかわらず、学校の成績は常にトップクラス。なのに家庭の事情で高校には進学させてもらえず、物質的にも精神的にも親の援助なしに単身田舎を出て、昼間働き、わずかな給料から仕送りまでしながら、夜間の看護学校を卒業。祖母も「わたしゃ、この子に頭があがらない」と言ってたほどです。正直言って、私、うちの母ほどスゴい人って、話に聞くことはあっても実際には見たことがありません。私も頭があがらないですわ。こんなのが近くにいたら、娘としては、「私は駄目な子」と思っても無理ないと思いません?(笑)それはともかく、母が唯一、駄目だったことは、「温かいお母さん」になることでした。そんなわけで私、いわゆる母親の温もりを知らずに育ちました。でも、その代わり、滅多にお目にかかれないほどの、努力と根性の人を見ながら育って来ました。いろいろあったけど、今に繋がる問題もあったりするのだけれど、だけど、私、こんなにスゴい人を親に持ったということを誇りに思っていたりもするのです。そして、最近になって思うのは、もしかすると、母が唯一、自分をさらけ出し、甘えることができた存在が、娘の私だったのかもしれない、ということ。図々しいかもしれないけれど、なんとなく、そんな気がするんです。で、もし本当にそうだったとしたなら、ささやかだけど役に立てて良かったなって思えるから、なんとなく嬉しいよ。うん。 今日の一曲『GLORIA』 ZIGGY なんだかやけに好きな曲。 ボーカルの森重さんの声も好きだし。
2004年04月27日
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学生の頃だとテストの時とか、あてられた時とか。私、必ずと言っていいほど、何か答える奴でした。わかってる時は、そりゃあまあ、みんなそうだと思うのだけど、私は、わからなくても答えるんです。教科書を読まされる時もね、たまに「ちょっと自信ないな」って漢字があるでしょ。それでも、たぶんこれだなって見当つけて読んじゃっていた。これがまた、結構、当たるんだ(笑)当たればラッキー。儲けもの。答えなけりゃ当たりようがないからね。どうやら自分は間違って笑われると恥ずかしいって気持ちに欠けているみたいです。今でも同じ。しょっちゅう、いろいろなことを間違っています。学校のテストと違って、相手も、それが間違ってるのかどうなのかわからないって時があったりするので、自信ない時には、「たぶん」とか、「・・・だったような気がする」「間違ってたらごめーん」とかって言葉をくっつけて誠実をキープしているつもり。でも、たまに、適当な奴め、と言われちゃいます。そんな時には、まあ、確かに、そうとも言えるわねと苦笑いしている私です。 今日の一曲『エスケープ』 ムーンチャイルド この曲、かっこよかったと思いません?
2004年04月26日
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この前、友人が、「私は思ってることをそのまま言う人って大嫌い」と言っていた。私は思ってないことを言うのも言われるのも嫌い。嘘くさい言葉に包まれていたくない。居心地悪い。気持ち悪い。でも友人の言葉に、「そっか。まあ、そうだよねえ」と思った。つまり。思ってることをそのまま言えばいいってもんじゃないのよね。「うわ、この人、最悪」と思ったからって、それをそのまま口に出すのは、どうなのさ?と。「私はあんたが嫌い、目の前から消えて欲しい」と思ったからって、それをそのまま口に出すのは、やっぱり、どうなのさ?間違いなく相手は嬉しくないですね。傷つく可能性も大きいです。生まれつき心が清らかで優しくて・・・って人は、言ってはまずいことなど思わないけれど、大抵の人間は、言ってはまずいことも思っているわけで。親しさの度合いによって、言ってはまずいことが少なくなったりもするけれど、どんなに親しくても、さすがにそれは駄目じゃんというラインってあるし。そのへんは、口に出す時に、フィルターにかけないと。「自分は本音人間さ。正直者なのさ。はっはっは」と満足されても困るっていうか。思ってることをそのまま言うんじゃなくて、思ってないことを言うのでもなくて。本音そのままじゃなくても嘘っぽくない会話。嘘っぽくなくて、楽しい会話。それは可能だと思うの。たとえば、違った言葉を使って伝えるという方法で。それから、「言わない」というような方法で。ただし。思っていることをそのまま聞かせてと相手が望んでいる時は例外。 今日の一曲『罪と罰』 椎名林檎
2004年04月25日
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勉強ができる人は勉強で特別扱いされて良いし、スポーツができる人はスポーツで特別扱いされて良いし、仕事ができる人は仕事で特別扱いされて良いと思う。そこには努力があるわけなんだから。努力しない人と努力する人が、同じように扱われるのは変だと思う。別に「努力しないのは駄目」とは思わないし、私なんか、努力してないことがいっぱいあるんだけども、「努力しないのに努力してる人と同じものをくれ」っていうのは、図々しくないか。とは言え、努力はあんまり関係なく、もともとの才能だけでの特別扱いっていうのも、世の中には、結構あるね。でも私は、これも不公平だとは思わない。評価される場は一つだけじゃなくて、他にもたくさんあるのだし。それに、あっちもこっちも、誰も特別評価されないように設定された場だとしたら、やる気がそがれる。つまらない。成長もしない。駄目なのは、悪い方に特別扱いすることであって、良い方に特別扱いすることではない気が私はするよ。公平とか、不公平とかいうのは、そういうことじゃないんじゃないのかなって。時々だけど、やたらと「不公平だ」と騒ぎたがる人の中に、ちょっと違うんじゃないのかなって感じのする人がいる。悪い方に特別扱いされてる人には無関心なのに、良い方に特別扱いされてる人を見ると引き摺り下ろしたがる。ついでに言うと、自分が良い方に特別扱いされてる時には口をつぐんでたりする。そういう人。 今日の一曲『空にまいあがれ』 真心ブラザース
2004年04月24日
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どこでどうしているのか全然わからないのだけれど、幼稚園の頃に、ゆうこちゃんという女の子がいた。私は毎日、ゆうこちゃんにいじめられていた。ゆうこちゃんと私は背の順で1番前と2番目だった。ゆうこちゃんは自分の方が小さいのに、私のことを「チビのくせに」と言っていた。「ゆうこちゃんの方が小さいのに・・・」と言うと、そんなことは関係ないと怒って、髪を引っ張る。けれど、黙っていてもやっぱり髪を引っ張る。とにかく髪を引っ張りたいゆうこちゃんなのだった。髪を縛っている人ならわかるかと思うのだけど、全部まとめて引っ張られるよりも、何本か掴んでキーッと引っ張られる方がずっと痛い。右からキー。左からキー。いろんな所から引っ張られるので、髪型がボサボサみっともなくなる。ゆうこちゃんのやり方はそれだった。私は毎朝「おはよう」の時点でそれをやられていたので、一日の始まりが台無し。しかも帰りの時刻まで、何かっていうと、いじめにやって来る。まさに最悪の日々だった。ゆうこちゃんは私が泣くと大喜びした。子ども心にも、「こいつは悪魔か」という感じだった。1度、やり返してやった。私たちは同じくらいの髪の長さで、同じような髪型をしていたのだ。と言っても、私にはゆうこちゃんのような賢いやり方はできず、房をまとめてつかんでグイっと引っ張っただけだったのだけど。いつも私を「泣き虫」「弱虫」とバカにしていたくせに、その時の、ゆうこちゃんの泣きっぷりったらなかった。というか、気が違ったかと思うほど、すごかった。サイレンみたいな泣き声で暴れるゆうこちゃん。しっかり「ココナツがやった」と言いながら。一見ヒステリーを起こしているようで、実は結構冷静と思われる。私は先生にこっぴどく叱られた。理不尽だと思った。私がやられていた時には、先生はゆうこちゃんに対して「駄目だよ」と優しく言うだけだったのに。優しく言うだけだから毎朝繰り返されていたというのに。私は一人で泣いてるだけで、騒がなかったし、先生に助けを求めたりしない子だったので、放っておいても支障はない、という感じだったのかもしれない。「結局、騒いだもん勝ちか」と思った。ゆうこちゃんは私にとって「わけわからないものの象徴」だった。なんで自分の方が小さいのに人を「チビ」と言うのか。なんで何も危害を加えない私をこんなに攻撃するのか。なんで人の泣き顔を見るのが嬉しいのか。ただ単に何が良くて何が悪いことなのかわからない、ある意味無邪気な人なのかと思えば、要点しっかり押さえて、ずるがしこく立ち回ったりもする。なのに、先生から可愛がられている。一体、何故に。筋が通らない。わけがわからない。ゆうこちゃんとは幼稚園時代だけでオサラバしたが、その後も、ゆうこちゃん的な人を何人も見た。園児ならともかく、もう大きいんだから、こういう奴はみんなから嫌われるだろうと思いきや、ちっとも嫌われてやしない。それを見るにつけ「理不尽」という言葉が頭をよぎった。いつしか、世の中って理不尽なんだなと思うようになった。大人になっても、ゆうこちゃん的な人は、やっぱりいる。ゆうこちゃん的な人には理屈が通らない。言葉が通じない。が、しかし。やっぱりたいして人から嫌われていたりしない。理不尽だ(笑)私は、ゆうこちゃん的な人が、とても苦手だ。 今日の一曲『終わらない歌』 ブルーハーツ
2004年04月23日
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京極夏彦の小説に、「恵まれた人生を送れないのは、結局は、この、 めんどくさがりやの性分のせいなのだ」って感じの内容のお話がある。それを読んだ時、「私か?私のことか?」と思った(笑)私は、とても、めんどくさがりや。別に恵まれない人生を送っているとは思っていないけど、めんどくさがりやでなかったら、今よりもっと恵まれた人生を送ってるんだろうなと思うことはある。いろんな点で、詰めが甘い。途中で「めんどくさいからもういいや」となってしまうことがなんと多いことか。なんであれ、成功する人というのは、みんな、めんどくさがりやじゃないんだろうなあと思う。マメである、やる気を持続できるってことほど、素晴らしい才能ってないんじゃないかって気さえする。 今日の一曲『誰かの願いが叶うころ』 宇多田ヒカル
2004年04月22日
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真夜中に目覚めた時など、頭がぼんやりしてる時。一瞬だけど、夢なのかもしれない、って思ったりする。ほんとは私、まだ高校生くらいで、ここにいる私は、その私が見ている夢なのかもしれない、なんて。 今日の一曲『seven』中島美嘉
2004年04月21日
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人の優しさに、つけこむ人が時々いるね。口先だけで「ありがとう」と言って、心の中では「しめしめ」「この人はどうせ許してくれるから」と、他の人にはしないようなことを言ったりやったりとかね。軽く見ている、というか。しまいに、「こいつがこうだから、 自分はイヤな奴になってしまうんだ」などと、言い出したりもする。と書くと、ひたすら、つけこむ人を責めてるみたいに読めるかもしれないけど、責めるつもりはないです。表に出すかどうかは別として、誰の中にもある、ずるさだと思うので。表に出してる人は、ある意味、正直者さ。正直者、良かったじゃないか。私は優しい性格じゃないのだけど、目の前で困ってる人がいると気になる。悲しそうにしてる人も気になる。優しくないけど気になるから、結果的に、優しい行動をとっている。しかし、もともと優しくないから、毎度のように甘えた態度をとられると、「いいかげんにしろよ」と思う。もう私は知らないよ、一人で勝手に困ればいいさ、と言ったりする。「いいよ、別に」相手は結構涼しい顔をしていたりする。まるで、しばらくすると、気になって戻って来ると、わかっているかのようだ。悔しい。でもやっぱりほうっておけない。振り回されている。ということを繰り返していると、ひどく疲れる。なんのために私は疲れているのだろう、と思う。この人が言うように、「私が甘やかすからこうなってるんだろうな」って気もする。いや、実際、それはあると思う。私は優しくないのだから、気になる性格でもなかったらよかったのに。どうせなら。 今日の一曲『のら犬にさえなれない」ストリートスライダース
2004年04月20日
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今というのは過去の積み重ねの結果だと思う。「今、何故、こうなのか?」と考えざるを得ない状況の時、過去のデータが役に立つ。私は、どんなことにも原因があるという考え方。ミステリーが好きなのはそのせいなのかもしれない。たいていのミステリーは、原因を明らかにしてくれるから。原因は過去の中に隠れてる。過去を振り返ることを後ろ向きと言う人がたまにいるけれど、その手の人は、原因を探ることにあまり関心がないのかも。それならそれでいいと思う。いやだなと思うのは、後ろ向きと決め付けられること。後ろ向きがいけないとは思わないのだけど、自分としては、前に進むために過去を検討するという感覚なので、後ろ向きって言葉をあてはめるのは違うって気がする。違うふうに決め付けられるのはイヤなものだ。今は常に過去の積み重ねの結果。けれど、今日の「今」は、明日になれば過去。明日の「今」は、今日の未来。「今」は常に動いてるし、過去も常に増えている。やがて訪れる未来に、違う「今」が欲しいと願うなら、未来から見た過去の中で、変えることが可能な過去、つまり現在の「今」を、望む結果に繋がる過去になるようにすればいい。 今日の一曲『My last fight』ラブサイケデリコ
2004年04月19日
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このところ、毎日、一日5通くらいの割合で知らない人々から怪しいメールが来ています。英文なので内容わかんないし。とりあえず、わかることは一つだけ。それはウイルスのお名前。W32.Netsky.Q@mmってやつです。ウイルス対策として、私はいつも、Web上で受信し、怪しいメールや不必要なメールを削除してから、Outlookを開くようにしているのですが、心配だったので、PCの感染のチェックをしました。やたら時間がかかるのよね、これ。でもまあ、結果は白だったので、とりあえずホッとしました。けれど、その後も、毎日、あっちこっちから送られて来ているので、すっきり安心って気分にはなれないでいます。ところで、サーバーのウイルスメールチェックサービスって、具体的に何をしてくれてるサービスなんでしょうね。私はこれをやってるんですけど、今回、普通に受信箱に入ってたし、別に警告もなかったし・・・。(自分で怪しいと思ったから開かないで削除したけど)「このメールはウイルスチェックに引っ掛っています」とかのメッセージなんかが出るんだろうと想像してたんだけど。新型だから対応できなかったってことなのかな?それとも対応してくれているから、感染しないで済んでいるのかな?どうしてこんなことを気にするのかというと、今までずっと、このサービスがあるから、自分にはウイルス対策ソフトは必要ないや、って思ってたんですよ。・・・違うのかしら?(笑)対策ソフトを購入するんだったら、サーバーのサービスの方は停止させていいのかなあ?それとも両方使わないとブロックできないってことなのかなあ?うーむ。 今日の一曲『Sigh』 Mr.Children
2004年04月18日
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春なのに、4月の真ん中になってるのに、雪が降っちゃいました(笑)どうなってるんだいっっ。空気、白いぞ。風邪をひきました。季節の変わり目は体調管理が難しいですね、って、いつまで「季節の変わり目」続くんだか。正直、ダウンジャケット着てマフラーして歩きたいくらいなんですが、さすがに、恥ずかしい。気温からいったら別におかしかないのだけど、なんとなく、恥ずかしい。秋だったら冬の格好をしても恥ずかしくないのに、春に冬の格好をするのは恥ずかしい。そんな気取ったことを言って無理してるから、風邪なんかひくんだろうな(笑) 今日の一曲『光について』 GRAPEVINE
2004年04月17日
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たとえば、誰かの顔のケガ。見えてないふりをする方?それとも、話題に出しちゃう方?あと、誰かの間違い。気づかないふりをする方?それとも、指摘してあげる方?私は、どっちかというと、見えてないふり、気づかないふりをするタイプなのです。何事もなかったかのようにふるまう、というか。でも、いつも、「いいのかなあ、これで」と思ってしまうのです。相手のためを思ってそうしているのは嘘じゃないけれど、そうした方が自分が楽だというのも事実なので、そこに、罪悪感のようなものを感じてしまう。結局のところ、どうして欲しいかは人によって異なるものなので、どっちが正しいとか悪いとかの問題ではないとは思うのだけどね。 今日の一曲『やさしいキスをして』 ドリカム ドリカム、久々にいい曲だなーと思った。 地味なんだけどね。
2004年04月16日
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小学校の高学年の頃、ジグソーパズルに夢中だった時期があった。額に入れて飾ることには興味がなかったし、未完成のまま置いておくということが嫌いだったので、短時間で完成できる350ピース前後のものが好きだった。毎日のように、作っては崩していた。タイムを計ったり。私のジグソーパズルのやり方は、まずは完成図をじっと見て記憶する。で、全部のピースを表にしながら、枠になる部分のピースを集めて繋げてしまう。そのあとは、目についたピースを完成図と照らし合わせて大体ここらへんだなという場所にポンポン置いて行くというやり方。ポンポン置いてくうちに繋がるピースが出て来るので、そのつど、はめて行くという具合。時々、一緒にパズルをして遊んでいた友人は、空なら空、野原なら野原、というふうに、部分ごとに作るというやり方だったのだけれど、毎回、途中で何度も「ない、ない、ない」と、イライラしていたのが不思議だった。私の場合は、探すのではなく目についたピースを使うので、イライラすることってなかったのだけど、イライラすることが不思議だったというのではなくて、なんでこの人はイライラしてまでパズルをするんだろう?ってことが、不思議だったのさ。そういうものなんだろうか。ところで私は、ジグソーパズルなら何でも好きというのではなかった。というより、一人のイラストレーターのパズルしか、しなかった。その人の名前は、Jean-Jacques Loup。パズル熱が醒めた理由も、その時点で発売されていたLoupのパズルをすべてやりつくしたからだったし。この人の絵は、とても賑やか。色も賑やかだし、人の数も賑やか。背景のみ、みたいな、退屈な箇所が少ないんです。あっちこっちで、いろんな人たちが、それぞれに面白い顔や行動をしているのさ。まあ、なんというか、たくさんの人それぞれのドラマがつめこまれた絵、という感じ。退屈したり、イライラしたりはしたくないけど、パズルを組み立てることは好き、という人には、この、Loupのパズルがオススメです。 今日の一曲『アルエ』 BUMP OF CHICKEN
2004年04月15日
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友達付き合いの形態は、1対1より、3、4人の方が好きです。そっちの方が自分には合っているみたい。居心地が良い、というか。1対1の付き合いが全部そうだというわけじゃないのだけど、密度が濃すぎちゃうのって、ちょっと落ち着かなくて。風とおしの良い場所にいたいタイプなんです、私。 今日の一曲『サイレン』 アジアンカンフージェネレーション
2004年04月14日
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人に物を頼むのが大の苦手。たまに「ココナツって甘え上手だよね」と言われるのだけど、下手も下手。頼みごとって、滅多にすることないんだから(笑)頼みごと以外の部分では、もしかすると甘え上手なのかもしれないけど。自分ではそう思わないけど。まあ、それはそれとして、本当に、たまーに、「これは頼まなくては、かなりきつい。きつ過ぎる」って時には、「この頼みごとは自分勝手じゃないかな?」「自分ばかり楽することにならないよね?」「このくらいの負担なら大丈夫かな?」などと、葛藤した挙句に、意を決して、ものすごく小さくなりながら頼むんです。普段、頼みごとをしないせいか、そんな時、大抵の人は「いいよ」って快諾してくれるのだけど、なかには、います。すっぱりきっぱり「やだ」って断る人。自分としては、そもそもが、煩わせてしまうのはしのびないとか、やりたくないことを無理にさせたくないとか、思いながら、頼んでるわけなので、「やだ」って言われても、腹は立たないんですよ。相手は自分の心に誠実でいたいからこそきっぱり断るようにしているのかもしれないし、そうするために勇気を出しているのかもしれないし。だからとにかく、相手に対して、腹は立たないんです。そんなわけで、「あ、やっぱり?」って、何がやっぱりなのかよくわからないんですけど、「それならいいの、いいの」ってすんなり引き下がっちゃう。でも、内心、ズキっと傷ついてるの(笑)それも、ものすごくわがままな傷つき方。「この程度のことですら (この程度のと思える程度の頼みごとしかしないので) 快く請け負ってもらえないのは 自分に人間的魅力が欠けているからなのかな」そうとは限らない、でも、そうじゃないとも限らないから。もちろん、わがままな傷つき方だとわかっているし、こんなことで傷つかれたら相手も迷惑だろうなと思う、大体、頼みごとするのに、いちいち、ああだこうだ考えてしまう自分ってなんなの?って感じもする。だから、「いいの、いいの」の後に、「ちょっと試しに言ってみただけ、ハハハハハ」なんてふうに、本当は、意を決して言ったくせに、ちょっと試しに言ってみただけのことにしてしまいます。自分自身にそう思い込ませるっていうかね。そうすれば、ぱぱっと明るい気持ちに戻れるから。傷つきたくないから、頼みごとが苦手なのかもしれない。 今日の一曲『ジャスミンガール』 佐野元春
2004年04月13日
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あんまり人の言葉を疑わない方ですね。「この人がこう言ってるんだからそうなんだろう」みたいな感じで納得してしまいます。ただし、場合によっては、「この人はそう信じてるんだろうけど 勘違いってことがあるかもしれないな」というふうに思うことはあります。誰にでも、勘違いはありますからね。あと、思い込みとかね。悪意のない嘘ってやつです。っていうか、本人、嘘だと思ってない嘘。これは、追求しても仕方ないだろうって気がします。あんまり言葉を疑わないといっても、お世辞とかの類では、また別ですね。けれど、そういうのの場合、「本当なのか!?」なんてことは、実は結構どうでもいいことです。とりあえず、褒め言葉に込められた思いっていうのは、「相手を喜ばせたい、いい気分にさせたい」ってもので、そこには相手に対する好意があるわけです。その好意が嬉しいわねと素直に喜びたいです。もっとも、そこに、小馬鹿にしてる感じが見え隠れしていたなら、「そんなつまらないお世辞で喜ぶほど単純じゃないんだよ。 見くびるな、バカ」って気持ちになります。ほんとは単純なんだけどね、強がってんの(笑)とにもかくにも、私は、わりとすぐ納得して「あ、そうなんだ?」と言うので、「騙されやすい奴」とかって言われています。最近では、「私の彼、外国人でなんたらかんたら」という嘘に騙されました。「あ、そうなんだ?言葉通じんの?」少し前は、「うちの実家には日本刀がある」という変な嘘に騙されました。「あ、そうなんだ?刀が好きなの?」と、まあ、こんな具合です。自分はきっと、十年来の友人からいきなり、「私、本当は男なんだ」と言われても、「あ、そうなんだ?」と答えるんじゃないかと思います。 今日の一曲『Feel fine!』 倉木麻衣
2004年04月12日
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この間、文庫で松尾スズキのエッセイを読んだら、とても面白かったので、遠くの本屋さんまで彼のエッセイ本を探しに行って来た。残念ながら、発見できたのは、『これぞ日本の日本人』の、たった一冊だけ。だけど、一冊でも買えて良かった。本当に、すっごく面白いんですよ、松尾スズキのエッセイ。私は日常の生活風景みたいなエッセイって好きじゃないの。もともと、普段の会話の中でも、何食べたとか何買ったとか何して遊んだとかって表面的な情報で終わっちゃうような話にあんまり興味がなくて。それよか、感じたことや考えてることなどの、その人の内面的な話を聞く方がずっと面白いなあと思ってる。エッセイもそう。単なる情報的なエッセイは読んでてつまんない。かといって、変に堅苦しいものや、重苦しいもの、妙に説教口調のものは、苦手。ユーモアが感じられなくっちゃ。と、いろいろ、うるさいので、あんまり見つからないんです、ピンと来るようなエッセイって。このところで、ピンと来たエッセイは、松尾スズキと、リリー・フランキーと、あとは前から好きな姫野カオルコと北杜夫くらいかな。共感するとかじゃなくて、「面白いっ」って感じなんだけどね。(姫野カオルコには共感感じてるけど)私は共感することを何より求めてるわけじゃないので、面白ければ、好きだなーと思う。ところで、今日は他にも何冊かの本を買っちゃいました。映画秘宝のシリーズの本を2冊と、『追悼!噂の眞相』と、安部譲二『日本怪死人列伝』それから『聴け!伝説の日本のロック1969-79』に、東直己の小説『探偵は吹雪の果てに』って、表面的な情報だけのエッセイはつまんないと、自分で書いておきながら、表面的な情報をつらつら並べた日記を書いている私でした(笑) 今日の一曲『たどりついたらいつも雨降り』モップス
2004年04月11日
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はたちの時に自分の中の多くのものが死んだ気がしている。そのわりに、それ以前よりも賑やかに暮らしているのだけれど、人と親しくなると、「いやあ、もともとの私はこうじゃないんですよ」って言いたくなってしまう。言ってもしょうがないから言わないけれど。死んでしまったものは、ポリシーだとか美意識だとか。たくさんありすぎたから、半分くらい死んで調度良かったような気もする。よくわからない。もっとも、人はみんな、自分の中の何かを死なせながら生きているのかもしれない。ゆるやかに。私はゆるやかではなく、一気にたくさんだったから、「死んでしまった」意識が強いのかもしれない。 今日の一曲『アローン・アゲイン』ギルバート・オサリヴァン
2004年04月10日
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本当に愛せる人には、人生の中でそう何人も出会えるものじゃない。本当に愛してくれる人にも、やっぱりそう何人も出会えるものじゃない。本当に愛し愛される相手に出会える回数は、もっと、もっと、少ない。だから、もしもそれらしい人に巡り会えたなら、大切にしなくっちゃね。 今日の一曲『On,Baby』 RCサクセション
2004年04月09日
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近頃、立て続けに、いろんな人から、「変わってる」と呆れた顔で言われたので、なんとなく沈んだ気分になっている。やっぱ、私、変わってると呆れられてしまうことのない人間に生まれたかった・・・なんてふうに、子どもの頃に思ってたようなことが頭をよぎる。とっくに自分の中で解決してる問題だったはずなのに。立て続けなんだもんなー。やんなっちゃうよなー。たとえ変わっててもさ、呆れられたりしないんだったら良いんだけどな。 今日の一曲『1000のバイオリン』 ブルーハーツ 沈んだ気分の時は大好きな歌を聞こう。
2004年04月08日
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低い声と高い声。男の人の声に関しては、別にどっちでも・・・って感じなんですが、女の人の声だったら、低い声の方が好き。自分の声は、お子様っぽい高めで甘い声なので、だからなのかもしれないです。自分はこの声に生まれついたわけなので変わりたいなあとは思わないですが、低くて落ち着いた声を聞くと「素敵ね」と思う。 今日の一曲『白い花』 Fayray
2004年04月07日
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人の心のドロドロが怖い。私は人から嫌われても平気だけれど、恨まれるのはいやだ。ものすごーく、いやだ。考えただけでも、ぞっとする。そんなことになるくらいなら、人畜無害の印象薄い奴と思われてる方がまし。って感じでいるんですけど、もしかして、知らないうちに恨まれてるかもね(笑) 今日の一曲『ラーメンたべたい』 矢野顕子
2004年04月06日
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セレブな感じって、どんな感じのことを言うのかよくわからないのだけど、テレビの情報番組などで、「セレブなファッションをめざそう」みたいな特集をやってるのを見ると、田舎者が無理して都会ぶってるみたいな、品が魅力の人じゃないのに上品ぶってるみたいな、貧乏なのに金持ちぶってるみたいな、そんな感じがして、気恥ずかしいような気分になって来る。これは個人的な価値観の問題なのだけど、私は、「品のない仕草や言葉使いを平気でするのに、 身につけているものはブランド品」みたいな女の人を見ると、「なんか、痛い・・・」と思う。セレブに見られたい、という言葉からは、それと似たような匂いがする。 今日の一曲『逃亡者』 矢沢永吉
2004年04月05日
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私はローテンションの人間なんだそうです。自分ではそうは思ってないのですが、人の目にはそういうふうに映っているみたいです。結構、いろんな人から言われます。言ってる言葉自体は決してローテンションではないので、口調とか雰囲気とかのせいなんでしょうね、きっと。わりと気持ちが盛り上がってる時に、「わーい、やったー」などと言ったりするのですが、「棒読みな言い方だねえ」と笑われます。あと、「あーん、困ったなー」と、本当に困って言った時など、「全然困ってなさそうな口ぶりだね」と言われたり(笑)表情は乏しくないんですよ。笑顔が地顔みたいなくらいなんだから。ん?ちょっと待てよ。ってことは、やっぱり乏しいのか?笑顔の仮面を被ってるのかも・・・自分。そういえば、よく、「ニコニコしながらキツい冗談を言う」とか言われるしな。ああ、そっか。もしかすると、ローテンションな人だと思われているのって笑顔の仮面を被っているせいなのかもしれないな。いや、被ってるつもりはないんですけどね(笑) 今日の一曲『雲に映る歌』 種ともこ
2004年04月04日
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買っちゃいました。尾崎豊のトリビュートアルバム『BLUE』曲目は以下のとおり。『ダンスホール』Cocco『僕が僕であるために』Mr.Children『路上のルール』橘いずみ『十七歳の地図』175R『I LOVE YOU』宇多田ヒカル『太陽の破片』岡村靖幸『LOVE WAY』大森洋平『街路樹』山口晶『OH MY LITTLE GIRL』竹内めぐみ『闇の告白』斉藤和義『Forget-me-not』槇原敬之『15の夜』Crouching Boys私、ココナツは、どれもこれも、聞きたかったです。参加アーティストの顔ぶれを知った時、「ななななな、なんて豪華なのだ!」と思いましたしね。なかでも特に楽しみだったのは、Coccoかなあ。いきなりの休業以来、久々にCoccoの歌声を聞けるんだなあと期待いっぱいで。で、全曲聞いた感想は、「ああ、ほんと、買って良かった」私はトリビュートアルバムが好きで、いろいろな人のを聞いてるんですが、今回のこの尾崎トリビュート『BLUE』は、今まで聞いたトリビュートアルバムのなかで、一番、気に入りました。(ちなみに、これを聞くまで一番気に入っていたのは、 スピッツのトリビュートアルバム。これも良いよ)参加アーティストの顔ぶれ自体、選び抜いてるなあ・・・と思ったんですが、アーティストと曲の組み合わせ方も、絶妙。そしてそして、アーティストそれぞれが、真剣に曲に向き合っているって感じもします。(たまに、カラオケかよ?ってのがあるでしょう? そういう感じがしないです、どの曲も)なんていうか、製作者側の、尾崎豊への愛、尾崎豊ファンへの愛の、二つの愛が溢れたアルバムに仕上がっていると思います。このアルバム、プロデュースをしてるのが、尾崎豊とかかわりの深かった須藤晃なんですよね。だからなんでしょうね。大切に丁寧に作ったんだろうなあ、という感じがします。欲を言わせてもらうなら、私の一番お気に入りの曲『群衆の中の猫』も、誰かに歌って欲しかった。だけど、この曲、あんまり人気ないみたいなので、まあ、しょうがないか(笑)あと『15の夜』は、元のアレンジで聞きたかったような気もしました。これはこれで良いんですけどね。原曲がとても好きだっただけに、なんとなく。それはともかくとして、とにもかくにも、買って良かったな。尾崎豊トリビュートアルバム『BLUE』 今日の一曲『卒業』 尾崎豊 この曲が入ってなかったのは、ちょっと意外でした。 いい曲なんですけどねー。どうしてだろう? この曲が入ってないのが不満って人は結構いるかも★
2004年04月03日
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すっごく冷たい風に吹かれた時、痛くなってしまう場所ってありませんか?私の友人は、鼻が痛くなるのだそうです。そうして、私は、耳の奥。子どもの頃から、冷たい風がビュービュー来ると耳の奥がじんじんと痛くなってしまうので、ずぅっと他の人もみんなそうなのだと思っていたのだけれど、(ちなみに友人は、 他の人も鼻が痛くなると思っていたらしい)どうも違うみたいですね。今日は春だというのにとても冷たい風の日でした。自転車に乗っていたら、なおさら風が冷たくて、耳が痛くて我慢できなくなってしまったので、片手で耳をおさえながら(風よけ)運転してしまいました。おまわりさん、片手運転しちゃってごめんなさい。ところで、耳といえば、パンのミミとか、マットのミミ。あのミミは耳なのかな?やっぱり。そのへんはよくわからないのですが、ミミって呼び方、可愛いな。 今日の一曲『風の旅人』 ふれあい
2004年04月02日
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エイプリルフール。けれども、気の利いた嘘を思いつくことができませんでした。残念。楽しい嘘って難しいですね。嘘だと知った後で、「よくも騙したがったな」ってふうな怒りを少しも感じないような嘘。ところで、四月馬鹿って、よく考えたら変な言葉ですね。嘘に騙される馬鹿の日、みたいな意味なんだろうけど、馬鹿呼ばわりってのもなんだかね(笑)馬鹿という言葉の漢字も変ですね。なんでまた、ウマとシカなんだか。ウマとシカ、気の毒に。昔の人にとって、ウマとシカは頭悪いってイメージだったのかな?単なる当て字だよと言われればそれまでだけど。そういえば、中学時代によく読んでた新井素子は、バカを莫迦という漢字で書いてました。私はこっちの漢字の方が、ふんわかした感じがして好きです。カタカナのバカの方がもっと好きなんだけどね。子どもの頃、友達に、「バカ」と言われると「カバ」と言い返す人がいました。バカよりカバの方が、言われたらイヤかも、私。理由は特にないけれど、なんとなく。 今日の一曲『ドリームランド』 大貫妙子
2004年04月01日
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